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アントン・チェーホフ(ロシア タガンログ 1860年1月29日 - 1904年7月15日)

1:777 :

2024/01/24 (Wed) 02:22:44

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アントン・チェーホフ(ロシア タガンログ 1860年1月29日 - 1904年7月15日)
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『チェーホフのかもめ』(1971年、 ソビエト連邦)
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チェーホフ _ ワーニャおじさん
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チェーホフ _ いいなずけ
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壺齋散人 チェーホフを読む
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六号室(1892年)

中二階のある家(1896年)

かもめ(1896年)
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かわいい女(1899年)

犬を連れた奥さん(1899年)
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ワーニャ伯父さん(1899年-1900年) - 『森の精』の改作
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三人姉妹(1901年)
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桜の園(1904年)
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2:777 :

2024/02/02 (Fri) 09:30:51

壺齋散人 チェーホフを読む:作品の解説と批評
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アントン・チェーホフ(1860-1904)は短編小説と何本かの戯曲を書いて、四十四歳の若さで死んだ。かれがこれらの形式にこだわったのは、物語よりもロシア人を描きたかったからだろう。かれほどロシア人の人間性にこだわった作家はいない。そうした人間性は、無論長編小説の形式でも描くことができるが、短編小説や戯曲を通じてのほうが、人間性の典型は描出しやすい。人間性の色々なパターンを、限定された形式を通じて、典型的に示すこと、それがチェーホフの狙いだったように思える。

では、チェーホフが描いたロシア人とはどのようなものだったか。かれの作品を通じて、浮かび上がって来るロシア人には、一定の共通した特徴がある。まず、男についていえば、己に自信がないために、なにをやってもうまくいかず、そのために始終自分や周囲の人間を責めているような情けない人間たちである。また、女についていえば、これもまた、己に自信がなく、そのために自分というものをもたず、男にもたれかかって生きているような人間である。そうした男女たちを、チェーホフはさらりとしたタッチで描くのが好きだった。

チェーホフが描いた男女は、かれの同時代人だったが、その同時代人たちが、このように情けない人間ばかりだったことを、チェーホフは非難するような目で見ているわけではない。たしかに、あまり褒められたことではないが、ロシア人のそうした生き方にも、一定の意味はあるのだ。それを、人はロシア的と言うことができる。ロシア的であることには、マイナス面もあればプラス面もある。それらを併せ呑み込んだところで、ロシア的なものが成立する。そのようにチェーホフは考えていたからこそ、ロシア的なものに対して、非難する目を向けることを憚ったのではないか。

ロシア的というものを言葉としてあらわすとどいうなるだろか。よく言われるのは、ロシアは半分はヨーロッパだが、もう半分は野蛮だというものだ。ロシアのヨーロッパ性は地理的な条件から来ている。一方ロシアの野蛮さはロシアの歴史から来ている。ロシアは、十五世紀くらいまでは、つまりヨーロッパがルネサンスの光栄に包まれていたころまでは、タタールのくびきの下にあった。そうした歴史は、ロシア人を自立した人間に育てる方向には働かず、卑屈で依存的な人間に育てる方向に働いた。男女ともロシア人に強く見られる非自立的な傾向は、そうした歴史に根差しているのだと思われる。

この非自立的な傾向が、ロシア人の野蛮さの源泉だったと言ってよい。そのうえロシアでは、チェーホフが生まれた頃まで、農奴制というものが残っていた。農奴制の社会というものは、少数の旦那衆と大多数の奴隷からなる社会である。そういう社会では、自立的な人間が育つことは殆どない。奴隷が自立した人間になれないのは無論、奴隷の主人も、奴隷に自分の生存を依存する限り、(ヘーゲルが言うように)自立することはない。そうした社会では、成員のほとんどすべてが、自分というものを持たない卑屈な人間になるほかはないのだ。チェーホフが描いたのは、そうした人間たちである。

チェーホフの小説や戯曲には、地主やその家族たちが数多く出て来る。地主は、農奴制が強固だった時期には、社会を実質的に動かしている階層だったわけだが、1861年の農奴解放を一つの大きなきっかけとして、没落する傾向をたどってきた。その没落の要因としては、農奴の開放ということのほかに、資本主義的な生産関係が次第にロシアに浸潤しつつあったという事情も働いた。そうした傾向のなかで、ロシアの地主階級は、だんだんと無用の階級となりつつあったのである。

チェーホフが作家活動をしたのは、十九世紀の末頃からの短い期間だが、その頃にはロシアの地主階級の無用化がかなり進んでいた。一方、西欧的な資本主義化(近代化)はまだそれほど進んでいなかったから、ロシアは非常に中途半端な状況にあった。そうした中途半端な状況のなかで、これもまた中途半端な人間が大量に生産されていた。チェーホフはそうした中途半端な人間たちを描いたのである。

チェーホフの小説には、地主階級以外の階層の人間たちも出て来る。医者とか教師といった連中だ。そういう人間は、地主とはまた違うメンタリティをもっているが、しかし自立しているかと言えば、そうではない。かれらもまた、自分というものを持たない情けない人間であることでは同じだ。かれらは中産階層だが、従来から存在する階層で、いわば過去を向きながら生きている点では、地主階級と異ならない。地主階級と根本的に異なったメンタリティを持った人間は、資本主義的な心情をもった新しい人間ということになるが、そういう人間像は、遺作となった「桜の園」で初めて登場するので(ロパーヒンとして)、それ以前の作品では、姿を見せないのである。

チェーホフの小説に出て来るのは、ほとんどすべてが自分を持たない非自立的な人間である。非自立的というような自立的でない言葉を使うのは、かれらの消極的な存在に着目しているからであって、それ以外にかれらを積極的に定義づける言葉が見当たらないからにほかならない。こうした非自立性は、男については情けないとしか言いようがないが、女については、それなりの美徳になりうる可能性をもっている。「可愛い女」に出てくる女性は、そうした美徳をチャーミングな形で示している例だ。

チェーホフが死んだのは1904年のことだ。この年日露戦争が始まり、ロシアは激動の時代に入ってゆく。その激動をチェーホフは見ることなく死んだ。もし生き続けていたら、ロシア人の違ったタイプを書いたかもしれない。というのも、ロシアの近代化が進むにつれて、ロシアにも新しいタイプの人間たちが多く登場するようになるからだ。それを見ることなく死んだチェーホフの目は、専ら過去と、それの延長にある現在の情けないロシアにそそぐほかはなかったのである。



決闘:チェーホフ

妻:チェーホフ

六号室:チェーホフを読む

イオーヌィチ:チェーホフ

可愛い女:チェーホフ

犬を連れた奥さん:チェーホフ

熊:チェーホフの戯曲

かもめ:チェーホフの戯曲

ワーニャ伯父さん:チェーホフの戯曲

三人姉妹:チェーホフを読む

桜の園:チェーホフの戯曲

たいくつな話:チェーホフを読む

いいなずけ:チェーホフを読む


トーマス・マンのチェーホフ論

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