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外国語学習について - 内田樹の研究室
1 名前:保守や右翼には馬鹿しかいない

2023/03/14 (Tue) 07:07:28

外国語学習について - 内田樹の研究室 2018-10-31

2018年6月12日に「文系教科研究会」というところで、私立の中学高校の英語の先生たちをお相手に英語教育についてお話した。その一部をここに掲載する。

ここで論じたのは英語だけれど、言語教育一般について適用できる議論だと思う。
ここ数日、「論理国語」と「文学国語」というカテゴライズをするという話がTLを飛び交っているけれど、それがほんとうだとしたら、それはたぶん言語というものについて一度も真剣に思量したことのない人間の脳裏に去来したアイディアだろうと思う。それはまさに「植民地における現地人への宗主国言語教育」とまったく同型的なものだからだ。

国語教育においても「植民地現地人」に求められる言語能力は同じである。

それは宗主国アメリカに仕え、アメリカに朝貢することで「代官」「買弁」としての地位を保全している日本の支配層たちが、同国人の知性の発達を阻害し、日本人を愚民化することで、属国日本をアメリカが支配しやすいようにするために作り出した仕掛けである。

以下がそのときの講演。途中からなので、話が見えにくいのはご容赦。

外国語学習について語るときに、「目標言語」と「目標文化」という言葉があります。

「目標言語」というのは、今の場合なら、例えば英語です。なぜ英語を学ぶのか。それは「目標文化」にアクセスするためです。英語の場合であれば、ふつうは英語圏の文化が「目標文化」と呼ばれます。

僕らの世代において英語の目標文化ははっきりしていました。それは端的にアメリカ文化でした。アメリカ文化にアクセスすること、それが英語学習の最も強い動機でした。僕たちの世代は、子どものときからアメリカ文化の洪水の中で育っているわけですから、当然です。FENでロックンロールを聴き、ハリウッド映画を観て、アメリカのテレビドラマを観て育ったわけですから、僕らの世代においては「英語を学ぶ」というのは端的にアメリカのことをもっと知りたいということに尽くされました。

僕も中学や高校で「英語好き」の人にたくさん会いましたけれど、多くはロックの歌詞や映画の台詞を聴き取りたい、アメリカの小説を原語で読みたい、そういう動機で英語を勉強していました。

僕もそうでした。英語の成績は中学生からずっとよかったのですが、僕の場合、一番役に立ったのはビートルズの歌詞の暗記でした。ビートルズのヒット曲の歌詞に含まれる単語とイディオムを片っ端から覚えたのですから、英語の点はいいはずです。

つまり、英語そのものというよりも、「英語の向こう側」にあるもの、英米の文化に対する素朴な憧れがあって、それに触れるために英語を勉強した。英米のポップ・カルチャーという「目標文化」があって、それにアクセスするための回路として英語という「目標言語」を学んだわけです。

その後、1960年代から僕はフランス語の勉強を始めるわけですけれども、この時もフランス語そのものに興味があったわけではありません。フランス語でコミュニケーションしたいフランス人が身近にいたわけではないし、フランス語ができると就職に有利というようなこともなかった。そういう功利的な動機がないところで学び始めたのです。フランス文化にアクセスしたかったから。

僕が高校生から大学生の頃は、人文科学・社会科学分野での新しい学術的知見はほとんどすべてがフランスから発信された時代でした。40年代、50年代のサルトル、カミュ、メルロー=ポンティから始まって、レヴィ=ストロース、バルト、フーコー、アルチュセール、ラカン、デリダ、レヴィナス・・・と文系の新しい学術的知見はほとんどフランス語で発信されたのです。

フランス語ができないとこの知的領域にアクセスできない。当時の日本でも、『パイデイア』とか『現代思想』とか『エピステーメー』とかいう雑誌が毎月のようにフランスの最新学術についての特集を組むのですけれど、「すごいものが出て来た」と言うだけで、そこで言及されている思想家や学者たちの肝心の主著がまだ翻訳されていない。フランス語ができる学者たちだけがそれにアクセスできて、その新しい知についての「概説書」や「入門書」や「論文」を独占的に書いている。とにかくフランスではすごいことになっていて、それにキャッチアップできないともう知の世界標準に追いついてゆけないという話になっていた。でも、その「すごいこと」の中身がさっぱりわからない。フランス語が読めないと話にならない。ですから、60年代―70年代の「ウッドビー・インテリゲンチャ」の少年たちは雪崩打つようにフランス語を学んだわけです。それが目標文化だったのです。 

のちに大学の教師になってから、フランス語の語学研修の付き添いで夏休みにフランスに行くことになった時、ある年、僕も学生にまじって、研修に参加したことがありました。振り分け試験で上級クラスに入れられたのですけれど、そのクラスで、ある日テレビの「お笑い番組」のビデオを見せて、これを聴き取れという課題が出ました。僕はその課題を拒否しました。悪いけど、僕はそういうことには全然興味がない。僕は学術的なものを読むためにフランス語を勉強してきたのであって、テレビのお笑い番組の早口のギャグを聴き取るために労力を使う気はないと申し上げた。その時の先生は真っ赤になって怒って、「庶民の使う言葉を理解する気がないというのなら、あなたは永遠にフランス語ができるようにならないだろう」という呪いのような言葉を投げかけたのでした。結局、その呪いの通りになってしまったのですけれど、僕にとっての「目標文化」は1940年から80年代にかけてのフランスの知的黄金時代のゴージャスな饗宴の末席に連なることであって、現代のフランスのテレビ・カルチャーになんか、何の興味もなかった。ただ、フランス語がぺらぺら話せるようになりたかったのなら、それも必要でしょうけれど、僕はフランスの哲学者の本を読みたくてフランス語を勉強し始めたわけですから、その目標を変えるわけにゆかない。フランス語という「目標言語」は同じでも、それを習得することを通じてどのような「目標文化」にたどりつこうとしているのかは人によって違う。そのことをその時に思い知りました。

ロシア語もそうです。今、大学でロシア語を第二外国語で履修する学生はほとんどいません。でも、若い方はもうご存じないと思いますけれど、1970年に僕が大学入学したとき、理系の学生の第二外国語で一番履修者が多かったのはロシア語だったのです。

「スプートニク・ショック」として知られるように、60年代まではソ連が科学技術のいくつかの分野でアメリカより先を進んでいたからです。科学の最先端の情報にアクセスするためには英語よりもロシア語が必要だった。でも、ソ連が没落して、科学技術におけるアドバンテージが失われると、ロシア語を履修する理系の学生はぱたりといなくなりました。もちろんドストエフスキーを読みたい、チェーホフを読みたいというような動機でロシア語を履修する学生の数はいつの時代もいます。目標文化が「ロシア文学」である履修者の数はいつの時代もそれほど変化しない。けれども、目標文化が「ソ連の科学の先進性」である履修者は、その目標文化が求心力を失うと、たちまち潮が引くようにいなくなる。

僕の学生時代はフランス語履修者がたくさんおりました。でも、その後、フランス語履修者は急減しました。ある時点で中国語に抜かれて、今はもう見る影もありません。

理由の一つは、日本のフランス語教員たちが学生たちの知的好奇心を掻き立てることができなかったせいなのですけれど、それ以上に本国のフランスの文化的な発信力が低下したことがあります。フランス文化そのものに日本の若者たちを「目標」として惹きつける魅力がなくなってしまった。

フランス語やロシア語の例から知れる通り、われわれが外国語を学ぶのは目標文化に近づくためなのです。目標文化にアクセスするための手段として目標言語を学ぶ。

しかし、まことに不思議なことに、今の英語教育には目標文化が存在しません。英語という目標言語だけはあるけれども、その言語を経由して、いったいどこに向かおうとしているのか。向かう先はアメリカでもイギリスでもない。カナダでもオーストラリアでもない。どこでもないのです。

何年か前に、推薦入試の入試本部で学長と並んで出願書類をチェックしていたことがありました。学長は英文科の方だったのですけれど、出願書類の束を読み終えた後に嘆息をついて、「内田さん、今日の受験者150人の中に『英文科志望理由』に『英米文学を学びたいから』と書いた人が何人いると思う?」と訊いてきました。「何人でした?」と僕が問い返すと「2人だけ」というお答えでした「後は、『英語を生かした職業に就きたいから』」だそうでした。

僕の知る限りでも、英語を学んで、カタールの航空会社に入った、香港のスーパーマーケットに就職した、シンガポールの銀行に入ったという話はよく聞きます。別にカタール文化や香港文化やシンガポール文化をぜひ知りたい、その本質に触れたいと思ってそういう仕事を選んだわけではないでしょう。彼らにとって、英語はたしかに目標言語なのですけれど、めざす目標文化はどこかの特定の文化圏のものではなく、グローバルな「社会的な格付け」なのです。高い年収と地位が得られるなら、どの外国でも暮らすし、どの外国でも働く、だから英語を勉強するという人の場合、これまでの外国語教育における目標文化に当たるものが存在しない。
これについては平田オリザさんが辛辣なことを言っています。彼に言わせると、日本の今の英語教育の目標は「ユニクロのシンガポール支店長を育てる教育」だそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」はもちろん有用な仕事であり、しかるべき能力を要するし、それにふさわしい待遇を要求できるポストですけれど、それは一人いれば足りる。何百万単位で「シンガポール支店長」を「人形焼き」を叩き出すように作り出す必要はない。でも、現在の日本の英語教育がめざしているのはそういう定型です。

僕は大学の現場を離れて7年になりますので、今の大学生の学力を知るには情報が足りないのですけれども、それでも、文科省が「英語ができる日本人」ということを言い出してから、大学に入学してくる学生たちの英語力がどんどん低下してきたことは知っています。それも当然だと思います。英語を勉強することの目標が、同学齢集団内部での格付けのためなんですから。低く査定されて資源分配において不利になることに対する恐怖をインセンティヴにして英語学習に子どもたちを向けようとしている。そんなことが成功するはずがない。恐怖や不安を動機にして、知性が活性化するなんてことはありえないからです。

僕は中学校に入って初めて英語に触れました。それまではまったく英語を習ったことがなかった。1960年頃の小学生だと、学習塾に通っているのがクラスに二三人、あとは算盤塾くらいで、小学生から英語の勉強している子どもなんか全然いません。ですから、FENでロックンロールは聴いていましたけれど、DJのしゃべりも、曲の歌詞も、ぜんぶ「サウンド」に過ぎず、意味としては分節されていなかった。それが中学生になるといよいよ分かるようになる。入学式の前に教科書が配られます。英語の教科書を手にした時は、これからいよいよ英語を習うのだと思って本当にわくわくしました。これまで自分にとってまったく理解不能だった言語がこれから理解可能になってゆくんですから。自分が生まれてから一度も発したことのない音韻を発声し、日本語に存在しない単語を学んで、それが使えるようになる。その期待に胸が膨らんだ。

今はどうでしょう。中学校一年生が四月に、最初の英語の授業を受ける時に、胸がわくわくどきどきして、期待で胸をはじけそうになる・・・というようなことはまずないんじゃないでしょうか。ほかの教科とも同じでしょうけれど、英語を通じて獲得するものが「文化」ではないことは中学生にもわかるからです。

わかっているのは、英語の出来不出来で、自分たちは格付けされて、英語ができないと受験にも、就職にも不利である、就職しても出世できないということだけです。そういう世俗的で功利的な理由で英語学習を動機づけようとしている。でも、そんなもので子どもたちの学習意欲が高まるはずがない。

格付けを上げるために英語を勉強しろというのは、たしかにリアルではあります。リアルだけれども、全然わくわくしない。外国語の習得というのは、本来はおのれの母語的な枠組みを抜け出して、未知のもの、新しいものを習得ゆくプロセスのはずです。だからこそ、知性の高いパフォーマンスを要求する。自分の知的な枠組みを超え出てゆくわけですから、本当なら「清水の舞台から飛び降りる」ような覚悟が要る。そのためには、外国語を学ぶことへ期待とか向上心とか、明るくて、風通しのよい、胸がわくわくするような感じが絶対に必要なんですよ。恐怖や不安で、人間はおのれの知的な限界を超えて踏み出すことなんかできません。
でも、文科省の『「英語ができる日本人」の育成のための行動計画の策定について』にはこう書いてある。

「今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を超えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められています。」

冒頭がこれです。まず「経済」の話から始まる。「経済競争」「メガコンペティション」というラットレース的な状況が設定されて、そこでの「果敢な挑戦」が求められている。英語教育についての基本政策が「金の話」と「競争の話」から始まる。始まるどころか全篇それしか書かれていない。

「このような状況の中、英語は、母語の異なる人々をつなぐ国際的共通語として最も中心的な役割を果たしており、子どもたちが21世紀を生き抜くためには、国際的共通語としての英語のコミュニケーション能力を身に付けることが不可欠です」という書いた後にこう続きます。

「現状では、日本人の多くが、英語力が十分でないために、外国人との交流において制限を受けたり、適切な評価が得られないといった事態も起きています。」
「金」と「競争」の話の次は「格付け」の話です。ここには異文化に対する好奇心も、自分たちの価値観とは異なる価値観を具えた文化に対する敬意も、何もありません。人間たちは金を求めて競争しており、その競争では英語ができることが死活的に重要で、英語学力が不足していると「制限を受けたり」「適切な評価が得られない」という脅しがなされているだけです。そんなのは日本人なら誰でもすでに知っていることです。でも、「英語ができる日本人」に求められているのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」なのです。

外国語を学ぶことの本義は、一言で言えば、「日本人なら誰でもすでに知っていること」の外部について学ぶことです。母語的な価値観の「外部」が存在するということを知ることです。自分たちの母語では記述できない、母語にはその語彙さえ存在しない思念や感情や論理が存在すると知ることです。

でも、この文科省の作文には、外国語を学ぶのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」の檻から逃れ出るためだという発想がみじんもない。自分たちの狭隘な、ローカルな価値観の「外側」について学ぶことは「国際的な相互依存関係」のうちで適切なふるまいをするために必須であるという見識さえ見られない。僕は外国語学習の動機づけとして、かつてこれほど貧しく、知性を欠いた文章を読んだことがありません。

たしかに、子どもたちを追い込んで、不安にさせて、処罰への恐怖を動機にして何か子どもたちが「やりたくないこと」を無理強いすることは可能でしょう。軍隊における新兵の訓練というのはそういうものでしたから。処罰されることへの恐怖をばねにすれば、自分の心身の限界を超えて、爆発的な力を発動させることは可能です。スパルタ的な部活の指導者は今でもそういうやり方を好んでいます。でも、それは「やりたくないこと」を無理強いさせるために開発された政治技術です。
ということは、この文科省の作文は子どもたちは英語を学習したがっていないという前提を採用しているということです。その上で、「いやなこと」を強制するために、「経済競争」だの「メガコンペティション」だの「適切な評価」だのという言葉で脅しをかけている。

ここには学校教育とは、一人一人の子どもたちがもっている個性的で豊かな資質が開花するのを支援するプロセスであるという発想が決定的に欠落しています。子どもたちの知性的・感性的な成熟を支援するのが学校教育でしょう。自然に個性や才能が開花してゆくことを支援する作業に、どうして恐怖や不安や脅迫が必要なんです。勉強しないと「ひどい目に遭うぞ」というようなことを教師は決して口にしてはならないと僕は思います。学ぶことは子どもたちにとって「喜び」でなければならない。学校というのは、自分の知的な限界を踏み出してゆくことは「気分のいいこと」だということを発見するための場でなければならない。

この文章を読んでわかるのは、今の日本の英語教育において、目標言語は英語だけれど、目標文化は日本だということです。今よりもっと日本的になり、日本的価値観にがんじがらめになるために英語を勉強しなさい、と。ここにはそう書いてある。目標文化が日本文化であるような学習を「外国語学習」と呼ぶことに僕は同意するわけにはゆきません。

僕自身はこれまでさまざまな外国語を学んできました。最初に漢文と英語を学び、それからフランス語、ヘブライ語、韓国語といろいろな外国語に手を出しました。新しい外国語を学ぶ前の高揚感が好きだからです。日本語にはない音韻を発音すること、日本語にはない単語を知ること、日本語とは違う統辞法や論理があることを知ること、それが外国語を学ぶ「甲斐」だと僕は思っています。習った外国語を使って、「メガコンペティションに果敢に挑戦」する気なんか、さらさらありません。

外国語を学ぶ目的は、われわれとは違うしかたで世界を分節し、われわれとは違う景色を見ている人たちに想像的に共感することです。われわれとはコスモロジーが違う、価値観、美意識が違う、死生観が違う、何もかも違うような人たちがいて、その人たちから見た世界の風景がそこにある。外国語を学ぶというのは、その世界に接近してゆくことです。 

フランス語でしか表現できない哲学的概念とか、ヘブライ語でしか表現できない宗教的概念とか、英語でしか表現できない感情とか、そういうものがあるんです。それを学ぶことを通じて、それと日本語との隔絶やずれをどうやって調整しようか努力することを通じて、人間は「母語の檻」から抜け出すことができる。

外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。母語的な現実、母語的な物の見方から離脱すること。母語的分節とは違う仕方で世界を見ること、母語とは違う言語で自分自身を語ること。それを経験することが外国語を学ぶことの「甲斐」だと思うのです。

でも、今の日本の英語教育は「母語の檻」からの離脱など眼中にない。それが「目標言語は英語だが、目標文化は日本だ」ということの意味です。外国語なんか別に学ぶ必要はないのだが、英語ができないとビジネスができないから、バカにされるから、だから英語をやるんだ、と。言っている本人はそれなりにリアリズムを語っているつもりでいるんでしょう。でも、現実にその結果として、日本の子どもたちの英語力は劇的に低下してきている。そりゃそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」が「上がり」であるような英語教育を受けていたら、そもそもそんな仕事に何の興味もない子どもたちは英語をやる理由がない。

(中略)

今は英語教育にとりわけ中等教育では教育資源が偏ってきています。他の教科はいいから、とにかく英語をやれという圧力が強まっています。別にそれは英語の教員たちが望んだことではないのだけれど、教育資源が英語に偏っている。特に、オーラル・コミュニケーション能力の開発に偏っている。何でこんなに急激にオーラルに偏ってきたかというと、やはりこれは日本がアメリカの属国だということを抜きには説明がつかない。

「グローバル・コミュニケーション」と言っても、オーラルだけが重視されて、読む力、特に複雑なテクストを読む能力はないがしろにされている。これは植民地の言語教育の基本です。

植民地では、子どもたちに読む力、書く力などは要求されません。オーラルだけできればいい。読み書きはいい。文法も要らない。古典を読む必要もない。要するに、植民地宗主国民の命令を聴いて、それを理解できればそれで十分である、と。それ以上の言語運用能力は不要である。理由は簡単です。オーラル・コミュニケーションの場においては、ネイティヴ・スピーカーがつねに圧倒的なアドバンテージを有するからです。100%ネイティヴが勝つ。「勝つ」というのは変な言い方ですけれども、オーラル・コミュニケーションの場では、ネイティヴにはノン・ネイティヴの話を遮断し、その発言をリジェクトする権利が与えられています。ノン・ネイティヴがどれほど真剣に、情理を尽くして話していても、ネイティヴはその話の腰を折って「その単語はそんなふうには発音しない」「われわれはそういう言い方をしない」と言って、話し相手の知的劣位性を思い知らせることができる。

逆に、植民地的言語教育では、原住民の子どもたちにはテクストを読む力はできるだけ付けさせないようにする。うっかり読む力が身に着くと、植民地の賢い子どもたちは、宗主国の植民地官僚が読まないような古典を読み、彼らが理解できないような知識や教養を身に付ける「リスク」があるからです。植民地の子どもが無教養な宗主国の大人に向かってすらすらとシェークスピアを引用したりして、宗主国民の知的優越性を脅かすということは何があっても避けなければならない。だから、読む力はつねに話す力よりも劣位に置かれる。「難しい英語の本なんか読めても仕方がない。それより日常会話だ」というようなことを平然と言い放つ人がいますけれど、これは骨の髄まで「植民地人根性」がしみこんだ人間の言い草です。

「本を読む」というのはその国の文化的な本質を理解する上では最も効率的で確実な方法です。でも、植民地支配者たちは自分たちの文化的な本質を植民地原住民に理解されたくなんかない。だから、原住民には、法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない。

今の日本の英語教育がオーラルに偏って、英語の古典、哲学や文学や歴史の書物を読む力を全く求めなくなった理由の一つは「アメリカという宗主国」の知的アドバンテージを恒久化するためです。だから、アメリカ人は日本人が英語がぺらぺら話せるようになることは強く求めていますけれど、日本の子どもたちがアメリカの歴史を学んだり、アメリカの政治構造を理解したり、アメリカの文学に精通したりすること、それによってアメリカ人が何を考えているのか、何を欲望し、何を恐れているのかを知ることはまったく望んでいません。

(以下略)

「原住民には法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない」ということを英語教育について書いたら、国語教育でも同じことをしようとしているということを知らされた。

まことに情けない国に成り下がったものである。
http://blog.tatsuru.com/2018/10/31_1510.html

9 名前:保守や右翼には馬鹿しかいない

2023/03/14 (Tue) 07:28:33

人名やさまざまなタイトルなども読めなくても字面で判別している。小津安二郎に『宗方姉妹』という、高峰秀子、田中絹代が出た映画があるが、これがちゃんと読めたら、立派な小津ファンだ(答え)。

 また、日本人は文字そのものに大きな興味を持っている。書道という芸術の「道」がある。外国のカリグラフィーはカードや封書などにきれいに書くだけの技術だが、書道は芸術だ。

 文字がきれいな人は人間性まできれいだと思われがちで、字が汚い僕らは人格まで疑われる。実際、字のきれいな人の手紙を見るのは実に気持ちのいいものだ。間違った字の多い手紙はその場で破り捨てたくなる。ただ、吉田兼好法師は名筆だったことが知られているが、「手のわろき人の、はばからず文書き散らすはよし」と『徒然草』に述べている。下手でも遠慮せず、大いに手紙を書けば結構、と心やさしい。

