Anthony Glyn 001(左 / アンソニー・グリン卿)
「フェア・プレー」については、有名なイギリス人作家のアンソニー・グリン卿(Sir Anthony Glyn)が述べている。小説や随筆を書いたアンソニー卿は、二代目のダヴソン準男爵(2 nd Baronet Davson)で、本名は「アンソニー・ジェフリー・レオ・サイモン・ダヴソン(Anthony Geoffrey Leo Simon Davson)」という。「グリン」というペンネームは祖母の家族名から借りたそうだ。彼は名門のパブリックスクールに通い、母校のイートン(Eaton)を卒業すると、軍人の道を歩いたそうだ。彼はウェイルズの連隊を率いる陸軍大尉にまでなった。
アンソニー卿は『ブリテン人の血(The Blood of a Britishman)』という随筆本の中で、「フェア・プレー」について語っていた。この言葉は、「ブリテン人の子供達が何処でも、すなわち、アスコットにある授業料が高くて優等生が集まる寄宿舎学校から、大都会にある地元の小学校に至るまで、常に繰り返して口にする言葉である。教室に、廊下に、運動場あるいは遊技場で、この言葉が木霊(こだま)する」*そうである。
*註/ Anthony Glyn, The British : Portrait of a People, (New York : Putnam's Sons), 1970 , pp.204-205. ちなみに、英国版では『The Blood of a Britishman』という書名となっている。また、一般的に「ブリテン人」と言えば、イギリス人やスコット人、アイリス人、ウェイルズ人を含めた総称で、日本人が思い描く「イギリス人」とは限らない。ついでに言うと、筆者は形容詞の「イギリス」を固有名詞(国名)として使わないことにしている。なぜなら、所謂「英国」は、「イングランド」か「ブリテン連合王国」と呼んだ方が適切と思っているからだ。
専制支配に馴れた民族と違い、ブリテン人は「法による統治(rule of law)」を尊ぶ。なぜなら、人間の支配に屈すると、いつ何をされるのか前もって判らないからだ。歴史を通して形成され、知性による設計物でない慣習法は、王侯貴族や貧乏人を問わず、誰に対してもほぼ公平で、恣意的な動きが無い。もし、あることをすれば罰せられると誰にでも解っていれば、庶民はそれに抵触せぬよう注意して生活するだろう。だが、近代では左翼の「人定法(positive law)」が流行し、無理筋の法律が議会で可決されている。つまり、議員を操る官僚や富豪が「立法(legislation)」を利用して、自らの利益を謀っているということだ。(lawと legislationについては別の機会で説明したい。)
ギリシア神話だと、不正をはたらく神様は珍しくないが、ズルをする神様なんてブリテン人では考えられない。偉い神様だってルールに従うべし、というのがブリテン人の常識だ。それゆえ、ブリテン人がフランス流の「朕は国家なり(L'État c'est moi.」という言葉を聞けば虫唾が走るそうだ。(上掲書、p.207.)一方、フランス人は矢鱈とデモクラシーを強調するが、その国家が繁栄するのは絶大な権力を持つ国王が君臨する時、というから面白い。例えば、「アウグストス」と呼ばれたフィリップ2世(Philippe Auguste)、法律顧問(レジスト)を従えてローマ教皇に対抗した「美王」のフィリップ4世(Philippe le Bel)、「太陽王(le Roi Soleil)」で有名なルイ14世、フランスの「偉大さ(grandeur)」を口癖にしたシャルル・ド=ゴール大統領。これに加え、皇帝になった独裁者のナポレオン・ボナパルトを挙げれば判るだろう。
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