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明治維新以降、日本はイギリスやアメリカの手先として動いてきた。

1:777 :

2022/10/29 (Sat) 09:03:30

明治維新以降、日本はイギリスやアメリカ、つまりアングロ・サクソンの手先として動いてきた。イギリスは1840年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけて「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を仕掛け、利権を手にするほか麻薬取引で大儲けしたが、中国(清)を占領することはできなかった。戦力が足りなかったのだ。その戦力を日本が提供することになる。だからこそイギリスは技術を提供、資金を融資したわけだ。

 日本をアジア侵略へと導く上で特に重要な役割を果たしたのはイギリスの外交官として日本にいたアーネスト・サトウ、アメリカの駐日公使だったチャールズ・デロングや厦門の領事だったチャールズ・ルジャンドル。こうした人びとは明治政府に対して大陸を侵略するようにけしかけている。

 デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任して外務卿だった副島種臣の顧問になり、台湾への派兵を勧めた。その口実を作るため、日本政府は琉球を急遽、併合したわけである。

 イギリスを後ろ盾とする明治政権は琉球を併合した後1874年に台湾へ派兵、75年には李氏朝鮮の首都を守る江華島へ軍艦を派遣して挑発する。

 1894年に甲午農民戦争(東学党の乱)が起こって朝鮮王朝が揺らぐと日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながった。この戦争で日本は勝利し、大陸侵略を始める。

 朝鮮では高宗の父にあたる興宣大院君と高宗の妻だった閔妃と対立、主導権は閔妃の一族が握っていた。閔妃がロシアとつながることを恐れた日本政府は1895年に日本の官憲と「大陸浪人」を使って宮廷を襲撃し、閔妃を含む女性3名を殺害。その際、性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万の兵を派遣。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。

 イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。詳細は割愛するが、1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本の海軍に敗北する。

 そこで登場してくるのが「棍棒外交」のセオドア・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印され、日本の大陸における基盤ができた。講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したのだが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対し、覚書は破棄されている。小村は日本がアングロ・サクソンの手先という立場になることを拒否したと言えるだろう。

 小村とは逆にアメリカのために動いたのが金子堅太郎。この人物はハーバード大学で法律を学んでいるが、彼の2年後輩がセオドア・ルーズベルトだ。1890年に金子とルーズベルトはルーズベルトの自宅で合い、親しくなった。なお、金子の親友だった団琢磨は同じ時期にマサチューセッツ工科大学で学び、後に三井財閥の大番頭と呼ばれるようになる。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っていた。また日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びつく。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 明治維新以降、イギリスとアメリカは日本に対して大きな影響力を持つことになるが、より正確に言うならば、シティとウォール街、つまり米英の巨大金融資本だ。1932年にフランクリン・ルーズベルトが大統領選挙で勝利するとウォール街の大物はクーデターを計画、「ファシズム体制の樹立」を目論んだ。この計画はスメドリー・バトラー退役少将によって阻止され、その内容をバトラーは議会で証言している。米英金融資本がナチスへ資金を提供していたことも判明している。

 バトラーから情報を得たジャーナリストのポール・コムリー・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出している。

 ウォール街の中心的な金融機関はJPモルガンだったが、その総帥はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。1932年、駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーのいとこはモルガン・ジュニアの妻。グルー自身は日本の支配層に太いパイプを持っていた。彼の人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、特に親しかった人物は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。

 1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入した。翌年の6月にグルーは離日するが、その直前に商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 クーデター未遂後もルーズベルト大統領は金融資本の力を無視できなかったが、それでも大統領が反帝国主義、反ファシズムだという意味は大きい。そのルーズベルトがドイツが降伏する前の月、つまり1945年4月に急死、ニューディール派はウォール街に主導権を奪われた。大戦後には「赤狩り」で反ファシズム派は大きなダメージを受け、ナチスの幹部や協力者はアメリカ政府の手で救い出され、雇用されることになる。その延長線上にウクライナのネオ・ナチも存在しているわけだ。

 日本でも戦争犯罪に問われて当然の軍人、特高の幹部、思想検察、裁判官などが戦後も要職についている。東京裁判は「民主化」を演出するセレモニーに過ぎなかった。そもそも戦前日本の最高責任者が責任を問われていない。

 そしてはじまった戦後日本だが、そのあり方を決めたのがジャパン・ロビー。その中心人物がジョセフ・グルーであり、背後にはウォール街の大物がいた。

 おそらく日本軍への警戒からアメリカは憲法に第9条を入れたが、処分が進むと再び日本を手先として使おうとする。それが劇的に進んだのがソ連消滅から4年後の1995年だ。この年の2月にジョセフ・ナイ国防次官補は「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む方針を示した。このレポートによって、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれた。

 レポートが発表された翌月、帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、國松孝次警察庁長官が狙撃されている。

 中国がロシアと「戦略的同盟関係」になった2015年の6月、首相だった安倍晋三は赤坂にある「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で​「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」​と口にしたと報道されている。その翌年に自衛隊は与那国島に施設を建設した。

 そうした状況を作るためには日本と中国の関係を悪化させなければならなかった。それを実現したのが菅直人政権だ。2010年6月に政権が発足した直後、尖閣諸島に関する質問主意書の中で「解決すべき領有権の問題は存在しない」と主張、1972年9月に日中共同声明の調印を実現するために田中角栄と周恩来が合意した「棚上げ」を壊した。

 この合意で日中両国は日本の実効支配を認め、中国は実力で実効支配の変更を求めないことを決めていたわけで、日本にとって有利。それを壊した理由は日本と中国との関係を悪化させることにあったとしか考えられない。そして同年9月、海上保安庁は尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を取り締まり、漁船の船長を逮捕した。棚上げ合意を尊重すればできない行為だ。

 その時に国土交通大臣だった前原誠司はその月のうちに外務大臣になり、10月には衆議院安全保障委員会で「棚上げ論について中国と合意したという事実はございません」と答えているが、これは事実に反している。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202210280000/
2:777 :

2022/10/29 (Sat) 09:09:35

漢民族系朝鮮人の天皇一族による極悪非道の世界侵略の歴史
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天皇家の出自
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大東亜共栄圏というのは中国・東南アジアで麻薬を売ってぼろ儲けする体制の事だった
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日本が朝鮮併合したのも満州や中国を植民地化したのも食料を増産するためだった
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飢餓輸出 _ 日本占領下、ベトナムで200万人が餓死
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英米金融資本のエージェントだった戦前の日本は英米の利権を守る為に朝鮮を併合した
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天皇一族は バイシュン業者
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人間の屑 福沢諭吉のした事
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3:777 :

2022/11/25 (Fri) 08:58:55

フィリピンは16世紀後半にスペインの植民地になった。この時期、日本は戦国時代で、少なからぬ人が奴隷として東南アジアへも売られていたが、その一部である「戦闘奴隷」をスペインなどヨーロッパの軍隊は侵略や支配のために利用していた。日本で奴隷売買が禁止されるのは徳川体制になってからである。

 ヨーロッパは11世紀から15世紀にかけて中東を軍事侵略、財宝を盗み、知識を手にした。いわゆる十字軍だ。そして14世紀から16世紀にかけてルネサンスが起こる。

 スペインやポルトガルは15世紀になると世界各地で略奪を開始、1521年にはエルナン・コルテスが武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪っている。インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼした。ラテン・アメリカにおける略奪が現在の「ヨーロッパ文明」の基盤だ。

 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山を開発した。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山である。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。ただ、この数字は「少なくとも」にすぎず、実態は不明である。全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていた。

 スペインやポルトガルが盗み出した財宝を海賊に奪わせていたのがイギリスだ。エリザベス1世の時代、イギリス王室に雇われた海賊は財宝を略奪していただけでなく、人もさらっていた。中でも有名な海賊はジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、そしてウォルター・ローリーだ。

 西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れていたホーキンスの海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位を与えている。

 ドレイクは中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。ドレイクもナイトになっている。デスモンドの反乱を鎮圧するためにアイルランドへ派遣されたローリーもナイトの爵位が与えられた。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020)

 1620年に北アメリカへピューリタン(ピルグリム・ファザーズ)が移住するが、それを可能にしたのは先住の「アメリカ・インディアン」がペストで「掃除」されていたからにほかならない。アメリカでは11月の第4木曜日(今年は24日)を「感謝祭」として祝うが、これはピルグリム・ファザーズたちが最初の収穫を神に感謝したことから始まった。つまり侵略開始の記念日だ。

 この当時、アメリカ大陸で「失われた十支族」を特定したという話が流れ、それに基づいて1650年にオランダのラビ、メナセ・ベン・イスラエルは『イスラエルの希望』という本を出版している。イスラエルはイギリスのオリバー・クロムウェルに対し、アメリカ先住民のスー族とコマンチ族を「再ユダヤ化」するためにユダヤ人を派遣するように求めている。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 「失われた十支族」という話は旧約聖書の民族伝説からきている。イスラエル民族の始まりはアブラハムの孫ヤコブで、その12人の息子の子孫がそれぞれ支族を形成したとされ、「イスラエル12支族」と呼ばれている。このうちイスラエル南王国にいたユダ族とベニヤミン族がユダヤ人と呼ばれるようになったという。勿論、これは伝説にすぎない。「十部族」は「失われた」のでなく「存在しない」可能性も小さくない。その怪しげな伝説に従っても、ユダヤ人はユダ族とベニヤミン族だけである。

 植民地を建設したイギリス系の人びとはイギリス軍と連合し、アメリカ・インディアンと手を組んだフランス軍と戦うが、その後、植民地とイギリスが対立、1773年にはボストン港に停泊していた東インド会社の船に積まれていた茶箱を投棄している。いわゆる「ボストン茶会事件」だ。

 植民地側は1776年に独立を宣言し、1783年のパリで調印された和平条約で独立は確定した。ジョージ・ワシントンが初代大統領に選ばれたのは1789年のことだ。この戦いは「独立戦争」、あるいは「独立革命」と呼ばれている。

 今でもアメリカにはイギリスの「帝国主義者」とアメリカの「民主主義者」との戦いという構図を描き、この「独立革命」を絶対視する人が少なくないが、その構図の中にアメリカ・インディアンや奴隷は描かれていない。

 独立宣言には「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳われているが、その宣言は実現されていない。アメリカ・インディアンをヨーロッパからの移民たちは虐殺し、それと同時に奴隷制を導入して支配地域を東から西へ拡大させていった。

 奴隷はアフリカ系だという印象を持つ人は少なくないだろうが、実際は違い、ヨーロッパ系やアジア系もいる。過酷な南部の綿花栽培で使われた奴隷がアフリカ系だったので目立つというだけのことだ。奴隷にはアフリカ系だけでなく、「年期奉公」や「召使い」として西インド諸島や北アメリカへ連れてこられた人も含まれていた。「白人年期奴隷」という表現もある。

 また、イギリスではオリバー・クロムウェルが率いる軍隊の侵略で多くのアイルランド人が虐殺され、相当数の人がアメリカへ連れて行かれた。ピューリタン革命を成功させたクロムウェルは革命の仲間だった水平派を弾圧、それと並行してアイルランドやスコットランドを侵略、住民を虐殺したのだ。クロムウェルの軍隊によってアイルランドでは50万人以上が殺され、一部は「年季奉公」や「召使い」として売られたと言われている。事実上の奴隷だ。この当時、イギリスでは人身売買が行われ、「誘拐屋」も存在、1740年の飢饉では多くの人が売られ、誘拐されたとも言われている。(川北稔著『民衆の大英帝国』岩波書店、1990年)

 アヘン戦争の後、中国からイギリスの植民地などへ運ばれた「苦力」も一種の奴隷だと言えるだろう。運ばれた先にはアメリカも含まれ、大陸横断鉄道の建設にも従事させられた。そうした中国人の多くは騙されたり誘拐されて苦力なったと言われている。

 侵略者は1845年に太平洋側へ到着、46年にはメキシコと戦争をはじめ、テキサス、ニュー・メキシコ、カリフォルニアを獲得した。その間、アメリカ・インディアンの虐殺が続き、1864年には講和を結ぶためにコロラドのフォート・リオンへ向かった約700名のシャイエン族の集団が虐殺された。白人側に従ってサンド・クリークでキャンプするのだが、そこを約750名のアメリカ兵が襲撃したのだ。(藤永茂著『アメリカ・インディアン悲史』朝日新聞、1974年)

 フロンティアの消滅が宣言された1890年12月にはサウスダコタのウンデッド・ニー・クリークにいたスー族を騎兵隊が襲撃し、150名から300名を虐殺した。勝海舟を艦長とする咸臨丸が太平洋を横断、サンフランシスコを訪れたのはその年の2月だ。

 そして1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈。艦長は石炭庫で火災が発生し、それが原因で爆発したと推測していたのだが、アメリカのメディアはスペインが爆破したと宣伝し、政府による調査が行われる前に議会は戦争へと向かう。そこで戦争に消極的だったウイリアム・マッキンリー大統領も宣戦布告せざるをえなくなった。その背後では海軍次官補のテディ・ルーズベルトが戦争熱を高めていた。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009)

 スペインとの戦争に勝利したアメリカはプエルトリコ、グアム、そしてフィリピンへ矛先を向ける。フィリピンは中国市場へ乗り込む橋頭堡としての役割を果たすことになるが、フィリピン侵略の際にアメリカ軍は住民を虐殺している。そのフィリピンをアメリカは中国を攻撃する拠点として復活させようとしている。

 棍棒外交のテディ・ルーズベルトと親しかったことで知られている日本人が金子堅太郎。日露戦争の最中、金子は政府の使節としてアメリカへ渡り、ハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っている。戦争後、テディは日本が自分たちのために戦ったと書いた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アメリカやイギリスの支配層はアジア侵略の拠点 として日本列島に目をつけ、戦闘員として日本人を考えていたのだろう。日本人が傭兵として使えることをヨーロッパ人は16世紀から知っていた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202211250000/
4:777 :

2022/12/01 (Thu) 12:47:45

 12月16日午後7時から東京琉球館で「覇権に執着するアメリカの下で人類は存続できるか」というテーマで話しますが、すでに予約が一杯になったそうです。ありがとうございます。

 ここにきて日本は戦争準備を急ピッチで進めていますが、その背景にはアメリカ支配層の覇権計画があります。アメリカの支配層が覇権に執着していることを認めたくない人が日本には多いようですが、これは否定できません。第2次世界大戦後にアメリカの好戦派はソ連に対する先制核攻撃を計画したことは本ブログでも繰り返し書いてきました。これを理解しなければ沖縄の軍事基地化は理解できません。この計画に立ちはだかったジョン・F・ケネディ大統領は暗殺されました。

 アメリカはアングロ・サクソン系国のひとつですが、同じイギリスは世界制覇プランを19世紀に立て、これは現在も生きています。そのプランの中心にいたセシル・ローズは優生学の信奉者で、アングロ・サクソンを最も優秀な人種だと考え、帝国主義的な侵略を正当化していました。

 19世紀における最大の経済国は中国(清)であり、その制圧を狙ってアヘン戦争を始めて勝利しますが、占領するだけの戦力はありませんでした。そこで目をつけたのが日本であり、明治維新につながったことも本ブログで繰り返し書いてきました。その明治体制、つまり天皇制官僚システムは現在も生きています。

 ここで言う「イギリス」や「アメリカ」は実際のところ「シティ」や「ウォール街」、つまり米英金融資本で、国際機関の幹部や各国のエリートを飴と鞭で支配、コントロールしています。

 支配のネットワークはロシアや中国にも及んでいますが、それでもロシアは自立度を高めてきました。アメリカの電子情報機関NSAの機密資料を外部へ持ち出し、内部告発したエドワード・スノーデンは結果としてロシアで生活することになりますが、告発当時、イギリスの元MI5(防諜機関)幹部は、スノーデンをアメリカの情報機関から守れるのはロシアだけだと言っていました。スノーデンは2013年5月に香港でジャーナリストのグレン・グリーンウォルドへその資料を渡し他のですが、中国は彼を守りきれないということです。

 ウクライナを制圧して ロシア征服を実現しようとしていたアメリカ/NATOの好戦派(セシル・ローズ人脈とも言われている)はその計画に失敗し、中国へ矛先を向けつつあるように見えます。日本は1995年にアメリカの戦争マシーンに組み込まれ、対中国戦争(必然的に対ロシア戦争にもなります)の最前線に立たされようとしています。アメリカや日本の軍事戦略を「防衛」や「反撃」という視点から考えることは根本的に間違っているのです。

櫻井春彦
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202212010001/
5:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2022/12/30 (Fri) 14:03:48

アメリカの代理戦争 _ 沖縄の自衛隊が続々強化 ‼
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14076455
6:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/13 (Fri) 16:56:50

2023.01.13XML
日本に強い影響力を維持してきた米英支配層が日本を対中国戦争へ向かわせる
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301130000/

 日本がアメリカに支配されていると認識している人は少なくないだろうが、より正確に表現するならば、ウォール街、つまりアメリカの金融資本の強い影響下にある。その巨大資本が作り上げた組織のひとつがCIAだ。

 CIAの前身であるOSSは1942年6月、フランクリン・ルーズベルト大統領によって創設された。長官に指名された人物はウォール街の弁護士だったウィリアム・ドノバンだ。

 ルーズベルト大統領はウィリアム・スティーブンソンなるカナダ人のアドバイスに従ったようだが、この人物はイギリスの秘密機関BSCの幹部。BSCはイギリスの対外情報機関SIS(通称MI6)によってニューヨークで設立されている。MI6はイギリスの金融界、通称シティと関係が深い。

 シティとウォール街の関係を知るためにはロスチャイルドとモルガンの関係を理解する必要があるだろう。

 19世紀の中頃、ジュニアス・モルガンなる人物がロンドンでジョージ・ピーボディーと銀行を経営していた。その銀行の業績が1857年に悪化、倒産寸前になる。そのときにピーボディーと親しかったロスチャイルド一族が救いの手を差し伸べている。ピーボディーは1864年に引退し、ジュニアスが引き継ぐ。ロスチャイルドはジュニアスの息子であるジョン・ピアポント・モルガンに目をつけ、ロスチャイルド系金融機関のアメリカにおける代理人に据えた。このジョン・ピアポント・モルガンがモルガン財閥の祖と言われている人物だ。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 ロスチャイルド一族を含むイギリスの支配層は世界制覇を実現するため、ユーラシア大陸の周辺部を支配して内陸部を締め上げるという戦略を立てた。この戦略を可能にしたのはスエズ運河の完成だ。

 内陸部を締め上げるタガの西端がイギリスであり、東端が日本にほかならない。日本では長州や薩摩の倒幕派が徳川体制を倒して明治体制を樹立、のちにイギリスはタガの上にサウジアラビアとイスラエルを建国させている。

 徳川体制から明治体制へ移行させた「明治維新」で暗躍したトーマス・グラバーは1859年、ジャーディン・マセソンのエージェントとしてウィリアム・ケズウィックと来日した。横浜を拠点にしたケズウィックの祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉である。

 ジャーディン・マセソンは中国の茶や絹をイギリスへ運び、インドで仕入れたアヘンを中国へ持ち込むという商売を行っていたが、儲けの大半はアヘンの取り引きによるもので、事実上、麻薬業者だった。

 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州から5名の若者をイギリスへ留学させることを決める。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。

 明治政府に対し、イギリスのアーネスト・サトウやアメリカのチャールズ・デロングやチャールズ・ルジャンドルといった外交官はアジアを侵略するようにけしかける。

 1871年7月に新政府は廃藩置県を実施するが、その年の10月に宮古島の漁民が台湾に漂着、その一部が殺されたとして日本政府は清に抗議するのだが、この時点で琉球は独立国であり、日本が抗議するのは奇妙な話だ。

 それに気づいたのか、明治政府は1872年に琉球国を潰し、琉球国王に琉球藩王というタグをつける。もし明治政府が琉球国を日本領である、あるいは日本領にしたいと考えていたなら、琉球藩の設置、廃藩置県という順番になるはずだ。廃止したはずの藩を作り、琉球は日本領だという形にしたかったのだろう。そして1874年、明治政府は軍隊を台湾へ送り込んだ。

 琉球国が潰された1872年、フランス系アメリカ人で厦門の領事だったチャールズ・ルジャンドルが来日している。この外交官は台湾から帰国する途中に日本へ立ち寄り、そこでアメリカ公使を務めていたチャールズ・デロングと会っているが、その際、デロングはルジャンドルに対し、日本政府に対して台湾を侵略するようにけしかけていると説明している。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009)

 デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、受け入れられたが、ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任、顧問になった彼は外務卿の副島種臣に台湾への派兵を勧めた。派兵の際、アメリカの軍事顧問が同行したという。(前掲書)

 ルジャンドルは外務省の顧問を辞めた後も日本に滞在、離日したのは1890年。その年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めたという。その当時、朝鮮では興宣大院君(高宗の父)と閔妃(みんぴ)が対立していた。

 そうした中、1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながった。この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。

 清の敗北でロシアへ接近することが予想された閔妃をこの年、日本の三浦梧楼公使たちが暗殺している。日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を惨殺したのだ。暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっているが、この判決は暗殺に日本政府が関与している印象を世界に広めることになる。その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 日本が閔妃を惨殺した4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万の兵を派遣する。

 ロシアの動きを見てイギリスは警戒感を強めるのだが、自らが乗り出す余力がない。そこで1902年に日本と同盟協約を締結した。手先の軍隊として日本に目をつけたわけである。イギリスが日本の「近代化」に協力したのは、自分たちの手先として朝鮮半島から中国を侵略させることにあったのだろう。

 日本は1904年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。日本に対して約2億ドルを融資、その際に日銀副総裁だった高橋是清はシッフと親しくなっている。

 ちなみに、クーン・ローブはドイツ系移民、アブラハム・クーンとソロモン・ローブがニューヨークで設立した金融機関だが、その経営を任されたジェイコブ・シッフはロスチャイルド家に近かった。ポール・ウォーバーグとフェリックス・ウォーバーグはシッフの甥にあたる。またシッフはジョン・ロックフェラーの会社、スタンダード石油の金融戦略を担当していた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 日露戦争では「棍棒外交」のセオドア・ルーズベルト米大統領が日本に救いの手を差し伸べている。講和勧告を出し、8月にはポーツマスで講和会議が開かれ、9月には講和条約が調印された。韓国における日本の優先的な地位を認め、旅順や大連の租借権や長南と旅順口との間の鉄道の経営権を日本に譲り、サハリンの南半分を日本に割譲し、沿海州やカムチャツカの漁業権を日本に譲渡する等々が決まった。賠償金の支払いは認められていない。

 講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対し、覚書は破棄される。日露戦争で獲得した利権をアメリカに取られると主張したのだが、桂首相は利権をアメリカへ渡したかったのだろう。

 この当時、日本とアメリカとの関係で重要な役割を果たしたのは金子堅太郎だ。セオドア・ルーズベルトと同じようにハーバード大学を卒業していることから何者かによってふたりは引き合わされ、親しくなっていた。

 セオドア・ルーズベルトは1898年のアメリカ・スペイン戦争を主導した人物で、スラブ系のロシアを敵視、日露戦争の勝者が東アジアで大きな影響力を持つと見ていた。朝鮮半島を支配させることも彼のプランには入っていたようだ。日露戦争の後、セオドアは日本が自分たちのために戦ったと書いている。また金子は日露戦争の最中、日本政府の使節としてアメリカへ渡り、1904年にはハーバード大学でアンゴロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことを金子はシカゴやニューヨークでも語っていた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アジア侵略をスムーズに進めるため、明治政府は周辺国の人びとを蔑視、差別する感覚を日本人に植えつけていく。この「反東アジア洗脳」は今でも「自己増殖」を続けている。

 ロスチャイルドと緊密な関係にあったジョン・ピアポント・モルガンはJPモルガンという金融機関を設立するが、1923年9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた後、日本はこの金融機関の影響下に入る。地震の被害総額は55億円から100億円と言われているが、その復興資金の調達を日本政府はJPモルガンに頼ったのだ。

 このJPモルガンと最も緊密な関係にあったと言われている人物が地震直後に大蔵大臣となった井上準之助だ。浜口雄幸内閣はウォール街の意向に基づいて緊縮財政を進め、景気は悪化。日本から金が流出して不況が深刻化して失業者が急増、農村では娘が売られる事態になった。

 JPモルガンなどウォール街の大物たちはハーバート・フーバー大統領を介してアメリカを支配していたが、1932年の大統領選挙でフーバーはニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れてしまう。

 そこでウォール街の金融資本は1933年から34年にかけてクーデターを計画する。彼らにとって都合の悪いニューディール派を排除しようとしたのだが、この計画は海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将によって阻止された。計画の詳しい内容はバトラーやジャーナリストが議会で証言している。

