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人気でも減るギョウジャニンニク、収穫まで8年、時間が栽培のハードルに

1:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/12 (Sun) 17:24:23

人気でも減るギョウジャニンニク、収穫まで8年、時間が栽培のハードルに<北の食☆トレンド>
2023年3月12日
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/814261/

 北海道の春を象徴する山菜、ギョウジャニンニクの生産量が減っています。北海道庁の統計によると、2020年の生産量は1・9トンと8年前と比べて3割弱の水準まで落ち込んでいます。山に生えている天然の資源の採集量が減っているほか、成長が遅いため、畑を使った人工栽培も増えていません。独特な風味を持つギョウジャニンニクの人気は高いものの、十分な量を確保できなくなりつつあります。
 根室管内中標津町内の国道272号を走っていると、大きなギョウジャニンニクの看板が目にとまります。


 看板の立っている場所に、バイオプランツファームのギョウジャニンニクの生産施設があります。取材に訪れた3月6日も屋内に置かれたギョウジャニンニクの株から、緑と紫と白のカラフルな芽がにょきにょきと姿を現していました。
中標津町の国道沿いの施設で栽培されているギョウジャニンニク(3月6日撮影)
中標津町の国道沿いの施設で栽培されているギョウジャニンニク(3月6日撮影)

 代表の井芹(いせり)靖彦さん(83)は中標津町内の武佐岳山麓に1・9ヘクタールの土地を借りて、ギョウジャニンニクの株を生産しています。雪に埋もれてしまう前の秋の段階で、収穫時期を迎える株を掘り出します。寒い外気の下に置いておけば、芽は生えてきませんが、温かい施設の中に株を入れると、芽はぐんぐん育ちます。まだ、中標津町内の畑は雪に覆われていますが、屋内で栽培するギョウジャニンニクは3月上旬、すでに出荷が始まっていました。

 北海道の農業改良普及センターの普及員として働いていた井芹さんは、中標津に赴任した1995年から、地域の住民とギョウジャニンニクなどの山菜の研究会を立ち上げ、山菜生産者のグループを組織します。2000年に定年退職すると、ギョウジャニンニクの栽培に力を入れ、03年からは外部向け販売を開始。07年に現在の屋内栽培施設を作り上げました。北海道内における、ギョウジャニンニク栽培の草分け的な存在です。


■減る生産量 天然物も人工栽培も
 井芹さんの生産するギョウジャニンニクはその太さに特徴があり、栄養価の高い白い茎の部分を長く栽培しています。アスパラガスもより太いものがおいしいとされますが、「ギョウジャニンニクも同じです。太い方が味がしっかりしておいしい」といいます。
 ただ、生産量は3月下旬から収穫を始める露地物と合わせても、2022年は220キログラムほどにとどまっています。4~5年前は収穫作業を週6日することで400キログラムほどの収穫を確保していましたが、コロナ禍で需要が落ち込んだほか、人手不足もあって、最近は収穫規模を維持することが難しくなっています。
 生産の担い手が増えないのはギョウジャニンニクの生育の遅さにも要因があるそうです。「太いギョウジャニンニクを栽培するには、株を植えてから8年はかかります。その間、売り上げにはならない。忍耐の必要な作物なんです」。現在、生産しているギョウジャニンニクは井芹さんが8年前から育てた株なのです。また、9年目以降は芽の生産力が落ちてしまうので、新しい株を常に作り続けることも必要になります。

 もっとも、ギョウジャニンニクは北海道各地の山林に自生しており、雪解けとともに多くの人が山に入って、採っています。北海道水産林務部の調査では畑で作る人工栽培と、山で採取する天然物とに分けて生産量を調査しています。

 天候などによって生産量の変動が大きいほか、個人が趣味として採取する量も多く、統計に現れない生産量も大きいとみられていますが、年を追って減少している傾向がみてとれます。「コロナ禍や担い手の高齢化もあって、山に入って天然に生えているギョウジャニンニクを採取する人が減っています。一方、人工栽培は収穫までの時間がかかるため、リスクを考えると参入しにくい面がありそうです」(北海道水産林務部)
 ニンニクやニラを思わせる独特の香りが特徴のギョウジャニンニクは、天ぷらにしても炒め物にしても味わい深く、北海道の春を告げる人気の山菜です。しかし、旺盛な需要に対し、供給は追いついていません。ギョウジャニンニクの品不足から、卸売市場や健康食品の生産の現場でも異変が生じていました。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/814261/
2:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/12 (Sun) 17:37:15

