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ジャニーズ帝国の王「ジャニー喜多川」の肖像

1:777 :

2022/10/01 (Sat) 19:31:22

「君たちに素晴らしいものを観せてあげよう」父親は真言宗の僧侶、朝鮮戦争に出征したことも…ジャニーズ帝国の王「ジャニー喜多川」の肖像
『芸能界誕生』 #2
戸部田 誠
https://bunshun.jp/articles/-/57830



 2019年に逝去するも、いまだ存在感が色褪せないジャニー喜多川氏。日本の芸能史を塗り替えたと言っても過言ではない「ジャニーズ帝国の祖」は、どんな人生を歩んだのか?

 ライターの戸部田誠氏の新刊『芸能界誕生』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)


◆◆◆


ジャニー喜多川登場
「将来はミュージカルをやりたい」

 ロカビリーブームが下火になっていくと、「いい歳していつまでもロカビリーじゃないだろう」というムードもあって、ロカビリアンたちは決まり文句のようにそんな話を楽屋でしていたという(※1)。ムッシュはそれを「一種の免罪符」で言い訳のように感じ白んじて聞いていた。


 しかし、本気で若い日本人男性たちのミュージカルをやりたいと夢見ていた人物がいた。ジャニー喜多川である。

 ジャニーさんは、五反田の曲直瀬家でパーティーをしたときにビンゴゲームの賞品とかを用意してくれたり、いろいろ手伝ってくれていたんですよ。パーティーには、マナセプロの人たちだけじゃなくて渡辺プロの人たちもいたから、そこからジャニーさんは渡辺プロの人たちと知り合ったんだと思います。でも、ジャニーさんはすごくシャイでしたね。パーティーが行われているところで一緒になってしゃべるタイプではなくて、裏にダイニングキッチンがあって、そこにずっといた。だから私とは気が合って、キッチンでふたりで座って、ああだよね、こうだよねっていろんな話をしました。ステキな人でしたね。(曲直瀬道枝)

 ジャニー喜多川は1962年にジャニーズ事務所を立ち上げたが、そうした関係もあって、当初は渡辺プロの系列会社としてのスタートだった。

 ジャニー喜多川は、1931年にロサンゼルスで生まれた。父は真言宗の僧侶であった喜多川諦道。ロスの「リトルトーキョー」の一角にある米国高野山大師教会の三代目主監である。諦道は寺院にステージを作るなど、型破りな僧侶だったという(※2)。

『週刊文春』(2010年12月30日・2011年1月6日号)の取材によると、1896年に生まれた彼は8歳で出家し、1924年に渡米。のちに大阪から妻・栄子も渡米。1927年に姉のメリー(泰子)、その下に長男・真一、そして末っ子のジャニー(擴)が生まれた。

 3人姉弟は、それぞれ泰子、マー坊、ヒー坊と呼ばれていた。1933年、一家は帰国し大阪に居を構えた。しばらくして母が亡くなると、メリーが母親代わりのようになり、弟たちの面倒を見るようになった。戦時中は父の元を離れ、姉弟3人は和歌山で親戚筋にあたる大谷貴義の家に身を寄せた。児玉誉士夫と並び「戦後最大級のフィクサー」と称される人物だ。

 メリーは、17歳の頃大阪松竹歌劇団(OSK)に参加。ジャニーズのデビューにも大きくかかわることになる、のちの名和プロダクションの社長・名和純子とはこの時、知り合った。彼女もOSKにおり、近くで飲食店も営んでいた。そこによく姉弟はやってきたという。

 メリーは京マチ子のような普通では後輩が近づけない大御所にも臆せず、「おはようございまーす」と部屋に入っていき掃除をしていた。だから、先輩たちに可愛がられたという。京マチ子が主演した1956年製作のアメリカ映画『八月十五夜の茶屋』の撮影では付き人のように付きっ切りで世話をした。名和は彼女を「人間関係を築く天才」と称している(※2)。

 戦後、OSKは占領軍のキャンプ回りをしていたが、メリーは得意の英語を駆使して司会をしていた。森光子と出会ったのも、この頃だという。



 しかし1949年、3人姉弟は再びアメリカへ渡る。彼らはアメリカ人の日常生活の手伝いをするような仕事をしながら生活費を稼ぎ、学校に通って勉学にも励んでいた。

 そんな中、ジャニーに転機が訪れる。1950年頃になると、日本から美空ひばりを筆頭に笠置シヅ子、古賀政男、服部良一らが続々とやってきたのだ。彼らの目的は表向き「日米親善のため」というものだったが、実際には「少しでも多くの外貨を獲得できたら」というGHQの配慮によるものだったという(※15)。

 ロスでは、諦道が作った高野山寺院のステージで公演が行われた。その際に彼らをアテンドする役割を担ったのがジャニーだった。これがジャニーにとってショービジネスとの最初の接点となった。多くの芸能人が予算ギリギリで渡米してくるという事情を知ったジャニーは、あるアイデアを思いつく。ロス在住の親戚のカメラマンに頼み、渡米してきた芸能人のポートレイトを撮影し、それを観客に売ったのだ。その売り上げはすべて芸能人本人に渡した。それで随分感謝されたという(※4)。