 フーバーは大統領最後の年、つまり1932年にモルガン一族のジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んできた。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻だ。しかもグルーの妻であるアリスの曾祖父、オリバー・ペリーはアメリカ海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーである。

 グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたり、岸もグルーと親しい関係にあった。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。

 戦後の日本が進む方向はウォール街を後ろ盾とする ジャパンロビーが決めたが、このグループの中心人物はグルーだった。戦前も戦後も日本の支配者は同じであり、「戦前レジーム」だ、「戦後レジーム」だと騒ぐのは滑稽だ。途中、支配構造が揺らいだ時期はあるものの、基本的に「近代日本」は天皇制官僚体制であり、背後に米英金融資本が存在している。この米英人脈は今でも日本を支配、中国やロシアと戦争する準備を進めているのだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301130000/
7:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/14 (Sat) 20:27:01

【伊藤貫の真剣な雑談】第11回 伊藤貫×水島総年頭対談 「3つの戦域と2つの戦線と1つの生贄~日本を滅ぼすネオコンの世界戦略と戦後保守の自己欺瞞」[桜R5/1/14]
https://www.youtube.com/watch?v=groZZxwDDBI
8:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/17 (Tue) 13:03:39

韓国慰安婦問題の正体
2023年01月16日
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12784557286.html

 1990年、韓国で、「韓国挺身隊問題対策協議会」が発足し、日本軍の慰安婦問題の糾弾市民団体として活動を始め、2016年に設立した日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団と組織統合し、2018年7月に「正義連」として成立した。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D%E6%80%A7%E5%A5%B4%E9%9A%B7%E5%88%B6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E8%A7%A3%E6%B1%BA%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E8%A8%98%E6%86%B6%E9%80%A3%E5%B8%AF

 【2020年5月7日、正義連(挺対協)の活動に協力してきたことで国内外に広く知られていた元慰安婦の李容洙が、正義連は寄付金や補助金の0.2~3%しか元慰安婦らに渡さず、ピンハネや別の目的に利用していたこと、慰安婦は「芸をする熊」のようで熊から搾取する熊使いのような組織であることを告発した。
 その後は「慰安婦支援団体」への韓国世論も変わり、慰安婦像設置運動と共に慰安婦をお金稼ぎになど別目的に利用している組織と認知された上に正義連と尹美香議員(前代表)は親北・左派支援、心身障害の慰安婦からの財産窃取、寄付先へ個人口座使使用などが提起されだした。

 ソウル西部地方検察庁に家宅捜索され、2020年9月に正義連の理事も共犯として補助金管理法及び地方財政法違反、詐欺、寄付金品法違反、業務上横領、準詐欺、業務上背任、公衆衛生管理法違反など6つの疑惑、8つの罪名で在宅起訴されて裁判にかけられている】

 事実上のトップである尹美香は、現在、懲役5年を求刑され判決を待っている。
 https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/685793

 尹美香とは、どういう人物か?
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%B9%E7%BE%8E%E9%A6%99

 その伊美香の議員秘書が、北朝鮮のスパイ容疑で逮捕され、北朝鮮に送っていた秘密情報のすべてを国家情報院(KCIA)が把握していたと公表された。
 http://daishi100.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-315941.html
 そして、尹美香自身が、多年にわたる北朝鮮スパイだったと告発されている。

 2023.1.13)【永久保存版】日韓に跨る工作活動の実態、尹美香ら関与か(李相哲TV)
 https://www.youtube.com/watch?v=zuzm1aTKivQ&ab_channel=%E6%9D%8E%E7%9B%B8%E5%93%B2TV
 上のYouTubeに相当に詳しく経過が語られているが、以前から「共に民主党」幹部が北朝鮮の工作員であるとの指摘があった。
 https://2ch.logpo.jp/article/4190329
 文在寅や尹美香らは、北朝鮮の指令を受けた工作員として、すでに30年近く活動を続けてきた。その組織は、日本の朝鮮総連や、統一教会も含んだ日韓にまたがる大規模なもので、主な資金源は、統一教会が日本の信者から吸い上げた年間数千億円と、朝鮮総連が集めた資金とされている。

統一教会が北朝鮮に献上した5000億円 文鮮明が金日成に「お兄さんになって」
 https://news.yahoo.co.jp/articles/8d49bdb0110a7a8439c664f3bfcd52851f9276da

 国民の大半が飢餓状態に置かれていながら、際限のないミサイル発射を続ける資金は、実は、統一教会が日本の信者から吸い上げたものだった。信者の財産の大半が北朝鮮のミサイルに消えていたことになる。
 
〈ペンタゴン文書入手〉北朝鮮ミサイル開発を支える統一教会マネー4500億円
 https://bunshun.jp/articles/-/59192

つまり、文在寅や尹美香による【正義連】の活動、慰安婦問題は、北朝鮮の指示によって行われていたことを意味する。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64693

 この活動には、朝鮮総連や統一教会が深くバックアップしていて、日本国内にも、国会議員などを含めた北朝鮮関連組織が存在していると指摘されている。
 いったい誰なのか?
 それは、統一教会に関係した議員のなかにいる。

 https://hikari-iyashi.com/toitsukyokai-giin-ichiran/

 私は、その核心にいる人物は、統一教会の最高機関紙「世界思想=日報」の表紙をたびたび飾ったこの人物であると書いてきた。
 


 なぜ、安倍晋三なのか?

 それは、この男の祖父である岸信介の壮大な野望のなかに組み込まれているからである。
 岸信介は、戦前、戦時中、満州国と併合朝鮮(大韓帝国)の事実上のトップだった。
  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%B8%E4%BF%A1%E4%BB%8B

満州国の行政は、以下の五名によって担われた。
 星野直樹(大蔵省国有財産課長から 1932 年満洲国に転出、37 年満洲国国務院総務長官)、東條英機(1936 年陸軍中将、37 年関東軍参謀長、38 年陸軍次官、40~41 年陸軍大臣、41 年~44 年首相)、鮎川義介(1937 年日産コンツェルンを満洲に移駐、37~42 年満洲重工業開発株式会社総裁)、松岡洋右(1921 年南満洲鉄道株式会社理事、27 年副総裁、35 年総裁)および岸信介(商工省工務局長から 36 年満洲国国務院実業部総務司長、1937年 7 月産業部次長、39 年 3 月総務庁次長、39 年 10 月に帰国し商工次官、商工大臣)

 このうちの、星野・東条を除く残り三名は、すべて山口県「田布施」の出身である。
 つまり、岸信介が身内の実力者を呼び寄せていたことになる。
 そして、彼らは、併合した朝鮮の経営にも携わっていた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E7%B7%8F%E7%9D%A3%E5%BA%9C
 朝鮮総督府、前身の韓国総督は伊藤博文であり、やはり田布施近郊の出身だった。初代朝鮮総督である寺内正毅もまた田布施であって、朝鮮満州の経営の大半が「田布施システム」によって行われたことを意味している。

 田布施は、1900年後の大韓帝国=李朝崩壊時に李朝高級官僚の移住先だったとの情報もあるが、現在はアクセス不能になっている。
 だが、この不可解な田布施人脈の意味は、皇族の梨本宮方子が大韓帝国王=李垠に嫁いでから浮き彫りになってくる。
 ちなみに、戦後、自民党政権の半数以上が、田布施血縁システムのなかにいて、現在の岸田文雄首相も含まれている。
 https://tocana.jp/2019/12/post_130392_entry.html

 方子の第一子、李晋は、1922年に毒殺され、1924年に生まれた第二子は、方子が毒殺を恐れたのか、岸信介が引き取り、友人だった安倍寛に預け、安倍晋太郎として育てた。
 第三子である李玖は手元に置いたが、第四子も殺害を恐れて京都の梨本宮関係者に預けられ、後に横田早紀江さんになる。
 方子と二人の子の遺伝的一致は隠しようがない。





 岸信介は、田布施システムのなかで、安倍晋太郎を将来、韓日統一帝国を建国したときの王にする予定だったとしか思えない。
 晋太郎は、自分が李朝の血を引いていることを知っていたようだ。

 安倍日本首相の父親「私は朝鮮人だ」
 https://s.japanese.joins.com/JArticle/80386?sectcode=200&servcode=200

 岸信介は、晋太郎を日本国首相にするための工作を進めていたが成功せず、67歳で死亡した、どうも岸は、統一教会の力を利用して、晋太郎を首相にし、文鮮明のビジョンである韓日統一帝国の王に据える計画だったようだ。
 https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12396717618.html
 その夢は、息子の晋三に引き継がれたが、奇しくも同じ67歳で山上徹也によって砕かれた。
 だが、話はこれからだ……。

 岸は、日本国敗戦が見えはじめた1944年から、戦後処理を見据えて、たくさんの工作を行った。
 それが岸信介が戦前、戦時中に世界最大の麻薬密売組織である昭和通商を通じて得た超巨額の資金を利用して、戦後、アメリカに逮捕されたときの交渉資金として用意したこと。
 
岸信介とアヘン王の関係を追う〜密売で儲けた「数兆円」はどこに消えた?
魚住 昭 
 https://gendai.media/articles/-/49375
 魚住氏は「数兆円」としたが、桁が少し違う。日本軍の戦費は現在価値で4000兆円といわれたが、その多くを岸と里見甫の麻薬売り上げが占めていた。たぶん、現在価値で数百兆円は手元にあったはずだ。
 戦後、岸の盟友だった正力松太郎・笹川良一・児玉誉士夫・里見甫らはA級戦犯として収容されたが、731部隊を含めて全員が無罪放免になっている。米軍に渡った麻薬資金は、たぶん数百兆円を超えていたはずだ。
 岸は手元に残した金で、戦後、民主党を結成し、自由党と合併して自民党ができた。

 敗戦数年前から、岸は朝鮮や満州に「残置蝶者」を置いて戦後処理を有利に進めようと考えた。
 それは、静岡県二俣町にあった陸軍中野学校スパイ養成所から選抜された。
 有名なのは小野田寛郎さんで、フィリピンで戦後30年間も潜伏し、30名以上の地元民を殺害したといわれる。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E

 実は二俣分校には、中野学校きっての優秀な人材がたくさんいた。その中から、岸は畑中理という人物を、朝鮮に送り込み、抗日パルチザンに潜り込ませた。
 日本敗戦後、畑中は、金策を名乗り、金日成を使って朝鮮共和国を建国した。
  https://blog.goo.ne.jp/hanzoumon_int/e/cc77992694d58aacabb70b3dcbc8ca1c

 https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12266715553.html
 現在の金正恩は、金正日の息子だが、その金正日は実は畑中=金策の息子だといわれる。手足の長い女真族の末裔、北朝鮮のなかで、奇妙に日本人体型だった金正日は、とても日本人的で、将来の朝日統一帝国の王とするために、横田早紀江さんの娘、恵さんを拉致して金正恩を生ませたのだという。


 金正恩の影武者は数十名用意されているといわれ、CIAは、少なくとも2020年4月に金正恩が心臓病で急死したことを確認しているが、実は、その人物さえ影武者で、ホンモノはとっくの昔に死んでいるとの情報もある。
 https://toyokeizai.net/articles/-/346969
 いずれにせよ、北朝鮮金王朝すら、実は田布施システムに組み込まれていた。
 恵さんの血は、李朝王李垠の血であるとともに、安倍晋三にもつながっている。だから、統一教会文鮮明は、安倍晋三の統一教会の総力を挙げた支援を行い、安倍官邸人脈にも、原理研出身者の警察官僚ばかりがいるとされる。

 岸信介と文鮮明は、日本と朝鮮を統一する王朝を目指していた。その王の候補が、安倍晋三だった。
 冒頭に、尹美香が北朝鮮の工作員であることが暴露されたニュースを紹介したが、慰安婦問題は、日韓朝統一帝国の計画と結びついたものだったことが示されている。
 それは、自民党や維新、公明党の議員とも結びついていた。

 日本では、戦後、在日者として残った朝鮮人を北朝鮮に送る帰還事業が行われた。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%B8%B0%E9%82%84%E4%BA%8B%E6%A5%AD

 この主体は、朝鮮総連だったが、今回の尹美香事件でも明らかになったように、朝鮮総連は、完全に北朝鮮の工作機関としての意味しかなかった。
 北朝鮮帰還事業の主体は朝鮮総連であり、日本側の最高責任者は当時、首相だった岸信介、そして事務局は、日教組委員長の槙枝元文だった。
 
当時の金日成は、朝鮮戦争で荒廃した北朝鮮を立て直すのに、在日朝鮮人を労働力として確保するとともに、その資産を手に入れようとした。
 実際には、これは金策=畑中理の指揮だったといわれる。岸信介は、9万人の朝鮮・韓国人を北朝鮮に帰国させた。だが、その大半は差別され強制収容所で死亡したといわれる。

 結局、岸も金日成も、北朝鮮の運営資金・労働力として、在日者を利用したのだ。
 今後、日本を利用した北朝鮮の資金源は事実上断たれたので、北朝鮮財政はますます窮迫の一途となる。もの凄い餓死者が出ているとの報道もある。

 だが、北朝鮮には、岸信介が残した巨大な遺産がある。それは麻薬だ。
 満州と北朝鮮国境付近に、膨大なケシ畑と麻薬工場が作られているといわれる。
 
「麻薬と北朝鮮」レポート…それは政権維持の生命線だった
 https://www.dailyshincho.jp/article/2020/07221150/?all=1&page=1

 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/584785/

 北朝鮮が、今後生き延びてゆく道は、 この麻薬売買しか残されていない。
 それは世界に向かって放たれる「パンドラの箱」となる。
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12784557286.html
9:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/18 (Wed) 10:02:42

情けない奴隷根性
2023年1月17日
https://www.chosyu-journal.jp/column/25561

 アメリカのポチ――。 歴史的に何度となく使われてきた言葉ではあるものの、今更ながら日本の首相なり為政者というのは、どいつもこいつも宗主国アメリカの忠犬に成り下がり、尻尾を振ってすり寄っていくみっともない者ばかりである。プレスリーの物真似をした小泉純一郎しかり、その様は見ていて恥ずかしくなるほどで、染みついた奴隷根性とでもいおうか、顔つきから何からすべてが卑しい雰囲気を感じさせてどうしようもないものがある。媚びへつらうという表現がピッタリなのである。


 岸田文雄も御多分に洩れず、アメリカに飛んでいったと思ったらバイデンに防衛費の大幅増額を報告し、米軍需産業から敵基地攻撃能力につながる巡航ミサイル・トマホークを500発購入することを約束するなど、勝手に決めて勝手に約束してくる始末である。大統領が玄関まで出迎えてくれた! 異例の厚遇! といって天にも昇る勢いで感謝感激している有り様で、こうなるともう情けないを通り越して無様ですらある。バイデンが上機嫌になるのも当然で、今後5年間で43兆円も防衛費を増額し、要するに米軍需産業の固定収入を日本が支えるというのだから無理もない。そのために国内で増税をやることから、ワシントンで「国民への説明を徹底する」と記者会見を開くなど、まるで順序が逆である。



 昨年末に安全保障関連3文書改定を閣議決定して勝手に「安保政策の大転換」をはかり、国会閉会中に防衛費の大幅増額を決めてそれをバイデンに報告し、なおかつ反撃能力(敵基地攻撃能力)を備えるとして、トマホークの導入にまで身を乗り出す。改憲していないのに既に憲法はあってないものとなり、非戦の誓いなど投げ捨てて攻撃能力を備えるすなわち戦争の当事者として変身するというとんでもない事態が、本来の手続きすら経ずに進んでいる。すべて国会では何らの議論もされず、勝手に決めて勝手に約束してくるという手法で、これでは「法の支配」も何もあったものではない。憲法に背いて勝手に軍事大国化の道を進み始めているのである。



 原爆を投げつけられ、全国の都市という都市が空襲に見舞われ、挙げ句に占領統治されて78年。他国の軍隊がいまだに国土に100カ所以上もの基地を配備し、駐留している国など日本をおいて他にはない。占領統治の「成功例」ともいわれる「日本モデル」とは、力に拠る支配と同時に、もう一方の奴隷根性が機能してはじめてなし得るものなのであろう。この支配される側の屈服と隷属がなければ、近年のアフガンやイラクのように他国による占領統治などできるものではなく、激しい抵抗に見舞われて外国軍隊は駐留すら困難になるのが目に見えている。



 日本の場合、為政者が外国占領軍隊に屈服し、 みずから武装解除して「鬼畜米英」を叫んでいた割には銃声一発すら抵抗なく受け入れて今日に至る。あの大戦で320万人以上もの邦人の生命を犠牲にした戦争指導者や独占資本は、国体護持と引き換えに占領支配に協力し、その代わりに戦後の地位を守られて、岸信介から連なる安倍晋三をはじめ為政者の血統は引き継がれてきた。主権はなきに等しく、一事が万事アメリカ万歳でかしずくことが務めとなり、国益を売り飛ばすことで植民地従属国の権力ポストが与えられてきたにすぎない。要するに右翼ぶったって何したって、性根は売国奴なのである。



 大戦から78年が経過した今日、今度は対中戦争の鉄砲玉として駆り出し、「米本土防衛の盾となって死んでこい!」がやられているのに対して、大喜びで軍事大国化の道を選び、「日本列島を狙って来いや!」とイキっている様は、傍から見ても見なくてもバカげている。米軍需産業のカモにされ、終いには戦場にされかねない境遇はウクライナとも重なるものがあり、いざ対中戦争に投げ込まれたなら、逃げ惑わなければならないのは国民である。この売国と亡国の道に待ったをかけることが、国民一人一人にとって未来の生命(いのち)をかけた譲れない課題になっている。

武蔵坊五郎  
https://www.chosyu-journal.jp/column/25561
10:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/23 (Mon) 17:23:48

2026年台湾侵攻で自衛隊員数千人が犠牲になる恐れ… 米重鎮「日本単独で中国海軍と海戦をせよ」(ジェームズ斉藤)
2023.01.23
https://tocana.jp/2023/01/post_246154_entry.html

【連載:某国諜報機関関係者で一切の情報が国家機密扱いのジェームズ斉藤(@JamesSaito33)が斬る! 国際ニュース裏情報】

2026年台湾侵攻で自衛隊員数千人が犠牲になる恐れ… 米重鎮「日本単独で中国海軍と海戦をせよ」(ジェームズ斉藤)の画像1
画像は「Getty Images」より
ジェームズ斉藤(以下、ジェームズ):先日、CSIS(戦略国際問題研究所)が重要なレポートを出しました。

 CSISはTOCANA読者であればご存知のジャパン・ハンドラーの巣窟で、ここから出るものはレポートというよりはアメリカから日本に対する一種の“指示”といっていいものです。ただし、”指示”と言ってもアメリカ政府の一方的なものではなく、日米両政府が裏で擦り合わせしたものを日本側がお金を出し対米従属をあたかもアメリカが“指示“しているかのように見せかける一種のトリックです。つまり、こういうレポートは日米合作のプロパガンダなのです。私自身CSISとは付き合いが長く、何年も内部からこの様な人間関係と金の流れからなる特殊な仕組みを目の当たりにし、当事者としても一部関わってきましたので、はっきり言うことができます。

──ジェームズさん、CSISの当事者だったんですね(苦笑)。

ジェームズ:ですから、よくわかっているのです。で、そのCSISが1月9日に「中国の台湾侵攻に関するシミュレーション」を出しました。内容は2026年に中国が台湾に侵攻するという設定で、日本の自衛隊と在日米軍は台湾に侵攻する中国軍と交戦し、撃退するというものです。米軍と自衛隊は米空母2隻を含めた艦船数十隻、航空機数百機、要員数千人を失うと予測されています。

──日本は勝つんですね。それと米軍は参戦すると。

ジェームズ:そうですね。ただし、重要なのはそこではなく、これはバイデン政権の動きを反映しているレポートだという点です。基本的にバイデン政権は軍隊を撤退させて、地域諸国に戦わせるということを考えています。台湾有事で言えば、地域諸国の筆頭格として挙げられているのは日本です。日本が中心となって台湾有事を戦わないといけません。

──しかし、産経の1月9日付けの記事では「『日本の自衛隊によって強化された』米国の潜水艦・爆撃機、戦闘機などが(中国の)上陸船団を無力化。」と書いてありますが。

ジェームズ:書いてありますね。ただし、CSISのレポートはあくまでもウォーゲーム(机上演習)ですから。ちなみにウォーゲームというのは、日本語で言うオンラインゲームでよくある架空のシナリオに基づいた戦争ゲームではなく、諜報機関や米軍の統合参謀本部や高級参謀養成コースで行われる、「今後戦う予定の戦争に対する準備のための机上演習」であり、本格的な戦争準備に相当します。私も諜報機関関係者として何年もウォーゲームには参加しており、私自身の役割として何度もロシア軍を担当したこともあります。諜報機関の訓練生の時代も教官の一人はウォーゲームの専門家でした。そのような経験から今回ウォーゲームの背景である理論体系は非常に優れたものであるということをまず評価しておきます。実施者も米国の国防関係者の中でもかなりの有力者なので、ウォーゲームとそのレポート自体は非常に優秀なものであることは間違いないということは断っておきます。

 ですから、それを踏まえてあえて指摘するとすれば、今回のウォーゲームでまず注目したいのは、日本の憲法問題への考慮がまったく入っていないという事実です。なぜなら、このウォーゲームでは、米軍と自衛隊が共同参戦することが前提になっています。これは確実に専守防衛と憲法9条に反する可能性を孕んでいます。

 米軍にしても、国として認めていない台湾に軍隊を派遣するというだけでも大きなリスクなのに、米軍が台湾に上陸しています。もちろん、その時の政権の判断によっては米軍の派遣もありますし、台湾もしくは中国本土上陸だってもしかしたらあるかもしれません。しかし、撤退屋のバイデン政権でいえば、米軍主体で米軍軍人が多くの犠牲を払い勝利を勝ち取ることは、政権を転覆するようなリスクであり、その可能性はほとんどゼロでしょう。つまり、今回のウォーゲームは純粋に「在日米軍と自衛隊が中国軍と戦ったら」という前提に基づいたウォーゲームなのです。

──これを読んでやっぱり米軍が来てくれるんだって安心してはいけないんですね。

ジェームズ:もしかしたら来る可能性はありますよ。プロイセンの将軍で「戦争論」を表したクラウゼヴィッツが唱えた如く、戦争というのは究極の不確実性を孕むものであり、「なんでもあり」が常です。実際、孤立主義を貫き通したフランクリン・ルーズベルト政権時代の米国が、日本軍の奇襲攻撃を受け、180度国家戦略を転換させ、世界覇権国家になっていますし、いまのウクライナ戦争でもロシアが核攻撃をすることは十分にあり得るもので、「そりゃないだろう」というのはインテリジェンスを知らない凡人の論理です。ということは、米軍が来て率先して中国軍と戦うこともありますし、自衛隊が大量の犠牲を出しつつ「台湾や中国本土上陸」のような極論も実際の戦争では十分に起こりうるということだけは忘れてはいけません。ですから、「米軍が来る」と思って安心することは絶対にやってはいけないことです。

──そうですね。

ジェームズ:また、それ以前の話として、こういうウォーゲームが出たということは、こういう作戦を米軍が取ることはほぼありえないということでもあります。それはそうですよね。このレポートは公開されたものですから、誰でも読むことができます。当然、中国軍だって読んで研究します。実際、ペンタゴン内で機密扱いになっているウォーゲームの内容と違いがあるとレポート内でも認めています。ということは、これをわざわざ公開した意味を考えないといけません。なぜ、公開したのかその1つ目の理由は中国に対して心理的なプレッシャーをかけることです。台湾侵攻をしたら「叩き潰すからな」という勇ましいメッセージを送っています。ただし、「勝利がすべてではない」ということも言っているのです。いくら叩き潰すことができてもアメリカのコストが凄く大きいのです。アメリカ人が数百から数千人死ぬ可能性があるとも書いていますので、もしこんな事態が本当に起こったら「台湾や日本のためになぜアメリカ人の若者が死ななければいけないのか」という議論がアメリカ国内で湧き上がって政権が持つとは思えません。ということは、このレポートを公開した2つ目の理由は日本に対するメッセージです。台湾有事は日本が中心になって戦ってもらわないといけないというメッセージがこのレポートには込められていて、これは日本政府に突きつけられたものでもあるのです。どちらかといえば、今回のウォーゲーム及びレポートは2つ目の「日本政府向け」と理解した方がいいと私は感じています。

──「アメリカが助けてやるよ」ではなく、「日本人よ、覚悟しろ」ということだったと! 

