777投稿集 2441064


鈴木宣弘 _ 迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること

1:777 :

2022/11/09 (Wed) 20:38:57

迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊤ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘
2022年11月4日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/24884

 世界情勢の複合的な要因と食料自給率の低迷による食料危機が、日本でも現実問題として迫っている。そのなかで現在、全国各地で精力的に講演活動をおこなっている東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘氏が10月22日、埼玉県狭山市で「迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること」と題して講演(主催/生活クラブ狭山ブロックMachi会議)をおこない、食料危機の現在地と課題について問題提起した。講演の内容を連載で紹介する。(文責・編集部)

◇      ◇

 現在、日本では食料安全保障の崩壊が進んでいる。なぜ日本はこれほど命を守るのに脆弱な国になったのか。



 一つの大きな要因は、終戦直後から米国が日本を余剰生産物の最終処分場とし、貿易自由化を押しつけて日本人に米国の農産物を食べさせる政策を進めたこと。



 さらに、米国農産物に量的に依存するようになったことで、たとえそれらの農産物に健康上の不安(危険性)があったとしても文句がいえなくなり、「もっと安全基準を緩めろ」といわれると従わざるを得ないほどに依存が強まったことだ。



 米国政府の後ろでもうけるのは一握りのグローバル穀物商社などの巨大企業だが、米国は彼らの利益のために動く日本人をつくるため、日本の若者を米国に呼び寄せて「市場原理主義」なる経済学を教え込み、規制撤廃(自由化)すればみんなが幸せになれるかのように喧伝させた。実際の規制撤廃は、経済力の強い企業がより多くの利益を独占できるようになる。つまり「1%」の強者がもっともうけられる社会にするという経済学だ。そういう人たちが日本で増殖すれば、日本人が米国の思い通りに勝手に動くようになる。これは大変な戦略だった。それにより日本国内では二つの大きな問題が生じた。



 まず基本として、経産省を中心に、自動車など輸出産業の利益を守るために農業を犠牲にした。農産物の関税撤廃を進め、食料を輸入に依存する構造を作り、その見返りとして自動車の輸出枠を確保する。そして食料安全保障=「カネを出して輸入すればいい」ことだという考え方が定着してしまった。



 私は農水省に15年間いたが、農水省と経産省は犬猿の仲だった。経産省は、ずるがしこくて手が早い。自動車の輸出が伸びれば自分たちの天下り先も安泰だ――という非常に短絡的な発想で、食料と農業を自動車のための「生贄」にした。



 もう一つの「がん」は、目先の歳出削減しか考えない財政政策だ。とる税金は上がり続けるが、使う方は渋りに渋り、農業などは切り刻むだけの予算削減一本槍だ。



 私がいた当時、大蔵省(財務省)は昼間寝ていて、夜になると起きてきて、昼間も起きている農水省に「予算の説明にこい」という。残業代を決めるのも彼らだが、農水省には実績の10分の1しか付けないのに、自分たちは100%付ける。昼寝て夜だけ起きて給料2倍だ。こういうことばかりに頭を使う。国家国民のために何をするのかがない。



 だから農業はどんどん苦しくなり、輸入依存が高まり、自給率は低下し、いざというときに国民の命が守れないという世界で最も極端な国になってしまった。



 規制改革が「対等な競争条件」を創出して社会全体を改善できるというのは、市場の参加者に価格支配力が存在しないことが前提条件だ。市場支配力を持つ者がいるときに規制緩和すると、もうけが一部の力のある企業だけに集中して弱者の貧困が加速し、社会全体の富も減少する。それを証明したのが「失われた30年」といわれる日本だ。規制改革だ、貿易自由化だと尻を叩かれて頑張ってきたものの、先進国で唯一、賃金も所得も下がりっぱなしの貧困国になった。農業だけではない。「みんなの利益になる」は大ウソだったのだ。



 この「今だけ、カネだけ、自分だけ」の人たちが見失っているのが安全保障だ。規制緩和で一部の企業がもうけても、農業を犠牲にして食べるものがなくなったら、いざというときに国民の命を守れない。地域も崩壊し、外国資本に日本が買われていくリスクも高まる。今や水源地も海も山もどんどん外国資本が買いとっている。



ウクライナ戦争で激化 食料危機の現在地



 食料危機は「間近」というよりもう始まっている。すでに「クワトロ・ショック」と呼ばれる4つの危機に見舞われている。



 第一に、コロナ禍で起きた物流停止がまだ回復していない。


 第二に、2021年秋から中国の食料輸入の激増(爆買い)による食料価格の高騰と日本の「買い負け」。


 第三に、異常気象による世界各地での不作の頻発。


 第四に、これにトドメを刺したウクライナ紛争の勃発だ。小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が増幅され、食料やその生産資材の調達への不安は深刻の度を強めている。2022年3月8日、シカゴの小麦先物相場は2008年の「世界食料危機」時の最高値を一度こえた。



 小麦の輸出は、ロシアとウクライナで世界の3割を占める。物流停止には、トリプル・パターンがある。



 ①ロシアやベラルーシは、食料・資材を戦略的に輸出しないことで脅す「武器」として使う。当然「敵国には売らない」となる。米国が怒って「ロシアが食料を武器にしている」と批判しているが、これをずっとやってきたのは米国自身である。


 ②ウクライナは耕地を破壊され、播種も十分にできず、海上も封鎖され、小麦を出したくても出せず、物理的に停止している。


 ③小麦生産世界2位のインドのように、「国外に売っている場合ではない」と自国民の食料確保のため防衛的に輸出を規制する動きだ。こうした輸出規制は世界30カ国に及んでいる。日本は小麦を米国、カナダ、オーストラリアから買っているが、それらの代替国に世界の需要が集中し、食料争奪戦が激化している。そこに歴史的な円安も加わって、日本は買い負けている。



 日本は牧草も北米から輸入しているが、今や中国が大量に高値で買い付けるので、日本は牧草すら買えない。高くて買えないどころかものが入ってこない。





 最たるものが化学肥料原料で、日本はリン、カリウムを100%、尿素も96%を輸入に依存しているが、最大調達先である中国は国内需要が高まったため輸出を抑制。カリウムについては、中国と並ぶ大生産国のロシアとベラルーシに依存していたが、いまや日本は敵国認定され、輸出してくれなくなった。値段も2倍になっているが、高くて買えないどころか原料が入らず、製造中止の配合肥料も出てきて、今後の国内農家への化学肥料供給の見通しが立たなくなってきている【グラフ①参照】。



 そして最近顕著なのは、中国など新興国における食料需要の想定以上の伸びだ。中国の「爆買い」は、コロナ禍からの経済回復による需要増だけではとても説明できない。有事を見越した備蓄増加も考えられる。小麦だけでなく、コメ、トウモロコシ、大豆も輸入量はコロナ前を大きく上回っている。たとえば、中国の大豆輸入量は年間約1億㌧だが、日本は大豆消費量の94%を輸入に依存しているとはいえ、輸入量は300万㌧に過ぎず、中国の「端数」にもならない。「買い負け」どころか、そもそも勝負になっていない。



 中国がもう少し買うといえば、輸出国は日本に大豆を売ってくれなくなるかもしれない。いまや中国のほうが高い価格で大量に買う力があり、コンテナ船も相対的に取扱量の少ない日本経由を敬遠しつつある。そもそも大型コンテナ船は中国の港に寄港できても日本の小さな港には寄港できず、まず中国で小分けして積み直してから日本に向かうことになるなど、円安などの要因と相まって日本に運んでもらうための海上運賃が高騰している。中国をはじめ新興国の需要はまだこれから伸びていく趨勢にある。



 一方、供給の方を見ると、「異常」気象がいまや「通常」気象になって不作が頻発し、世界的に供給が不安定さを増している。こうなると世界の需給ひっ迫要因が高まり、価格が上がりやすくなる。原油高もその代替品となる穀物のバイオ燃料(コーン・エタノール、大豆・ディーゼル)の需要を押し上げ、暴騰を増幅させる。こういうときに起きる災害や国際紛争などの不測の事態は、事態を一気に悪化させる。ウクライナ危機はそれを現実のものにした。



金があっても買えない 経済安保の脆弱さ



 この食料安全保障の危機は、すでに何年も前から予測され、私も警鐘を鳴らしてきた。しかし、岸田首相の施政方針演説では「経済安全保障」が語られたが、「食料安全保障」「食料自給率」についての言及はなく、農業政策の目玉は「輸出5兆円」「デジタル農業」など、ほとんど夢のような話だ。



 これだけ食料や生産資材の高騰と「買い負け」が顕著になってきて、国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっているなかで、危機認識力が欠如しているといわざるを得ない。



 輸出振興もデジタル化も否定するわけではないが、食料自給率37%と世界的にも極めて低い日本にとって、食料危機が迫っているときに、まずやるべきは輸出振興でなく、国内生産確保に全力を挙げることだ。しかも、農産物輸出が1兆円に達したというのは「粉飾」で、輸入原料を使った加工食品が多く、本当に国産の農産物といえる輸出は1000億円もない。それを5兆円に伸ばすという「空虚なアドバルーン」を上げ、デジタル化ですべて解決するような「夢物語」で気勢を上げることに何の意味があるのかだ。



 我々に突きつけられた現実は、食料、種、肥料、飼料などを過度に海外依存していては国民の命は守れないということだ。それなのに、「いくら頑張って自給しても、米国やオーストラリアよりコストがかかるのだから…」という理由で、自由化を進めて貿易(海外の調達先)を増やすことが安全保障であるかのような議論が必ず出てくる。



 まさにそれが間違っていたのだ。輸入が止まったらどうするのか? 国内の生産がなければ命が守れない。命を失うこと以上のコストがあるか? といわざるを得ない。



 国内の食料生産を維持することは、短期的には輸入農産物より高コストであっても、飢餓という計り知れないコストを考慮すれば、総合的コストは低い。みなさんの地元で頑張っている農家をみんなで支えることこそが、自分たちの命を守ることであり、その意味では一番安い。これこそが安全保障の考え方だ。飢えてからでは遅いのだ。しかも狭い視野の経済効率だけで食料を市場競争に委ねることは、人の命や健康にかかわる安全性のためのコストが切り縮められ、海外に依存する日本では量だけでなく、質の安全保障さえも崩されている。



実態はさらに低い自給率 飼料も肥料も海外依存




乳製品の関税撤廃で打撃を受けている酪農業(北海道)

 ご存じの通り国内農業は、高齢化や担い手不足、所得低下で生産が減少傾向にある。


 さらにコロナ危機で浮き彫りになったのは、生産資材の自給率の低さだ。飼料はもちろんだが、実は80%が国産といわれる野菜も、その種の9割は海外の畑で種取をしたものが入ってきている。だからコロナ危機で海外からの物流が止まりそうになって大騒ぎになった。物流が止まれば野菜も8%しか作れない。



 国内で頑張っている種苗業者によると、今や在来種の種ですら種取の多くはイタリアや中国など海外に依存しているという。だから種を国内でいかに確保するかが重要になる。F1種(一代限りの交配種)となると種取もできないのだから、地元のいい種を守らなければいけない。



 このようなときに日本はそれに逆行する政策をとっている。コメ・麦・大豆の種を、国がお金を出して県の試験場でいい種を作ってみんなに供給する事業をやめさせ(種子法廃止)、しかもその種を海外も含む企業に渡し、農家は企業から種を買わざるを得ない構図をつくり(農業競争力強化支援法八条四項)、さらに自家増殖を制限(種苗法改定)して、農家が自分で種取をすることを難しくした。「種を制するものは世界を制する」というグローバル種子企業の利益に乗せられたというほかない。



 その他、家畜の飼料に着目すると、鶏卵は国産率97%と頑張っているが、飼料(トウモロコシは100%輸入)が止まれば自給率は12%。そして実は、ヒナも100%近く輸入に頼り、そこから育てて採卵したり鶏肉(ブロイラー)にする。だから物流が止まれば一巻の終わりなのだ。



 化学肥料の海外依存も含めると、国内の99・4%の農家は慣行農業(農薬、化学肥料を使う一般的な栽培方法)なので、生産量は少なくとも半減する。食料自給率37%もとんでもない低さだが、実質は数%しかないということがわかる。





 このままだと2035年には、飼料の海外依存度を考慮すると牛肉、豚肉、鶏肉の自給率はそれぞれ4%、1%、2%。種の海外依存度を考慮すると野菜の自給率は4%と、信じがたい低水準に陥る可能性さえある【表②参照】。今は国産率97%のコメも、いずれ野菜と同様になってしまう可能性も否定できない。



 どれだけ私たちの命が脆弱な砂上の楼閣にあるのかということを裏付ける衝撃的な試算が今年8月、米国で発表された。



 米ラトガース大などの研究チームが科学誌「ネイチャー・フード」に発表したもので、米ロ戦争で15㌔㌧の核兵器100発が使用され、500万㌧の粉塵が発生するという恐ろしい事態を想定した場合だが、直接的な被爆による死者は2700万人。さらにもっと深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出るが、そのうち日本が7200万人(人口の6割)で世界の餓死者の3割を占めるというものだ。ショッキングな事実だが、冒頭から説明している現実から考えれば当たり前のことだ。



 かつてキューバの革命家ホセ・マルティは「食料を自給できない人たちは奴隷である」とのべ、高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」といった。果たして日本は独立国といえるのかが今問われている。



有事に生産拡大は常識 「作るな」は日本だけ



 国内生産の命綱ともいえるコメだが、米価はどんどん下がっている【グラフ③参照】。去年はコロナ禍の消費減も加わって、ついに1俵60㌔=9000円まで下がった。今年はわずかに上がったが、生産コストは1俵当り平均1万5000円かかる。こんな産業にしてしまったら作り続けられるわけがない。