朝鮮戦争に出征したことも
 だが、2年後の1952年、さらなる転機が訪れる。米国籍を持つジャニーは朝鮮戦争に徴兵され1年2か月にわたり戦地に赴き、除隊後は日本に戻りアメリカ大使館で勤務することになった(※4)。米軍宿舎だった代々木の「ワシントンハイツ」に住み、そこにあった広大なグラウンドに近所の少年たちを集めて、一緒に野球で遊ぶようになった。

 ジャニーの野球との関わりも父・諦道に由来する。彼は1946年に創設された大阪のプロ野球チーム「ゴールドスター」の創設メンバーでマネージャーを務めていたのだ。ジャニーのもとに集まった少年たちは、仲間内でふざけて「オール・エラーズ」だとか「オール・ヘターズ」などというチーム名をつけていたが、父のコネで呼んだ中日ドラゴンズの森徹や国鉄スワローズの徳武定祐といった名選手のコーチを受けてメキメキと上達。ユニフォームを作る際、チーム名として少年たちが提案したのが、「ジャニーズ」だったのだ(※5)。

 ジャニーの活動は、やがて少年たちによる野球大会が開かれるほどまで拡大していった。その大会には当時、国民的ヒーローになっていたプロレスラーの力道山も応援に訪れた。日に日に代々木のグラウンドに集合する少年たちの数は急増していった。


 力道山が応援に訪れたのは、彼とメリーが懇意にしていたからだ。この頃、メリーは四谷三丁目で「スポット」というカウンターバーを営んでおり、力道山はそこの常連だった。ジャニーが米軍から仕入れてくるウイスキーやバーボン、メリーのアメリカ料理が評判になり、力道山だけでなく、芸能関係者、財界人なども足繁く通い、メリーは人脈を広げていった。ちなみに夫となる東京新聞記者の藤島泰輔とメリーが出会ったのもこのバー。渡辺プロ新卒1期生の工藤英博も「スポット」時代のメリーを知るひとりだ。

 渡辺プロから帰る途中にあったので、最初は誰かに誘われて行ったのか覚えてないんですけど、何回か行きましたね。そうしたら、「工藤さん、山形からおいしい漬物を昨日もらったんだけれども、これを美佐さんに渡してあげて」って包んでくれたりしたのはよく覚えてますね。(工藤英博)


ウエスト・サイド・ストーリー
「君たちに素晴らしいものを観せてあげよう」

 1962年1月、ジャニーは、野球で集まった少年たちの中から光るものを感じた4人を連れて有楽町の映画館・丸の内ピカデリーにやってきた。ブロードウェイを沸かせたミュージカルを映画化した『ウエスト・サイド・ストーリー』を観せるためだ。ジャニーと4人はスクリーンに釘付けとなり心を躍らせた。

「こいつはゼッタイなんだ。ゼッタイにすごい!(※5)」

 ジャニーは確信した。自分は、この横に座っている4人の少年たちを中心にしてミュージカルを作るのだと。その4人こそ同じ代々木中学に通う真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、そしてあおい輝彦。彼らがアイドルグループ「ジャニーズ」のメンバーとなるのだ。


 この年の春、ジャニーは有名無名の少年タレントたちを集めて、ミュージカルの勉強グループを作った。もちろん4人も一緒だ。さらに、ジャニーは旧知の名和プロダクション・名和純子が「新芸能学院」をやっていると聞きつけ、彼らを預けることにした。名和プロは2階建ての木造住宅で、1階が30畳ほどの稽古場になっていた。

 少年たちは学校が終わると池袋の稽古場へ毎日駆けつけ、ジャニーはアメリカのチョコレートなどのお菓子、缶詰、飲み物など、子供たちが喜びそうなものを愛車の白いクライスラーに積んで稽古場に姿を現したという(※6)。

 ジャニーは後年、4人の姿を見たときのことをこう振り返っている。

「何か凄いことが可能になる気がしたんだ(※4)」

※1:ムッシュかまやつ『ムッシュ!』(文春文庫)

※2:『週刊文春』「ジャニーズ『アイドル帝国』を築いた男(後編)」(2011年1月13日号)

※3:『潮』「進駐軍への芸能慰安──原節子らに何が起こったのか」(1981年9月号)

※4:小菅宏『「ジャニー喜多川」の戦略と戦術』(講談社)

※5:『ミュージック・ライフ』「ジャニーズの若い涙」(1964年12月号)

※6:『現代ビジネス』「ジャニーズ事務所はなぜSMAPを潰したのか」(2016年10月7日)

2:777 :

2022/10/01 (Sat) 19:36:10

ジャニー喜多川は、CIA工作員だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/521.html
3:777 :

