777投稿集 2565007


人類は1200人まで減少し、自分自身や環境を変える事で生き残った

1:777 :

2023/10/28 (Sat) 06:13:57

人類は1200人まで減少し、自分自身や環境を変える事で生き残った
2023.10.27
https://www.thutmosev.com/archives/304435gt.html

絶滅の危機に陥った最初の人類は火を使う事で生き延びた


人類の繁栄はただの偶然

科学番組では”人類はなぜ繁栄したのか”というテーマで人類がいかに優秀で特別な存在かを分析し、結局のところ「猿より優秀だったからだ」という結論が出るのが定番になっています

だが人間が他の人類より優れた道具を使い始めたのはせいぜい1万年前で、その前の700万年間は猿と同じ暮らしをしていました

最初に道具を使った人類は我々ではなく300万年以上前のアウストラロピテクスで、骨から道具を使う人類だけに見られる特有の網目パターンが発見されている

石を振り下ろして叩くような行動をした場合だけ手の骨の内部の海綿質に網目パターンができ、300万年前のアウストラロピテクスにはそれがあった

ある種の猿やチンパンジーやオラウータンは木の枝で虫を捕まえたり、石で叩くことができるので道具を使うのは猿の仲間にはそれほど珍しくない

約40万年前から4万年前まで存在したネアンデルタール人は多くの道具を使い「道具を加工する道具」という高度な産業まで発展させていました


約5万年前のフランス南西部の遺跡からは皮革加工用の精巧なシカの肋骨骨角器が見つかり、骨を前後に動かして皮をなめし、しなやかさや光沢、耐水性などを与えていたと思われる

単に落ちている動物を利用するのではなく集団で組織的に狩りをし、鹿を解体して皮をきれいに剥がして加工し、品質を向上させて付加価値をつけることまでやっていたのを意味する

5万年前の人類はそこまで進歩しておらず旧石器時代で、骨の加工は石より難しいので鋭い石などを利用して皮をはがしていました

ネアンデルタールは人類と約1万年共存して絶滅したが、その間で欧州で人類と交配し誕生したのが「碧眼、金髪、色白、長身」のヨーロッパ人種とも言われています

現在の人類は人口70億人を超え最終的に120億人に達した後で減少すると予想されていますが、700万年のほとんどの期間数万人以下の人口でした

1万年前の世界人口は500万~1千万人で日本列島の縄文人はこのうち約2万人、それが1万年後に70億人と1.2億人まで増えました


90万年前の絶滅危機が人類を変えた
縄文以前の日本列島は食糧を得るのが困難で長期間定住した人種はおらず、人口数千人の時代が長く続いたとも言われています

列島の食糧事情を劇的に改善したのは縄文土器で、生では毒性がある木の実を煮て食べたり、動物や魚や植物を無害化して栄養を摂取できるようになった

縄文人は2万人から25万人まで増えたが末期には8万人まで減少し、稲作を導入して弥生化し古墳時代に100万人を突破しています

世界では90万年前に人類はアフリカだけで生活し人口は数万人から10万人だったが、ある時1000人程度まで人口減少が起きた

この時代の人類の完全な化石は発見されていないが、イェール大学の研究チームは遺伝子の家系図から人類が1280人まで減少したと分析した

地球寒冷化が原因とみられるが極端に多様性が失われた結果、大絶滅の後の人類は脳のサイズが巨大化し現生人類と同じ方向性への変化が始まっていた

本当なら脳が小さい人類との交配で調整される筈なのに98%の人類が消えたため、脳が大きい特徴を持つ人類だけが生き残り70億人まで増えた


90万年前に生き残った1280人の半数が男性だとすると女性は640人だけ、子どもを産めない人も居ただろうから年間の出生数は数十人だったと想像できる

子どもを産むかどうか、生まれた子供を安全に育てられるかは人類の存続問題になり、人類は環境をつくり替えたり家に住んだり集団生活をするなどして存続を図った

野生動物は生まれた子供の半数が1年以内になくなるのが常識だが、それでは人類は滅んでしまうのでどうすれば子供が生き延びるか真剣に考えたでしょう

火を使って食べ物を焼いたり蒸すようになったのもこの頃で、いきなり生肉や生の植物を食べさせるのではなく衛生的で柔らかいものを食べさせるようになったでしょう

人類の自然破壊が始まったのもこの頃からで今のアフリカや中東が砂漠や荒野なのは、人類が100万年近くも放火し続けたからだとも言われています

森に火を放てば「土地」が生れ住めるようになり、肉食動物に襲われなくなり食べられる植物が育つなど良い事づくめだったからでした
https://www.thutmosev.com/archives/304435gt.html
2:777 :

2023/10/28 (Sat) 06:21:14

現生人類の起源
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/735.html

人類進化史
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html

雑記帳 古人類学の記事のまとめ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/592.html

ネット上でよく見かける人類進化に関する誤解
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/774.html

『イヴの七人の娘たち』の想い出とその後の研究の進展
https://sicambre.seesaa.net/article/202304article_26.html

(人類史年表)過去1000万年の気候変動の概要
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/603.html

パナマのサルが石器時代に突入したことが最新研究で判明!
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/899.html

チンパンジーよりもヒトに近いボノボ
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/673.html

人間とチンパンジーのDNAが99%一致するという定説はウソだった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/376.html

チンパンジーが好きな肉は脳? 初期人類も同様か
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/843.html

性の進化論 女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/741.html

人類の寿命
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/759.html

類人猿ギガントピテクス、大きすぎて絶滅していた
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/678.html

アウストラロピテクス属と初期ヒト属の進化過程のギャップを埋める化石発見
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/589.html

北京原人、火の利用を裏付ける新証拠が発見
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/627.html

原人:台湾で新たな化石発見 北京やジャワと別系統
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/575.html

デニソワ人 知られざる祖先の物語
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/675.html

チベット人の高地適応能力、絶滅人類デニソワ人から獲得か
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/497.html

4代前にネアンデルタール人の親、初期人類で判明
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/620.html

日本人はネアンデルタール人の生き残り?
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/105.html

人類の「脱アフリカ」は定説より早かった!? 現代人は13万年前にヨーロッパに到着していた
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/471.html

洞窟壁画の発見は4万年前のアジアでも具象芸術が存在していた事を証明する
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/536.html

なぜ華北黄河流域で天の信仰が、華南長江流域で太陽の信仰が誕生したのか
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/707.html

中国の黄河で4000年前に大洪水が起きた _ 中国・伝説の大洪水、初の証拠を発見
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/714.html

レベッカ・ウラグ・サイクス著『ネアンデルタール』
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14056986

ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14095189

古代DNAに基づくアフリカの人類史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14092942

現代アフリカ人の起源
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14100876

人類最初のアメリカ到達は16,000年以上前であったことが判明
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/613.html

インド アンダマン諸島先住民、米国人宣教師を矢で殺害
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/929.html

アジア東部集団の形成過程
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/739.html

更新世におけるユーラシア東方から西方への大規模な移動
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/756.html

ヨーロッパ人の起源
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007381

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

先住民族は必ず虐殺されて少数民族になる運命にある
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/590.html

氷河時代以降、殆どの劣等民族は皆殺しにされ絶滅した。
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008921
3:777 :

2023/10/29 (Sun) 05:29:23

雑記帳
2023年10月27日
サハラ砂漠以南のアフリカ現代人のゲノムから推測される現生人類とネアンデルタール人との間の遺伝子移入
https://sicambre.seesaa.net/article/202310article_27.html

 サハラ砂漠以南のアフリカの現代人のゲノムから現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との間の遺伝子移入を推測した研究(Harris et al., 2023)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文は、サハラ砂漠以南のアフリカの現代人のゲノムから、解剖学的現代人(anatomically modern human、略してAMH、現生人類)とネアンデルタール人との間の遺伝子移入が双方向で複数回起きたことを示します。本論文は、ネアンデルタール人と現生人類との間の遺伝子移入における遺伝的不適合が、これまで指摘されていたネアンデルタール人から現生人類への方向だけではなく、その逆方向でも起きたことを示しています。これまで、現代人の特定のゲノム領域にネアンデルタール人由来領域がないことは、現生人類よりも人口規模の小さいネアンデルタール人には弱い有害なアレル(対立遺伝子)が蓄積される傾向にあったから、とも説明されていましたが(関連記事)、ネアンデルタール人のゲノムにも現生人類由来の領域の見られない領域があることから、本論文はこうしたゲノム領域の存在が現生人類現生人類とネアンデルタール人との間の種分化に起因する可能性を示しています。


●要約

 ネアンデルタール人のゲノムとAMHのゲノムの比較は、アフリカからユーラシアへのAMHの移住後の交雑に由来する、ネアンデルタール人からAMHへの遺伝子移入の歴史を示しています。サハラ砂漠以南のアフリカ人ではない全てのAMHには、この遺伝子移入に由来するネアンデルタール人と遺伝的に類似したゲノム領域があります。ネアンデルタール人との類似性のあるゲノム領域はサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団でも確認されてきましたが、その起源は不明でした。これらの領域がサハラ砂漠以南のアフリカ全体でどのように分布しているのか、その起源の供給源、ゲノム内の分布が初期AMHとネアンデルタール人の進化について語ることをより深く理解するため、サハラ砂漠以南のアフリカの12の多様な人口集団の18個体から得られた高網羅率の全ゲノム配列のデータセットが分析されました。

 非サハラ砂漠以南アフリカ人の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有するサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団では、そのゲノムの1%ほどが、レヴァントおよびアフリカ北部起源のAMH人口集団の、最近の移住とその後の混合によりもたらされたネアンデルタール人配列に起因しているかもしれません。しかし、サハラ砂漠以南のアフリカ人におけるほとんどのネアンデルタール人と相同な領域は、アフリカからユーラシアへの25万年前頃となるAMH人口集団の移住と、ネアンデルタール人において6%ほどのAMH祖先系統をもたらしたその後のネアンデルタール人との混合に起因します。

