古代ゲノムデータに基づいて新石器時代から青銅器時代の北ポントス地域の人口史を検証した研究(Nikitin et al., 2025)が公表されました。[]は本論文の参考文献の番号で、本論文と同時に刊行された関連研究[7]以外は、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。5000年前頃以降、ヤムナヤ(Yamnaya)文化とも呼ばれるヤムナ(Yamna)文化の担い手は、ヨーロッパも含めてユーラシアに広く拡散し、文化と担い手の遺伝的構成を大きく変えました[3、4]。現在、ヨーロッパで話されている言語はほぼインド・ヨーロッパ語族ですが、これをヨーロッパに広めたのはヤムナ文化集団と考えられています。北ポントス地域(North Pontic Region、略してNPR)は古代ヨーロッパの農耕民とユーラシア草原地帯の狩猟採集民および牧畜民が遭遇した場所で、ヨーロッパ全域への移動の拠点でしたしかし、ヤムナ文化集団の正確な起源は依然として不明です。
本論文は、関連研究[7]にも含まれた先史時代の北ポントス地域の81個体のゲノム規模データを報告し、ヤムナ文化集団がヨーロッパにおいて在来集団と遺伝的に混合しながら拡大していったことを示します。北ポントス地域の狩猟採集民は、ドナウ川鉄門バルカン半島狩猟採集民(Danubian Iron Gates Balkan hunter-gatherer、略してBHG)および東方狩猟採集民(eastern hunter-gatherer、略してEHG)といったEuHG(European Hunter-Gatherer、ヨーロッパ狩猟採集民)や、アナトリア半島新石器時代農耕民(Anatolian Neolithic farmer、略してANF)起源のヨーロッパ初期農耕民(early European farmer、略してEEF)やコーカサス狩猟採集民(Caucasus hunter-gatherer、略してCHG)の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有していました。
新石器時代には、NPR西部はクリス(Criş)文化やスタルチェヴォ(Starčevo)文化や線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化などバルカン半島とヨーロッパ中央部の農耕クラスタ(まとまり)の故地で、さまざまな割合のWHGとの混合があり、ANF(アナトリア半島新石器時代農耕民)に由来するEEF(ヨーロッパ初期農耕民)祖先系統を有していました[12]。UNHG(Neolithic hunter-gatherer populations of the Dnipro Valley、ドニプロ川流域の新石器時代狩猟採集民人口集団、ウクライナ_N)は、EHG/WHGに基づく遺伝的祖先系統を保持し続けました[6]。
バルト海地域における混合したWHGおよびEHGの背景の狩猟採集民[3、24、30]は、UNHGで検出されるEEF祖先系統を有していません。スウェーデンのゴットランド島のアジュヴィーデ(Ajvide)集落遺跡およびヴェーステルブイェルス(Västerbjers)遺跡の円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)/戦斧文化(Battle Axe Culture、略してBAC)人口集団は、EEF祖先系統がおもに狩猟採集民背景の集団へと取り入れられ、約1/5のEEF関連祖先系統を有している、本論文のモデルでは正確に推測されます。UNHGにおけるEEF関連祖先系統に関する本論文の発見は、ヨーロッパにおける新石器時代の拡大の周辺での、狩猟採集民共同体への農耕民祖先系統の取り入れの、別々のずっと早い事例を提供します。