2022/10/01 (Sat) 19:37:20

牧野田 彩(AYA)が AV に出演させられた理由とは
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/190.html

中森明菜の実家は肉屋(部落民)、だから、自殺未遂までした。
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/143.html

中森明菜 名唱集
http://www.asyura2.com/21/reki7/msg/789.html

4:777 :

2022/11/11 (Fri) 12:31:28

【ゆっくり解説】ジャニーズ崩壊の真相判明!?タレントが辞めていく本当の理由がヤバすぎた!
2022/11/10
https://www.youtube.com/watch?v=GjOInNwcqhg

本日はジャニーズオワコンについて解説していきます。
今や見る影もない…。
5:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/18 (Thu) 12:51:16

ジャニー喜多川の性的嗜好問題の底しれぬ恐ろしさ
2023年05月18日
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12803500822.html

 すでに30年以上前から告発が続いていたジャニー喜多川による性被害問題が、死後4年になって、やっと日の下に晒されることになった。
 私も4年前、死の直後に告発ブログ記事を書いているが、誰からも、一切関心を持たれることはなかった。これは、とてつもなく恐ろしいことなのだ。

 ジャニー喜多川氏の性加害問題…30年以上告発してきた元Jr.が推測した衝撃の被害者数 2023/05/17
 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/323082

 ジャニー喜多川とは?
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D

 ジャニーは、米軍CIAが派遣し、戦後日本の芸能界を通じて、若者たちの思考を支配する目的で君臨した最大のフィクサーであった。ただの芸能事務所実力者ではない。CIAによる日本世論操作の仕掛け人だった。
 いわば、戦後、日本人に対する非常に強力な洗脳統制者だったのだ。

 私が4年前に書いたブログの再掲(リンク切れ)
 ジャニー喜多川の死  : ベトナム人被曝移民問題 2019年07月10日
 http://hirukawamura.livedoor.blog/archives/5827895.html

 7月10日朝のテレ朝モーニングショーは、87歳独身のまま亡くなったジャニー喜多川について、高く賛美する姿勢で長時間の報道を行った。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190709-00000382-oric-ent

 だが、私はジャニー喜多川と聞けば、北公次の暴露本が頭をよぎる。
 内容は凄すぎて、ここで紹介するのは気が引けるので自分の目で読んでいただきたい。
 現在、これと同じことが刑事告発を受ければ、ジャニーは懲役5年程度の実刑判決を受ける可能性がある。
 https://himajin-ibunroku.com/2019/07/10/%E3%80%90%E5%85%89genji%E3%81%B8%E3%81%AE%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%80%91%E5%8C%97%E5%85%AC%E6%AC%A1%E3%81%8C%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E5%96%9C%E5%A4%9A%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%B0%91%E5%B9%B4/

https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3

 北は2012年、62歳のとき肝臓癌で死亡したことになっている。しかし、私には、以前、ジャニー喜多川の本当の素性を調べたことがあり、素直に頷けないものがある。
 ジャニーは、CIA工作員だった。
 http://www.thutmosev.com/archives/52688814.html

 美空ひばり米国公演のマネジメントを行った縁で、日本芸能界に進出したジャニーは、1952年に再来日。
 米大使館に陸軍犯罪捜査局 (USACIDC, CID) の情報員として勤務。アメリカ軍関係の仕事の一環として、当時勃発していた朝鮮戦争による戦災孤児に英語を教授するために、日本でわずか11ヶ月で朝鮮語を習得し、すぐ米軍側の板門店に出向き、1年2ヶ月間に渡って子供たちに英語を教授した。

 除隊後、再来日後はアメリカ合衆国大使館軍事顧問団に勤務。その傍ら上智大学国際部に進学し、上智大学を卒業。大学在学中の1955年、バンドを結成し芸能界へ参入した。以降は日本に永住している。

 この間、本国CIAの指示によって、日本の芸能界における左傾化を阻止する指令を与えられ、左寄りと目された歌手や俳優などを排除する活動を行ったとの記録が、以前ネット上にあったのだが、今はどこを探しても出てこない。
 これは実に面白かったが、消されてしまった今、ダウンロードしなかったことが悔やまれる。

 不確かな記憶だが、岡林信康・高田亘などの反戦フォーク運動を先鋭化させないための工作が依頼され、ダイレクトに差別を批判したり、侵略戦争や軍備増強、アメリカ盲従を批判する歌詞の歌を排除し、代わりに、あたりさわりのないイルカや南こうせつらの恋愛歌にすり替えていったと書かれていた。
 これを読んで、当時の記憶を思い出すと「そうだったのか!」と合点がいった。

 アメリカでは、1950年代前半からはじまったマッカーシー旋風による赤狩り思想が、ハリウッドをはじめ、全米に生々しく残っていた時代なので、「世界の共産主義(ときに民主主義)を排除する」という思想がもてはやされ、米本土のみならず、世界中のアメリカ支配地域で、メディアや芸能活動に至るまで「レッドパージ」の嵐が吹き荒れ続けていた。
 ベトナム戦争も、ニクソンによる北爆は、こうした当時の強迫観念と無関係ではない。

