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プロト・ルネサンス美術、初期ルネサンス美術

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2024/01/02 (Tue) 17:24:24

プロト・ルネサンス美術、初期ルネサンス美術
https://irohani.art/study/4822/

「ルネサンスまでもう100年!」という準備期間「プロト・ルネサンス美術」

プロト・ルネサンスとは

プロト・ルネサンスの舞台は13世紀~14世紀のイタリアのフィレンツェやシエナ。繊維業や金融業で栄えた地域であり、他の地域とは違って美術がめちゃ盛り上がりました。

ルネサンスとは「再生」とか「復興」を意味するフランス語です。ローマはゴシック美術の回で説明した通りゲルマン人の侵入などがあり、元の文化を失いかけたことがありました。また商業が盛んだったフィレンツェやシエナでの「新しい経済圏の誕生」も控えていました。

そのためかつてのローマの成功例に学ぶ(再生する)という意味で「ルネサンス」と呼んだわけです。

プロト・ルネサンスとは、ルネサンスに移行する直前の準備期間を指します。


芸術家たちのキリスト像に影響を与えた聖フランチェスコ

プロト・ルネサンス期の絵画作品の多くは聖書の名シーンを描いた宗教画です。10世紀あたりからちらほら画家の名前が出てきますが、この13世紀のプロト・ルネサンス期になると、以下のようにがっつり著名画家が出てきます。人が出てくると西洋絵画が楽しくなってきますよね。

・ジュンタ・ピサーノ
・ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ
・シモーネ・マルディーニ
・チマブーエ
・ジョット・ディ・ボンドーネ

これらの有名画家が一同に集まって作ったのがサン・フランチェスコ大聖堂です。

サン・フランチェスコ大聖堂
Berthold Werner


サン・フランチェスコ大聖堂は聖フランチェスコの遺骨を収めるために建設されました。この「聖フランチェスコ」という修道士の存在が超大事です。

彼はとんでもなくありがたい人で、財産をすべて放棄し、ハンセン病患者の世話をしつつ戦うことを否定しながら常に奉仕の精神を貫きました。そんな彼のもとには数万人単位の追随者がおり、イタリアいちの修道士となったわけです。

彼はもちろん芸術家ではありませんが、彼の教えは画家たちの絵をみるみる変えていきました。「キリストの磔刑像」の変遷を見ると、一目瞭然です。キリストが磔刑に処される名シーンを描いたものですね。

プロト・ルネサンス前の磔刑像(1100年代末ごろ)
まずは1100年代末、プロト・ルネサンス前の磔刑像がこんな感じです。

プロト・ルネサンス前の磔刑像
Unknown authorUnknown author


この絵は個人的に大好きなんです。「あ、そう。打っちゃうのね? 釘、打っちゃうのね? ふーん、いやぜんぜん効いてませんけど?」みたいな無敵感がたまらない。もうなんかこの瞬間から「のちに復活する感」が出まくっていますよね。
キリストはもともと「『神』として崇拝しよう」と考えられていたので、人間ぽさがなかったんです。だから処刑されるときも苦痛なんて感じないんです。

ジュンタ・ピサーノの磔刑像(1250年ごろ)

この後に聖フランチェスコが登場します。彼は「キリストだって私たちと同じ人間の肉体を持っているし、弱さもある。それを分かったうえで崇拝しよう」と説いたんです。その後、1250年ごろに「最初の国民画家」といわれるジュンタ・ピサーノが描いた磔刑像がこちら。

ジュンタ・ピサーノの磔刑像
Georges Jansoone

ジュンタ・ピサーノの磔刑像2
Giunta Pisano


顔は苦痛でゆがみ、人体としての精密さが増しているのが分かりますよね。まだ膝に力が入ってて”ジョジョ立ち ”っぽくなっていたり、シックスパックがちょっと柴犬のお尻みたいになっていたりと、人体構造としては不自然ですが、たった5~60年でここまで写実的になりました。

ちなみに体のラインが曲がっているのは「形式美」をまだ重んじていたからです。ちょっとかっこつけちゃったんですね。

ジョット・ディ・ボンドーネの磔刑像(1315年ごろ)
さて、それからさらに約5~60年「ルネサンスの父」ことジョット・ディ・ボンドーネにより磔刑像はさらにアップデートされます。

ジョット・ディ・ボンドーネの磔刑像
Giotto di Bondone


体の力が抜けている感じが伝わりますよね。膝が自然に折れ、手指から方にかけてのラインも自然です。まったく”盛って”いないですよね。

プロト・ルネサンス美術では、だんだんと「形式的な美」から「リアルな人間の姿(写実主義)」に移り変わっていく時代なんです。


プロト・ルネサンス美術で輝きを放ったジョット・ディ・ボンドーネという天才

写実主義(リアリズム)とは簡単にいうと「目に見えるものをめっちゃリアルに作品に落とし込むこと」です。プロト・ルネサンス期には写実主義を落とし込むために以下の3つのことが重んじられました。