 だが日本政府は「余っているから作るな」「牛乳も余っているから搾るな」というだけだ。余っているのではなく、コロナショックで買いたくても買えない人が続出して、日本の貧困化が顕在化したのだ。我が国はコロナ以前から先進国で唯一、20年以上も実質賃金が下がり続けている。つまり余っているのではなく、足りていない。



 だから今必要なのは、政府が農家からコメや乳製品を買って、食べられなくなった人たちに届ける人道支援だ。届け先はフードバンクや子ども食堂などいろいろある。不測の事態に突入したのだから、生産力を高めて危機を乗り切らなければいけない。にもかかわらず、生産するな、牛乳搾るな、牛殺せといっているのが日本だ。



 世界の飢餓人口が8億人をこえるなか、日本の生産力を最大限に使って、日本国内だけでなく世界の人々にも届けるくらいの人道支援になぜ財政出動しないのか。そうすれば国内の農家も消費者も、世界の市民も助けることができ、食料危機が回避できる。そういう発想がまるでない。



 他の国をみると、米国ではコロナ禍で農家の所得減に対して総額3・3兆円の直接給付をおこない、3300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けた。緊急支援以前に、米国・カナダ・EUでは設定された最低限の価格(「融資単価」「支持価格」「介入価格」など)で政府が穀物・乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。日本だけがこれを早くからやめてしまった。



 米国では、たとえばコメを1俵4000円くらいの低価格で売るように農家に求めるが、「最低限コスト1万2000円との差額は100%国家が補填するので安心して作れ」とやっている。これを穀物や乳製品にも基本的に適用している。



 さらに食料は「武器より安い武器」と位置づけ、安く売って世界に広げ、日本や途上国の人々の胃袋をコントロールする。だから米国の差額補填は一番低い年でも1兆円をこえている。米国が輸出大国なのは競争力があるからではなく、食料を安全保障の要、武器とする国家戦略があるからだ。



 しかも米国は、農業予算の60%は消費者支援として使う。米国の農業予算は年間1000億㌦近いが、その64%がSNAP(フードスタンプ)での消費者の食料購入支援だ。「EBTカード」を配り、所得に応じて最大7万円(月額)まで食品を購入でき、代金は自動的に受給者のSNAP口座から引き落とされる制度だ。この消費者支援だけで10兆円だ。これによって結果的に農家も助かるから農業予算としている。日本にはこういう制度も皆無だ。




国が関東の酪農家に配布した早期淘汰のチラシ

 逆に日本政府がやっていることといえば、たとえば関東の酪農家に配られたのは「余っているから牛を殺せ(早期淘汰)。殺せば一頭当り5万円払います」だ【写真】。そのため北海道でも増産抑制に対応して廃用牛の出荷が増え、廃用牛価格が20%以上も下落し、資料や生産資材高騰で苦しむ酪農家に追い打ちを掛けている。



 だが今後近いうちに必ず乳製品が足りなくなる。海外から入らなくなる。そのときに牛を淘汰してしまえば、また種付けから搾乳できるまで最低3年はかかる。絶対に間に合わず大騒ぎになる。それなのに目先の在庫を減らすことしか考えない。



 さらに政府財務省は、「コメを作るな」というだけでなく、そのかわりに小麦、大豆、野菜、牧草等を作るための支援としていた水田活用交付金の条件を4月から厳しくし、実質切ってしまった。財務省は、「これでまた一つ農業予算が切れた」と喜んでいる。このままでは離農者が続出し、耕作放棄地は増え、食料危機に耐えられなくなる。大局的見地がなく、目先の歳出削減しか見ないこの亡国の財政政策こそが最大の国難だ。



 現場の苦しみは増している。肥料も飼料も価格は一昨年の2倍になり、燃料を含む生産コストは急騰しているのに、国産農産物の価格は低いままで、コメの価格はむしろ下がっている。輸入小麦の価格が上がれば、パンも含めて小売価格が上がるのに、国内の農家の生産コストが上がってもそれは価格に転嫁されないわけだ。鹿児島の年商30億円の大型養豚農家も倒産した。



 これは政府だけでなく、加工・流通・小売業界、消費者も全体で国産保護にとりくまないと大変なことになる。この半年間で、日本の農家の4割が消えるかもしれないというくらいの恐るべき事態にまで来ている。



食料は安全保障の「要」 これで国民の命救えるか?




農家15万人による燃料高騰や農業への補助を求めるデモ(3月20日、スペインマドリード)

 海外の農家は日本よりも政策的には恵まれているはずだが、それでも最近は農家の大規模デモが起きている。スペインでは、燃料価格高騰に怒り、トラクターなどの人海戦術で高速道路を封鎖し、スーパーなどの棚から食品が消えた。「農家が潰れて、こうなってもいいのか?」というメッセージだ。首都マドリードでは、10万~15万人の農家が、インフレ、価格ダンピング、農村の荒廃を放置する政府に抗議するデモをおこなった。世界中の農家が立ち上がっている。その意味で日本の農家さんは大人しいが、世界で最も厳しい状態に置かれているといっても過言ではない。



 酪農では、今年2月時点までの生産資材価格上昇で試算しても100頭以上の牛を飼っている大手ほど赤字に転落し、このままでは倒産の連鎖が広がり、熊本県の九州一の大産地でも「9割赤字で、もう数カ月持つかどうか」という議論さえ出てきている。コメの場合も同じで、米価は下がっているのに、支出は増えるので収支は数年前までは3万円あったのが今はゼロ。つまり働いている分の報酬は一切出ない。



 理解に苦しむのは、岸田首相が10月10日に鹿児島県を訪れ、潰れそうな肥育農家さんと車座対話をやった後、コメントを求められ「飼料高騰や価格下落で大変な影響だ。なにかせねばならない」といって「輸出強化」だといった。資金繰りができなくなって廃業寸前に追い込まれている農家の生の声を聞いた現場で出た言葉が「輸出振興」とは「国は助けない」といっているようなものだ。



 一方、安全保障といえば、中国への経済制裁を強化し、ミサイルで敵基地攻撃能力も強化し、いざとなれば攻めていけばいいというような勇ましい論議だけが過熱している。その前によく考えてほしい。日本は世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない国だ。他国は資源エネルギーも食料も自給したうえで経済制裁している。金魚のフンみたいに米国に付いていっても、逆に日本が経済封鎖されて兵糧攻めだ。戦う前に飢え死にしてしまう。もちろん戦ってはいけないのだが、それさえできないということもわからないのだろうか。



 果たして米国が助けてくれるだろうか? それは今のウクライナを見ればわかる。もうすぐ起きるかもしれないといわれる台湾有事は阻止しなければならないが、仮にもし起きたら日本の餓死者は現実のものになるだろう。それだけでなく米国は沖縄周辺を中心に日本を戦場にして、米国本土を防衛する。絶対に直接関与はしない。すると「日米安保」は、米本土を守るために日本を戦場にする可能性が高い。それらを視野に入れて、われわれは独立国として日本人の命を守るために、どうすべきかという国家戦略と外交戦略を持たなければいけない。思考停止的な米国盲従に日本の未来はない。



 不測の事態に国民の命を守るのが「国防」であるなら、食料は基本中の基本だ。武器は命を奪うものだが、食料は命を守るものだ。



 そして最近出てくるのが「自給力さえあればいい」という能天気な議論だ。その中身は、輸入食料がストップすれば学校の校庭、ゴルフ場の芝生を剥がしてイモを植え、最後は道路に盛り土してイモを植え、数年間は三食イモで凌ぐというものだ。まさに戦時中だが、真顔で出された構想だ。これには、さすがの『日経新聞』も怒った。「外国では赤字になったら補填するなど政府が受給の最終調整弁の役割を果たしているのに、なぜ日本にその機能がないのか」と。それでも「自由貿易こそが大事だ」といまだに主張する某大学の経済学者もいる。すでにそれが機能しなくなっているのに。



行政を縛る米国の圧力 「人道援助」は禁句に



 日本が農業を守る政策をとれない背景には、米国の圧力があることも理解しなければならない。日本政府関係者は、日本の国内農家や海外への「援助」という言葉を口にするだけで震え上がる。「米国の市場を奪う」と受け止められて米国の逆鱗に触れると自分の地位が危ないからだ。実際に反対を押し切って乳製品の援助をした農林水産大臣は当時「国士」と呼ばれたが、今はもう生きていない。だから、政治行政関係者は震え上がっていて、私が「援助政策」について話すだけで、声を震わせて「その話はやめてくれ」という。



 なぜ他国は輸入量の調整をするのに、日本だけはコメ77万㌧、乳製品13・7万㌧もの莫大な輸入を義務として履行し続けているのか。しかも国内で「在庫過剰だから作るな」「牛を処分しろ」「価格は上げられない」といっているときに、だ。



 「最低輸入義務だから」というが、ウルグアイラウンド(UR)合意で定められたミニマム・アクセスは「低関税を適用しなさい」というだけの枠であって、その数量を必ず輸入しなくてはならないという約束ではない。それを日本だけが「最低輸入義務だ」「国際約束だ」といい張って輸入している。



 本当の理由は、米国との密約で「お前だけは全部入れろよ」「コメのうち36万㌧は必ず米国から買え」といわれているものだから、怖いからずっとそれをやり続けている。文章に残せば国際法違反になるから明文化はされていないが、これは陰謀論ではなく、陰謀そのものだ。表に出てくる話は形式であって、政治は裏で陰謀が蠢いて決まっていくのだ。外交はまさにそうであり、私はそれに携わっていたから知っている。その制約を乗りこえて、他国の持つ国家安全保障の基本政策をとり戻し、血の通った財政出動をしなければ日本は守れない。



(つづく)



・迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊦ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘

--------------------------------


 鈴木宣弘(すずき・のぶひろ) 1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒業。農学博士。農林水産省、九州大学教授を経て、2006年より東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は農業経済学。日韓、日チリ、日モンゴル、日中韓、日コロンビアFTA産官学共同研究会委員などを歴任。『岩盤規制の大義』(農文協)、『悪夢の食卓 TPP批准・農協解体がもたらす未来』(KADOKAWA)、『亡国の漁業権開放 資源・地域・国境の崩壊』(筑波書房ブックレット・暮らしのなかの食と農)、『農業消滅』(平凡社新書)など著書多数。

https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/24884
2:777 :

2022/11/09 (Wed) 20:40:17

迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること㊦ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘
2022年11月9日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/24925

(上)から続く

胃袋からの占領政策 「コメ食低脳論」も

 食料自給率が下がった理由として、よくいわれる誤解がある。「食生活が洋風化したから仕方がない」というものだ。まさにその通りで、国内の農地ではつくりきれない需要が出てきた。ではなぜ食生活がこんなに変化したのか? 自然に変わったのではなく、全部米国が変えたのだ。それは米国の要請で貿易自由化を進め、輸入に頼り、日本農業を弱体化させる政策の結果だ。



 極端な例をいえば、江戸時代は鎖国政策だから自給率は100%だった。当時は海外からものが入ってこないから、国内にある資源をすべて循環させ、食料も経済も全部回していた。当時この循環型農業に世界中が驚き、日本は高い評価を得ていた。日本にはそんな循環型社会の実績があるということも今こそ思い出さなければいけない。



 ところが戦後、食料難と米国の余剰穀物処理への対処として、日本は早い段階で大豆、トウモロコシ(飼料用)の実質的な関税撤廃を受け入れさせられ、それによって伝統的生産は壊滅する。輸入数量割当制は形式的に残しつつも、大量の輸入を受け入れた小麦などの品目でも、輸入急増と国内生産の減少が加速し、自給率の低下が進んだ。小麦は85%、大豆は94%、トウモロコシは100%に達するほど輸入依存度が高まったことは、貿易自由化が日本の耕種農業構造を大きく変えたことを意味する。



 米国はそれでも飽き足らず、主食のコメを問題視し、いつの世にもいる「回し者」を使った。慶應大学医学部の林髞(たかし)教授は、ベストセラーになった自著『頭脳』で「コメ食低脳論」を説き、日本人が欧米人に劣るのは主食のコメが原因であるとし、「大人は運命として諦めよう。しかし、せめて子どもたちだけは小麦を食べさせ、頭脳のよく働く、アメリカ人やソ連人と対等に話のできる子どもに育ててやるのが本当だ」とのべた。科学的根拠はなく、そんなバカな話があるかと思うが、大手メディアもこぞってこれを煽り、すっかりマインドコントロールされてしまった。



 極めつけが、学校給食だ。私たちの世代は、米国から送られてくる不味いパンと、牛も飲まないような脱脂粉乳を鼻をつまんで飲まされた。そうして短い間に伝統的な食文化を変化させられてしまった民族というのは世界史上でもほとんど例がない。



 日本各地でおこなわれた「洋食推進運動」「栄養改善普及運動」「食生活改善協会」というのも全部米国の資金でやられたことだ。学校給食会をつくったのもGHQ(連合軍司令部)で、だから単価を安くして米国の小麦や肉しか買えないようになっている。



 米国飼料穀物協会が日本で肉食化キャンペーンを仕掛けたのは、日本人が肉食になれば米国の飼料穀物(大豆、トウモロコシ)がはけるからだ。これらの強烈なキャンペーンが功を奏して、我が国ではコメ消費量が減少し始め、コメ余りから水田の生産調整へとつながっていく。



 農水省も最近、食生活を和食中心にすれば63%まで食料自給率が上がると計算(平成18年食料自給率レポート)し、和食文化の推進をやろうとしたが、すぐに抹殺された。それは日本にもっと農産物の輸入自由化をさせるという流れに反するからだ。「余計な計算をするな」という圧力がかかったことを意味している。