 でも、作家は石原慎太郎のように字が汚い方が出世する。

 書道は漢字文化圏だけのものだと思っていたが、違っていた。鹿島茂『フランス歳時記』(中公新書)によれば、アレクサンドル・デュマ・ペールは能書で有名だったという。デュマは何をやらせてもダメだが、字がうまい。神父が褒めるとお母さんは天を仰いだという。フランスでも字のうまい男は出世しないという言い伝えがあるからだという。


 ところが、運命とは不思議なもので、この字のうまさがデュマを何度か助けることになる。

 最初は、デュマがパリに出て父の知り合いのフォワ将軍に職を紹介してもらいに行ったときのこと。勉強嫌いだったデュマは□はもちろん、得意な科目もない。そこで困った将軍はとりあえず住所だけでも書いて置くようにと命じた。デュマが住所を渡すと、将軍は叫んだ。「救われたぞ。君は字で食べていける」。デュマはのちにフランス国王となるルイ=フィリップの書記として採用されたのである。

 協力者のマケから『三銃士』は自分が書いたと訴えられたときにも能書が役に立った。裁判長は原稿を調べて、デュマの加筆がなければ作品は成立しなかったと判定を下した。能書ゆえに、デュマの筆跡が容易に鑑定できて、加筆の程度がわかったのである。





 メディア研究家というのか山根一眞の『変体少女文字の研究』はその意味で大変面白かった。当時の「かっわいい」としか言えなかった少女たちの時代を活写していた。

 ところが、97年に起きた神戸の「酒鬼薔薇聖斗」事件では赤と黒を使って直線的な(定規を使っているともいわれた)字体で書いていた。全体が角張っていて、濁点も下の方に意識的に持っていく。フェイスマーク状の文字や意味深なイラストも使われる。もちろん、筆跡を隠すために意識的に強調した部分があるのだろうが、丸文字になれていた世代には衝撃だった。丸文字に挑戦しているかのような字体であった。

 考えてみると学生の中にも三角を多用したような文字を見ることがある。「イラ文字」と呼ばれているそうだ。つまり、文面がイライラしているから、らしい(「イラスト系ヘコミ文字」でイラストみたい、という説もあるが信じがたい)。

 何でも「かっわいい」としか言えなかった時代に対して、どんな時代を迎えているのだろうか、不安に思った。





 蔡倫が紙を発明したおかげで漢字文明圏がより強固なものとなった。中国の『後漢書』に「古自(よ)り書契(しよけい)は多く編むに竹簡を以てし…」(岩波書店・吉川忠夫訓注)とある。書契は、文字の記録のことで竹簡や絹布を使っていたが、簡は重く、絹は高い。それで、蔡倫という人が工夫し、樹皮や麻くず、ぼろ布、漁網を用いて紙をつくったという。帝に奏上した年は、西暦の105年にあたる(『紙の文化事典』朝倉書店は、最近の学説で前3世紀ごろが紙の誕生の時期とされるとし、蔡倫がそれまでの製紙技術を集大成したとしている)。新古今和歌集(1021)に藤原伊尹の「水の上に浮きたる鳥の跡もなくおぼつかなさを思ふ比(ころ)かな」という一首が出てくる。水の上に浮かぶ鳥の足跡が見えないように、便りをくれないから不安な心になるこのごろですと嘆いた歌だが、この場合、「鳥の跡」とは文字や筆跡を意味する。これは鳥の足跡を見て文字を創作したという中国の故事に由来する。転じて下手な筆跡を指す場合もある。

 13世紀に元を旅行し、『東方見聞録』を書いたマルコ・ポーロはそこで紙幣が流通しているのを見て皇帝フビライ・ハーンを「錬金術師」と評した。ヨーロッパにまだ紙幣はなく、人工的に金をつくろうとする錬金術が盛んだったからだ。中国4大発明のうちの紙と活版印刷の2つを使って作られた紙幣は、ポーロの目には魔法に見えたようだが、その裏に皇帝の強力な権威があるのも見抜いた。ニセ札作りは斬殺刑に処すと印刷してあったからだ。

 こうして中国を中心とする漢字文化圏では科挙をはじめ、ペーパーテストが横行した。一方、紙がなかった西洋では口頭試問が一般的に長く続いた。ブリュノ・ブラセルの『紙の歴史』(創元社)によれば、紙の大量生産が私信の習慣を広めた。例えばドイツ人が1年に出す手紙は、19世紀半ばの1通強から世紀末には58通になったという。文化が変わったのはほんの少し前だったのである。

 プラトンも『パイドロス』(岩波文庫275A、B)でソクラテスの口を借りて、文字を批判した。「記憶と知恵の秘訣」を発見し、文字を広めましょうという進言する文字の発明の神テウトに対して王様の神タモスは次のように言う。


 たぐいなき技術の主テウトよ、技術上の事柄を生み出す力を持った人と、生み出された技術がそれを使う人にどのような害をあたえ、どのような益をもたらすかを判断する力をもった人とは別の者なのだ。いまもあなたは、文字の生みの親として、愛情にほだされて、文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら、人々がこの文字というものを学ぶと、記憶力の訓練がなおざりにされるため、その人達の魂の中には、忘れっぽい性質が植え付けられることだろうから。それはほかでもない、彼らは、書いたものを信頼して、ものを思い出すのに、自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり、自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。じじつ、あなたが発明したのは、記憶の秘訣ではなく、想起の秘訣なのだ。また他方、あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは、知恵の外見であって、真実の知恵ではない。すなわち、彼らは、親しく教えを受けなくとも物知りになるため、多くの場合、本当は何も知らないでいながら、見かけだけは非常な博識家であると思われるようになるだろうし、また知者となる代わりに知者であるという自惚れだけが発達するため、付き合いにくい人間になるだろう。

 そして、「書かれた言葉とは、ものを知っている人が語る、生命をもち、魂をもった言葉の影に過ぎないのか」と問うパイドロスにソクラテスは「そのとおり」と答える。プラトンはまた「ソクラテスがこう言っていた」といって「事実、長大な叙事詩を憶えた吟唱者に文字の知識を与えたとたん、すべての記憶が失せてしまったという例が世界の各地から報告されている」という言葉を引用している。とはいえ、このプラトンの言葉自体、文字でパピルスに書き留められていなかったら、後世の人々は知ることもできなかったのでないだろうか。

 レヴィ=ストロースの弟子で西アフリカ・ブルキナファソのモシ族を9年間もフィールドした川田順造は無文字社会の豊かな“音”の文化を研究してきた。モシ族は太鼓の音の高低で複雑な言葉を語る(talking drumという)。川田は、彼らは決して遅れた文化ではなく、文化の別の形なのだという。そしてむしろ、印刷技術やインターネットで文字に支配された我々の方こそ、彼らに学ぶべきだと説く。我々は文字を得て失った声の復権が必要だと訴えている。

 藤縄謙三『ホメロスの世界』(新潮選書)には次のように書いてあった。文字によって人間は身体性を失ってしまったのである。


 言葉の音声には強弱や遅速や色調があり、きわめて多彩な表現性を持っている。文字というものは、これらの微妙な要素を捨て去って、無味乾燥な骨だけにしたものである。文学とは文字で書かれたものだと考えるようになって以後、人間は言霊への感覚をむしろ大きく害されてしまったのである。

 口頭試問を重んじる西洋と筆記を重んじる漢字文化圏では大きな違いが生まれてきた。ハーバード大学のロースクールを描いた映画に『ペーパーチェイス』というのがあるが、法科学生は教授にいつも厳しい質問を受けて学んでいく。その仕上げにペーパーテストが行われるのだ。英語の「オーディション」auditionというのも「聴く」が語源となっているし、演劇も観るものではなく聴くものであった(「観客」audienceも「聴く」から)。日本人のものの考え方は視覚的だということである。

 米原万里は「通訳ソーウツ日記」の最終回で次のように書いている【名文で省略しきれなかった】。

脳が羅列モードの理由

 前回、この頁で「○ラモードの言語中枢」と題した文章を書いた。日本人が欧米人に較べて、情報を非論理的に羅列する傾向が強いこと。同時通訳をしていると、スピーカーの脳のモード差がモロに体感できること。それは、学校教育において、欧米では口頭試問と論文という能動的な知識の試し方を多用するのに対して、日本では○ラ式と選択式という受け身の知識の試し方が圧倒的に多いせいではないか、という愚見を披露した。単なる教育法の違いに原因を見ていたのだが、その背景にまで思い及ばずにいた。ところが、比較文学者の平川祐弘が、「せれね」という新聞に掲載されたエッセイに面白いことを書いている。
 日本人を含めてなべて東洋人が口下手なのは、「昔から科挙などで筆記試験に慣れてきたせいだろう。それに反し、西欧人は口頭試問で鍛えられてきた」と、ここまではわたしと同じ論旨なのだが、平川は、「それは紙が少なかったから」という。西洋では紙が非常な貴重品で、「第二次大戦中の米国兵は一日一回四片の割り当て」「18世紀に来日した西洋人は日本人が和紙で鼻をかんで捨てるという贅沢に一驚している」。「ケンブリッジ大学で筆記試験が始まったのは、数学は1747年、古典は1821年、法律と歴史は日本歴の明治5年にあたる1872年とたいへん遅い」と。
 日本人や中国人など漢字圏人間の脳の情報入力が視力経由に依存している割合が高く、西欧人の脳は聴力経由の依存度が高いという事は以前から指摘されている。西欧のアルファベットそのものが、音声を文字化したもので、文字そのものが聴力モードなのだ。文字は、音として発せられた瞬間に記憶に留めない限り消え失せてしまう言葉を固定化させる具として生まれた。要するに、記憶の負担を軽減するために発明されたとして過言でないだろう。実際に長大な叙事詩を記憶していた世界各地の吟遊詩人たちが、文字が発明された途端に大量の知識を失ってしまったと、ソクラテスやプラトンは嘆いている。わが国でも「平家物語」の全テキストを暗唱していた琵琶法師たちは文字の恩恵を受けることが不可能な盲人だった。
 先ほど同時通訳をしていると、スピーカーの脳のモード差がモロに体感できると述べたが、それは切実極まる問題だからだ。通訳者は、スピーカーの発言を訳し終えるまではそれを記憶していなければならない。ところが、論理的な文章はかなり嵩張ったとしてもスルスルと容易に覚えられるのに、羅列的な文章には記憶力が拒絶反応を起こすのだ。要するに、論理性は、記憶の負担を軽減する役割を果たしているわけで、文字依存度が高い日本人に較べて、それが低い西欧人の言語中枢の方が論理的にならざるを得ないのではないのだろうか。
 何かを得ることは、何かを失うことなのである。わたしたちは、文字に記憶の負担を転嫁することで、記憶のための貴重な具をいくつか失ったことになる。
 コンピュータ化が進むとともに記憶力のみならず計算力とか情報整理力とか、いくつもの脳の雑用と思われている作業を電脳に負わせるようになった。肉体労働だけでなく精神労働の負担からも人間を解放し、持てる力をなるべく創造的な仕事に振り向けようというのだろう。しかし、創造力とは何だろう。記憶力や情報整理力など脳の基礎体力の上に成り立つもののような気がしてならないのだ。わたしたちは、キャベツの葉を剥くように、今後も脳の持てる力をどんどん削ぎ落としていくのだろうか。

 イギリス議会の伝統に学んだのだろうが、日本の国会では文章の棒読みは1890年の国会開設以来禁止されている。「会議においては、朗読することはできない」と衆参両院規則にあるのだ。草稿なしに演説するためには、論点をしっかり頭に叩きこんでおかなければならないから、言葉の重みが違ってくる(若宮啓文『忘れられない国会論戦』中公新書)。福沢諭吉はスピーチを「演説」に換え、ディベートを「討論」と訳した。『学問のすゝめ』では「演説」を「大勢の人を会して説を述べ、席上にて我思うところを人に伝うるの法なり」といい、「第一に説を述ぶるの法あらざれば、議院もその用をなさざるべし」と解説している。でも実際は?





 日本語は難しくはないが、文字言語までいれると途端、難しくなる。人の名前をいうときも、「あの人の名前は読めないけれどこう書く(「こう言う」とはならない)」といって音を離れた漢字で人を識別する。難しい漢字を書けるだけで尊敬されたりもする。歌人の塚本邦雄は「薔薇(ばら)」と漢字で書いて罰せられるならば、罰金を払ってでも書く、と語った。グロータース神父も講演する時には「薔薇」とか「憂鬱」とか書いてみせるという。

 河野六郎先生は「漢字の場合、言葉は文字の背後に隠されてしまうことも稀ではない」(「文字の本質」)と指摘されている。経験や実験より文字で書かれたものをありがたがるのも同じ理由からであろう(幸か不幸か本校の学生には本を読みすぎる人はいないが、本ばかり読んで実践しない人は結構多いものだ)し、こうした視覚性が日本人の外国語学習の弱点になっているのだろう(とはいえ証明は難しい、というのは同じ漢字文化圏の中国人や韓国人の英語のうまさは説明できない)。

 たとえばアルファベットの文字から入っていく(筆順まで気にする人がいる)し、スペリングにやたらこだわる。「読み書き」中心であって「話し聞き」ではない。それに日本人の完ぺき主義が加わるから余計にっちもさっちもいかなくなっているのだろう。





 音声言語に対して文字言語は二次的なものなのだが、日本では文字言語が優先される。前者を優先するのを「音声中心主義」(phonocentricism)、後者を優先するのを「ロゴス中心主義」(logocentricism)というが、もともと一次的だった音声が文字におされている。つまり、一次性と二次性が逆転している。これをジャック・デリダはプラトン以来の西洋形而上学は「ロゴス中心主義」に陥っているといった。

 プラトンの『パイドロス』の中で、ソクラテスは「ロゴス(=パロール)こそが真の言葉であり、「正しきもの、美しきもの、善きものについての教えの言葉、学びのために語られる言葉、魂の中にほんとうの意味で掻きこまれる言葉」であるのにたいして、「書かれた言葉(=エクリチュール)の中には、その主題が何であるにせよ、たぶんに慰みの要素が含まれて」おり、「言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。そして、ぜひ話しかけなければならない人々にだけ話しかけ、そうでない人びとには黙っているということができない」と語る。語られる言葉(パロール)こそが「正嫡の息子」であり、「自分で自分の力によって内から思い出す」記憶の秘訣[毒=薬]であるのに対し、書かれる言葉(エクリチュール)は、いわば父親のいない私生児であって、「自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出す」ための「想起の秘訣」にすぎないとされる。

 旧約聖書でも『出エジプト記』24章には次のようにある。「神はことばを使って、人間と契約する」のである。


そこでモーセは来て、主のことばと、定めをことごとく民に告げた。すると、民はみな声を一つにして答えて言った。「主の仰せられたことは、みな行ないます」。
それで、モーセは主のことばを、ことごとく書きしるした。そうしてモーセは、翌朝早く、山のふもとに祭壇を築き、またイスラエルの十二部族にしたがって十二の石の柱を立てた。
それから、彼はイスラエル人の若者たちを遣わしたので、彼らは全焼のいけにえをささげ、また、和解のいけにえとして雄牛を主にささげた。
モーセはその血の半分を取って、鉢に入れ、残りの半分を祭壇に注ぎかけた。
そして、契約の書を取り、民に読んで聞かせた。すると、彼らは言った。「主の仰せられたことはみな行ない、聞き従います」。
そこで、モーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った。「見よ。これは、これらすべてのことばに関して、主があなたがたと結ばれる契約の血である」。
それからモーセとアロン、ナダブとアビフ、それにイスラエルの長老七十人は上って行った。
そうして、彼らはイスラエルの神を仰ぎ見た。御足の下にはサファイヤを敷いたようなものがあり、透き通っていて青空のようであった。
神はイスラエル人の指導者たちに手を下されなかったので、彼らは神を見、しかも飲み食いをした。
主はモーセに仰せられた。「山へ行き、わたしのところに上り、そこにおれ。彼らを教えるために、わたしが書き記した教えと命令の石の板をあなたに授けよう」。

 さて、デリダがこんなことをいわなくても日本では「ロゴス中心主義」がごく自然のことだったのである。

 【初出『富山商船高専図書館だより』1988年】

「むねかたきょうだい」というのが正しい。知らなかったでしょ。僕も知らなかったから…。


 俳優トム・クルーズは小学生の時から読書障害に苦しんできたが、サイエントロジー教会の創設者L.ロン・ハバードが開発した学習技術で読書障害を克服できたことを米誌に語った。クルーズは今、ハバードの学習技術を使う非営利の個人指導教師プログラムの創設委員を務めており、同じ学習障害を背負う子供たちを救おうとしている。


「私は7歳の時、読書障害児と呼ばれました。読書に集中しながらページの最後まで読み終わっても、何を読んだのかほとんど記憶がない。(一時的に)記憶を失い、不安を感じ、落ちつかず、退屈して、いらいらし、愚かに感じる。怒り出したりもする。勉強している時、両脚が実際に痛くなる。頭も痛くなる。学生時代から俳優になるまでずっと私は秘密を持っているように感じました」

「新しい学校に行く時、他の子供に私の読書障害のことを知られたくありませんでした。でも、読書力補強のクラスに行かされました」 (クルーズ)

「学習障害で一番多いのは読書障害で、5人の子供のうち1人が 読書障害を持っている」と専門家がいう。

 学習障害は知的発達の遅れがないのに、学齢期にいたっても読み、書き、計算、運動などのうちどれかの能力に障害があるものをいう。

 「Overcoming Dyslexia」(直訳で「読書障害の克服」)の著者でエール大学医学部小児科のサリー・シェイウィッツ教授によると、学習障害の中で一番多いのは読書障害(dyslexia)で、5人の子供のうち一人がこの読書障害を持っているという。

 読書障害は言葉が理解できないという意味ではなく、書かれている言葉を話し言葉の音声にして読めないことに問題がある。

 母親は「絶対にあきらめないで」と言い続け、勉強を助けてくれた


 「母は私に『あなたにはとても大きな可能性がある。絶対にあきらめないで』と言い続けました。彼女は仕事を3つ持って、私と妹の面倒を見てくれましたが、私の勉強のためにも時間を割いてくれました。私が学校の宿題を書かなくてはいけない時は、まず最初に、母にそれを口述して書き取らせ、私はそれを非常に慎重に書き写しました」

 「私は1980年に高校を卒業しましたが、卒業式にも出席しませんでした。私は学ぶことが大好きでした。学びたかったけど、今の教育制度の中で失敗したことを知っていました」

 クルーズは1986年、「トップガン」の公開後、L.ロン・ハバードの学習障害克服の学習技術を発見し、サイエントロジー教会のメンバーになった

 クルーズは1986年、「トップガン」が公開されてからサイエントロジー教会のメンバーになった。彼はハバードが1960年代に開発した3つの学習障害を克服する「Study Technology」(学習技術)を発見した。クルーズはこの技術を使って読書障害を克服することができたという。

 「私は読書障害のすべての症状があると言われてきたが、誰も解決法を与えてくれなかった。私は自分が学びたいものは何でも学べることを悟りました」(クルーズ)

 そしてクルーズはハバードの学習技術を使って子供たちに個人指導する非営利プログラムHollywood Education and Literacy Projectの創設委員を務めている。

 「私はみんなに自分が体験したことと同じ体験をして欲しくない。私は、子供たちが読み書きの能力を持ち、人々が何を言っているのかを理解し、人生の問題を解決できるようにして欲しい」(クルーズ) …

(07/16/03、ロサンゼルス=ZAKZAK特電)


 韓国ドラマ『星を射る』では俳優を目指すのだが、難読症のインソン君扮する青年が、ドヨン姉さんの手助けで文字の学習をしながら並外れた記憶力を武器に映画界で頭角を表し やがてはカミングアウトし周囲の理解を得るという設定になっている。ハングルも同じように表音文字なのである。

 2004年9月に脳卒中などで文字が読めなくなる「失読症」は、アルファベットを使う西洋人と漢字を使う中国人や日本人では、脳の損傷部位が違うことが、香港大の研究で分かった。

 文化に合わせた治療法の必要性を示した結果で、2日付の英科学誌ネイチャーに発表される。

 欧米を中心としたこれまでの研究では、失読症の人は、文字のつづりを音の固まりに分ける過程に障害があり、左脳の「頭頂葉」や「側頭葉」などでの神経活動の低さが原因と考えられてきた。しかし、香港大のリ・ハイ・タン助教授らが、先天的に失読症である中国人の子ども8人の脳を、磁気共鳴画像装置を使って調べたところ、左脳の「中前頭回」という西洋人とは別の部位の活動性が低いなど、これまでの実験結果とは大きく異なることが分かった。文字自体は意味を持たない表音文字のアルファベットを使う言語と、表意文字の漢字では、脳での読み方の仕組みが異なるらしい。研究チームは「理という漢字のなかに読み方を表す里が入っているなど、漢字の読み書きの仕組みは英語などとは大きく違う。文化に即した治療法の開発などにつながるのではないか」としている。

※冒頭の「科研交付」は北岡明佳が考案したものである。ポップル錯視(文字列傾斜錯視)というのは平行に並べた図形の模様を均等に上下にずらすと、図形が傾いて見える錯視。ツェルナー錯視のように並べると顕著になる。なおパソコンの活字体でもこの傾向が見られ、「杏マナー」とパソコンで入力すると文字が右下がりになっていることが2ちゃんねるで採り上げられ後に『トリビアの泉』で採用、北岡明佳がポップル錯視との関連を指摘(但し、学術的に検証を行ったわけではない)したことで知られるようになった。この錯視は単なるインターネットメディアの話題にとどまらず国内錯視研究の第一人者でもある北岡のホームページでも「読み人知らず」として採り上げられているほか、新井仁之がこの錯視を『文字列傾斜錯視』と定義して論文を発表している。また、「アロマ企画」「コニア画」「科研交付」などと入力してもこの錯視が発生する。
http://archive.fo/mYoy#selection-25.0-2033.25