ジェームズ:ですから、これは日本の世論形成を狙ったレポートでもあるのです。これについてアメリカは去年の4月ぐらいから日本政府にプレッシャーをかけています。アメリカのペンタゴン関係者が日本政府の関係者に向かって「あなたたちの政府は自国民が血を流す覚悟ができているんだろうな」と詰問しているのです。

──ストレートに聞いてきましたね。

ジェームズ:それはワシントンで行われた日米の防衛会議の場でですよ。台湾有事は必ず起こるから、その場合、日本人が血を流す覚悟を政府としてできているのかと確認を取ったらしいんですね。その時、誰も「できています」と答えた日本の役人はいなかったそうで、即フリーズだったそうです。

──それはそうでしょう。

ジェームズ:しかし、アメリカはもう血を流す覚悟はできているんですよ。だから、こんな質問をしてくるんですね。でなければ、「米国と日本は米国空母二隻を含む艦船数十隻、航空機数百機、要員数千人を失う」と書きません。これは別に驚くことではなく、アメリカ史というのは独立戦争、米英戦争、米墨戦争、南北戦争、米西戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、冷戦、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争など、戦争だらけの血塗られた歴史です。常に戦争が歴史を突き動かしているのでなんら驚きはありません。国民感情のみが戦争を制限する要素なのです。

──日本に戦争の覚悟はいまはないでしょう。それに台湾を、日本やアメリカが守る必要は、本当はないわけじゃないですか。要はウクライナと一緒で武器さえ送ればいいんじゃないの? というのではダメなんですか?

ジェームズ:残念ながらレポートに明確に書いてあります。「ウクライナ・モデルは使えない」と。確かに国際法上は日本もアメリカも台湾を守る義務はないと思います。しかし、戦略的な価値を考えれば守らなければいけないという結論に達します。

──う~ん、でも、ジェームズさんはこれまでアメリカは軍を出さないだろうと言っていたじゃないですか? でも、レポートでは米軍は出てきますよ。どういうことですか?

ジェームズ:ですから、これはある意図を持ったウォーゲームなのです。その意図とは中国への牽制と、日本に覚悟を促すものであって、本当に出てくるかどうかはわかりません。しかもこのウォーゲームはあくまで、現行でアメリカにて何度も行われているウォーゲームの中の一つです。前述の通り、ペンタゴンには機密扱いのウォーゲームがあるとCSISも認めています。当然、機密版は「アメリカが参戦しない」「日本が単独で戦う」などの一般公開するとマズい前提も当然織り込まれていると関係者から聞いています。公開版で「アメリカが参戦しない」と言ってしまうと、国民の士気に影響し、バイデン政権がマスコミの総攻撃を受けることも考えられるのです。

 さらに、そもそもの話ですが、アメリカは台湾を国として認めていません。それを守るというのは大義名分が難しいわけで、現実的にはもし出たとしても中国と台湾の間の公海エリアだけでしょう。公海の安全を守るために米軍が出ていくというのであれば問題ありません。逆に中国からすれば台湾海峡に米軍の軍艦が浮かんでいたら侵攻はやりにくいでしょう。しかし、そのぐらいです。ですから、実際の戦争が勃発した場合、台湾の“領土”を守るためにアメリカが何かできるかといえば、国際法や国民感情などの要素を考慮してもできないと思います。

──そうですよね。それはそうだと思います。ただ、もう一回確認したいんですけど、中国は台湾を取るつもりでしょう。一方、日本はそれを阻止するべきなんですか?

ジェームズ:当然阻止するべきでしょうけど、何もできないです。国内法上何もできません。例によって“遺憾”砲を発射するだけでしょう(苦笑)。

──ですよね。ですから、台湾は取られるんですね、中国に。

ジェームズ:いろんな関係者から聞いているのはウクライナと同じで台湾は中国に取られるというシナリオです。

──台湾を取られたらすぐ目の前は沖縄じゃないですか。

ジェームズ:ですから、台湾を取られるということは何を意味するのかというと日清戦争前夜の状態になります。日清戦争前の東アジアの状況は、台湾は清王朝の一部でしたから。そして、日清戦争に勝って日本が手にしたのは台湾ですから領土的には。それほど台湾は戦略的重要性が高いんです。日本が朝鮮を手にする前に台湾を取っているんです。これはとても重要な歴史的事実です。台湾がなければ日本が安定して海からの物資を世界から届けて貰えなくなるんです。それほど台湾を取られるというのは危険な状況です。

2026年台湾侵攻で自衛隊員数千人が犠牲になる恐れ… 米重鎮「日本単独で中国海軍と海戦をせよ」(ジェームズ斉藤)の画像2
画像は「Getty Images」より
──シーレーンを考えないといけないんですね。

ジェームズ:そうです。ですから、アメリカは何をしているのかというと日本に強くなって欲しいんです。その意味は血を流すことができるようになってほしいということです。台湾が中国に本当に取られるかもしれないという現実を突きつけているんですよ。日清戦争前夜に「朝鮮半島は日本の心臓部に突きつけられた刃である」と言われましたが、2023年の今は同じことが台湾に言えます。

──でも、ピンと来てないですよね、僕たちは。

ジェームズ:だからこそ、外圧をいまかけているんです。

──たぶん、アメリカが守るでしょってみんな思っているんですよね。

ジェームズ:それはその時の政治判断になります。守ることもあります。日米安保があるのでお互いの国は守ります。しかし、アメリカ国内の議論を注意してみると、とても気になるものがあって、それがこの記事です。これを書いたのはアメリカの海軍大学校のジェームズ・ホームズという教授です。彼は「現代のマハン(アルフレッド・セイヤー・マハン。シーパワー理論を唱えた19世紀アメリカの伝説的な海軍戦略家)」と言われて日本の海上自衛隊でも神のように崇められている人です。ホームズ教授の論文は私も何本も読んでいますし、理論家としても定評があります。ここ十年は海軍大学校の顔のようになっていて、台湾有事などの時事問題にもコメントしてかなり影響力があります。ですから、この人が言っていることは米軍内ですでに合意形成ができていると思っていいものです。

──そのホームズ教授はどんなことを書いたんですか?

ジェームズ:一言で言えば、日本は自国を守れる防衛能力があるんだから日本の防衛は日本がやってアメリカは違うエリアで活躍すべきだと。違うエリアというのは例えば宇宙やサイバーです。あとは海軍戦略で考えるとシーレーンを守るという発想です。シーレーンというと公海になってくるんです。ですからアメリカ海軍の役割が海上交通のパトロール部隊になってきているんです。ホームズ教授の論理で言うと。

──やはり公海しか出てこない可能性があると。

ジェームズ:かなり説得力がある記事です。あと宇宙とサイバーというのは要は「インテリジェンスを一部共有します」ということです。これはアフガン・イラク戦争時に、アメリカの諜報機関がブラックウォーターなどの民間軍事会社にインテリジェンスの一部を提供し、汚れ仕事をやらせていたのと同じで「アウトソーシング」戦略です。

──自衛隊をブラックウォーター化するという話ですか!

ジェームズ:自衛隊はアメリカにとって国策軍事会社のようなもので、自衛隊員はあくまでアメリカに雇われた傭兵だというのがいまのペンタゴンの認識です。そして彼らが、日本にどういう期待を寄せているのかというとミッドウェイ海戦のような本格的な海上戦です。ですから、日本人にとってはこれはかなり恐ろしい論文です。「中国海軍と本格的な海戦をしてくださいね」と言っているんです。「日本はミッドウェー海戦でアメリカに負けましたが、1894年の黄海海戦では中国に勝っていますので、次もできますよね? あの時も帝国海軍単独で勝ったではありませんか」というメッセージです。

──まさに血を流せ、と。

ジェームズ:そう、ホームズ教授は言っていますし、彼の言葉は米軍内の総意であると思って間違いありません。そこに憲法9条等の考慮は一切ありません。日本の憲法などアメリカの意思で自由に曲げることができるというのが彼らの常識です。

──自国を守るのは自国民だというのもわからなくはないのですが。ちなみに、中国海軍って強いんですか?

ジェームズ:いえ、そうでもありません。そもそも中国は上陸作戦の経験がないんですよ。しかも、この40年間ぐらい中国海軍は一回も上陸作戦を訓練したことがないのです。これは海上自衛隊のトップの一人から聞いていますから確かな情報です。また、洋上補給ができないというのも致命的です。ですから、中国海軍は張り子の虎の可能性が高いです。その一方で、海軍作戦において日本は物凄くレベルが高いんです。近代海軍戦略で重要なのは空母の機動部隊を指揮できるような人材や熟練度です。日本はその部分で長い歴史があり、そもそも空母の機動部隊という発想そのものが日本海軍のものですから。真珠湾攻撃がそのいい例です。空母から発進した爆撃機が攻撃したのが真珠湾攻撃です。

──空母の機動部隊の運用は相当高いものを持っているんですね。でも、日本って本格的な空母ってありましたっけ? 

ジェームズ:ヘリコプター空母ということで言えば、「いずも」とかですね。

──「いずも」でいいんですか?

ジェームズ:小さい空母ですけど、それは遠方に行って領土を分捕るという発想がないからです。与那国ぐらいであれば「いずも」で十分です。日本の自衛隊は日々パワハラ・セクハラ三昧で戦争が起こった途端に大量離職者が出そうなスカスカな「準軍隊」ですが、海軍力でいうと相当なものを持っています。

2026年台湾侵攻で自衛隊員数千人が犠牲になる恐れ… 米重鎮「日本単独で中国海軍と海戦をせよ」(ジェームズ斉藤)の画像3
護衛艦「いずも」(画像は「Wikipedia」より)
──ただ、中国はいま空母を増やしていますよね?

ジェームズ:増やしていますけど、それを使えるかという現実的な話があります。

──ということは「戦ったら勝てるでしょう」ということですね。

ジェームズ:当然、日本人の犠牲者は出ますが、勝てると思います。ですから、オペレーション的に負けることはありえないんです、中国海軍相手であれば。

──よっぽど日本人がヘタレていなければですね。

ジェームズ:ですから、「犠牲者が出ますよ」というところがポイントになります。前述の日米防衛会議でもアメリカ側が確認したのはまさにその部分の心配なんです。アメリカが本格的にこういうレポートを出してきたということは日本の国民に、「犠牲者が出ることを認知させないといけない」という時期が来たという判断です。

──「日本は勝つけど、自衛隊員の何人かは死ぬよ、覚悟しておけ」といまから念押ししているんですね。

ジェームズ:何人ではなく、何百、何千の可能性があります。そういう戦争の現実、台湾有事の現実を突きつけています。

──台湾有事ってこういうものなんだぞと。

ジェームズ:日本にとってかなり重いレポートだということです。

──正念場ですね。ところで、このCSISのレポートには台湾有事は2026年と書いてありますが、これはどうなんですか? ジェームズさんはもっと早いだろうと予測していますが。

ジェームズ:もちろん、そういう予測もあると思います。2026年に起こる可能性だって十分にあります。しかし、軍事技術の観点から言うと26年では遅すぎて中国軍は最初からボロ負けになってしまいます。あとは本当に台湾侵攻があり得るのかということもあります。侵攻というのは上陸作戦という形をとって物理的に台湾を取るというやり方です。このレポートも、第二次大戦で硫黄島を攻めた時のように、中国人民解放軍の上陸部隊が上陸して台湾を占領する前提です。しかし、中国はあんなスカスカの海軍で台湾に上陸して占拠するなんてことができるのでしょうか? 習近平の本音としては上陸したいでしょう。そっちのほうが象徴的ですから。しかし、実際にできるのかというとかなり疑問符がつくので、どちらかというと、香港のように内部から実質的に乗っ取る方法を取るのではないかと思います。すでに台湾には中国側の人間が大量に潜伏しているので、彼らを使って武装発起してサボタージュをしたほうが手っ取り早いはずです。

──内側からクーデターみたいな形で乗っ取ってしまったほうが早いということですね。

ジェームズ:そうです。それに中国の伝統的なやり方としても、そのほうが慣れているはずです。上陸作戦なんていう西洋的なやり方、力攻めするやり方ではなく、人を大量に配置して気づいていたら中国化していたというやり方のほうがずっと中国的です。

──実際、いま日本でそれをやってますよね、北海道のニセコとか、京都の町家とか、大阪の西成地区、熊本市とか。

ジェームズ:そうです。ですから、そこへの対策がなく、最初から一気に侵攻するという硫黄島モデルを想定しているのが不可解です。これはアメリカは中国にそういうふうに戦って欲しいということです。

 同時に、「台湾の戦う意志がなければこのウォーゲームも意味をなさない」と言っているくらい、「台湾頼み」というのも不可解です。昔のアメリカであれば地域国の士気などは気にもせず、アメリカ自身が戦争に突っ込んでいったはずです。それが超大国の流儀だったはずです。「台湾頼み」になっている時点で中国に手の内を明かしています。つまり、台湾の士気を砕けば、アメリカも日本も参戦できず、即中国が奪うことができます。これは中国が内部からクーデターを行うとアメリカはノータッチです、ということを暗に示しています。

 これらの矛盾を考えると、やはりこのウォーゲーム及びレポートは日本政府向けと理解できます。理由は単純明快で、中国が本格的に台湾侵略しようが謀略で併合しようが、一番困るのは日本だからです。もはや日本が対米従属ではなく、「対米同化」するしかないことをアメリカは迫っているのです。このレポート自体が1月13日の岸田総理の訪米直前に公開されたことも意味深です。
https://tocana.jp/2023/01/post_246154_entry.html
11:保守保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/04/04 (Tue) 05:56:46



2023.04.04XML
日本に中露との戦争を準備させているのは米国を支配する私的権力
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304040000/

 東アジアでの軍事的な緊張が急速に高まっているが、そうした状況を作り出しているのはネオコンをはじめとするアメリカの好戦派にほかならない。岸田文雄、菅義偉、安倍晋三、野田佳彦、菅直人・・・いずれの内閣ともネオコンの操り人形にすぎない。日本の政治家に焦点を合わせた議論は無意味だ。

 日本は中国やロシアと戦争する準備を進めているが、それはアメリカの支配層から命令されてのこと。アメリカ政府も背後の強大な私的権力に操られている。その私的権力は19世紀に作成した世界制覇計画に基づいて動いてきた。「軍産複合体の利益」の利益は副産物にすぎない。





 日本は明治維新以来、イギリスとアメリカの私的権力、より具体的に言うならば米英金融資本に支配されてきた。その支配システムが天皇制官僚体制であり、この構図は第2次世界大戦の前も後も基本的に変化していない。明治体制が続いているのだ。

 勿論、そうした流れの中にも波はある。直近の波は1991年12月にソ連が消滅した時に始まった。その波の性格は1992年2月に国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)草案に書かれている。

 20世紀の前半からアメリカの国務省はファシストの巣窟だったが、その背後には金融資本が存在していた。ナチスの資金源がウォール街やシティ、つまりアメリカやイギリスの金融資本だということは本ブログでも繰り返し書いてきた通り。

 近代ヨーロッパは南北アメリカ大陸、アフリカ、アジア、オーストラリアなどから資源、財宝、知識を略奪して始まった。

 まず、11世紀から15世紀にかけて中東を軍事侵略(十字軍)、財宝や知識を手に入れ、スペインやポルトガルは15世紀になると世界各地で略奪を開始する。1521年にはエルナン・コルテスが武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、それ以降、金、銀、エメラルドなどを略奪、先住民を使って鉱山を開発した。

 そうして手に入れた財宝を海賊に奪わせていたのがイギリス。14世紀から16世紀にかけて起こったルネサンスはそうした略奪と殺戮の上に成り立っている。

 インドへの侵略と略奪で大儲けしたイギリスは中国(清)に手を伸ばすが、経済力では太刀打ちできない。そこで中国にアヘンを売りつけ、1839年から42年にかけて「アヘン戦争」を仕掛けた。1856年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」。この戦争でイギリスが手に入れた香港はその後、秘密工作や麻薬取引の拠点になる。犯罪都市になったとも言える。

 こうした戦争でイギリスは勝利したものの、征服はできなかった。戦力が足りなかったからだ。そこで目をつけたのが侵略拠点としての日本列島であり、傭兵としての日本人だ。イギリスは長州と薩摩を利用して徳川体制を倒す。これが明治維新であり、天皇制官僚体制の始まりだ。

 こうした仕組みを揺るがす出来事が1932年にアメリカで起こる。巨大資本の意向通りに動かないニューディール派のフランクリン・ルーズベルト(FDR)が大統領に選ばれたのだ。そこでウォール街の大物たちがクーデターを計画したことは本ブログでも繰り返し書いてきた。FDRの立場は反ファシズム、そして反帝国主義でもあり、そのために帝国主義者のウィンストン・チャーチルとは関係が良くなかった。

 ウォール街やシティはナチスへ資金を提供、ナチスが実権を握るとドイツとロシアとの関係は悪化する。1941年5月にはアドルフ・ヒトラーの忠実な部下だったルドルフ・ヘスが単身飛行機でスコットランドへ飛んび、イギリス政府と何らかの話し合いを持つ。ドイツ軍がソ連に対する侵攻作戦を始めたのはその翌月だ。この侵攻作戦はバルバロッサ作戦と呼ばれているが、この時に東へ向かったドイツ兵は約300万人、西部戦線に残ったドイツ軍は90万人だけだと言われている。

 これだけの作戦を実行するためには半年から1年の準備期間が必要であり、1940年夏から41年初頭から準備を始めていたと推測できる。その時期、つまり1940年9月7日から41年5月11日にかけてドイツ軍はロンドンを空襲していた。4万人から4万3000名のロンドン市民が死亡したという。ドイツ軍によるロンドン空襲は陽動作戦と考えることができる。

 ソ連の外交官や情報機関は1941年1月の段階でドイツ軍がその年の6月からソ連侵攻作戦を始めるとクレムリンに警告していたが、ヨシフ・スターリンは動かなかった。ロシア革命以降、ソ連軍とドイツ軍の関係は良く、スターリンはその関係を警戒していたとも言われている。

 実際、ドイツ軍は1941年6月にソ連に対する軍事侵略を開始、7月にはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫った。イギリスは動かない。

 アドルフ・ヒトラーは10月3日、ソ連軍は敗北して再び立ち上がることはないとベルリンで語り、またチャーチル英首相の軍事首席補佐官を務めていたヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測していた。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015)

 1941年12月に日本軍はマレー半島と真珠湾を奇襲攻撃してイギリスだけでなくアメリカとも戦争を始めるが、その翌月、1942年1月にドイツ軍はモスクワでソ連軍に降伏する。この段階でドイツの敗北は決定的だった。アメリカが参戦しなくてもヨーロッパではドイツが敗北し、ソ連が勝利することは確定的だった。

 ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まる。当初はドイツ軍が優勢に見えたが、11月になるとソ連軍が猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲された。そして1943年1月にドイツ軍は降伏。その月にFDRとチャーチルはモロッコのカサブランカで協議、シチリア島上陸作戦が決まる。この作戦は1943年7月に実行されるが、これは対ソ連戦の始まりだ。ハリウッド映画で有名なノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月になってからである。

 この年の11月にアメリカでは大統領選挙があり、FDRが勝利した。すでにドイツの敗北は決定的であり、必然的に日本の敗北も視野に入っていた。戦争終結後にもFDRが大統領を務めるということは、ウォール街とファシズムとの関係が追及される。

 金融資本にとって危機的な状況だと言えるが、こうした事態にはならなかった。FDRが1945年4月12日に急死したからだ。中心人物を失ったニューディール派の影響力は急速に弱まり、「赤狩り」もあってホワイトハウスの政策が帝国主義に戻る。

 ドイツはFDRが死亡した翌月の1945年5月に降伏、チャーチルをすぐにソ連への奇襲攻撃を目論み、JPS(合同作戦本部)に対して作戦を立案を命令、5月22日に提出された案が「アンシンカブル作戦」だ。

 その作戦によると、攻撃を始めるのは1945年7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦は発動しなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからである。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 この作戦を無用にした別の理由が7月16日にニューメキシコ州のトリニティ実験場で実施されたプルトニウム原爆の爆発実験。この実験の成功で原爆製造への道が開け、正規軍による奇襲攻撃の必要がなくなったのである。爆発実験の実施日は当初、7月18日と21日の間とされていたが、ハリー・トルーマン大統領の意向でポツダム会談が始まる前日に行われた。

 トリニティでの実験成功を受けてトルーマン大統領は原子爆弾の投下を7月24日に許可。そして26日にアメリカ、イギリス、中国はポツダム宣言を発表、8月6日に広島へウラン型を投下、その3日後に長崎へプルトニウム型を落としている。

 原子爆弾の研究開発プロジェクトはマンハッタン計画と呼ばれているが、その計画を統括していた陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、同計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、その計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017)

 8月6日に広島へ原爆を投下しなければならない理由もあった。1945年2月、クリミアのヤルタ近くで開かれたアメリカ、イギリス、ソ連の首脳による話し合いでソ連の参戦が決まっていたのだ。ドイツが降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結してから2カ月から3カ月後にソ連が日本に宣戦布告するという取り決めがあった。

 この時のアメリカ大統領はルーズベルト。ソ連が参戦して中国東北部へ軍事侵攻、そのまま居座る事態をトルーマン政権は避けたい。中国を国民党に支配させようとしていたからだ。ソ連に撤退させる「何か」が必要だった。

 ナチスによるソ連征服が失敗し、大戦は終結、チャーチルは1946年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行い、「冷戦」の幕開けを宣言した。公開されたFBIの文書によると、チャーチルは1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。(Daniel Bates, “Winston Churchill’s ‘bid to nuke Russia’ to win Cold War - uncovered in secret FBI files,” Daily Mail, 8 November 2014)

 このチャーチルを「最初のネオコン」と呼ぶ人もいるが、ネオコンは1992年2月にDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。「唯一の超大国」になったアメリカは他国に配慮することなく単独で好き勝手に行動できる時代が来たと考えたのだ。

 そのドクトリンは第1の目的を「新たなライバル」の出現を阻止することだとしている。旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、東南アジアにアメリカを敵視する勢力が現れることを許さないというわけだ。言うまでもなく、日本がアメリカのライバルになることも許されない。その上でアメリカの戦争マシーンの一部になるということだ。

 その時の国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツだ。そのウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、DPGは「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 そのドクトリンに基づき、 ジョセイフ・ナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。日本に対し、アメリカの戦争マシーンの一部になれという命令だろうが、当時の日本にはその道を歩こうとしない政治家もいたようだ。

 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)た。その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。

 結局、日本は戦争への道を歩み始め、自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作り、23年には石垣島でも完成させた。

 アメリカの国防総省系シンクタンク​「RANDコーポレーション」が昨年に発表した報告書​によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。

 岸田政権は昨年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定し、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額し、「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。日本政府が言う「敵基地」には軍事基地のほか工業地帯やインフラも含まれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304040000/
12:保守保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/04/05 (Wed) 17:18:17

米英金融資本

 金融の世界を見ると、アメリカとイギリスは一心同体の関係にある。歴史を振り返ると、アメリカの金融はJPモルガンが中心的な存在、イギリスではロスチャイルドが中心的な存在だが、両者はつがなっているのだ。

 19世紀の中頃、ジュニアス・モルガンなる人物がロンドンでジョージー・ピーボディーと銀行を経営していたのだが、1857年にその銀行の業績が悪化、倒産寸前になる。そのときにピーボディーと親しかったロスチャイルド一族が救いの手を差し伸べている。

 ピーボディーは1864年に引退し、ジュニアスが引き継ぐ。ロスチャイルドはジュニアスの息子であるジョン・ピアポント・モルガンに目をつけ、ロスチャイルド系金融機関のアメリカにおける代理人に据えるが、この人物がモルガン財閥の祖と言われている。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 1837年から1901年にかけて、イギリスを統治していたのはビクトリア女王。1840年にザクセン-コーブルク-ゴータのアルベルトと結婚すると、この夫が助言者になるが、1861年に42歳で死亡してしまう。1890年代からはネイサン・ロスチャイルド(ロスチャイルド男爵)、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてセシル・ローズらが助言者になった。

 ローズは1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出し、大儲けした人物。1877年に書いた「信仰告白」の中で、アングロ・サクソンを世界で最も高貴な人種だと表現、その人種が支配地域を広げることは義務だと考えていた。要するに、優生学の信奉者だ。

 彼らは世界を支配するため、ユーラシア大陸の周辺部を支配して内陸部を締め上げるという戦略を立てた。その戦略をまとめたのが地理学者ハルフォード・マッキンダー。1904年に「歴史における地理的要件」というタイトルでプランを発表している。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論に基づく。