日本農業は過保護か? 実態はまったく逆



 政府が使っている計量モデルで実際に計算すると、TPPやRCEPなど大きな貿易自由協定を一つ決めるごとに自動車は3兆円もうかり、農業は1兆数千億円の損失というふうに膨らんでいくシステムになっている【表④参照】。





 彼らはそれを進めるためにメディアを通じて刷り込み政策をやる。「日本の農業は過保護に守られて弱くなった。だから規制撤廃や貿易自由化で競争に晒して、ショック療法をやれば力が付くのだ。世界はそれで伸びている」と。実態はまったく逆だ。世界は農業を守るためにどれだけ戦略的に保護しているか。





 「日本の農業は世界で最も高関税で守られた閉鎖市場」というが、食料自給率37%の国のどこが農業鎖国なのか。農産物の関税が高いわけがない【グラフ⑤参照】。



 「政府が価格を決めて農産物を買い取る遅れた農業保護国」というのも、それを唯一やめたのが日本であって、他国の方が自国農業を徹底的に保護している。欧米各国は、農産物の価格を維持したうえで、農家への直接支払いも併用し、したたかに現場を死守している。日本だけが価格維持をほぼ廃止した。



 「農業所得は補助金漬け」というのも嘘で、日本は米価低迷で相対的に補助金の割合が高まっているが、それでも3割。欧州ではほとんど農業所得の100%が補助金だ。たとえばフランスの農家のデータでは、主食である小麦130㌶の経営が赤字になると、そこから補助金が出てコストとの差額部分を補填するので、所得に占める補助金の割合は235%という計算になる。命を守り、環境を守り、地域コミュニティや、国土、国境も守っている産業をみんなで支えることは世界の常識なのだ。



崩される質の安全保障 危ないものは日本へ



 さらに共有すべきことは、米国政府の後ろにいるのは米国の穀物メジャーだけでなく、グローバル種子農薬企業がおり、彼らの標的にされているということだ。遺伝子組み換え(GM)食品と除草剤をセットにして世界で莫大な利益を上げたM社などがあげられる。彼らは、世界中で自分たちの種を買わないと生産ができないようにしてコントロールする法制度をつくろうとしたが、農業者や市民から猛反発を受けて難しくなった。そこで目を付けたのが従順な日本だ。彼らにとっては、まさに「ラスト・リゾート」だ。



 日本では、農家の自家採取(畑でできた種を農家が自分で採取すること)を制限する種苗法などの法律改定をした。その理由としてよくいわれる「自家採取を許してシャインマスカットが中国や韓国に取られたから、それを守るためだ」というのは事実ではない。農家に自家採取を認めたからシャインマスカットが海外に渡ったということはない。シャインマスカットが海外に行ったのは、5年以内に現地の国で日本政府が品種登録、商標登録しておけば取り締まれたのに、それを日本政府が怠っただけの話だ。



 さらに来年4月からは、日本でも「遺伝子組み換え(GM)でない」の任意表示が実質できなくなる。もし「非GM」表示の豆腐から、ごく微量でも輸入大豆の痕跡が見つかったら、業者を摘発することになったからだ。流通業者の多くは輸入大豆も扱っているから、微量混入の可能性は拭えない。これを日本にやらせたのも米グローバル種子企業だ。その要求通りに消費者庁が動いて、あたかも「消費者を守るため」であるかのような名目でやる。だが実態は、 「表示の厳格化」といいながら、できるだけ遺伝子組み換えでないものを使おうとする業者の努力は見えづらくなり、消費者の商品選択の幅も狭まってしまう。



 日本ではGM食品の表示が「5%以上の混入」に限って義務づけられてきたが、それでも「0・9%以上」に表示義務を課しているEUよりもはるかに緩い。一方、米国では表示義務がない。さらに米国では「GMではない」と表示すると、「米国が安全だと認めたGM食品を危険だと消費者に誤認させる」としてグローバル種子企業が業者を提訴する。それと同じルールを日本に押しつけているのだ。



 さらに米カリフォルニアでは、GM種子とセットのグリホサート(除草剤成分)で発がんしたとして、グローバル種子企業に多額の賠償判決(規制機関内部と密接に連携して安全だという結論を誘導しようとしていた内部文書が判明)がいくつも下り、世界的にグリホサートへの規制が強まった。



 日本では『ラウンドアップ』として売られ、除草剤として使われている。だが、米国ではこれを大豆、トウモロコシ、小麦に直接散布して収穫する。そして日本人は世界で最も米国の穀物に依存しており、GMとグリホサートを世界で最も摂取しているという基本的な問題がある。



 ところが日本は2017年、世界の動きに逆行してグリホサートの残留基準値を極端に緩和した。小麦は6倍、そばは100倍だ。日本人が食べても大丈夫な基準がなぜいきなり100倍になるのか。残念ながら日本人の命の基準値は米国の必要使用量から計算されていると思わざるを得ない。



 さらにゲノム編集。生物のDNAを切り取って、特定の遺伝子の機能を失わせる技術だが、「これは遺伝子組み換えではない」という間違った認識にもとづき、「審査も表示もするな」という米国の要請を受け入れ、完全に野放しになった。血圧を抑えるGABAの含有量を高めたゲノムトマトについて、さすがに消費者の不安を懸念したのか、まずは家庭菜園4000軒に配り、今年からは障がい児童福祉施設、来年からは小学校に無償配布して育てさせ、給食や家庭に普及させようとしている。




米国消費者団体のポスター「要らない」「必要ない」「安全性が確認されていない」

 安全性の懸念が払拭されておらず、ゲノムを切り取った細胞の一部が癌化しているとか、新しいタンパク質ができてアレルギー反応を起こすなどの研究結果が報告されており、世界的にも慎重な対応が多いなか、消費者の不安を和らげてスムーズに普及させるため子どもたちを突破口(実験台)にする食戦略を「ビジネスモデル」として国際セミナーで発表までしたのが日本だ。



 そして、うまく浸透させた暁に、その利益は特許を持っている米国のグローバル種子農薬企業に入る。日本では戦後すぐに学校給食を通じておこなわれた「胃袋からの占領政策」が今も形を変えて続いているといえる。



 この大きな流れに対して、政治は怖くて対応できずにいるならば、私たちもまずは学校給食から、地元の安心・安全な食物を提供する仕組みをつくっていくことで、このような米国の思惑が入り込む余地をなくし、子どもたちの健康を守り、地元の生産者も守る素地をつくっていくことができないか。学校給食はとても大事なキーワードになる。



 日本はゲノム編集を動物に実用化した世界で最初の国となり、ゲノム編集された肉厚なマダイやトラフグが、すでに寿司のネタとして出回っている。日本ではあまり知られていないのに海外では広く認知され、米国の消費者団体はポスター【写真】までをつくって「もう日本の寿司は食えねぇ」と発信している。日本人が知らないうちに日本の食品は「世界最先端」になってしまっている。



身動きつかない農水省 職員は断腸の思い



 このような現状から農水省への批判も強いが、そもそもTPPをはじめ国内農業市場の自由化は、農水省にとって長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ないものばかりだ。米グローバル企業や日本の大企業が、官邸に「規制改革を通じてやれ」といえば、政治も行政も生産者団体も文句の一つもいえずに決まってしまう構造になっている。



 多くの農水省職員は種子法を廃止したいとは思っていないが、官邸から「お前の宝にはお前が手を下せ。説明もお前が考えろ」と命じられ、夜な夜な断腸の思いで泣いて泣いて、翌日しどろもどろの説明を国会でやって怒られる――という現実がある。



 それに耐えられなくなった畜産の担当局長が官邸に行ってS官房長官に「これはやり過ぎです。生産者、消費者みんな困りますからやめていただきたい」と直談判したら、「よく言った」ということでクビになった。課長も「お前も一緒に来ていたな」ということで飛ばされ、みんな震え上がった。とくに長らく務めたS官房長官とH官房副長官の2人が強烈に怖い。



 これを逆に利用するパターンもあり、しばらく干されていたが「私は寝返ります。日本の農林水産業を潰します。農水省もなくします」と宣言して官邸の信頼を勝ちとり、事務次官に任命された人物もいる。そして、省内の人望が厚かったものの、官邸が握っていた数年前の女性スキャンダルをマスコミに流されて動きを封じ込められた次官もいる。「人事と金とスキャンダル」――これを使いこなすものが官邸に入り、現場を抑えつける。残念ながら人事で生き延びた人は少ないのが実態だ。



新しい流通網の構築を 買い叩きから構図の脱却



 生産者の所得が低いことに加え、生産コストが上がっているのに農産物価格が上がらない買い叩き構造にも問題がある。





 つまり小売大手が強すぎて、全品目が買い叩かれている【表⑥参照】。上の表で、数値が0・5を下回れば農家が買い叩かれていることを示している。仲卸業者によれば「まずイオンがいくらで売るかを決め、そこから逆算して農家にいくら払えるかが決まる。それがすべてで、農家のコストは関係ない」という。これでやっていけるわけがない。



 この大手流通と違う流れを作らなければならない。産直やフェア・トレードのような独自の流通網を強化して、正当な値段で安全でおいしいものをみんなで支えることがなければ自分の命も守れない。農漁協や生協などの協同組合・共助組織に、今最も重要な役割を果たすことが求められている。



 社会のプレイヤーを「私」「公」「共」に分類すると、「私」は「今だけ、金だけ、自分だけ」の強欲な人たち、「公」は政治行政、「共」は協同組合などの相互扶助組織・地域共同体・市民組織だ。「私」が「公」を買収してみんなからむしり取ろうとしているこの構造に対抗するためには、「共」が踏ん張って社会を守ることであり、それが社会を変える原動力になる。



 「今だけ、金だけ、自分だけ」で、生産者から買い叩き、消費者には高く売ってマージンを得るのではなく、そこに協同組合がとってかわることで、生産者にはより高く、消費者にはいいものを適正な価格で出すことができる。



 それに逆行するのが、「民間活力の活用」などといって規制緩和を進める「MTNコンビ」に代表される強欲な人たちだ。「国家戦略特区」で規制を撤廃したH県Y市の農地を買収したのも、森林二法で民有林・国有林を盗伐(植林義務なし)してバイオマス発電したり、世界遺産の山を崩して風力発電をするのも、漁業法改定で他人の漁業権(財産権)を強制的に無償で没収して洋上風力発電に参入するのも、S県H市やM県の水道事業を「食い逃げ」する企業グループに入っているのも、同一企業である。



 そして彼らが入っている規制改革会議では、今年から全国の農地を巨大企業がどこでも買えるように決めてしまった。新規参入する農家が買えるようになるならまだしも、彼らは日本の農地を買い占めて転用し、それを海外企業に売ってもうけようとしているきらいがある。ピンハネ・ビジネスのために日本が売り飛ばされているのが実態だ。



農薬基準値は大幅緩和 ホルモン剤投与の肉も流通




量販店に並ぶ米国産牛肉

 量だけでなく質でも食の安全性が脅かされている実態として象徴的なのは、1975年、禁止農薬(イマザリル)がかかった米国産レモンを海洋投棄したことが米国の逆鱗に触れて「自動車輸入を止めるぞ」と脅され、日本は「禁止農薬でも収穫後にかけると食品添加物(防カビ剤)と見なす」というウルトラCの分類変更で散布を認めた。だが今度は、食品添加物をパッケージに成分表示(義務)することさえも「不当な米国差別」といわれ、現在交渉が継続中だ。



 同じことが最近、米国産ジャガイモをめぐる動きでも起きている。これまで「米国産ジャガイモには虫がいて、日本に広がると全滅するから絶対にダメだ」といっていたのに、2020年、生食用ジャガイモの全面輸入解禁に向けた協議を開始した。



 しかも、動物実験で発がん性や神経毒性が指摘されている農薬(殺菌剤)ジフェノコナゾールを、これも「防カビ剤」として食品添加物に分類変更し、その残留基準値を従来のなんと20倍に緩和した。またGMジャガイモの4種類を立て続けに認可した(外食には表示がないのでGMジャガイモかどうか消費者は判別できない)。



 ジャガイモについては長い米国との攻防の歴史があり、要求リストは従来から示されてきた。歴代の担当課長は「絶対に許さない」と踏みとどまってきたが、その度にクビになってここまできた。「ジャガイモよ、お前もか…」という事態だ。



 さらにはホルモン牛肉だ。成長ホルモン「エストロゲン」は、乳がんの増殖因子ということもあって日本国内では使えない。だが米国では使用され、輸入牛肉の検査はザルだ。EUは米国産牛肉を禁輸している。だからオーストラリアはEU向けの牛にはホルモン剤を注入しないが、日本向けにはしっかり投与する。4割も安くつくれるからだ。



 EUで食べるオージービーフはホルモン・フリー(不使用)だが、日本では米国産だけでなく、豪州産もニュージーランド産もカナダ産も全部ホルモンが入っている。日本の検査はザルだから「危ないものは日本へ」ということになってしまうのだ。



 最近では米国内でも食の安全を考える消費者が増え、通常より4割高いホルモン・フリー肉の取り扱いが急増しているといわれ、ホルモン剤を使った牛肉は日本に運ばれる。日本では、日米貿易協定で牛肉価格が半額になったことで、協定発効の2020年1月だけで米国産牛の輸入は1・5倍に伸びている。悲しいことに、みんな安さに喜んで飛びついてしまっているわけだ。



 さらに「ラクトパミン」(牛や豚のエサに混ぜる成長促進剤)。これは世界では有名だが、日本では知られていない。この成長促進剤は人間に直接中毒症状を起こすということで、EUだけでなく、中国やロシアでも国内使用と輸入を禁じている。台湾では大問題になり、米国産豚肉輸入に反対する国民的な抗議デモが起きて輸入禁止になったほどだ。