10 名前:777

2023/09/05 (Tue) 13:45:18

故郷を忘れた日本人へ (前編) 現代の若者が人生に“無気力“なワケ [2023 8 28放送]週刊クライテリオン 藤井聡のあるがままラジオ
https://www.youtube.com/watch?v=0scQLd2rguU&t=29s

[2023.9.4放送]「故郷を忘れた日本人へ」Part2、行きすぎた英語教育は国力を下げる(藤井聡/KBS京都ラジオ)
https://www.youtube.com/watch?v=D6WhJH79yZA


▼動画で紹介した、仁平千香子氏の著書 「故郷を忘れた日本人へ」の詳細はコチラ
https://www.amazon.co.jp/dp/4899920814/

11 名前:777

2023/10/15 (Sun) 09:07:50

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12 名前:777

2024/02/18 (Sun) 14:41:24

吉村府知事や岸田総理は 「英語化」で 多民族共生を強制
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「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想
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日本語は難し過ぎる
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クルド人問題の裏にテロ組織、 麻薬密輸、人身売買!? 日本がスウェーデン化
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【ch桜北海道】移民、難民!欧州の例から考える。日本ではクルド人問題が![R5/7/18]
https://www.youtube.com/watch?v=HOnOWDfXXjM

川口市ではクルド人が病院を占拠したり、集団で女性を追い回したりしている
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特番『外国人との「共生」は困難-クルド人問題で混乱する埼玉の実情ー』ゲスト:経済・環境ジャーナリスト  石井孝明氏
2024/02/06
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移民が引き起こしたケルン事件とロザラム事件 欧州で起きた現実
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人口の4割が移民になったスウェーデンのパラレルワールド
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移民による犯罪多発 _ 検問を突破した移民少年への発砲をめぐるパリ暴動
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日本のアジア化は着々と進行している
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エリート洗脳システムとしての留学制度
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日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
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日本の研究力の低下 - 内田樹の研究室
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内田樹 _ 「統御し、管理しようとする欲望」が今の学校教育の荒廃の主因
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14060400

大学でいま、起きていること
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日本の学校教育は「我が国とは全てが違う…」
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14093125

甘過ぎる日本の帰化制度
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018762

「『移民』で日本もこうなる(前編-1)」宇山卓栄 AJER2023.10.27(1)
https://www.youtube.com/watch?v=qGpJvPeZRLg&t=318s

「『移民』で日本もこうなる(後編-1)」宇山卓栄 AJER2023.11.3(3)
https://www.youtube.com/watch?v=5kzGnH1F3_Y

13 名前:777

2024/03/02 (Sat) 14:36:24

内田樹の研究室
文字の書けない子どもたち
2024-02-27
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。
『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 
 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。
 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。
 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。
 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。
長い話になりそうなので、続きはまた次週。
 
 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。
 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。
 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。
 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での 必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。
 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。
 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。
 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

  • 名前: E-mail(省略可):
日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
1 名前:777

2022/05/22 (Sun) 05:05:03

日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している 鈴木傾城

多くの日本人は勘違いしているのだが、物を覚えるというのと、考えることができるというのは別のものだ。

・覚える。
・考える。

この2つは似ているようで、まったく違う。覚えるというのは、世の中の原理原則を覚え、歴史を覚え、仕組みなどを記憶するというものだ。

しかし、「覚える」というのは単なる基本であり、本来はそこからさらに飛躍しなければならない。それが「考える」というものだ。

学校が物を覚えさせる場所であるというのは誰でも知っている。しかし、考えさせているのだろうか。

日本の教育は、構造的に「覚えさせても、考えさせない」という教育になっている。覚えさせても、考えさせないのである。「考える」という部分を軽視している。

なぜか。それは、学校が何のためにあるのかを考えれば理解できるかもしれない。学校とは、社会で通用する人間を作り出すところだからだ。日本で「社会に通用する」というのは、サラリーマンになれるということでもある。


教育とは子供を規格化するという側面がある

学校は最終的に子供を社会で通用する人間に「矯正」する場所である。子供を規格化するのだ。

日本では国民の8割がサラリーマンであることを考えると、日本の学校で重要な使命は日本人がサラリーマンとして通用するように規格化するのが使命と言うことになる。

ここに問題がある。サラリーマンとは、「上司の言うことをよく聞いて、口答えせず、言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先する」ということができる人間でなければならない。

だから、日本の教育はその現状に沿って、そういった人間を作り出す仕組みになっているのである。上記の特徴を、もう一度よく考えてみて欲しい。あることに気づかないだろうか。

「上司の言うことをよく聞く」とは、自分の意見を持たないで指示待ちの人間になるということである。つまり、自分で「考えない」ことが重要だ。

「口答えしない」と言うのも、自分の意見を殺して会社の意向を無条件で重視するというものだ。つまり、自分で「考えない」ことが重要だ。

「言われたことを忠実に行う」というのも、ロボットのようになるということであり、それはすなわち自分で「考えない」ことが求められている。

「不満があっても黙々と働く」という奴隷のような状態も同じで、「考えないようにする」ことで達成できる。

「集団生活を優先する」というのも、結局は自分の意見や考えよりも会社集団を尊重するということであるから、「考えない」ことで達成できるのだ。


「よけいなことを考えるな」というメッセージ

サラリーマンは考えることよりも、考えないことが求められる職業である。何をどうするかという部分についても「考えさせない」ために、企業は「マニュアル」を用意している。

マニュアルというのは、実は人間を「考えさせない」ためのものであることに気づかなければならない。

マニュアルは効率化とサービスの均質化を生み出すので企業にとっては好都合な存在だ。

しかし、逆に考えると、それを行う人間には「この通りにやれ」という強制になる。

誰もが同じ手順でやるように強制し、一切の例外を認めさせない。マニュアルは、「よけいなことを考えるな」というメッセージなのである。

サラリーマンが考えていいのは、会社が「考えろ」と強制した部分だけだ。それ以外の部分は「考えないこと」が期待されている。

それもそうだ。考えるというのは、自分の意見を持つということだ。考えて自分の意見を押し通すというのは、集団よりも個人を優先するということなのだ。

サラリーマン全員が、自分の好き勝手にあれこれ考え始めると、統制が付かなくなる。

だから、あれこれ「考えない」で、言われたことだけを完璧に実行するロボットのような人間を企業は欲しがり、学校はそれを意識的にも無意識的にも読み取って、そのようになるように子供を矯正していく。

学校に課せられた使命は、「上司の言うことをよく聞いて、口答えせず、言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先する」人間を作り出すことなのだ。

そして、国民の8割が学校を卒業してサラリーマンになるのだから、その教育は成功していると言うことができる。


日本の教育では「考えさせない」ことが使命

ところで、人間はいろいろ物を覚えさせれば自然に「考える」人間になってしまう。しかし、日本の教育では「考えさせない」ことが使命としてある。

教育の現場では、どうやって子供たちを考えさせないようにしているのだろうか。それには、次の5つによって、成し遂げられている。

(1)暗記を押し付けて「考えさせない」
(2)苦手を押し付けて「考えさせない」
(3)制服を押し付けて「考えさせない」
(4)規則を押し付けて「考えさせない」
(5)団体行動を押し付けて「考えさせない」

暗記をひたすらやらせると、考えるヒマがない。だから、学校は考える余裕がなくなるほど、暗記させる。

暗記教育が悪いわけではないが、暗記重視によって考えるという部分が消失してしまうようにしているのは問題だ。

得意を伸ばさず、苦手を克服するように仕向けるのも、考えさせるのを嫌にするための手法だ。

誰もが苦手なものを考えるのは苦痛だが、その苦痛を押しつけることによって、考えることそのものを苦痛にしてしまう。その結果、誰も考えなくなってしまう。

制服を押しつけるのも、個性を殺して「考えさせない」ための有益な手法である。

細かい規則を守らせるのも、団体行動を強制するのも、すべて「考えさせない」で「従わせる」ためのものなのである。学校が馬鹿げているほど細かい規則を守らせるのはなぜか。

究極的には「何も考えず、黙って従う」人間を作り出すためだ。日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出していると言っても過言ではない。

あなたは考えているだろうか? あなたの受けた教育は、社畜になるための教育だったのだから、「自分を取り戻す」ためには、学校で覚えたことはすべて忘れる必要がある。

ただ、サラリーマンで居続けたい人間だけは、考えてはいけない。下手に考えると、社会からはぐれてしまうからだ。


▲△▽▼


ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html

女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/564.html

クラシックの作曲家はアル中、 ジャズ・ロックのミュージシャンは全員麻薬中毒
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/917.html

まともな人間は音楽家になれない
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/177.html

まともな人間に芸術は理解できない _ ゴッホは何故ゴッホになれたのか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/481.html

元弟子が語るイエス教団「治療」の実態 _ 性を敵視する欧米の文化
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/605.html  








2 名前:保守や右翼には馬鹿しかいない

2023/01/12 (Thu) 07:39:34

2023年1月11日
【藤井聡】甘利さんに「15%消費増税」発言をさせた「ザイム真理教」の「緊縮思想」。その社会心理学的メカニズムとは何か?
From 藤井聡@京都大学大学院教授
https://38news.jp/economy/23638

みなさん、 こんにちは。表現者クライテリオン、編集長の藤井聡です。

皆様も既にご存じかと思いますが、甘利元自民党幹事長の発言には、誠に驚きましたですね。日本を救うためには消費減税が必要だと議論しているこの大不況状況にある現在の日本の状況の中で、甘利さんは、少子化対策のためには15%の消費増税が必要だと示唆する発言を行ったわけです。

理性ある人、常識ある人にしてみれば、こんなことを言う甘利という男は完全なる基地の外の人なんじゃないかとすら感ずるかと思いますが、彼にしてみれば至って真面目にそういう発言をしているのです。彼は本当に、日本の為に消費税15%が必要だと思っているのです。

甘利氏はなぜ、そんな事を考えているのでしょうか?

この問題について、当方のメルマガ『表現者クライテリオン・編集長日記』(https://foomii.com/00178)にて、数回にわたって詳しく解説差し上げましたので、その冒頭部分を下記にご紹介差し上げます。

まず……繰り返しますが、理性があれば、完全に基地の外としか解釈できない狂った信念ですが、

(基本認識1)今、日本の借金は凄まじく多く、このまま借金が膨らみ続ければ、日本は破綻して、日本が沈没する。
(基本認識2)だから、政府支出は削らなきゃならん。
(基本認識3)にもかかわらず政府支出を増やしたいなら、増税するしかない。

という三つの基本認識から構成される「緊縮思想」という思想を信じ込んだ人々にとっては、甘利発言というのは至って当たり前の理性的なものだと感じているわけです。

しかし、これらの3認識は完全に間違い。

日本政府は円建て債券では破綻しないし、したがって、政府支出カットも増税も要らないのです。しかも、こうして緊縮思想が蔓延すれば、日本は確実に滅び去る、ということも真実です。

したがって、こんな緊縮思想を蔓延させている財務省というのは、メチャクチャに悪い悪の組織であり、その職員たちも、超悪人達だ……という風に思えてくるのも当然だと思います。

しかし、そういう認識は半分正当ではありますが、半分間違っています。

まず、財務省は、「組織」としては、学者まで使って真実を歪め、メディアの論調まで支配して世論を歪め、それらを通して日本の政治を歪め、日本経済に深刻なダメージを与えているわけですから、「悪の組織」と言わざるをえません。

しかし、そこで働く財務省の職員は決して、反社会勢力の極悪人の様な人々とは決して言えない人々ばかりなのです。

かれらは概して優秀で、真面目で、日本を潰そうというよりはむしろ、日本にとって良いことをしたいという気分を僅かなりとも持っていることは間違いありません。一人一人とつきあえば、決して悪の権化の様な人格をしているのではなく、どこにでもいるような、普通の人間、むしろ、普通に優秀な人間達です。

しかし、彼らは、財務省という組織の中の「組織人」であることに相違はありません。彼らは東京大学をはじめとした難関大学に入れる程に優秀な人々です。そうした難関大学に入ろうとすれば、大人社会が用意した「問題」に何の疑問も挟まずに取り組み、同じく何の疑問も挟まずに、大人社会が用意したその問題の「答え」に辿り着こうと必死で努力し、より効率的、効果的にその「答え」に辿り着くための競争に、幼少期、青春期の貴重な時間を十年以上も費やして取り組み、そして勝ち残った方々です。

したがって彼らが優秀なのはあくまでも「大人社会が用意した問題に取り組み、大人社会が用意した答えに辿り着く」という〝ゲーム〟なのです。このゲームにおいて重要なのは、「真実」や「真理」を見いだす能力ではありません。あくまでも「大人が用意した答え」を見いだす能力なのです。したがって、彼らは、理性を働かせて実態を読み解く能力が秀でているとは限らないのです。彼らが秀でているのは、「大人社会が用意した答えは何かを〝忖度〟する能力」だけなのです。

そしてそんな「大人社会への〝忖度〟能力」なんてものは、「社会を救う」だの「社会をよくする」だの「幸せになる」「人を幸せにする」だのといった、正解のない問題を乗り越える能力とは全く別のものです。もちろん、両者が重なる部分というのはあるでしょうが、重なるとは限らないのです。というより、難関大学になればなる程、その両者の重なりは少なくなっていき、現実問題の対処能力とは無関係の能力が鍛え上げる様になっていくのです。

まさに日本の戦後教育の歪みそのものを体現している若者達が財務省にこぞって入ってくる、というわけなのですが、兎に角彼らは、財務省に入れば、まず最初に、

「この財務省では、どういう風に振る舞うことが正しい振る舞いなのでしょう?」

という忖度を必死になって行うのです。つまり、彼らは決して、「日本のために、時に上司や組織とも対立しながら戦う存在」になろうとは一切考えず、あくまでも、「善き、善良な財務省の役人」になろうと考えるのです(繰り返しますが、そういう風に20年以上の時間を費やして育て上げられてきたのが彼らなのです)。

そんな財務省の中に蔓延しているのは、言うまでも無く「緊縮思想」です。

そんな「緊縮思想」に徹底的に染め上げられた頭脳を持ち、ありとあらゆる言動を緊縮思想と整合させることができる役人こそが、「理想的な善き財務役人」であり、そうでない役人、つまり、緊縮思想に疑いを持ったり、そんな緊縮思想と調和しない言動をしてしまうような役人こそ「出来損ないの二流品の財務役人」と見なされる事になります。

こういう特定の思想が支配する組織に属する人々の精神は、オウム真理教や統一教会などの新興宗教のそれと何ら変わりません。したがって、こうした財務省における緊縮思想を巡る思想的共同体は、しばしば『ザイム真理教』と揶揄されています。

もちろん、ザイム真理教に染まりきらない役人も一定数程度は財務省には入省してくる筈ですが、残念ながら、そういう役人が役所の中で出世していく可能性は決して高くありません。やはり、敬虔なる『ザイム真理教』信者としてふる舞い続ける役人の方が出世していく可能性が高くなります。

その結果、財務省という組織は、より強固な「ザイム真理教」教団となっていくわけです。

……誠に恐ろしいメカニズムですが、このザイム真理教があるからこそ、甘利発言があるのであり、そして近未来においてホントに岸田総理によって消費税は15%にまで上げられてしまうのです。

何とかこのメカニズムを止める手立てを考えねばならないのです。

我々が直面している最大の問題はまさに、ここにあるのです。

追伸:本稿に続く続編記事として、下記を配信しています。

『ザイム真理教』の社会心理学分析 ~矢野康治氏は〝どうやって〟事務次官にまで上り詰め、〝なぜ〟文藝春秋でバラマキ批判せねばならなかったのか?~
https://foomii.com/00178/20230108100000104101

さらに、こうした議論の学術的な根拠についても、下記にて論じています。
財務省が、 マスメディア・政治家にどれだけ強大な影響を持ち、情報を歪めて来たのかについての客観的な〝学術研究〟をご紹介します。
https://foomii.com/00178/20230110105636104195

是非、ご一読下さい!
https://38news.jp/economy/23638

3 名前:保守や右翼には馬鹿しかいない

2023/01/13 (Fri) 12:17:50

スティーヴ・ジョブズや ビル・ゲイツは自分の子供には電子機器を与えない
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14079927

ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの正体
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/727.html

スマホを使うとバカになる
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14055416

4 名前:777

2024/03/02 (Sat) 14:35:34

内田樹の研究室
文字の書けない子どもたち
2024-02-27
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。
『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 
 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。
 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。
 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。
 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。
長い話になりそうなので、続きはまた次週。
 
 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。
 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。
 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。
 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。
 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。
 文字を書くというのは、 罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。
 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

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日本語は難し過ぎる
1 名前:777

2023/03/14 (Tue) 06:00:15

【ゆっくり解説】日本人は何者?日本語の特殊性が奇妙すぎる...(海外の反応)
2023/02/28
https://www.youtube.com/watch?v=CUB_EPKmIEk

日本語の特殊性について解説!
外国人の反応とは?

====目次====
0:00 冒頭
1:32 文字が多すぎる
4:04 音読み訓読み
6:49 一人称が多すぎる
9:59 オノマトペを多用する
12:29 語順が謎すぎる
14:33 表現が曖昧すぎる
================


▲△▽▼


○○○ 世界で最も《 繊細 》な表現をもつ日本語 ○○○

 雨や風といった自然の気象を表現する言葉や、魚を分類する言葉などの具体例を調べてみるならば、日本語の中に存在するそれらの数の多さに誰もが唖然とすることでしょう。日本語は、外的な事物を対象にした場合のみならず、内的な世界に向かう場合であっても極めて繊細なのです。

 日本語、英語、中国語、台湾語の4ヶ国語を自在に語れる、台湾の李登輝・前総統は、「じっくり考えたい時、私は日本語で考えている」 と語っているそうです。

 私は中国語を話せませんが、100ページ分の中国語を日本語に翻訳すると、どうしても150ページになってしまうことを経験しています。中国語には現在・過去・未来という時制がないこと等も原因の一つですが、対人関係や周辺状況などによっておのずと表現の異なってくる日本語の繊細さが、中国語にはないのです。

 この言語的特長は、「日本人が中国人(外国人)に対して、相手を気づかった繊細な表現をしても無駄である」 ことを示しています。中国語には繊細な表現がないのですから、日本語の繊細さがおのずと生み出している 「日本人の謙虚な態度が、中国人(外国人)には伝わらない」 のです。また、「中国の政治的傲慢さの出所は中国語を話す民族であるから」 とも言えるのです。

○《繊細さ》 それは日本語の中に生きている横の秘儀である 【現実世界での日本の優位性】○

 認知心理学の表現を借りると、「認識できないものは存在しない」 ことになります。言い換えるならば 「言葉で表現できないものは存在しない」 ということです。つまり、「細やかな表現を持つ日本人にとって存在する世界が、細やかな表現を持たない外国人には存在しない」 のです。このことを逆の方向から表現するならば、「言葉で表現できない外国人に創れないものが、言葉で表現できる日本人には創れる」 ということになります。

 常に未知の領域を目指して開発されてゆく最先端産業技術の領域や、繊細な感情表現を背後に内包するアニメなどのストーリー展開において、日本語を話せる人のみが、常に世界の先頭に立って、開発し生産し表現し続けることになるのは必然的なことなのです。

 さて、次に 《繊細》 さ とは全く逆と思われる、《曖昧》 な 表現が活きる日本語の特徴を、その背景から探って見ましょう。

●●● 曖昧な表現が活きる日本語の背景 ●●●

 今日では、日本のアニメがもたらした 「カワイイ(可愛い)」 とか 「ビミョー(微妙)」 といった意味の曖昧な単語が、世界中に広がっています。輸入先の各国では、これらの言葉がいろんな場面によって、異なった意味に用いられているため翻訳できず、「日本語の音」 をそのまま印刷して出版しています。

 言うまでもないことですが、日本語を話す日本人どうしならば、曖昧語を用いた表現でも即座にコミュニケーションが可能です。その理由は、「細やかな感情表現」 や 「音が媒介する意味の広がり」 を言葉の背後で共有しているからです。

■ 細やかな感情表現を持つ日本語 ■

 細やかな感情表現の有無を比較するには、小説や映画のラブストーリーの描かれ方を見るのが例として相応しいでしょう。
 外国のラブストーリーの面白さは、階級や身分の異なる者どうしが、それらの障害を乗り越えて互いを求め合うという “ 状況の中 ” にある ものが殆どです。 故にストーリー展開に引き込まれる傾向があります。「ロミオとジュリエット」 や 台湾・中国でブレイクした 「寒玉楼」 など、みなこのパターンに分類されます。 一方、日本人が心打たれるラブストーリーとは、「相手を思いやる優しさ」 とか、「相手を労わる美しさ」 とか、「惻隠の情」 といった “ 情感の中 ” に見出されるものなのです。

 繊細な日本文学や、日本映画だけを対象にし日本人の審査員だけが選ぶ日本映画大賞の最優秀作品の良さ(美しさ)を、外国人が分るかどうか、日本語の特徴から考えて、かなり難しいと思うのです。

■ 音が媒介する意味の広がりをもつ日本語 ■

 具体例を挙げるならば、「神」と「火水」、「姫」と「秘め」、「松」と「待つ」、「結び」と「生す霊」、「日の本」と「霊の元」、「性」と「生」と「正」と「聖」と「誠」、「愛」と「天意」、「真剣」と「神権」 など、神道の世界では、一つの音を聞いて同音の単語を瞬時に複数思い浮かべることは、「一を聞いて十を知る」 ための大前提になっているのです。神道の世界はここから始まると言っても過言ではありません。