 これらの結果から、アフリカからのAMHの移住事象は複数回あり、ネアンデルタール人とAMHの遺伝子流動は双方向だった、と示唆されます。AMHがネアンデルタール人からの遺伝子移入の枯渇を示すゲノム領域が、ネアンデルタール人がAMHからの遺伝子移入の枯渇を示すゲノム領域でもある、との観察は、両集団【AMHとネアンデルタール人】における遺伝子移入された多様体と背景のゲノムとの間の有害な相互作用を示しており、これは最初の種分化の特徴です。


●研究史

 AMHの起源は30万年前頃のサハラ砂漠以南のアフリカにあります(関連記事)。遺伝学と考古学のデータから、AMHは過去75000年間以内の現生人類のアフリカからの拡大まで、おもにサハラ砂漠以南のアフリカに留まっていた、と示唆されます(関連記事1および関連記事2)。アフリカからの拡大中に、AMHの小集団がサハラ砂漠以南のアフリカから移住し、世界の他地域に居住しました。ユーラシアでは、AMHが765000~550000年前頃にAMHと分岐した(関連記事)古代型のヒトであるネアンデルタール人と遭遇しました。AMHとネアンデルタール人との交雑は54000~40000年前頃に起きました(関連記事)。この交雑の結果として、非アフリカ系AMHのゲノムの2~3%程度はネアンデルタール人に由来します(関連記事)。ネアンデルタール人から遺伝子移入された領域はAMHのゲノム全体で不均一に分布しているわけではなく、自然選択が遺伝子移入されたネアンデルタール人祖先系統を特定の遺伝子座から除去しましたが(関連記事1および関連記事2)、選択が作用した機序は不明です。

 ネアンデルタール人とAMHの交雑はアフリカからの拡大に続いてアフリカ外で起きたので、完全にサハラ砂漠以南のアフリカ人系統を通じて祖先系統がたどれる人口集団は、ネアンデルタール人からの遺伝子移入に由来するゲノムの相当量を有していない、と予測されます。しかし、非サハラ砂漠以南アフリカ人の祖先系統の量はサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団では大きく日となります。とくにアフリカ東部では、ユーラシア人祖先系統の推定値は過去数年年間以内の移住と混合のため50%にも達します。ユーラシアAMH人口集団からサハラ砂漠以南のアフリカへのこの最近の遺伝子流動の歴史は、ネアンデルタール人からの遺伝子移入に由来する一部のサハラ砂漠以南のアフリカ人のゲノム領域をもたらしたかもしれません(関連記事)。

 過去75000年間以内のアフリカからのAMHの主要な移住に加えて、それ以前のAMHのアフリカからの移住の証拠もあり(関連記事1および関連記事2)、この移住はアフリカ外のAMH人口集団のゲノムに実質的には寄与しませんでした(関連記事)。アフリカからのAMHのこれら初期の移住は、遺伝子移入を通じてネアンデルタール人のゲノムにAMH祖先系統をもたらしたかもしれません(関連記事)。ネアンデルタール人がAMHからのいくらかの多様体を有しているかもしれない、との見解は、後期更新世のネアンデルタール人のミトコンドリアが413000~268000年前頃にネアンデルタール人へと遺伝子移入されたアフリカの供給源に由来していた、との観察により示唆されてきました(関連記事)。さらに、ネアンデルタール人とAMHの核ゲノムの比較から、122000年前頃に暮らしていたアルタイ地域ネアンデルタール人(関連記事)は、30万~20万年前頃に起きたAMHとネアンデルタール人との間の交雑から3%程度のAMH祖先系統を有している、と示唆されました(関連記事)。ミトコンドリアと核のゲノムに基づくAMHからネアンデルタール人への遺伝子移入の推定値は両方とも、現存AMHの多様化に先行します(関連記事)。

 最近の分析(関連記事)は、ネアンデルタール人とAMHのゲノム間の相同領域を特定し、ネアンデルタール人相同領域(Neanderthal homologous region、略してNHR)と命名しました。その研究では、1000人ゲノム計画に含まれ、全員ニジェール・コンゴ語族を話し、アフリカ中央部および西部において比較的最近の共通祖先系統を有しているサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団において、NHRが特定されました。NHRは2種類の可能性があります。一方は、アフリカからの拡大後に起きたネアンデルタール人からAMHへの遺伝子移入の結果で、本論文ではネアンデルタール人からの遺伝子移入領域(Neanderthal introgressed regions、略してNIR)と呼ばれ、もう一方はアフリカからの拡大前に起きたAMHからネアンデルタール人への遺伝子移入事象の結果で、本論文ではAMHからの遺伝子移入領域(AMH introgressed regions、AMHIR)と呼ばれます。

 先行研究(関連記事)では、ヨーロッパ人系統と関連する人口集団からの逆移住とその後の混合、およびAMHからネアンデルタール人への古代の移住とその後の混合の両方が、サハラ砂漠以南のアフリカ人におけるネアンデルタール人祖先系統の兆候に寄与している、と示唆されました。サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団の分析はほぼニジェール・コンゴ語族話者関連祖先系統を有する人口集団に限定されていたので、他のサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団が類似のパターンを示すのかどうか、不明でした。さらに、先行研究(関連記事)はNIRとAMHIRとNHRを直接的に区別できず、サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団においてNHRをもたらした人口統計学的過程に関する問題が残りました。本論文は、カメルーンとボツワナとタンザニアとエチオピアの180個体で構成される12のサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団の遺伝的に多様な一式の分析と、NHRのネアンデルタール人もしくはAMH起源を区別する統計的手法の導入により、サハラ砂漠以南のアフリカ人のNHRの起源、アフリカからの初期のヒト【現生人類】の移住、アフリカへの最近のAMHの帰還、AMHとネアンデルタール人のゲノム分岐と関わる自然選択の力のより複雑な全体像を提示します。


●サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団における現生人類祖先系統の推定

 12の遺伝的に多様なサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団の180個体で構成される、高網羅率(30倍超)の全ゲノム配列決定データセット(関連記事)が分析され、以後このデータセットは「180個体SSA(sub-Saharan African)」データセットと呼ばれます。このデータセットに含まれる人口集団は、全てサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団により話されている4言語系統に属す言語を話し、その生計慣行は多様です。つまり、エチオピアのアムハラ人(Amhara)農耕民の話すアフロ・アジア語族、ボツワナのクー人(!Xoo)およびジュホアン人(Ju|’hoansi)の採食民と、タンザニアの現在もしくは最近まで採食民だったハッザ人(Hadza)とサンダウェ人(Sandawe)の話すコイサン諸語、カメルーンのティカール人(Tikari)農耕民とボツワナのヘレロ人(Herero)牧畜民の話すニジェール・コンゴ語族、エチオピアのムルシ人(Mursi)の話すナイル・サハラ語族です。チャブ人(Chabu)はエチオピア南西部の採食民の小集団で、ナイル・サハラ語族と密接に関連するものの未分類の言語を話します。カメルーンのアフリカ中央部熱帯雨林狩猟採集民(rainforest hunter-gatherers、略してRHG)であるバカ人(Baka)およびバジェリ人(Bagyeli)とフラニ人(Fulani)牧畜民は、ニジェール・コンゴ語族言語を採用してきました(図1B)。以下は本論文の図1です。
画像

 ADMIXTUREを用いて、ヒトゲノム多様性計画(Human Genome Diversity Project、略してHGDP)から得られた高網羅率の全ゲノム配列決定データセットに由来する遺伝子型で構成される世界のデータセット(関連記事)、およびアフリカ北部とレヴァントの人口集団の遺伝子型配列データセットとの統合により、180個体SSAデータセットの個体に世界の遺伝的な祖先の寄与が近似させられました。具体的には、以前のADMIXTURE分析(関連記事)に基づいて、ヨーロッパ人の遺伝的祖先系統の代理的な代表としてのフランスとオークニー島の人口集団、レヴァント人の遺伝的祖先系統の代理的代表としてのベドウィンとドゥルーズ派とパレスチナとシリアの人口集団、アフリカ北部のアラブ人祖先系統の代理的代理としてのアルジェリアとエチオピアとリビアとモロッコ北部および南部とサハラ砂漠の人口集団、アフリカ北部ベルベル人祖先系統の代理的代表としての、アルジェリアのティミムン(Timimoun)およびムザブ(Mozabite)のベルベル人と、モロッコのエラッチディア(Errachidia)およびティズニット(Tiznit)のベルベル人と、チュニジアのシェニニ(Chenini)およびセネド(Sened)のベルベル人、ニジェール・コンゴ語族言語を話すナイジェリアのヨルバ人(Yoruba)集団が含められました(人口集団の分類表示は元の研究での使用に基づいています)。

 K(系統構成要素数)=2~11を用いてのADMIXTURE分析は、多様な祖先系統群を区別しました(図1A)。祖先系統群1は、コイサン諸語話者人口集団(クー人とジュホアン人)において最高頻度です。祖先系統群2は、RHG人口集団において最高頻度です。祖先系統群3は、チャブ人やムルシ人やディズィー人(Dizi)やアムハラ人やサンダウェ人の集団において最高頻度です(サンダウェ人は他の祖先系統と高度に混合しています)。祖先系統群4は、ハッザ人集団において最高頻度です。祖先系統群5は、ヘレロ人やティカール人やヨルバ人において最高頻度です。祖先系統群6はヨーロッパの人口集団において最高頻度で、レヴァントとアフリカ北部のアラブ人集団のほとんどにおいて中程度の頻度です。祖先系統群7はベルベルのレヴァント人口集団において最高頻度で、祖先系統群8はドゥルーズ派のレヴァントの人口集団において最高頻度です。祖先系統群9はアフリカ北部のアラブ語話者およびベルベル人の集団において最高頻度です。K=10では、シリアとパレスチナの人口集団において高頻度である、追加のレヴァント人的祖先系統クラスタ(まとまり)が加えられました。K=11では、チュニジアのシェニニのベルベル人集団でおもに見られるクラスタが識別されました。ADMIXTUREモデル化祖先系統を用いた全ての下流分析はK=9のADMIXTURE分析を最小しており、これが、非サハラアフリカ人祖先系統からサハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統最も明確に示しながら、サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団内の差異を最適に説明します。