 イギリスがインドを植民地にしたのは1757年にプラッシーの戦いで東インド会社が勝利してからだが、その前から東南アジア侵略は行われている。日本では15世紀から16世紀にかけての戦国時代、敗者は殺されるだけでなく奴隷として売買されていた。その一部は国外へ売られ、若い男は戦闘奴隷になっている。その戦闘奴隷をヨーロッパ諸国は傭兵として使っていた。

 豊臣秀吉は1592年と96年に朝鮮半島を軍事侵略している。いわゆる「文禄の役」と「慶長の役」だが、その際、豊臣軍が朝鮮半島で行ったこと、つまり殺戮、略奪、拉致などは戦国時代の日本列島で行われていたことだ。

米英の戦闘奴隷

 そうした歴史のある日本に19世紀のイギリスは目をつけた。

 イギリスは経済力では太刀打ちできない中国(清)から富を奪うため、アヘンを売りつける。麻薬取引を清が取り締まるとイギリスは戦争を仕掛けた。1840年から42年にかけての「アヘン戦争」と56年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」だ。

 戦争でイギリスは勝利したものの、征服できない。戦力が足りなかったからだ。そこで目をつけたのが日本というわけだ。彼らは長州と薩摩を利用して徳川体制を倒し、明治体制を樹立させた。いわゆる明治維新だ。

 明治維新で暗躍したトーマス・グラバーは1859年、ジャーディン・マセソンのエージェントとしてウィリアム・ケズウィックと共に来日している。横浜を拠点にしたケズウィックの祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉である。

 ジャーディン・マセソンは中国の茶や絹をイギリスへ運び、インドで仕入れたアヘンを中国へ持ち込むという商売を行っていたが、儲けの大半はアヘンの取り引きによるもので、事実上、麻薬業者だった。

 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州から5名の若者をイギリスへ留学させることを決める。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。

 明治政権は琉球を併合した後、1874年5月に台湾へ軍事侵攻、75年9月に李氏朝鮮の首都を守る要衝の江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功した。

 1894年に甲午農民戦争(東学党の乱)で体制が揺らぐと日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も軍隊を出して日清戦争につながった。

 この戦争で勝利した日本はロシアへ接近することが予想された閔妃を1895年に暗殺する。三浦梧楼公使の下、日本の官憲と「大陸浪人」をが宮廷を襲撃し、閔妃を含む女性3名を殺害したのだが、その際に性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万人の兵を派遣。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。

 イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたジェイコブ・シッフはクーン・ローブを経営していた人物。

 クーン・ローブはドイツ系移民、アブラハム・クーンとソロモン・ローブがニューヨークで設立した金融機関だが、その経営を任されたジェイコブ・シッフはロスチャイルド家に近かった。ポール・ウォーバーグとフェリックス・ウォーバーグはシッフの甥にあたる。またシッフはジョン・ロックフェラーの会社、スタンダード石油の金融戦略を担当していた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本海軍に敗北するが、そこで登場してくるのが「棍棒外交」のテディ・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印されて日本の大陸における基盤ができた。

 この条約は韓国における日本の優先的な地位を認め、旅順や大連の租借権や長南と旅順口との間の鉄道の経営権を日本に譲り、サハリンの南半分を日本に割譲し、沿海州やカムチャツカの漁業権を日本に譲渡する等々を定めている。賠償金の支払いは認められていない。

 講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対し、覚書は破棄される。日露戦争で獲得した利権をアメリカに取られると主張したのだが、桂首相は利権をアメリカへ渡したかったのだろう。

 この当時、日本にはテディ・ルーズベルトと親しい人物がいた。金子堅太郎だ。ふたりともハーバード大学で学んでいる。そのふたりを何者かが引き合わせたのだ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びつく。日本の韓国併合はアメリカの戦略でもあった。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 1923年に起こった関東大震災の復興資金調達が切っ掛けになって日本はウォール街、特にJPモルガンの影響下に入る。そのJPモルガンは1932年にジョセフ・グルーを駐日大使として日本へ送り込んできた。

 1932年にアメリカでは大統領選挙があり、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選している。この結果を憂慮したウォール街の大物たちがファシズム体制の樹立を目指してクーデターを計画したことは本ブログでも繰り返し書いてきた。このクーデターを潰したのが伝説的な軍人であるアメリカ海兵隊のスメドリー・バトラーだ。

 グルーは松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らと親しかったが、その中でも特に緊密だったのは松岡洋右だという。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる人物だ。

 1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入する。翌年の6月にグルーは離日するが、その直前に商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304050000/
13:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/04/28 (Fri) 07:27:15

2023.04.28XML
韓国はウクライナへ武器を供給、米国の核兵器を装備した潜水艦を受け入れへ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304280000/

 韓国の尹錫悦大統領は4月24日にアメリカへ向かって出発し、26日にジョー・バイデン米大統領と会談した。29日まで滞在の予定だ。首脳会談の中で​アメリカの核兵器を搭載した潜水艦を韓国が受け入れることが決まった​が、その前に尹大統領はウクライナへ兵器を供与する意向を示している。

 アングロ・サクソンの支配者はスエズ運河が建設されて以降、ユーラシア大陸の沿岸部を支配して内陸部を締め上げるという戦略に基づいて政策を決めてきた。当初はイギリスの戦略だったが、途中、アメリカが引き継いでいる。その戦略の中でイギリスやアメリカは「明治維新」を仕掛けた。東アジア諸国と友好的な関係を築いていた徳川体制を倒し、薩摩や長州を中心とする天皇制官僚体制を作り上げたのだ。天皇制官僚体制はアジアを侵略するために作られたとも言える。そのために「反アジア教育」が日本全体で推進された。


 現在、アメリカは東アジアを支配するため、イギリスやオーストラリアとAUKUSなる軍事同盟を組織した。アングロ・サクソンによる東アジアの植民地化を狙っていることが露骨に感じられるが、そこへ日本は入りたがっている。

 明治体制になってから日本はアングロ・サクソンの東アジア侵略、その実態は中国(清)侵略。2度のアヘン戦争でも明らかなように、イギリスは中国を征服するだけの戦力がない。そのための傭兵(戦闘奴隷)として日本人に目をつけたのだろう。そして現在、アングロ・サクソンと日本は同じ道を歩き始めた。

 明治体制下では朝鮮が侵略の手先になることを拒否する。それに対して日本は1872年9月に「琉球藩」をでっちあげて琉球を併合、74年5月に台湾へ派兵、75年9月には李氏朝鮮の首都を守る要衝の江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功した。

 朝鮮の体制が揺らいでいた1894年に明治政府は軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も軍隊を出して日清戦争につながり、日本が勝利して1895年4月に日清講和条約が結ばれた。

 さらに日本はロシアと手を組む可能性のあった閔妃を1895年10月に殺害する。三浦梧楼公使が指揮、日本の官憲と「大陸浪人」が実行したと考えられている。襲撃チームは朝鮮の宮廷を襲撃して閔妃を含む女性3名を殺害、その際に性的な陵辱を加えたとされている。その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 日本は1904年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。

 1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本海軍に敗北するが、そこで登場してくるのが「棍棒外交」のテディ・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印されて日本の大陸における基盤ができた。

 この当時、日本にはテディ・ルーズベルトと親しい人物がいた。金子堅太郎だ。ふたりともハーバード大学で学んでいる。そのふたりを何者かが引き合わせたのだ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びつく。日本の韓国併合はアメリカの戦略でもあった。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)


 イギリス、アメリカ、日本のトリオは朝鮮半島を橋頭堡として中国やロシアに戦争を仕掛け、勝利したのだが、現在、同じことをしても同じ結果は得られない。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されて以降、侵略戦争を本格化させるのだが、計算違いの連続。アメリカは現在、苦境に陥っている。

 一方、東アジアでは中国に軍事的な圧力を加えてきたが、2021年9月にオーストラリアがイギリスやアメリカとAUKUSを創設したと発表。それと同時にアメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられた。

 ジョー・バイデン米大統領はオーストラリアへ売却する3隻のバージニア級原子力潜水艦を2030年代の初めに建造すると語っているが、その潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。

 山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明したが、尹大統領の潜水艦発言はこれとつながる。

 尹錫悦は大統領に就任する前、検事総長としてアメリカから嫌われていた文在寅政権を攻撃、文大統領に近い曺国法務部長官をソウル東部地検刑事6部に起訴させ、曺を辞任の追い込んでいる。

 文大統領はロシアや中国との関係を強め、 2018年4月27日には板門店で朝鮮の金正恩委員長と会談しているが、尹はミルトン・フリードマンの新自由主義を信奉、アメリカの支配層にとって好ましい人物で、朝鮮半島の軍事的な緊張を高める発言をしていた。

 その尹が大統領に就任してから日本との関係を「修復」した目的は言うまでもないだろう。尹大統領はウクライナへ兵器を供与する意向を示しているが、ロシアのドミトリー・メドベージェフ安全保障会議副議長は、もし韓国がロシアと戦闘状態にあるウクライナへの武器を供与するなら、それはロシアに対する敵対行為にほかならないと警告、対抗上、朝鮮へ高性能兵器を供与すると語った。韓国の現大統領は東アジアの軍事的な緊張を高めている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304280000/
14:777 :

2023/06/04 (Sun) 14:12:10

エリート 洗脳システムとしての留学制度
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14118494
15:777 :

2023/07/02 (Sun) 04:50:34

2023.07.02XML
問題は邪悪な勢力ではなくアメリカという国の仕組みにある
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307020000/

 ウクライナではGUR(国防省情報総局)キリーロ・ブダノフ局長や陸軍のオレクサンドル・シルスキー司令官と同様、バレリー・ザルジニー総司令官が姿を消していた。そのうち​ザルジニーとワシントン・ポスト紙は参謀本部で会い、インタビューした​という。その中でザルジニーはアメリカ/NATOに対し、武器弾薬をよこせと語っている。

 6月にはウィリアム・バーンズCIA長官がウクライナを訪問、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領や「情報当局トップ」と会談したとも伝えられている。その「トップ」がブダノフなのかどうかは不明だ。

 ブダノフの場合、​5月6日に「この世界のどこにいてもロシア人を狙い殺し続ける」と語っている​。それに対し、ロシア軍は5月28日からキエフに対する大規模な攻撃を実施、GUR本部も破壊され、29日からブダノフは姿を見せていない。

 攻撃があった夜、2機のヘリコプターがキエフからポーランドへ向かい、ポーランドからドイツへ第86航空医療後送中隊のC-21Aが重傷者を乗せて飛んだと言われているが、その重傷者がブダノフではないかと噂されている。

 ウクライナ側はバーンズに対し、秋までに大砲とミサイル・システムをクリミアとの境界線近くへ移動させ、ウクライナ東部へさらに押し進めることを目指していると語ったというが、難しいだろう。現在、ウクライナ軍は「玉砕戦法」で攻撃を続けているが、地雷原の中で戦闘車両が破壊され、多くの死傷者を出している。こうした状況はアメリカ統合参謀本部のマーク・ミリー議長も認めている。

 すでに武器弾薬はウクライナ軍だけでなくアメリカ/NATOの兵器庫からも消えているようだが、それ以上に深刻なのは膨大な数の兵士が死傷している現実。周辺国から雇い入れ、ウクライナ国籍を与えても追いつかない。最後のウクライナ人が死ぬまで戦争を続けるというが、結局のところ、外国人傭兵に頼らざるをえない。

 要するに、アメリカやイギリスを支配する私的権力、つまり金融資本はロシアの現体制を倒し、制圧するためにウクライナの国土を破壊し、人間を死滅させようとしている。その目論みにウクライナのエリートは協力してきたわけだ。

 こうした仕組みは遅くとも19世紀には出来上がっている。

 経済競争で中国(清)に敗れたイギリスの私的権力はアヘンを売りつけることで形勢を逆転させようとし、中国の反発を招いた。そしてイギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、そして1856年から60年にかけて「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を仕掛けている。

 2度のアヘン戦争でイギリスは勝利、同国とアメリカの貿易商は大儲けしたものの、征服はできなかった。戦力が足りなかったからだ。そこで目をつけたのが侵略拠点としての日本列島であり、傭兵としての日本人だ。イギリスは長州と薩摩を利用して徳川体制を倒す。これが明治維新であり、天皇制官僚体制の始まりだ。

 しかし、イギリスが侵略戦争を本格化させるのは19世紀の終わり。その中心にはセシル・ローズやジョゼフ・チェンバレンがいた。帝国主義の時代への突入だ。

 1866年にアフリカの南部地域でダイヤモンドが発見され、86年にはトランスバール(南アフリカ北東部)で大量の金が発見されるとローズは南アフリカへ移住、ダイヤモンド取引で財をなす。ローズに融資していた金融機関はNMロスチャイルド&サンである。イギリスにおけるローズの仲間にはナサニエル・ロスチャイルドのほか、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてアルフレッド・ミルナーらがいる。

 ロスチャイルドは金融界に君臨する大物であり、ステッドは多くのメディアを支配して情報操作を行っている。ブレッドは心霊主義の信者としても知られているビクトリア女王の相談相手で、後にエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 一連の動きで重要な役割を果たしたローズは優生学を信奉していた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会し、その直後に書いた『信仰告白』の中でアングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張している。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するとしている。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 イギリスにおける帝国主義は優生学と密接な関係にあると言える。実際、アングロ・サクソンはアメリカやオーストラリアで先住民を虐殺しているが、東アジアでは中国に照準を定め、最終的にはスラブ民族が支配するロシアを征服しようと計画する。ウクライナへの工作もその一環だ。

 南北アメリカ大陸における先住民虐殺は「大航海時代」までさかのぼることができる。16世紀にはエルナン・コルテスがアステカ王国(現在のメキシコ周辺)に攻め込んで莫大な金銀を奪い、フランシスコ・ピサロはインカ帝国(現在のペルー周辺)で金、銀、エメラルドなどを略奪した。

 こうしたヨーロッパからの侵略者は莫大な量の貴金属品を盗んだだけでなく、先住民を酷使して鉱山開発も行っている。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だ。

 アメリカ合州国の場合、1620年11月が大きな節目になっている。オランダを出航した「メイフラワー」が現在のマサチューセッツ州プリマスにたどり着き、上陸した。

 そこには先住の「アメリカ・インディアン」が住んでいたのだが、メイフラワーが到着した時には腺ペストで皆死んでいた。ペストは1617年にイギリス人が持ち込んだのだという。

 この当時、アメリカ大陸で「失われた十支族」を特定したという話が流れ、それに基づいて1650年にオランダのラビ、メナセ・ベン・イスラエルは『イスラエルの希望』という本を出版している。イスラエルはイギリスのオリバー・クロムウェルに対し、アメリカ先住民のスー族とコマンチ族を再ユダヤ化するためにユダヤ人を派遣するように求めた。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 ヨーロッパからの移民はアメリカ・インディアンの助けで生き延びることができたのだが、そうしたことに感謝せず、侵略を本格化させて千住民を虐殺していく。先住民を殺した後には「自由になる土地」が残されたのだが、富裕層や植民会社は働き手をイギリスから運んでくる。アヘン戦争の後、中国からイギリスの植民地などへ運ばれた「苦力」も一種の奴隷だと言えるだろう。

 イギリスではエンクロージャーによって共有地が私有化され、土地を追われた農民は浮浪者や賃金労働者になっている。そうした人びとを年季奉公人、つまり期間奴隷として使ったのだ。1776年にアメリカではトーマス・ジェファーソンが起草した「独立宣言」が可決されたが、先住民や奴隷は「人間」から排除されている。この欺瞞性がアメリカの本質であるように思える。

 アメリカの「開拓」は先住民を虐殺することで成り立った。中でも悪名高い虐殺は1864年に引き起こされた。約700名のシャイエン族の集団が講和を結ぶためにコロラドのフォート・リオンへ向かうのだが、その途中、サンド・クリークで白人側の示唆に従ってキャンプ、そこを約750名のアメリカ兵が襲撃したのだ。シェイエン族を率いていたふたりの長老は白人が攻撃してくることはないと部族民を説得していたが、判断を誤り、多くの仲間を殺すことになった。

 フロンティアの消滅が宣言された1890年12月にはサウスダコタのウンデッド・ニー・クリークにいたスー族を騎兵隊が襲撃し、150名から300名を虐殺した。これも歴史に残る残虐な出来事のひとつで、アメリカという国の本質を示している。

 その前、1845年に侵略者は太平洋岸に到達したが、その翌年にはメキシコと戦争をはじめ、テキサス、ニュー・メキシコ、カリフォルニアを奪う。

 1904年にはセントルイスでオリンピックが開催されたが、その際、並行して「万国博覧会」も開かれた。1903年までアメリカの民族学局に所属していたウィリアム・マギーは「特別オリンピック」を企画、人種の序列を示している。それによると、トップは北ヨーロッパの人びとで、最下位はアメリカ・インディアンだ。アパッチ族のジェロにもが「展示」されたのもその時である。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021)

 アラバマ州モントゴメリーで人種差別に抗議する「バス・ボイコット運動」が始まり、「公民権運動」に発展するが、そのボイコットが始まったのは1955年のことである。

 この運動の指導者だったマーチン・ルーサー・キング牧師はベトナム戦争が人種差別と本質が同じだと理解、ベトナム戦争に反対する意思を明確にしたが、その1年後に暗殺された。

 今では債務によって「新奴隷」が生み出されていると言われている。アメリカでは医療費や教育費で債務奴隷状態になる人が少なくない。その経済的な境遇のため、さまざまな権利を放棄せざるをえない状況に追い込まれている。「債務奴隷」に近い人たちが存在するのだ。

 アメリカの医療システムは貧弱で、経済的な弱者は適切な医療を受ける権利が奪われ、大きな病気や怪我をして破産するケースが珍しくない。公立学校が崩壊状態のアメリカで少しでもまともや教育を望むなら家賃の高い地域に住まなければならない。不動産による倒産の大半は教育問題だとエリザベス・ウォーレンが説明していた。

 アメリカという仕組みは民主主義から程遠い。 フランクリン・ルーズベルトは1938年4月、議会へのメッセージで、ファシズムとは個人、グループ、あるいは何らかの支配力をもつ私的権力による政府の所有だと指摘しているが、これは1970年代からアメリカ主導で進められた新自由主義政策そのものだ。その政策を進めたのは米英の金融資本だが、「独立宣言」を起草した勢力も大同小異である。「アメリカという仕組みは健全だが、悪いグループに支配されているので、その悪いグループを排除すれば、素晴らしいアメリカが達成できる」という主張はナンセンスなのだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307020000/
16:777 :

2023/08/15 (Tue) 06:06:44

2023.08.15XML
米英金融資本の支配下にあった日本が東アジア侵略を進めた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202308140000/

 1945年8月15日、昭和天皇(裕仁)は「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表した。7月26日に発表されたポツダム宣言は日本に無条件降伏を要求している。

 連合国で無条件降伏という話が出てきたのは1943年1月にカサブランカで行われた米英仏の首脳、つまりフランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチル、シャルル・ド・ゴールの会談においてだ。その直前、ソ連へ攻め込んでいたドイツ軍はスターリングラードで降伏している。

 ドイツ軍は1941年6月、ソ連に対する奇襲攻撃を開始。西側には約90万人だけを残し、310万人を投入するという非常識なものだが、これはアドルフ・ヒトラーの命令で実行されたという。

 1941年7月にドイツ軍はレニングラードを包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点に到達した。ヒトラーはソ連軍が敗北したと確信、再び立ち上がることはないと10月3日にベルリンで語っている。またウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官だったヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測しながら傍観していた。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015)

 こうした中、1941年12月に日本軍はマレー半島と真珠湾を奇襲攻撃してイギリスだけでなくアメリカとも戦争を始める。ドイツの勝利を予想して米英と戦争を始めたのかもしれないが、そうした展開にはならなかった。ソ連軍の抵抗でこうした予想通りにことは進まず、ドイツ軍は1942年1月にモスクワで降伏、同年8月にスターリングラード市内へ突入したのだ。

 ヨーロッパでドイツがソ連に負けたことを受け、英米仏が開いたカサブランカ会談で無条件降伏が打ち出された。これはドイツや日本の降伏を遅らせることが目的だったと言われている。日本はともかく、ドイツがソ連に負けたというイメージを消し去り、イギリスやアメリカに負けたのだという演出をするには時間が必要だったのだろう。

 勿論、日本が戦争を始めたのは1941年12月よりはるか前のことだ。本ブログでは明治維新をイギリスによる東アジア侵略戦略の一環だと考えている。

 明治体制になってからイギリスやアメリカの外交官は台湾や大陸を侵略するように焚きつけて軍事技術を提供、その一方で米英金融資本は戦費を融資している。そして明治政府は琉球を併合し、台湾へ派兵、江華島事件を引き起こし、日清戦争、日露戦争、シベリア派兵へと突き進んだ。シベリア派兵はロシアで起こった十月革命への干渉だ。

 十月革命は第1次世界大戦と深い関係がある。1914年6月にサラエボでオーストリア皇太子がセルビア人に暗殺され、翌月にオーストリアがセルビアに宣戦布告して第1次世界大戦が始まるのだが、ロシア支配層は戦争に反対する地主階級と戦争に賛成する産業資本家との間で対立が生じていた。

 戦争反対派の中心人物は皇后アレクサンドラと大地主を後ろ盾にするグリゴリー・ラスプーチン、戦争賛成派の中心は有力貴族でイギリス支配層と深い関係にあるフェリックス・ユスポフだ。

 ロシアとドイツを戦わせたいイギリスにとって目障りな存在だったラスプーチンは1914年6月に腹部を刺され、重傷を負って入院。その間にロシアは宣戦布告していたが、その後も対立は続く。そしてラスプーチンは1916年12月に暗殺された。暗殺者はフェリックス・ユスポフだとされている。

 ユスポフは1887年3月にサンクトペテルブルクのモイカ宮殿で生まれているが、その11年前、その宮殿でイギリス人男子が生まれていた。ユスポフ家に雇われていた家庭教師の息子、スティーブン・アリーだ。この人物は後にイギリスの対外情報機関MI6のオフィサーになる。のちにフェリックスはオックスフォード大学へ留学するが、そこで親密な関係になったオズワルド・レイナーもMI6のオフィサーになる。

 ロシアで支配層の内紛が展開されている最中、1916年にイギリス政府はMI6のチームをロシアへ派遣したが、その中心メンバーはアリーとレイナーにほかならない。このチームがフェリックスと接触していることは運転手の日誌で明らかになっている。またラスプーチンの殺害に使われた銃弾を発射できるピストルを持っていたのはレイナーだけで、真の暗殺者はレイナーではないかと考える人もいる。

 そして1917年3月にロシアでは「二月革命」が引き起こされ、資本家が実権を握った。そのほか、カデット、エスエル、メンシェビキも革命グループに含まれていたが、ボルシェビキは参加していない。その指導者は亡命中か刑務所の中だった。革命で成立した臨時政府は戦争を継続する。

 それに対し、両面作戦を避けたいドイツ政府は即時停戦を主張していたウラジミル・レーニンに目を付ける。そこでドイツ政府はボルシェビキの指導者を列車でロシアへ運び、「十月革命」につながった。こうした経緯があるため、ソ連とドイツはアドルフ・ヒトラーが台頭するまで関係は良好だったのである。そして日本はイギリスやフランスの要請で十月革命に干渉、1925年までソ連領内に居座ったわけだ。

 その間、1923年9月1日に東京周辺を巨大地震が襲った。被災者数は340万人以上、死者と行方不明者を合わせると10万5000名を上回ると言われている。損害総額は55億から100億円に達していたという。

 この資金を調達するため、日本政府はアメリカの巨大銀行JPモルガンに頼った。ロスチャイルド金融資本からスピンオフした金融機関だ。その当時、JPモルガンと最も緊密な関係にあった日本人は井上準之助だと言われている。関東大震災を切っ掛けにして日本の政治経済はJPモルガンから大きな影響を受けるようになった。

 地震の当日、総理大臣は不在。山本権兵衛内閣が成立するのは9月2日のことだ。その内閣で井上は大蔵大臣に就任、1924年1月までその職にあった。1927年5月から28年6月までは日本銀行の総裁、浜口雄幸内閣時代の29年7月から31年12月まで、再び大蔵大臣をそれぞれ務めている。

 9月1日の夕方になると社会主義者や朝鮮人をターゲットにした流言蜚語が飛び交いはじめ、2日夜に警視庁は全国へ「不定鮮人取締」を打電して戒厳令も施行された。

 こうした雰囲気が社会に蔓延、数千人の朝鮮人や中国人が殺されたと言われている。さらに社会主義者やアナーキストが虐殺されているが、そうした犠牲者のひとりがアナーキストの大杉栄だ。彼は妻の伊藤野枝や甥の橘宗一とともに憲兵大尉だった甘粕正彦に殺されたのである。地震当時、東京に住んでいた人の話では、焼き殺された朝鮮人もいたようだ。実行者は日本の庶民にほかならない。