 派生的な事例ですが、日本語の特徴として、音で表現する擬態語や擬声語が非常に多いことが挙げられます。 「ヨタヨタ歩く」 と 「ヨロヨロ歩く」 の違いを日本人に説明する必要はありませんが、外国人にこの違いを理解してもらうためには、ややこしい単語を用いて説明することが必要になります。 前編に記述してきたように、古代の日本人は現代の日本人より遥かに音(言霊)に対して敏感だったようですが、現代の日本人であっても、音としての日本語の特徴に多くを依存して使い分けを行っているのです。

●《言霊》それは日本語の中に生きている縦の秘儀である 【精神(霊的)世界での日本の優位性】●

 音は言葉以前の原初的なものです。日本人が自然の美しさや自然に対する畏怖を感じた時、深い感情をともなって、「ああ」 とか 「おお」 等の母音の単音表現が出てくるのです。感情表現としての音、この原初的な音に細やかな感情表現が乗せられた時、日本語は繊細であるが故に強力なエネルギーをもった言霊となります。

 この原初的な音(母音)を日本語の中に持つが故に、日本は言霊を介して宇宙(神)へと通ずる回路を脳の中に保持している、世界で唯一の特殊な民族集団として<言霊の国・日本>を形成しているのです。
http://74.125.153.132/search?q=cache:Dsy-yxb-UusJ:blogs.yahoo.co.jp/bmb2mbf413/30487456.html+%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AA%9E+%E6%84%9F%E6%83%85%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84&cd=6&hl=ja&ct=clnk&gl=jp


▲△▽▼


実はとてつもなく古かった日本語 2018 05.01
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3756.html#more
日本語は、もしかすると世界最古の言語であり、しかも世界で最も美しい言語かもしれません。


かつて谷村新司がロンドン交響楽団をバックにレコーディングをしたことがあります。
そのとき日本語の素晴らしさを再認識し、日本語を大切に歌っていくことを信念にしたそうです。

ディズニー・アニメの『アナと雪の女王』は、世界的ヒットとなったアニメ映画ですが、そのなかの挿入歌の『レット・イット・ゴー、ありのままで』は、世界25ヶ国語に翻訳され、それぞれの国の歌手が歌ったものが youtube で公開されました。

このとき、世界中の人たちが驚き、そして圧倒的な人気をはくしたのが日本語バージョンです。

Let It Go - Behind The Mic Multi-Language Version (from Frozen) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=BS0T8Cd4UhA

それは、歌った松たか子さんの声の素晴らしさももちろんあるでしょうが、日本語による発声が、メロディに+αの効果をもたらしたのかもしれません。

どこの国でも、それぞれにお国自慢があります。
ここで日本語が世界一だと述べるつもりは毛頭ありません。
ただ、ひとついえることは、どうやら日本語には、他の言語にはない、不思議なところがあるということです。

ひとつは言霊(ことだま)です。
言葉に魂が宿る。

ではどうして言葉に魂が宿るのかというと、日本語が実はもともとそのように構造された言葉だからなのだそうです。

構造とは、日本語の文法や発音や語彙のことです。

つまり、自然との共生を大切に育くむこと、自然を征服したり、人と自然とどちらが上かのような上下構造をもとうとするものではない文化の下で、人と自然とが対等な関係を育んで来たのです。

2つ目はオノマトペ(仏:onomatopee)です。
オノマトペというのは擬声語を意味するフランス語です。

擬声語は、たとえば

わんわん、メーメー、ブーブー、ニャーオ、ホウホウといった動物の鳴き声を真似たものや、

ドキドキ、パチパチ、バキューン、チリーン、ドカン、カリカリ、バタン、ガタピシ、ガタンゴトン、パチバチ、ビリビリ、ジュージュー、グワァ〜ン、パタパタ、ボキポキなどなど、音を真似たもの、

あるいは、おずおず、おどおど、めろめろ、ふらふら、きゅんきゅん、きらきら、ぴかぴか、ぐずぐず、ツルツル、サラサラのように、本来音を発しない感情などを言葉で表現するものなどのことです。

おもしろいことに、擬声語(オノマトペ)は、言語ごとに、表現がまったく異なります。

冒頭にあるのは、その違いを示した絵本の抜粋で、クリックしていただくと当該ページに飛びますが、たとえば食事をするときは、日本では「PAKU PAKU」ですが、英語では「CHOMP」、フランス語では「MIAM」、イタリア語では「GNAMグナム」、Korea語では「NYAM」です。

キスは日本語では「CHU」ですが、英語では「MWAH」、China語では「BOH」です。
つまり言語によって擬声語(オノマトペ)は、まったく異なります。
ということは、それぞれの言語圏においては、音がそのように聞こえているということです。

そして日本語の擬声語(オノマトペ)は、China語やKorea語ともまったく異なるものです。

ということは、日本語はChinaやKorea半島からの輸入語では絶対に「ない」ということです。


それだけではありません。

日本語は、この擬声語(オノマトペ)が、他の国の言語と比べて著(いちじる)しく多いのです。
その数、なんと5千語です。

日本語の単語数は、たとえば『日本国語大辞典』の収録単語数が50万語です。
このことは、日本語の1%、およそ100語にひとつが擬声語(オノマトペ)であるということです。

そして単語の中には、日常生活でよく使われるものと、そうでない(たとえば学術用語)ものがあります。

オノマトペは日常的によく使われる語です。
早い話、今朝起きたとき、ご家族に「ぐっすり寝れた?」と聞く。
その「ぐっすり」というのがオノマトペです。

しかし睡眠は「ぐっすり」などという音は立てません。
ではなぜ「ぐっすり」というのかというと、「ぐうぐう、すやすや」寝ているからです。
その「ぐうぐう+すやすや」が短縮されて「ぐっすり」です。

「ぐうぐう」も「すやすや」も、なんとなく、そのような音を立てているといわれれば、なんとなくそうかもしれないと思われるかもしれません。
では、

 風が「そよそよ」と吹く
 太陽が「かんかん」に照る
 白い雲が「ぽっかり」浮かぶ
 星が「きらきら」光る

などはどうでしょうか。

風は「そよそよ」などという音をたてないし、太陽は「かんかん」なんてしゃべったりしません。

ではなぜこのようなオノマトペが使われているのでしょうか。

実は、自然がそのような音を立てているのではなくて、受け止める側が自然が発する音をそのように聞いているのです。

このことについて考古学者の小林達雄先生は、「人々が、人と人との間で行うコミュニケーションのための言語活動と同じか、あるいはそれに近いレベルで自然と向き合い、自然との間で活発な言語活動を行ってきた結果」(『縄文文化が日本人の未来を拓く』p.134)と述べておいでです。

つまり、日本語は「自然と対話しながら発達してきた言語」なのです。

だから欧米人にはただの雑音にしか聞こえないカエルの鳴き声や虫の声も、日本人には美しい秋の音色となって聞こえる。なぜ美しいのかといえば、それは人がカエルや虫たちとコミュニケーションしているからです。

では日本語は、いつ頃の時代から形成されはじめたのでしょうか。
言語の発達には、ムラの形成が欠かせません。
なぜならムラを営むには、言語が必要だからです。
そしてそれは磨製石器の登場と時期を同じにするというのが世界の考古学会の定説です。

世界の磨製石器は、おおむね7千年前以降のものです。
中には2〜3万年前のものもあります。

 シベリアの2万年前のもの
 ロシア南西部の紀元前1万6000年前のもの。
 オーストリア中部の2万9000年〜2万1500年前のもの。

など、ほんの数例です。

ところがこれらは、異常に早過ぎる磨製石器であって、作成経緯等はすべて不明です。
そして、その後に起こるおよそ7千年前の磨製石器の時代(新石器時代)と接続していないのです。

ところが日本の磨製石器は、3万年前の磨製石器だけが単独であるのではなくて、昭和48年に東京・練馬区石神井川流域の栗原遺跡で2万7000年前の地層から磨製石斧が発掘され、また同じときに千葉県三里塚からも磨製石斧が出土、以後、秋田から奄美群島まで、全国135箇所から400点余の磨製石器が発掘されています。

そして1万7千年前には縄文時代が始まるのですが、なんとものの見事に、その縄文時代の文化へと、磨製石器の時代が接続しているのです。

ちなみに長野県日向林遺跡から出土した60点、長野県の貫ノ木(かんのき)遺跡から出土の55点の磨製石器に用いられている石は、伊豆の神津島から運ばれてきた石です。

つまり当時の日本人は航海術に長け海洋さえも自在に往来していたことも伺わせています。

こうしたことから、英国のJ・ラボックという考古学者は、

「日本列島の住民は世界に先駆けること二万数千~三万年前に新石器時代を迎えていた。」

と述べています。

言い方を変えると、これはつまり、日本は世界最古の文明を持っていたことが証明されている国である、ということです。

そして磨製石器の登場と言語の登場、そしてムラを営むための神話の登場が重なるものであるならば、日本語は、およそ3万年前には生まれ、そこから現代に至るまで、ずっと続いている世界的にも稀有な言語である、ということになります。
そしてそれが可能になったのは、日本人が殺し合いや、自然への征服を好まず、人と人、人と自然が常に調和することを好む民族であったからです。

というより、調和を好むという日本人の性質は、最低でも3万年という途方もない長期間のなかで、最終的に生き残ってきた性質である、ということができます。

おもしろいもので身勝手な文化、自分さえ良ければという文化は、一時的な成功を手に入れることができても、必ず最後に崩壊し、再起不能になります。
ところが調和を大切にする文化は、一時的にどん底に落とされても、必ずまた再生し復活します。

植物には一年草と多年草があります。

最近は品種の改良によって、どちらも美しい花を咲かせますが、もともとは一年草の多くは、だいたい派手な花を咲かせるのに対し、多年草の花は、わりと地味な花が多いです。
地味だけれど、ずっと咲き続けます。
まるで日本人そのもののようです。

日本人は、はっきりとわかっているだけでもおよそ3万年、ずっと自然と調和し共生する道を選んできました。

だから日本語には擬声語(オノマトペ)が圧倒的に多いのです。



コメント


新宿の縄文人は、どんな言葉を話していたか?

東京の新宿のど真ん中、皇居の御堀端から2㎞程の地点から、縄文時代中期や後期(5千年前~4千年前)の人骨が多数出土した事がありました。

江戸時代の遺跡を調査すると、その下から縄文時代や弥生時代の古い遺跡が続いて出土する事がありますが、その場合、江戸時代以降の大開発等によって、無残に破壊されていてる場合が多いそうです。

僅かな貝殻の堆積が確認されたとはいえ、分厚い貝層が存在しない内陸の地域から、多数の人骨がまとまって出土すること自体が非常に珍しく、当時現場は大変な興奮に包まれたそうです。

当時、保存状態の良かった、40代ぐらいの男性の顔が復元されました。

やや長めの顔に、上下に潰れた長方形の眼窩、彫りの深い目元の頭蓋骨は、ヨーロッパ人の様な風貌、あるいは、若い頃の宇梶剛士さんに似たイケメン風に仕上がりました。

彼のミトコンドリアDNAのハプロタイプは北方系と言われるA、一方彼の近くに葬られていた別の人骨は、南方系と目されるM7aだったそうです。

様々な地域をルーツに持つ縄文人たちが、新宿の地で仲良く暮らしていたのですから興味深いです。

日本語が「どのように成立したか分からない」と言われる所以は、様々なルーツを持つ人々の言葉が、極めて長い時間をかけて、ゴチャゴチャに混じり合った結果ではないかと思います。
2018/05/14(月) 11:38 | URL | 疑問 #iydQorAY[ 編集]


外国人に日本語で話しかける時にこの擬声語は使わない方が良いそうです。

擬声語に相当する外国語がないので、彼らにはさっぱり分からないようです。

また、行けなくも無いなどの二重否定もダメ。

日本人なら、何とかすれば行けると理解できますが、外国人は
理解できないようです。

外国人にとって日本語は本当に難解のようですが、
この言語を意識せず使いこなしている
我々は本当、凄いのかもしれませんね。
2018/05/14(月) 13:40 | URL | 名無し #mQop/nM.


新宿に生きた縄文人~市谷加賀町二丁目遺跡の発掘

新宿に生きた縄文人~市谷加賀町二丁目遺跡の発掘
http://www.city.shinjuku.lg.jp/video/video_jm01.html
https://www.youtube.com/watch?time_continue=607&v=P7VUMR0Mvzo

これですね。
2018/05/14(月) 14:31 | URL | KI



加賀町二丁目遺跡の関連本が出版されています。>KIさん

KIさんへ

動画等のご紹介ありがとうございます。

加賀町二丁目遺跡に関しては、講談社から関連書籍も出版されています。

『おどろきの東京縄文人』(瀧井宏臣著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E3%81%A9%E3%82%8D%E3%81%8D%E3%81%AE%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA-%E4%B8%96%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%89%89-%E7%80%A7%E4%BA%95-%E5%AE%8F%E8%87%A3/dp/4062870029

という本です。

この本は、考古学少年から考古学おじさん・おばさんまで、幅広い層の人々が興味深く読める内容になっていると思います。

映像で見るのと、写真で見るのとでは、復元された縄文人の顔の印象は少々異なりますね。

映像の方はバックが暗めで、陰影が強調されていますが、写真の方は細部まで鮮明に写っていますので、少し印象が違ったのかも知れません。
写真で見ると、かなり欧米風味の顔に見えます。

個人的に注目されたのは、12号人骨(復元された縄文人)が腰にぶら下げていた、イルカの下顎の骨のアクセサリーです。

縄文人は、イルカやクジラやサメやエイ等も捕獲していたことが分かっていますが、丸木舟しかない時代ですから、漁の腕前は、現代人と比較しても大したものだったと思います。
2018/05/15(火) 09:54 | URL | 疑問 #iydQorAY
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3756.html#more



松たか子ver(日本語吹替版)「Let It Go」 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=4DErKwi9HqM
『アナと雪の女王』/2014年3月14日(金)公開
公式サイト:http://www.disney.co.jp/movies/anayuki

ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 配給 (C)Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.


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日本人のガラパゴス的民族性の起源

16-2. 日本語の母体のY-DNA「D」縄文語がホモサピエンスの祖語か!
  今朝の朝日新聞にまさしく日本学の研究者・マニアには衝撃的なニュースが小さく掲載されました。恐らく2012年の日本学最大のニュースの1つになるでしょう。
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The origin and evolution of word order

Murray Gell-Manna, Santa Fe Institute and Merritt Ruhlenb, Department of Anthropology, Stanford University
Contributed by Murray Gell-Mann, August 26, 2011

Abstract

Recent work in comparative linguistics suggests that all, or almost all, attested human languages may derive from a single earlier language. If that is so, then this language—like nearly all extant languages—most likely had a basic ordering of the subject (S), verb (V), and object (O) in a declarative sentence of the type “the man (S) killed (V) the bear (O).”

When one compares the distribution of the existing structural types with the putative phylogenetic tree of human languages, four conclusions may be drawn.

(i) The word order in the ancestral language was SOV.

(ii) Except for cases of diffusion, the direction of syntactic change, when it occurs, has been for the most part SOV > SVO and, beyond that, SVO > VSO/VOS with a subsequent reversion to SVO occurring occasionally. Reversion to SOV occurs only through diffusion.

(iii) Diffusion, although important, is not the dominant process in the evolution of word order.

(iv) The two extremely rare word orders (OVS and OSV) derive directly from SOV.


Conclusion:

The distribution of word order types in the world’s languages, interpreted in terms of the putative phylogenetic tree of human languages, strongly supports the hypothesis that the original word order in the ancestral language was SOV.

Furthermore, in the vast majority of known cases (excluding diffusion), the direction of change has been almost uniformly SOV > SVO and, beyond that, primarily SVO > VSO/VOS.

There is also evidence that the two extremely rare word orders, OVS and OSV, derive directly from SOV.

These conclusions cast doubt on the hypothesis of Bickerton that human language originally organized itself in terms of SVO word order. According to Bickerton, “languages that did fail to adopt SVO must surely have died out when the strict-order languages achieved embedding and complex structure” (50).

Arguments based on creole languages may be answered by pointing out that they are usually derived from SVO languages. If there ever was a competition between SVO and SOV for world supremacy, our data leave no doubt that it was the SOV group that won.

However, we hasten to add that we know of no evidence that SOV, SVO, or any other word order confers any selective advantage in evolution. In any case, the supposedly “universal” character of SVO word order (51) is not supported by the data.

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  語順のルーツはSOVだと言うことがアメリカ科学アカデミー紀要(業界用語でPNAS=プロナス、当方の学生時代はProNASと呼んでいました)に発表されました。つまり日本語やチベット語などY-DNA「D」遺伝子集団の文法である語順、S(主語)・O(目的語)・V(述語)が欧米語等のSVOより古いことがわかり、しかもホモサピエンスの祖語だろう、との驚異的な言語学上の発見です。

  これは遺伝子の調査結果と完璧に合致します。我々古代シーラカンス遺伝子Y-DNA「D」は古代の出アフリカした当時のホモサピエンスの形態を留めていると言うのが欧米の研究者の結論です。特に「D*」100%のアンダマン諸島のOnge族、Jarawa族は出アフリカ当時の形態をそのまま残していると信じられています。ならば当然言葉も出アフリカ当時のままのはずです。言葉は生き物でその時代のリーダーの決断で言葉は採用されるため、ドンドン変わります。そして征服者の人口が多く、経済力もあれば非征服者の言語はあっという間に征服者の言語に変わってしまいます。

  ところがOnge族や、Jarawa族は外来者を殲滅するという古代習慣を強く持っていたため、遺伝子を保ってきたわけですが、当然言葉も保ってきたはずです。と言うことが今回の発表で間接的に証明されたことになります。

  日本語は長い間孤立語として扱われてきましたが、とんでもない、縄文語から熟成したY-DNA「D2」日本語こそがY-DNA「D1」チベット語と並んで、出アフリカした当時のホモサピエンスの言葉(文法)を維持し続けてきた由緒正しい言葉だと言うことが正にアメリカの研究者によって証明されたのです。

  マレー・ゲルマン博士のチームの仕事ですが、なんとマレー・ゲルマン氏は言語学者ではなく、1969年「素粒子の分類と相互作用に関する発見と研究」でノーベル物理学賞を受賞した物理学者でクォークの提唱者の一人です。恐らく筋金入りの言語学者ではないことが柔軟な発想を生んだのでしょう。西欧優越主義の言語学者なら絶対に欧米語のSVOを祖語として主張すると思われるからです。何はともあれ縄文文化・時代を矮小化したい「O3」御用学者に取っては目障りな発表となりました。

  このことは当然ながら日本人の行動様式こそがホモサピエンスとして本来持っている行動様式であり、ガラパゴス的民族性こそがホモサピエンスの本来の行動様式である事が間接的に証明されたことにもなるはずです。

  そーなんです。やはり日本がガラパゴス化を捨てるのではなく、世界をJaponization(日本化)することこそが人類にとって正しいことなのです。日本人よ自信を持って世界に向かって発言しよう!スティーヴ・ジョブズごとき「R1b」御用商人の日本人に対する悪口・たわごと等クソくらえだ。そしてJaponizationで世界を導こう!

  このニュースの重大さは、何故日本列島人はY-DNA「D2」縄文人の文法を守り続けてきたのか?という点です。「D2」縄文人が圧倒的な文化を確立し、技術者集団だった「C1」、「C3a」縄文人が土器つくりなどで「D2」の精神風土を支え、後からボートピープルとして断続的に韓半島から水田稲作農耕技術を携えて流れてきた呉系長江人「O2b」の子孫も圧倒的な多数派の「D2」と敵対せず、その精神風土を受け入れたため言語の文法も縄文文法を受け入れたのでしょう。

  「O」は「R」などと同じ新興遺伝子集団です。既にSVO文法だったはずです。我々日本人は語順が変わってもそれほど奇異に感じず意味が通じるような適当にあいまいな言葉になっているのはこの「O」の人口と、文化がしっかりと根付いているためです。基本は縄文語ですが、呉系の長江語も漢語の語順でもその中間でも日本人は融通を利かせて理解してしまうように共存してきたからなのです。そして或る動作を強調したい時、我々は平気でSVOになるのです。なぜならSVOの方がキツく聞こえるからです。SOVの方が聞こえ方がやさしいのです。これが縄文の精神風土なのです。

  そして更に後から侵略者として韓半島から暫時流れてきた大和朝廷族や武士団族などのSVO文法の「O3」集団も朝廷内や官僚エスタブリッシュメント階級の中ではSVO漢語を話していたにも関わらず、全国をまとめるために縄文語文法を受け入れることにしたのだと思われます。そして縄文語に翻訳するために開発したのが「かな」、「カナ」なのでしょう。もしこれがなければ、縄文人は漢語を全く理解せず、日本の統一は相当遅れ、日本列島は文化レベルが立ち遅れ西欧列強の植民地化していた可能性が大です。当時の大和朝廷の上層部の誰かが縄文語を認め、縄文人に指示命令するために「かな」「カナ」の開発を命じたのでしょう。この人物こそ本当は歴史に名を残すべきなのでしょうが......。

  またこのニュースは、最近の研究で、人類の祖先は50000年前頃に突然洗練された道具を使ったり、絵画などの芸術活動を始めた、とも書いていますが、これは当たり前のことです。中東でネアンデルタール人と遭遇し交配し、彼らの文化を遺伝子とともに受け継いだけに過ぎません。もしかするとSVO文法はネアンデルタール人の文法だった可能性が実は大です。

  ホモサピエンスは本来SOV文法
  ホモネアンデルターレンシスはSVO文法だったのしょう。
  
  なかなかおもしろくなってきましたね。当ガラパゴス史観が歴史の真実に迫っていることが、少しづつ実証されつつあります。やはりデータマイニング手法はマーケティングだけでなく、古代日本学にも有効なようです。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/16-2.htm

9 名前:保守や右翼には馬鹿しかいない

2023/03/14 (Tue) 06:38:06

科学も証明。日本の漢字教育が育む、子供の心と高い知能指数 2017/2/1

外国の方からよく「難易度が高い」と言われる日本語。その理由として漢字、ひらがな、カタカナの使い分けが挙げられますが、今回の無料メルマガ『Japan on the Globe-国際派日本人養成講座』で紹介されている小学校教師の石井勲氏は、あることをきっかけに「漢字」に子どもの能力を伸ばす不思議な力があることに気付き、「石井式漢字教育」を編み出したと言います。「幼児に漢字は難しい。まずはひらがなから」は誤りなのでしょうか。

子どもを伸ばす漢字教育

きっかけは偶然だった。小学校教師の石井勲氏が炬燵に入って「国語教育論」という本を読んでいた。そこに2歳の長男がよちよち歩いてきて、石井氏の膝の上に上がり込んできたので、氏は炬燵の上に本を伏せて置いた。

その時、この2歳の幼児が「国語教育論」の「教」という漢字を指して「きょう」と言ったのである。びっくりして、どうしてこんな難しい字が読めたんだろう、と考えていると、今度は隣の「育」の漢字を指して「いく」と言った。

石井氏が驚いて、奥さんに「この字を教えたのか?」と尋ねると、教えた覚えはないという。教えてもいないものが読めるわけはない、と思っていると、奥さんが「アッ! そう言えば一度だけ読んでやったことがある」と思い出した。奥さんは音楽の教師をしており、「教育音楽」という雑誌を定期購読していた。ある時、息子が雑誌のタイトルを指で押さえて、「これなあに?」と聞くので、一度だけ読んでやったような記憶がある、というのである。

そんなこともあるのか、と半信半疑ながら、ひょっとしたら、幼児にとって漢字はやさしいのかもしれない、と石井氏は思いついた。ひらがなは易しく漢字は難しい、幼児に教えるものではない、と思いこんでいたが、実はそうではないのかもしれな い。これが石井式漢字教育の始まりだった。

漢字学習で幼稚園児の知能が伸びた!