 各個体の非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統4群から推測される祖先系統の割合の合計により、非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統の個体の割合がモデル化されます。非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統の割合は180個体SSAデータセットではひじょうに違いが大きく、RHGとジュホアン人とヘレロ人とティカール人の0%から、フラニ人の44%とアムハラ人の62%までの範囲になる、と観察されます。さらに、180個体SSAデータセットにおける非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統の供給源は人口集団間で異なっており、アフリカ東部人口集団(アムハラ人とディズィー人とムルシ人とサンダウェ人)における非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統が、レヴァントの人口集団で観察される推定遺伝的祖先系統と最も類似しているのに対して、カメルーンのフラニ人集団では、アフリカ北部人口集団で観察される推定遺伝的祖先系統と最も類似しています。非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統の供給源におけるこの観察された違いは、アフリカ東部とフラニ人の集団に関する先行研究と一致します。


●ネアンデルタール人の相同領域は全てのサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団で確認されます

 アルタイ地域のネアンデルタール人、つまりシベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ5号を参照ゲノムとして、IBDmix(関連記事)を用いて本論文のデータセットの180個体SSAデータセットの12集団においてNHRが特定されました。サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団すべてでNHRが観察されますが、NHRの累積量、各NHRの平均規模、NHRの総数は、人口集団により大きく異なります(図2A)。以下は本論文の図2です。
画像

 NHRの合計長とNHRの総数と平均的なNHR規模はすべて、個々のADMIXTUREモデル化の非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統と正に相関します(図2B)。クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija)洞窟(関連記事)もしくはアルタイ地域のチャギルスカヤ(Chagyrskaya)洞窟(関連記事)のネアンデルタール人を参照ゲノムとして用いても、NHRが特定されました。累積NHR長における個体差は、NHR呼び出しに用いられた参照ネアンデルタール人ゲノム(デニソワ5号かヴィンディヤ洞窟かチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人個体)に関係なく、類似しています。分析の残りは、参照ゲノムとしてアルタイ地域ネアンデルタール人を用いた場合に特定されたNHRのみが検討されます。


●各ネアンデルタール人相同領域の遺伝子移入の方向性確認

 (1)各人口集団に寄与しているかもしれない人口集団のNHR(もしあるならば)の割合を推定し(図3)、(2)AMHIRもしくはNIRとして人口集団における各NHRを分類するために、AMHIRとNIRの混合としての各サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団のNHRを扱う統計的モデルが開発されました。このモデルは、それら遺伝子座における他の現生人類のハプロタイプからのさまざまな予測される遺伝的距離により、NIRをAMHIRから区別します。NHRがAMHのゲノムに存在しない遺伝子座では、ネアンデルタール人とAMHのハプロタイプ間の遺伝的距離は、ネアンデルタール人とAMHとの間の分岐時間を反映するでしょう(図3A)。

 NIRが存在する遺伝子座では、ネアンデルタール人のハプロタイプとNIRの存在しないAMHのハプロタイプとの間の遺伝的距離も、AMHとネアンデルタール人が分岐して以来の時間を反映するでしょう(NIRハプロタイプはネアンデルタール人の配列に由来しますが、AMH人口集団で分離する非NIRハプロタイプは、非NHR遺伝子座におけるAMHハプロタイプと同様に、ネアンデルタール人のハプロタイプから分岐します。(図3A)。対照的に、AMHIRが存在する遺伝子座では、ネアンデルタール人のハプロタイプとAMHIRなしのAMHのハプロタイプとの間の遺伝的距離は、AMHとネアンデルタール人の分岐よりも新しい分岐を反映しているでしょう(ネアンデルタール人のハプロタイプが、AMHIRおよび非AMHIRのAMHハプロタイプの両方を生み出した祖先的AMH人口集団内に由来するため。図3C)。この非対称性により、NIRとAMHIRとの間を区別できるようになります。以下は本論文の図3です。
画像

 遺伝的距離の基準としてF₂統計の不偏版が用いられ、各AMH人口集団について別々の統計モデルが当てはめられました。各人口集団についてまず、NHRなしのゲノム領域におけるF₂(アルタイ地域ネアンデルタール人、AMH)の実証分布の的に観察された分布が当てはめられ、F₂(アルタイ地域ネアンデルタール人、X)の予測される分布が媒介変数で表記されます。ここでのXは、NIRが人口集団において分離していない遺伝子座でNHRを有さないAMH個体です。AMHIRを含む遺伝子座では、F₂(アルタイ地域ネアンデルタール人、X)はNIRが分離する遺伝子座とは異なる分布(より小さな平均)を有するでしょう。

 媒介変数混合モデルから生成されたものとして、各対象AMH人口集団におけるNHRを含む全ての遺伝子座についてF₂(アルタイ地域ネアンデルタール人、X)の値の完全な分布が扱われ、観察の一部(NIRであるNHRの割合に相当します)はNHRなしの領域における実証的分布のF₂(アルタイ地域ネアンデルタール人、AMH)から抽出され、残りの割合(AMHIRであるNHRに相当します)は未知の代替的分布に由来します。代替的分布はほぼガンマ形状と仮定されますが、それ以外は、代替的分布が生成された特定の過程はモデル化されず、特定の人口史に基づいて本論文の分析は根拠づけられません。この分布は、柔軟な形態と少ない媒介変数と範囲(正の実数全体の集合)の裏づけのある数学的に都合のよい分布として選択されます。アプリケーションでは、小さなF₂値の推定の不正確さにより起こされる誤差を回避するため、ガンマへの離散近似値として負の二項分布が用いられます。

 同時に、3つの媒介変数についてモデルが最適化されます。一つは各分布に由来するNHRの割合を表しており、二つはAMHIRの分布の形状を記載します。次に、各NHRは各分布からの抽出の尤度比に従って、NIRもしくはAMHIRと分類されます。個々のNHRの分類で生じる曖昧さを回避するため、混合モデルから直接的にNIRもしくはAMHIRの合計割合の推定値が抽出されます。多くの場合、とくにADMIXTUREモデル化された非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統をほとんど有さない人口集団では、個々のAMHIRを高い信頼性で特定することが可能です。おもにNIR全体の相対的希少性のため、個々のNIRの割り当てはかなり曖昧になります。しかし、全てのNHRに尤度が直接的に割り当てられるので、累積統計の編集のさいにこの不確実性を正確に考慮できます。

 さまざまな人口集団間のNHRの長さにおける有意な違いが観察され、AMHIRは同じ人口集団のNIRよりも一貫して低くなりました。NIRとAMHIRの長さの分布から正確な生物学的解釈を導き出すためには、IBDmixにより課された人為的境界条件を補正しなければなりません。IBDmixは5万塩基対より短いNHRを識別せず、より短いNHRを省いた省略された長さの分布が生じます。省略された指数分布を各人口集団から得られた観察されたAMHIRおよびNIRの規模に適合させ、観察されていない根底にある省略されていない指数分布の平均NHR規模として最尤率媒介変数を使用することにより、この条件を補正する完全な長さの分布が推定されます。さらに、NIRとNHRの完全な長さの分布をより近似させるため、0.63 cM(センチモルガン)/Mb(百万塩基対)と1.52 cM/Mbの間の組換え率のゲノムの領域内に存在するNHRに焦点が当てられます。極端な値の領域の除外により、下限で5万塩基対を下回るさまざまな確立を有するさまざまな遺伝的長さの区域に起因する乱れが、最小限に抑えられます。各人口集団における省略されていない分布の割合の媒介変数(省略されていない長さの分布の平均の推定値に相当)の範囲は、AMHIRでは28520~38060塩基対、NIRでは45350~52360塩基対です。AMHIRと比較してNIRについて、人口集団数の違いも観察されます。単一のNIRはほぼわずか1~3の人口集団間で共有されていますが、単一のAMHIRは全ての人口集団で共有されていることが多くあります。


●サハラ砂漠以南のアフリカ人におけるネアンデルタール人祖先系統の定量化

 NIRである1集団のNHRの割合は全人口集団では0.0~0.707で(図3)、一部の人口集団はNIRをまったく有していない、したがってネアンデルタール人を通じてたどれる祖先系統を有していない、と示唆されます。ネアンデルタール人からAMHへの遺伝子移入の大半はアフリカではなくユーラシアで起きた、と考えられています。したがって、サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統は、とくにアフリカ東部で高い割合となる、非サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団からの遺伝子流動の証拠のある人口集団のみで予測されます(図1A)。実際、本論文のモデルでは、非サハラ砂漠以南のアフリカ人のADMIXTURE混合モデル化祖先系統を有する人口集団(たとえば、アムハラ人)は、NIRと分類されるNHRの割合が高い(図3D)のに対して、ほぼサハラ砂漠以南のアフリカ人のADMIXTURE混合モデル化祖先系統を有する人口集団(たとえば、RHG)は、NIRをほぼ有していないか、全く有していない(図3E)、と示唆されます。サハラ砂漠以南のアフリカ人のADMIXTURE混合モデル化祖先系統とNIRに分類されるNHRの割合との間の相関は、統計的には高度に優位です。

 NIRで構成されるゲノム個体のゲノムの合計割合は、その個体の非サハラ砂漠以南のアフリカ人のモデル化混合の割合とさらにより強く正に相関しています。信頼区間の下限を使用し、サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団におけるNIRの上限推定値としてNIRの省略された分布について調整すると、おもに砂漠以南のアフリカ人祖先系統を有するアフリカ人個体(チャブ人やジュホアン人やヘレロ人やティカール人)はNIRの累積で最大約519万塩基対を有している、と示唆されます。非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統を有するアフリカの人口集団(アムハラ人やディズィー人やフラニ人やサンダウェ人)では、全ての常染色体にわたる累積NIR配列長の推定値の範囲は1585万~4437万塩基対です。個体のゲノムにおけるNIRの累積量は、ネアンデルタール人起源(ネアンデルタール人祖先系統)であるゲノムの量として解釈されるべきです。したがって、ゲノムの割合として、180個体SSAデータセットにおけるネアンデルタール人祖先系統の範囲は0~1.5%で、アムハラ人とフラニ人において最高水準で観察されます(図4)。以下は本論文の図4です。
画像