 そんなことも露知らず、日本では一般的に食べられている。しかもこのラクトパミンなどの安全性基準については、安全基準を定める国際的な権威であるコーデックス委員会で揉めに揉めたため、最後は投票に持ち込まれ、米国の企業によってカネで安全基準が買い取られた。このとき日本の厚労省の方が座長だったのだが、関係者からは「国際的権威がこれでは情けない…」という話も漏れ聞いている。



 乳製品では、M社開発のGM牛成長ホルモン「rBGH(あるいはrbST)」だ。ホルスタインに注射1本で乳量が2~3割も増えるという「夢のような」ホルモンだが、米国で「乳がん7倍、前立腺がん4倍」という研究結果が出て、消費者が動き、スターバックスやウォルマートでは「不使用」を宣言せざるを得なくなった。それが未認可であるはずの日本に素通りで入ってきている。



 私は農水省職員時代、このホルモン剤の安全性を追って渡米したが、認可官庁も製薬会社も研究機関の大学教授も、まるで同じテープを聴いているかのように同じ言葉をいっていて驚いた。よくみると、安全性を審査する研究機関は製薬会社から巨額の研究費をもらっており、その製薬会社と認可官庁は人事交流(回転ドア)で一心同体の関係という「疑惑のトライアングル」ができあがっている。



 ホルモン剤を売る製薬会社から莫大な研究資金をもらっている世界的権威の教授が「大丈夫だ」といっているわけで、「大丈夫かわからない」ということだ。こうなると専門家になればなるほど大嘘つきになっているかもしれないということさえ心配しなければならない。



 だが恐れずに真実を語る研究者と消費者の行動が、事態を変えていく力になることも忘れてはいけない。米国の消費者たちは、「rBGH不使用」表示が無効化されたときに、安全性の高い本物を生産してくれる生産者を探してネットワークをつくり、独自の流通ルートを確保して、安心・安全な牛乳・乳製品を調達するために徹底的に頑張った。そのため外食や小売大手も「使っていない」と宣言せざるを得なくなり、M社はこの成長ホルモンの権利を売却してしまった。それでも米国農家の3割がまだこれを使っている。その行き先はやはり日本だ。



 日本では、GMもゲノムも表示がされなくなり、食品添加物でも「無添加」表示ができなくされ、結局何を食べているのかもわからなくさせられている。でも、米国の消費者のように、本物をつくってくれている生産者を支えるネットワークがあればびくともしない。だから「政治行政が動けなくても、われわれは負けない」ということを自分たちで示す流れを強化することが重要だ。



 ところが今、「日本のものなら安全」という神話が崩れつつある。EUの消費者が動き、規制当局と企業が癒着して安全基準を決めているのは信用できないとして、予防原則に基づく厳しい基準を求めた。それでEU農薬基準が強化され、EUへの輸出国もそれに呼応して基準を厳しくした。農水省が調べてみると、日本は世界で最も農薬の安全基準が緩い国の一つになっていた。禁止農薬が一番少ないのも日本だった。EUもしたたかで、EU圏内で作った禁止農薬を日本に販売している。食だけではなく、農薬の危ないものまで日本に売っておけという話になってしまっている。



有機農業が持つ可能性 世界では一大潮流に



 EUの消費者が震源地になり、世界では減化学肥料、減農薬、有機(オーガニック)農業の潮流が一大ムーブメントになっている。中国は即座に動いて、今やEU向けの有機農産物の輸出(2020年)は、415万㌧で第1位だ(日本は2㌧で52位)。中国は有機農産物の生産量でも世界3位になっている。日本は耕地面積における有機栽培面積はわずか0・6%と、非常に出遅れている。力の源泉は消費者の意識と行動であり、さらには国の農家支援が重要だ。



 そこで出てきたのが農水省の「みどりの食料システム戦略」(みどり戦略)で、2050年までに稲作を主体とした有機栽培面積を25%(100㌶)にまで拡大し、化学農薬5割減、化学肥料3割減をうち出した。私がいたころは有機農業というだけで奇人変人扱いだったので隔世の感がある。関係者の長年の努力が実ったといえる。



 しかし目標ができたのはいいが、グローバル農薬企業はさらに先を読み、化学農薬にかわる次世代農薬としてRNA(遺伝子操作)農薬の開発を進め、これを使って日本でビジネスをやろうとしている。そのため日本の有機農業にRNA農薬を認めるという動きになっている。しかも日本はゲノム編集を大推進しているので、同時に有機農業も進めたら、ゲノム編集の種も有機農業に認めなければならないという流れが当然出てくる。これでは有機栽培の本質が損なわれる。




デジタル農業のイメージ図(YouTube動画:Big Brother is Coming to the Farm: the Digital Takeover of Foodより)

 さらに「みどり戦略」の目玉は、デジタル農業だ。ここでビジネス機会を狙っているGAFA(GAMA)などIT大手企業が描いている構想はこれ【画像】だという。農地から農家を追い出し、ドローンやセンサーで管理・制御されたデジタル農業で、種から消費まで利益を最大化するビジネスモデルを構築して、投資家に売るというものだ。



 しかもビル・ゲイツ氏は、昨年9月の国連食料サミットをデジタル農業のキックオフにしようとして、日本の「みどり戦略」もそこでお披露目している。ビル・ゲイツ氏は今や米国最大の農場所有者になり、マクドナルドの食材もその農場が供給しているというニュースが米国で流れた。彼は日本の農場も買い始めている。農水省がそこまで意図していないにしても、こんな農業を開けて通して、投資家だけが利益をむさぼるような世界に組み込まれていくことを絶対に許すわけにはいかない。



 この構想では、有機農業は2035年までは伝統的な技術で低空飛行を続けても栽培面積は1・57%しか増えないが、その後の20数年で進めるデジタル農業で一気に増やしていくんだという議論になっている。それは果たして本当に有機農業なのか? だ。



 重要なのは、今ある有機農業の優れた技術を共有して横に展開していくことだ。狭い日本で規模拡大して海外と同じ土俵で戦えるなどという絵空事をいっている場合ではなく、本物をつくり、それを支えていく消費者と生産者の連携による強い農業をつくらなければいけない。「安ければいい」で国内の生産者を買い叩いていけば、そのうちビジネスも食べるものもなくなっていく。そのことを外国はわかっているからみんなで支えているのだ。



消費者が生産守る取り組み 地域からできること




野菜の産直朝市(下関市)

 そこでネックになるのは、「環境に優しい農業をやりたくても草取りの労力もかかり、収量も減るのでやっていけないのではないか」という不安だ。だが、無理しない農業、自然の摂理に従った農業を追求していけば、生産要素が最大限の力を発揮し、生態系全体でだんだん収量も上がり、一番効率的だという「アグロエコロジー」という考え方が広がり、すでに実践されている。



 たとえば北海道の放牧酪農では、頭数は慣行酪農の半分にも満たないが、農業所得はほとんど変わらないまで得られるようになっている。同じく北海道足寄町の放牧酪農は、江戸時代のように草を循環する手法だが、他のどんな農業よりも経済的であることがわかり、参入希望者が順番待ちになり、町の人口まで増え始めたという。



 都府県では、たとえば千葉県のT牧場のように、飼料のトウモロコシを全部コメに替えて、コメ中心で輸入飼料をほとんど使わない方法を定着させ、飼料が高騰してもビクともしない経営を築いている。



 稲作では、千葉県のいすみ市が有機米を学校給食用として買い取る政策をしているが、その基になった民間稲作研究所の稲葉光國氏(故人)は、有機栽培でも10㌃当りの所得が慣行栽培の10倍になることを証明した。九州では自然栽培でも収量が増えた実例もあり、四国では慣行栽培から有機栽培に段階的に移行するやり方を生協組合や農協が連携して進めている。だから有機農業に遺伝子操作を認めたり、スマート農業でやるというのではなく、既存の優れた農法をいかにマニュアル化して普及できるかを考えて行くことが重要だ。



 いい種を守り、種取りしてくれる農家を守り、できたものをみんなで支えるためにはどうすればいいか――。直売所、産直の強化に加えて、学校給食を公共調達にして地場産物を自治体で買い取る出口をしっかりつくり、本物をつくってくれる生産者を支える仕組みづくりを強化することが必要だ。



 それとあわせて、今私もかかわっている国の公共支援の根拠法(ローカルフード法)の国会への早期提出を実現させ、それが超党派で成立すれば、みなさんが地域で立てた計画に対して、自治体レベルの予算では足りない部分を国が出すようにする。



 また、公共育種事業の継続、公共種苗の知見を民間に譲渡しないこと、農家の自家増殖をこれまで通り認めることを含む種子条例や種苗条例の議論が地方自治体でおこなわれている。それをさらに広げて、在来種苗の保護・育成、有機栽培などの技術支援、できた作物の活用拡大(学校給食への公共調達など)などを加えた、ローカルフード条例(地域の種から作る循環型食料自給条例)の検討も提案したい。



 さらに、すでに慣行農家も含めて潰れそうになっている現実があるわけで、大枠の食料安保対策を確立するため、国民と国の役割を明記した「食料安全保障推進法」を早急に制定する必要がある。今は財務省が勝手に農水予算を決めて「これ以上出せない」と一喝されたら終わりだ。そうではなく、このような法律に基づいて食料にこれだけのお金を投入しなければならないということを財務省をこえたレベルで決めることができないかということだ。



 今の給食の単価は安すぎるが、それでも全国の小中学校給食のベースになる部分を国が負担したとしても年間5000億円もかからない。コメ農家が苦しいから、せめてコメ一俵9000円の販売価格とコスト1万2000円との差額を、主食米700万㌧すべてに補填しても3500億円だ。全酪農家に生乳1㌔当り10円補填しても750億円だ。



 すごい金額だと思われるかもしれないが、考えてみてほしい。米国からF35戦闘機(147機)買って維持するだけで6・6兆円だ。オスプレイは1機100億円だ。防衛費2倍で5兆円増やすのなら、安全保障の要である食料になぜもっとお金が掛けられないのか――ということだ。



 食料を含めた大枠の安全保障予算を再編し、防衛予算から農業・文科予算へのシフトを含めた「食料安全保障推進法」をつくることが必要であり、農業基本法の改定だけでは何もできない。



 なによりも生産者と消費者を繋ぐ架け橋となる各地のとりくみをより強化し、そこから新しい提案をどんどんしていくことが重要だ。そこを目指して、今まさに困難に直面しながら頑張っている生産者に寄り添い、支え合う動きをともにつくっていきたい。



      (おわり)
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/24925
3:777 :

2022/11/09 (Wed) 20:45:04

EU、食料価格高騰の最中、代替食品としてトノサマバッタを推奨
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14036783

鈴木宣弘 農業消滅!? アメリカの国家戦略に食い荒らされる「日本の食」
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018404

昭和時代の「食生活」_ 米国の食糧輸出戦略
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14036563
4:777 :

2022/11/09 (Wed) 20:46:21

「資本主義的食料システム」 とその歴史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14055807
5:777 :

2022/11/24 (Thu) 19:33:22

酪農家の窮地を国は救え!  放置すれば4割廃業の危機 血の通った財政出動を
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14066863
6:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/08 (Sun) 06:17:39

食料危機が突きつける農業再生の課題――正念場迎えた日本の食料生産 東京大学大学院教授・鈴木宣弘
2023年1月6日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/25439

 現在、世界的な食料危機の要因となっている「クワトロショック」(コロナ禍、中国など新興国による大量の食料輸入、異常気象、ウクライナ紛争)は、「食料は金を出して買えばよい」といって食料生産をないがしろにし、農産物の輸入自由化を進めてきた戦後日本の政策が、国民の命を守ることができないまでに国の土台を崩壊させてきた冷酷な現実を突きつけた。



 コロナ禍で起きた物流停止が回復せず、 中国の食料輸入の激増による食料価格の高騰と日本の「買い負け」懸念が高まっていた矢先、昨年二月からウクライナ紛争が勃発し、日本がほぼ100%海外に依存する小麦をはじめとする穀物価格、原油価格、化学肥料の原料価格などの高騰が日ごとに増幅され、食料やその生産資材の調達が困難の度合いを強めている。



 突きつけられているのは、高くて買えないどころかものが入ってこないという現実だ。「自国で作るよりコストが安い」といって輸入に頼る短絡的な発想は、その前提が崩れたときに打つ手がない。そもそも飢餓が発生して命を失ってしまうこと以上のコストはないはずである。それが分かっているからこそ先進各国は、公費を投じて国内生産を守り、高い食料自給率を維持し続けている。自国での生産を放棄し、買うことを前提にした「経済安保」など無意味なのだ。



 日本の食料自給率は38%と先進国で最も低く、こんな状況で食料危機に耐えられるのかという議論が始まっているが、実質の自給率はもっと低いということを認識しなければならない。国産80%といわれる野菜も、その種の九割は外国の圃(ほ)場で種取したものであることを鑑みれば10%。リンやカリウムなどの化学肥料原料の自給率はほぼ0%だ。畜産に着目しても、鶏卵は国産率97%だが、飼料(トウモロコシは100%輸入)が止まれば自給率は12%、ヒナも100%近く輸入だ。これら生産資材の自給率の低さを考慮すると、実際の食料自給率は38%どころか10%あるかないかという惨状である。



 このままだと2035年までには、飼料の海外依存度まで含めて考慮すると牛肉、豚肉、鶏肉の自給率はそれぞれ2%、1%、2%。種の海外依存度を考慮すると野菜の自給率は四%と、信じがたい低水準に陥る可能性があり、命綱ともいえる国産97%のコメも野菜と同様になってしまう可能性も否定できない。