それから石井氏は昭和28年から15年にもわたって、小学校で漢字教育を実践してみた。当初は学年が上がるにつれて、子どもの学習能力が高まると信じ込んでいたが、実際に漢字を教えてみると、学年が下がるほど漢字を覚える能力が高いことが分かった。

そこで今度は1年生に教える漢字を増やしてみようと思った。当時の1年生の漢字の習得目標は30字ほどだったが、これを300字ほどに増やしてみると、子供たちは喜んでいくらでも吸収してしまう。それが500字になり、とうとう700字と、小学校6年間で覚える漢字の8割かたを覚えてしまった。

ひっとしたら就学前の幼児は、もっと漢字を覚える力があるのかもしれない。そう思って昭和43年からは3年間かけて、幼稚園児に漢字を教えてみた。すると幼児の漢字学習能力はさらに高いということが分かってきた。同時に漢字学習を始めてからは幼児の知能指数が100から110になり、120になり、ついには130までになった。漢字には幼児の能力や知能を大きく伸ばす秘密の力があるのではないか、と石井氏は考えるようになった。

複雑でも覚えやすい漢字

どんな子どもでも3歳ぐらいで急速に母国語を身につけ、幼稚園では先生の話を理解し、自分の考えを伝えることができる。この時期に言葉と同時に漢字を学べば、海綿が水を吸収するように漢字を習得していく、というのが石井氏の発見だった。漢字は難しいから上級生にならなければ覚えられない、というのは、何の根拠もない迷信だったわけである。

同時に簡単なものほど覚えやすい、というのも、誤った思いこみであることが判明した。複雑でも覚える手がかりがある方が覚えやすい。たとえば「耳」は実際の耳の形を表したもので、そうと知れば、簡単に覚えられる。「みみ」とひらがなで書くと画数は少ないが、何のてがかりもないのでかえって覚えにくい。

石井氏はカルタ大の漢字カードで教える方法を考案した。「机」「椅子」「冷蔵庫」「花瓶」などと漢字でカードに書いて、実物に貼っておく。すると幼児は必ず「これ、なあに?」と聞いてくる。そこではじめて読み方を教える。ポイントは、遊び感覚で幼児の興味を引き出す形で行うこと、そして読み方のみを教え、書かせないことである。漢字をまず意味と音を持つ記号として一緒に覚えさせるのである。

抽象化・概念化する能力を伸ばす

動物や自然など、漢字カードを貼れないものは、絵本を使う。幼児絵本のかな書きの上に、漢字を書いた紙を貼ってしまう。そして「鳩」「鴉」「鶏」など、なるべく具体的なものから教えていく。すると、これらの字には「鳥」という共通部分があることに気づく。幼児は「羽があって、嘴(くちばし)があって、足が2本ある」のが、「鳥」なのだな、と理解する。ここで始めて「鳥」という「概念」が理解できる。

これが分かると「鶯」や「鷲」など、知らない漢字を見ても、「鳥」の仲間だな、と推理できるようになる。こうして物事を概念化・抽象化する能力が養われる。

またたとえば「右」、「左」など、抽象的な漢字は「ナ」が「手」、「口」は「くち」、「工」は「物差し」と教えてやれば、食べ物を口に入れる方の手が「右」、物差しを持つ方の手が「左」とすぐ覚えられる。そう言えば、筆者は小学校低学年の時、右と左の字がそっくりなので、どっちがどっちだか、なかなか覚えられなかった記憶があるが、こう教わっていたら瞬時に習得できていただろう。

推理力と主体性を伸ばす

また一方的に教え込むのではなく、遊び感覚で漢字の意味を類推させると良い。石井式を実践している幼稚園でこんな事があった。先生が黒板に「悪魔」と書いて、「誰かこれ読めるかな」と聞いた。当然、誰も読めないので、「じゃあ、教えてあげようね」と言ったら、子供たちは「先生、待って。自分たちで考えるから」。

子供たちは相談を始めて、「魔」の字の下の方には「鬼」があるから、これは鬼の仲間だ…、こうしてだんだん詰めていた。

この逸話から窺われるのは、第一に、幼児にも立派な推理力がある、という事だ。こういう形で漢字の読みや意味を推理させるゲームで、子どもの論理的な思考能力はどんどん伸びていく。第二は、子どもには自分で考えたい、解決したい、という気持ちがあるということである。そういう気持ちを引き出すことで、子どもの主体的な学習意欲が高まる。そして自ら考えて理解できたことこそ、本当に自分自身のものになるのである。

漢字から広がる世界

石井式の漢字教育と比較してみると、従来のひらがなから教えていく方法がいかに非合理的か、よく見えてくる。たとえば、「しょうがっこう」などという表記は世の中に存在しない。校門には「○○小学校」などと漢字で書かれているのである。「小学校」という漢字熟語をそのまま覚えてしまえば、近くの「中学校」の側を通っても、おなじ「学校」の仲間であることがすぐに分かる。「小」と「中」の区別が分かれば、自分たちよりやや大きいお兄さん、お姉さんたちが行く学校だな、と分かる。

こうして子どもは、漢字をたくさん覚えることで、実際の社会の中で自分たちにも理解できる部分がどんどん広がっていくことを実感するだろう。石井氏の2歳の長男も、お父さんが読んでいる本の2つの文字だけでも自分が読みとれたのがとても嬉しかったはずだ。だから、僕も読めるよ、とお父さんに読んであげたのである。

このように漢字を学ぶことで外の世界に関する知識と興味とが増していく。本を読んだり、辞書を引けるようになれば、その世界はさらに大きく広がっていく。幼児の時から漢字を学ぶことで、抽象化・概念化する能力、推理力、主体性、読書力が一気に伸びていく。幼児の知能指数が漢字学習で100から130にも伸びたというのも当然であろう。

漢字学習を通じて、多くの言葉を知り、自己表現がスムーズに出来るようになると、情緒が安定し、感性や情操も豊かに育っていく。石井式を取り入れた幼稚園では、「漢字教育を始めて一ヶ月くらいしたら、園児たちの噛みつき癖がなくなりました」という報告がしばしばもたらされるという。子供たちのうちに湧き上がった思いが表現できないと、フラストレーションが溜まって噛みつきという行為に出るが、それを言葉で表現できると、心が安定し、落ち着いてくるようだ。最近の「学級崩壊」、「切れやすさ」というのも、子どもの国語力が落ちて、自己表現ができなくなっている事が一因かもしれない。

自閉症児が変わった

NTTと電気通信大学の共同研究では、「かな」を読むときには我々は左脳しか使わないが、漢字を読むときには左右の両方を使っているということを発見した。左脳は言語脳と呼ばれ、人間の話す声の理解など、論理的知的な処理を受け持つ。右脳は音楽脳とも呼ばれ、パターン認識が得意である。漢字は複雑な形状をしているので、右脳がパターンとして認識し、それを左脳が意味として解釈するらしい。

石井氏は自閉症や知的障害を持った子供にも漢字教育を施して、成果をあげている。これらの子どもは言語脳である左脳の働きが弱っているため、言葉が遅れがちであるが、漢字は右脳も使うので、受け入れられやすいのである。

石井氏が校長をしていた小学校にはS君という自閉症児がいた。授業中、机に座っていることができずに、廊下に出てはぐるぐると左回りを続けているという子どもだった。校長としてS君を引き取った石井氏は、彼が電車に関心を持っているのを見つけた。絵を描かせると、黄色い電車と新幹線を描く。「黄色いのは総武線で、東京に行くんでしょ」と言って電車のそばに「東京」と書いてやった。新幹線にほうにも「新幹線」と書いてやると、S君は本当に嬉しそうに笑った。

翌日、また絵を描かせると、今度は電車の絵に「東京」「新幹線」という文字に似た模様を書き付けていた。これを生かさない手はない、と思った石井氏は、S君のお母さんを呼んで夏休みの間、毎日5分でいいから「漢字カード」で遊んでやってください、と頼んだ。

休みが終わると、お母さんが200枚もの漢字カードを持って、「あまりにS君の反応が良いので、どんどんやっていったら、こんなにできた」という。

夏休み明けのS君にクラスの友だちは驚いた。「S君が授業中ずっと椅子に座れるようになった」「体育の時間に皆と一緒に駆け足をやった」そしてついに「S君が教科書を開いた。」

S君は家でお父さんと一緒にお風呂に入っている時、「学校で勉強、頑張るからね」と言った。父親は思わずS君を抱きしめて「頑張れよ」と励ましたそうである。

漢字かな交じり文の効率性

漢字が優れた表記法であることは、いろいろな科学的実験で検証されている。日本道路公団が、かつてどういう地名の標識を使ったら、ドライバーが早く正確に認識できるか、という実験を行った。「TOKYO」「とうきょう」「東京」の3種類の標識を作って、読み取るのにどれだけの時間がかかるかを測定したところ、「TOKYO」は1.5秒だったのに対し、「とうきょう」は約半分の0.7秒、そして「東京」はさらにその十分の一以下の0.06秒だった。

考えてみれば当然だ。ローマ字やひらがなは表音文字である。読んだ文字を音に変換し、さらに音から意味に変換する作業を脳の中でしなければならない。それに対し漢字は表意文字でそれ自体で意味を持つから、変換作業が少ないのである。

日本人はこの優れた、しかしまったく言語系統の異なる漢字を導入して、さらにそこから、ひらがな、カタカナという表意文字を発明した。その結果、数千の表意文字と2種類の表音文字を使うという、世界でも最も複雑な表記システムを発明した。たとえば、以下の3つの文章を比べてみよう。


朝聞道夕死可矣

あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり

朝に道を聞かば夕に死すとも可なり

漢字だけ、あるいは、ひらがなだけでは、いかにも平板で読みにくいが、漢字かな交じり文では名詞や動詞など重要な部分が漢字でくっきりと浮かび上がるので、文章の骨格が一目で分かる。漢字かな交じり文は書くのは大変だが、読むにはまことに効率的なシステムである。

情報化時代になって、書く方の苦労は、かな漢字変換などの技術的発達により、急速に軽減されつつあるが、読む方の効率化はそれほど進まないし、また情報の洪水で読み手の負担はますます増大しつつある。読む方では最高の効率を持つ漢字かな交じり文は情報化時代に適した表記システムであると言える。

漢字教育で逞しい子どもを育てよう

英国ケンブリッジ大学のリチャードソン博士が中心となって、日米英仏独の5カ国の学者が協力して、一つの共通知能テストを作り上げた。そのテストで5カ国の子ども知能を測定したところ、日本以外の4カ国の子どもは平均知能指数が100だったのに、日本の子どもは111だった。知能指数で11も差が出るのは大変なことだというので、イギリスの科学専門誌「ネイチャー」に発表された。

博士らがどうして日本の子どもは知能がずば抜けて高いのか、と考えた所、この5カ国のうち、日本だけが使っている漢字に行き着いたのである。この仮説は、石井式で知能指数が130にも伸びる、という結果と符合している。

戦後、占領軍の圧力や盲目的な欧米崇拝から漢字をやめてカタナカ書きやローマ字書きにしよう、あるいはせめて漢字の数を減らそうという「国語改革」が唱えられ、一部推進された。こうした科学的根拠のない「迷信」は事実に基づいた石井式漢字学習によって一掃されつつある。

国語力こそ子どもの心を大きく伸ばす基盤である。国語力の土壌の上に、思考力、表現力、知的興味、主体性などが花開いていく。そして国語を急速に習得する幼児期に、たくさんの漢字を覚えることで、子どもの国語力は豊かに造成されるのである。

石井式漢字学習によって、全国津々浦々の子供たちが楽しく漢字を学びつつ、明日を担う日本人としての逞しい知力と精神を育んでいくことを期待したい。

文責:伊勢雅臣
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20170201-47736643-magmag

10 名前:777

2023/06/15 (Thu) 12:01:44

「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想か 見過ごされてきた「形式卒業者」の存在、注目集める夜間中学
2023/06/15
https://nordot.app/1038705390451458905?c=39546741839462401

石尾彰さんが勉強に使っている漢字ドリルとノート。現在は小4レベルを学んでいる
 日本では憲法で教育を受ける権利が保障されていて、ほぼ全ての人が中学校を卒業している。「文部科学統計要覧」によると、統計が始まった1948年から義務教育の就学率は99%台で推移し、2022年も99・96%だった。
 しかし、学校関係者の間で長年認識されながらも見過ごされてきた「形式卒業者」の存在が近年、クローズアップされている。病欠や不登校などで学校に十分通えず形式的に中学を卒業した人を指す。自身に卒業したとの認識がない人ですら一定数いるとされる。
 今や中学生の二十数人に1人が不登校と言われる時代。義務教育が十分に受けられなかったことで基礎学力が足りず、抱えることになる生活上の不便は想像以上に深刻だ。読み書きに不安を持つ人々が学び直す場としての夜間中学が、今再び注目されている。(共同通信=浦郷遼太郎)


香川県三豊市の夜間中学の授業風景。5月末時点で10~80代の18人が学んでいる=2022年10月
 ▽切符が買えない
 岡山市の井上健司さん(38)は今も読み書きに不安がある。漢字が読めず、電車の切符が買えない。住所の漢字も覚えられず、30歳過ぎまでメモを持ち歩いていた。
 「5の段」が覚えられなかった。小学3年の時、九九が覚えられずに先生に怒られ、友人と2人で居残りさせられたことを今も鮮明に覚えている。同じ時期に友人トラブルも重なって学校が嫌になり、不登校になった。遺伝性の糖尿病も発症し、退院した後も学校にはほとんど行けなかった。かといって家で勉強を教えてくれる人もいない。入退院を繰り返し、テレビアニメを見て過ごす日々が卒業まで続いた。
 中学入学後も不登校は続いたが、友人に誘われ3年の1年間は通った。ただ、1年ごとの学習の積み上げがないままでは、授業の内容はちんぷんかんぷんだった。友人とたわいもない話をして過ごす学校生活は楽しく、そのまま通い続けたが、受け取った卒業証書に実感は湧かなかった。


岡山市の自主夜間中学に通う井上健司さん
 卒業後、読み書きができず困り始めることになる。就職するにも、まず履歴書の書き方が分からない。説明書きにある漢字が読めなかった。土木作業員や警備員の仕事を始めたものの、派遣先の地名が漢字で理解できない。日報には平仮名ばかりが並んだ。「漢字が書けないのか?」と上司に言われても適当にごまかした。「なかなか理由は言えず、ただ謝っていた」と振り返る。
 その後は持病が悪化し、20代はほとんど働けず生活保護を受けながら生活した。車の運転免許の取得も試みたが、学科試験対策の引っかけ問題に苦戦し、挫折した。
 読み書きが難しいと、外出にも支障をきたす。行ったことがない場所へ足を運ぼうとしても不安やストレスから腹痛が起きる。買い物で街中に出ても、用が済めばすぐ家に帰る始末だ。海外へ旅行や留学する人を見ると、「不安じゃないのかな。僕だったらあり得ない」とこぼす。
 井上さんは、かかりつけ医の紹介で5年ほど前から「岡山自主夜間中学校」(岡山市)に通っている。週3日開校しているが、糖尿病の人工透析を受けながら福祉施設で働く日々なので、通って机に向かえるのは土曜日だけだ。現在は漢字検定8級(小3修了程度)の合格に向け勉強に励んでいる。
 「学校に通えなかった後悔がある。自分を変えたい。全力で学び直していきたい」と話す。


香川県三豊市の夜間中学に通う石尾彰さん。授業で分からないところがあれば、左にある「HELP」の札を立て意思表示する=2023年5月30日
 ▽授業では「いない存在」に
 50歳を過ぎて学び直す人もいる。香川県三豊市の石尾彰さん(55)は幼い頃から体が弱く、入退院を繰り返してきた。小学校でも腹痛で欠席することが多く、小4の時に精神的な不調から半年ほど入院したことがきっかけで本格的に勉強が分からなくなった。
 中学でも状況は変わらない。本当は小学校の勉強からやり直したかったが、先生はそこまで面倒をみてくれなかった。授業では他の生徒が順番に当てられていく中、石尾さんは飛ばされた。勉強ができない子とレッテルを貼られ、授業では「いない存在」にされたと感じた。「気分は悪かった」と振り返る。小学生の頃より体調は良かったため、学校には通い続けた。

香川県三豊市で開かれた夜間中学の開設式で、新入生に祝辞を述べる山下昭史市長=2022年4月
 卒業後は職業安定所の紹介で、車の整備工として働いてきた。だが車検項目のチェックリストに書いてあることが読めない。漢字も書けない。仕事は見て覚えたが、上司にメモを取るように言われることは苦痛だった。
 心の中でもう一度学びたいと強く願ってきた石尾さん。その思いは家族にすら伝えられず、どうすればいいのか分からなかった。そんな中、三豊市の夜間中学(市立高瀬中夜間学級)が設置されることをニュースで知り、すぐに市の教育委員会に電話で問い合わせた。
 2022年4月にスタートした三豊市の夜間中学は5月末時点で10~80代の18人が在籍する。石尾さんは小4の漢字ドリルを使って読み書きを中心に学び直しを続ける。今の目標は高校に進学し、電気工事士の資格を取ることだ。


石尾彰さんが漢字練習に使っているノート。ページの右端まで書けるだけ反復して書いて覚えるようにしているという=2023年5月30日
 ▽小卒80万人の衝撃
 小中学校での義務教育の内容を理解していることは、人生をよりよく生きるための土台として必要不可欠だ。文部科学省は義務教育の目的の一つに「国家・社会の形成者として共通に求められる最低限の基盤的な資質の育成」を挙げている。
 2020年の国勢調査では、約80万人が最終学歴を「小卒」と回答した。戦中、戦後の混乱期で教育を受けられなかった人が多いため、80歳以上は約74万人。一方、50代以下でも約2万人いた。中卒と回答した人は約1126万人。既卒者の全体に占める割合は約11%となる。

夜間中学の意義について講演する城之内庸仁教諭
 ただ、中学を卒業したとしても、十分に義務教育を受けたことを示すとは限らない。不登校を含め、年間30日以上登校しなかった長期欠席者は小中学生で約41万人に上るとのデータがある。
 昼間の中学校でも勤務経験があり、今は三豊市の夜間中学で教える城之内庸仁教諭が明かす。「公立の学校現場では、明らかに出席日数や学力が足りないと分かっていても、教育的配慮の名のもと、年齢に応じて進級あるいは卒業させている実情がある。この考え方自体を見直さないといけない時期に来ている」。事実、小中学校の卒業に出席日数は必須ではない。こうした人が形式卒業者となって“無学”のまま社会に押し出されている。


夜間中学を併設している香川県三豊市立高瀬中学校
 ▽不登校にフォーカスする夜間中学
 夜間中学は戦後の混乱期に、さまざまな事情で義務教育が十分に受けられなかった人たちを対象に誕生したが、近年は高齢者に加え、外国人労働者の受け皿としても期待される。
 夜間中学は自治体が設置する「公立夜間中学」と、民間で運営される「自主夜間中学」の二つに分けられる。公立は教員免許を持った教員が指導。授業は週5日で学費は無料。全課程を修了すれば、中学卒業資格が得られる。これまでは中学を卒業していない15歳以上が入学するのが一般的だった。だが、文部科学省は2015年、形式卒業者の受け入れを認める通知を出している。
 一方、井上さんが通うような自主夜間中学は民間のボランティアで運営される。公立と違って入学要件はない。授業は週に2~3回。学校としての認可を受けていないため、中学の卒業資格は得られない。
 公立夜間中学の中には、特殊な位置づけの学校もある。香川県三豊市の夜間中学は不登校中の“現役”中学生を受け入れる。文科省から「不登校特例校」に指定された、全国で唯一の夜間中学だ。不登校生の実態に配慮した授業時間の削減や、習熟度に応じた柔軟な教育プログラムを実施し、現在2人の生徒が在籍する。形式卒業者予備軍の生徒にとって社会に出る前の“最後のセーフティーネット”かもしれない。
 新たな役割を担い、重要性がクローズアップされつつある夜間中学。文科省は都道府県と政令指定都市にそれぞれ1校以上の公立夜間中学の設置を促す。文科省によると、今年4月現在、17都道府県44校まで広がった。2025年度までに28都道府県に拡大し、新たに14校が設置される見通しだ。


