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「弱きをくじいて強者を助ける」のが中国のヒーロー

1:777 :

2022/10/15 (Sat) 05:02:19

「弱きをくじいて強者を助ける」のが中国のヒーロー

2022年10月14日
中国人の対ロシア感情

侵攻直後はロシアを応援していたが、ロシアが弱いと分かると手の平を返した


侵攻直後はロシア頑張れ一色

かつて中国はロシアを師と仰ぎながらコンプレックスを抱き、ソ連と東側盟主の座を争ったり対立したりしてきました

毛沢東はソビエト共産党北京支部から党員キャリアをスタートさせ、中国共産党を中華人民共和国にしソ連を越えようとしました

毛沢東はソ連越えの目標を果たせなかったがズボンを履かなくとも核を作ると言って核武装し国連常任理事国にもなった

1991年にソ連が崩壊するのと同時に中国は全盛期を迎え経済規模でロシアを越え、軍事力でもロシア越えを果たした

中国とロシアはこのような関係でロシアは中国を軽視していたが、中国にとってソ連やロシアを越えるのが悲願でした

そんな中で2022年2月にロシアはウクライナに侵攻したが、中国もまさに台湾に侵攻予告をしていました


中ロが先を争ってロシアが先にウクライナ侵攻したのかは定かでないが、侵攻後に中国ネットは「ロシア頑張れ」「ウクライナを倒せ」の声援一色になりました

実際には人々はネット上で過激な言葉で戦争を煽ったので中国当局がウクライナ関連の投稿を規制したほどでした

だがロシア軍はキエフ占領に失敗し、6月7月は盛り返したものの8月からまた惨敗で今度は盛り返せそうもありません


こうなると中国人は手のひらを返し「ロシアは弱いアヒル」だと陰口を叩いて見下すようになりました

これが中国人の真骨頂で彼らは強者が大好きで弱者が嫌い、「弱きをくじいて強者を助ける」のが中国のヒーローです

ウクライナ侵攻当初から中国がロシアに兵器を支援したり、中国軍が義友軍として参加するのではないかと噂されていましたが、わたしは無いだろうと思っていました

中国は弱い仲間を助けない

ロシアが連戦連勝し確実に勝ちそうだとなったら中国は支援しますが、負けそうな友人を助けるほど中国はお人好しではないからです

韓国には「落ちた犬は叩け」という諺があるそうですが中国も同様で、強い者は助けるが弱者を助けたりしません

困っている仲間を助ける義侠心は三国志の中だけで現代の中国にはありません


ロシアは今後もウクライナで苦戦するでしょうがもしロシアに民主化革命が起きて民主政権が誕生すると中国には困った事になります

北の国境で民主ロシアが誕生すると共産中国と敵対するからで、そうならないように中国は最低限ロシアを助けます

中ロ国境にNATOの軍隊が駐留しては困るからで、間違ってもロシアを助ける義侠心からではありません


このままウクライナが勝ち続けてロシア国内に侵攻したり、ロシアに民主派武装勢力が内戦を始めたら中国軍が介入するおそれが出てくるでしょう

ロシアがどんな形にせよウクライナに破れると中国を始めとする独裁国家や共産陣営にとって弱体化になります

欧州に民主国家が誕生して以来「民主国家と独裁国家の戦いは民主国家が勝つ」という法則があり、例外はあるものの圧倒的に民主国家の勝率は高い


中国とロシアは例外のように振る舞って来ましたが、やはり民主国家が戦争に強い法則が証明されます
https://www.thutmosev.com/archives/89200946.html#more
2:777 :

2022/10/15 (Sat) 05:05:18

コーカソイドが作った黄河文明は長所は一つも無いが戦争だけは強かった
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14013836

コーカソイドだった黄河文明人が他民族の女をレイプしまくって生まれた子供の子孫が漢民族
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008392

中国マフィアと関わるとこういう目に遭う
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14038441

対外戦争で勝った事が一度も無い中国とロシアはこういう手口で領土を乗っ取る
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14018754

中国からスリランカへの融資は最初から破綻させて国を乗っ取る目的だった
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14022340

ウイグル人の生証言ー中共の人類史上最も非道な政策
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14040584

【河添恵子】酷すぎる...中国人の民度とモラルの低さには驚きました
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008379

宮脇淳子 皇帝たちの中国史・日韓近現代史 - YouTube 動画
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008388

中国は共産主義国ではなく古来からの皇帝が支配する儒教国家
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008459

妙佛 DEEP MAX - YouTube 動画
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008391

3:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/18 (Wed) 13:42:23

前漢の高祖・劉邦の知られざる残虐性  「国家の私物化」と「恐怖の政治粛清」
2023年01月11日
石平(評論家/拓殖大学客員教授)
https://shuchi.php.co.jp/voice/detail/6559