 そんななかで、ジャニーはCIA工作員としての実力を評価され、日米の芸能界に大きな人脈と利権を築き上げ、芸能界の隠れた巨人としての地位を確立していった。
 日本で、1960年代後半から1970年代後半くらいまで、たくさんの優れた独立シンガーソングライターを輩出しながら、80年代に入ると、個人的な実力を前面に出した歌手は、メディア界から排除され、ジャニーやナベプロのような大手芸能プロダクションを背景にしなければ活動できないようになった事情は、CIAの赤狩り指令によるものと考えて間違いないだろう。

 ジョーンバエズ・岡林信康・高田亘・高石知也ら「社会派」と呼ばれたシンガーソングライターたちは、80年くらいには、メディアが一切取り上げない事情によって、人々から忘れ去られていった。
 中島みゆき・八神純子・井上陽水・フォークルらも、芸能プロに背を向けた姿勢から、日本での活動が制限され、結局、海外脱出を図ったり、独立プロの小さな興業にしか活路を見いだせなくなった。
 メディアの中心に位置するテレビ界が、組織に頼らない個人的能力のシンガーを嫌ったからである。逆に言えば、メディアが喜んで取り上げた歌手たちには、CIAから特別の使命が託されていたと考えるべきだろう。

 80年代に入ると、芸能界は、ナベプロやジャニー事務所など大手芸能事務所による寡占状態になり、独立系のシンガーソングライターや社会派は、まったく登場しなくなった。
 我々から見ていても、何もかも演出された商売であり、ホンモノの魅力は失われ、テレビ芸能そのものの魅力が薄れ、社会の思想的リーダーたちからも相手にされなくなった。テレビ芸能には、社会的メッセージ性などどこにもない。

 唯一、アリスだけが「遠くに汽笛を聴きながら」など、社会的なメッセージ性を備えた曲を公表し、かつ情緒的な魅力を示したが、松山千春も陽水も、テレビ界を拒絶し、ローカルコンサートだけに活路を求めるしかなくなった。
 「個性」という魅力が排除され「組織の力」ばかりが表に出てきて、男女ともジャニーズや、ナントカ46などのグループ活動が主体に変わっていった。
 「部品が壊れたら、いつでも取り替え可能」が売りになった組織である。

 今朝の、ジャニー喜多川の、長時間にわたる賛美報道を見ていて、かつてのテレ朝、安倍信者、極右といわれる早川CEOが実権を握る前のテレ朝だったなら、あんな報道姿勢だっただろうかと暗い気持ちになった。
 玉川徹も、ジャニー持ち上げに迎合し、影の歴史について一切触れなかった。
 北公次によるジャニー喜多川への告発は、これで終わってしまったのだろうか?
 以下省略
**********************************
 引用以上

 このブログの核心部というべきリンク先だが、あまりに醜悪な内容だったので、ダイレクトな転載を控えてリンクアドレスだけ書いたのだが、なぜリンクが切れているのかというと、著作権法という記載があった。
 暇人異聞録.com
 というサイトは永遠にこの世から消されてしまっている。たぶんジャニー事務所か、CIA機関が手を回したのだと思う。
 衝撃的な内容なので転載コピーがあるはずと考え探したのだが、とうとう発見できなかった。それほど世に知られては困る内容だったのだ。

 問題の焦点は、ジャニーの凄まじい悪行が詳細に暴露されていたにもかかわらず、日本のすべてのメディア、マスコミが完全無視を決め込んで、死後4年も経て、やっと正義漢ぶって報道したことだ。
 またジャニーによって育てられた大物である東山紀之は、テレ朝サンデーライブの司会者だが、ジャニーの死について、通り一遍の賛辞を述べ、哀悼を示してみせたが、もちろん批判など一切しなかった。というより、できなかったのだろう。
 
 ジャニーの最初の大成果であり、同時に最大の被害者だったフォーリーブスの北公次は、もしかしたら他殺か自殺の可能性もある不可解さがつきまとっている。
 他のメンバーも、北公次に同調したことで芸能界から事実上追放されてしまった。
 ジャニー事務所の芸能界に対する権力の大きさがわかるエピソードだ。

 ジャニー問題を追求すると、戦後CIAによる芸能支配と青少年の思想コントロールが鮮明に浮かび上がってくる。
 1970年前後のフォークソング全盛期を領導した岡林信康や高田渡、加川良の「反体制フォーク歌手」らが突然表舞台から姿を消したのが、1973年頃ではなかっただろうか?
 代わって登場してきたのが、反戦色を消したイルカや南こうせつであり、右傾化したのが、吉田拓郎や泉谷しげる、ノンポリを貫いたのが井上陽水や松任谷由実らだ。