香川県三豊市の夜間中学で実施された識字調査
 ▽識字率の実態は?
 基礎学力を測る最もベーシックな尺度は「読み書き」で、識字率として数値化することができる。しかし、識字率の現状を把握する全国規模の識字調査は、実は1948年以来行われていない。
 戦後、連合国総司令部(GHQ)の占領下で約1万7千人を対象に「日本人の読み書き能力調査」として一度実施されただけだ。その結果、読み書きが全くできない「非識字者」は1・7%で、読み書き能力の水準は極めて高いとされた。この結果や、戦後も義務教育の就学率が高水準のまま維持されてきたことを背景に、国内の識字率は「ほぼ100%」と認識され、識字問題は「終わった課題」とされてきた。
 しかし近年、小・中卒が一定数いることや外国人労働者が増加していること、また形式卒業者の存在にも光が当たり始め、全国的な識字調査を目指す動きも出ている。

取材に応じる国立国語研究所の野山広准教授
 日本語学などの研究機関である「国立国語研究所」(東京)が、一部の夜間中学で試行調査を進めている。その結果、井上さんが通う岡山市の自主夜間中学では約2割、石尾さんが学ぶ香川県三豊市の夜間中学では、ほぼ全ての生徒が「識字に問題を抱えている可能性」があった。 


 国語研究所は、調査対象を日本語教室などにも拡大する方針。 将来的な全国規模の調査につなげたい考えだ。
 調査チームの野山広准教授はこう指摘する。「実際にどれくらいの人が日本語の読み書きに生活上困っているかを計る基礎的な資料を提供したい。調査を通じて識字率がほぼ100%とされてきたことが『共同幻想』だったと世の中に知ってもらい、必要な施策を取らなければならない」
https://nordot.app/1038705390451458905?c=39546741839462401

11 名前:777

2023/09/05 (Tue) 13:45:04

故郷を忘れた日本人へ (前編) 現代の若者が人生に“無気力“なワケ [2023 8 28放送]週刊クライテリオン 藤井聡のあるがままラジオ
https://www.youtube.com/watch?v=0scQLd2rguU&t=29s

[2023.9.4放送]「故郷を忘れた日本人へ」Part2、 行きすぎた英語教育は国力を下げる(藤井聡/KBS京都ラジオ)
https://www.youtube.com/watch?v=D6WhJH79yZA


▼動画で紹介した、仁平千香子氏の著書「故郷を忘れた日本人へ」の詳細はコチラ
https://www.amazon.co.jp/dp/4899920814/

12 名前:777

2024/02/18 (Sun) 14:42:02

吉村府知事や岸田総理は「英語化」で 多民族共生を強制
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16840196



外国語学習について - 内田樹の研究室
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14094875

「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14120908

日本人の3人に1人は日本語が読めない
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14068776

日本語は難し過ぎる
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14094861

ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html

女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html

日本人は金髪美女に弱い _ 小布施からセーラ・カミングスの姿が消えた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/444.html

室伏謙一 岸田政権が今更移民政策推進
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14046858

外国人600万人時代、建設労働者、観光客から IT人材まで
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14123051

グローバリズムとは思想やイデオロギーではなく、 単に労働者の賃金を下げるコスト削減の事
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14121597

多文化共生とはイスラム移民がレイプしまくるのを放任する事
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007116

【河添恵子】酷すぎる...中国人の民度とモラルの低さには驚きました
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008379

対外戦争で勝った事が一度も無い中国とロシアはこういう手口で領土を乗っ取る
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018754

クルド人問題の裏にテロ組織、 麻薬密輸、人身売買!? 日本がスウェーデン化
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14146905

【ch桜北海道】移民、難民!欧州の例から考える。日本ではクルド人問題が![R5/7/18]
https://www.youtube.com/watch?v=HOnOWDfXXjM

川口市ではクルド人が病院を占拠したり、集団で女性を追い回したりしている
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14127085

特番『外国人との「共生」は困難-クルド人問題で混乱する埼玉の実情ー』ゲスト:経済・環境ジャーナリスト  石井孝明氏
2024/02/06
https://www.youtube.com/watch?v=dAJSsgPB4SA

移民が引き起こしたケルン事件とロザラム事件 欧州で起きた現実
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14070097

人口の4割が移民になったスウェーデンのパラレルワールド
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14071537

移民による犯罪多発 _ 検問を突破した移民少年への発砲をめぐるパリ暴動
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14125040

日本のアジア化は着々と進行している
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14072416

エリート洗脳システムとしての留学制度
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14118494

日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14004524

日本の研究力の低下 - 内田樹の研究室
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14051677

内田樹 _ 「統御し、管理しようとする欲望」が今の学校教育の荒廃の主因
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14060400

大学でいま、起きていること
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14078866

日本の学校教育は 「我が国とは全てが違う…」
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14093125

甘過ぎる日本の帰化制度
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018762

「『移民』で日本もこうなる(前編-1)」宇山卓栄 AJER2023.10.27(1)
https://www.youtube.com/watch?v=qGpJvPeZRLg&t=318s

「『移民』で日本もこうなる(後編-1)」宇山卓栄 AJER2023.11.3(3)
https://www.youtube.com/watch?v=5kzGnH1F3_Y

13 名前:777

2024/03/02 (Sat) 14:35:24

内田樹の研究室
文字の書けない子どもたち
2024-02-27
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。
『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 
 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。
 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。
 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。
 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。
長い話になりそうなので、続きはまた次週。
 
 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。
 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。
 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。
 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。
 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。 葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。
 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。
 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

  • 名前: E-mail(省略可):
日本人の3人に1人は日本語が読めない
1 名前:777

2022/12/01 (Thu) 14:06:33

日本人の6人に1人は偏差値40以下、5人に1人しか役所の書類を申請できない…“見えない格差”をつくった知識社会のザンコク
11/30
https://news.yahoo.co.jp/articles/9392448a4c8442006646e78f2a8de02339f256e5


文春オンライン

 ヒトは徹底的に社会的な動物で、家族や会社、地域社会などの共同体に埋め込まれている。しかしそこには、善意の名を借りた他人へのマウンティングや差別、偏見などが存在する。人間というのは、ものすごくやっかいなのだ。

 ここでは、作家・橘玲氏が社会の残酷すぎる真実を解き明かした著書『 バカと無知 』(新潮社)から一部を抜粋。知能・能力が大きくばらつく社会の実態を紹介する。(全2回の2回目/ 2回目 を読む)

◆◆◆

日本人の3人に1人は日本語が読めない?
 集団ですぐれた意思決定をするための条件は、人種、民族、国籍、宗教、性別、性的指向などが異なるメンバーを集める多様性と、その全員が一定以上の能力をもっていることだ。このふたつの条件を満たすと、多様な意見が「化学反応」を起こし、とてつもないイノベーションが生まれる可能性がある。

 ところが、自然に生まれる集団ではこれとは逆のことが起こる。

 ひとは生得的に、自分と似た者に惹かれる性質があるので、アメリカのような多文化社会では、人種や民族、宗教ごとにコミュニティがつくられるが、知能や学力で選別するようなことはない。知識社会は産業革命以降に成立したので、そんなグループ分けをする本能は脳に埋め込まれていない。だからこそ有名大学やシリコンバレーのIT企業は、人為的な方法(入学試験や高報酬)で能力の高い者だけを集めているのだ。

 その結果わたしたちは、なんの多様性もなく、知能・能力だけが大きくばらついている社会で暮らしている。これが、民主政を擁護するひとたちの期待に反して、「熟議」が混乱しか生まない理由だろう。

「読解力」「数的思考力」「ITスキル」を実際に調べてみた
 では、知能はどの程度ばらついているのか。これについては「日本人の3人に1人は日本語が読めない?」として何度か書いたことがあるが、重要な「ファクト」にもかかわらずほとんど誰も触れようとしないので、ここであらためて述べておこう。

 PIAAC(国際成人力調査)はPISA(学習到達度調査)の大人版で、OECD加盟の先進国を中心に、24カ国・地域の16~65歳約15万7000人を対象に、2011~12年に実施された(※1)。

 ヨーロッパでは若者を中心に高い失業率が問題になっているが、その一方で経営者から、「どれだけ募集しても必要なスキルをもつ人材が見つからない」との声も寄せられていた。プログラマーを募集したのに、初歩的なプログラミングの知識すらない志望者しかいなかったら採用のしようがない。

 そこで、失業の背景には仕事とスキルのミスマッチがあるのではないかということになり、仕事に必要な「読解力」「数的思考力」「ITスキル」を実際に調べてみたのだ。

5人のうち4人はツイッターの内容を理解していない可能性が
 PIAACの問題はレベル1から5まであり、レベル3は「小学校5年生程度」の難易度とされている。

「読解力」のレベル3の問題例では、図書館のホームページの検索結果を見て、「『エコ神話』の著者は誰ですか」という問いに答える。あまりに簡単だと思うだろうが、正解するためには、問題文を正しく読めるだけでなく、「検索結果をスクロールし、そこに該当するものがなければ『次へ』の表示をクリックする」というルールに気づかなくてはならない。

 この問題に正答できない成人は日本では27・7%で、3~4人に1人になる。

 レベル4の問題では、150字程度の本の概要を読んで、質問に当てはまる本を選ぶが、日本では8割近い(76・3%)成人がこのレベルの読解力をもっていない。ツイッターの文字数の上限は140字なので、5人のうち4人は書いてあることを正しく理解していない可能性がある。

「数的思考力」のレベル3は立体図形の展開で、日本の正答率は62・5%だ。レベル4は単純なグラフの読み取りで、ビジネスでは必須の能力だが、このレベルに達しているのは日本人の約2割(18・8%)しかいない。

「ITスキル」のレベル3では、メールを読んで会議室の予約を処理する。事務系の仕事では最低限必要な能力だと思うが、日本人でこれをクリアしたのはわずか8・3%だけだ。

惨憺たる結果でも日本人の成績は先進国で1位
 この結果をまとめると、次のようになる。

 (1)日本人のおよそ3分の1は「日本語」が読めない。

 (2)日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。

 (3)パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。

 だが驚くのはこれだけではない。この惨憺たる結果にもかかわらず、日本人の成績は先進国で1位だったのだ。

 OECDの平均をもとに、先進国の労働者の仕事のスキルを要約すると次のようになる。

 (1)先進国の成人の約半分は簡単な文章が読めない。

 (2)先進国の成人の半分以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。

 (3)先進国の成人のうち、パソコンを使った基本的な仕事ができるのは20人に1人しかいない。

 だがこれは、一般に知られていないだけで、専門家には周知の事実だったはずだ。

日本人の6人に1人は偏差値40以下
 PIAACに先んじて、アメリカでは仕事に必要な成人のリテラシーを計測するために、1985年、1992年、2003年に大規模な「全米成人識字調査」を行ない、「文章リテラシー」「図表リテラシー」「計算リテラシー」を調べている。その結果を要約すると、以下のようになる。

 (1)アメリカの成人の43%は仕事に必要な文章読解力がない。

 (2)同じく34%は仕事に必要な図表課題をクリアできない。

 (3)同じく55%は仕事に必要な計算能力がない。

 なお、この調査では学歴別の結果も調べており、高度な事務作業に必要な計算スキルをもつ成人は大卒では31%だが、高卒では5%、高校中退では1%しかいない。この「学歴(知能)格差」によって白人労働者層が仕事を失い、トランプ前大統領の岩盤支持層になった。

 これらの結果は衝撃的だが、学力(偏差値)がベルカーブになることを考えれば当たり前でもある。

 正規分布では、平均(偏差値50)から1標準偏差離れた、偏差値40~60の範囲に68・3%の事象が収まる。2標準偏差離れた偏差値60~70と30~40はそれぞれ13・6%、3標準偏差離れた偏差値70~80と20~30はそれぞれ2・15%だ。

 日本では高い偏差値ばかりが注目されるが、人口のおよそ6人に1人は偏差値40以下だ。だがこのひとたちは、高度化する知識社会のなかで「見えない存在」にされている。

この現実になぜ気づかないのか
 問題は、知識社会が(無意識のうちに)ひとびとの知能を高く見積もっていることだろう。

 税務申告書から生活保護の申請まで、説明を読んで役所の書類を正しく記入するためには、偏差値60(MARCHや関関同立)程度の能力が必要になる。そうなると、自力で申請できるのはせいぜい5人に1人で、残りは(お金を払って)誰かに頼るか、あきらめるしかない。

 この現実に気づかないのは、社会を動かしているのが高学歴のエリートで、自分のまわりにも同じような高学歴しかいないからだ。

 ダチョウは、追いつめられると頭を砂に埋めるという(事実ではないらしいが)。「民主主義」を信じているひとたちも、それがうまくいかないと、「知能の格差」という不愉快な事実から目を背け、このダチョウのように、「資本主義批判」という砂のなかに頭を突っ込んで安心しようとするのかもしれない。

※1・・・国立教育政策研究所編『成人スキルの国際比較 OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』明石書店

「反撃できない者を徹底的にいたぶる『集団リンチ』と同じ」皇族の結婚問題、生活保護受給者バッシングに“共通するもの” へ続く

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2022/12/01 (Thu) 14:37:09

日本の英語教育は「植民地における現地人への宗主国言語教育」と全く変わらない


外国語学習について - 内田樹の研究室 2018-10-31


2018年6月12日に「文系教科研究会」というところで、私立の中学高校の英語の先生たちをお相手に英語教育についてお話した。その一部をここに掲載する。

ここで論じたのは英語だけれど、言語教育一般について適用できる議論だと思う。
ここ数日、「論理国語」と「文学国語」というカテゴライズをするという話がTLを飛び交っているけれど、それがほんとうだとしたら、それはたぶん言語というものについて一度も真剣に思量したことのない人間の脳裏に去来したアイディアだろうと思う。それはまさに「植民地における現地人への宗主国言語教育」とまったく同型的なものだからだ。

国語教育においても「植民地現地人」に求められる言語能力は同じである。

それは宗主国アメリカに仕え、アメリカに朝貢することで「代官」「買弁」としての地位を保全している日本の支配層たちが、同国人の知性の発達を阻害し、日本人を愚民化することで、属国日本をアメリカが支配しやすいようにするために作り出した仕掛けである。

以下がそのときの講演。途中からなので、話が見えにくいのはご容赦。


外国語学習について語るときに、「目標言語」と「目標文化」という言葉があります。

「目標言語」というのは、今の場合なら、例えば英語です。なぜ英語を学ぶのか。それは「目標文化」にアクセスするためです。英語の場合であれば、ふつうは英語圏の文化が「目標文化」と呼ばれます。

僕らの世代において英語の目標文化ははっきりしていました。それは端的にアメリカ文化でした。アメリカ文化にアクセスすること、それが英語学習の最も強い動機でした。僕たちの世代は、子どものときからアメリカ文化の洪水の中で育っているわけですから、当然です。FENでロックンロールを聴き、ハリウッド映画を観て、アメリカのテレビドラマを観て育ったわけですから、僕らの世代においては「英語を学ぶ」というのは端的にアメリカのことをもっと知りたいということに尽くされました。

僕も中学や高校で「英語好き」の人にたくさん会いましたけれど、多くはロックの歌詞や映画の台詞を聴き取りたい、アメリカの小説を原語で読みたい、そういう動機で英語を勉強していました。

僕もそうでした。英語の成績は中学生からずっとよかったのですが、僕の場合、一番役に立ったのはビートルズの歌詞の暗記でした。ビートルズのヒット曲の歌詞に含まれる単語とイディオムを片っ端から覚えたのですから、英語の点はいいはずです。

つまり、英語そのものというよりも、「英語の向こう側」にあるもの、英米の文化に対する素朴な憧れがあって、それに触れるために英語を勉強した。英米のポップ・カルチャーという「目標文化」があって、それにアクセスするための回路として英語という「目標言語」を学んだわけです。

その後、1960年代から僕はフランス語の勉強を始めるわけですけれども、この時もフランス語そのものに興味があったわけではありません。フランス語でコミュニケーションしたいフランス人が身近にいたわけではないし、フランス語ができると就職に有利というようなこともなかった。そういう功利的な動機がないところで学び始めたのです。フランス文化にアクセスしたかったから。

僕が高校生から大学生の頃は、人文科学・社会科学分野での新しい学術的知見はほとんどすべてがフランスから発信された時代でした。40年代、50年代のサルトル、カミュ、メルロー=ポンティから始まって、レヴィ=ストロース、バルト、フーコー、アルチュセール、ラカン、デリダ、レヴィナス・・・と文系の新しい学術的知見はほとんどフランス語で発信されたのです。

フランス語ができないとこの知的領域にアクセスできない。当時の日本でも、『パイデイア』とか『現代思想』とか『エピステーメー』とかいう雑誌が毎月のようにフランスの最新学術についての特集を組むのですけれど、「すごいものが出て来た」と言うだけで、そこで言及されている思想家や学者たちの肝心の主著がまだ翻訳されていない。フランス語ができる学者たちだけがそれにアクセスできて、その新しい知についての「概説書」や「入門書」や「論文」を独占的に書いている。とにかくフランスではすごいことになっていて、それにキャッチアップできないともう知の世界標準に追いついてゆけないという話になっていた。でも、その「すごいこと」の中身がさっぱりわからない。フランス語が読めないと話にならない。ですから、60年代―70年代の「ウッドビー・インテリゲンチャ」の少年たちは雪崩打つようにフランス語を学んだわけです。それが目標文化だったのです。 

のちに大学の教師になってから、フランス語の語学研修の付き添いで夏休みにフランスに行くことになった時、ある年、僕も学生にまじって、研修に参加したことがありました。振り分け試験で上級クラスに入れられたのですけれど、そのクラスで、ある日テレビの「お笑い番組」のビデオを見せて、これを聴き取れという課題が出ました。僕はその課題を拒否しました。悪いけど、僕はそういうことには全然興味がない。僕は学術的なものを読むためにフランス語を勉強してきたのであって、テレビのお笑い番組の早口のギャグを聴き取るために労力を使う気はないと申し上げた。その時の先生は真っ赤になって怒って、「庶民の使う言葉を理解する気がないというのなら、あなたは永遠にフランス語ができるようにならないだろう」という呪いのような言葉を投げかけたのでした。結局、その呪いの通りになってしまったのですけれど、僕にとっての「目標文化」は1940年から80年代にかけてのフランスの知的黄金時代のゴージャスな饗宴の末席に連なることであって、現代のフランスのテレビ・カルチャーになんか、何の興味もなかった。ただ、フランス語がぺらぺら話せるようになりたかったのなら、それも必要でしょうけれど、僕はフランスの哲学者の本を読みたくてフランス語を勉強し始めたわけですから、その目標を変えるわけにゆかない。フランス語という「目標言語」は同じでも、それを習得することを通じてどのような「目標文化」にたどりつこうとしているのかは人によって違う。そのことをその時に思い知りました。

ロシア語もそうです。今、大学でロシア語を第二外国語で履修する学生はほとんどいません。でも、若い方はもうご存じないと思いますけれど、1970年に僕が大学入学したとき、理系の学生の第二外国語で一番履修者が多かったのはロシア語だったのです。

「スプートニク・ショック」として知られるように、60年代まではソ連が科学技術のいくつかの分野でアメリカより先を進んでいたからです。科学の最先端の情報にアクセスするためには英語よりもロシア語が必要だった。でも、ソ連が没落して、科学技術におけるアドバンテージが失われると、ロシア語を履修する理系の学生はぱたりといなくなりました。もちろんドストエフスキーを読みたい、チェーホフを読みたいというような動機でロシア語を履修する学生の数はいつの時代もいます。目標文化が「ロシア文学」である履修者の数はいつの時代もそれほど変化しない。けれども、目標文化が「ソ連の科学の先進性」である履修者は、その目標文化が求心力を失うと、たちまち潮が引くようにいなくなる。

僕の学生時代はフランス語履修者がたくさんおりました。でも、その後、フランス語履修者は急減しました。ある時点で中国語に抜かれて、今はもう見る影もありません。

理由の一つは、日本のフランス語教員たちが学生たちの知的好奇心を掻き立てることができなかったせいなのですけれど、それ以上に本国のフランスの文化的な発信力が低下したことがあります。フランス文化そのものに日本の若者たちを「目標」として惹きつける魅力がなくなってしまった。

フランス語やロシア語の例から知れる通り、われわれが外国語を学ぶのは目標文化に近づくためなのです。目標文化にアクセスするための手段として目標言語を学ぶ。

しかし、まことに不思議なことに、今の英語教育には目標文化が存在しません。英語という目標言語だけはあるけれども、その言語を経由して、いったいどこに向かおうとしているのか。向かう先はアメリカでもイギリスでもない。カナダでもオーストラリアでもない。どこでもないのです。

何年か前に、推薦入試の入試本部で学長と並んで出願書類をチェックしていたことがありました。学長は英文科の方だったのですけれど、出願書類の束を読み終えた後に嘆息をついて、「内田さん、今日の受験者150人の中に『英文科志望理由』に『英米文学を学びたいから』と書いた人が何人いると思う?」と訊いてきました。「何人でした?」と僕が問い返すと「2人だけ」というお答えでした「後は、『英語を生かした職業に就きたいから』」だそうでした。