<<評論家の石平(せき・へい)氏は、近著

『中国をつくった12人の悪党たち』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4569843476/ref=as_li_qf_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=phpdigital-22&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=4569843476&linkId=3dae828059d3bad8b8f1495de35ab558

でこう述べている。

「腹の黒い悪党ほど権力を握って天下を取るのは中国史上の鉄則であって、中国の歴史と中国という国のかたちはこのようにしてつくられていった。中国をつくったのはまさに悪党たちなのだ。中国の歴史も、中国という国のかたちも、まさにそれらの悪党によってつくられているのである。このような伝統は、現代になっても生きている。」

英雄譚、美談に彩られた中国史上の有名人の本質に迫った同書より、本稿では前漢の初代皇帝である劉邦について触れた一節を紹介する。>>

※本稿は石平著『中国をつくった12人の悪党たち』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。


己の身を守るためにわが子を見殺しにする劉邦の卑劣
最後の勝者となったのは、一方の劉邦である。彼は秦帝国との戦いでは振るわなかったものの、項羽との天下争奪戦においては、まさにその無頼漢としての本領を思う存分発揮して、権謀策略や汚い手の限りを尽くしてその天下取りを果たした。

項羽軍との戦争中、己の生き残りを図るために手段を選ばないという劉邦の冷酷さと卑劣さを語るエピソードが一つある。

劉邦軍は一度、項羽のつくった西楚国の首都である彭城(ぼうじよう)
に攻め込んだことがある。項羽の率いる主力部隊の留守を狙った奇襲だったのだが、戻ってきた項羽軍が一挙に反撃すると、劉邦軍はたちまち雪崩を打って彭城から敗走した。

全軍敗退のなかで誰よりも早く逃げ出したのは、ほかならぬ総大将の劉邦である。彼は息子と娘の二人を引きつれて馬車の一台に乗って一目散に逃走していた。その後をすぐ、項羽軍の騎兵が追ってきたのである。

そのときのことである。馬車の乗せる「荷物」の量を減らして馬を少しでも速く走らせるために、劉邦はなんと、わが子二人をいきなり車から落としたのである。

それを不憫に思った馭者(ぎょしゃ)の夏侯嬰(かこうえい)が飛び降りて拾い上げると、劉邦はふたたび突き落とした。このようなことが三度も繰り返されたと、『史記』が記している。



「悪いやつほど天下を取れる」中国史の起源
この人はいったい、どういう人間性をもっているのだろうか。

劉邦のもとに集まってきた武人や策士たちも、じつは彼と同類の人間が多い。策士の一人である陳平(ちんぺい)という者が親分の劉邦に対して、項羽軍と比較して「わが陣営の特徴」について語るときにこう述べたことがある。

「大王(劉邦)の場合、傲岸不遜なお振る舞いが多く、廉節(れんせつ)
の士は集まりませんが、気前よく爵位や封邑(ほうゆう)をお与えになりますので、変わり者で利につられやすく恥知らずの連中が多く集まっております」

いってみれば、自分の生き残りのためにわが子の命を犠牲にするのに何の躊躇いも感じない劉邦という「人間失格」の無頼漢のもとに、「利につられやすく恥知らずの連中」が集まってできあがったのが、すなわち劉邦の率いる人間集団の性格である。

そして、結果的にはやはり、この「恥知らず」の人間集団が、あの豪快勇敢にして気位(きぐらい)の高い英雄の項羽を打ち負かして天下を手に入れた。

歴史によくあるような無念にして理不尽な結末であるが、いわば「悪いやつほど天下を取れる」という中国史の法則がここから始まったのである。

このような法則が生きているなか、項羽のような貴族的英雄気質と高貴なる人間精神の持ち主は往々にして歴史の闇のなかに葬り去られて、劉邦のごとき卑劣にして狡猾な無頼たちが表舞台を占領して跳梁(ちょうりょう)することが多くなってくる。

その結果、中国史が下っていくにしたがって、項羽流の人間精神は徐々に死滅していき、劉邦のような「嫌なやつ」たちがますます繁殖していく勢いとなっているのである


国家の私物化が特徴の中国流「家産制国家」の原点

劉邦が項羽に勝つという結末は、じつは中国の歴史におけるもう一つの大いなる分岐点ともなった。

周王朝の成立から秦帝国が天下統一を果たすまでの約800年間、中国の政治制度は概して封建制であった。つまり、王様のもとで多くの諸侯が「封
土(ほうど)」という各自の領地を自律的に治めるという政治システムで、日本の江戸時代の幕藩体制とも類似している。

その場合、権力の分散による「天下の共有」が封建制の基本理念となっている。

この封建制の伝統を打破して中国史上最初の中央集権的専制帝国をつくったのは秦朝であるが、建国してわずか十数年後、まさに項羽や劉邦たちの反乱によってそれが潰れた。

そうすると、ポスト秦朝の国づくりに向けて、秦朝以前の封建制に戻るのか、それとも秦のつくった中央集権制を継承するのか、それは当然、中国史にとっての重要な選択となったのである。