 このような状態を放置して、もし海外からの物流が止まれば、国民の生命を守ることはできない。いつ餓死者が出てもおかしくないような薄氷の上に生きていることが、今こそ認識されなければいけない。



 昨年8月、私たちの命がどれほど脆弱な「砂上の楼閣」に置かれているかを裏付ける衝撃的な試算を、米ラトガース大などの研究チームが科学誌『ネイチャー・フード』で発表した。米露戦争の核戦争が起きた場合、直接的な被爆による死者は世界で2700万人。さらに深刻なのは「核の冬」による食料生産の減少と物流停止によって、2年後には世界で2億5500万人の餓死者が出て、そのうち日本が3割を占め、人口の6割におよぶ7200万人が餓死するというものだ。非常にショッキングな試算だが、前述した日本の食料自給率の現状から考えれば当然の帰結と考えるべきだろう。



危機にやるべきことは減産ではなく増産




搾乳する酪農家(熊本県菊池市)

 その日本において今何が起こっているか。国内農業の生産コストは、一昨年に比べて肥料は2倍、飼料も2倍、燃料は3割高という暴騰に悩まされる一方、農産物価格はほとんど上がっていない。農家は赤字に苦しみ、酪農家はこの半年で9割が廃業してしまうかもしれないというほどの苦境にあり、米価暴落で赤字を膨らませているコメ農家も含めて廃業が激増し、物凄い勢いで国内農業が壊滅しかねない状況に追い込まれている。



 食料危機のリスクが高まっているときに国がやるべきことは、国内の農家を守り、国内生産を増強することであるにもかかわらず、この危機的状況下でも政治の動きは鈍く、むしろコロナ禍でコメや牛乳や砂糖が余っているから「減産しろ」と要請している始末だ。農家の意欲を減退させている場合ではない。政府が積極的に増産を促して買取り、コロナ禍で弱った国内の消費者を助け、飢餓人口が八億人に達する世界に向けて日本の生産力で作った食料を人道支援として届け、積極的に需要を作っていく――そのような「前向きな財政出動」こそ求められる。



 ところが「今だけ、カネだけ、自分だけ」(三だけ主義)で目先の自己利益を追求する巨大な日米のオトモダチ企業が政治を取り込み、彼らの利益のために農家や国民から収奪する政策ばかりが実行され、農家を支える政策が出てこない。



 「コメを作るな」「牛乳を搾るな、牛殺せ」と国内農家に減産を要請し、生産費も賄えないほどの低所得を押しつけておきながら、「ミニマム・アクセス」のコメ77万㌧、乳製品13・7万㌧の膨大な輸入だけは義務として履行する。ウルグアイラウンド(UR)合意で定められたミニマム・アクセスは「低関税適用」の枠にすぎず、輸入量を義務づけるものではない。それを日本だけが「最低輸入義務」といって入れ続けるのは、米国との密約を忠実に遵守しているからにほかならない。



 しかも、「安い」はずの輸入食料は、国際的な需給ひっ迫と円安効果によって国内の農産物より高くなっている。毎年33万㌧押しつけられている米国産のコメ価格は国内産の2倍であり、高くて使いものにならないからといってさらに税金を使って餌などに回すという信じがたい有様だ。



 日米2国間のサイドレターによる合意により、米国企業が日本にやってもらいたいことは規制改革推進会議を通じて実行する約束になっているため、この法的位置づけもない諮問機関から「これをやりなさい」といって流れてきたことには、政治も行政も関連組織もまったく反対できず、審議会すら機能していない。「与党の国会議員になるよりも規制改革推進会議メンバーに選んでもらった方が政策が決められる」と与党議員が嘆いているほどである。



 そのため世界的な食料危機や国内農家の苦しい状況があるにもかかわらず、現場から上がってくる要求を実現させるための政策決定プロセスが崩され、人々の命、環境、地域、国土を守る根幹である食料生産を支える政策がまったく出てこない。米国の経済界と密接に繋がった、利害が一致する仲間内だけで国を切り売りする――その一部の利益のために、日本の食と農、関連組織、所管官庁までもなし崩し的に息の根をとめられてしまうという方向性は、まさに「終わりの始まり」である。



農業守ることこそ国防の要



 このような時こそ、地方自治体を含めて、協同組合や市民組織などの共同体的な地域の力が奮起し、自分たちの地域、暮らし、そして命を自分たちの力で守る動きを強める必要がある。この状態を放置すれば、いざ物流が止まったときに国民の食べるものはなくなる。地域の農業が崩壊すれば、関連産業も農協も自治体行政も存続できない。



 消費者の皆さんも「安い、安い」と輸入品に飛びついてしまったら、自分の命も守れなくなる。必要不可欠な食料を狭い視野の経済効率だけで市場競争に任せることは、人の命や健康にかかわる安全性のためのコストが切り詰められてしまうという重大な危険をもたらす。



 安さには必ず理由がある。日本のように米国農産物に量的に依存する状態が続くと、たとえそれらの食料に健康上の危険性(禁止農薬や防カビ剤、成長促進剤、ホルモン剤使用による健康リスク)があったとしても文句もいえず、「もっと安全基準を緩めろ」といわれたら従わざるを得ない。量だけでなく質の面でも食の安全は崩され、食料自給率が一%台になればもう選ぶことすらできない。それを考えれば、少々高いように思えても地域で作られる「ホンモノ」の農産物をみんなで支えることこそ、自分の命を守ることでもある。



 多国籍企業の要請を受けて国は種子法を廃止し、公共のものとして守ってきた主要作物の種子まで民間企業に委ねる方向を決めてしまった。優良な種子を多国籍種子企業に握られてしまい、有事に物理的に種子が入ってこなくなれば飢餓が起きかねず、「種を止めるぞ」と脅されたら従わざるを得なくなる。それはもはや独立国とはいえない。



 私たちは生産者、消費者、業者も自治体も「運命共同体」であることを認識し、地域の伝統的な在来品種のタネをみんなで守り、農家を支え、生産されたものをみんなで消費して支えなければならない。そのうえでひとつの核になるのは学校給食であり、自治体が主導権を握って公共調達にし、地元の安心・安全な食材を届け、食料を作る農家の「出口」として支えるなど、地域循環型のネットワーク作りが今こそ必要だ。



 「お金を出せば食料が買える」という時代は終わろうとしている。不測の事態(有事)に国民の命を守るのが国防であるなら、国内の農業、地域の農業を守ることこそ国防の要である。現在、安全保障をめぐって、増税してでも防衛費を5年で43兆円にする、「敵基地攻撃能力」を持つなどの勇ましい議論がおこなわれているが、足元を見てよく考えるべきである。日本は世界で唯一、エネルギーも食料もほとんど自給できていない。そのうえ現在のように農業を消滅させるような政策を継続するなら、敵を攻撃しようにも逆に食料を止められ、戦う前に餓死である。



 このような情けない現実を直視し、私たちは今こそ国として食料にこそ数兆円規模の予算を投入し、地域で頑張っている食料生産を支えなければならない。全国の小中学校給食のベース部分を国が負担しても年間5000億円。コメ農家を支えるためにコメ1俵9000円の販売価格と生産コスト1万2000円との差額を主食米700万㌧すべてに補填しても3500億円。全酪農家に生乳1㌔当り10円補填しても750億円だ。



 「国防のため」と称して、F35戦闘機(147機)に6・6兆円、オスプレイ1機100億円、防衛費として兵器購入に5年で43兆円を注ぐというのならば、それは微々たる金額だ。武器は人を殺すものだが、食料は命を救うものであり、国民が飢えたとき戦闘機やミサイルをかじるわけにはいかないのだ。何度もくり返すが、食料こそ安全保障の要である。



 財務省はこの国難といえる事態において、大局的見地でどこにお金を使えばいいかが判断できなくなっている。「農水予算など2・3兆円以上増やせるわけがない」と一蹴するような従来の思考停止議論を突破し、数兆円規模の予算をまず食料を守るために使わなければ日本は持たない。



 そのためにも「食料安全保障推進法」を超党派の議員立法として成立させ、財務省の縛りをこえて数兆円規模の予算を食料生産に投じることができるようにすべきであり、同時に地域の在来品種の種を守り、循環型食料自給を進める「ローカルフード法」を早急に成立させなければならないと考えている。



 今日本はたいへんな岐路に立っている。「三だけ」市場原理主義に決別し、種から消費までの地域住民ネットワークを強化し、地域循環型の経済を確立するため、それぞれの立場から行動を起こすべき時がきている。皆さんの地域での粘り強いとりくみが、その流れを変える非常に重要なとりくみとなる。それを誇りにして、私もともに頑張りたい。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/25439
7:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/08 (Sun) 06:21:36

酪農家の窮地を国は救え! 放置すれば4割廃業の危機 血の通った財政出動を
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14066863

鈴木宣弘 _ 迫る食料危機! 私たちの食と農を守るためにできること
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14062214

鈴木宣弘 農業消滅!? アメリカの国家戦略に食い荒らされる「日本の食」
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018404

8:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/01 (Wed) 12:34:32

この国から酪農の灯を消すな! 政治が放置すれば国産牛乳消滅も 院内集会での生産者や鈴木宣弘・東京大学教授の発言から
2023年2月28日
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/25931

酪農家や消費者団体による院内集会(2月14日、参議院会館)

 飼料などの生産資材の価格高騰と、海外からの輸入維持政策のため需給バランスがひっ迫している酪農業界では、生産費を賄えない安い乳価で農家の9割が赤字経営を強いられているといわれ、全国で急速に離農が進んでいる。北海道では乳価のわずかな値上げと引きかえに生産抑制(減産)がおこなわれ、農家は搾った牛乳を毎日廃棄せざるを得ない事態にもなっている。東京永田町の参議院会館で2月14日、全国各地の酪農家や消費者など200人が集まり、「酪農・畜産の危機は、国民の“食”の危機――日本から畜産の灯を消すな!」と題して院内集会がおこなわれた(主催/食料安全保障推進財団、安心安全な国産牛乳を生産する会、農民連、食健連)。集会では、酪農・畜産の存亡の危機に対して、国に血の通った財政出動を求めるとともに、国内農業の苦境について消費者にも理解を求め、この窮地を乗り越えるために協力を呼びかけた。



食料を守るために政治は動け



 はじめに主催団体を代表して農民連の長谷川敏郎会長が挨拶した。
 「酪農をめぐる事態は日々刻々と深刻さを増している。国産牛乳が飲めなくなるかもしれない。まさに日本から畜産・酪農の灯が消えるかどうかという瀬戸際だ。とりわけ昨年8月以降、急激に事態が悪化し、この3月に大量の離農が生まれかねない。この危機を打開するために、酪農家や生産者だけでなく、消費者、生活協同組合、国会議員も参加し、国民の大運動として超党派でこの運動を広げなければいけない」とのべ、全国の酪農家からの要望を野村農水大臣に提出したさいの面談内容を報告した。



 「野村大臣はカレント・アクセス(毎年生乳換算13・7万㌧の低関税輸入枠)は“義務ではない”と認めたが、“それなら輸入をするな”というと“国家として約束を守らなければならない”といい逃れる。そして“そうしないと食料自給率の低い日本に外国は食料を輸出してくれなくなる”などと、食料自給率が低いことまで理由に挙げた。食料自給率を引き上げるためには、国内消費の6割にも及ぶ食料輸入を減らすべきであることを指摘したが、“議論する”というだけだった。今国会でも酪農や畜産にかかわる救済法案は一本もなく、酪農を見殺しにしようとしている。酪農・畜産を守るために国政の役割を果たさせなければいけない」と訴えた。



 続けて、食料安全保障推進財団理事長の鈴木宣弘氏(東京大学大学院農学生命科学研究科教授)、北海道や関東の酪農家たちが現場の生々しい実態を報告し、消費者団体の代表らも連帯のスピーチをおこなった。集会のなかから、鈴木教授の発言と生産者の主な声を紹介する。



■農家の危機は国民の食の危機。命を守るための運動を


東京大学教授 鈴木宣弘  



 今、酪農家は7重苦といえる苦境にある。生産資材が暴騰(一昨年に比べ肥料2倍、飼料2倍、燃料3割高)しているのに価格転嫁できずに農家の赤字がどんどん膨らんでいる。しかも子牛が売れず、副産物収入まで激減している。この危機において、“これ以上搾っても受け付けない”という強制的な減産要請で、4万頭もの乳牛の処分が求められ、北海道を中心に生乳廃棄に追い込まれ、さらに収入が減る状況になっている。



 しかも“脱脂粉乳の在庫が多いのだから、在庫処分の出口対策は農家が負担しなさい”ということで生乳1㌔当り2円以上、去年は北海道だけで100億円規模の負担金を酪農家に負わせている始末だ。



 なぜ乳製品在庫が多いのかといえば、本来は国際協定上の「低関税枠」でしかないものを、国が「最低輸入義務」といい張って莫大な乳製品(生乳換算13・7万㌧)の輸入を毎年続ける異常事態があるからだ。しかも他国のようにコストが高くなって国内農家が赤字になったときにおこなわれる最低限の補填制度もない。



 他の先進国ではどんどん農家に生産を促し、それを政府が受け付けてフードバンクや子ども食堂に届けたり、海外の飢餓救済のための人道援助に回すのだが、政府が需給の最終調整弁を果たすという仕組みを唯一やめてしまった国が日本だ。



 すでに98%の酪農家が赤字というデータが出ている。このまま放置すれば、子どもたちの成長に不可欠な牛乳を供給する産業が持続できなくなる。酪農家の収支データを見ると、この半年で急激に赤字が増え、昨年1~3月に牛乳1㌔当り15円程度だった赤字が、いまはもう30円をこえている。この状況では、10円程度値上げしたところで焼け石に水だ。