僕の知る限りでも、英語を学んで、カタールの航空会社に入った、香港のスーパーマーケットに就職した、シンガポールの銀行に入ったという話はよく聞きます。別にカタール文化や香港文化やシンガポール文化をぜひ知りたい、その本質に触れたいと思ってそういう仕事を選んだわけではないでしょう。彼らにとって、英語はたしかに目標言語なのですけれど、めざす目標文化はどこかの特定の文化圏のものではなく、グローバルな「社会的な格付け」なのです。高い年収と地位が得られるなら、どの外国でも暮らすし、どの外国でも働く、だから英語を勉強するという人の場合、これまでの外国語教育における目標文化に当たるものが存在しない。
これについては平田オリザさんが辛辣なことを言っています。彼に言わせると、日本の今の英語教育の目標は「ユニクロのシンガポール支店長を育てる教育」だそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」はもちろん有用な仕事であり、しかるべき能力を要するし、それにふさわしい待遇を要求できるポストですけれど、それは一人いれば足りる。何百万単位で「シンガポール支店長」を「人形焼き」を叩き出すように作り出す必要はない。でも、現在の日本の英語教育がめざしているのはそういう定型です。

僕は大学の現場を離れて7年になりますので、今の大学生の学力を知るには情報が足りないのですけれども、それでも、文科省が「英語ができる日本人」ということを言い出してから、大学に入学してくる学生たちの英語力がどんどん低下してきたことは知っています。それも当然だと思います。英語を勉強することの目標が、同学齢集団内部での格付けのためなんですから。低く査定されて資源分配において不利になることに対する恐怖をインセンティヴにして英語学習に子どもたちを向けようとしている。そんなことが成功するはずがない。恐怖や不安を動機にして、知性が活性化するなんてことはありえないからです。

僕は中学校に入って初めて英語に触れました。それまではまったく英語を習ったことがなかった。1960年頃の小学生だと、学習塾に通っているのがクラスに二三人、あとは算盤塾くらいで、小学生から英語の勉強している子どもなんか全然いません。ですから、FENでロックンロールは聴いていましたけれど、DJのしゃべりも、曲の歌詞も、ぜんぶ「サウンド」に過ぎず、意味としては分節されていなかった。それが中学生になるといよいよ分かるようになる。入学式の前に教科書が配られます。英語の教科書を手にした時は、これからいよいよ英語を習うのだと思って本当にわくわくしました。これまで自分にとってまったく理解不能だった言語がこれから理解可能になってゆくんですから。自分が生まれてから一度も発したことのない音韻を発声し、日本語に存在しない単語を学んで、それが使えるようになる。その期待に胸が膨らんだ。

今はどうでしょう。中学校一年生が四月に、最初の英語の授業を受ける時に、胸がわくわくどきどきして、期待で胸をはじけそうになる・・・というようなことはまずないんじゃないでしょうか。ほかの教科とも同じでしょうけれど、英語を通じて獲得するものが「文化」ではないことは中学生にもわかるからです。

わかっているのは、英語の出来不出来で、自分たちは格付けされて、英語ができないと受験にも、就職にも不利である、就職しても出世できないということだけです。そういう世俗的で功利的な理由で英語学習を動機づけようとしている。でも、そんなもので子どもたちの学習意欲が高まるはずがない。

格付けを上げるために英語を勉強しろというのは、たしかにリアルではあります。リアルだけれども、全然わくわくしない。外国語の習得というのは、本来はおのれの母語的な枠組みを抜け出して、未知のもの、新しいものを習得ゆくプロセスのはずです。だからこそ、知性の高いパフォーマンスを要求する。自分の知的な枠組みを超え出てゆくわけですから、本当なら「清水の舞台から飛び降りる」ような覚悟が要る。そのためには、外国語を学ぶことへ期待とか向上心とか、明るくて、風通しのよい、胸がわくわくするような感じが絶対に必要なんですよ。恐怖や不安で、人間はおのれの知的な限界を超えて踏み出すことなんかできません。
でも、文科省の『「英語ができる日本人」の育成のための行動計画の策定について』にはこう書いてある。

「今日においては、経済、社会の様々な面でグローバル化が急速に進展し、人の流れ、物の流れのみならず、情報、資本などの国境を超えた移動が活発となり、国際的な相互依存関係が深まっています。それとともに、国際的な経済競争は激化し、メガコンペティションと呼ばれる状態が到来する中、これに対する果敢な挑戦が求められています。」

冒頭がこれです。まず「経済」の話から始まる。「経済競争」「メガコンペティション」というラットレース的な状況が設定されて、そこでの「果敢な挑戦」が求められている。英語教育についての基本政策が「金の話」と「競争の話」から始まる。始まるどころか全篇それしか書かれていない。

「このような状況の中、英語は、母語の異なる人々をつなぐ国際的共通語として最も中心的な役割を果たしており、子どもたちが21世紀を生き抜くためには、国際的共通語としての英語のコミュニケーション能力を身に付けることが不可欠です」という書いた後にこう続きます。

「現状では、日本人の多くが、英語力が十分でないために、外国人との交流において制限を受けたり、適切な評価が得られないといった事態も起きています。」
「金」と「競争」の話の次は「格付け」の話です。ここには異文化に対する好奇心も、自分たちの価値観とは異なる価値観を具えた文化に対する敬意も、何もありません。人間たちは金を求めて競争しており、その競争では英語ができることが死活的に重要で、英語学力が不足していると「制限を受けたり」「適切な評価が得られない」という脅しがなされているだけです。そんなのは日本人なら誰でもすでに知っていることです。でも、「英語ができる日本人」に求められているのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」なのです。

外国語を学ぶことの本義は、一言で言えば、「日本人なら誰でもすでに知っていること」の外部について学ぶことです。母語的な価値観の「外部」が存在するということを知ることです。自分たちの母語では記述できない、母語にはその語彙さえ存在しない思念や感情や論理が存在すると知ることです。

でも、この文科省の作文には、外国語を学ぶのは「日本人なら誰でもすでに知っていること」の檻から逃れ出るためだという発想がみじんもない。自分たちの狭隘な、ローカルな価値観の「外側」について学ぶことは「国際的な相互依存関係」のうちで適切なふるまいをするために必須であるという見識さえ見られない。僕は外国語学習の動機づけとして、かつてこれほど貧しく、知性を欠いた文章を読んだことがありません。

たしかに、子どもたちを追い込んで、不安にさせて、処罰への恐怖を動機にして何か子どもたちが「やりたくないこと」を無理強いすることは可能でしょう。軍隊における新兵の訓練というのはそういうものでしたから。処罰されることへの恐怖をばねにすれば、自分の心身の限界を超えて、爆発的な力を発動させることは可能です。スパルタ的な部活の指導者は今でもそういうやり方を好んでいます。でも、それは「やりたくないこと」を無理強いさせるために開発された政治技術です。
ということは、この文科省の作文は子どもたちは英語を学習したがっていないという前提を採用しているということです。その上で、「いやなこと」を強制するために、「経済競争」だの「メガコンペティション」だの「適切な評価」だのという言葉で脅しをかけている。

ここには学校教育とは、一人一人の子どもたちがもっている個性的で豊かな資質が開花するのを支援するプロセスであるという発想が決定的に欠落しています。子どもたちの知性的・感性的な成熟を支援するのが学校教育でしょう。自然に個性や才能が開花してゆくことを支援する作業に、どうして恐怖や不安や脅迫が必要なんです。勉強しないと「ひどい目に遭うぞ」というようなことを教師は決して口にしてはならないと僕は思います。学ぶことは子どもたちにとって「喜び」でなければならない。学校というのは、自分の知的な限界を踏み出してゆくことは「気分のいいこと」だということを発見するための場でなければならない。

この文章を読んでわかるのは、今の日本の英語教育において、目標言語は英語だけれど、目標文化は日本だということです。今よりもっと日本的になり、日本的価値観にがんじがらめになるために英語を勉強しなさい、と。ここにはそう書いてある。目標文化が日本文化であるような学習を「外国語学習」と呼ぶことに僕は同意するわけにはゆきません。

僕自身はこれまでさまざまな外国語を学んできました。最初に漢文と英語を学び、それからフランス語、ヘブライ語、韓国語といろいろな外国語に手を出しました。新しい外国語を学ぶ前の高揚感が好きだからです。日本語にはない音韻を発音すること、日本語にはない単語を知ること、日本語とは違う統辞法や論理があることを知ること、それが外国語を学ぶ「甲斐」だと僕は思っています。習った外国語を使って、「メガコンペティションに果敢に挑戦」する気なんか、さらさらありません。

外国語を学ぶ目的は、われわれとは違うしかたで世界を分節し、われわれとは違う景色を見ている人たちに想像的に共感することです。われわれとはコスモロジーが違う、価値観、美意識が違う、死生観が違う、何もかも違うような人たちがいて、その人たちから見た世界の風景がそこにある。外国語を学ぶというのは、その世界に接近してゆくことです。 

フランス語でしか表現できない哲学的概念とか、ヘブライ語でしか表現できない宗教的概念とか、英語でしか表現できない感情とか、そういうものがあるんです。それを学ぶことを通じて、それと日本語との隔絶やずれをどうやって調整しようか努力することを通じて、人間は「母語の檻」から抜け出すことができる。

外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。母語的な現実、母語的な物の見方から離脱すること。母語的分節とは違う仕方で世界を見ること、母語とは違う言語で自分自身を語ること。それを経験することが外国語を学ぶことの「甲斐」だと思うのです。

でも、今の日本の英語教育は「母語の檻」からの離脱など眼中にない。それが「目標言語は英語だが、目標文化は日本だ」ということの意味です。外国語なんか別に学ぶ必要はないのだが、英語ができないとビジネスができないから、バカにされるから、だから英語をやるんだ、と。言っている本人はそれなりにリアリズムを語っているつもりでいるんでしょう。でも、現実にその結果として、日本の子どもたちの英語力は劇的に低下してきている。そりゃそうです。「ユニクロのシンガポール支店長」が「上がり」であるような英語教育を受けていたら、そもそもそんな仕事に何の興味もない子どもたちは英語をやる理由がない。

(中略)

今は英語教育にとりわけ中等教育では教育資源が偏ってきています。他の教科はいいから、とにかく英語をやれという圧力が強まっています。別にそれは英語の教員たちが望んだことではないのだけれど、教育資源が英語に偏っている。特に、オーラル・コミュニケーション能力の開発に偏っている。何でこんなに急激にオーラルに偏ってきたかというと、やはりこれは日本がアメリカの属国だということを抜きには説明がつかない。

「グローバル・コミュニケーション」と言っても、オーラルだけが重視されて、読む力、特に複雑なテクストを読む能力はないがしろにされている。これは植民地の言語教育の基本です。

植民地では、子どもたちに読む力、書く力などは要求されません。オーラルだけできればいい。読み書きはいい。文法も要らない。古典を読む必要もない。要するに、植民地宗主国民の命令を聴いて、それを理解できればそれで十分である、と。それ以上の言語運用能力は不要である。理由は簡単です。オーラル・コミュニケーションの場においては、ネイティヴ・スピーカーがつねに圧倒的なアドバンテージを有するからです。100%ネイティヴが勝つ。「勝つ」というのは変な言い方ですけれども、オーラル・コミュニケーションの場では、ネイティヴにはノン・ネイティヴの話を遮断し、その発言をリジェクトする権利が与えられています。ノン・ネイティヴがどれほど真剣に、情理を尽くして話していても、ネイティヴはその話の腰を折って「その単語はそんなふうには発音しない」「われわれはそういう言い方をしない」と言って、話し相手の知的劣位性を思い知らせることができる。

逆に、植民地的言語教育では、原住民の子どもたちにはテクストを読む力はできるだけ付けさせないようにする。うっかり読む力が身に着くと、植民地の賢い子どもたちは、宗主国の植民地官僚が読まないような古典を読み、彼らが理解できないような知識や教養を身に付ける「リスク」があるからです。植民地の子どもが無教養な宗主国の大人に向かってすらすらとシェークスピアを引用したりして、宗主国民の知的優越性を脅かすということは何があっても避けなければならない。だから、読む力はつねに話す力よりも劣位に置かれる。「難しい英語の本なんか読めても仕方がない。それより日常会話だ」というようなことを平然と言い放つ人がいますけれど、これは骨の髄まで「植民地人根性」がしみこんだ人間の言い草です。

「本を読む」というのはその国の文化的な本質を理解する上では最も効率的で確実な方法です。でも、植民地支配者たちは自分たちの文化的な本質を植民地原住民に理解されたくなんかない。だから、原住民には、法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない。

今の日本の英語教育がオーラルに偏って、英語の古典、哲学や文学や歴史の書物を読む力を全く求めなくなった理由の一つは「アメリカという宗主国」の知的アドバンテージを恒久化するためです。だから、アメリカ人は日本人が英語がぺらぺら話せるようになることは強く求めていますけれど、日本の子どもたちがアメリカの歴史を学んだり、アメリカの政治構造を理解したり、アメリカの文学に精通したりすること、それによってアメリカ人が何を考えているのか、何を欲望し、何を恐れているのかを知ることはまったく望んでいません。

(以下略)

「原住民には法律文書や契約書を読む以上の読解力は求めない」ということを英語教育について書いたら、国語教育でも同じことをしようとしているということを知らされた。

まことに情けない国に成り下がったものである。
http://blog.tatsuru.com/2018/10/31_1510.html

7 名前:777

2023/06/15 (Thu) 12:01:25

「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想か 見過ごされてきた「形式卒業者」の存在、注目集める夜間中学
2023/06/15
https://nordot.app/1038705390451458905?c=39546741839462401

石尾彰さんが勉強に使っている漢字ドリルとノート。現在は小4レベルを学んでいる
 日本では憲法で教育を受ける権利が保障されていて、ほぼ全ての人が中学校を卒業している。「文部科学統計要覧」によると、統計が始まった1948年から義務教育の就学率は99%台で推移し、2022年も99・96%だった。
 しかし、学校関係者の間で長年認識されながらも見過ごされてきた「形式卒業者」の存在が近年、クローズアップされている。病欠や不登校などで学校に十分通えず形式的に中学を卒業した人を指す。自身に卒業したとの認識がない人ですら一定数いるとされる。
 今や中学生の二十数人に1人が不登校と言われる時代。義務教育が十分に受けられなかったことで基礎学力が足りず、抱えることになる生活上の不便は想像以上に深刻だ。読み書きに不安を持つ人々が学び直す場としての夜間中学が、今再び注目されている。(共同通信=浦郷遼太郎)


香川県三豊市の夜間中学の授業風景。5月末時点で10~80代の18人が学んでいる=2022年10月
 ▽切符が買えない
 岡山市の井上健司さん(38)は今も読み書きに不安がある。漢字が読めず、電車の切符が買えない。住所の漢字も覚えられず、30歳過ぎまでメモを持ち歩いていた。
 「5の段」が覚えられなかった。小学3年の時、九九が覚えられずに先生に怒られ、友人と2人で居残りさせられたことを今も鮮明に覚えている。同じ時期に友人トラブルも重なって学校が嫌になり、不登校になった。遺伝性の糖尿病も発症し、退院した後も学校にはほとんど行けなかった。かといって家で勉強を教えてくれる人もいない。入退院を繰り返し、テレビアニメを見て過ごす日々が卒業まで続いた。
 中学入学後も不登校は続いたが、友人に誘われ3年の1年間は通った。ただ、1年ごとの学習の積み上げがないままでは、授業の内容はちんぷんかんぷんだった。友人とたわいもない話をして過ごす学校生活は楽しく、そのまま通い続けたが、受け取った卒業証書に実感は湧かなかった。


岡山市の自主夜間中学に通う井上健司さん
 卒業後、読み書きができず困り始めることになる。就職するにも、まず履歴書の書き方が分からない。説明書きにある漢字が読めなかった。土木作業員や警備員の仕事を始めたものの、派遣先の地名が漢字で理解できない。日報には平仮名ばかりが並んだ。「漢字が書けないのか?」と上司に言われても適当にごまかした。「なかなか理由は言えず、ただ謝っていた」と振り返る。
 その後は持病が悪化し、20代はほとんど働けず生活保護を受けながら生活した。車の運転免許の取得も試みたが、学科試験対策の引っかけ問題に苦戦し、挫折した。
 読み書きが難しいと、外出にも支障をきたす。行ったことがない場所へ足を運ぼうとしても不安やストレスから腹痛が起きる。買い物で街中に出ても、用が済めばすぐ家に帰る始末だ。海外へ旅行や留学する人を見ると、「不安じゃないのかな。僕だったらあり得ない」とこぼす。
 井上さんは、かかりつけ医の紹介で5年ほど前から「岡山自主夜間中学校」(岡山市)に通っている。週3日開校しているが、糖尿病の人工透析を受けながら福祉施設で働く日々なので、通って机に向かえるのは土曜日だけだ。現在は漢字検定8級(小3修了程度)の合格に向け勉強に励んでいる。
 「学校に通えなかった後悔がある。自分を変えたい。全力で学び直していきたい」と話す。


香川県三豊市の夜間中学に通う石尾彰さん。授業で分からないところがあれば、左にある「HELP」の札を立て意思表示する=2023年5月30日
 ▽授業では「いない存在」に
 50歳を過ぎて学び直す人もいる。香川県三豊市の石尾彰さん(55)は幼い頃から体が弱く、入退院を繰り返してきた。小学校でも腹痛で欠席することが多く、小4の時に精神的な不調から半年ほど入院したことがきっかけで本格的に勉強が分からなくなった。
 中学でも状況は変わらない。本当は小学校の勉強からやり直したかったが、先生はそこまで面倒をみてくれなかった。授業では他の生徒が順番に当てられていく中、石尾さんは飛ばされた。勉強ができない子とレッテルを貼られ、授業では「いない存在」にされたと感じた。「気分は悪かった」と振り返る。小学生の頃より体調は良かったため、学校には通い続けた。

香川県三豊市で開かれた夜間中学の開設式で、新入生に祝辞を述べる山下昭史市長=2022年4月
 卒業後は職業安定所の紹介で、車の整備工として働いてきた。だが車検項目のチェックリストに書いてあることが読めない。漢字も書けない。仕事は見て覚えたが、上司にメモを取るように言われることは苦痛だった。
 心の中でもう一度学びたいと強く願ってきた石尾さん。その思いは家族にすら伝えられず、どうすればいいのか分からなかった。そんな中、三豊市の夜間中学(市立高瀬中夜間学級)が設置されることをニュースで知り、すぐに市の教育委員会に電話で問い合わせた。
 2022年4月にスタートした三豊市の夜間中学は5月末時点で10~80代の18人が在籍する。石尾さんは小4の漢字ドリルを使って読み書きを中心に学び直しを続ける。今の目標は高校に進学し、電気工事士の資格を取ることだ。


石尾彰さんが漢字練習に使っているノート。ページの右端まで書けるだけ反復して書いて覚えるようにしているという=2023年5月30日
 ▽小卒80万人の衝撃
 小中学校での義務教育の内容を理解していることは、人生をよりよく生きるための土台として必要不可欠だ。文部科学省は義務教育の目的の一つに「国家・社会の形成者として共通に求められる最低限の基盤的な資質の育成」を挙げている。
 2020年の国勢調査では、約80万人が最終学歴を「小卒」と回答した。戦中、戦後の混乱期で教育を受けられなかった人が多いため、80歳以上は約74万人。一方、50代以下でも約2万人いた。中卒と回答した人は約1126万人。既卒者の全体に占める割合は約11%となる。

夜間中学の意義について講演する城之内庸仁教諭
 ただ、中学を卒業したとしても、十分に義務教育を受けたことを示すとは限らない。不登校を含め、年間30日以上登校しなかった長期欠席者は小中学生で約41万人に上るとのデータがある。
 昼間の中学校でも勤務経験があり、今は三豊市の夜間中学で教える城之内庸仁教諭が明かす。「公立の学校現場では、明らかに出席日数や学力が足りないと分かっていても、教育的配慮の名のもと、年齢に応じて進級あるいは卒業させている実情がある。この考え方自体を見直さないといけない時期に来ている」。事実、小中学校の卒業に出席日数は必須ではない。こうした人が形式卒業者となって“無学”のまま社会に押し出されている。


夜間中学を併設している香川県三豊市立高瀬中学校
 ▽不登校にフォーカスする夜間中学
 夜間中学は戦後の混乱期に、さまざまな事情で義務教育が十分に受けられなかった人たちを対象に誕生したが、近年は高齢者に加え、外国人労働者の受け皿としても期待される。
 夜間中学は自治体が設置する「公立夜間中学」と、民間で運営される「自主夜間中学」の二つに分けられる。公立は教員免許を持った教員が指導。授業は週5日で学費は無料。全課程を修了すれば、中学卒業資格が得られる。これまでは中学を卒業していない15歳以上が入学するのが一般的だった。だが、文部科学省は2015年、形式卒業者の受け入れを認める通知を出している。
 一方、井上さんが通うような自主夜間中学は民間のボランティアで運営される。公立と違って入学要件はない。授業は週に2~3回。学校としての認可を受けていないため、中学の卒業資格は得られない。
 公立夜間中学の中には、特殊な位置づけの学校もある。香川県三豊市の夜間中学は不登校中の“現役”中学生を受け入れる。文科省から「不登校特例校」に指定された、全国で唯一の夜間中学だ。不登校生の実態に配慮した授業時間の削減や、習熟度に応じた柔軟な教育プログラムを実施し、現在2人の生徒が在籍する。形式卒業者予備軍の生徒にとって社会に出る前の“最後のセーフティーネット”かもしれない。
 新たな役割を担い、重要性がクローズアップされつつある夜間中学。文科省は都道府県と政令指定都市にそれぞれ1校以上の公立夜間中学の設置を促す。文科省によると、今年4月現在、17都道府県44校まで広がった。2025年度までに28都道府県に拡大し、新たに14校が設置される見通しだ。