ギョウジャニンニクとイヌサフラン(有毒)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/863.html

山菜を食べよう
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/459.html

癌に効く薬草
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/555.html

アイヌの食文化
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/182.html

狩猟採集民・原始農耕民の料理
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/460.html

雪日記 _ 雪山グルメ・山菜
http://www.asyura2.com/21/reki7/msg/465.html



3:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/12 (Sun) 17:37:51

山菜を食べよう _ クサソテツ(こごめ)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/853.html

山菜を食べよう _ ヨモギ
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/929.html

山菜を食べよう _ シオデ
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/918.html

山菜を食べよう _ ワラビ
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/905.html

山菜を食べよう _ チシマザサ(根曲がり竹)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/888.html

山菜を食べよう _ ウド
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/885.html

山菜を食べよう _ カタクリ
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/881.html

山菜を食べよう _ コシアブラ
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/878.html

山菜を食べよう _ オオバギボウシ(ウルイ)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/869.html

山菜を食べよう _ アケビ(木の芽)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/868.html

山菜を食べよう _ オオバギボウシ(ウルイ)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/855.html

山菜を食べよう _ ふきのとう
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/854.html


▲△▽▼


ニリンソウ と トリカブト(有毒)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/864.html

毒キノコ「ツキヨタケ」の食中毒発生が続いている
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1133.html

マツタケが絶滅危惧種に
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1071.html


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風邪は 強酸性温泉水 と ドクダミ茶(ジュウヤク) で治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/732.html

癌はニンニクで治そう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/731.html

癌に効く薬草
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/555.html

ギョウジャニンニクとイヌサフラン(有毒)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/863.html
4:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/12 (Sun) 17:38:24

アイヌのシャーマンの薬草を使った難病の治療

ウテキアニ(育みわかちあう愛) 青木愛子ババの一周忌に思う

1989年の秋、日本列島の「気の文化」を考える上で、また日本人の生き方を見つめ直す上でも国内の先住民族・アイヌの伝統文化を学ぶことが最も重要なことだと考えた津村喬さんから、「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修名で私と連れ合いにコーディネートをしてほしいという要請があった。 

その前年、私は一年近くアイヌの人達と仕事をしたおかげで、道内のかなりの数のアイヌの人達と知り合っていた。とりわけアイヌ語でカムイノミ(神事)のできるエカシ(長老)や伝統的な女の手仕事を身に付けているフチ(おばあさんの尊敬語)との出会いは強烈で、北海道で生まれ育ってはいたものの今まで実際には知る機会がなかった目に見えない世界・魂の領域を私が意識するようになれたのもこの頃からだった。

 ぜひ年内に第一回目を実施したいという津村さんからの要請を引き受けてはみたものの具体的な提案はなく、全てこちらにおまかせ方式。これは大変な課題を背負ってしまったと悩みつつも、自分が出会い感動したアイヌのコスモロジーをなんとか他の人達にも伝えたいという気持ちがいわば私のエネルギーになっていた。

 アイヌの伝統文化の根幹に学ぼうとするならばシャーマニズムは不可欠なものだが、沢山出会ったアイヌの人達から今もシャーマンがいるという話は一度も聞いたことがなかった。よく考えてみれば、和人がいっきにおしよせた明治以降、厳しい同化政策が一方的に進む中でアイヌの信仰やシャーマニズムの世界は特に差別の対象にされてきたのだから、私が知り合ったアイヌの年輩者達がそれらの事を今でもそう簡単に口にすることはできなかったのだろう。

はたして薬草や呪術的な世界に精通したシャーマンは今も存在しているのだろうか。

どういう組み立て方にしようかと考えあぐねた私は、「アイヌ自然医学」というテーマの研修をするならばやはりこの本しかないと思ったのが『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ(樹心社)』だった。

これは札幌在住の写真家で伝承医学研究家の長井博さんが記録した本で、アイヌの伝統医術の世界、とりわけ人間の誕生・出産に関するコスモロジーが青木愛子ババを通して驚くほど豊かに語られていた。