 そうした中、JPモルガンは日本に対して緊縮財政の実施と金本位制への復帰を求め、浜口雄幸内閣は1930年1月に要求通りに実行する。緊縮財政で景気が悪化するだけでなく、日本から金が流出して不況は深刻化して失業者が急増、農村では娘が売られる事態になった。

 こうした政策を推進した井上は「適者生存」を信奉していた。強者総取り、弱者は駆逐されるべき対象だとする新自由主義的な考え方をする人物だったとも言えるだろう。当然、失業対策には消極的で、労働争議を激化させることになる。浜口は1930年11月に東京駅で狙撃され、31年8月に死亡し、井上は32年2月に射殺された。

 1932年に駐日大使として赴任してきたジョセフ・グルーはJPモルガンと深い関係にある。グルーのいとこがジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻なのだ。

 この年、アメリカでは大統領選挙があり、ウォール街が操る現職のハーバート・フーバーがニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトに敗れた。慌てたウォール街の住人はクーデターを目論む。計画の中心的な存在である巨大金融機関のJPモルガンは司令官としてダグラス・マッカーサーを考えたが、人望があり、軍の内部への影響力が大きいスメドリー・バトラーを取り込まないとクーデターは無理だという意見が通り、バトラーに働きかけることになる。

 ウォール街のクーデター派はドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領への信頼感を失わせるようなプロパガンダを展開、50万名規模の組織を編成して恫喝して大統領をすげ替えることにしていたという。

 話を聞いたバトラーは信頼していたフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに相談、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のために派遣する。フレンチは1934年9月にウォール街のメンバーを取材、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。バトラー少将は1935年にJ・エドガー・フーバーに接触してウォール街の計画を説明するのだが、捜査を拒否している。日本の政治経済に大きな影響力を持っていたJPモルガンはアメリカでファシズム体制の樹立を目論んでいたわけだ。

 日本軍は1927年から28年にかけて山東省へ派兵、1931ねんには柳条湖事件、32年に「満州国」建国、37年に盧溝橋事件、39年にノモンハン事件へと続く。その延長線上にマレー半島や真珠湾への奇襲攻撃がある。

 JPモルガンが1932年に日本へ駐日大使として送り込んできたグルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたり、岸もグルーと親しかった。

 そのグルーは第2次世界大戦後の日本のあり方を決めたジャパンロビーの中心人物でもある。 この団体の後ろ盾はウォール街だ。つまり、戦前も戦後も支配システムは基本的に同じ天皇制官僚体制であり、「戦前レジーム」だ、「戦後レジーム」だと騒ぐのは滑稽なのである。

 アメリカやイギリスの支配層は第2次世界大戦の前と同じように中国やロシアの征服を目論んでいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202308140000/
17:777 :

2023/08/31 (Thu) 08:14:04

2023.08.31XML
100年前の関東大震災を切っ掛けにして日本はウォール街の影響下に入った
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202308300001/

 今から100年前の1923年9月1日、東京周辺を巨大地震が襲った。被災者は340万人以上、死者と行方不明者を合わせると10万5000名を上回り、損害総額は55億から100億円に達していたという。復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンと交渉する。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。井上がJPモルガンと親しくなったのは1920年に対中国借款交渉を行った時だという。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年)

 JPモルガンを率いていたトーマス・ラモントは3億円の外債発行を引き受け、1931年までの間に融資額は累計10億円を超えたという。必然的にJPモルガンは日本に大きな影響力を及ぼすようになる。日本の通貨を支配するために金本位制を強制、今の用語を使うならば「新自由主義経済」を導入させた。その結果、日本からは金が流出して不況はますます深刻化、東北地方で娘の身売りが増えることになる。

 そうした政策に反発する人たちもいた。例えば血盟団は1932年に井上準之助や団琢磨らを暗殺、36年2月26日には陸軍の青年将校が軍事蜂起している。腐敗した政治家や財界人を排除すれば天皇が素晴らしい政治を行ってくれると信じていたようだが、勿論、間違っていた。天皇も彼らの仲間だったのだ。

 ウォール街は帝国主義の牙城だが、その中核がJPモルガンにほかならない。そのウォール街を揺さぶる出来事が1932年にあった。大統領選挙で彼らに担がれていたハーバート・フーバーがニューディール派を率いるフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。

 フーバーはスタンフォード大学を卒業した後、鉱山技師としてアリゾナにあるロスチャイルドの鉱山で働いていた。利益のためなら安全を軽視するタイプだったことから経営者に好かれ、ウォール街に目をかけられたという。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 その当時、大統領の就任式は選挙から4カ月後の3月に行われていた。式の直前、1933年2月15日にルーズベルトはフロリダ州マイアミで開かれた集会に参加したのだが、銃撃事件に巻き込まれている。イタリア系のレンガ職人、ジュゼッペ・ザンガラが32口径のリボルバーから5発の弾丸を発射したのだ。弾丸はルーズベルトの隣に立っていたシカゴのアントン・セルマック市長に命中、市長は死亡したものの、ルーズベルトは無事だった。

 ザンガラの足場が不安定だったうえ、そばにいたW・F・クロスという女性がザンガラの銃を握っていた腕にしがみついて銃撃を妨害、すぐ別の人も同じようにザンガラの腕にしがみついたと報道されている。クロスによると、ザンガラはルーズベルトを狙っていた。(‘Woman’s courage foils shots assassin aimed at Roosevelt,’ UP, February 16, 1933)

 次期大統領の命が狙われた可能性が高いのだが、徹底的な調査は行われていない。事件の真相が明らかにされないまま、ザンガラは3月20日に処刑されてしまった。

 ルーズベルトが大統領に就任した後、ウォール街の住人はクーデターを計画する。1933年から34年にかけてのことだ。この事実は名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人であるスメドリー・バトラー少将が計画の詳細を聞き出した上で議会において告発、明らかにされた。(Public Hearings before the Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session)

 バトラーによると、ウォール街の住人たちはドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。50万人規模の組織を編成して政府を威圧、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。動員する組織として想定されていたのは在郷軍人会だ。

 クーデターを計画したグループはアメリカに金本位制を復活させようとしていた。ウォール街に利益をもたらすからだ。失業対策として彼らが考えていたのは強制労働収容所にすぎず、労働者の権利を認めたり公教育を充実させるといった政策は考えていない。

 クーデター計画を聞き出したところでバトラーは反クーデターを宣言した。50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分は50万人以上を動かして対抗すると応じた。内戦を覚悟するようにバトラーは警告したのだ。(前掲書)

 関東大震災から日本の政治経済に大きな影響を及ばしたJPモルガンをはじめとするウォール街の金融機関とはファシストにほかならない。そのJPモルガンは1932年に駐日大使としてジョセフ・グルーを日本へ送り込んでくる。この人物のいとこにあたるジェーン・グルーが結婚した相手はジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥だ。

 また、グルーの結婚相手であるアリス・ペリー・グルーの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリー。ジェーン自身は少女時代を日本で過ごし、華族女学校(女子学習院)へ通ったという。

 グルー夫妻は官僚や財界人だけでなく天皇周辺にも強力な人脈を持っていた。例えば松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、貴族院の樺山愛輔伯爵、吉田茂、吉田の義父にあたる牧野伸顕伯爵、元外相の幣原喜重郎男爵らがその人脈には含まれていた。(ハワード・B・ショーンバーガー著、宮崎章訳『占領 1945~1952』時事通信社、1994年)

 しかし、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在した。離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 ところで、震災当日、日本の政府は機能していなかった。8月24日に加藤友三郎首相が死亡し、山本権兵衛(ごんのひょうえ)が組閣している最中だったのである。親任式が行われたのは翌日のことだ。

 そうした中、震災対策の責任者として活動していたのは水野錬太郎内相と赤池濃警視総監。朝鮮の独立運動を弾圧したコンビだ。

 赤池総監は震災当日の午後4時半に東京衛戍司令官の森山守成近衛師団長に軍隊の出動を要請し、皇居、官公庁、駅、銀行、物資集積所などを部隊が警備、憲兵も市内の治安維持にあたった。さらに総監は罷災地一帯に戒厳令を布くべきだと水野内相に進言している。

 夕方になると「社会主義者や朝鮮人の放火が多い」とか「朝鮮人が来襲して放火した」、あるいは「不逞鮮人が来襲して井戸への投毒・放火・強盗・●姦をする」といった流言蜚語が飛び交いはじめた。そして9月2日夜に警視庁は全国へ「不定鮮人取締」を打電し、戒厳令も施行されている。

 どのようなプロセスで流言蜚語が広まったか不明だが、 結果として数千人の朝鮮人や中国人が殺されたと言われている。さらに大杉栄や伊藤野枝を含む社会主義者やアナーキストが虐殺されている。こうした出来事は、少なくとも結果として、中国占領の準備になった。

 明治維新以降、日本では民主主義勢力が徹底的に弾圧されていたが、1925年4月には治安維持法が公布され、5月に施行された。1927年5月には第一次山東出兵、28年4月に第二次山東出兵、5月に第三次山東出兵、6月には張作霖を爆殺、31年9月に柳条湖で満鉄の線路を爆破(柳条湖事件)、32年3月に「満洲国」の建国を宣言、そして37年7月の盧溝橋事件というように中国侵略を進めていく。

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18:777 :

2023/09/08 (Fri) 06:43:07

日本を見守る母の心?ペリー来航の真の目的【CGS ケミストリー 第24-3回 渡辺惣樹 茂木誠】
2022/03/28
https://www.youtube.com/watch?v=_WMWGiEuS3g

今回は近代史研究家の渡辺惣樹さんと、「ニュースでわかる地政学」でお馴染みの茂木誠さんが登場。
今回もお二人の対談本「教科書に書けないグローバリストの近現代史」 についてお話しを伺いました。
ペリー来航の本当の目的と、その背景について…
本の内容にも触れつつ詳しくお話ししていただきます。
19:777 :

2023/09/13 (Wed) 04:07:50

2023.09.13XML
中露が関係を強めている朝鮮の金正恩がロシアを訪問、プーチンと会談
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309130000/

 朝鮮の​金正恩労働党委員長は9月11日、ロシアのウラジオストクに到着​した。EEF(東方経済フォーラム)に出席し、ウラジミル・プーチン露大統領と会談するためだ。

 アメリカは日本や韓国を引き連れて東アジアの軍事的な緊張を高めているが、そのために朝鮮を利用してきた。朝鮮が相手なら少々のことをしても大丈夫だと高を括っていたのだろうが、これからはそれなりの覚悟が必要になる。

 しかし、日本人の大半はそうした覚悟ができていないだろう。ネオコンやその後ろ盾に従属することで自らの地位と収入を維持している日本の「エリート」はアメリカの強さを演出し、そのアメリカに従っていれば日本は心配する必要がないと日本の庶民に思わせたいのだろう。

 本ブログでは繰り返し書いてきたように、ネオコンはソ連が消滅した直後の1992年2月にアメリカの国防総省はDPG草案という形で世界制覇プラン、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」を作成。その中でドイツや日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、新たなライバルの出現を防ぐとしている。

 このドクトリンに日本を従わせるため、1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表したが、それと前後して奇怪な出来事が相次いだ。

 例えば、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。

 アメリカの戦争マシーンに組み込まれた日本は必然的に戦争への道を歩み始める。そして自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作った。2023年には石垣島でも完成させている。

 この軍事施設はアメリカの戦略に基づくもの。アメリカの国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。

 ところが、​昨年10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道​があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。日本のミサイル開発を待っていられなくなったのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でき、 地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されている。

 このミサイルを使う自衛隊の戦力は約25万人、予備役は約5万6000年、日本と同盟関係にある韓国軍の戦力は約50万人、予備役は310万人ということになる。アメリカ軍はオーストラリアを拠点にし、航空兵力は太平洋の島に分散させると見られている。

 アメリカはユーラシア大陸の東岸で十分の手下を見つけられなかったようで、AUKUSなる軍事同盟を組織した。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)のアングロ・サクソン同盟だ。そこへ日本は近づこうとしている。

 明治維新、そして明治体制の東アジア侵略の背後にはアングロ・サクソン系のイギリスとアメリカが存在していた。琉球併合、台湾派兵、江華島への軍艦派遣、日清戦争、日露戦争と続くが、いずれも米英の戦略に合致している。

 日露戦争で日本に戦費を用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。戦争の調停に乗り出したセオドア・ルーズベルト米大統領はハーバード大学出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しかった。ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガンだ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国することになる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309130000/
20:777 :

2023/09/19 (Tue) 03:21:17

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「土壇場を迎えたアメリカ帝国主義」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309190000/


 アメリカの支配層は自由、人権、民主主義という看板を掲げながら国外で侵略戦争を仕掛け、国内では管理体制を強化し、富を独占するための支配システムを世界に広げようとし、その切っ先をロシアや中国の喉元に突きつけています。1991年12月にソ連が消滅、「唯一の超大国」になったアメリカは好き勝手に行動できると考えるようになった結果だと言えるでしょう。その帝国主義的な姿勢が中露の反撃を招き、アメリカの支配層は窮地に陥りました。次回の「櫻井ジャーナルトーク」ではそうした状況について考えたいと思います。

 アメリカにも憲法があり、人びとの権利が定められていますが、憲法の規定を無効にするためのプロジェクトCOGが1982年にスタートしました。ソ連が消滅した直後の1992年にはアメリカが「唯一の超大国」になったという前提で世界制覇プロジェクトが国防総省の「DPG草案」という形で作成され、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれています。

 そのCOGとウォルフォウィッツ・ドクトリンは2001年9月11日から本格的に始動、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナというように火をつけ、今、東アジアの軍事的な緊張を高めています。アメリカはイギリスやオーストラリアとAUKUSなる軍事同盟を組織しましたが、彼らは相手が弱小国でない限り、基本的に自分たちが最前線に出て来ることはなくなっています。ロシアや中国との戦争では日本や韓国が矢面に立たされそうです。

 ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」にしろ、ズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」にしろ、ハルフォード・マッキンダーが1904年に発表した理論に基づいていますが、その理論のベースはイギリスが19世紀に始めた「グレート・ゲーム」、つまりロシア制圧プロジェクトです。

 19世紀の終盤、イギリスは1899年から1902年にかけてのボーア戦争(南アフリカ戦争)で金やダイヤモンドを産出する南アフリカを奪い取ることに成功、アメリカは先住民を虐殺しながら西海岸に到達、1898年のアメリカ・スペイン戦争で南アメリカやフィリピンを奪いました。

 イギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」で中国(清)に勝利しますが、内陸部を占領する戦力がありません。イギリスが日本で明治維新を仕掛けた理由はそこにあるのでしょう。

 1853年にマシュー・ペリーが指揮する艦隊を江戸湾に送り込んだアメリカは67年にアラスカを手に入れ、ハワイも占領していますが、アメリカ支配層が最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だったと言われています。

 ボーア戦争で重要な役割を果たしていたセシル・ローズは1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出し、大儲けした人物。そのローズはネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレットらと支配者グループを形成、アルフレッド・ミルナーはその後継者です。

 ローズは優生学を信奉していました。1877年6月にフリーメーソンへ入会、その直後に書いた『信仰告白』で彼はアングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張してます。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務だというのです。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 イギリスでは19世紀にハーバート・スペンサーが適者生存を主張、競争で強者が生き残ってその才能が開発され、その一方で弱者は駆逐されるとしています。弱者に無慈悲であればあるほど社会にとっては「優しい」のだというのです。イギリスの人類学者、フランシス・ゴルトンは「遺伝的価値の高い者を増やし、遺伝的価値の低い者を減らす」ことで社会を改善できると主張していました。このゴルトンは優生学の創始者とされていますが、彼の従兄弟は『種の起源』で知られているチャールズ・ダーウィンです。

 こうした思想はローズなどイギリスの支配者グループに影響を与え、 アメリカの支配層にも影響を及ぼし、カーネギー研究所、ロックフェラー財団、ハリマン家のマリー・ハリマンらの支援を受けて優生学を広める運動が展開されました。そうした運動に感銘を受け、自国で実践したのがアドルフ・ヒトラーにほかなりません。

 アメリカが掲げる自由、人権、民主主義という看板を支えているのはそうした思想なのです。
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21:777 :

2023/12/02 (Sat) 12:16:27

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バイデン米大統領、尹韓国大統領、岸田首相で作った軍事同盟が注目されている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312020000/

 アメリカのジョー・バイデン大統領は8月18日に韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相をキャンプ・デイビッドへ呼び寄せ、軍事問題について話し合った。この会談で「鉄の三国同盟」が形成されたという人もいるようだが、日本と韓国がアメリカの戦闘部隊になったということにすぎない。

 この同盟とは別に、アメリカはアングロ・サクソン系国の軍事同盟を太平洋地域に作っている。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成されるAUKUSだ。この地域におけるアメリカの軍事拠点はオーストラリアであり、日本や韓国は前線基地ということになる。

 こうした軍事同盟のターゲットは中国にほかならない。これは19世紀にイギリスが侵略を試みて以来、アングロ・サクソンの戦略に含まれている。イギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を仕掛けた。イギリス東インド会社は中国(清)を食い物にするためアヘンを売りつけたが、中国の反発を招き、戦争になったのだ。

 この戦争でイギリスには中国を制圧する軍事力がないことが明確になり、目をつけたのが日本だと言える。そしてイギリスの私的権力は明治維新を仕掛けたわけだ。このクーデターで成立した明治体制はまず琉球併合、次いで台湾派兵、江華島への軍艦派遣、日清戦争、日露戦争と進む。

 1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながる。この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになった。

 1895年10月、ロシアとの関係を強めていた閔妃を三浦梧楼公使は日本の官憲と「大陸浪人」を使って暗殺、その際、閔妃を含む女性3名を陵辱している。暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になり、その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 日本軍は1904年2月に旅順港を奇襲攻撃してロシアとの戦争を開始するが、この戦争の戦費を日本に用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。戦争はセオドア・ルーズベルト米大統領の調停で終わった。この当時、ロシアは国内が混乱していたこともあり、調停に応じた。

 ルーズベルト大統領はハーバード大学出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しい。日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っている。日露戦争の後にルーズベルトが書き残した文書には、日本が自分たちのために戦ったと書かれている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガンだ。

 日本の動きを見てもわかるように、台湾や朝鮮半島は中国を侵略するためのルートだ。台湾は日本列島と同じようにアメリカやイギリスの侵略拠点であり、朝鮮半島は橋頭堡だ。台湾がイギリスやアメリカの支配下に入ることは安全保障の上から中国は容認できない。

 第2次世界大戦後、アメリカの私的権力は中国に国民党体制を築く計画で、蒋介石に20億ドルを提供しただけでなく、軍事顧問団も派遣している。1946年夏の戦力を比較すると、国民党軍は200万人の正規軍を含め総兵力が430万人。それに対し、紅軍(コミュニスト)は120万人強にすぎず、装備は日本軍から奪った旧式のもので、勝負は明らかのように見えた。

 ところが1947年の夏になると農民の支持を得て人民解放軍(47年3月に改称)が反攻を開始、兵力は国民党軍365万人に対し、人民解放軍は280万人になる。1948年の後半になると人民解放軍が国民党軍を圧倒するようになり、49年1月になると解放軍は北京に無血入城、コミュニストの指導部も北京入りする。

 大戦後、アメリカの私的権力は破壊工作を目的とする極秘機関OPCを創設、その拠点は上海にもあったのだが、国民党軍の劣勢を見て拠点を日本へ移動させ、厚木基地をはじめ6カ所に拠点を築いた。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998)

 その1949年、日本では国鉄を舞台とした怪事件が相次ぐ。つまり、7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件だ。いずれも共産党が実行したというプロパガンダが展開され、組合活動は大きなダメージを受けた。

 アメリカは「反転攻勢」を計画、日本が兵站基地になることは明らかだった。そのためには輸送が重要で、ストライキされると戦争を遂行できない。労働組合を潰す必要があったのだが、国鉄の「怪事件」でその目的は達成された。朝鮮戦争だけでなくベトナム戦争も対中国戦争の一環だと考えるべきだ。

 中国大陸から蒋介石たちは追い出され、台湾へ逃げ込んで反撃のチャンスを狙う。その準備の一環として1949年から岡村寧次)大将など旧日本軍の幹部に接近している。その岡村は上海で戦犯として裁判にかけられたのだが、中国共産党が彼の情報を入手する前、1949年1月に無罪の判決を受けて帰国し、GHQ/SCAPの保護下に入っていた。

 蒋介石が岡村の下へ曹士徴を密使として派遣したのはその年の4月。曹は岡村や富田直亮少将と東京の高輪で会談して「台湾義勇軍」を編成することで合意、富田少将が「白鴻亮」の名前で義勇軍を指揮することになった。そこで義勇軍は「白(パイ)団」と呼ばれている。

 白団は1950年の正月頃に台湾へ渡り、日本軍の戦術や軍事情報を台湾軍に教育して国家総動員体制を伝授した。翌年の夏までに83名の旧日本軍参謀が台湾へ渡っている。1969年に白団は解散するが、それまで台湾に大きな影響力を及ぼし続けた。その後、台湾はアメリカの支配下に入る。

 白団へ軍事情報を渡していたのは「富士倶楽部」、つまり陸士34期の三羽烏と呼ばれた服部卓四郎大佐、西浦進大佐、堀場一雄大佐、あるいは海軍の及川古四郎大将や大前敏一大佐たちだ。

 服部はノモンハン事件で作戦指導を行った軍人で、G2(情報担当)のチャールズ・ウィロビー部長から信頼されていた。1949年に服部は市ヶ谷駅の近くに「史実研究所」をつくり、その後、白団へ軍事図書や資料を提供している。その中には自衛隊の教科書も含まれていた。

 服部のほか有末精三陸軍中将、河辺虎四郎陸軍中将、辰巳栄一陸軍中将、中村勝平海軍少将、大前敏一海軍大佐らはアメリカ軍と特に緊密な関係にあり、「KATO機関」、あるいは「KATOH機関」と呼ばれた。ジャーナリストの森詠によると、このうち辰巳中将を除く5名は東京駅前の日本郵船ビルを拠点にし、その3階には「歴史課」と「地理課」があった。

 要するに、アメリカは旧日本軍の将校を使い、台湾を拠点として中国との戦争を始めたのだが、1972年2月にアメリカと中国は国交を正常化させる。当時のアメリカ大統領、リチャード・ニクソンは北京を訪問して中国を唯一の正当な政府と認め、台湾の独立を支持しないと表明した。「ひとつの中国」だ。その合意を2022年8月2日、アメリカの下院議長だったナンシー・ペロシが台湾を訪問して壊しにかかる。ペロシが台湾を訪問してからアメリカ政府は台湾への軍事支援を鮮明にした。中国にとって台湾の「独立」はアメリカの軍事基地になりうることを意味すると言える。
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22:777 :

2023/12/13 (Wed) 21:01:11

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ウクライナで無惨な失敗に終わった侵略戦争を米国は東アジアでも試みる兆候
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312130000/

 昨年11月に台湾で実施された地方選挙で蔡英文総統の民主進歩党が馬英九の国民党に大敗した。蔡総統は「独立」という旗を掲げながらアメリカへ接近、中国との軍事的な緊張を高め、経済関係を破壊する政策を推進しているが、そうした政策を台湾の有権者は支持しなかったということだろう。野党陣営は青白連合を結成、勝利が見えたかに思えたが、その後、2大野党勢力の間に対立が生じている。

 年明け直後の1月13日に投票が予定されている台湾の総統選挙は与党である民進党の頼清徳副総統に対し、国民党の侯友宜と民衆党の柯文哲が挑むという構図になっている。アメリカに従属する道を選んだ蔡総統の後継者である頼清徳をワシントンが支援していることは明らかで、今年8月12日に頼はニューヨークを訪れ、パラグアイを訪問し後、台湾へ戻る際にはサンフランシスコに寄った。

 それから間もない8月18日、アメリカのジョー・バイデン大統領は韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相をキャンプ・デイビッドへ呼びつけ、軍事問題について話し合った。この会談で「鉄の三国同盟」が形成されたという人もいるようだが、日本と韓国がアメリカの戦闘部隊になったということにすぎない。

 この同盟とは別に、アメリカはアングロ・サクソン系国の軍事同盟を太平洋地域に作っている。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成されるAUKUSだ。この地域におけるアメリカの軍事拠点はオーストラリアであり、日本や韓国は前線基地ということになる。

