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20億円のストラディバリウスと数百万円の安物ヴァイオリンとで音の差はごく僅か

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2022/07/04 (Mon) 05:15:00

20億円のストラディバリウスと数百万円の安物ヴァイオリンとで音の差はごく僅か


ウィーンフィルの弦楽器は安価な物が多い

ウィーンフィルの弦楽器奏者は、ストラディヴァリやガルネリウスのような数億円、または数千万円もするような楽器を使用しているわけではありません。

ではどんな楽器を使っているのでしょう。

答えは、町の工房で手入れされた高くて数百万円ほどの弦楽器です。


ウィーンフィルの弦楽器ってどんなもの

全員統一の楽器を使用(一部のコンサートマスターを除く)
オトマール・ラング工房でメンテナンスされた楽器を代々引き継いでいる
Joachim Schade や Franz Geissenhof が製作した作品が多い
近年の競売実績でも数百万円ほどのお品とされています

伝説の指揮者とまで呼ばれたフルトヴェングラー氏は、若かりしころ、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の指揮者であった。

当時の彼は、ウィーンフィルの美しい弦楽器の響きに魅了されていた。

そして彼は、その音色を得るために、バイオリンからコントラバスに至るまで、ウィーンフィルと同じ弦楽器を手に、自身の楽団の中で演奏させたところ、音色はくすみ、輪郭のない演奏となり、散々なものであったそうだ。

同じ楽器を使っていても、奏者の技量による音色の違いは、こうも大きなものかと感じる逸話です。
https://tasaka.musicsyrup.net/orchestra-vienna-cheap-violin-good/


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【ゆっくり解説】ストラディバリウスについて語るぜ【完璧主義者による完璧主義者のための完璧な楽器】 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s9dE5l1kaB4

ストラディバリウス - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9


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ストラディバリウス負けた!聴衆は現代製に軍配
読売新聞 2017/5/9

 【ワシントン=三井誠】数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディバリウス」と、現代のバイオリンの演奏を聴衆に聞かせると、聴衆は現代のバイオリンの方を好むとする実験結果を、仏パリ大などの研究チームがまとめた。

 論文が近く、米科学アカデミー紀要に掲載される。

 このチームは5年前、ストラディバリウスと現代の楽器を弾いた演奏家でも、音の評価に大きな差がなかったとする研究を同紀要で発表している。チームは今回の研究で「バイオリンの作製技術が上がったのか、あるいは一般に信じられているほどの音色の違いがなかったのかもしれない」とコメントしている。

 実験は、パリ郊外と米ニューヨークのコンサートホールで、音楽の批評家や作曲家などを含む聴衆計137人の前で行った。ストラディバリウス3丁と現代のバイオリン3丁を、演奏者にはどちらのバイオリンかわからないようにしてソロで弾いてもらい、どちらの音色がよく響くかなどを、聴衆が評価した。


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「音楽&オーディオ」の小部屋
名器「ストラディヴァリ」の秘密 2014年05月12日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/d4da5261ed8cefdca4303aed69bcd998

「先日、NHKのBSでストラディヴァリの番組がありました。ご存知かと思いますが、ストラディバリとはイタリア・クレモナで名工ストラディバリが製作したヴァイオリンの名器で、それを扱った番組でした。ゴールデンウィーク直前の放送でしたが、ご覧になった方はおられますか。」

                        

これは、去る4月5日(土)に我が家に試聴に来てくれた高校時代の同級生たち(福岡組3名:U君、S君、O君)うちのU君から、音楽家のOH君を含めて4名に対する配信メール。

しまった!どうやら貴重な番組をウッカリ見逃してしまったようだ。「残念です。観ていません」と返信したところ、S君からさっそく反応があった。

「観ました、聴きました、且つ録画しました。面白く興味深い内容でした。色々な角度から検証していましたねぇ~。それでも、人間の歴史の中で科学万能の現世においてさえも再現出来ない様ですね。職人魂(霊)の為せる 技(術)でしょうか?」

続いて、桐朋学園大学を卒業して指揮者として武者修行のため渡欧したOH君(現在は福岡で音楽アカデミー開設:ブログ → jmc音楽研究所最新情報 ←クリック可能)から興味深いメールが入った。

「私の留学はザルツブルグ・モーツアルテウム音楽院の夏期講習から始まったのですが、ザルツブルグ音楽祭を初めて聴いたのがカラヤン指揮の<アイーダ>でした。(幸いなことに、宿の主人がチケットをゆずってくれたのです)

全ての点で余りにもスゴくて《ブッ飛ばされた》ことを覚えています。この時、舞台上で演奏された(古代の)トランペットがYAMAHA製だと聞きました。ヤマハが管楽器を手がけた最初の事例でしたが、結果は良かったと思います。

この時、ヤマハはヨーロッパの金管楽器の名器を入手して、全ての部分の厚みの変化や、金属の質などをコンピューターで分析しながら開発したと聞きました。この方法で、それ以後のヤマハの金管は優れたものを作っています。

その後、ウィーンのスイートナーのクラスで学んだのですが、あるとき日本から帰国したばかりのスイートナーがヴァイオリンを抱えて教室にやってきました。

“使ってみて欲しいと言われて、ヤマハから預かって来た”と言って楽器を生徒に見せ、ヴァイオリンの生徒が弾いて“うん、いいイイ”と言っていました。

後で聞いた話ですが、ヴァイオリンの銘器をコンピューターで詳しく分析して、そのように作ろうとしたそうです。しかし、どうしても本物に近い楽器にまでは作れなかったようです。金属では成功したのですが、(自然の)木が相手ではコンピューターも分析しきれなかったように思います。