 政府は、「飼料価格高騰への補填などを合計すると生乳1㌔当り五円程度の補填に相当する」といい、これで十分であるかのようにいい張っているが、そもそも参考にしているデータが古い。1、2年前のデータを揃えて「もう十分だ。何が悪いのか」といっている。このような現場に寄りそわない政治・行政は失格といわざるを得ない。



 しかも3月からは、牛を殺せば1頭につき15万円支給するという。そもそもバターが足りないといって大騒ぎし、これまで農家に「増産せよ」といって、大規模化を促してきたのは政府自身だ。現在、世界の乳製品の需給はひっ迫しはじめており、もうすぐ乳製品が足りなくなるのは目に見えているのに、強化・増産しなければいけない生産力をみずから削いでいく「セルフ兵糧攻め」をやっているに等しい。



 近い将来、今度は牛乳が足りなくなるが、牛が生まれてから牛乳が搾れるようになるまで育てるには3年はかかるため、増産しようにも絶対に間に合わない。場当たり的な政策で過剰と不足をくり返し、そのしわ寄せを農家に被せる連鎖はもうやめなければならない。


 今やるべきは前向きな財政出動だ。農家にどんどん増産してもらい、国の責任で備蓄も増やし、生産物を国内外の食料援助に回すことだ。アメリカからの要求(密約)を丸呑みにして、保身のために農家と国民を見捨てるのなら、この国の食料危機は深刻化せざるを得ない。



 減産するのなら他の国のように輸入を止めればよく、国内の在庫を消費することが先決だ。なのに北海道だけで14万㌧もの減産を要請し、「牛を殺せ、牛乳を捨てろ」といいながら、同じく14万㌧近くの輸入乳製品を海外から無理矢理入れているのだ。今や乳製品もコメも海外産の方が4割も高い。国産に比べて粗悪な生産物を高く買い、それを誰も買わないから家畜のエサに回し、そこでまた税金を使っている。乳製品も国際価格の方が高くなり、落札されずに余っている状態だ。



 先日、NHK『クローズアップ現代+』で酪農危機が報道され、衝撃が大きかったため、政府は次の様に釈明している。


 ①なぜ乳製品を人道援助に使わないのか?――「要請がないから援助はできない」
 ②乳牛淘汰事業は後ろ向きではないか?――「乳牛淘汰は農家が選択したものだ」
 ③なぜ義務でない輸入を続けるのか?――「業界(メーカー)が求めるから輸入している」


 人道援助はみずからおこなうものだ。嘘がばれるとまた次々と違う理由を出してきていい訳しているが、農家が価格転嫁ができなくて困っているときに、国が責任転嫁をしている場合ではない。



 外国の顔色をうかがって農家や国民に負担を負わせる政治は限界が来ている。現場に寄りそう気持ちを忘れず、保身のためでなく日本のためにわが身を犠牲にする覚悟を持ったリーダーが必要だ。この事態を放置すれば、消費者も国民全体も自分の命さえも守れないことに気がつかなければならない。



 酪農が壊滅すれば、国民が飲む牛乳が消滅し、農協もメーカーも関連産業もみな消滅する。みんなが「運命共同体」であることを認識し、一人一人が今できることを一緒に行動しなければいけない。政治家はもとより、それなりの年齢になった方は、わが身を犠牲にしてアメリカとたたかってでも、国民を守った、農業を守ったという有終の美を飾る覚悟を決め、残りの人生を自分が盾になるくらいの気持ちで頑張らなければいけない時に来ている。




酪農家の搾乳作業(熊本県)

■98%の酪農家が赤字。国は早急な財政支援を


安心安全な国産牛乳を生産する会 加藤博昭 



 今の酪農の情勢は、酪農の歴史始まって以来のとても厳しい状況だ。日本全体の酪農家がすべて赤字といってもいい。安全安心な国産牛乳を生産する会が昨年12月におこなったアンケート調査では、98%の酪農家が赤字と答えた。



 昨年7、8月ごろから急激に赤字が増え12月段階で「乳代(牛乳の売上)でエサ代が払えない」という人が98%。「もう辞める」という人が11%だ。3月までこの状態が続けば辞めるという人が16%。あわせて27%が3月をメドにもう酪農は無理だといっている。とてつもない危機だ。



 この現場の状況に対して、政府も農水省も危機感がなく、報道にも流れず、消費者にも伝わらない。なぜこれほど温度差があるのか? 彼らが集めているデータは古く、昨年8月からの状況を調べていないのだ。酪農のエサ代は経費全体の5割を占めるが、それが乳代で払えないということは、残りの経費もすべて払えない。そんな産業は間違いなくつぶれる。



 酪農は経営母体を作り上げるまでにとんでもない経費がかかる。だから多くの酪農家がかなり大きな負債を抱えている。それが返すに返せず、辞めるに辞められない状況だ。前にも進めず、後ろにも行けない。農家は牛乳を売って生活しており、経費高騰分が乳代に反映されなければならないのだ。現場でどれだけの乳代が必要かといえば、私たちの調査では生乳1㌔当り30~35円上がらなければ酪農経営は不可能だ。



 だから「乳代に反映してほしい」と地元の関東生乳販連にくり返し要望した。だが今回、酪農組織の上部団体である関東生乳販連(関東生乳販売農業協同組合連合会)がメーカーにあげた値上げ要望は1㌔当り15円。15円の要望をあげて15円が返ってくるとは思えないが、そもそも15円でなんとかなるわけがない。同じことのくり返しが起きる。



 農水大臣は「酪農は乳価を自由に上げられる産業なんだから頑張ればいい」というが、やってもやっても乳価交渉ができない構図がある。力関係があまりに違う。とてもではないが自分たちの希望は通らない。それが今の現状だ。だから農家は貯金を全部崩し、返せるあてのない負債をまた借りている。借り入れもできなくなったら、廃業、倒産、下手をしたら命にかかわる状況が起きてもおかしくない。



 だから国に助けてもらわなければどうにもならない。先ほど、私たちは国に要望書を出してきた。
 一番目には、とにかく現金をどんな格好でもいいから農家に早く落としてほしい。時間がない。国の飼料価格高騰緊急特別対策事業では、前回は配合飼料1㌧当り6750円が出ているが、こんな金額ではとてもではないが足りない。1㌧当り2万円を継続的に出してもらいたい。それでも赤字だが、配合飼料の値上がり分だけでも補填できる。先が見える何かがあれば、次の対策がくるまで頑張れる。大臣は「お金なら国が出しますよ」といわれたが、早急に出していただきたい。消費者の皆さんにも、どうかご理解いただきたい。



■需要あるのになぜ乳価が上がらないのか


千葉県・酪農家 石橋祐行   



 今、日本の酪農が窮地に追い込まれている。そのうえで見直さなければならないのは、今の組織構造だ。酪農組織のなかには、各単協あるいはJA農協、それらを統括する県酪連、そして上部団体として生乳販連がある。この生乳販連がメーカーと乳価交渉をして適正な価格に持っていく立場にあるが、そこが機能していない。



 先日も関東乳販連の役員にも直接確認をとったが、彼らに私たちの収支データなどの現状報告を提出しても、受けとりはしたが見ようともしない。彼らが参考にするのは、2年前の農水の統計データのみだ。この古いデータをもとに“このくらいだろう”という予想を立てて乳価交渉に当たっているのが現実だ。彼らは、私たちが出した「最低1㌔当り30円不足している」という要望に対して「それはあり得ない」と否定する。その交渉はしないという。これが組織の現状だが、私たちは黙っているわけにはいかない。



 私たちは今は皆さんと一緒に訴えるしかない。一生産者の立場で訴えられることはこの程度だ。でも、この声が集まればもっと大きくなり、交渉にも反映され、消費者の皆さんにも届くことを願っている。



 そして乳価が上がらない理由の一つに「脱脂粉乳がだぶついている(在庫過剰)」というのが付いてくるが、本当にそうだろうか? 私はそうは思わない。現状、海外からの乳製品は毎年同程度の量が輸入されている。表に出てくるカレント・アクセス(13・7万㌧)だけではなく、その裏にある毎年460万㌧の乳製品輸入は減ることもなく、むしろ年々徐々に増え続けている。つまり需要はある。それでメーカーはもうけている。



 そもそも、私たちが搾った牛乳が余っているといわれるが、この在庫は生産者の手から離れ、買いとったメーカーの持ち物になっている。にもかかわらず、これを盾にして乳価が上げられない構造を作っている。「これだけのものが余っているんだから乳価は上げられない」という理屈だ。この不条理を理解してほしい。



 国が今回出しているリタイア奨励金(3月から乳牛1頭を処分すれば15万円支給)は、本来は継続する生産者に出すべきものではない。本当にリタイアした生産者がもらうべきものだと思う。継続農家がもらうことによって、継続生産者は(生産量が制限され)収入が落ち、さらに苦しむ。殺されもせず、生かされもしない。これが今の現実だ。
(安全安心の国産牛乳を生産する会)




生産抑制のため排水溝に廃棄される牛乳(2月、北海道)

■酪農大国・北海道を襲う未曾有の危機


北海道・十勝酪農法人会会長 小椋幸男  



 北海道と本州の酪農家では少し立場が異なるが、そもそも今の酪農・畜産の構造は、われわれ生産者が作った構造ではない。国が作り上げたものだ。そして今、「乳製品が余っている、余っている」といわれ続け、ホクレン(ホクレン農業協同組合連合会)は乳製品在庫の出口対策として農家に「カネを出せ」といい、3年間続けて生産者は出口対策負担金を拠出している。北海道の酪農家だけで200億円だ。新年度はさらに上乗せで生乳1㌔当り3円50銭を出さなければいけない。すると来年度だけで140億円になる。あわせて340億円もの拠出金を、われわれ北海道の酪農家が拠出している。



 かたや国は、海外から生乳換算で450万㌧の乳製品を輸入し、カレント・アクセス(13・7万㌧)も海外から入れる。こんな不合理をずっと続けている。



 先ほど農水大臣と面談させていただいたが、そのなかで大臣は「水田農家さんも同じようにたいへんだ。苦しいんですよ」ということをいわれる。国会でも同じ答弁だ。このたいへんな状況を作っているのは誰か? 国であり農政だ。それを他人事のように「水田農家もたいへんですよ」という。このような答弁をする大臣にはさっさと辞めてもらわなければいけない。冗談ではない。



 北海道で生産する牛乳は「加工向け乳価」ということで、飲用向けに比べるとかなり安い。昨年11月、メーカーとの交渉で飲用向け乳価は1㌔当り10円上がった。だが、関東生乳販連にはもっと頑張ってもらいたい。関東乳販連で飲用の価格が決まれば、全国一律その金額で決まるからだ。北海道の牛乳は、飲用向けが2割、加工向けが8割なので、プールにすれば2円の値上げにしかならない。期中改定はされないままだ。なぜか? 北海道にある大手3社は期中改定に合意しているにもかかわらず、最大手の乳業メーカーが「今の状況でなぜその要求に応じなければならないのか」ということで交渉のテーブルにも着かないからだ。



 昨年12月8日、ホクレン会長の発表で、新年度は加工向け乳価も10円上がることになったが、それは減産を条件に受け入れてもらったという。今年度5万㌧、来年度9万㌧、北海道だけで合計14万㌧の減産だ。



 消費者の皆さんにも考えてもらいたいのだが、加工向け乳価は4月にならなければ上がらない。にもかかわらず、すでに2月から大手の乳製品の店頭価格は上がっている。これはどういうことか? 要するにメーカーは思う存分にやっている。乳価交渉をすれば彼らは「価格を上げれば消費が落ち込むから上げられない」といって値上げを拒むが、そういいながらメーカーは再値上げ、再々値上げをくり返している。この状況をご理解いただき、どうか消費者の皆さんにも酪農現場の下支えをお願いしたい。(北海道農業法人協会副会長、同協会酪農部会会長、農業生産法人・有限会社ドリームヒル代表)



■奈落に落ちていく仲間を助けられない地獄


 千葉県・酪農家 金谷雅史    



 千葉県内で30頭の搾乳牛で酪農をしている。昨年11月30日に農水省前で声を上げさせてもらったが、依然として酪農の窮状に変化はない。あのとき言ったことが現実になる。スーパーの棚から牛乳がなくなってしまう未来はそう遠くないと感じている。



 今日伝えたいことは、酪農家の心のことだ。私は農家の窮状を訴えることと牛乳の消費拡大を求めて活動しているが、そのなかでいろいろな酪農家の方から声をいただく。「(農水省前での訴えを)見たよ。頑張ってな」とか「応援してるぞ」など、こちらも大変勇気づけられ、また頑張ろうと思う。だが、そうした声とは別に、少なくない酪農家が今思っていることは、「酪農家は減っていい」ということだ。



 現在、生産抑制している需給状況において、さらに生乳生産量を減らそうと酪農業界と農水省が力を合わせて、3月から早期淘汰(牛の処分)に補助金を出す。そんな状況だから、手っ取り早く減産するためには酪農家が離農し、乳牛の数が減ればいいという考えは確かに間違いない。「辞める奴は早く辞めればいい」と酪農家は思ってしまう。離農が加速していることがメディアで報じられているが、いまだに需給ギャップなるものは埋まらず、生産抑制の状況は変わっていない。そしてまた思ってしまう――「酪農家は減っていい」と。



 自分の足場もままならない状況のなかで、仲間がゆっくりと奈落の底へ落ちていく様を見ていて助けられない。それどころか自分はまだ酪農を続けられることに安堵する――この地獄はなんなのだろう? こんなに悲しいことがあるだろうか。