 勿論、こうした軍事同盟のターゲットは中国だ。これは19世紀にイギリスが侵略を試みて以来、アングロ・サクソンが維持している長期戦略に含まれている。

 イギリスを拠点とする東インド会社は1839年から42年にかけて中国(清)を侵略するために「アヘン戦争」を仕掛けた。1856年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」で再度侵略を試みる。一応イギリスは勝利したが、それは海戦でのことであり、内陸部を占領するだけの戦力はなかった。そこで目をつけられたのが日本にほかならない。イギリスは日本でクーデターを仕掛け、徳川体制を潰して明治体制を樹立させた。明治体制は琉球併合、台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争へと進んでいく。

 日露戦争で日本に戦費を用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。戦争の調停に乗り出したセオドア・ルーズベルト米大統領はハーバード大学の出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しかった。

 ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガン。1932年のアメリカ大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選、33年から34年にかけてJPモルガンをはじめとするアメリカの金融機関はファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していた。それを阻止したのがアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将だ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。

 アメリカ、イギリス、イスラエルを中心的な構成国とする金融帝国を支配している私的権力は19世紀のイギリスを支配していた私的権力の後継者で、やはり中国、そしてロシアを征服して世界の覇者になろうとしている。

 彼らと関係の深いネオコンは1991年12月にソ連が消滅した直後の92年2月、アメリカ国防総省の「DPG(国防計画指針)草案」という形で世界制覇計画を作成した。当時のディック・チェイニー国防長官、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はいずれもネオコンだ。彼らはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、他国に配慮することなく単独で好き勝手に行動できる時代が来たと考えたのである。

 このドクトリンに日本を従わせようとしたが、日本側はアメリカの戦争マシーンに組み込まれることを嫌がる。そこで1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、それと相前後して奇怪な出来事が相次いだ。

 例えば、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。その後、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。

 1999年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。勿論、この攻撃で多くの市民が殺され、建造物が破壊された。

 2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが選ばれるが、その前年に次期大統領として最も人気のあった人物はジョン・F・ケネディ・ジュニア。1963年11月22日に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の息子だ。そのJFKジュニアは1999年7月16日、不可解な「飛行機事故」で死亡した。

 ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されるという衝撃的な出来事が引き起こされた。それを利用、彼らは国外で侵略戦争を本格化させ、国内で収容所化を進めた。その世界制覇計画の前に登場してきたのがロシアのウラジミル・プーチンにほかならない。

 アメリカの戦争マシーンに組み込まれた日本は必然的に戦争への道を歩み始める。そして自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作った。2023年には石垣島でも完成させている。すでに中国と戦争する準備を始めたということだ。

 この軍事施設はアメリカの戦略に基づくもの。アメリカの国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。

 ところが、​昨年10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった​。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。日本のミサイル開発を待っていられなくなったのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されている。

 このミサイルを使う自衛隊の戦力は約25万人、予備役は約5万6000年、日本と同盟関係にある韓国軍の戦力は約50万人、予備役は310万人ということになる。アメリカ軍はオーストラリアを拠点にし、航空兵力は太平洋の島に分散させると見られている。

 アメリカはユーラシア大陸の東岸で十分の手下を見つけられなかったようで、AUKUSなる軍事同盟を組織した。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)のアングロ・サクソン同盟だ。それと日米韓の軍事同盟が連携する。そうした構図の中での台湾情勢だ。

 日本にとって危険な情勢になっている。 抵抗する政治家や官僚がいても不思議ではなく、そうしたグループが現れたなら、スキャンダルで黙らせる可能性がある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312130000/
23:777 :

2023/12/30 (Sat) 10:57:34

2023.12.30XML
日本へ原爆を投下した爆撃機が飛び立ったテニアン島を米軍は再び攻撃の拠点に
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312300000/

 ​アメリカ軍はテニアン島のジャングルの中にある軍事飛行場を来年の夏までに整地することを明らかにした​。中国やロシアとの戦争を想定、インド太平洋地域全体に航空機を分散させる構想の一環だ。





 第2次世界大戦中、1944年8月にアメリカ軍はテニアンを占領、既存の4380フィートの滑走路を修理延長し、さらに長さ8000フィートの滑走路を増設、1945年5月には4本目の滑走路が建設された。ここから飛び立ったB29爆撃機が日本本土を空爆、その中には1945年8月6日に広島へ、8月9日には長崎へ原爆を投下した爆撃機もテニアンから発進している。

 アメリカ軍は東アジアにおける軍事戦略の一環としてGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしていた。​アメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書​によると、配備できそうな国は日本だけ。

 その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島に作り、23年には石垣島でも完成させたが、こうした軍事施設の建設はアメリカの戦略に基づいている。つまり中国やロシアに対する攻撃が想定されている。

 日本は軍事拠点を作るだけでなく、高性能兵器の開発にも乗り出していると伝えられている。例えばアメリカと共同で音速の5倍以上で侵入してくるHGV(極超音速滑空体)を迎撃するミサイル技術の研究開発を考え、昨年7月24日には宇宙航空研究開発機構(JAXA)が鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所で迎撃ミサイルに必要な速度に到達することが可能だとされるエンジンの飛行試験を初めて実施した。

 極超音速で飛行するミサイル自体も研究だと言われ、HGVではなくエンジンによって推進力を得る極超音速巡航ミサイル(HCM)の開発を目指しているという。2026年には九州や北海道の島々へ配備したいようだ。

 ​政府は国産で陸上自衛隊に配備されている「12式地対艦誘導弾」の射程を現在の百数十キロメートルから1000キロメートル程度に伸ばし、艦艇や戦闘機からも発射できるよう改良を進めていると昨年8月に伝えられている​が、その背景にアメリカのGBIRM計画があった。

 ​日本は射程距離が3000キロメートル程度のミサイルを開発し、2030年代の半ばまでに北海道へ配備する計画だとも伝えられている​。それが実現するとカムチャツカ半島も射程圏内だ。

 アメリカの置かれた状況が急速に悪化、こうした当初の計画では間に合わないと判断され、トマホークを日本に購入させることにし、10月4日に木原稔防衛相はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。つまり、そのようにアメリカで命令されたわけだ。

 当初の計画では2026年度から最新型を400機だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。

 日本は中距離ミサイルだけでなく、核弾頭も手にしようとしてきた。1954年3月に2億3500億円を原子力予算案として中曽根康弘が国会へ提出して始まる。この金額は「235」から決めたという。

 佐藤栄作首相は1965年にアメリカを訪問した際、リンドン・ジョンソン大統領に対し、日本も核兵器を持ちたいと頼み込んだと伝えられている。そして1967年10月に動力炉・核燃料開発事業団(核燃料サイクル開発機構を経て日本原子力研究開発機構)が設立された。

 この当時から日本が核兵器の研究開発を本格化させたと各国の情報機関は信じ、動燃のコンピュータ・システムにはCIAがトラップドアを仕込んで監視していたと言われている。

 ジミー・カーター政権は日本の核兵器開発を懸念していたが、アメリカの一部支配層は逆に支援している。アメリカでは1972年からCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画がスタートするが、カーター政権は基礎的な研究計画を除いて中止させる。ロナルド・レーガン政権が始まった1981年に計画は復活するが、87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切ってしまう。

 そこで高速増殖炉を推進していた勢力は日本に目をつけた。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、推進派のリチャード・T・ケネディー陸軍大佐はクリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにしたのだ。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”)

 こうした動きをCIAは懸念するが、国務省やエネルギー省は賛成していた。核武装した日本はアジアにおけるアメリカの軍事負担は軽減されると考えた国防総省もプルトニウムや核に関する技術の日本への移転に国防総省も強くは反対しなかった。

 その結果、日本の科学者がクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れるようになり、日本側は最も欲しがったサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置の技術を手に入れることに成功する。RETF(リサイクル機器試験施設)だ。RETFは使用済み燃料から核兵器級プルトニウムを分離する施設であり、核兵器級のプルトニウムを製造する中心的な存在である。

 トレントによると、2011年3月11日に東電福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。自らが生産した可能性もあるが、外国から持ち込まれた可能性もある。

 事故の3日前、​2011年3月8日付けのインディペンデント紙は、東京都知事だった石原慎太郎のインタビュー記事を載せている​。それによると、外交力とは核兵器であり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したというのだ。「脅せば屈する」というネオコン流の思考が埋め込まれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312300000/
24:777 :

2023/12/31 (Sun) 20:40:28

【大晦日討論】日本、地獄の季節か?天国か?[桜R5/12/31]
https://www.youtube.com/watch?v=XkxlhStY5rk

パネリスト:
 掛谷英紀(筑波大学システム情報系准教授)
 川口マーン惠美(作家)※スカイプ出演
 ジェイソン・モーガン(歴史学者・麗澤大学国際学部准教授)
 平井宏治(経済安全保障アナリスト・株式会社アシスト)
 用田和仁 (元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)
 ロバート・D・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表)※スカイプ出演
司会:水島総
25:777 :

2024/01/29 (Mon) 16:53:20

2024.01.28XML
日米韓の軍事同盟に対抗して中朝露が関係を強化、東アジアでも米国は計算間違い
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202401280000/

 アメリカはロシアや中国の周辺にミサイルを配備、いつでも攻撃できる態勢を整えてきた。本ブログでは繰り返し書いてきたが、自衛隊はアメリカの戦略に基づき、すでに南西諸島でミサイル発射基地を建設している。

 2016年には与那国島でミサイル発射施設を建設、17年4月には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器が運び込まれ始めた。このシステムをアメリカが持ち込んだ理由は中国を攻撃する能力を高めることにあるとみられている。

 しかし、2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していた。それにもかかわらずミサイル・システムを搬入できたのは朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていたからだ。

 2013年にはNIS(国家情報院)の大統領選挙介入疑惑を捜査、16年に尹錫烈が検事として朴大統領を捜査する特別検察官チームのトップと就任した。その疑惑とは、NISが2012年の大統領選挙で朴大統領を勝たせるため、インターネットの書き込みを利用したというもの。検事だった尹は朴槿恵政権の正当性を攻撃している。

 2016年末に韓国の放送局JTBCは朴大統領の友人だった崔順実(崔瑞源)が国家機密情報を受け取っていたと報道、証拠としてタブレット端末を示し、検察はJTBCの報道を「事実」として認め、崔と安鍾範前大統領府政策調整首席秘書官らが職権乱用や公務上機密漏洩などの容疑で2016年11月に起訴され、朴大統領も共犯だとされた。

 結局、朴槿恵は失脚したが、JTBCは青瓦台関係者のタブレットPCを入手し、検察と協力し、あたかも民間人が大統領から様々な機密を持ち出したかのように見せかけたのだと主張する人がいる。報道も捜査もでっち上げだというのだ。

 尹錫烈は文在寅政権でソウル中央地検の検事正になり、李明博元大統領や梁承泰元最高裁長官を含む保守派の主要人物を逮捕、文大統領の信頼を得て検事総長になった。その後、尹は次期大統領候補と目されていた趙国法務部長官(当時)に対する捜査を開始、尹が大統領に就任した後、彼の指揮で検察は民主党の李在明党首を収賄容疑で捜査している。

 大統領に就任した尹錫烈はアメリカの命令に従って行動、日本と軍事的な同盟関係を結び、逆に中国やロシアを罵り始める。朝鮮半島だけでなく台湾問題にも首を突っ込み、東アジアにおける軍事的な緊張を高め始めた。それだけでなく、武器弾薬が枯渇したアメリカ/NATOに代わり、日本と同じように韓国も武器弾薬を供給する姿勢を見せている。

 THAADの後、2019年に奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成した。ミサイルが配備されることになるのだが、この計画はアメリカ国防総省系のシンクタンク​「RANDコーポレーション」が発表した報告書​に記載されている。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというのだ。

 その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされている。

 ところが2022年10月、​「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道​があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。

 そして昨年2月、浜田靖一防衛大臣は2023年度に亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。

 こうした計画のベースにはイギリスの支配層が19世紀に始めた長期戦略がある。ロシア制圧を目指し、南コーカサスや中央アジア戦争を始め、その後、海軍力を生かしてユーラシア大陸の周辺部を支配、内陸部を締め上げるというものだ。

 この戦略を可能にしたのは1869年のスエズ運河完成、75年にはイギリスが経営権を手に入れた。運河を買収した人物はベンジャミン・ディズレーリだが、買収資金を提供したのはライオネル・ド・ロスチャイルドである。イギリスは1882年に運河地帯を占領し、軍事基地化している。世界戦略上、スエズ運河はそれだけ重要だった。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 スエズ運河へ入る紅海に面した場所にサウジアラビア、運河のそばにイスラエルをイギリスは作り上げた。サウジアラビアを作るために利用されたのがワッハーブ派、イスラエルを作るために利用されたのがシオニストだ。そこから支配地域はインド、東南アジア諸国、朝鮮半島、そして日本につながる。

 日本は「明治維新」で徳川体制が倒されたが、その黒幕はイギリスの私的権力だった。長州と薩摩を中心に作られた明治体制は琉球併合、台湾派兵、江華島への軍艦派遣、日清戦争、日露戦争へと進む。その背後にはイギリスやアメリカが存在していた。

 日露戦争で日本に戦費を用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。戦争の調停に乗り出したセオドア・ルーズベルト米大統領はハーバード大学出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しかった。ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガンだ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。

 明治体制は琉球を併合した後、台湾へ派兵した。その台湾で今年1月13日、相当選挙が実施された。その選挙で勝利した民主進歩党の頼清徳は昨年8月12日にニューヨークを訪問、15日にパラグアイで開かれた大統領就任式に出席した後、16日にサンフランシスコを訪れている。

 その直後の8月18日、韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相がジョー・バイデン大統領の招きでキャンプ・デイビッドを訪問した。アメリカは中国やロシアとの戦争を想定、日米韓の三国軍事同盟を築きつつあるが、そこに台湾も引き込むつもりだろう。

 アメリカは東アジアで中国と戦うため、オーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を、またオーストラリアやイギリスと「AUKUS(A:オーストラリア、UK:イギリス、US:アメリカ)」という軍事同盟を組織、NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言しているのだが、中国と戦わされるのは日本と韓国だ。

 中国が「ひとつの中国」にこだわるのは、台湾の「独立」がアメリカへの従属につながり、軍事侵略の拠点になる可能性があるからだろう。「ひとつの中国」という合意を2022年8月2日、アメリカの下院議長だったナンシー・ペロシが台湾を訪問して壊しにかかったのだ。ペロシはウクライナへも乗り込み、ロシアと停戦協定を結ぼうという動きを潰している。

 アメリカが東アジアでの軍事的な緊張を高める中、昨年7月25日にセルゲイ・ショイグ国防相に率いられたロシアの軍事代表団が朝鮮を訪問し、中国の代表団と合流して朝鮮戦争終結を記念する戦勝記念日の行事に出席している。

 また、9月10日から13日に開催されたEEF(東方経済フォーラム)に出席するため、朝鮮の金正恩労働党委員長は9月12日から17日にかけてウラジオストックを訪問。その際、金委員長はプーチン大統領と会談したほか、さまざまなロシア側の要人と会い、さらにSu-35を含むロシアの新鋭戦闘機を生産するユーリ・ガガーリン航空工場を含む工場、あるいは研究所を訪れた。戦闘機の胴体を組み立てる工場では、Su-57などの第5世代戦闘機に関する技術的な特徴について詳しく質問していたと伝えられている。またセルゲイ・ショイグ露国防相と太平洋艦隊のフリゲート艦「マーシャル・シャポシニコフ」も訪れた。

 日米韓の軍事同盟に対抗するため、ロシアと中国は朝鮮との関係を強化している。朝鮮の崔善姫外相は1月14日に代表団を率いてロシアを訪問、16日にはセルゲイ・ラブロフ外相に続いてウラジミル・プーチン大統領とも会い、両国の関係と協力を促進することについて話し合ったという。

 アメリカは容易に動けない状況だが、中国やロシアを征服するというのは妄想を捨てないだろう。目先の動きに振り回されてはならない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202401280000/
26:777 :

2024/02/12 (Mon) 13:53:17

2024.02.09XML
米国の軍事顧問団が金門や澎湖に駐留、台湾の特殊部隊を訓練との報道
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202402090000/

 ​アメリカでNDAA 2023(2023年度国防権限法)が2022年12月に成立した後、アメリカの軍事顧問団が金門諸島と澎湖諸島に駐留、台湾の特殊部隊を訓練している​と伝えられている。こうした島々は中国を威嚇するだけでなく、軍事侵攻、あるいは秘密工作の拠点として想定されているはずだ。

 また、ロイターによると、アメリカ軍は中国との衝突に備え、昨年7月と8月に行われたタリスマン・セイバー演習の際、オーストラリアに装備を新たに備蓄したという。

 アメリカはオーストラリアを西太平洋における軍事的な拠点にしつつある。すでにオーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を編成したほか、オーストラリアやイギリスと「AUKUS(A:オーストラリア、UK:イギリス、US:アメリカ)」なる軍事同盟を組織、NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言している。ただ、アメリカが考えているのは日米韓の軍事同盟だろう。

 ベトナム戦争を始め、東アジアから東南アジアにかけての地域における軍事作戦や秘密工作でアメリカは沖縄を拠点にしていた。沖縄の軍事基地がなければアメリカがこの地域を支配することは難しい。その沖縄と同じように台湾もアメリカにとって重要な拠点だ。

 本ブログでは繰り返し書いてきたように、イギリスのウィンストン・チャーチル政権は第2次世界大戦でソ連を主敵と考えていた。そこでドイツ軍のソ連への軍事侵攻を傍観、ドイツ軍がソ連軍に敗北すると、慌てて動き始め、シチリア島上陸作戦を強行したのだ。

 反ファシズムのフランクリン・ルーズベルト米大統領が1945年4月12日に急死した翌月にドイツは降伏、チャーチルはJPS(合同作戦本部)に対し、ソ連を奇襲攻撃する作戦を立てるように命じた。そして作成されたのが「アンシンカブル作戦」だ。その年の7月1日にアメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団でソ連を奇襲攻撃、「第3次世界大戦」を始める想定だったが、参謀本部の反対で発動していない。理由のひとつは、ソ連と日本が手を組む可能性にあったという。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 アメリカはソ連の参戦に合わせ、8月6日に広島へ、8月9日には長崎へ原爆を投下したが、いずれもソ連を意識してのことだ。ルーズベルトが死亡したことで副大統領から大統領へ昇格したハリー・トルーマンが許可しての投下だ。

 1945年夏の段階でアメリカ空軍はソ連を「敵」と表現(Daniel Yergin, “Shattered Peace”, Houghton Mifflin, 1977)、48年後半には特殊部隊の産みの親とも言われている「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連への核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」ている。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)

 1949年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告では、ソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという内容が盛り込まれていた。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)この段階でマックルア将軍のソ連攻撃計画が現実的なものだったかどうかは不明だが、1952年11月にアメリカは水爆実験に成功、核分裂反応を利用した原子爆弾から核融合反応を利用した水素爆弾に核兵器の主役は移っていく。



 しかし、核兵器を使うためには運搬手段が必要。この当時、原爆の輸送手段はSAC(戦略空軍総司令部)の爆撃機だ。1948年から57年までSACの司令官を務めたカーティス・ルメイ中将は大戦中、日本の諸都市に焼夷弾を落として市民を焼き殺し、広島や長崎に原爆を投下、さらに朝鮮戦争で3年間に人口の20%以上を殺した人物だ。

 SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書によると、ソ連や中国のほか東ヨーロッパの最重要目標に対しては水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下することになっていた。

 攻撃目標とされた大都市にはモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市のほか、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、そして中国の北京が含まれている。

 アメリカ軍は中国も核攻撃する計画だったが、その出撃拠点は沖縄。その沖縄では1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められていている。1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づき、武装米兵が動員された暴力的な土地接収で、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。当時、すでにベトナムへの軍事作戦がアメリカでは検討されていたはずだが、中国への核攻撃も想定されていた。

 核攻撃の前にアメリカは朝鮮半島から中国へ軍事侵攻する計画を立てていたようだ。日本を兵站の拠点にしなければならないが、そのためには輸送に不安があってはならない。つまり国鉄の労働組合にストライキさせるわけにはいかない。そうした時、アメリカにとって好都合な3事件が国鉄で引き起こされた。

 そして朝鮮戦争だが、大戦中に日本の情報機関で活動していた人物によると、それと並行して中国でも秘密工作が進められていたという。事件のあった1949年に中華人民共和国の建国が宣言されているが、天安門に中国共産党の幹部が並んだところを砲撃して暗殺、それに合わせて偽装帰順させていた部隊を蜂起させ、国民党の体制を樹立するという計画があった。その計画は中国側に漏れて失敗したという。

 大陸で敗れた国民党は台湾へ逃げ込み、反撃のチャンスを狙う。その準備のために蒋介石たちは1949年に岡村寧次大将など旧日本軍の幹部に接近している。処刑された日本軍の軍人も少なくないが、その一方でアメリカに保護された軍人も少なくない。そのひとりが岡村だ。

 蒋介石は1949年4月に曹士徴を密使として岡村の下へ派遣、東京の高輪で岡村や富田直亮少将と会談、「台湾義勇軍」を編成することで合意し、富田少将が「白鴻亮」の名前で義勇軍を指揮することになった。そこで義勇軍は「白(パイ)団」と呼ばれている。

 白団は1950年の正月頃に台湾へ渡り、日本軍の戦術や軍事情報を台湾軍に教育して国家総動員体制を伝授した。翌年の夏までに83名の旧日本軍参謀が台湾へ渡っている。

 白団へ軍事情報を渡していたのは「富士倶楽部」、つまり陸士34期の三羽烏と呼ばれた服部卓四郎大佐、西浦進大佐、堀場一雄大佐、あるいは海軍の及川古四郎大将や大前敏一大佐たちだ。1969年に解散するまで白団は台湾で大きな影響力を維持していた。

 その後も台湾は アメリカの帝国主義者にとって中国を侵略するための拠点であり、沖縄問題とも密接に関係している。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202402090000/
27:777 :

2024/02/26 (Mon) 10:17:05

アメリカは今や対中国戦線で日本を必要としている
2024.02.26
https://www.thutmosev.com/archives/%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%af%e4%bb%8a%e3%82%84%e5%af%be%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e6%88%a6%e7%b7%9a%e3%81%a7%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%82%92%e5%bf%85%e8%a6%81%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84.html

ブッシュは小泉のトモダチを演じながら潘基文を事務総長にし対日攻撃を進めた。国際社会とはこういうもの


http://coolminori.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-9491.html ブッシュ・小泉時代が懐かしい_ 浮雲変幻
アメリカによる日本包囲網

韓国の対日攻撃が最大になったのは潘基文(バン・ギムン)が国連事務総長に選出された2006年から2010年代前半頃までで、その背後にはアメリカが加わっていた

潘基文を事務総長に推したのは米ブッシュ大統領で、小泉首相と「トモダチ」と言いながら実際には対日攻撃を強化し日本を貶めていた

ブッシュは2007年の安倍首相との首脳会談で唐突に慰 安 婦を持ちだして「おい!謝罪しないならここから出て行け」と怒鳴り安倍首相はなぜか日米首脳会談で韓国に謝罪して帰ってきた

この首脳会談の議題は日米貿易摩擦でブッシュは日米交渉の主導権を握るために無関係な日韓問題を持ち出して安倍首相を謝罪させ、口答え出来なくして日本から全面的な譲歩を勝ち取った

同じ事はクリントン政権やレーガン政権でも起きていてビルクリントンは日米貿易摩擦などで日本が抵抗するたびに韓国や中国に電話して「過去の戦争で日本を非難して欲しい」と依頼しアメリカが支援すると約束した

だから80年代や90年代に日米が対立すると「教科書問題」や「強制連行」などを中韓が言い出して必ずアメリカが彼らに加担し日本はアメリカにも中韓にも謝罪に追い込まれた

続くオバマ大統領も心底から日本を憎み切っていて「全ての国際機関から日本を追放しアジア諸国に入れ替える」という指示を出していた

だがオバマが人類の理想郷と信じていた中国の習近平との会談で「太平洋を2分割し日本を中国の領土と認めれば、ハワイとグアムをアメリカに残してやっても良い」と言われようやく自分の愚かさと中国の本性に気づいた

ここからアメリカの日本観は徐々に転換していき中国とアメリカが不仲になるにつれて日本の重要度が増しなくてはならない存在になった

アメリカにとって中国は理想的なパートナーだという考えは第二次大戦前からあり、戦前からアメリカは中国を重視し中国の主張だけをうのみにして「ハルノート」という対日宣戦布告宣言もした

アメリカの対日観はペリー提督が嘉永6年(1853)に初めて来た時から変わっておらず、ペリーは「ここは我々の約束の地だ」と日本をアメリカの植民地にすると明言していました