香川県三豊市の夜間中学で実施された識字調査
 ▽識字率の実態は?
 基礎学力を測る最もベーシックな尺度は「読み書き」で、識字率として数値化することができる。しかし、識字率の現状を把握する全国規模の識字調査は、実は1948年以来行われていない。
 戦後、連合国総司令部(GHQ)の占領下で約1万7千人を対象に「日本人の読み書き能力調査」として一度実施されただけだ。その結果、読み書きが全くできない「非識字者」は1・7%で、読み書き能力の水準は極めて高いとされた。この結果や、戦後も義務教育の就学率が高水準のまま維持されてきたことを背景に、国内の識字率は「ほぼ100%」と認識され、識字問題は「終わった課題」とされてきた。
 しかし近年、小・中卒が一定数いることや外国人労働者が増加していること、また形式卒業者の存在にも光が当たり始め、全国的な識字調査を目指す動きも出ている。

取材に応じる国立国語研究所の野山広准教授
 日本語学などの研究機関である「国立国語研究所」(東京)が、一部の夜間中学で試行調査を進めている。その結果、井上さんが通う岡山市の自主夜間中学では約2割、石尾さんが学ぶ香川県三豊市の夜間中学では、ほぼ全ての生徒が「識字に問題を抱えている可能性」があった。 


 国語研究所は、 調査対象を日本語教室などにも拡大する方針。将来的な全国規模の調査につなげたい考えだ。
 調査チームの野山広准教授はこう指摘する。「実際にどれくらいの人が日本語の読み書きに生活上困っているかを計る基礎的な資料を提供したい。調査を通じて識字率がほぼ100%とされてきたことが『共同幻想』だったと世の中に知ってもらい、必要な施策を取らなければならない」
https://nordot.app/1038705390451458905?c=39546741839462401

8 名前:777

2023/09/05 (Tue) 13:44:48

故郷を忘れた日本人へ (前編) 現代の若者が人生に“無気力“なワケ [2023 8 28放送]週刊クライテリオン 藤井聡のあるがままラジオ
https://www.youtube.com/watch?v=0scQLd2rguU&t=29s

[2023.9.4放送]「故郷を忘れた日本人へ」Part2、行きすぎた英語教育は国力を下げる(藤井聡/KBS京都ラジオ)
https://www.youtube.com/watch?v=D6WhJH79yZA


▼動画で紹介した、仁平千香子氏の著書「故郷を忘れた日本人へ」の詳細はコチラ
https://www.amazon.co.jp/dp/4899920814/

9 名前:777

2024/02/18 (Sun) 14:41:50

吉村府知事や岸田総理は「英語化」で 多民族共生を強制
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16840196



外国語学習について - 内田樹の研究室
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14094875

「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14120908

日本人の3人に1人は日本語が読めない
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14068776

日本語は難し過ぎる
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14094861

ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html

女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/544.html

日本人は金髪美女に弱い _ 小布施からセーラ・カミングスの姿が消えた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/444.html

室伏謙一 岸田政権が今更移民政策推進
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14046858

外国人600万人時代、建設労働者、観光客から IT人材まで
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14123051

グローバリズムとは思想やイデオロギーではなく、 単に労働者の賃金を下げるコスト削減の事
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14121597

多文化共生とはイスラム移民がレイプしまくるのを放任する事
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007116

【河添恵子】酷すぎる...中国人の民度とモラルの低さには驚きました
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008379

対外戦争で勝った事が一度も無い中国とロシアはこういう手口で領土を乗っ取る
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018754

クルド人問題の裏にテロ組織、 麻薬密輸、人身売買!? 日本がスウェーデン化
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14146905

【ch桜北海道】移民、難民!欧州の例から考える。日本ではクルド人問題が![R5/7/18]
https://www.youtube.com/watch?v=HOnOWDfXXjM

川口市ではクルド人が病院を占拠したり、集団で女性を追い回したりしている
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14127085

特番『外国人との「共生」は困難-クルド人問題で混乱する埼玉の実情ー』ゲスト:経済・環境ジャーナリスト  石井孝明氏
2024/02/06
https://www.youtube.com/watch?v=dAJSsgPB4SA

移民が引き起こしたケルン事件とロザラム事件 欧州で起きた現実
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14070097

人口の4割が移民になったスウェーデンのパラレルワールド
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14071537

移民による犯罪多発 _ 検問を突破した移民少年への発砲をめぐるパリ暴動
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14125040

日本のアジア化は着々と進行している
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14072416

エリート洗脳システムとしての留学制度
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日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14004524

日本の研究力の低下 - 内田樹の研究室
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内田樹 _ 「統御し、管理しようとする欲望」が今の学校教育の荒廃の主因
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大学でいま、起きていること
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日本の学校教育は「我が国とは全てが違う…」
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甘過ぎる日本の帰化制度
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「『移民』で日本もこうなる(前編-1)」宇山卓栄 AJER2023.10.27(1)
https://www.youtube.com/watch?v=qGpJvPeZRLg&t=318s

「『移民』で日本もこうなる(後編-1)」 宇山卓栄 AJER2023.11.3(3)
https://www.youtube.com/watch?v=5kzGnH1F3_Y

10 名前:777

2024/03/02 (Sat) 14:35:13

内田樹の研究室
文字の書けない子どもたち
2024-02-27
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。
『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 
 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。
 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。
 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。
 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。
長い話になりそうなので、続きはまた次週。
 
 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。
 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。
 最後の首切り役人だった 八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。
 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。
 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。
 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。
 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

  • 名前: E-mail(省略可):
「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想
1 名前:777

2023/06/15 (Thu) 11:55:14

「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想か 見過ごされてきた「形式卒業者」の存在、注目集める夜間中学
2023/06/15
https://nordot.app/1038705390451458905?c=39546741839462401

石尾彰さんが勉強に使っている漢字ドリルとノート。現在は小4レベルを学んでいる
 日本では憲法で教育を受ける権利が保障されていて、ほぼ全ての人が中学校を卒業している。「文部科学統計要覧」によると、統計が始まった1948年から義務教育の就学率は99%台で推移し、2022年も99・96%だった。
 しかし、学校関係者の間で長年認識されながらも見過ごされてきた「形式卒業者」の存在が近年、クローズアップされている。病欠や不登校などで学校に十分通えず形式的に中学を卒業した人を指す。自身に卒業したとの認識がない人ですら一定数いるとされる。
 今や中学生の二十数人に1人が不登校と言われる時代。義務教育が十分に受けられなかったことで基礎学力が足りず、抱えることになる生活上の不便は想像以上に深刻だ。読み書きに不安を持つ人々が学び直す場としての夜間中学が、今再び注目されている。(共同通信=浦郷遼太郎)


香川県三豊市の夜間中学の授業風景。5月末時点で10~80代の18人が学んでいる=2022年10月
 ▽切符が買えない
 岡山市の井上健司さん(38)は今も読み書きに不安がある。漢字が読めず、電車の切符が買えない。住所の漢字も覚えられず、30歳過ぎまでメモを持ち歩いていた。
 「5の段」が覚えられなかった。小学3年の時、九九が覚えられずに先生に怒られ、友人と2人で居残りさせられたことを今も鮮明に覚えている。同じ時期に友人トラブルも重なって学校が嫌になり、不登校になった。遺伝性の糖尿病も発症し、退院した後も学校にはほとんど行けなかった。かといって家で勉強を教えてくれる人もいない。入退院を繰り返し、テレビアニメを見て過ごす日々が卒業まで続いた。
 中学入学後も不登校は続いたが、友人に誘われ3年の1年間は通った。ただ、1年ごとの学習の積み上げがないままでは、授業の内容はちんぷんかんぷんだった。友人とたわいもない話をして過ごす学校生活は楽しく、そのまま通い続けたが、受け取った卒業証書に実感は湧かなかった。


岡山市の自主夜間中学に通う井上健司さん
 卒業後、読み書きができず困り始めることになる。就職するにも、まず履歴書の書き方が分からない。説明書きにある漢字が読めなかった。土木作業員や警備員の仕事を始めたものの、派遣先の地名が漢字で理解できない。日報には平仮名ばかりが並んだ。「漢字が書けないのか?」と上司に言われても適当にごまかした。「なかなか理由は言えず、ただ謝っていた」と振り返る。
 その後は持病が悪化し、20代はほとんど働けず生活保護を受けながら生活した。車の運転免許の取得も試みたが、学科試験対策の引っかけ問題に苦戦し、挫折した。
 読み書きが難しいと、外出にも支障をきたす。行ったことがない場所へ足を運ぼうとしても不安やストレスから腹痛が起きる。買い物で街中に出ても、用が済めばすぐ家に帰る始末だ。海外へ旅行や留学する人を見ると、「不安じゃないのかな。僕だったらあり得ない」とこぼす。
 井上さんは、かかりつけ医の紹介で5年ほど前から「岡山自主夜間中学校」(岡山市)に通っている。週3日開校しているが、糖尿病の人工透析を受けながら福祉施設で働く日々なので、通って机に向かえるのは土曜日だけだ。現在は漢字検定8級(小3修了程度)の合格に向け勉強に励んでいる。
 「学校に通えなかった後悔がある。自分を変えたい。全力で学び直していきたい」と話す。


香川県三豊市の夜間中学に通う石尾彰さん。授業で分からないところがあれば、左にある「HELP」の札を立て意思表示する=2023年5月30日
 ▽授業では「いない存在」に
 50歳を過ぎて学び直す人もいる。香川県三豊市の石尾彰さん(55)は幼い頃から体が弱く、入退院を繰り返してきた。小学校でも腹痛で欠席することが多く、小4の時に精神的な不調から半年ほど入院したことがきっかけで本格的に勉強が分からなくなった。
 中学でも状況は変わらない。本当は小学校の勉強からやり直したかったが、先生はそこまで面倒をみてくれなかった。授業では他の生徒が順番に当てられていく中、石尾さんは飛ばされた。勉強ができない子とレッテルを貼られ、授業では「いない存在」にされたと感じた。「気分は悪かった」と振り返る。小学生の頃より体調は良かったため、学校には通い続けた。

香川県三豊市で開かれた夜間中学の開設式で、新入生に祝辞を述べる山下昭史市長=2022年4月
 卒業後は職業安定所の紹介で、車の整備工として働いてきた。だが車検項目のチェックリストに書いてあることが読めない。漢字も書けない。仕事は見て覚えたが、上司にメモを取るように言われることは苦痛だった。
 心の中でもう一度学びたいと強く願ってきた石尾さん。その思いは家族にすら伝えられず、どうすればいいのか分からなかった。そんな中、三豊市の夜間中学(市立高瀬中夜間学級)が設置されることをニュースで知り、すぐに市の教育委員会に電話で問い合わせた。
 2022年4月にスタートした三豊市の夜間中学は5月末時点で10~80代の18人が在籍する。石尾さんは小4の漢字ドリルを使って読み書きを中心に学び直しを続ける。今の目標は高校に進学し、電気工事士の資格を取ることだ。


石尾彰さんが漢字練習に使っているノート。ページの右端まで書けるだけ反復して書いて覚えるようにしているという=2023年5月30日
 ▽小卒80万人の衝撃
 小中学校での義務教育の内容を理解していることは、人生をよりよく生きるための土台として必要不可欠だ。文部科学省は義務教育の目的の一つに「国家・社会の形成者として共通に求められる最低限の基盤的な資質の育成」を挙げている。
 2020年の国勢調査では、約80万人が最終学歴を「小卒」と回答した。戦中、戦後の混乱期で教育を受けられなかった人が多いため、80歳以上は約74万人。一方、50代以下でも約2万人いた。中卒と回答した人は約1126万人。既卒者の全体に占める割合は約11%となる。

夜間中学の意義について講演する城之内庸仁教諭
 ただ、中学を卒業したとしても、十分に義務教育を受けたことを示すとは限らない。不登校を含め、年間30日以上登校しなかった長期欠席者は小中学生で約41万人に上るとのデータがある。
 昼間の中学校でも勤務経験があり、今は三豊市の夜間中学で教える城之内庸仁教諭が明かす。「公立の学校現場では、明らかに出席日数や学力が足りないと分かっていても、教育的配慮の名のもと、年齢に応じて進級あるいは卒業させている実情がある。この考え方自体を見直さないといけない時期に来ている」。事実、小中学校の卒業に出席日数は必須ではない。こうした人が形式卒業者となって“無学”のまま社会に押し出されている。


夜間中学を併設している香川県三豊市立高瀬中学校
 ▽不登校にフォーカスする夜間中学
 夜間中学は戦後の混乱期に、さまざまな事情で義務教育が十分に受けられなかった人たちを対象に誕生したが、近年は高齢者に加え、外国人労働者の受け皿としても期待される。
 夜間中学は自治体が設置する「公立夜間中学」と、民間で運営される「自主夜間中学」の二つに分けられる。公立は教員免許を持った教員が指導。授業は週5日で学費は無料。全課程を修了すれば、中学卒業資格が得られる。これまでは中学を卒業していない15歳以上が入学するのが一般的だった。だが、文部科学省は2015年、形式卒業者の受け入れを認める通知を出している。
 一方、井上さんが通うような自主夜間中学は民間のボランティアで運営される。公立と違って入学要件はない。授業は週に2~3回。学校としての認可を受けていないため、中学の卒業資格は得られない。
 公立夜間中学の中には、特殊な位置づけの学校もある。香川県三豊市の夜間中学は不登校中の“現役”中学生を受け入れる。文科省から「不登校特例校」に指定された、全国で唯一の夜間中学だ。不登校生の実態に配慮した授業時間の削減や、習熟度に応じた柔軟な教育プログラムを実施し、現在2人の生徒が在籍する。形式卒業者予備軍の生徒にとって社会に出る前の“最後のセーフティーネット”かもしれない。
 新たな役割を担い、重要性がクローズアップされつつある夜間中学。文科省は都道府県と政令指定都市にそれぞれ1校以上の公立夜間中学の設置を促す。文科省によると、今年4月現在、17都道府県44校まで広がった。2025年度までに28都道府県に拡大し、新たに14校が設置される見通しだ。


香川県三豊市の夜間中学で実施された識字調査
 ▽識字率の実態は?
 基礎学力を測る最もベーシックな尺度は「読み書き」で、識字率として数値化することができる。しかし、識字率の現状を把握する全国規模の識字調査は、実は1948年以来行われていない。
 戦後、連合国総司令部(GHQ)の占領下で約1万7千人を対象に「日本人の読み書き能力調査」として一度実施されただけだ。その結果、読み書きが全くできない「非識字者」は1・7%で、読み書き能力の水準は極めて高いとされた。この結果や、戦後も義務教育の就学率が高水準のまま維持されてきたことを背景に、国内の識字率は「ほぼ100%」と認識され、識字問題は「終わった課題」とされてきた。
 しかし近年、小・中卒が一定数いることや外国人労働者が増加していること、また形式卒業者の存在にも光が当たり始め、全国的な識字調査を目指す動きも出ている。

取材に応じる国立国語研究所の野山広准教授
 日本語学などの研究機関である「国立国語研究所」(東京)が、一部の夜間中学で試行調査を進めている。その結果、井上さんが通う岡山市の自主夜間中学では約2割、石尾さんが学ぶ香川県三豊市の夜間中学では、ほぼ全ての生徒が「識字に問題を抱えている可能性」があった。 


 国語研究所は、調査対象を日本語教室などにも拡大する方針。将来的な全国規模の調査につなげたい考えだ。
 調査チームの野山広准教授はこう指摘する。「実際にどれくらいの人が日本語の読み書きに生活上困っているかを計る基礎的な資料を提供したい。調査を通じて識字率がほぼ100%とされてきたことが『共同幻想』だったと世の中に知ってもらい、必要な施策を取らなければならない」
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2 名前:777

2023/06/15 (Thu) 11:59:36

日本人の3人に1人は日本語が読めない
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日本語は難し過ぎる
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外国語学習について - 内田樹の研究室
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日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
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ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html

女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
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スティーヴ・ジョブズやビル・ゲイツは自分の子供には電子機器を与えない
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スマホを使うとバカになる
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3 名前:777

2024/02/18 (Sun) 14:41:36

吉村府知事や岸田総理は「英語化」で 多民族共生を強制
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外国語学習について - 内田樹の研究室
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「漢字が読めない」日本の識字率ほぼ100%は幻想
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日本人の3人に1人は日本語が読めない
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日本語は難し過ぎる
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ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
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女は東大出でも思考力・判断力・知性すべてゼロ _ 通産官僚 宗像直子は何故こんなにアホなの?
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日本人は金髪美女に弱い _ 小布施からセーラ・カミングスの姿が消えた
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室伏謙一 岸田政権が今更移民政策推進
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外国人600万人時代、建設労働者、観光客から IT人材まで
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グローバリズムとは思想やイデオロギーではなく、 単に労働者の賃金を下げるコスト削減の事
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多文化共生とはイスラム移民がレイプしまくるのを放任する事
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【河添恵子】酷すぎる...中国人の民度とモラルの低さには驚きました
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対外戦争で勝った事が一度も無い中国とロシアはこういう手口で領土を乗っ取る
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クルド人問題の裏にテロ組織、 麻薬密輸、人身売買!? 日本がスウェーデン化
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【ch桜北海道】移民、難民!欧州の例から考える。日本ではクルド人問題が![R5/7/18]
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川口市ではクルド人が病院を占拠したり、集団で女性を追い回したりしている
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特番『外国人との「共生」は困難-クルド人問題で混乱する埼玉の実情ー』ゲスト:経済・環境ジャーナリスト  石井孝明氏
2024/02/06
https://www.youtube.com/watch?v=dAJSsgPB4SA

移民が引き起こしたケルン事件とロザラム事件 欧州で起きた現実
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人口の4割が移民になったスウェーデンのパラレルワールド
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移民による犯罪多発 _ 検問を突破した移民少年への発砲をめぐるパリ暴動
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日本のアジア化は着々と進行している
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エリート洗脳システムとしての留学制度
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日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している
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日本の研究力の低下 - 内田樹の研究室
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内田樹 _ 「統御し、管理しようとする欲望」が今の学校教育の荒廃の主因
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大学でいま、起きていること
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日本の学校教育は「我が国とは全てが違う…」
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甘過ぎる日本の帰化制度
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「『移民』で日本もこうなる(前編-1)」 宇山卓栄 AJER2023.10.27(1)
https://www.youtube.com/watch?v=qGpJvPeZRLg&t=318s

「『移民』で日本もこうなる(後編-1)」宇山卓栄 AJER2023.11.3(3)
https://www.youtube.com/watch?v=5kzGnH1F3_Y

4 名前:777

2024/03/02 (Sat) 14:35:01

内田樹の研究室
文字の書けない子どもたち
2024-02-27
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

 高校の国語の先生から衝撃的な話を聴いた。生徒たちが文字を書けなくなっているというのである。教科書をただノートに筆写するだけの宿題を毎回課すが、やってくるのは半数以下。授業中に書いた板書をノートに写すようにという指示にも生徒たちは従わない。初めはただ「怠けているのか」と思っていたが、ある時期からどうもそうではないらしいことに気がついた。
『鼻』の作者名を問うテストに「ニコライ・ゴーゴリ」と答えを書いた生徒がいた。ゴーゴリもその名の短編を書いているが、教科書で読んだのは芥川龍之介である。どうしてわざわざゴーゴリと書いたのか生徒に訊ねたら「漢字を書くのが面倒だったから」と答えたそうである。 
 生徒たちの提出物の文字が判読不能のものが増えて来たという話は大学の教員たちからも聴く。学籍番号までは読めるが、名前が読むのが困難で、コメントの文字に至ってはまったく解読不能のものが少なくないという。何を書いたのか学生自身に訊いてみたら、自分でも読めないと答えたそうである。
 一体何が起きているのか。どうやら文字を書くという動作そのものに身体的な苦痛を感じる子どもが増えているらしい。
 文字を書くというのはかなり精密で繊細な身体運用を要求する。筆で書くなら、ひとさし指と中指をかけて親指で筆を抑え、肘を上げて穂先をまっすぐ立てる。これを「懸腕直筆」という。昔お習字の時にそう教わったはずである。この姿勢をとると体軸が通る。
 武道家として言わせてもらえば、体軸が通っていないと手足の自由は得られない。文字を書くためには、まず身体の構造が整っていないと始まらない。当たり前の話なのだが、どうも当今の子どもたちはその身体の構造そのものが崩れ始めているように思われる。
長い話になりそうなので、続きはまた次週。
 
 先週の続き。「文字の書けない子どもたち」がどうして生まれて来たのかについて武道的立場から考察したいと思う。
 筆で字を書く時にかなり精密な身体運用が求められる。能筆の人は横に一本線を引く時も、勢い、太さ、濃淡を細かく変化させながら筆を運ぶことができる。
 最後の首切り役人だった八世山田朝衛門は斬首の一閃の間に涅槃経を唱えたと後年述懐している。右手の人差し指を下ろす時に「諸行無常」、中指を下ろす時に「是生滅法」、薬指を下ろす時に「生滅滅已」、小指を下ろす時に「寂滅為楽」。そこで首がぽとりと落ちるのだそうである。一瞬の動作を四句十六文字に分節していることになる。斬ることの本質が力ではなく、動作の精密さと多分割にあることがよくわかる逸話である。
 精度の高い身体運用をなしうることは生きる上での必須の能力である。それができなければ、包丁で葱を刻むこともできないし、針の穴に糸を通すこともできないし、文字も書けない。しかし、どうやらその基礎的な「生きる能力」が今の子どもたちは衰えているらしい。
 文字なんか書けなくても、キーボード叩けば済む。葱だって刻んだものを売っているし、靴下の穴なんかけちくさく繕わずに買い替えればいい。そうかも知れない。でも、身体の構造が崩れて、細密動作ができないという子どもたちを制度的に創り出しているかもしれないという危機感を大人たちは持った方がいい。
 文字を書くというのは、罫に沿って、あるいはます目に合わせて、複雑な図形をかたちよく配列することである。字間調整も必要である。おそらく古人は子どもたちが書字によって身体の精密な運用を学び、生きる力を高めるということを知っていたのだろう。だから、子どもたちに「黙って臨書しろ」と命じたのだと思う。今さら習字を必修にすることはできない。
 では、どうしたらいいのか。私にもわからない。
http://blog.tatsuru.com/2024/02/27_1129.html

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