 反体制・反戦派のフォーク歌手たちは、以来、すべての芸能表舞台から姿を消した。芸能は、非政治色の恋愛や日常の問題しか扱わなくなった。
 そして、日本の若者たちが反体制思想に触れる機会が失われ、急速な右傾化が進み、そこに1980年代のゲーム社会が出現したのだ。

 さらに、麻生太郎が、ドワンゴのような右傾メディアを設立し、秋葉原のオタク文化に迎合した保守的な思想の若者たちを大量に生産しはじめた。
 まさに、統一教会=日本会議の意図した若者たちの洗脳社会がやってきた。
 これは、CIAによって計画された日本人の思想統制以外のものではなく、ジャニー喜多川は、その旗手でもあった。

 それは現在もなお進化していて、NHK・テレ朝・フジなど放送メディアの大半が、自民党保守系の経営陣によって占められるようになり、MCも羽鳥慎一や恵俊彰、立川志らくなど、自民党支持層の日本会議推薦者しか登場できなくなった。
 例外的に、玉川徹らがいるが、わずかな失言を理由に、絶えずメディア界追放の危機にさらされ続けている。

 今や、日本社会から、岡林信康や加川良のような体制に疑問を呈するようなインフルエンサーは皆無になってしまったかのように見える。
 今や青木理や古館一郎まで、若者たちから「左翼=アカ」と呼ばれるようになっていて、玉川徹と同じように追放排除の危機にさらされ続けている。

 もちろん私のブログも、ツイッターでは「左翼アカ」と決めつけられ、誹謗中傷の的になっている。
 私は、ジャニー喜多川以来のメディア洗脳工作成功例を見て、もしかしたら「日本は終わった」のかもしれないと感じている。
https://ameblo.jp/tokaiama20/entry-12803500822.html
6:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/18 (Thu) 15:45:26


昼夜問わない性奴隷、不気味な注射......合宿所の内部を明かした問題作『Smapへ』
サイゾーウーマン
2010年08月26日
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3



『Smapへ』(鹿砦社)

――芸能界を牛耳る巨大アイドル帝国・ジャニーズ事務所。ジャニー喜多川社長率いる、この帝国からは数々のスターが誕生した。郷ひろみ、近藤真彦、田原俊彦、少年隊、光GENJI、SMAP、そして嵐――。しかし、この帝国の内政が語られることは決してない。鉄のベールに包まれた帝国の光と闇を、数々の ジャニーズ非公式本から探っていく。

 ジャニーズ暴露本の歴史の中で、ジャニー喜多川の変態性をもっとも生々しく描写し、ジャニーズ事務所の異常なタレント育成環境を詳細に綴っているのが、この『Smapへ』(鹿砦社、2005年)である。

 著者の木山将吾氏は、「元・光GENJI」とされている。そんなメンバーいたっけ? と思われるのも無理はない。彼は、ジャニー喜多川の寵愛を受けて光GENJI入りが決まり、ポスター撮りまで済ませていたものの、"ある出来事"をきっかけにデビュー直前にメンバーから外された、幻のメンバーなのである。

 当時、木山氏はジャニー氏一番のお気に入りで、取材陣の前でも膝の上に座らされ、食事もジャニー氏の手で口に運んでもらっていたという。

そして、夜はジャニー氏の欲望の捌け口として濃密過ぎる時間を過ごしていたというのだ。彼は、そんな生活を余儀なくされた15~17歳の2年間を振り返り、「ジャニー喜多川の愛人だった」「性の奴隷だった」と表現している。
 しかし、木山氏の告白は、「愛人」「奴隷」という言葉が生易しく聞こえてしまうほどの、まさに地獄以上の体験に満ちているのだ。

 初めて合宿所を訪ねたその日に、ジャニー氏と一緒に風呂に入らされ、全身をくまなく洗われる"泡風呂の儀式"と、入念なマッサージの洗礼を受けた木山氏。なんかおかしいなと思いながらも、デビューをほのめかすジャニー氏の言葉に酔いしれ、大きな問題としてとらえようとしなかったという。
■「これだけのことに我慢したら、アイドルとして成功しなければ」

 そんな木山氏に、ジャニー氏がその毒牙を剥き出しにして襲い掛かるのに、時間はかからなかったようだ。二回目に合宿所を訪ねると、ジャニー氏は木山氏を後ろから抱きしめ、硬くなった股間を"まるで発情した犬のように"太ももに擦り付けてきたという。そして、そのまま擦りつけ続け、なんと服を着たままズボンの中で果ててしまったというのだ。

 そして三回目に訪ねたときには、ジュニアたちが寝泊りする大部屋で舌技をしかけられ、木山氏はその口に発射してしまうことになる。一回目の"泡風呂の儀式"のときに、「すぐにデビューだよ。

雑誌のインタビューがあるからね」と言っていたジャニー氏は、本当に、その直後に、木山氏をアイドル誌の取材で雑誌デビューさせていたという。
ジャニーさんはそれをゴクリと飲み込んだ。(中略)相手は六十歳の男だった。でも、それが、この合宿所では当然の夜の儀式だった。タレントとしてデビューするための......。
 その後は、どこへ行くにもベッタリで自らが運転する車の中でも、ジャニー氏は助手席の木山氏の体を触りまくり、「キス! キスしてきなさい」とせがんできたという。