 同業者を蹴落として生き残ることに何の意味があるか。おそらく大きい牧場も小さい牧場もすべての酪農家が同じ気持ちかと思う。そして借入金を増やし、何としても生き残るために、また苦しい状況を作っている。ここにいる酪農家の皆さんが生乳を廃棄していることも知っているが、生産抑制による減産よりも離農による減産の方が多いのではないかと思う。そんな地獄のような状況で辞めていった方々のことを無視して、「抑制による効果で脱脂粉乳の在庫が減ってきた」などと報じられることもあるので、とても心苦しく思っている。



 酪農家は減っていいのだろうか? 酪農家は減ってはいけない。「食料安全保障強化政策大綱」などといって国がこれからの食料確保のために自給率を高めていく指針を決めたのは昨年末だった。その指針で「酪農家は減っていい」となっているのだろうか? そんなわけがない。食料自給率を高めるのなら、一軒でも多くの農家を残さなければいけないのは自明の理だ。そのなかで抜本的な対策を打たない国に対して、すでに信用というものは失墜しているといっても過言ではない。国に対しては引き続き緊急的な対策を求める。



 この地獄を終わらせたいと思っても、毎日大きな変化がないので、声を上げることが虚しくなるときがあるが、まだ頑張っている仲間、多くの酪農家が声を寄せてくださることに感謝し、これからも窮状を伝えること、消費拡大のために邁進していきたい。




酪農家の牛舎(山口県)

■毎日牛乳を棄てる酪農家の苦悩を知ってほしい


北海道士幌町・酪農家  川口太一  



 数年前のNHK朝ドラ「なつぞら」のロケ地になった場所から来た。その北海道で、今どんなことがおこなわれているのかを伝えたい。



 私の牧場では250頭ほど搾乳しているが、これまでの減産(生産抑制)に続き、10月からはさらに5万㌧減産ということで、減産の勢いがさらに強くなった。ある新聞の取材に応じて、私の牧場での生乳廃棄のシーンが報じられると、「お前は何をやっているのか」「なぜそんなことをするのか」とさんざんに叩かれた。でも私は「違うよ。この窮状は訴えないといけないよ」と答えている。消費者の皆さんにも訴えなければいけない。現場では、毎日1㌧ほどの牛乳を捨てている。約10万円分だ。それが今月、来月と続くわけだ。



 さらに子牛の値段がゴミのような価格になり、一時は缶コーヒーと同じ値段にまでなった。十勝は明日もマイナス20度。こんなに寒いなかでも、子牛が生まれると牛舎には湯気が濛々と立ち上がるなか、親牛が子牛をなめてやる。まさに命が誕生する瞬間だ。



 だが今現場では、その生まれてきた子牛を薬殺している。市場に出荷しても1頭500円、手数料を引けばマイナスだ。持って帰って少し大きくなるのを待てば、毎日エサ代が数千円かかり、調子が悪くなれば治療費が1万円。とても農家は持たない。だから薬殺がおこなわれている。生まれたばかりの子牛が1回も母牛のミルクを飲まされないで、親牛の前で、生産者の前で、たった5CCの消毒液(注射)によって安らかに眠る。これが今現実におこなわれているのが北海道だ。



 店頭では乳価が上がった。消費者の皆さんには高い負担で牛乳1本買っていただかなければならなくなった。35円、50円上がり、月にして1000円上がったかもしれない。だが今や“物価の優等生”になったのは牛乳だ。ご存じの通り、卵も納豆もすべて信じられないくらい値段が上がった。これだけはお伝えしたい。今日と同じように明日も一杯の牛乳を飲んでほしい。そうやって買い支えていただくことが酪農家を救う唯一の道かと思う。国は助けてくれない。



 本来、私はこんなところでしゃべる人間ではない。今日も来るのを迷ったが、なんとしても北海道の窮状、生産者の苦しみを訴えなければいけない。廃棄は罪だ。やってはいけない。農家はただ生産目標(減産)のためにやっているに過ぎないのだ。そして明日も、おそらく集荷もされずに現場で薬殺される子牛が後を絶たないだろうと思う。



 新年度はさらに減産だ。おそらくもっと厳しいと思う。すべてよくなる方向は見えない。どうか消費者の皆さんにご理解をいただき、今、灯が消えようとしている酪農家をなんとか支えていただきたい。(十勝酪農法人会)



■酪農地帯は町そのものが存亡の危機に


北海道別海町・酪農家  岩崎和雄  



 別海町は、酪農が基幹産業で畑作はほとんどない。酪農がダメになれば町自体が消滅していくことになる。それでなくても今次々に離農が続いているため、人口がどんどん減り始めている。たいへんな状況だ。



 別海町は町村単位では全国で一番大きな酪農地帯だと思うが、この酪農地帯でも後継者が少しずつ減り、だんだん酪農家が減る傾向にあったが、それに加えて今回の畜産危機では、エサ代が上がり、他の資材も本当に上がっている。それが酪農家を苦しめており、昨年度末はかなりの農家がセーフティネット資金を借りざるを得なくなった。農協もそれを推進した。



 この状態で推移すれば、今年度は酪農家の状況はもっと悪くなる。良くなる見通しがないということになれば、廃業があいつぐことになる。



 バター、脱脂粉乳、クリームなどは、北海道の生産量が多い。飲用乳の出荷はそれほどないが、どこのコンビニでも売っているスイーツなどで使われているクリームはなかなか輸入はできず、そういうものもどんどん減っていくだろう。



 豊かな食生活のためには、酪農が日本に残り、 農業で豊かな生活ができることが大切だと思う。消費者の皆さんにとっても、本当は乳価が上がっても買えるくらいの所得が保障されなければいけない。満足に買えないような所得で、乳価だけが上がって済む問題ではない。みんなで力を合わせて国産牛乳を守っていきたい。(北海道農民連釧根地区協議会議長)
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/25931
9:777 :

2024/01/13 (Sat) 19:33:14

食料危機の深刻化に私たちはどう立ち向かうか――「お金出せば買える」が通用しない時代へ 東京大学大学院教授・鈴木宣弘
2024年1月13日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/28766

 今、世界の食料情勢は「クワトロ(4つの)・ショック」と筆者が呼ぶ危機的状況にある。


 コロナ禍で物流途絶が現実味を帯び、中国の「爆買い」が勢いを増し、飼料穀物をはじめ多くの農畜産物が、日本などが買い付けに行っても残っていない。中国のトウモロコシ輸入量は2016年に246万4000㌧だったものが、22年には1800万㌧へと7・3倍になった。大豆の輸入量は年間1億㌧にのぼり、大豆消費量の94%を輸入に頼る日本の輸入量(年間300万㌧)はその端数にもならない。「買い負け」というよりも勝負になっていない。



 さらに「異常気象」が通常気象になり、干ばつや洪水の頻発による農作物の不作が続いている。2020に年2月からはロシアとウクライナの戦争が勃発し、小麦をはじめとする穀物、原油、化学肥料の価格が高騰した。その収束の目途も立たない中、今度はパレスチナでイスラエルのガザ侵攻が勃発し、これも泥沼化しそうな気配である。



 ロシアとウクライナは、世界の小麦輸出の3割を占め、トウモロコシの輸出シェアも大きい。ウクライナからの輸出に依存していたアフリカ諸国を中心に深刻な食料不足となり、中国も穀物の輸入先をウクライナから米国に切り替えたため、日本をも含む食料争奪戦が激化した。



 こうした状況下で最も危惧されるのは、インドのように世界1、2位のコメや小麦の生産・輸出国が「外に売っている場合ではない」と自国民の食料確保のために防衛的に輸出規制をする動きだ。そのような国は今や30カ国に広がった。世界のコメ輸出の4割を占めるインドは、2023年7月にコメの大部分を禁輸した。このため穀物の国際価格は下がる見込みが立たない。





 この食料争奪戦のなかで「お金を出せば食料を輸入できる」という考えは通用しなくなっているが、国内では、肥料、飼料、燃料などの暴騰にもかかわらず農産物の販売価格は上がらず、農家は赤字にあえぎ、廃業が激増している。



 日本の農家の平均年齢は、すでに68・4歳(2022年)。この状態を放置して5年後、10年後に果たしてどれだけの農家・農村が存続しているか。その崩壊のスピードが加速している。それは、いざというときに国民が必要とする食料が確保できなくなるということであり、農業の危機は、農家の問題をはるかにこえて国民全体の「命」の問題である。



 この状況下で、国内の食料生産を増強する抜本的な対策をとらず、コメを作るな、牛乳を搾るな、牛を処分しろ、さらには生乳廃棄までさせて、「セルフ兵糧攻め」のようなことをやっていては「農業消滅」は急速に進み、不測の事態に国民は餓死しかねない。不測の事態に命を守るのが「国防」なら、食料こそ、国防、安全保障の一丁目一番地である。



自給率の低下と米国の対日政策



 これまでも指摘してきたように、日本の食料自給率は38%というが、実質はもっと低い。たとえば野菜の自給率は80%でも、その種の9割は海外の畑で種採りされているので、種が止まれば自給率は8%である。さらに化学肥料原料もほぼすべてを輸入に頼っているので、肥料が止まれば収量は半減し、実質自給率は4%になる。同じくコメ・麦・大豆の種も海外から9割が輸入されるような最悪の事態を想定すると、食料の実質自給率は9・2%と計算される。





 日本の食料自給率がこのように劇的に低くなった背景には米国の政策がある。我が国は、米国の占領・洗脳政策のもと、米国からの市場開放要請をGATT(WTO)、FTAなどを通じて受け入れ続けてきた。



 米国は、国内では手厚い農業支援を温存しながら、相手国には徹底した規制緩和を要求する。米国は、自由貿易とか、level the playing field(対等な競争)としばしば言うが、米国が求める「自由貿易」とは「米国(発の企業)が自由に利益を得られる仕組み」であり、「関税を撤廃させた国の農業を補助金漬けの米国農産物で駆逐する仕組み」である。



 ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさん(スウェーデン出身の女性言語学者)は、『いよいよローカルの時代~ヘレナさんの「幸せの経済学」』(ヘレナ・ノーバーグ=ホッジ、辻信一、大月書店、2009年)の中で概略次のように述べている。
 「多国籍企業はすべての障害物を取り除いてビジネスを巨大化させていくために、それぞれの国の政府に向かって、ああしろ、こうしろと命令する。選挙の投票によって私たちが物事を決めているかのように見えるけれども、実際にはその選ばれた代表たちが大きなお金と利権によって動かされ、コントロールされている。しかも多国籍企業という大帝国は、新聞やテレビなどのメディアと科学や学問といった知の大元を握って私たちを洗脳している。」
 やや極端な言い回しではあるが、これはグローバル化や規制改革の「正体」をよく表している。



 米国発のグローバル企業の利益を追求する米国の戦略の凄さは、日本や途上国の若者をどんどん米国に呼び寄せ、「規制撤廃、貿易自由化を徹底すれば、皆が幸せになれる」と説く市場原理主義を徹底的に教え込んで帰国させ、彼らによって放っておいても米国(発の企業)が儲かるように自発的に動く社会を他国に作り出そうとする。



 その洗脳教育の結果、日本では、畳みかけるような農産物関税削減・撤廃と国内農業保護の削減が進行し、食生活は「改善」の名目で「改変」させられ、米国の余剰農産物の処分場として、グローバル穀物メジャーなどが利益を得るレールの上に乗せられ、食料自給率を低下させてきた。



 米国の利害にしっかり応えるように農産物の関税撤廃を「いけにえ」として米国に差し出し、その代わりに自動車などの輸出で利益を得る。そうすれば経産省は自分たちの天下り先も得られるからだ。さらに財務省は、米国の要請に呼応して信じられないほどに農水予算を減らし、「食料など金を出せば買えるのだ。それが食料安全保障だ」という流れを日本の経済政策の主流にしてしまった。この戦後政策の誤りが、今日の食料危機の根幹にある。



「貧困緩和」を名目にした途上国収奪のメカニズム



 食料危機を引き起こす多くの要因は、米国政府などの背後で「今だけ、金だけ、自分だけ」の飽くなき利益追求に邁進してきたグローバル企業などが作り出してきたと言っていい。



 「緑の革命」(1960~70年代にかけて途上国でおこなわれた大規模な農業技術革新)は、化学肥料・農薬の大量投入と、それに対応した品種(タネ)のセットで世界の穀物生産を増大させ、人類を飢餓と食料危機から救うかに思われた。



 しかし、化学肥料の多投で作物の根と土壌菌との共生が弱まり、微生物が豊かでCO2貯留にも役立っていた土壌の劣化による表土の流出、それに伴う水使用の増加による水の枯渇などを招いた。作物が本来持つ力の弱まりがさらなる農薬の多投にもつながった。



 また、単一品種の大規模生産が進み、それを米国などが担い、穀物生産の少数国への集中が進んだ。今や世界の食料輸出の約8割を約20カ国が占め、トウモロコシでは輸出の75%が5カ国(米国、ブラジル、アルゼンチン、ロシア、ウクライナ)に集中している。



 米国が牛耳るIMFや世界銀行は、「貧困削減」の名目で途上国への援助や融資を主導するが、その見返りに貿易自由化の徹底を求める。それによって米国などの穀物に依存させ、途上国の農民を家族経営的な穀物生産から追い出し、グローバル企業が運営するコーヒーやバナナなど商品作物の大規模プランテーションで収奪的に働かせるため、農地を追われた農民の伐採による森林破壊も進行した。土壌劣化や森林破壊は、地球温暖化に「貢献」した。