秦帝国の潰れた後、一時的に最大の勢力となって天下平定の主導権を握った項羽は、いかにも楚の国の貴族の末裔らしく、確実に封建制の再建を目指した。

彼は楚の懐王を天下の王様として擁し、秦朝を倒すのに功のあった武将や旧諸侯を対象に十八の諸侯を封じてそれぞれに領地を与えた。自らは楚の国の旧領を中心とする土地を領地として「西楚の覇王」と号し、日本でいう「征夷大将軍」のような立場に立とうとしていたのである。

そのとき、劉邦は漢王に封じられて、現在の陝西(せんせい)省にある漢中地方を封土として与えられた。

彼はやがて「西楚の覇王」項羽に反旗を翻すことになるが、もしその後の漢王劉邦の反乱と勝利がなければ、項羽の目指した封建制の再建は成功できたかもしれない。もちろん、それからの中国史も、まったく違った方向へと向かったであろう。

しかし、最後の勝利を勝ち取ったのは漢王の劉邦である。そして、彼はむしろ秦の始皇帝流の専制的中央集権制の骨格を継承し漢帝国を建てた。漢王はそのまま、漢帝国の初代皇帝となったのである。

『中国をつくった12人の悪党たち』で、劉邦が皇帝となってから、父親の「太公」に対して、「昔親父は、よく俺のことを家業も治めない無頼だと馬鹿にしていたなあ」と文句をいったことを記述したが、じつは太公はあのとき、家業を興すのに日夜励んでいる劉邦の兄との比較において三男坊の劉邦の無頼漢ぶりを叱ったわけだった。

そして今度は皇帝となった劉邦は、父親に対する意趣返しのつもりで、上述の文句の続きにこういったという。

「ところで、いまの私の成し遂げた家業は、兄と比べればどちらのほうが多いのか」

つまりこの無頼漢上がりの皇帝は、天下国家というものを、まったく自分とその一族の「資産」のようなものとして認識しているのである。

蘇秦や李斯や趙高の場合もそうであるが、どうやら天下国家を自分たちの「私物」だと見なすところに、中国史上の謀略家たちの最大の共通点があ
る。

そして、劉邦が家族の内輪で語った上述の本音剝き出しの一言はまた、彼が秦の専制制度を継承してつくった漢帝国の国家体制の本質をズバリといい得た名セリフといえよう。

要するに、皇帝とその一族による国家の私物化を特徴とする「家産制国家」がここにあるのである。


長い伝統となる「恐怖の政治粛清」
国家そのものを私物化した劉氏一族の独占的利権を守るために、劉邦は皇帝になった後に、もう一つ大きな仕事を成し遂げた。それはすなわち、かつての功臣たちに対する血塗れの大粛清である。

皇帝即位後の紀元前202年から前195年までの短いあいだに、彼は漢帝国の樹立に功績があった韓信、彭越、英布(えいふ)などを、騙し討ちや噓の罪名を被らせるなどの汚い手段を使って、次々と殺していった。

そのなかで、三族まで処刑された韓信の場合もあれば、惨殺後の屍が塩辛にされた彭越の場合もあるという。

劉邦ならではの卑劣さと残虐性がここにも現れているのだが、天下取りの戦いにおいて彼のもとに集まってきた「恥知らず」の人間たちは、今度は一番恥知らずの親分である劉邦の謀略にしてやられたわけである。

こうして基盤を固め得た漢帝国は、その後もまさに劉邦流の「国家理念」と政治手法をもって天下を治め、前漢・後漢を合わせた四百年間にもわたって中国大陸を支配した。そのなかで、皇帝を中心とする家産制国家と専制独裁の政治体制が完全に定着させられた。

漢代以後の歴代王朝も当然、 国家の私物化と独裁政治の強化を図るのに余念がなく、そのために恐怖の政治粛清を断行することもしばしばあった。無頼漢皇帝劉邦の残した「国家の私物化」と「恐怖の政治粛清」という二つの遺産は、そのまま中国の長い歴史の悪しき伝統となったわけである。

https://shuchi.php.co.jp/voice/detail/6559?p=2
4:777 :

2023/10/03 (Tue) 17:47:15

【三国志】中国大陸はなぜ3つに分かれた? 激動の古代中国史を徹底解説!
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14150173
5:777 :

2023/10/03 (Tue) 18:29:48

【項羽と劉邦】 キングダム後の世界をわかりやすく解説!〜秦の滅亡はなぜ起こったのか〜
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14150170
6:777 :

2023/10/03 (Tue) 19:15:21


【春秋戦国時代】キングダムの舞台をわかりやすく解説!〜秦の始皇帝誕生まで〜
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