●サハラ砂漠以南のアフリカ人におけるネアンデルタール人のハプロタイプには複数の非サハラ砂漠以南のアフリカ起源があります

 ネアンデルタール人の地理的分布はサハラ砂漠以南のアフリカにまで広がっていなかった可能性が高いので、アムハラ人とフラニ人とディズィー人とサンダウェ人の集団で見つかったNIRは、世界の他地域からりAMHの移住と遺伝子流動によりサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団にもたらされたに違いありません。NIRを含むサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団(アムハラ人やフラニ人やディズィー人やサンダウェ人)におけるNIRの人口集団供給源を特定するため、Chromopainterを用いて、これら人口集団のそれぞれからの祖先系統を有する個体のゲノムの割合が、サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団(チャブ人やティカール人やRHGやジュホアン人)と非サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団(オークニー島人やベドウィンやドゥルーズ派やチュニジアのシェニニのベルベル人)両方の参照一式を使用して表されます。

 NIR周辺領域(に加えて両端の10万塩基対の隣接配列)とNIRを含まない領域の制御一式との間の、各Chromopainterモデル化祖先系統の頻度における違い(ΔNIR)が計算されました。この方法では、ΔNIRは、NIRを有する領域がゲノムの残りよりも特定の参照人口集団とどれだけ密接に類似しているのか、定量化します。アムハラ人とフラニ人とディズィー人とサンダウェ人は全員、IR含有領域が非サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団にたどれる祖先系統の過剰を有しているならば予測されるように、そのNIR含有領域において非サハラ砂漠以南のアフリカ人のChromopainterモデル化祖先系統の過剰を有しています。フラニ人では、ヨーロッパ人とアフリカ北部のベルベル人の集団に割り当てられた局所的な祖先系統の痕跡が、最大のΔNIR値を示します。対照的に、アフリカ東部の人口集団では、レヴァント参照人口集団に割り当てられた局所的な祖先系統の痕跡が最大のΔNIR値を示します。これらの観察から、フラニ人のNIRは、アムハラ人やディズィー人やサンダウェ人にNIRをもたらした供給源とは異なる非サハラ砂漠以南のアフリカ人供給源に由来する、と示唆されます。この観察は、フラニ人はアフリカ北部のベルベル人集団と遺伝的祖先系統を共有し、アフリカ東部集団はおもにレヴァントの人口集団からの最近の混合を有している、と示唆した、これらの人口集団のADMIXTURE分析および以前の遺伝学的研究と一致します。


●ネアンデルタール人におけるAMH祖先系統の定量化

 全サハラ砂漠以南のアフリカ人口集団で特定された全AMHIR配列と平均AMHIR規模の相対的に一貫した量から、全AMHはネアンデルタール人と交雑したAMHと同じ共通祖先を有している、と示唆されます。アルタイ地域ネアンデルタール人内で特定されたAMHIRの累積長は、AMH起源であるゲノムの量として解釈されます。NHRの特定のさいにIBDmixによりもたらされたハプロタイプ長の省略を補正し、NIRを殆どもしくは全く有さない(図3E)人口集団(RHG、ティカール人、ヘレロ人、ジュホアン人、クー人)で特定されたAMHIRに焦点を当てた後に、アルタイ地域ネアンデルタール人のゲノムの5.56~6.83%はAMH起源と推定されます。本論文の推定値は、約3~7%(関連記事)や約1~7%といった以前の推定値を洗練し、0.1~2.1%という以前の推定値(関連記事)よりもかなり高くなります。本論文の模擬実験から、AMHIRの量に関する本論文の推定法は、非サハラ砂漠以南のアフリカ人祖先系統を有さない人口集団で評価され、組換えの極端な値を除外するために選別されたゲノム領域から確認されたさいには正確である、と示唆されます。


●ネアンデルタール人のゲノム内におけるAMHからの遺伝子移入の分布に作用する自然選択

 自然選択は、現生人類のゲノム全体でネアンデルタール人から遺伝子移入された多様体の分布形成に役割を果たす、と予測され、選択のさまざまな形態はさまざまなパターンを生み出すでしょう。ネアンデルタール人「砂漠」、つまりネアンデルタール人祖先系統の枯渇が観察されたAMHのゲノム領域が、以前に提案されたように小さな有効人口規模のためネアンデルタール人集団内で蓄積された有害なアレル(対立遺伝子)に対する選択によりおもに引き起こされたならば(関連記事)、これらの遺伝子座においてAMHのアレルを得たネアンデルタール人はこれらの【ネアンデルタール人に蓄積された有害な】変異から逃れる利益を得る、と予測され、これらの領域はAMHIRで濃縮されるでしょう。

 あるいは、ネアンデルタール人の砂漠が遺伝子移入されたアレルと【現生人類の】元々のゲノム背景との間の有害な上位性相互作用によりおもに引き起こされているのならば、これらの遺伝子座においてAMHアレルを有するネアンデルタール人は、これらの遺伝子座においてネアンデルタール人のアレルを有するAMHのように、同様の悪影響を被ることになるでしょう。ネアンデルタール人の進化は、AMHにおけるネアンデルタール人砂漠として特定されているAMHIRの重複領域の枯渇を引き起こす、これらの遺伝子座におけるAMHからの遺伝子移入に対して選択的と予測されます(図5)。以下は本論文の図5です。
画像

 AMHのゲノムで特定されたネアンデルタール人砂漠に相当するネアンデルタール人ゲノムの領域内において、RHGとティカール人とチャブ人とヘレロ人とジュホアン人とクー人(NIRが最低水準の人口集団)で特定された894ヶ所のAMHIRの濃縮もしくは枯渇の検証により、これらのモデルが区別されます。27000個体以上のアイスランド人のゲノム(関連記事)から確認された261ヶ所の古代型(ネアンデルタール人およびデニソワ人からの遺伝子移入)砂漠高解像度の地図と比較すると、わずか155ヶ所のAMHIRがネアンデルタール人ゲノムの相同的な(orthologous)領域内に位置し、これは偶然に予測される数の約半分です。

 1000人ゲノムデータから確認されたネアンデルタール人砂漠8ヶ所のより低解像度の地図と比較すると、わずか37ヶ所のAMHIRがネアンデルタール人のゲノムの相同領域内に位置し、これは偶然に予測される数より約25%少なくなります。95%超の信頼度で詫びだされたAMHIR757ヶ所の部分集合のみを考慮すると、ネアンデルタール人砂漠と重複するAMHIRの同様の枯渇が見られますが、1000人ゲノム計画由来の砂漠一覧は、検出力減少のためもはや統計的に有意ではありません。これの結果は、異種特異的なアレルの組み合わせを嫌う上位性効果の蓄積を通じて始まる種分化のモデルと一致し、現生人類集団で見られる古代型の砂漠が普遍的な有害なネアンデルタール人のアレルに対する直接的選択により引き起こされる、との仮説と一致しません。

 AMHIRの枯渇は、AMHのゲノムにおけるネアンデルタール人砂漠と相同な領域に限りません。すべての注釈付けされた常染色体遺伝子を検討すると、偶然に予測されるより65%少ない領域がAMHIRと重複します。この観察から、交雑個体への自然選択は広範に基づいており、ネアンデルタール人のゲノムの多くの機能的領域からAMH祖先系統を活発に除去したかもしれない、と示唆されます。

 AMHIR領域内における残りの遺伝子も、完全に無作為な組み合わせではありません。遺伝子存在濃縮分析から、特定されたAMHIRには、細胞膜接着分子を介した細胞間接着と関連する遺伝子の統計的に有意な過剰、および数点の密接に関連する分類が含まれる、と示されます。これらの濃縮は適応的遺伝子移入の事例を表しているかもしれませんが、これらの結果は遺伝子移入された遺伝子に対する選択強度の不均一性とも一致します。


●AMHからネアンデルタール人への遺伝子移入の年代

 単一の遺伝子移入事象を除いてネアンデルタール人とAMHとの間の孤立を仮定すると、その遺伝子移入事象の年代が、AMHIRの長さは遺伝子移入以降に経過した時間の関数である速度の媒介変数と組換え率と遺伝子移入の割合で指数関数的に分布する、との予測から推測できます。RHGとティカール人とチャブ人とヘレロ人とジュホアン人とクー人(NIRが最低水準、したがって誤って分類されたNHRに起因する予測誤差が最小の人口集団)から特定されたAMHIRから計算されたこの割合の媒介変数の長さを補正した最尤推定値を用いて、AMHからネアンデルタール人への遺伝子移入の年代が推定されました。

 RHG(RHGについて、このモデルはNIRの存在の可能性が最小と示唆します)に焦点を当てると、補正された平均AMHIRの長さは33287塩基対で、これはAMHからネアンデルタール人への遺伝子移入とアルタイ地域ネアンデルタール人との間に4796世代(95%信頼区間では4046~5598世代)が経過したことを示唆します。アルタイ地域ネアンデルタール人化石の年代は122000年前頃で(関連記事)、ヒトの世代時間が29年と仮定すると、AMHからネアンデルタール人への遺伝子移入は261075年前頃(95%信頼区間で284331~239325年前)に起きました。NIRの割合が低い他の人口集団からの推定値の範囲は、アルタイ地域ネアンデルタール人の4235世代前(244817年前頃)から5250世代前(274238年前頃)です。

 模擬実験から、IBDmixは、長さの範囲の下端に向かって偽陰性がより一般的になるため小さな偏りをもたらす、と示唆されます。したがって、得られるNHRはより長い区域ではわずかに濃縮されており、これらの年代推定値は多ければ10%も新しくなります。これを考慮すると、先行研究(関連記事)における全ての現代人の間の最も深い人口集団の分岐のほとんどの推定値(285000~150000年前頃)の前に、AMHからネアンデルタール人への遺伝子移入が起きたことになります。