・人体を正確に描くこと
・遠近感も含めて空間を正確に描くこと
・人の感情までを描くこと
この3つを体現して見せたのが先述したジョット・ディ・ボンドーネです。この時代の
スーパースターであり「彼なくしてルネサンス美術はなかった」と個人的には思います。

聖フランチェスコの死
Giotto di Bondone


例えば上の「聖フランチェスコの死」では追随者たちがとんでもなく悲しい表情をしているのが分かると思います。こうした「感情をリアルに描く絵画」はジョットからスタートしました。

オニサンティの聖母

またこちらの「オニサンティの聖母」では、現実に忠実に再現しているので、服のひだなどは過剰でなく自然です。また椅子までの階段にご注目。まだ不完全ながら遠近感を出そうとしていますよね。彼は「奥行き」を表現し始めたんですね。

このようなジョットの”革命的な手法”はこの後も続くことになります。彼のフォロワーは「ジョッテスキ」と呼ばれ(アムラーみたいな感じです)、最終的には100年後のマザッチョによって完成に至るんですね。
https://irohani.art/study/4822/



初期ルネサンス美術
https://irohani.art/study/4896/

ルネサンスとは?「ローマ共和制を再生しようぜ」という運動

フィレンツェ 
VKras


「ルネサンス」とはイタリアで14世紀末くらいから始まった文化運動のことです。re(再び)naissance(誕生する)でルネッサンス。英語でいうとreborn……つまり「再生」「復興」を意味します。

何の復興を目指したのか、というと「古代ギリシャ・ローマ」です。「コロッセオで結党していた1000年以上前の時代に戻ろう!」といったわけですね。今でいうと十二単着て「皆の衆、ソシャゲなんぞやめて和歌を詠まぬか」と宣言するようなものです。

なんで、そんな大それた運動が起きたのか。それを説明するために、ルネサンス前後のヨーロッパをみていきましょう。

まずルネサンス以前の13世紀ごろまで、ヨーロッパの社会で最も力を持っていたのは「キリスト教会」でした。まだ「芸術家」という職業もないような時代。聖職者が業務の一環として教会の広告として宗教画を描く、みたいなノリで作品が生まれていたんですね。だから美術のパトロンは「国」と「教会」でした。

しかしそんなキリスト教会では権力争いなどが勃発します。聖職者とてしっかり喧嘩するんですな。それで教会の力が衰退しはじめ、反対に「市民」は教会の軍(十字軍)の資材の供給や東方諸国との貿易が栄えたことがあって元気になっていくんです。

ジャン・コロンブ
Jean Colombe


特にイタリア・フィレンツェは繊維業や金融業で儲けに儲けました。その結果、フィレンツェ中の市民が起業して業界に参入したので1店舗ごとの売り上げが減りだしたんですね。それを嫌った金持ちたちは「ギルド」という商人組織を作り「ギルドが認めた人しか新規参入できないから!」と宣言しました。

すると当然、ギルドのパワーが強くなります。ギルドの代表者たちはついに「コムーネ」という自治国家を作るまでになるんです。この試みを成功させるため、かつて共和制で栄えたコロッセオやカラカラ浴場時代の「古代ローマ」の真似をしよう! となったんですね!

ただこの理由の他にもルネサンスが起きた理由はあります。

例えば「古代ローマ時代の遺跡が発見されてレトロブームが起きた」という背景もあります。シャツをズボンにインするブームみたいな感じですね。また反キリスト教ブームもあって「キリスト教が生まれたから、文化が進化しなかったんちゃうんか! キリスト教が発展する前の時代に戻ろうや!」みたいな考えもあったり……。実はルネサンスの背景や定義はいまだに学者によって見方が全然違います。

とにかくこうした背景が合わさった結果「もういっかい古代ローマの時代を復興しよう!」となったんですね。


初期ルネサンス美術とは! 理想主義から写実主義へ

では、ここからはそんなルネサンス美術について紹介します。日本人にも人気が高い時代ですね。

ルネサンス期の美術は時代として14世紀末~15世紀半ばまでの「初期ルネサンス美術」と15世紀半ばから16世紀の「盛期ルネサンス」に分かれます。また場所としてイタリア以外の「北方ルネサンス」もあります。

今回は「初期ルネサンス」について、そして次回に「盛期ルネサンス」、次の次に「北方ルネサンス」を紹介しましょう。

初期ルネサンスを語るうえで押さえておきたいのは「国(君主)」「教会」のほか第三のパトロン「市民」が出てきたことです。これまでは基本的に教会のために描いた宗教画ばっかりだったんですね。だから要するに「嘘でもいいからかっこよく描くこと」が重視されていました。