一方の中国はアメリカから見て自国と同等の大国なのでパートナー、日本はアメリカから見てサンダルか草鞋のようなものという訳でした

アメリカは必要な時だけ日本を支援し不要になったら切り捨てる
そんなアメリカが日本に接近したのは過去に3回で1回目は日露戦争前にロシアの脅威が高まった時、代理戦争で日本を戦わせて「負ければ良い」と思っていたが日本が勝ったので敵国認定し始めた

今ロシアがウクライナと戦っているが西側諸国がウクライナを支援するのは身代わりとしてウクライナを戦わせているからで、本当にウクライナ人の幸せとかを願ってはいない

2度目にアメリカが日本を必要としたのは1950年朝鮮戦争のときで、朝鮮は日本列島の向こう側にあるので日本の協力なしに何もできなかった

3度目は米ソ冷戦の時でアメリカは1970年代に朝鮮戦争に続いてベトナム戦争にも敗北し、ソ連には勢いがありアメリカは負けるかも知れなかった

当時の日本にも勢いがあり経済規模でソ連を超えて西側陣営として協力し、アメリカも自国の市場を日本に開放してゴミのような日本製品でも気前よく買った

1970年代の日本製品は品質の低い詐欺のうようなもので、日産ブルーバードという車はVWビートルが登れた坂道を上れず日産の社員が申し訳なく感じたという逸話も残されている

4回目は2010年代に顕在化した米中対立で、ようやく欧米人も中国人が14億人の善人ではなく悪人だと知り米中対立をしかけたが劣勢だった

勢いは完全に中国が上だったがここに対中国で2000年間無敗の日本にお呼びがかかり、「おい日本、中国と戦え」となった

欧米人は中国という国が怖くて仕方がないらしく、長年中国と対峙してきた日本を必要としここに日本の再興が約束された

最近日本経済や日本の株価が好調で世界からの投資が押し寄せているが、こうした事は自由な市場原理ではなく多くの場合八百長も含まれている

欧米は日露戦争で日本を必要としたように中国と戦う国を必要としており、日本と中国を戦わせるには日本の経済力が中国の4分の1では分が悪い

日本の経済力や国力を中国の半分以上にし欧米が加勢したら日本は 中国と互角に戦えるはず、というのが彼らの考えだと思われる

戦うというのはミサイルが飛び交うばかりではなく、戦わずに中国を屈服させればそれが一番いいし、真綿で締めるように中国を締め上げて国力を削ぎとっていくのも良い
https://www.thutmosev.com/archives/%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%af%e4%bb%8a%e3%82%84%e5%af%be%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e6%88%a6%e7%b7%9a%e3%81%a7%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%82%92%e5%bf%85%e8%a6%81%e3%81%a8%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%84.html
28:777 :

2024/03/25 (Mon) 21:24:02

2024.03.25XML
ゾンビ状態のウクライナを使い続ける米英支配層
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403250000/

 ウクライナは2022年3月の段階で戦闘を自力で続けることは難しい状態になっていた。アメリカ/NATOから兵器や資金を投入することで継続してきた。戦死者が膨れ上がり、外部から傭兵を入れていたが、ここにきてフランス、ドイツ、ポーランドの正規軍がキエフ周辺に到着したと伝えられている。ウクライナ軍はゾンビのようの状況なのだが、それでもビクトリア・ヌランドなどネオコンはロシアとの戦争を継続、エスカレートさせようとしている。ルビコンを渡った彼らは後戻りできないのだろう。

 ところで、ソ連消滅後の1999年3月にアメリカはNATOを利用してユーゴスラビアに対する攻撃を開始、ロシア侵略の突破口を築いた。2008年8月に南オセチアをジョージア軍が奇襲攻撃しているが、ロシア軍の反撃で惨敗している。ジョージアは2001年からイスラエルの軍事支援を受けていた。武器/兵器を含む軍事物資を提供するだけでなく、将兵を訓練している。後にアメリカの傭兵会社も教官を派遣した。事実上、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍に負けたのだが、ここからアメリカはロシアに対する侵略を本格化させ、ウクライナでの戦乱につながった。

 ところで、アメリカは先住の「インディアン」を虐殺し、生き残りを「居留地」へ押し込めて空いたスペースに建設された国だ。1898年にはキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインの爆沈を口実にしてスペインと戦争を始め、勝利してラテン・アメリカを支配下に収め、アラスカ、プエルトリコ、グアム、フィリピンも手に入れている。

 次に狙われた場所は「新たな西部」、つまり中国東北部。その案が実現したなら、中国東北部にウクライナ、あるいはイスラエルのような国が出現しただろう。なお、のちに日本はそこへ「満州国」を建国している。

 スペインとの戦争を主導したセオドア・ルーズベルトは1880年にハーバード大学を卒業しているが、その2年前に同大学を卒業している金子堅太郎は知人の紹介で1890年に知り合い、親しくなったという。スラブ系のロシアを敵視していたセオドアは日露戦争の後、日本はアメリカのために戦ったと書いている。金子は1904年、ハーバード大学でアンゴロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説した。同じことを金子はシカゴやニューヨークでも語っている。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 1923年9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた後、日本はアメリカの金融資本、いわゆるウォール街の影響を強く受けるようになる。復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンに頼ったのだ。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。その後、日本の政治経済はJPモルガンからの影響を強く受けるようになる。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年)

 この支配構造を象徴する人物が1932年から駐日大使を務めたジョセフ・グルーである。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻であり、しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。

 1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入、グルーは翌年の6月に帰国した。離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 ニューディール派で反ファシストのフランクリン・ルーズベルト大統領が1945年4月に急死するとホワイトハウスの実権はウォール街が奪還し、豊下楢彦によると、降伏後の日本はウォール街と天皇を両輪として動き始めた。その下で戦後日本の支配構造を作り上げる上で重要な役割を果たしたのがジャパン・ロビーだ。その中核グループであるACJ(アメリカ対日協議会)はウォール街を後ろ盾としてワシントンDCで設立された。その中心人物はジョセフ・グルーにほかならない。戦前も戦後も基本的な支配構造は変化していない。

 大戦後にアメリカではCIAが創設されたが、これは金融資本の強い意向があったからだ。CIAの前身であるOSSはイギリスの情報機関MI6の協力で設立されたが、MI6はイギリスの金融資本と関係が深い。

 1943年1月にドイツ軍がスターリングラードでソ連軍に降伏するとイギリスのウィンストン・チャーチル首相は慌て、その月にフランクリン・ルーズベルト米大統領やフランスのシャルル・ド・ゴールらとカサブランカで会談して善後策を講じた。その際、戦争を引き延ばすために「無条件降伏」が出てきたという。

 そして1944年、イギリスとアメリカの情報機関によって編成されたのがゲリラ戦部隊のジェドバラ。コミュニストを主体とするレジスタンスに対抗するためだった。

 このジェドバラ人脈は大戦後、アメリカでは特殊部隊とOPC(1950年10月にCIAへ吸収された)につながる。OPCは1952年8月にCIAの破壊工作部門「計画局」の中核になった。

 この人脈はヨーロッパに破壊工作機関のネットワークを構築、NATOが創設されると、その秘密部隊として機能し始めた。中でも有名な組織がイタリアのグラディオだ。アメリカ支配層にとって好ましくない勢力を潰すために極左グループを装って1960年代から80年代にかけて爆弾テロを繰り返している。アルド・モロの誘拐殺人、シャルル・ド・ゴールの暗殺未遂、そしてジョン・F・ケネディ暗殺でも名前が出てくる。

 この秘密部隊のネットワークにウクライナのネオ・ナチがつながっていることは本ブログで繰り返し書いてきた。

 ネオ・ナチを率いているひとりのドミトロ・ヤロシュ はドロボビチ教育大学でワシル・イワニシン教授の教えを受けたことが切っ掛けになってOUN-B(ステパン・バンデラ派)系のKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)に入る。この人脈はソ連消滅後に国外からウクライナへ戻り、活動を始めている。2007年にヤロシュは指導者になり、そのタイミングでNATOの秘密部隊ネットワークに参加したと言われている。

 ヤロシュはチェチェンやシリアで戦ったサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)などイスラム系の武装集団と関係、2007年5月にはウクライナのテルノポリで開かれた欧州のネオ・ナチや中東の反ロシア・ジハード主義者を統合するための会議で議長を務めた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403250000/
29:777 :

2024/04/05 (Fri) 09:02:02

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日本を米国の戦争マシーンに組み込んだキャンベルが来日、東アジアは戦争モード
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404050000/

 アメリカの​カート・キャンベル国務副長官が3月19日から23日にかけて日本とモンゴルを訪問した​。日本では政府高官らと会談、4月10日に予定されている岸田文雄首相のワシントン公式訪問について話し合ったと伝えられている。ロシアや中国を敵と考えているアメリカ支配層にとって日本とモンゴルは戦略的に重要な国であり、戦争を想定しているだろう。

 キャンベルが国務副長官に就任したのは今年2月12日。それまでビクトリア・ヌランドが副長官代理を務めていたのだが、彼女が主導して始められたウクライナでの戦闘は失敗、アメリカの敗北は決定的になっている。戦闘を継続するため、資金と兵器を投入し続けようとしているものの、限界が見えている。

 正規軍の戦いで負けた勢力がテロに切り替えることはある。3月22日にはモスクワ近くのクラスノゴルスクにあるクロッカス・シティ・ホールが襲撃され、銃撃と火災で140名以上が死亡しているが、これもそうした例だろう。このテロの黒幕はアメリカやイギリスの情報機関だと見られ、ヌランドにも疑惑の目が向けられている。このテロ事件とヌランドの辞任は関係があると見る人もいる。そうした背景はあるが、キャンベルの副長官就任はアメリカが東アジアに軸足を移動させようとしているとも言えるだろう。

 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、日本は1990年代半ばにアメリカの戦争マシーンへ組み込まれた。「戦争できる国」ではなく、「戦争する国」になったのだ。そのベースはソ連消滅直後の1992年2月にアメリカ国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)草案、いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンである。その中でドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、新たなライバルの出現を防ぐことが謳われている。

 そうしたアメリカの戦略に日本側は抵抗する。細川護煕政権の諮問機関、防衛問題懇談会は1994年8月に「日本の安全保障と防衛力のあり方(樋口レポート)」というタイトルの報告書発表、国連中心主義を前面に出した。

 樋口レポートには「今後の日本の安全保障政策の重要な柱の一つが,平和維持活動の一層の充実をはじめとする国際平和のための国連の機能強化への積極的寄与にある」と書かれていて、「世界の諸国民が協力の精神に基づいて、持続的な「平和の構造」を創りあげるために能動的・建設的に行動するならば、今までよりも安全な世界を作り出す好機も、また、生じているのである」とされている。

 ネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはこうした日本側の動きを知って怒る。ふたりは日本が自立の道を歩き出そうとしていると主張、友人のカート・キャンベル国防次官補(当時)を説得してジョセフ・ナイ国防次官補(同)らに自分たちの考えを売り込んだのである。そして1994年4月に細川政権は崩壊。そして1995年2月にナイ次官補は「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われている。

 日本側は1994年6月に自民党、社会党、さきがけの連立政権を成立させるが、そこから衝撃的な出来事が相次ぐ。例えば1994年6月の松本サリン事件、95年3月の地下鉄サリン事件、その直後には警察庁長官だった國松孝次が狙撃された。8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われるスターズ・アンド・ストライプ紙が日本航空123便に関する記事を掲載、その中で自衛隊の責任を示唆している。

 1995年には日本の金融界に激震が走っている。大和銀行ニューヨーク支店で巨額損失が発覚、98年には長銀事件と続き、証券界のスキャンダルも表面化した。証券界は日本経済の資金を回すモーター的な役割を果たしていた。つまり証券界のスキャンダルの背後には大蔵省(現在の財務省)が存在していた。大蔵省を中心とする日本の経済が揺さぶられたとも言えるだろう。

 この騒動の中、日本はアメリカの軍門に降り、1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が作成され、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになった。「周辺事態法」が成立した1999年にはNATOがユーゴスラビアを先制攻撃する。

 2000年にはナイとリチャード・アーミテージのグループによって「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」も作成された。この報告では武力行使を伴った軍事的支援が求められ、「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」と主張、「この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる」としている。

 この年にはネオコン系シンクタンクのPNACがDPGの草案をベースにして「米国防の再構築」という報告書を発表、その中で劇的な変化を迅速に実現するためには「新パール・ハーバー」が必要だと主張している。その翌年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、これを利用してアメリカの好戦派は国内で憲法の機能を停止させ、国外では軍事侵略を本格化させた。

 2010年6月に発足した菅直人内閣はそうしたアメリカの政策に合わせる。解決すべき領有権の問題は存在しない」と閣議決定、1972年9月に日中共同声明の調印を実現するために田中角栄と周恩来が合意した「棚上げ」を壊したのである。

 この合意で日中両国は日本の実効支配を認め、中国は実力で実効支配の変更を求めないことを決めていたわけで、日本にとって有利な内容。それを壊した理由は日本と中国との関係を悪化させることにあったとしか考えられない。

 そして同年9月、海上保安庁は尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を取り締まり、漁船の船長を逮捕した。棚上げ合意を尊重すればできない行為だ。その時に国土交通大臣だった前原誠司はその月のうちに外務大臣になり、10月には衆議院安全保障委員会で「棚上げ論について中国と合意したという事実はございません」と答えているが、これは事実に反している。

 こうした状況について総理大臣だった​安倍晋三は2015年6月、赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている​。安倍政権下、着々と対中国戦争の準備が進められていることを明らかにしたのだ。日本は戦争への道を進んできたのだが、進む方法はアメリカの支配層から指示されている。日本は「頭のない鶏」状態だと言えるだろう。

 そこからアメリカの支配層はさらに前へ進む。国防総省系のシンクタンク​「RANDコーポレーション」が発表した報告書​には、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画が記載されているのだ。

 そうしたミサイルを配備できそうな国は日本だけだと分析しているのだが、その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるためにASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされている。2016年には与那国島でミサイル発射施設が建設された。

 2017年4月には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器が運び込まれ始めた。2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていたことからミサイル・システムを搬入できたのである。結局、朴槿恵は失脚した。

 THAADが韓国へ搬入された後、2019年に奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成した。ミサイルが配備されることになる。

 アメリカはオーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を編成、NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言した。

 2021年9月にはオーストラリア、イギリス、アメリカがAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があり、アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられた。そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。

 山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明、岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。

 2022年10月には、​「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道​があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。

 そして2023年2月、浜田靖一防衛大臣は亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。

 この過程でアメリカは日本と韓国の軍事同盟を推進し、台湾では「独立派」を利用して中国を挑発、さらにフィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)も取り込み、日本はフィリピンとの軍事的なつながりを強めている。JAPHUS(日本、フィリピン、アメリカ)だが、日本とフィリピンをAUKUSへ加盟させるという動きもある。日本がAUKUSに参加することで、ロボット工学とサイバー技術の分野で成果を上げることが期待されているのだという。

 またジョー・バイデン政権が 中国敵視を明確にした2022年の12月、アメリカでは​NDAA 2023(2023年度国防権限法)が成立​、アメリカの軍事顧問団が金門諸島と澎湖諸島に駐留し、台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404050000/
30:777 :

2024/04/13 (Sat) 01:54:07

2024.04.13XML
日米首脳会談の背後に明治維新から続くアングロ・サクソンの野望
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404130000/

 岸田文雄首相は4月10日にジョー・バイデン米大統領と会談、軍事、バイオ、教育を含む「国家改造計画」的な取り決めを打ち出した。アメリカの支配層による日本支配のシステムを強化する内容で、軍事面では1960年代以来の大幅な増強だと世界的に評価されている。かつてなら大規模な抗議活動があったような出来事だ。これまで日本はアメリカの意向に従って戦争の準備をしてきたが、その総括とも言えるだろう。

 日本に対するアメリカからの命令は「日米合同委員会」で伝えられてきたと言われている。1960年に締結された日米地位協定に基づいて設置されたもので、協議(伝達)内容は秘密だ。日本側の代表は外務省北米局長、アメリカ側の代表は在日米軍司令部副司令官だという。日本は現在に至るまでアメリカ軍の占領下にあると言える。

 日本は1951年9月8日、サンフランシスコのオペラハウスで「対日平和条約」に、また同じ日にプレシディオで日米安保条約に調印、アメリカ軍だけが日本を占領し続けられることになった。その1週間前、同じプレシディオでアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国はANZUS条約に調印している。安全保障条約は1960年に改定され、地位協定も設置された。岸田とバイデンはそれ以来の大改訂を実施したというわけだ。

 しかし、戦後日本の在り方はその前から定めれていた。その道筋を定めたのは「ACJ(アメリカ対日協議会)」を中心とする「ジャパン・ロビー」で、その背後にはウォール街の巨大資本が存在していた。その中心人物であるジョセフ・グルーはJPモルガンの総帥、ジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアと結婚した女性のいとこにあたり、1932年から駐日大使を務めている。グルーの妻、アリス・ペリーも日本と関係が深い。彼女の曽祖父は幕末に「黒船」で日本にやって来たマシュー・ペリー提督の兄。こうしたことから、ジョセフ・グルーは日本の皇族や華族に人脈があった。

 こうした人脈が日本に大きな影響力を持つようになる切っ掛けは1923年9月1日の関東大震災である。被災者は340万人以上、死者と行方不明者を合わせると10万5000名を上回り、損害総額は55億から100億円に達していたという。

 復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンと交渉する。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。井上がJPモルガンと親しくなったのは1920年に対中国借款交渉を行った時だという。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年)

 日本は1904年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃して日露戦争を始めたが、日本に戦費を用立てたのはジェイコブ・シッフ。ロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していた人物だ。日本に対して約2億ドルを融資している。

 アメリカやイギリスの私的権力は明治維新の前後、日本で暗躍していた。その手先として1859年に来日したのがジャーディン・マセソンのエージェントだったトーマス・グラバーとウィリアム・ケズウィック。横浜を拠点にしたケズウィックの祖母は同社を創設したひとり、ウィリアム・ジャーディンの姉である。

 ジャーディン・マセソンは中国の茶や絹をイギリスへ運び、インドで仕入れたアヘンを中国へ持ち込んむという商売を行っていたが、儲けの大半はアヘンの取り引きによるもので、事実上、麻薬業者だった。

 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州から5名の若者をイギリスへ留学させることを決める。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。

 明治政府に対し、イギリスのアーネスト・サトウやアメリカのチャールズ・デロングやチャールズ・ルジャンドルといった外交官はアジアを侵略するようにけしかける。

 1871年7月に新政府は廃藩置県を実施するが、その年の10月に宮古島の漁民が台湾に漂着、その一部が殺されたとして日本政府は清に抗議するのだが、この時点で琉球は独立国であり、日本が抗議するのは奇妙な話だ。

 それに気づいたのか、明治政府は1872年に琉球国を潰し、琉球国王に琉球藩王というタグをつける。もし明治政府が琉球国を日本領である、あるいは日本領にしたいと考えていたなら、琉球藩の設置、廃藩置県という順番になるはずだ。廃止したはずの藩を作り、琉球は日本領だという形を作ろうとしたのだろう。そして1874年、明治政府は軍隊を台湾へ送り込んだ。

 琉球国が潰された1872年、フランス系アメリカ人で厦門の領事だったチャールズ・ルジャンドルが来日している。この外交官は台湾から帰国する途中に日本へ立ち寄り、そこでアメリカ公使を務めていたチャールズ・デロングと会っているが、その際、デロングはルジャンドルに対し、日本政府に対して台湾を侵略するようにけしかけていると説明している。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009)

 デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、受け入れられたが、ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任、顧問になった彼は外務卿の副島種臣に台湾への派兵を勧めたのだ。派兵の際、アメリカの軍事顧問が同行したという。(前掲書)

 ルジャンドルは外務省の顧問を辞めた後も日本に滞在、離日したのは1890年。その年から99年まで李氏朝鮮の王、高宗の顧問を務めたという。その当時、朝鮮では興宣大院君(高宗の父)と閔妃(みんぴ)が対立していた。

 そうした中、1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こり、閔氏の体制が揺らぐ。それを見た日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争につながった。この戦争に勝利した日本は1895年4月、「下関条約」に調印して大陸侵略の第一歩を記すことになる。

 清の敗北でロシアへ接近することが 予想された閔妃をこの年、日本の三浦梧楼公使たちが暗殺している。日本の官憲と「大陸浪人」が閔妃を含む女性3名を惨殺したのだ。暗殺に加わった三浦公使たちは「証拠不十分」で無罪になっているが、この判決は暗殺に日本政府が関与している印象を世界に広めることになる。その後、三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。

 明治維新以降、日本にはアングロ・サクソンの手先となり、権力と財力を握った人たちがいる。そうした人びとによって天皇制官僚体制は築かれたのである。その頃から日本列島はアングロ・サクソンが大陸を侵略する拠点になり、日本人は傭兵になった。岸田とバイデンによる会談の背景には中国侵略の野望があるのだろうが、アメリカにそれだけの力があるようには思えない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404130000/
31:777 :

2024/04/19 (Fri) 00:23:43

日本に軍拡迫るアメリカの政策命令書 第6次アーミテージ・レポートの中身とは 自衛隊を統合し米軍下請けに
2024年4月18日
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/30020

 米国の政策研究機関(民間シンクタンク)「戦略国際問題研究所(CSIS)」が4日、第6次となる日米同盟への提言「アーミテージ・ナイレポート」を発表した。これはアーミテージ元米国務副長官、ジョセフ・ナイ元米国防次官補らがまとめた提言だが、その実態は宗主国米国が植民地日本に押しつける政策命令書だ。今回は岸田政府が2022年末に閣議決定した安保関連三文書で「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有」を明記して以後初のレポートで、米国側は台湾有事などの実戦を想定した「より統合された同盟」への転換を要求している。



民間シンクタンクが内政に干渉 丸呑みする岸田政府




アーミテージ


ジョセフ・ナイ

 第6次レポートは「はじめに」でウクライナに侵攻したロシアや覇権拡大を進める中国に対処するため「日米同盟はかつてなく重要」と強調している。同時にバイデン政府のもとでQuad(日米豪印)の強化、AUKUS(米英豪の軍事同盟)の立ち上げ、日韓豪を軸にした同盟国間の軍事連携の強化を推進してきたが、米大統領選の結果次第で政策が変化する不安定要素があると指摘し「世界のリーダーシップの負担は短期的に日本が担うことになる」と主張している。



 そして「日本は前例のない政策変更で厳しい安全保障環境に対応し、2027年までに防衛費を倍増させ、長距離精密攻撃ミサイルなど東アジアの抑止力に貢献する新たな能力を獲得する計画を立てている」「岸田首相のリーダーシップの下、日本はウクライナ支援で大きな役割を果たし、2023年にはG7の実質的なリーダーとなった」と岸田政府を持ち上げ「日本と日米同盟にはさらに多くのことが求められる」と明記。これまでとは異なり、多様な要求を突きつける方針をむき出しにした。



 レポート本文は冒頭、対中国を想定し「さらに強力な行動が求められる。日本が野心的な戦略の実行に踏み出した今、同レポートは日米同盟を次のステップ、つまり軍事作戦の計画立案と実行を含む同盟に進むべきだ」と強調。在日米軍司令部の機能強化で日米間の迅速な意志決定を可能にし、対中国戦略を支援する新たな二国間及び多国間の協力体制を構築することを提唱した。



 さらに「安全保障同盟の推進」の項で「かつては軍事調整の仕組みがなくても同盟は効果的だったが今は不可能だ。より統合された同盟には、指揮系統の近代化、情報協力の深化、防衛産業と技術協力の積極的な推進が必要」と明記し、軍事力行使を支える体制の構築を要求。その手始めに「日本はセキュリティクリアランスシステム(政府が保有する機密情報へのアクセス許可のため個人の適正を評価する制度)を強化・拡張する必要がある」と指摘した。



 同時に陸海空自衛隊を束ねる「統合作戦司令部」(J-JOC)を2025年3月までに創設する計画とセットで、日米共同軍事作戦の調整をおこなう常設の「二国間計画調整事務所」設立を要求。その実現にむけて「日米同盟の弱点であるインテリジェンス(諜報)関係とサイバーセキュリティ(サイバー攻撃でデジタル情報が改ざんされたり漏洩することを防ぐ対策)の強化」を求め「サイバー脅威に関する官民の情報共有やサイバー防衛を強化する法案の成立を急ぐべきだ」と強調した。また「あらゆる国家安全保障情報にアクセスできる関係省庁横断型の情報分析組織を内閣官房の下に設立すべきだ」とも指摘した。