アイヌに関する書籍は次々出版されていたが、この本のように一人の実在するシャーマンの口から伝承医術が具体的に語られている内容のものは当時これ一冊といってよかった。

 表紙の言葉をそのまま紹介すると

「青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて来た産婆術(イコインカル)、診察・治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(クスリ)、整体手技、あるいはシャーマンとしての技量をも駆使して(ウエインカラ ツス ウエポタラ)、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍している。

本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見、その言葉の一つ一つを丹念に記録して、アイヌの信仰と文化の実態に迫った伝承の知恵の書。」

と書かれていた。

 研修の核となりうる存在はこの人だと思ったもののいっさいの噂を耳にしたことがなかった当時の私は、もしかしたら亡くなっているのではという不安をいだきながら大急ぎで愛子ババ探しを始めた。しかし、意外にも出会いは短距離で実現した。ババは二風谷に健在で、親しくしていた樺さんの母方の叔母さんにあたるというのだ。

「連れては行くが、それから先の話は自力でやるように。」と樺さんに念をおされながら私達が訪ねて行ったのは研修実施一ヶ月前の事だった。

初めて訪ねて行った時の愛子ババは、すでに産婆としての現役時代を終えてはいたものの、鋭い眼光でいきなり「アイヌのモンキー見物に来たのか!」と煙草をふかしながら言った。

参ったなあと思うほどこちらを見透かすような強い眼力と迫力で、こういう人には素直にしなくてはと思った途端、

「なしてそんな青っちょろい顔してる。」とババは連れ合いに向かって言いながら自分の近くに手招きした。

私達がそばににじりよるとババはポイと煙草をほおってよこした。

「いいから二回吸ったらババさよこせ。」。

連れ合いが言われるままに煙草を吸いババに戻すと、今度はババがまたその煙草を一口大きく吸い、薪ストーブの焚き口を開けて火の神様にアイヌ語でなにやら祈りはじめた。私達にはアイヌ語は解からなかったが、何か連れ合いのために神々にお願いしてくれているということはよく伝わりありがたい気持ちになった。


 この時、愛子ババは私達と初めて会ったのにもかかわらず、連れ合いが帝王切開かつ仮死状態で生まれ、決して丈夫とはいえない体で育ち、一ヶ月前に母親を癌で亡くしたせいで身も心も疲れており、父親も病弱で心配の種であることなどを瞬時にして感じとっていた。

質問などいっさいなしで、ババの心の中には連れ合いのことが色々観えてしまっていた。ババはこういうふうにいろいろ観えてしまうことを“胸の知らせ”と言っていたが、初対面で私達はいきなりシャーマンが持つウエインカラ(千里眼)の力を思い知らされた。

 祈り終わるとババはすぐに

「ババのこと信じるか。」

とたずね、私達が信じますと心からそう思って答えると、

「ババのことを信じてこの薬草がなくなるまで煎じて飲めば丈夫になる。間違いないから。」

と言いながら部屋中にぶら下がっている薬草の中から連れ合いに必要なものを選び、無造作に渡してよこした。そして何度も

「あんたのためにやる薬だから他の人には絶対やるんじゃないよ。信じて飲めば効くんだから。」

と言った。

その時ババが連れ合いのために選んだ薬草は、ヤマニンジンとシケレベ(きはだの木の実)、キトピロ(行者ニンニク)だった。

この日、私達はアイヌのシャーマンがウエインカラ(千里眼)と薬草術によって人を癒やすことを身をもって体験した。そしてババは一ヶ月後に研修で訪ねて来る人達にも会うことを約束してくれた。

 再び二風谷を訪れるまでの間、連れ合いはババの薬草を毎日煎じて飲み、どのくらいからか記憶はさだかではないが一ヶ月後には慢性的な下痢が止まり、血色の良い顔になっていた。

生まれつき胃腸が弱いせいか下痢状態の便があたりまえだった彼にとってこれは画期的なことで、どんなに沢山食べても痩せていた体に少しづつ肉がつきはじめていた。


■89年12月、慌ただしい師走の隙間をぬうようにして「アイヌ自然医学を訪ねて」の第一回研修ツアーは実施され、冬~夏~秋~春と季節を変えながら4年続き、5年目は京都気功会の企画として、さらに翌年は春なお寒い道北の白樺樹液採集の森を訪ねつつ通算6年間行なわれ、延べ120人余りの人達が参加した。