 ついに一線を越えてしまうのは、木山氏がテレビに出始めたころ。いつものようにジャニー氏の舌技で、あっさりと一本抜かれてしまったが、その日のジャニー氏はそれで満足することはなく、再び、木山氏の分身に力をみなぎらせると、馬乗りになって自らの中に木山氏の分身をめり込ませ、「ああ~ん、ああ~ん」と嬌声をあげていたというのだ。これを機に、さらにジャニー氏は木山氏を特別視するようになり、さらに濃厚なプレイを強要され、木山氏もそれに従ったという。

こんな不幸がデビューには必要なのか......トシちゃんよ、少年隊よ、忍者よ、男闘呼組よ、みんな本当によく我慢したな......これだけのことに我慢したら、アイドルとしてがんばるしかないだろう。
成功しなければ、自分のプライドを取り戻せない
 そう思いながら、木山氏は陵辱に耐え続け、ついに光GENJIとしてのデビューという夢へのチケットを手に掴んだ。しかし、その夢は、木山氏の手からスルリと零れ落ちることとなってしまう。きっかけは、諸星和己のこんな言葉だったという。

「次は木山くんだから。注射打たれる番」

 ジャニー氏の部屋にはよく分からない薬品と注射器がいつもあり、それが一体、なんの薬なのか知らされることもないまま、デビューが決まったタレントは強制的に、その注射を打たれていたというのだ。

■一体、その注射はなんなのか? 現在のタレントたちも、打たれているのか?

 地獄のようなホモ行為には耐え続けてきた木山氏だったが、「ホルモン剤」とも「覚せい剤」とも噂されていたその不気味な注射を受け入れることはできず、合宿所に行かなくなると、ジャニー氏からのお呼びもかからなくなり、すでに撮影済みだった光GENJIのポスターは、木山氏の写った右端をカットした形で発表され、その存在は"無かったもの"にされたという。

 ほかにも、ジュニアたちを裸にひん剥いて四つん這いにさせて一列に並べ、肛門のアップ写真を撮影し、興奮して肛門に舌を這わすジャニー氏、裏ビデオを合宿所に持ち込み、「見ろ! 女のおま○この醜さを!」と繰り返すジャニー氏、盗聴器を仕掛けたり、トイレをのぞくジャニー氏、タレントの陰毛を集めるジャニー氏......ほかにも、都市伝説でしかなかったジャニー氏の、想像以上の変態性がリアルに描かれているのだ。

 木山氏は、執筆当時に話題になっていたマイケル・ジャクソンの少年への性的虐待事件を引き合いに出しているが、マイケルは昨年6月に非業の死を遂げ、様々に再検証が行われた結果、現在では潔白とされ、その存在のすべてが伝説として語り継がれることとなっている。

 間もなく80歳になるジャニー氏が現役でいられるのも、あと数年だろう。そのとき、彼はどのように語られるのか。

"稀代のアイドルメーカー"として伝説になる前に、 そのすべてをもう一度、しっかりと検証すべきではないだろうか。
『THE SMAP MAGAZINE (マガジンハウスムック)』
闇があってこそ輝くのがアイドルよ
https://www.excite.co.jp/news/article/Cyzowoman_201008_post_2297/?p=3
7:777 :

2023/05/28 (Sun) 11:26:56

ニューハーフ やゲイ用のオナホ
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14099413
8:777 :

2023/09/12 (Tue) 14:50:55

ジャニー喜多川性虐待“隠蔽”事件の「主犯」は大手メディア各社である
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14148704



ジャニー喜多川は、CIA工作員だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/521.html

ジャニーズ帝国の王「ジャニー喜多川」の肖像
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14050592

ジャニーズ崩壊の真相判明!? タレントが辞めていく本当の理由 がヤバすぎた!
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14062635

牧野田 彩(AYA)が AV に出演させられた理由とは
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/190.html

中森明菜の実家は肉屋(部落民)、だから、自殺未遂までした。
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/143.html

中森明菜 名唱集
http://www.asyura2.com/21/reki7/msg/789.html
9:777 :

2023/09/13 (Wed) 14:03:19

ジャニーズの性的虐待事件は日本だけの問題ではない! グローバリストの小児性愛、人身売買、悪魔崇拝についてジェームズ斉藤が解説!
2023.09.13 14:00 文=中村カタブツ君
https://tocana.jp/2023/09/post_256147_entry.html