●考察

 先行研究(関連記事)と一致して、NHRは全ての標本抽出されたサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団に存在します(図2)。しかし、NHRはハプロタイプの均質な一群ではありません。AMHIRとして分類されるNHR、つまりAMHに起源があり、ネアンデルタール人に遺伝子移入された領域は、全てのサハラ砂漠以南のアフリカ人口集団全体で類似の量で見られます。ネアンデルタール人に起源があり、低水準のこんごうを通じてAMHにもたらされたNIRは、かなりの非サハラ砂漠以南のアフリカ人ADMIXTUREモデル化祖先系統を有する人口集団でほぼ排他的に見られます。さらに、NIRは通常AMHIRより長く、そのより新しい起源と一致します(図3)。NIRとAMHIRのさまざまな地理および長さの分布は、AMHとネアンデルタール人の遺伝子流動の3回事象モデルを裏づけます(図6)。以下は本論文の図6です。
画像

 第一に、アフリカからのAMHの初期の移住は25万年前頃となるAMHからネアンデルタール人への遺伝子移入事象につながり、現代の人口集団に存在するAMHIRとして特定される相同な領域が形成されました。これらの遺伝子移入は、初期の種分化の過程を通じて形成された可能性が高い交雑個体に対する選択により、ネアンデルタール人のゲノムの多くの部分で枯渇しました。これにより、アルタイ地域ネアンデルタール人には約6%のAMH祖先系統が残りましたが、アルタイ地域ネアンデルタール人のそれ以前の祖先は、AMH祖先系統をより大きな割合で有していたでしょう。先行研究(関連記事)は、おそらくネアンデルタール人砂漠のより高解像度の地図の欠如、および選択圧とその手法における遺伝子移入された断片を呼び出す能力とり間の混乱のため、この選択過程の証拠を見つけられませんでした。本論文の分析は、サハラ砂漠以南のアフリカ人のゲノムのより大きな標本(180個体)と、非サハラ砂漠以南のアフリカ人との混合がほとんど若しくはまったくない個体を含んでおり、より高い解像度でネアンデルタール人のゲノムにおけるAMH祖先系統の選択の痕跡の分析が可能になりました。

 第二に、54000~40000年前頃となるネアンデルタール人からAMHへの遺伝子移入事象は、NIRとして識別可能なネアンデルタール人のハプロタイプを非アフリカ系AMH集団へともたらしました。ネアンデルタール人のゲノム内のAMHIRと同様に、NIRは類似の有害な遺伝子相互作用のためAMHのゲノムの同じ領域で枯渇していました。

 第三に、非サハラ砂漠以南のアフリカ人であるAMHの少なくとも2回のその後のサハラ砂漠以南のアフリカへの最近の移住は、遺伝子移入されたネアンデルタール人ハプロタイプ(NIR)を、非サハラ砂漠以南のアフリカ人であるAMHと混合したサハラ砂漠以南のアフリカ人集団にもたらしました。レヴァント地域に現在居住する人々と関連する人々が、アフリカ東部牧畜民にネアンデルタール人由来のハプロタイプをもたらし、フラニ人はアフリカ北部のベルベル人集団と共有される遺伝的祖先系統のため、ネアンデルタール人由来のハプロタイプを有しています。これらの観察は、ゲノム全体の遺伝標識に基づく、アフリカ東部人とフラニ人の集団に関する以前の人口統計学的再構築と一致します。以前に可能性として提起された(関連記事)ような、ネアンデルタール人に由来するハプロタイプもしくはネアンデルタール人祖先系統がサハラ砂漠以南のアフリカ全体に広がっていた、との証拠は見つかりませんでした。ネアンデルタール人祖先系統がAMH内のどこに存在し、どこに存在していないのか理解することは、ネアンデルタール人とAMH両方の古代の移住の理解と、人口史のより複雑なモデルの構築および解釈に重要です。

 AMHIRを生じさせた、25万年前頃と推定されたAMHからネアンデルタール人への遺伝子移入事象は、ネアンデルタール人と、全ての現代人系統の多様化の前に現代人の祖先から分岐したAMHの初期集団のユーラシアにおける共存を必要とします。この事象は現代人集団間の最も深い分岐のほとんどの推定値(285000~150000年前頃に起きた、コイサン人およびアフリカ中央部狩猟採集民集団と他の全ての現代人系統の分岐)の前に起き、AMHのアフリカからの拡大に10万年以上先行します(関連記事)。

 AMHのこの初期に分岐した集団の存在は、21万~17万年前頃となる現代のイスラエル(関連記事)およびギリシア(関連記事)の考古学的証拠と一致します。それは、後期更新世のネアンデルタール人のミトコンドリアにおけるアフリカ人祖先系統(413000~268000年前頃)に関する以前の推測(関連記事)や、30万~20万年前頃となるネアンデルタール人へのAMHからの遺伝子移入を含む人口統計学的モデルと合致するネアンデルタール人のゲノムから再構築された遺伝子系統樹の深さの分布(関連記事)とも一致します。これらのAMHIRを生み出したAMHは、ヒトの系統発生史内で独特な空間を占めています。現存するAMHの外群としてではあるものの、ネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のような古代型のヒトよりもずっと現代人の方と密接に関連しているこの系統は、現生人類における自然選択のより最近の標的を特定と、現生人類史における初期の人口集団分岐解明の強力な情報源であることを証明するかもしれません。


参考文献:
Harris DN. et al.(2023): Diverse African genomes reveal selection on ancient modern human introgressions in Neanderthals. Current Biology.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.066

https://sicambre.seesaa.net/article/202310article_27.html
4:777 :

2023/10/29 (Sun) 05:32:20

雑記帳
2023年10月24日
現生人類の拡大に伴うネアンデルタール人からの遺伝的影響の時空間的差異
https://sicambre.seesaa.net/article/202310article_24.html

 現生人類のアフリカからの拡大に伴うネアンデルタール人からの遺伝的影響の時空間的差異を推定した研究(Quilodrán et al., 2023)が公表されました。ネアンデルタール人と現生人類との遺伝的混合は今では広く認められており、ネアンデルタール人からの遺伝的影響度について、非アフリカ系現代人集団では大きくはないものの有意な地域差があり、具体的にはヨーロッパよりもアジア東部の方でネアンデルタール人由来のゲノム領域の割合が高い、と示されています(関連記事)。この問題についてはさまざまな仮説が提示されてきましたが、本論文は古代ゲノムデータの分析により、その要因を推定しています。


●要約

 現生人類(Homo sapiens)の世界規模の拡大は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の消滅前に始まりました。両種は共存して交雑し、ヨーロッパ人よりもアジア東部人の方でわずかに高い遺伝子移入につながりました。この異なる祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)水準は選択の結果と主張されてきましたが、現生人類の範囲拡大は別の説明を提供するかもしれません。この仮説は、拡大源からの距離が遠くなるにつれて増加する、空間的な遺伝子移入勾配につながるでしょう。

 本論文は、ユーラシア人の古ゲノムの分析により、過去のヒト【現生人類】拡大後のネアンデルタール人からの遺伝子移入の勾配の存在を調べます。出アフリカ拡大は経時的に持続したネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配をもたらした、と本論文では示されます。同じ勾配の方向性を維持しながら、初期新石器時代農耕民の拡大は、アジアの人口集団と比較してのヨーロッパの人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入減少に決定的に寄与しました。これは、ネアンデルタール人に由来するDNAの保有量では、新石器時代農耕民の方がそれ以前の旧石器時代狩猟採集民よりも少なかったからです。本論文では、過去のヒトの人口動態についての推測は古代の遺伝子移入における時空間的差異から可能である、と示されます。


●研究史

 ネアンデルタール人のゲノムの配列決定により、アフリカ外の現生人類のDNAの約2%は、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団のDNAとよりもネアンデルタール人のDNAの方と類似している、と明らかにされてきました。このパターンを説明するため、二つの主要で排他的ではない仮説が提案されてきました。それは、(1)現生人類へのネアンデルタール人のDNA断片の遺伝子移入につながる、出アフリカにおけるネアンデルタール人と現生人類との間の交雑と、(2)サハラ砂漠以南のアフリカ人とよりもネアンデルタール人の方と密接に関連する非アフリカ人の祖先を伴う、アフリカにおける祖先の人口構造から生じる不完全な系統分類です。交雑を支持する証拠は過去10年間で蓄積されてきました(関連記事)。しかし、現生人類とネアンデルタール人との間の交雑事象の回数と年代と場所は、不明確なままです。初期の研究では、中東にける単一の交雑の波動が示唆されましたが、複数の交雑事象との仮説を裏づける研究が増えつつあります(関連記事)。とくに、ユーラシア西部における時空間を超えた複数の交雑事象は、現代の人口集団で観察されるネアンデルタール人祖先系統の水準と一致する、と示されてきました。

 ネアンデルタール人祖先系統は現代のユーラシア人口集団では比較的均一ですが、アジア東部ではヨーロッパよりも約8~24%高い、と示されています(関連記事)。この観察は予想外で、それは、現時点で知られているネアンデルタール人の地理的分布が、ほぼ排他的にユーラシアの西部にあるからです。ユーラシアの東西の人口集団間のネアンデルタール人祖先系統におけるこの違いを説明するため、三つの主要な仮説が提案されてきました。それは、(1)アジア人と比較してヨーロッパ人では有効人口規模がより高く、ヨーロッパ人においては有害なネアンデルタール人のアレル(対立遺伝子)に作用する浄化選択の影響がより強かった、という仮説と、(2)ネアンデルタール人祖先系統をほとんど若しくはまったく有していない仮定的な「基底部(もしくは亡霊)」人口集団からの遺伝子移入に起因する、ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人祖先系統の希釈との仮説(関連記事)と、(3)元々のユーラシアの遺伝子移入の波動が、ヨーロッパとアジアの人口集団間の分岐後に追加の波動により補足され、異なるネアンデルタール人祖先系統水準を生じるに至った、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の複数回の波動との仮説(関連記事)です。