 加えて「ウクライナ戦争は同盟国の強固な防衛産業能力の重要性を浮き彫りにした」と明記し、弾薬・兵器不足を防ぐため日本が紛争当時国へ武器を供給する体制を整えることも要求。同時に「革新的な日本の防衛産業を支援することは米国の利益であり、日本の防衛装備品輸出規制の緩和は(まだ不十分であるが)協力を拡大する機会となる」「日本の産業界は自衛隊の能力構築のみに力を注いできたことから脱皮し、外国の防衛産業との連携を強化する必要がある」と記述し、米国のためにも武器増産と武器の大量輸出を重視するよう求めた。



台湾や中東へ軍事関与を要求



 また「パートナーシップと連合の拡大」の項では日米同盟のより深い統合にむけて「志を同じくするパートナー、特に豪州、フィリピン、韓国、台湾とのつながりの改善」を提唱。日本が中東への関与を強化するよう促している。



 豪州との関係では昨年8月に発効した日豪部隊間協力円滑化協定で日豪軍事演習を強化したことを評価し、軍事作戦や装備購入も含むより緊密な安保協力を促進するよう提唱。フィリピンに関しては「南シナ海で中国に立ち向かい、米国との同盟を再構築するマルコス政府の決定は米国と日本にとって重要なチャンス」と記述し「日本政府はフィリピンとの部隊間協力円滑化協定締結を優先すべき」と明記した。



 韓国との関係では日米韓の軍事連携強化がこれまで以上に必要と強調し「司令部の連絡将校交換、二国間演習へのオブザーバー参加、三国間緊急時対応計画室の設立を通じて、作戦レベルの関係確立に向けて動くべきだ」と主張。日本には韓国との関係改善を急ぎ「韓米同盟の橋渡し」を担うよう要求している。



 台湾については「次期頼政府は米日その他の民主主義諸国からの支援に値する」と評価し「米国と日本の長年にわたる“一つの中国”政策の範囲内で、両国は軍事的経済的抑圧に抵抗する台湾の勢力を支援すべきだ。日本政府は米国と台湾との定期的な安全保障政策対話の一部への定期的な参加を含め、台湾の国家安全保障体制との目立たない関係を拡大すべきだ。現在このつながりがないことは台湾海峡有事に備える上で重大な弱点だ」と指摘。「日本は通信、エネルギー供給、交通網など台湾の重要インフラの強化を支援する方法を模索すべきだ」と圧力をかけている。



 中東に関しては「日本は米国より中東のシーレーンに依存しているにもかかわらず紅海の商船に対するテロ対応が不十分」と指摘。「日本は紅海の商船保護を支援すべき」「ジブチの自衛隊基地を活用し目に見える役割を果たすべき」と要求している。



対中政策として統合作戦司令部創設



 経済面では「重要技術の保護、サプライチェーンの強化、主要な戦略分野におけるフレンドショアリング(同盟国や友好国などに限定したサプライチェーンの構築)の促進がもっとも重要な政策課題」と強調。中国に対抗するため「G7を含む志を同じくするパートナーと協力して、米国と日本はアプローチを調整し集団的な政策対応を策定すべきだ」とのべ「自由貿易協定の新たなモデル」の具体化を提唱した。



 同時に「日米政府が産業政策、技術促進、輸出規制などの調整を促進するため、ホワイトハウスと内閣官房が主導する新たな対話メカニズムの設立」も要求している。



 また近年、日米間で学生の留学者数が激減したことにふれ「長期的に日米関係の基盤が損なわれる危険性がある」とし、人的交流の拡大を提唱。「両国のパートナーシップの価値を認識し、それを維持する決意を共有する新世代のリーダー育成は両国の永遠の課題」と主張している。



 こうした第6次レポートの内容を頭に叩き込んで訪米したのが岸田首相だった。米国では岸田首相に同行した上川陽子外務相が訪米早々アーミテージ元米国務副長官と会食で意見を交換。翌日の日米首脳会談にむけて周到に準備した。そして10日に発表した日米共同声明では、グローバルなパートナーシップ構築、自衛隊と米軍の指揮統制の一体化、防衛産業の連携へ向けた関係省庁の定期協議、米英豪の軍事同盟「AUKUS」と日本の協力強化等、第6次レポートが示した課題の実行を約束。米国に忠実な姿勢に米連邦議会が拍手喝采すると岸田首相は「日本の国会でこれほどすてきな拍手を受けることはまずありません」と満面の笑みで表明した。



 また、日本国内では4日に改定防衛省設置法案(陸海空3自衛を一元的に指揮する常設の統合作戦司令部創設が柱)を衆院で審議入りさせ、9日にはセキュリティクリアランス法案(漏洩すれば処罰される機密情報の範囲を経済分野に広げ、機密情報にアクセスする人の身辺調査を民間人に拡大)を衆院通過させ、11日には衆院憲法審査会で自民党が改憲原案の条文作成を提案した。国益や国民への影響は顧みず、米国の要求を一心不乱に実行する岸田政府の本性があらわになっている。



過去には派遣拡大や郵政潰しも





 アーミテージ・ナイレポートのルーツである年次改革要望書は、1993年の宮沢―クリントン会談で合意し、翌年から毎年10月に日米両国が互いに交換し始めた。しかし実行されるのは米国の要求のみ。それは米国側が一方的に日本へ押しつける政策命令書でしかなかった。



 しかも米国の要求は通信、医療機器・医薬品、金融、エネルギー、流通など多岐にわたり、法律業務や競争政策も含めて、憲法の原則(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)を根こそぎ覆していく内政干渉が実態だった。



 1990年代の米国側年次改革要望書を見てみると、「商法」関連で米国型企業統治の導入や日本企業を買収しやすくする株式交換型M&A(三角合併)解禁を求め、「競争政策」で独占禁止法の罰則強化や公正取引委員会の権限強化を要求していた。これはNTTなど日本の巨大企業を規制し外資が日本市場に殴りこみをかける地ならしだった。郵政民営化や米国の弁護士が日本へ進出し易くする司法制度改革なども盛りこんでいた。



 この要求にそって日本政府は1997年に独占禁止法を改定し、持株会社を解禁(自由な企業間競争を確保するため戦後は持ち株会社の設立を禁じていた)した。98年には地元小売店や商店街を守るための大規模小売店舗法(大店法)を廃止し、大型店出店を野放しにした。さらに「約半世紀ぶり」となる建築基準法の改定も強行した。日本の建築基準は地震国であるため国際基準より厳しく建築物の建て方(仕様)を規制した「仕様規定」だったが、それを「国民の生命、健康、財産の保護のため必要な最低限の性能があればよい」とする「性能規定」へ変えた。日本古来の建築基準を崩したことで外国の建材がなだれこみ工法も変化。それが現在の自然災害での家屋被害拡大にもつながっている。



 1999年には労働者派遣法改悪で人材派遣を自由化した。技術者を育成する終身雇用を崩壊させ、必要なときだけ連れてきて働かせる不安定雇用を拡大した結果、現役世代の貧困化と技術の断絶が拡大。それは海外への技術流出を加速させ、深刻な少子高齢化を生み出す要因になった。



 こうしたなか2001年に小泉首相(当時)とブッシュ米大統領(当時)が、年次改革要望書を「日米規制改革イニシアティブ」という名で継続すると決定。小泉政府が主導した「聖域なき構造改革」や「郵政民営化」は年次改革要望書の具体化だった。



 巨額な郵貯資産の強奪を狙う米国が2003年の年次改革要望書で「2004年秋までの郵政三事業の民営化計画作成」を求めると小泉政府は「骨太の方針2004」に郵政民営化を明記。2005年8月に郵政民営化関連法が参院本会議で否決されると「自民党をぶっ壊す」と叫び劇場型郵政解散選挙を演出した。郵政民営化に反対した議員の選挙区には刺客を送り込んで叩き潰し、同年10月に郵政民営化法を成立させた。



 この郵政民営化以後、米国の対日要求を首相諮問会議が「国の方針」に作りかえ、それを素早く閣議決定して法案作成、国会採決へと進む流れが常態化した。年次改革要望書は、自民党が総選挙で大惨敗したことで生まれた民主党の鳩山政府時(2009年)に廃止され、その後はアーミテージ・ナイレポートへ引き継がれた。



加速する日本の浮沈空母化




岸田首相訪米に同行し、アーミテージ元国務副長官(右から2人目)やジョン・ハムレCSIS所長(左端)らと面談した上川陽子外相(10日、ワシントン、外務省)

 アーミテージ・ナイレポートは米大統領選を控えた2000年に、民主党と共和党のどちらが勝っても実行をすすめる日米同盟のビジョンを示すため策定を開始した。政策立案の中心には1991年の湾岸戦争時に戦費負担のみで自衛隊派遣に応じない日本に「ショウ・ザ・フラッグ(日の丸を見せろ)」と猛烈な圧力をかけた共和党系のアーミテージ元米国務副長官と「ソフトパワー」(他国を無理に従わせるのではなく文化、イデオロギーなど目に見えにくい力で味方につける手法)を提唱してきた民主党系のジョセフ・ナイ元米国防次官補らを据えた。



 2000年に発表した第1次アーミテージ・ナイレポートでは活動領域を太平洋全域に広げた「安保再定義」について「日本の役割の下限を定めたと見なすべきで上限を示すものではない」とのべ「もっとダイナミックなとりくみ」を要求。そして集団的自衛権の行使容認、有事法制の国会通過、米軍と自衛隊の施設共用と訓練統合、PKF(国連平和維持軍)本体業務への参加凍結解除、米軍再編計画の実行、ミサイル防衛に関する日米協力の拡大、軍事情報共有にむけた秘密保護法制定等、多様な要求を突きつけた。



 これを受けて小泉政府(当時)は2001年にPKO(国連平和維持活動)法を改定しPKF本体業務への参加凍結を解除した。しかし2003年3月のイラク戦争開戦で米英軍が攻撃に踏み切ったとき日本が同一歩調をとらなかったため、アーミテージ米国務副長官が「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊を派遣せよ)」と恫喝。すると小泉政府は2003年6月に有事関連3法(武力攻撃事態法など)、イラク復興支援特措法(非戦闘地域への自衛隊派遣を可能にした)を成立させ、同年末に弾道ミサイル防衛システムの導入も決定した。2004年6月には有事の際米軍が民間施設を接収したり、国民の行動を制限することを定めた有事関連七法(国民保護法や米軍行動関連措置法)も成立させた。翌7月にアーミテージ米国務副長官が「憲法九条は日米同盟の妨げ」と主張し改憲要求すると、2005年10月に自民党が「自衛軍保持」を明記した初の新憲法草案を公表した。



 2007年に発表した第2次アーミテージ・ナイレポートでは武器輸出禁止3原則の緩和とミサイル防衛の強化を要求した。さらに東日本大震災を経て2012年に発表した第3次アーミテージ・ナイレポートは「日本は今後も世界のなかで“一流国”であり続けたいのか、それとも“二流国”に甘んじるのか」と日本側に迫り「一流国であり続けたいなら、国際社会で一定の役割を果たすべきだ」と要求。それは「専守防衛などの時代遅れの規定を解消し、米国の軍事戦略にこれまで以上に関与すること」「アジア太平洋地域の海洋安全保障で米軍の役割を補完し米中の戦略的均衡の要になること」を日本に押しつける内容だった。



 具体的には機密情報保護能力の向上、原発再稼働、TPP推進、日韓「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)締結、新たな安保法制の制定、武器輸出三原則の撤廃などを要求。安保関連では「平時から緊張、危機、戦争状態まで安全保障のあらゆる事態において、米軍と自衛隊が日本国内で全面協力できるための法制化を日本側の権限で責任をもっておこなうべき」「米陸軍と海兵隊は陸上自衛隊との相互運用性を高め、水陸両用作戦を展開しやすい体制へ発展させるべきだ」と指摘した。「平和憲法の改正」も要求項目として明記。これらは日本を対中国戦争の矢面に立たせるという意図に基づいている。安倍政府が実行した政策はみなこの要求にそったものにすぎない【上表参照】。



 岸田政府も対日要求にそって2022年末に反撃能力保有や防衛予算の1・5倍化を盛りこんだ国家安全保障戦略を閣議決定。それは日本が戦後堅持し続けてきた戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認の国是を踏みにじり、攻撃兵器を大量に配備し先制攻撃も辞さないという宣言だった。この新段階で更なる要求を突きつけたのが第6次アーミテージレポートであり、それは米本土防衛のために日本全土を兵站・出撃拠点に変貌させ、挙げ句の果てはミサイル攻撃に晒され捨て石にされる道へ通じている。



 こうした日本の現実が示すことは、戦後70年以上経ても日本は独立しておらず、あらゆる施策が海の向こうで作られ、しかもなんの外交的権限もない一民間シンクタンクが内政に関与するという異常さである。これをしゃにむに実践するのが日本政府であり、訪米した歴代首相の振舞いを見てもアメリカの日本統治代理人といっても過言ではない。そこには占領体制の継続させるための秘密会合である日米合同委員会、それを着実に実行させるための官僚機構などの構造問題が根底にある。この属国状態を打破するには国会内に巣くう売国勢力を総選挙で一掃し、日本独自の外交で近隣諸国と平和・友好関係を築くしかない。平和で豊かな日本の未来を目指すうえで、対米従属の打破は避けられない喫緊課題になっている。
https://www.chosyu-journal.jp/seijikeizai/30020
32:777 :

2024/04/19 (Fri) 00:26:03

露呈する米軍の弱体化、ITが栄えて製造業壊滅の影響か
2024.04.18
https://www.thutmosev.com/archives/34653.html

建造中のフォード級(2013年)


https://www.cnn.co.jp/usa/35081217.html 米海軍の最新型空母、9月に配備へ(1_2) – CNN.co.jp
F35は最強だがF16より劣る?

最近米軍の弱体化や米国製兵器の弱体化を指摘する声がアメリカの軍事専門家から多く出ていて、以前にあった一過性のものではなく構造的な要因だという

この弱体化には90年代以降のIT産業成長とこれによる20年以上の好景気、製造業の衰退と技術者や労働者軽視の風潮などが関係している

米国に限らず兵器の多くは「物質として存在する機械製品」だがこの20年以上のアメリカは工業機械を製造する能力が衰えて、替わりにネット上やプログラミングの能力を向上させてきた

おそらくF35戦闘機のプログラミングやIT機能は他国の戦闘機より圧倒的に優れているが、機械だけの性能を見ると1970年代のF16やF15より高性能なのか疑問がある

テストパイロットや多くの関係者の証言ではF35はコンピュータ制御なしに飛行できず、しかもパソコンのように「再起動」が必要になる場合すらある

スマホでも能力の限界を超えると一度再起動するが、F35も同じように飛行中に画面が真っ黒になる場合があり、数秒からもっと長時間全てのコンピュータ制御が失われる

またF35はオバマ大統領の指示で本来双発エンジンが必要なのに「エコだから」という訳が分からない理由で無理に単発エンジンにしたので「ふらつきながらよろよろ飛ぶ」とパイロットが指摘した

また相手を視認する空中戦ではF16に惨敗していて、トータルではF35が強いものの稼働率が低く現在も完成していないなど欠点が多い

F35はコンピュータのプログラミングが複雑で未だに完成しておらず、実戦に投入したのはイスラエル軍のガザ空爆だけでこれは反撃される可能性がなかった

海軍も空母や潜水艦、イージス艦などの建造能力で中国に大きく劣っていて、改修や整備や廃棄でも多額の費用や長期間がかかり現実的ではない

アメリカには軍や海上警察以外の造船業はほとんど無く、世界最大規模の海軍艦艇需要でかろうじて存続している

アメリカは20年以上好景気だったので人件費や地価など造船コストも上昇しつづけ、造船業は弱体化しつづけています

海軍も陸軍も弱体化
このままでは米海軍向けの軍艦建造能力も喪失しかねないので、日本や韓国のような造船業がある同盟国の支援を求めている

アメリカは日韓などの造船企業に米国での投資を呼び掛けている他、日本などで一部軍艦の整備を分担したりしています

造船業の衰退は危機的で原子力潜水艦やフリゲート艦や原子力空母の就役日程が延期される例が目立つようになっている

原子力空母には通常空母にはない「原子炉の廃棄」が必要になるが、世界初の原子力空母「エンタープライズ」は処理方法が決まらず放置されている

2012年12月に退役したエンタープライズは原子炉を8基搭載していて、解体は10万トン空母を収容でき機密保持や安全確保が可能な場所でしか行えない

解体には見積もりで14億ドル(約2000億円)程度かかるうえに空母建造用ドッグを10年以上占領するうえ、解体する原子力空母や原潜が今後続々と増えていく

原子力潜水艦も問題で数年前にかつて世界最強だったドイツ潜水艦隊が「稼働ゼロ」になりとても驚いたが、米潜水艦隊も弱体化している

CNNが報じた米議会調査局の23年報告書によると攻撃型原潜49隻のうち18隻が造船所で整備中または整備待ちになっている

戦略原潜はおそらく国家機密で非公開になっていて、推測では稼働率が60%程度つまりやっぱり4割はドッグ入りしていると言われている

原子力潜水艦の長所は燃料補給をせず地球を100周できるとされるが、実際には乗務員の食糧や消耗品補給や休暇、交代などが必要なので現実は6か月程度が一回の任務期間になる

米海軍は潜水艦のドッグ入りを20%以下にする目標を立てているが実際は40%なので約2倍、2015年ごろまでは20%程度だったが近年急速に悪化した

ドッグ入りが急増した原因は熟練労働者の不足と整備所の不足、サプライチェーン問題で修理用部品が調達しにいなどが挙げられている

潜水艦部品の多くは単一のサプライヤーから調達しているので1社にトラブルが起きると予備とか別の選択肢がなくなる

陸軍ではどうかというとウクライナで明らかになったのは「歩兵こそ最強の兵器」という事で、大勢の若くて優秀な若者を米陸軍は必要としている

だが最近の報道ではアメリカの若者の77%は肥満や健康問題や薬物やイレズミや精神疾患で入隊資格を満たさず、入隊希望者の何割かも不合格になっている

代わりに女性の兵士を増やしたりしているが女性兵士が男性兵士の弱体化を補えるとは思わない

米国はウクライナに色々な兵器を提供したが、その中で役に立ったのは侵攻初期のスティンガーとジャベリン、パトリオットなど対空ミサイル、ハイマース、ブラッドレー歩兵戦闘車だけでした

最強戦車のエイブラムズは 今のところ戦場の「置き物」になっていて、米国製の体当りドローンは「DJIの市販ドローンより役立たず」とウクライナ軍が言っているほどでした

アメリカは今までに数兆円の軍事援助をしたが米国製兵器は超高価なので金額のわりに数が少なく、必要とする大量の砲弾は送られてこない

これがアメリカ軍の弱体化を象徴していて、高価な兵器を色々持ってはいるものの現実の戦争で消耗戦に陥ったら中国に負けるのではないかと米軍事専門家は危惧している
https://www.thutmosev.com/archives/34653.html
33:777 :

2024/05/01 (Wed) 14:51:02

【オレンジ計画】バイデン大統領のバック にいたユダヤ系大富豪の正体
調査報道 河添恵子TV / 公式チャンネル 2024/04/30
https://www.youtube.com/watch?v=E6No6VAVJGw
34:777 :

2024/05/16 (Thu) 07:17:49

アメリカ崇拝は日本の自滅〜日本が滅びる4つの シナリオ
伊藤貫セミナー Ito Kan Seminar (公式) 2024/05/08
https://www.youtube.com/watch?v=xSvVCfnuCA8&t=152s
35:777 :

2024/05/19 (Sun) 09:23:44

2024.05.19XML
中露の強い同盟関係が世界に示した日に駐日米大使が米軍の最前線基地を訪問した
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202405190000/

 ウラジミル・プーチン露大統領は中国政府の招待で5月16日から17日にかけて同国を訪問、歓待された。習近平国家主席との会談で両国が戦略的同盟国だということを世界に示している。事実上、中国とロシアは軍事同盟を結んだ。米英の好戦派は虚勢と嘘で世界に君臨してきた。日本の「エリート」はそうした好戦派に従属する人が少なくない。彼らはこの同盟と戦争する準備を「粛々」と進めている。

 アメリカのラーム・エマニュエル駐日大使はイスラエルに忠誠を誓っていると言われるほどのシオニストで、好戦派だ。そのエマニュエルが5月17日、与那国島と石垣島を訪れ、陸上自衛隊の駐屯地や海上保安庁の巡視船を視察したという。アメリカはロシアや中国の周辺に長距離ミサイルを配備、戦争の準備を進めてきた。

 ​そうした戦略に関する報告書をアメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」も発表している​が、それによるとGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画だ。専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていた。その計画に基づき、2016年には与那国島でミサイル発射施設が建設されている。











 韓国の場合、2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていた17年4月にはTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器を強引に運び込んだ。その後、朴槿恵は失脚した。2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成、ミサイルが配備されることになる。

 こうしたミサイル配備に限らず、アメリカ軍の動きについて日本では「防衛」を前提に議論されてきたが、アメリカの軍事戦略は第2次世界大戦の終盤から一貫して先制核攻撃である。「核の傘」などは笑止千万だ。

 アメリカはイギリスからの要求で核兵器の開発を始めた。1940年2月にバーミンガム大学のオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスのアイデアに基づいて「マンハッタン計画」は始まり、MAUD委員会なるものが設立されている。この委員会のマーク・オリファントがアメリカへ派遣されてアーネスト・ローレンスと会ったのは1941年8月。そしてアメリカの学者も原子爆弾の可能性に興味を持つようになったと言われている。この年の10月にルーズベルト大統領は原子爆弾の開発を許可、イギリスとの共同開発が始まった。

 1943年には核兵器用のウランとプルトニウムを製造するため、テネシー州オーク・リッジに4施設が建設され、そのひとつはオーク・リッジ国立研究所へと発展した。ワシントン州に建設されたハンフォード・サイトではプルトニウムを製造するため、1944年9月にB原子炉が作られている。

 この「マンハッタン計画」を統括していたアメリカ陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、同計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、その計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。日本やドイツがターゲットだったわけではない。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017)

 1945年7月16日にニューメキシコ州のトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験が行われ、成功。7月24日にハリー・トルーマン米大統領は原子爆弾の投下を許可、7月26日に「ポツダム宣言」が発表された。そして原爆は8月6日に広島、8月9日には長崎へ投下される。

 1945年2月、クリミアのヤルタ近くにアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、ソ連のヨシフ・スターリン首相が集まり、その席でソ連の参戦が決まっていた。その期限に合わせてアメリカは原爆を投下したのだ。

 その頃からアメリカ軍の内部にはソ連に対する先制核攻撃を計画するグループが存在したが、その中核にはSAC(戦略空軍総司令部)のカーティス・ルメイが含まれていた。

 当時、いかなる制約もなしに東アジアで中国やソ連を核攻撃できる場所は沖縄しかなかった。そこで沖縄に基地を建設し始める。1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められたのだ。

 1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づき、武装米兵を動員した暴力的な土地接収が実施され、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。

 1956年6月に公表された「プライス勧告」の中で沖縄は制約なき核兵器基地として、アメリカの極東戦略の拠点として、そして日本やフィリピンの親米政権が倒れたときのよりどころとして位置づけられている。

 1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーはイギリス軍の影響下にある軍人で、ルメイの同志だった。ドワイト・アイゼンハワー時代の1960年にJCSの議長に就任するが、次のジョン・F・ケネディ大統領とは対立、再任が拒否されている。

 ルメイのSACは1954年に600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%を殺すという計画を立てた。1957年に作成された「ドロップショット作戦」では300発の核爆弾をソ連の100都市に落とすることになっていた。

 その頃、アメリカではICBMの準備が進んでいて、​レムニッツァーやルメイを含む好戦派は1963年後半までにソ連を先制核攻撃しようと考える​。まだソ連がICBMの準備ができていない時点で攻撃したかったのだ。その作戦の障害になっていたジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。ケネディを暗殺したのはソ連、あるいはキューバだとする話が流された意味はそこにある。

 こうしたアメリカの計画はソ連の核能力が高まったことで不可能になるのだが、ソ連の消滅でアメリカの核攻撃に報復できる国はなくなったと考える人がアメリカの支配層に増えた。​そうした雰囲気を示す論文が「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されている​。アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張しているのだ。

 南オセチア、シリア、ウクライナでの戦闘でロシア軍の強さが明確になり、 アメリカ/NATO軍は太刀打ちできないことがはっきりしたのだが、世界制覇を夢見るアメリカの好戦派は「神風が吹く」と今でも信じているようだ。

 中国との戦争で最前線になるであろう与那国島と石垣島を訪問したエマニュエルは好戦派であると同時に、筋金入りのシオニストでもある。彼の父親、ベンジャミンはエルサレム生まれで、シオニスト系テロ組織のイルグンのメンバーだった。
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