【連載:某国諜報機関関係者で一切の情報が国家機密扱いのジェームズ斉藤(@JamesSaito33)が斬る! 国際ニュース裏情報】

──日本ではジェームズさんが2年前に暴露していたジャニーズ事務所のペドがやっと問題視されるようになりましたね(笑)。

ジェームズ:ペドは日本だけでなく、世界的に根の深い問題なんですよ。なにしろいまアメリカでも『サウンド・オブ・フリーダム』という子供の人身売買を扱った映画が話題になっていまして、この間、ケネディ・ジュニア(アメリカ民主党の大統領候補の1人)の集会に言った時にも一番話題になっていましたね。「あの映画を見たか!」「やつらに人身売買をやめさせないといけない!」と言ってましたね。

──「やつら」というのはグローバリストたちですね。

ジェームズ:ペドのジェフリー・エプスタインのリストに載っていた人たちですね。バラク・オバマ、ビル・クリントンとかです。ケネディ・ジュニアの支持者たちがなぜこれを問題にしていたのかというとアメリカでは4秒に1人、子供が消えているためです。子供たちは拉致されて売られているといわれています。もともとアメリカは黒人奴隷の国でビジネスに必要な労働力のための人身売買ネットワークが発達しています。そもそもアメリカは黒人奴隷という人身売買により建国され、その後のフロンティア開拓が猛スピードで進んだようなもので、リンカーン大統領の奴隷解放後も、奴隷貿易の流通インフラがそのまま現代の人身売買ネットワークに変わっただけです。つまり、アメリカ経済は人身売買なしでは語ることができないほど、「永遠の奴隷制」で成り立っています。そういう中で、特殊案件としてペド関係のネットワークもあります。どういう顧客かというとさきほど言ったようにエプスタインのケースのようにエリートでペド性癖がある人たちです。エリートにペドが多い理由はサタニズムです。

ジャニーズの性的虐待事件は日本だけの問題ではない! グローバリストの小児性愛、人身売買、悪魔崇拝についてジェームズ斉藤が解説!の画像2
ジェフリー・エプスタインの顧客リスト
──だから、そこなんですよ。ジェームズさんはよくサタニズム、悪魔崇拝と言いますが、日本人には理解しにくいんですよね、悪魔を崇拝するということが。子供を誘拐して性の対象にするとか、生贄にするとか考えられないんですよ。

ジェームズ:日本は一神教の国ではないですからね。欧米の人々は一神教のキリスト教を本気で信じています。もちろん熱心ではない人もいますが、彼らの生活の中にキリスト教が根付いていますから、誰の心にもあることはあるんです。

──無神論者の日本人でも「お天道様が見てる」と言われるとなんとなく襟を正すような感覚ですかね?

ジェームズ:そうです。そういう刷り込みが欧米人にもあるのですが、日本の神道と違うのは一神教はキリスト教を除き、戒律が厳しいんです。十戒が代表的ですよね。ただし、新約聖書では一応旧約聖書のモーゼの十戒を継承していますが、新約を母体とするキリスト教独自の戒律はなく、行動規範を示さないのでさまざまな宗派が生まれているのですが。とはいえ、聖書の中には数々の禁止事項が書かれています。それこそ男色は聖書で禁止されていますが、古代バビロンの頃のユダヤ人は肛門性交ばかりやっていたので神が怒ったんです。それが聖書のソドムとゴモラの記述です。

──あれって肛門性交で神は怒ったんですか!?

ジェームズ:そうです。ほかには子供の生贄があったり、それは全部神の怒りに触れます。

──でも、いまLGBTを世界的に広めようとしている人たちがいますよ。完全に悪魔的ですよね?

ジェームズ:ですから、LGBTがここまで広がるのはサタニズムと連動しているからだと言えるのです。

──そうか。LGBTはサタニズムなんですね。

ジェームズ:聖書で禁止していることをやろうとしているんですから、それはサタニズムです。日本ではそれを理解していない人があまりにも多いんですが(苦笑)。

 基本的にはサタニズムとは神の否定、つまりアンチゴッドで、いまはこれを堂々とやれるほど、サタニズムの影響力が強まっているんです。たとえば、昔のサタニズムはコミュニズムを隠れ蓑にしていました。コミュニズムと言うと宗教性がないように感じますが、コミュニズムは無神論なので神の存在を否定しています。神の存在を否定した時点でアンチゴッドですからバリバリのサタニズムです。ただ、そう認識できた人が多くなかったのです。いまの時代コミュニズムが存在理由を失って、コミュニズムの裏に隠れていたサタニズムがもろに表に出てきました。

──確かに極左の人たちってセックスのことを言い出すのが好きですよね。

ジェームズ:それはなぜかというと性の問題が神への反乱の第一歩だからです。

──ソドムとゴモラを作りたいんだ。

ジェームズ:いえ、ソドムとゴモラ以前の話で、アダムとイブが神に逆らったんです。彼らは禁断の果実を食べました。それはセックスをしてしまったということです。しかも、エデンの園に蛇がいて、イブに禁断の果実を渡す時に「この果実を食べればお前も神になれる」と言ったんです。これこそサタニズムの始まりです。「自分は神である」と思った瞬間にサタニストになります。聖書の最大の矛盾はサタンがいたからこそ、神が存在しているということです。これを正教の解釈に基づけて考えると神というのは人間に対して選択肢を与えていると。神側につくか、悪魔側につくかです。これはドストエフスキーの小説の重要なテーマでもあります。ドストエフスキーは「人間というのは常に誘惑にさらされていて、そこで神を選ぶか、悪魔を選ぶかは個人の選択である」と言っています。