 最近、ヨーロッパ西部とアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統の異なる水準は出アフリカ事象後の現生人類の拡大範囲の結果である、とする追加の仮説が提案されました。人口集団の範囲拡大は重要な進化的結果で、それに含まれるのは、(1)アレル頻度の勾配の生成、(2)中立的か自然選択下にあるかに関わらず、特定のアレルの頻度増加、(3)拡大の軸に沿った遺伝的多様性の減少、(4)有害なアレルの維持による人口集団における変異負荷の増加です。さらに、在来の人口集団との混合が起きると、交雑が限定的だとしても、人口集団は侵入遺伝子プールに対する在来の人口集団の遺伝的寄与を不釣り合いに増加させる傾向にあります。この後者の影響は、生物学的侵入の軸に沿った遺伝子移入の空間的勾配の形成をもたらす、と予測されます(図1A)。この仮定下では、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入は侵入してきた人口集団(つまり、現生人類)において拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加します。

 これは、以下の影響の組み合わせに起因します。それは、(1)起源地から離れていくと、より高い交雑可能性をもたらす、範囲拡大の前線における継続的な交雑事象と、(2)連続創始者効果および人口増加から生じる遺伝的波乗りと、(3)増加し拡大する人口集団と人口統計学的均衡にある在来の人口集団との間の人口統計学的不均衡です。この仮説は、アフリカにおける現生人類拡大の起源地からの地理的距離によるヨーロッパとアジア東部におけるネアンデルタール人祖先系統の異なる水準との説明を提案します。時空間にわたって継続的に起きるこの複数交雑事象との仮定は、先行研究により定義されているように、単一の交雑の波動と区別できないかもしれません。以下は本論文の図1です。
画像

 コンピュータ模擬実験では、範囲拡大の過程は、ユーラシアの両端側からの現在のゲノム情報に基づいて、ヨーロッパアジア東部との間のネアンデルタール人祖先系統における違いを説明できるかもしれない、と示されました。しかし、地理的な遺伝子移入パターン(つまり、勾配の存在)の詳細な調査も、経時的な変化もその研究には含まれていませんでした。さらに、範囲拡大は出アフリカ拡大期だけではなく、他の先史時代の期間にも起きました。これには、ヨーロッパ南東部とアナトリア半島から到来した農耕民が部分的に狩猟採集民を置換したヨーロッパの新石器時代への移行や、ユーラシア草原地帯からの牧畜人口集団の拡大を伴う青銅器時代が含まれます(関連記事)。したがって、最近のヒトの歴史における複数の人口移動は時空間にわたるネアンデルタール人祖先系統の形成に寄与した可能性があり、それは、異なる拡大していく人口集団がさまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有していたかもしれないからです。

 本論文は、範囲拡大仮説と一致する遺伝子移入の空間的勾配がユーラシアで起きたのかどうか、時空間を超えて分布する人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準の調査により研究します。遺伝子移入の時空間的水準は、過去の人口動態に関する貴重な情報を提供する、と本論文では論証され、ヒトの進化史における古代の遺伝子移入水準の形成について、主因として範囲拡大の複数回の事象が示唆されます。


●ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配

 アレン(Allen)古代DNAデータベースから取得された、4464個体の刊行された古代人および現代人(4万年前頃~現在)の拡張データセットが分析されました。以下の人口集団の1つと各ゲノムが関連づけられました。それは、旧石器時代/中石器時代狩猟採集民(HG)、新石器時代/銅器時代農耕民(FA)、他の古代人標本(OT)、現代人標本(MD)です。全てのゲノムについてのF4比を用いてネアンデルタール人からの遺伝子移入が推定され、同じ地理的位置と期間と人口集団のゲノムの値が平気化され、1もしくは複数のゲノムで構成される2625点の標本が得られました(図1B)。

 次に、応答変数として対数変換されたネアンデルタール人祖先系統での線形混合モデル(linear mixed model、略してLMM)の使用により、緯度と経度と年代(現在からさかのぼった年数)と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)とその相互作用の固定効果が調べられました、LMMは、データセットの階層構造や非独立性の処理にとくに有用です。人口集団の無作為効果、これらの集団内で重なる期間(500年間のクラスタ)、データの時空間的自己相関が調べられました。このモデルは全データセットを使用するので、「完全なユーラシア」と呼ばれました。最低の赤池情報量基準(Akaike information criterion、略してAIC)値に基づいて、最適なLMMが保持されました。

 時間参照として全標本の平均年代の考慮により(4200年前頃)、ヨーロッパとアジアの両方において緯度と経度でネアンデルタール人祖先系統の線形関係が観察されました(図2)。これらの地理的パターンは、交雑を伴う人口拡大後の、空間的遺伝子移入勾配の仮説を裏づけます。これは図1Aで図式的に表されており、在来の遺伝子(つまり、ネアンデルタール人)の遺伝子移入が、侵入人口集団(つまり、現生人類)においてその拡大源(つまり、アフリカ)からの距離とともに増加する、と予測されます。ヨーロッパとアジアでは緯度との正の関係が観察されますが(図2A)、経度では対照的な関係が観察され、アジアでは正、ヨーロッパでは負となります(図2B)。

 緯度とともに増加するネアンデルタール人からの遺伝子移入は、ネアンデルタール人と交雑しながらのユーラシア南部地域から北部地域への現生人類の出アフリカ拡大と一致します。経度のパターンは中東における拡大の起源地と一致し、ネアンデルタール人祖先系統は中東からの経度とともに、アジアでは増加が予測されますが、ヨーロッパでは減少します。別の進化圧もこの遺伝子移入勾配に関わっているかもしれませんが(たとえば、空間的に異なる選択圧)、中東における全ての空間的勾配の源で観察された特定のパターンでは、人口集団の範囲拡大が最節約的な説明となります。以下は本論文の図2です。
画像

 あるいは、現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統の空間的差異はユーラシアにおけるネアンデルタール人の不均等な分布に起因するかもしれず、ネアンデルタール人がより多い地域では種間相互作用もより多く起き、局所的交雑の異なるパターンが生じます。出アフリカ後に、アジアよりもヨーロッパの方でより高いネアンデルタール人祖先系統水準が見つかり(図3)、ユーラシアにおけるネアンデルタール人の現在の化石記録と一致し、ヨーロッパではより多くの証拠が蓄積されています。さらに、ユーラシアの南部よりも北部の方でより多くのネアンデルタール人祖先系統を示す本論文の結果は、ヒマラヤ山脈の南方におけるネアンデルタール人の予期せぬ存在を除外できないとしても、ヒマラヤ山脈の北方におけるネアンデルタール人存在の証拠と一致します。それにも関わらず、在来種の不均等な分布の事例でさえ、範囲拡大から生じる侵入人口集団(つまり、現生人類)における遺伝子移入の増加する勾配は、依然として有効な説明かもしれません。たとえば、これは、ユーラシアのネアンデルタール人について当てはまっていたかもしれないように、在来人口集団が地域の一部にしか居住していなかった、とする模擬実験された範囲拡大後に予測されます。以下は本論文の図3です。
画像

 空間的遺伝子移入の類似の勾配は、アフリカ東部における出アフリカ拡大の推定起源地からの地形的距離で緯度と経度を置換した場合や、おそらくは背景選択の影響が少ないデータセットからF4比を計算した場合に観察されます。しかし、本論文の分析は、現在ヨーロッパ西部よりもアジア東部の方でわずかに高水準のネアンデルタール人祖先系統が、ヨーロッパよりもアジアの方での現生人類拡大の起源地からのより長い距離によって説明できるかもしれない、との仮説を裏づけません。この仮説は現代人のDNAデータのみで提起されましたが、本論文の結果は古代DNA標本も検討しました。古ゲノムデータを用いると、2万年以上前の標本では逆のパターンが示され、アジアよりもヨーロッパの方で多くのネアンデルタール人祖先系統が観察されます(図3)。したがって、ヨーロッパよりもアジアの方でネアンデルタール人祖先系統の割合が高いという現在のパターンは、その後の段階で進展したに違いありません。


●ネアンデルタール人祖先系統における時間的差異

 本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の、経度勾配の傾きは過去4万年間で類似したままなのに対して、緯度勾配は経時的に有意に変化した、と示唆されます。緯度パターンはヨーロッパにおいて初期ではより顕著で、3万年前頃には目立たなくなり、ネアンデルタール人祖先系統は全体的に減少します(図3)。これは、ユーラシアにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が現在観察されているように空間全体で均一に分布していたわけではなかった可能性を示唆しますが、この予測はより多くの古ゲノムで確認される必要があり、それは、緯度と時間の相互作用が、最適モデルのみの代わりに全候補モデルの平均を考慮した場合、もはや有意ではないからです。

 経時的なネアンデルタール人祖先系統における差異は、現在議論されています。ヨーロッパ古代人のゲノムはヨーロッパ現代人と比較してネアンデルタール人祖先系統をより多く有している、と提案されてきましたが(関連記事)、この結果は祖先系統推定手順における方法論的価値よりのため、疑問が呈されました(関連記事)。それにも関わらず、ネアンデルタール人祖先系統は現在の2%へと急速に減少する前には、混合時に10%もあったかもしれない、と推定されてきました。本論文では、ネアンデルタール人祖先系統における時間的減少は緯度と関連している、と示されます。

 ヨーロッパ南部の標本は経時的にほぼ一定のネアンデルタール人祖先系統を示しますが、ヨーロッパ北部の標本は4万~2万年前頃に減少を経ました。緯度勾配は大きな変化を経た可能性があり、それは恐らく、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)もしくは他の限定的な氷期において現生人類の経てきた人口の拡大および縮小に起因します。本論文の結果から、この勾配は現代人のデータではさほど明らかになっていない、と示されます(図3)。経度パターンは、過去4万年間でさほど影響を受けてこなかったので、6万~45000年前頃の現生人類の進化において起きた出アフリカ範囲拡大の残存痕跡を表しているかもしれません。