 研修内容は毎回かならず二風谷を訪ねて愛子ババと歓談することをはじめ、大長老の葛野エカシや亡くなった織田フチ、木幡エカシ、当時まだ国会議員ではなかった萱野茂さん、杉村京子フチ、千歳コタンのフチ達、その他多くのアイヌの人達の様々な協力に支えられた。チプサンケ(舟おろしの祭り)やラォマップ・カムイノミ(伝統漁法による鮭迎えの儀式)にも参列させてもらった。

また、不治の病いを愛子ババに助けられ、それ以後伝承医学の研究をライフワークにされている長井博さんには、ほとんど毎回お話を聞かせていただいた。


しかしなんといってもこの研修の核となったのは愛子ババである。回を重ねるごとに急速に体調を崩していったババは、入退院を繰り返し、こんどは無理かなと思っていても不思議に研修ツアーの時は自宅に戻っていて皆に会い続けてくれ、毎回参加者とババとの間にはなにかしらのドラマが生まれた。

 ババはウエインカラでその人の不幸や心の傷を観てとると、「かぁわいそうにぃ~。」と独特の言い方と眼差しでその人を包んだ。いきなりとも言えるその愛の癒しに沢山涙を流した人達がいた。

「いつまでも空家(独身)にしとかないで、もっと素直になれ。幸せになんないばだめだ。」と言われた人。

「真っ直ぐいけ。真っ直ぐいってどんとぶつかれ。」と言われた人。

「あとはここ(胸のチャクラを指差して)、ここの窓を開けばいいだけ。すぐそこまできてるんだから。」と言われた人。

「今のこの人と一緒になれば幸せになるから。」と言われて翌朝すぐに相手の所に行って結婚を決めた人。


ババは終始一貫して皆に最愛の人を見つけ、結婚して幸せな家庭を育むようにと言っていたが、大宇宙の法則からしてそれが自然な営みなのだから自然に逆らわずに生きることが一番だと説いていた。

 また、ババは参加者の何人かの手を握り、ほんの少し手相を観てはその人の不幸や具合の悪さをいったん自分に引き受けその人を癒した。

「なんともない。だいじょうぶだから頑張って。」とババに言われた人は、手を握られている間に悪い手相が消えていた。不思議な話だが本当だ。

ババの説明によるとその人を癒そうとする時、その人の病いや悩みをババはいったん我身に引き受け、その後自力あるいは自分の憑き神様達の力で、引き受けた悪いものを自分の外に祓い落とすのだそうだ。 

皆と歓談しているうちにフゥーフゥーと肩で大きく息を吐きながら、水をがぶがぶ飲むこともしばしばで、

「憑いてた悪いもん引き受けてやったしょ。したから火照って、火照ってどうもなんないしょ。」

と私に耳打ちしながら着ている物を次々脱いで肌着一枚になったこともあった。


こうした“いったん我身に引き受ける癒し”の行為にはものすごいエネルギーを必要とし、歳をとり体が弱ってきたババにはだんだんそれがしんどくなっていた。それにもかかわらずババは自分に助けを求める人が傍らにいれば、たとえ相手が無意識でもつい手を差し伸べ悪いものを引き受けてしまっていた。

 愛子ババは、優れたイコインカラクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、薬草や整体を含める各種療術師であった。カムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)も行ない、さらにはウェプンキネ(看取り)も行なっていた。その人がさわやかにあの世へと旅立つことができるようにその人のトゥレンペヘ(憑き神)と話し合ったりしながら臨終に立ち会うこともしていた。

 これについては昨年9月に出版された『女と男の時空: /ヒメとヒコの時代(藤原書店)』という本の中で、旭川医科大学助教授の松岡悦子さんが「魂を見守る人」というタイトルで愛子ババのことを書いている。84年から88年までの4年間に松岡さんが愛子ババのもとに通って話を聞いたもので、これを読むと愛子ババを通して知るアイヌのシャーマンの役割とは、総じて「魂を見守る」ということなのがよく解る。

助産を意味するイコインカルは見守るという意味であり、臨終を看取るウェプンキネということばも見守るという意味なのだそうだ。

つまり愛子ババは直接的には生まれてくる赤ちゃんや死にゆく人を見守りながら、この世とあの世とを行き来する魂を見守る役目をはたしてきた。そしてこれまでアイヌのコタン(共同体)には、愛子ババのようなシャーマンがかならずいて人々の健康と生と死を見守ってきたのだ。