──『罪と罰』とか。

ジェームズ:まさにそうです。主人公のラスコーリニコフという名前にしても、あれは「ラスコーリニキ」というロシア正教会の古儀式派の人たちのことを暗示しています。ラスコーリというのは「破壊」とか「分離」という意味で、当時、正教会を反キリスト的だと言って批判していました。

──あ、そうなんですか? 『罪と罰』って宗教を意識して読むものだったんですね。いまネットで調べてみたら、ラスコーリニコフが殺したお婆さんって「金貸し」だったんですね。ただの金持ちのお婆さんだと思ってました(苦笑)。

ジェームズ:「金貸し」だったということはユダヤ人です。実はドストエフスキーは近代反ユダヤ主義のルーツなのです。ドストエフスキーはゴリゴリの正教ナショナリストで、『カラマーゾフの兄弟』なんかを書いた理由も、ロシアが近い将来ユダヤに乗っ取られるだろうという予感があったからです。その後実際、ロシア革命が起こってロシアはユダヤに乗っ取られました。そして、現在、ドストエフスキーの予言が世界中で当たろうとしています。

──ということは人身売買もユダヤと関係があると。

ジェームズ:当然です。もともとユダヤの古い儀式にあるんです。それは旧約聖書にも載っていて、子供を生贄にする有名な話があります。アブラハムが息子のイサクを神の生贄にしようとした、あの話です。あれが書かれているということは、当時のユダヤでは生贄が普通だったんです。古い風習としてあったんです。これについて20世紀を代表するイギリスの歴史学者のアーノルド・トインビーという人は「ユダヤ人は化石民族だ」と言っています。化石民族の意味は文明が発達する以前の文化をいまの時代に継承しているということです。


──生きてる化石だと。

ジェームズ:子供の生贄の発想はブードゥー教などの原始的な宗教の発想で、それをいまに残しているんです。エジプト文明、ローマ文明など、世界文明は発展の途上で生贄は排除してきたのですが、ユダヤの特殊性はそういう文明から外れていることです。だから、化石民族なんです。前文明時代を継承、特に子供の生贄が重要な文化的ウエイトを占めるようになってしまったのです。

──でも、それを世界的な大企業の社長さんであったり、元大統領がやっているというのがよくわからないんですよね。

ジェームズ:たとえば、彼らは人類の人口は減らすべきだと言っていますよね? しかし、そこには人殺しを肯定する考え、つまり神の啓示である「汝、殺すことなかれ」というモーゼの十戒の教義にモロに逆らっていることになります。神に対する反逆、それってサタニズムですよね?

──サタニズムですね。

ジェームズ:サタニズムというのは実は古代からずっと続いているんです。 そしてペドというのは現在のサタニズムを理解するための重要なテーマであり、現在の世界そのものを裏から動かしていますので今後も折に触れて解説していきましょう。

https://tocana.jp/2023/09/post_256147_entry.html
10:777 :

2023/09/13 (Wed) 14:09:08

【超機密情報】“日本芸能界の闇”と小児性愛、CIA、朝鮮、スパイ…! ジェームズ斉藤が危険情報を暴露!
2021.04.03 12:00 文=ジェームズ斉藤
https://tocana.jp/2021/04/post_204083_entry.html

【連載:某国諜報機関関係者で一切の情報が国家機密扱いのジェームズ斉藤(@JamesSaito33)が斬る! 国際ニュース裏情報】

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ジェームズ 前回の記事

https://tocana.jp/2021/03/post_203874_entry.html

で日本とCIAエージェントの関係を書きましたが、ひとり重要な人を忘れていました。ジャニーズ事務所の創業者ジャニー喜多川氏です。ジャニーズ事務所がなぜあれほど日本でアンタッチャブルだったのか? 多くの日本人が本当のところを理解していないようです。
──ジャニーさんがアンタッチャブルだったのは、 日本のフィクサーとのつながりがあったからじゃないんですか? 昔、『週刊文春』でそんな記事を読んだことがあります。

ジェームズ 児玉誉士夫氏と並ぶ日本のフィクサーとして有名な大谷貴義氏とは親戚関係ですからね。もちろんそれもあります。なにしろ、大谷氏は福田赳夫元首相の金主ともいわれているほどの大物でしたし、三笠宮家とのつながりもありました。しかし、だからといって、それだけであそこまで芸能界を牛耳るのは難しいんじゃないでしょうか? 所属タレントが犯罪を犯したのに「〇〇容疑者」と言わないで、NHKも含めた全メディアが気を遣ったことがあったんですよね?

https://tocana.jp/2021/04/post_204083_entry.html

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