 自然選択は、経時的なネアンデルタール人祖先系統の減少の説明に持ち出されてきましたが(関連記事1および関連記事2)、異なる歴史的過程も重要な役割を果たしたかもしれません。これには、人口の拡大および縮小や、さまざまな水準のネアンデルタール人祖先系統を有する遺伝的に分化した人口集団間の相互作用が含まれます(関連記事1および関連記事2)。ヨーロッパでは、顕著な遺伝的移行が初期新石器時代農耕民の拡大中に起き、そのさいに旧石器時代/中石器時代の狩猟採集民が部分的に置換されました(いわゆる新石器時代移行)。少なくともアナトリア半島からヨーロッパ中央部へのドナウ川経路沿いでは、古遺伝学的分析から、新石器時代への移行の最初の段階は農耕民の移住を通じて起き、続いて第二段階で在来の狩猟採集民との混合が起きた、と明らかにされてきました(関連記事)。この移行は肥沃な三日月地帯では11000年前頃に始まり、ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するその結果は、これまでさほど調査されてきませんでした。


●ヨーロッパにおける狩猟採集民よりも初期農耕民の方で少ないネアンデルタール人祖先系統

 したがって、年代と人口集団全体にわたるネアンデルタール人祖先系統の水準の差異が、より具体的に調べられました(合計2534個体)。OT(他の古代人標本)集団には、FA(新石器時代/銅器時代農耕民)でもHG(旧石器時代/中石器時代狩猟採集民)でもない全ての古代人標本が含まれ、たとえば、青銅器時代やもっと新しい期間です。MD(現代人)集団の標本はこの分析から除外され、それは、ネアンデルタール人祖先系統の時間的差異を調べられないからです(現代のデータは同じ年代に関連づけられています)。人口集団と大陸地域(ヨーロッパもしくはアジア)と年代と相互作用が固定変数として含められ、データセットの空間的自己相関も補正されました。このモデルは「古代ユーラシア」と呼ばれ、それは、古代人標本のみ検討しているからで、その最適なLMM(線形混合モデル)は表S1に示されています。

 ヨーロッパとアジアと人口集団の間の違いに関して年代の影響が観察され、ヨーロッパではとくに明らかですが、FAよりもHGの方で全体的なネアンデルタール人祖先系統の水準は高くなっています(図4)。最初のFAが近東に出現した1万年前頃には、FAとHGとの間の違いはヨーロッパ(HGは0.024±0.001、FAは0.019±0.001)とアジア(HGは0.022±0.001、FAは0.018±0.001)において有意でした。農耕が充分に確立したものの、HG人口集団が存続していた6000年前頃には、ネアンデルタール人祖先系統はヨーロッパにおいてHG人口集団(0.023±0.001)とFA人口集団(0.020±0.0002)との間で、またHG人口集団とOT人口集団(0.020±0.0003)の間で有意でしたが、FA人口集団とOT人口集団との間では有意ではありませんでした。同様の状況はこの時点でのアジアでも観察されました。

 全体的にこれが意味するのは、初期のFAは同じ地域のそれ以前のHGよりもネアンデルタール人祖先系統が少ない、ということです。この違いは経時的に消滅し、それは、FAにおけるネアンデルタール人祖先系統の水準が両地理的地域【ヨーロッパとアジア】においてHGとの共存期間中に増加したからです(図4)。後期のHGとFAとの間の混合は、おそらく経時的なHGにおけるネアンデルタール人祖先系統の減少の一部を説明できますが、この現象は1万年前頃となる農耕出現の前に始まっているようなので(図4)、HGとFAとの間の混合は多分、唯一の要因ではありません。しかし、3万~2万年前頃には古代人の標本が稀で、存在しない場合さえあるので、この結果は慎重に解釈すべきです。さらなるデータと研究が、この特定の時点の解明に役立つかもしれません。アジアのFAはHGの平均水準に達しましたが、ヨーロッパのFAはそうした高水準に達しませんでした(図4)。したがってFAは、以前に提案されたように(関連記事1および関連記事2)、ユーラシア西部でネアンデルタール人祖先系統を希釈した人口集団として機能したかもしれません。以下は本論文の図4です。
画像

 ネアンデルタール人祖先系統の水準が異なっていた人口集団の範囲拡大の複数事象は、ネアンデルタール人祖先系統における時空間的変化への説明を提供できるかもしれません。本論文の結果は、過去のヒトの範囲拡大(つまり、HG、次にFA)がネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成に寄与し、その水準はアジア南西部におけるその起源地から増加していく、という上述の仮説を裏づけます(図2および図3)。出アフリカの期間に、HGは拡大につれてネアンデルタール人からの遺伝子移入を蓄積していき、これは範囲拡大仮説と一致します。ユーラシア西部への第二、つまり初期FAの範囲拡大は、この地域におけるネアンデルタール人祖先系統の全体的な希釈の説明に重要です。最初期のFAはアナトリア半島とレヴァントのHG人口集団に由来し、出アフリカ拡大の起源地への地理的近さから予測されるように、ヨーロッパの他地域のHG人口集団よりもネアンデルタール人祖先系統は低水準です。FAとOTの人口集団間で顕著な違いがないので、草原地帯牧畜民のその後の拡大はさほど大きな影響を及ぼさなかったようですが、本論文のOT集団にはさまざまな文化期の人口集団が含まれているので、これにはより詳細な説明が必要でしょう。


●ヨーロッパの農耕民と狩猟採集民における空間的勾配

 本論文は次に、アジアよりも古ゲノムが密で均一に分布しているため、ヨーロッパに分析を集中させることにしました。アジアでは、旧石器時代と新石器時代はより大きな地域にまたがる少数の標本(標本が、ヨーロッパでは1517点に対してヨーロッパの4倍の広さのアジアでは1108点です)で表されています(図1B)。さらに、アジアの複数の場所で栽培化された植物と家畜化された動物が出現しており、過去のFAの人口動態の説明がヨーロッパよりも困難になっています。

 ヨーロッパに限定された部分標本(1517点)の使用により、時間の固定効果を制御しながら、ネアンデルタール人祖先系統に対する緯度と経度と人口集団(HGとFAとOTとMD)の影響が調べられました。MD標本における時間的差異の欠如のため、時間と人口集団との間の交差水準相互作用が除外されました。LMMは「ヨーロッパ」と呼ばれ、その最良版が表S1に示されています。経度と人口集団との間の相互作用は有意ではなく、緯度と人口集団との間の相互作用とともに、モデル選択時に除外されました。人口集団間の違いの欠如が検出力の欠如に起因する可能性を排除できませんが、これが示唆するのは、図2で示されている負の経度および正の緯度の傾向が、他の文化集団と比較してのHGにおけるより高いネアンデルタール人祖先系統にも関わらず、ヨーロッパでは全ての人口集団でそのまま留まっている、ということです(図5)。緯度と経度との間の相互作用は有意で、その遺伝子移入の傾斜が全ての人口集団で相互依存だったことを意味します(図5)。

 全ての固定変数相互作用を含む完全なモデルが検討されると、変化した唯一の空間的勾配はFAと比較してのHGでの緯度の傾斜です。HGについての結果は旧石器時代の標本の少なさに影響を受けているかもしれませんが、この分析から、この期間には緯度の差異が経度の差異よりも大きく変化したかもしれない、と示唆されます(図3および図5)。LGMと関連する旧石器時代における人口の拡大および縮小のさまざまな事象は、経度で見られる勾配よりも緯度の勾配の方に影響を及ぼしたかもしれません。全体的に、空間の傾向はさまざまな期間にわたって類似したままで、MD標本では顕著ではなくなり、HGではネアンデルタール人祖先系統がより多くなります(図5)。以下は本論文の図5です。
画像

 ヨーロッパでは、旧石器時代における初期のヒトの拡大と新石器時代における農耕拡大がアジア南西部にさかのぼり、アジア南西部ではネアンデルタール人祖先系統が最低水準と推定されました。ヨーロッパ(図5の赤色)とFAの起源地であるアナトリア半島(図5の青色)のHG間のネアンデルタール人祖先系統の違いは、初期FAがヨーロッパ中に拡大したさいにネアンデルタール人祖先系統の全体的な低下に寄与した理由を説明しています。最近になって、レヴァントとアラビア半島南部の現代の人口集団は、ユーラシア北部の人口集団よりも依然としてネアンデルタール人祖先系統が少ない、と分かったことに要注意です。

 拡大仮説によると、HGがヨーロッパ中に広がるにつれて、そのネアンデルタール人からの遺伝子移入の水準は、遺伝子の希釈および波乗りと関連する確率論的人口統計学的および移住の過程のため増加し、これはHGで観察されるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配を説明します(図5)。その後、HGの拡大とほぼ同じ方向に沿って、新石器時代に第二の拡大が起きました。その結果、HGにすでに存在していた空間的勾配は、HGとFAの両人口集団が混合したため、FAで維持されました(図5)。さらに、10200~3800年前頃の古ゲノムを分析すると、FA祖先系統はヨーロッパにおいてネアンデルタール人祖先系統と負に関連している、と示されました。この負の関係は、FA拡大の開始以来、時間の経過とともに強まりました。

 以前に指摘されたように、ヨーロッパにおいて南東部から北西部への遺伝的勾配の唯一の観察は、FAの拡大に関して情報をもたらさず、それは、この勾配がそれ以前のHG拡大期に形成されたかもしれないからです。本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の勾配はHGの範囲拡大中に形成され、同じ一般的方向性を維持しながら、新石器時代移行においてFAのその後の拡大により影響を受けた、と示唆されます。FAは当初HGよりネアンデルタール人祖先系統が少なかったので、混合したヨーロッパの人口集団ではネアンデルタール人祖先系統の平均量が低下しました。これは、新石器時代の古ゲノム研究により裏づけられる部分的な置換を伴う人口拡大のモデルに相当します。


●ネアンデルタール人祖先系統の分布に対するヒトの範囲拡大の影響

 本論文の調査結果は、現生人類のネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配の形成における過去の範囲拡大の影響を浮き彫りにします。これらの祖先系統水準は過去においてより空間的に不均一で、人口移動と移住から生じた遺伝子流動の影響下で完新世にはより均一になった、と観察されました。さまざまな地域とさまざまな文化的背景(HGとFA)の人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の水準を分析すると、複雑な人口移動と遺伝的相互作用が反映されています。HGにおけるネアンデルタール人祖先系統の空間的勾配は、出アフリカ拡大における現生人類の範囲拡大のモデルと一致します。