■私達が「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修ツアーをきっかけにして愛子ババと出会った時、ババはすでに現役時代を終えて少しづつあの世へ旅立つ準備を始めていたともいえる。八人の子宝に恵まれ、皆無事に成人してはいたものの私と同じくらい歳の末の娘さんは不治の病いで病院生活が長く、どんなに他人を癒すことができても我が子にその力は効かないのだとババは時々シャーマンの運命を悲しそうに語った。

 私達は6年間、ババと一緒に食事をし、歓談し、研究者のような質問をさけ、ただただ一年に一度皆でババに会うのを楽しみとした。「たまげたなあ。皆、心のきれいな人ばっかしでないの。」とババは大きな目を見開いて言い、かならず皆のためにアイヌ語で祈ってくれた。津村さんが愉気をしてあげるととても気持ちが良いと喜び、「先生こんどいつ来る?。ババの生きてるうちにもう来ないっしょっ。」とわざとだだっ子のように言うのが口癖だった。

 そんなババが第4回目春の時には一緒に山に入り、子供の時よく遊んだというカンカンの沢まで行った。途中茂みの中に生まれてまもなく亡くなったお父さんの霊が姿を現わし、ババはうわさ通りの立派な風貌だとすごく喜んだ。その日の夕方、ババは今まで自分が祝い事の儀式の際、神々と交信するために用いてきたトゥキ(お椀)とトゥキパスイ(捧酒箸)を参加者全員の前で津村さんに贈った。

唐突にお祈りを始め「このトゥキをシサムのツムラに贈るのでカムイよどうかそれを許して祝ってください。」というような内容の祈りが終わると、なんの説明もなしにいきなり津村さんにあげるから持って帰れと言った。津村さんが驚いて「こんな大事なものはいただけない。」と断わると、「甥っこや娘らが持つよりも先生んとこさいくほうが生きる(トゥキが)から。祝い事にしか使ってこなかったんだよ。なしてさっさとしまわない。」とババは相変わらず乱暴な口のききかたをし、隣りにいる私になぜ津村は受け取らないのかと目で言った。ババは津村さんを代表にこうして自分のもとに集い、自分からの一方的な愛だけでなくお互いに癒し合う交わりを本当に喜んでくれていたのだ。

そしてこれから先も手渡した神器が愛と幸せを祝う働きをなしていくようにとババは願っていた。恐縮している津村さんをうながしてババからの贈り物を受け取ってもらいながら、私は全員がこの神器と共に大事な心をババから託されたという実感を抱いた。


■ババがあの世へ旅立ってからも、時々私にはあの独特な話し声が聞こえてくる。

「自分が今までこうして生きてこれたのも、愛のおかげさ。こんな田舎の、それもうんと昔に、なしてババに愛子なんて名前ついたのさ。“愛”でしょ。愛のために生きる人になれって、愛をみんなさ伝える人になれって、どっか上の方(神様)でババの親にそういう名前をつけさせたのさ。

アイヌもシャモ(和人)も全国世界中、神の道は一つなんだよ。“ウテキアニ(註:ウ・互いに テク・手 イ・それを アニ・執る)”さ。解かるかい。

こうやって(自分の両脇にすわった人の手を握り)あんたもあんたも(目で一同に手をつなぎ合うよううながす)ほらこうすれば伝わってくるっしょ。これがウテキアニ。これが愛でしょ。」。研修ツアーで遠くから訪ねて来た皆にババが一番伝えたかった話だ。

 癒しにおいて大切なのは超能力や技術よりもむしろ愛だということは、愛子ババだけでなく多くのヒーラーが語っていることで、気功でもそれは同じことだろう。世界が健康でなければ個人の健康もないという立場も愛を基にしてこそ成り立つものだ。

自分では何も書き残すことのなかった愛子ババは直接触れ合った私達に、大切なものの伝え方、遺し方を教えてくれた。ババの愛に包まれた者は、また自分が出会った人にその愛を手渡していけば良いのだと思う。今は神戸で暮らすババの神器が、協会のこれからの活動の中で、津村さんのそして私達の人生の中で、愛と幸せを祝うことができるようにと祈りたい。
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/grugru/aiko1.html

青木愛子さんについては

アイヌ民族 (朝日文庫) (文庫)
本多 勝一 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%B0%91%E6%97%8F-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022613572

でも詳細に紹介されています。

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