 それがもっとも徹底されたのが、サブサハラ(サハラ以南)のアフリカだ。「緑の革命」後、この地域の食料自給率は向上するどころか、劇的に低下した。世界の飢餓・貧困人口はこの地域に圧倒的に集中し、今回も飢餓に陥りやすくなっている。



 ハイチでは、IMF(国際通貨基金)の融資条件として、1995年に米国からコメ関税の3%までの引き下げを約束させられ、コメ生産が大幅に減少し、輸入に頼る構造になったところにコメ輸出規制(2008年)が襲い、死者まで出た。フィリピンでも死者が出た。米国の勝手な都合で、世界の人々の命が振り回されたのである。



 米国は「安く売ってあげるから非効率な農業はやめたほうがよい」と言って世界の農産物貿易自由化を進める。だが、それによって基礎食料の生産国が減り、米国等の少数国に依存する市場構造になったため、需給にショックが生じると価格が上がりやすくなる。それを見て高値期待から投機マネーが入りやすくなり、不安心理から輸出規制が起きやすくなる。そのように価格高騰が増幅されやすくなったことが、2008年や今回の食料危機を増幅し、高くて買えないどころか、「お金を出しても買えない」リスクを高めている。



 「規制撤廃こそが、食料自給率低下、食料危機、貧困増幅の原因だ」と指摘すると、IMFや世銀は「まだ規制撤廃が足りないのだ」と反論する。まさに「ショック・ドクトリン」だ。



 さらに、米国には、トウモロコシなどの穀物農家の手取りを確保しつつ世界に安く輸出するための手厚い差額補てん制度がある。それによって穀物の米国への依存を進め、価格高騰が増幅されやすい市場構造を作り出しておきながら、財政負担が苦しくなってきたので、何か他に穀物価格高騰につなげられるキッカケはないかと材料を探していた。



 そうしたなか、国際的なテロ事件や原油高騰が相次いだのを受けて、「原油の中東依存を低めてエネルギー自給率を向上させる」、「環境に優しいエネルギーが重要である」との大義名分を掲げ、トウモロコシをはじめとするバイオ燃料の推進政策を開始した。その結果、見事に穀物価格の吊り上げへとつなげた。



 トウモロコシ価格の高騰で、日本の畜産も非常に苦しい状況に追い込まれたが、トウモロコシを主食とするメキシコなどでは暴動が起こる非常事態になった。メキシコでは、NAFTA(北米自由貿易協定)によってトウモロコシ関税を撤廃したので、米国からの輸入が増大し、国内生産が激減してしまっていたところに、価格暴騰が起きて買うこともできなくなってしまった。まさに米国戦略による「人災」だ。



 貧困緩和を名目にして途上国農村からの収奪を正当化するのは、この歪んだ屁理屈なのである。そもそも貧困緩和ではなく、大企業の利益を最大化することが目的であり、「援助」の対象となった国々の危機は当然の帰結である。



食料・農業危機の解決策が武器とコオロギなのか




人参を収穫する農家(山口県)

 米国農産物輸入の増大と食生活誘導により、日本人は米国の食料への「依存症」になった。このように量的な安全保障を握られると、たとえ米国農産物の安全性に懸念があったとしても、それを拒否できないという形で、質的な安全保障さえも握られることになる。



 昨今の食料危機の深刻化のなかで、ついに日本政府は24年ぶりに農政の憲法にあたる「食料・農業・農村基本法」の見直しに着手した。その目的は当然にも、世界的な食料需給情勢の悪化を踏まえ、不測の事態にも国民の命を守れるように国内生産への支援を早急に強化し、食料自給率を高める抜本的政策を打ち出すためだと思われた。



 しかし、新基本法では食料自給率という言葉は消え、「指標の一つ」と位置づけを後退させた。背景に「食料安全保障を自給率という一つの指標で議論するのは、守るべき国益に対して十分な目配りがますますできなくなる可能性がある」という意見もある。



 さらに、「平時」と「有事」の食料安全保障という分け方を強調し、平時はこれまで通り輸入に頼るが、有事になれば大変だから、有事立法を制定し、「有事には花農家も命令に従って一斉にサツマイモ栽培に切り替えて食料を供出しなさい」といった強制的な増産命令法をつくるという。



 しかし、不測の事態でも国民の食料が確保できるように、普段から食料自給率を維持することが食料安全保障の基本である。今苦しんでいる生産者を支える政策が見えないままで、いざというときだけ命令に従って増産しろ、という制度にどんな意味があるのか、まったく理解できない。



 また、「自給率向上を目標に掲げると非効率な経営まで残ってしまう」というピントのずれた視点もある。そのため2020年「基本計画」では示されていた「半農半X」(半自給的な農業とやりたい仕事を両立させる生き方)を含む「多様な農業経営体」の重視が今回の基本法の答申では消え、「経営所得安定対策」の対象になるのは「効率的かつ安定的な農業経営」のみとするニュアンスへと逆戻りしている。



 コロナ禍は、この方向性=「地域での暮らしを非効率として放棄し、東京や拠点都市に人口を集中させる」のが効率的な社会のあり方として推進することが間違っていたことを改めて認識させたはずだった。コロナ禍が一段落したかに見える今、2020年基本計画でも一度反省され、コロナ禍でも反省したはずの教訓を投げ捨て、再び「目先の効率性があるものだけが残れば農村コミュニティは崩壊してもよい」と判断するかのような議論が復活している。今必要なことは、それとは逆に「多様な農業者」で地域農業を盛り上げていくことである。



 一方、国政では、増税してでも防衛費を5年で43兆円に増やし、経済制裁の強化とともに、敵基地攻撃能力を強化して敵国に攻めていくかのような議論が勇ましくおこなわれている。欧米諸国と違って食料自給率が極端に低い日本が「経済制裁強化だ」と叫んだ途端に、みずからを兵糧攻めにさらすことになり、戦う前に飢え死にさせられてしまうことは目に見えている。戦ってはならないが、戦うことすらできないのである。



 さらには SDGsを「悪用」して、水田のメタンや牛のゲップが地球温暖化の「主犯」とされ、食料生産現場の苦境は放置したまま、昆虫食(コオロギ)や培養肉、人工卵の機運までもが醸成されつつある。まともな食料生産振興の支援予算は長年減らされ、コメを減産し、乳牛を処分し、牛乳を廃棄しながら、トマホークの大量購入と昆虫食を推進することが何の「安全保障」だろうか? 不測の事態に、ミサイルとコオロギをかじって生き延びることができるのか。私たちは、真剣に考えなくてはならない。



グローバル企業の次なる企てと「フードテック」



 グローバル種子農薬企業やIT大手企業が目論むもう一つの農業モデルは、今いる農家を追い出して、ドローンとセンサーを張り巡らせた自動制御による「儲かる農業」である。新たなビジネスモデルをつくって投資家に売るのだという見方もある。



 実際、ビル・ゲイツ氏は米国の農場を買い占め、米国一の農場主になっている。2022年の世界食料サミットを、このような農業を広めていくためのキックオフの場にしようとしたという事実もあり、絵空事ではない。



 そのために日本が国策として推進しようとしている「フードテック」というものの中身を見ると愕然とする。その論理は、温室効果ガスの排出を減らす必要があるカーボンニュートラル(脱炭素)の目標達成に向けて、今の農業・食料産業が最大の排出源(全体の31%)なので、遺伝子操作技術なども駆使した代替的食料生産が必要というもので、それは人工肉、培養肉、昆虫食、陸上養殖、植物工場、無人農場(AIが搭載された機械で無人でできる農場経営)などと例示されている。



 温室効果ガス排出の量から各たんぱく質を評価すると、最も多い牛に比べて豚は3分の1、鶏は約5分の1、昆虫食では鶏よりもさらに少量だとの解説もある。



 今の農業・畜産の経営方式が温室効果ガスを排出しやすいというのであれば、まず、環境に優しく、自然の摂理に従った生産方法を取り入れていくことを目標とするというならわかるが、それをすっ飛ばして、さらに問題を悪化させるようなコオロギや無人農場に話をつなげている誤謬に気づく必要がある。



 日本ではフードテック投資が世界に大幅な遅れをとっているので、国を挙げた取り組みの必要性が力説されている。「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業の次のビジネスの視点だけで、地域コミュニティも伝統文化も崩壊し、食の安全性も食料安全保障もないがしろになる。陰謀論だと言う人がいるが、フードテックの解説には、その通りに書いてある。陰謀論でなく、陰謀そのものなのだ。



 こんなことを続けて、IT大手企業らが構想しているような無人の巨大な「デジタル農業」がポツリと残ったとしても、日本も世界も、多くの農漁村地域が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には、超過密化した東京などの拠点都市で、餓死者が出て、疫病が蔓延するような歪(いびつ)な国になることは必定である。



 命や環境を顧みないグローバル企業の目先の自己利益追求が、世界の食料・農業危機につながったが、その解決策として提示されているフードテックが、環境への配慮を隠れ蓑に、さらに命や環境を蝕んで、次の企業利益追求に邁進していないか。これで日本と世界の農と食と市民の命は守れるのか。早急な検証が必要である。



地域から始める農業再興と広がる成功事例




野菜の産直朝市(下関市)

 以上にみてきたように、食料・農業危機の背景には、米国発のグローバル企業などの「今だけ、金だけ、自分だけ」の自己利益追求がある。人間は自然を操作し、変えようとしてきた。その「しっぺ返し」が来ているときに、さらに不自然な技術の追求が解決策になるだろうか。それとは逆に、水と土と空気、環境が健全であれば、植物や動物の能力が最大限に発揮され、すべてが健康に持続できるはずである。



 化学肥料が発揮してきた効果を否定するわけではないが、化学肥料の多投などで短期的に儲けを増やそうとすれば、土壌微生物との共生が破壊され、人間にとっての栄養も足りなくなる。土壌に暮らす微生物が、食べ物とともに腸内に移住したものが腸内細菌の起源である。土壌微生物のおかげで、人間の健康も保たれる。植物工場に根本的な無理があるのも、土との関係が絶たれるから、人間に必要なミネラルなどの微量栄養素が野菜に含まれなくなることが大きい。



 新技術開発を否定するわけではないが、自然の摂理を大切にし、生態系の力を最大限に発揮できるように、基本に帰ることが、今こそ求められているのではないだろうか。本当に持続できるのは、人にも生き物にも環境にも優しい、無理しない農業、自然の摂理に最大限に従い、生態系の力を最大限に活用する農業(アグロエコロジー)ではないだろうか。経営効率が低いかのようにいわれるのは間違いである。最大の能力は、酷使でなく、優しさが引き出す。人、生きもの、環境・生態系に優しい農業は、長期的・社会的・総合的に経営効率が最も高いのである。



 今こそ、地域からの取り組みが重要になっている。「今だけ、金だけ、自分だけ」(三だけ主義)の日米のオトモダチ企業がこの国の政治を取り込み、農家や国民を収奪しようとするのを放置すれば、物流が止まった途端に国民の食料はなくなる。農業が崩壊すれば、関連産業も農協・生協も、地域の行政、社会、経済も存続することはできない。今こそ協同組合、市民組織など共同体的な力が、自治体の政治・行政と連携して地域で奮起し、地域のうねりを国政が受け止めて国全体のうねりにする必要がある。



 そのうえでは、地域の種を守り、生産から消費まで「運命共同体」として地域循環的に農と食を支える「ローカル自給圏」のようなネットワーク、システムづくりが有効である。一つの核は、学校給食での地場産農産物の公共調達である。すでに全国で取り組みが始まっている。先日、筆者が話をさせていただいたセミナーでは、市長さんが有機米給食のため「(地域で生産される有機米を)1俵4万8000円で買い取ります」と宣言し、会場から歓声が上がった。こうした取り組みが広がれば、流れは加速され、地域に好循環が生まれる。



 農家と住民が一体となり、耕作放棄地を皆で分担して耕す仕組みも重要である。母親グループが中心となって親子連れを募集して、楽しく種蒔き、草取りして耕作放棄地で有機・自然栽培で小麦づくりをし、学校給食を輸入小麦から地元産小麦に置き換えていった実践事例もある。「生産者」と「消費者」の区別のない「一体化」で共に作り、共に食べる仕組みづくりが各地で拡大している。



 直売所やマルシェも全国的に増加し、地元農家が作る安全・安心な自慢の農産物が適正な価格で評価される役割を果たしている。大手流通規格の制約を受けないので、見栄えをよくするために使っていた無駄な農薬を減らした農産物生産にもつながる。直売所間の転送システムを充実することによって直売所販売による農家収入の飛躍的増加に成功した事例もある。

 今、農家は、コストに見合う価格が形成できずに、 経営を継続し、次世代に引き継ぐことが難しい状態が続いている。買い叩きビジネスをやめることは不可欠だ。流通・小売り業界は、買い叩いて一時的にもうかっても、農家が激減したらビジネスができなくなることを認識すべきである。自分で価格設定できる販売ルート確立のためにも直売所販売の拡大にも期待したい。

 現下の農業危機に早急に対処すると同時に、世界的な土壌の劣化、水や資源の枯渇、環境の破壊に加え、輸入途絶リスクの高まりと、消費者の減化学肥料・減化学農薬を求める世界的潮流からも有機・自然栽培の方向性を視野に入れた国内資源循環的な農業の展開に向けた取り組みを急ぐことが求められている。

 耕地の99・4%を占める慣行農家と、0・6%の有機・自然栽培農家は、対立構造ではない。安全でおいしい食料生産への想いはみな同じである。生産資材の暴騰下でも踏ん張ってくれている農家全体を支援し、かつ国内資源を最大限に活用し、自然の摂理に従った循環農業の方向性を取り入れた安全保障政策の再構築が今こそ求められている。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/28766

  • 名前: E-mail(省略可):

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.