 この最初の拡大の後に、ネアンデルタール人祖先系統の水準はユーラシアの東部よりも西部の方でわずかに高くなります。その後、新石器時代移行期にヨーロッパでは、南東部から北西部への、より少ないネアンデルタール人祖先系統を有する初期FAの第二の範囲拡大が起きました。この第二の範囲拡大は、現在観察されるアジア東部よりもヨーロッパ西部の方で少ないネアンデルタール人祖先系統というパターンの説明に不可欠です。したがって、本論文の結果は、ユーラシアの西部と比較して東部の方でわずかに多いネアンデルタール人祖先系統が、4万年前頃に起きた現生人類の出アフリカ拡大中の人口動態に起因する、との仮説を裏づけません。

 代わりに本論文の結果から、ネアンデルタール人祖先系統の現在の地理的不均一は、より新しい1万年前頃となる新石器時代拡大中に起きた動態に起因する、と明らかになります。初期FA人口集団はHGと混合し、HG祖先系統の漸進的増加と、その結果としての、FA人口集団におけるネアンデルタール人祖先系統の増加につながりました。初期FAは以前特定された「基底部ユーラシア人」系統に遺伝的には部分的に由来する、と提案されてきました(関連記事)。この系統は、他のユーラシアHG人口集団がネアンデルタール人と混合する前に他のユーラシアHG人口集団と分岐したので、ネアンデルタール人祖先系統が少ない、と考えられています。「基底部ユーラシア人」の元々の場所はアラビア半島だったかもしれない、と示唆されており(関連記事)、アラビア半島は出アフリカ拡大の起源地に近いので、範囲拡大仮説と一致します。したがって、FAによるHGの部分的置換は、ユーラシアの東部よりも西部の方でネアンデルタール人祖先系統の水準低下に寄与しました。

 選択がヨーロッパとアアジアとの間の違いの説明に持ち出されましたが(関連記事)、歴史的な範囲拡大との中立的仮説は、ヒトにおけるネアンデルタール人祖先系統の過去と現在のパターンの説明に充分です。このモデルは、アジアの東西間の人口規模もしくは世代時間の違いもネアンデルタール人祖先系統のパターン形成に役割を果たした、という可能性を排除しませんが、空間的文脈における遺伝的多様性人口動態と生活史の特徴の影響は評価が簡単ではないので、これらの側面に焦点を当てたモデル化研究が必要でしょう。さらに、範囲拡大モデルと混合の波動数との間の関係は、波動の定義に依拠します。

 本論文の結果は、出アフリカ拡大中に時空間的に分散した一連の連続的な交雑事象と一致し、これは1回の主要な混合の波動と考えることができます。現生人類における古代型ホモ属の遺伝物質の移入はおそらく、最初の段階で対抗選択されましたが、ネアンデルタール人からの遺伝子移入量が約2%と経時的に安定している事実から、遺伝子移入されたDNAのこの残りの小さな割合が、一般的には中立もしくはほぼ中立で進化したと考えることができる、と示唆されます。この仮定は、古代型ホモ属からの遺伝子移入が遺伝子の豊富な領域においてより稀である傾向にある、という観察(関連記事)によっても裏づけられます。

 しかし、この一般的パターンには例外があり、免疫系(関連記事)や肌の色素沈着(関連記事)や高度(関連記事)と関連する適応的な遺伝子移入が示されており、局所的な環境条件と病原体へのより優れた適応を提供します。さらに、現在の人口集団では、古代型人類から遺伝子移入された幾つかの遺伝子座が、神経学や精神医学や免疫学や皮膚科学や食事障害などの疾患危険性(関連記事)に、正もしくは負の影響を及ぼしているようです。したがって、ヒトの人口動態と移住から生じた遺伝子移入の中立的パターンの記載は、中立的背景の外れ値として選択下にある遺伝子座(正もしくは負)のより適切な検出を可能にするのに重要です。それは、ヒト免疫系の進化に対する過去の感染症の影響の再構築に役立てるでしょう。

 別のモデル化手法と組み合わせた最古の期間の追加の古ゲノムデータは、類似の多様性パターンにつながる進化過程のより詳細な理解を可能とするはずです。これらの発展は、現生人類内の人口動態、およびネアンデルタール人や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など他の絶滅した古代型種との相互作用、この両方のより深い理解を提供するでしょう。


参考文献:
Quilodrán C. et al.(2023): Past human expansions shaped the spatial pattern of Neanderthal ancestry. Science Advances, 9, 42, eadg9817.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adg9817

https://sicambre.seesaa.net/article/202310article_24.html
5:777 :

2023/11/25 (Sat) 10:54:49

雑記帳
2023年11月25日

伊谷原一、三砂ちづる『ヒトはどこからきたのか サバンナと森の類人猿から』
https://sicambre.seesaa.net/article/202311article_25.html

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%92%E3%83%88%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%E2%94%80%E2%94%80%E3%82%B5%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%81%A8%E6%A3%AE%E3%81%AE%E9%A1%9E%E4%BA%BA%E7%8C%BF%E3%81%8B%E3%82%89-%E4%BC%8A%E8%B0%B7-%E5%8E%9F%E4%B8%80/dp/4750517860

 亜紀書房より2023年3月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は著者2人の対談形式になっており、おもに三砂ちづる氏が伊谷原一氏に質問し、対談が進行しています。まず指摘されているのが、人類は森林から開けたサバンナに進出して誕生した、との見解には確たる証拠がないことです。ヒト上科の化石は、人類でも非人類でも、まだ熱帯多雨林から発見されておらず、乾燥帯から発見されている、というわけです。もちろん、熱帯多雨林では土壌の湿度の高さによる微生物の活発な活動のため、骨はすぐに分解される、とは以前から指摘されています。ただ本書は、現時点での化石証拠から、ヒトと非ヒト類人猿の共通祖先が乾燥帯もしくは森と乾燥帯の境界で生息しており、ヒトの祖先が乾燥帯に残った一方で、非ヒト類人猿は森に入り込んだのかもしれない、と指摘します。

 ヒトの祖先が乾燥帯に留まれた理由としては肉食が挙げられており、現生チンパンジー(Pan troglodytes)にも見られる肉食は、共通祖先に由来する行動だったかもしれない、と本書は推測します。アフリカの非ヒト現生類人猿(チンパンジー属とゴリラ属)の移動形態は、四足歩行時にはナックル歩行(ナックルウォーク)で、それは祖先が二足歩行していたからではないか、と本書は指摘します。その傍証として本書は、チンパンジー属のボノボ(Pan paniscus)が上手に二足歩行することを挙げています。現生チンパンジー属やゴリラ属の祖先はかつて二足歩行で、その後で森に戻ったさいにナックル歩行になったのではないか、というわけです。

 本書は京都大学の霊長類学を中心とした日本の霊長類研究史にもなっており、行動学や生態学を基本とする欧米の動物学に対して、日本の動物学は動物に社会があるとの前提から始まっていて、日本の霊長類研究もそれを継承し、「社会学」になっている、と違いを指摘します。霊長類には安定した集団構造があり、「社会」も存在する、との日本人研究者の主張はやがて世界的に認められるようになっていきますが、チンパンジーの集団を「単位集団(unit group)」と命名したのは西田利貞氏です。本書によると、欧米の研究者が同じ意味で「community」を用いるのは、「黄色いサル」である日本人による名称は使いたくないからとのことですが、この指摘はとりあえず参考情報に留めておきます。

 家族については、今西錦司氏はその条件として、(1)近親相姦の禁忌、(2)外婚制、(3)分業、(4)近隣関係を挙げ、伊谷純一郎氏はそれに、(5)配偶関係の独占の確立、(6)どちらの性によってその集団が継承されていくこと、を追加しました。非ヒト霊長類でこれら全ての条件を満たす分類群は存在しません。本書は今西錦司氏について、悪く言えば「広く浅い」人で、その学説は現在では否定されているものの、直感は素晴らしく、若い研究者に大きな刺激と示唆を与えた、と評価しています。

 チンパンジーの繁殖について興味深いのは、集団にいないか、雄と雌で分けられて育てられると、集団に入れられても繁殖を行なわない、ということです。ただ、雄の場合は精液を床に落とし、雌の場合は性皮が腫れることもあるので、性的欲求自体はあるようです。しかし、適切な時期に周囲の繁殖行動を見て学習しいないと、繁殖行動のやり方が分からないのではないか、と本書は推測します。これはゴリラも同様で、大型霊長類以外の動物では、飼育下で放置していても繁殖行動を示すそうです。


参考文献:
伊谷原一、三砂ちづる(2023) 『ヒトはどこからきたのか サバンナと森の類人猿から』(亜紀書房)

https://sicambre.seesaa.net/article/202311article_25.html
6:777 :

2023/12/11 (Mon) 14:28:16

ヨーロッパ人と東アジア人は同一集団の子孫~2022年の研究で明らかになったアフリカ人、東西ユーラシア人の分岐と人種の成立過程~
LEMURIA CH/レムリア・チャンネル
2023/02/18
https://www.youtube.com/watch?v=pzLQVY-xOmQ&t=120s

古代の化石に残るDNAを解析する技術の進展により、化石の形態では分からなかったホモ・サピエンスの進化の過程が明らかになってきました。
アウストラロピテクス、ホモ・エレクトゥス、ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・アンテセソール(ホモ・アンテセッサー)、ネアンデルタール人、デニソワ人などの絶滅人類とホモ・サピエンスとの関係についても従来の説が次々と塗り替えられています。
今回はホモ・サピエンスの進化と人種の形成過程について最新の研究を交え解説していきます。

人類の起源-古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」
https://amzn.to/416LMkx
Kindle版
https://amzn.to/3S7C2CK

交雑する人類 古代DNAが解き明かす新サピエンス史
https://amzn.to/3WLzvie
Kindle版
https://amzn.to/3RcJyvD

  • 名前: E-mail(省略可):

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.