「なんか派手で神話っぽい」ですし「平面的」ですし「表情は基本的に真顔(フォーマット)」だったんです。

それが「市民(ただし金持ちに限る)」のために描くので「現実世界と実在する人」で「立体的」で「表情豊かな感情表現」となりました。よりリアルになったんですね。これを写実主義といいます。今でいうと「やらせの多いテレビより、正直なYouTube」みたいな感じですね。


ブルネッレスキによって確立した「線遠近法」
そのうえでまずブルネッレスキについて紹介します。彼はもともと彫刻家でのちに建築家となった人です。彼の最大の功績は何と言っても「線遠近法」を確立したこと。彼はすべての建築物の輪郭がすべて地平線(目線の高さ)にある「消失点」に集約されることを発見しました。

線遠近法

上の画像でいうと、地平線(目線の高さ)が赤線で、青丸が消失点です。この青丸に向かって側道や道路の白線、電柱、交通標識などを収束させるように描くと遠近感を模写できることを発見したんですね。


人体把握・感情表現のリアリティを追求したドナテッロ
また彫刻家として人体把握や感情の表現に努めたのが天才・ドナテッロ。彼はブルネッレスキとも親交がありました。ブルネッレスキはドナテッロの彫った像のリアリティにびっくりして「キリストがそのへんの農夫に見えるわ……すご過ぎ……」と驚いたといいます。

マグダラのマリア
I, Sailko


上の作品は彼の晩期の傑作「マグダラのマリア」です。腕の筋肉の精密さ、何かを訴えかけるような表情はまさにルネサンスの精神性「写実主義」が分かると思います。


「空間性」「人体表現」「感情表現」を完成させたマザッチョ
ブルネッレスキの空間性や、ドナテッロの人体把握、感情表現を絵画に落とし込んだのがマザッチョです。間違いなく西洋美術史における大スターの1人です。

ちなみにマザッチョより100年前に写実性にチャレンジした画家はいました。それが前回、紹介したジョット・ディ・ボンドーネです。あらためて紹介しましょう。

ジョット・ディ・ボンドーネ
Giotto


めっちゃ惜しいですよね。階段の遠近感の表現に関してジョットの苦労が見えるようで、私個人的にはこの絵を見るたびに「がんばれ!ジョットがんばれ!」と言いたくなります。

ジョット・ディ・ボンドーネ
Giotto


またこの「聖フランチェスコの死」では悲しみが伝わります。「我らがフランチェスコ修道士が亡くなってしまった……」という辛い場面です。ただこれもまだちょっとぎこちないのは確かですね。

ではこのジョットから100年、マザッチョの絵を見てみましょう(めっちゃハードル上げてしまってマザッチョに申し訳ない)。

聖三位一体
Masaccio


この「聖三位一体」では見事に消失点が設定されており、奥行きが出ているのがわかります。ちなみに当時「キリストを人よりも小っちゃく描くなんて罰当たりやぞ!」という声もあったようですが、ルネサンスではそれよりもリアリティが大事なんですね。

楽園追放
Masaccio
※ 左が修復前、右が1980年代に行われた修復後の画像

またこれはアダムとイヴが楽園を追放される場面を書いた「楽園追放」です。もうとんでもない後悔の念ですよね。「うわぁ~取り返しつかんことをやってしもうたぁ……」という声が聞こえてきそうです。

また男女の筋肉の表現、脇腹のつくりなども非常にリアルです。人体表現も写実性に富んでいます。この写実性、合理主義がルネサンス美術の特徴になります。
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プロト・ルネサンス美術、初期ルネサンス美術の画家・彫刻家

ジョット・ディ・ボンドーネ Giotto di Bondone(イタリア フィレンツェ近郊 1267年-1337年1月8日)
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フィリッポ・ブルネレスキ Filippo Brunelleschi(イタリア フィレンツェ 1377年 - 1446年4月15日)
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ロレンツォ・ギベルティ Lorenzo Ghiberti(イタリア フィレンツェ 1381年 - 1455年12月1日)
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フーベルト・ファン・エイク Hubert van Eyck(ベルギー フランドル マーサイク 1385年 - 1426年9月18日)
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ドナテッロ Donatello(イタリア フィレンツェ 1386年 - 1466年12月13日)
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フラ・アンジェリコ Fra' Angelico(イタリア ヴィッキオ 1390年 - 1455年2月18日)
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ヤン・ファン・エイク Jan van Eyck(ベルギー 1395年 - 1441年7月9日)
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マザッチオ Masaccio(イタリア サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノ 1401年12月21日 - 1428年)
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