また、ヤマハの工場に行った時、聞いた話ですが、スタインウェイを入手して、全てバラバラに分解してから、組み立て直すと<ヤマハの音>になってしまったそうです・・・やはり職人(名工)の『感性』が重要な鍵を握っているのでしょうか。」

すると、S君から再度のメールが配信。

「大変興味深い面白い返信を頂きありがとうございます。随分前から銘器の解析は為されているんですねぇ~。U君ご紹介の番組でヤマハの例が取り上げてありました。銘木を銘器のレベルまで経年変化させる技術でした。

その他、世界各地での取り組みが紹介されてましたが少しずつ近づいてはいるけれども、まだまだ人間の感性技には遠いようですね。将棋の世界ではコンピューターが人間を負かしているようですが、こうはなりたくないですね~。」

そういえば人間の感性技が重要なカギを握っている例として往年の名器とされる「マランツ7」にまつわる話を思い出した。

「マランツ7」といえば、1950年代の初めに市販のアンプにどうしても飽き足りなかった大の音楽好きの「ソウル・B・マランツ」氏(アメリカ)がやむなく自作したプリアンプの逸品である。

ある専門家がそっくり同じ回路と同じ定格の部品を使って組み立ててもどうしてもオリジナルの音の再現が出来なかった曰くつきの名器だと、ずっと以前のオーディオ誌で読んだことがある。

この「マランツ7」は一時所有して実際に使っていたものの、真価が発揮されるのはフォノイコライザーなので現在はレコード愛好家のO君の手元にある。

感性技が求められるオーディオ機器の典型的な例として挙げてみたわけだが、これを敷衍(ふえん)すると、一つの課題が導き出される。

それは「オーディオ機器の製作に携わる方は少なくとも音楽愛好家であって欲しい!」

大学の工学関係科を卒業したというだけで音楽に興味を持たない人たちが(メーカーで)機器づくりに携わることは、まるで「仏(ほとけ)作って魂入れず」で、使用する側のマニアにとってはもはや悲劇としか言いようがないのだ(笑)。

さて、「ストラディヴァリ」関連のメールのやり取りはこれで終わりではない。さらに興味のある論争が続くが、長くなるので次回へ持越し~。

それにしても今回のブログは随分と“楽”をさせてもらっている。コピーをし“貼り付け”して、upすればいいだけだから。他人の褌で相撲を取らせてもらって、まことに申し訳なし(笑)。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/d4da5261ed8cefdca4303aed69bcd998



「高次倍音」の魅力 2014年05月14日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/e25397eafcc4c037a4850c460204ea5b


前回からの続きです。

NHK・BS番組「名器ストラディヴァリの秘密」について、再びU君から次のようなメールが届いた。

「同番組の内容から、お知らせしたい続きがまだあるので、皆さんにメールしようと思っていたところです。その一つは、ストラディバリ再現に向けて、現代の名工数十人と科学者がワールドワイドにタッグを組み研究する様子が流れましたが、当方が特に注目したのは、ヴァイオリンの音を周波数分析した図表を皆で検討している様子でした。

その図表の横軸は、200Hz~9000Hzとなっていましたが、この周波数範囲を見て“なるほど”と合点した次第です。ヴァイオリンの音色の違いを知る上で必要にして充分なこの範囲で同じ周波数成分を示すように作れば同じヴァイオリンが作れるという訳です。当方も時々周波数分析をしていますが、どういう環境(無響室?)で、どれ位の距離から、どういうマイクを使い、どういう周波数分析ソフトを使ったのか等々、興味は尽きません。」

ところが、この意見に対してOH君から問題提起がなされた。

「人間が好む楽器の『音』(響き)は《高次倍音》が多く含まれている程、より好まれると聞いています。そうすると9000Hzでは20000Hzに遠く及ばず、人が好む<ストラディバリウス>の楽器(倍音)を分析するには不足するのではないか・・と思われます。

同じ高さ(音程)の音なのに、その音を出している楽器を聞き分けることができるのは、含まれている「倍音」の比率が楽器によって異なるのが理由です。簡単な例を引けば<二杯酢>か<三杯酢>か味覚で判断できるようなものでしょうか・・・。

同じ<三杯酢>なのに、<ストラディバリウ酢>だけは格別に旨い・・・少なくともその原因の一つが『高次倍音』の含有量にありそうであれば、その領域まで計測してみる価値はアルと思うのですが・・・。」

すかさず、U君から自説を補強するメールが届いた。機械と音楽の専門家同士のやり取りは実に興味深い。

「聴覚を味覚で例えるに当たり、その対象をOH君の好きな日本酒ではなく「酢」としたことで、<ストラディバリウ酢>を引っ張り出した訳ですね。読み進むうちに、えっ?どうして“酢”なんだろうと一瞬思いましたよ。

《高次倍音》が多いということは、波形が複雑 (反対に、単純=サインカーブ=純音)だという事です。どんなに複雑に見える波形でも“フーリエ級数”という、サインカーブを組み合わせた数列で表現出来ます。言い換えればいかなる波形でも色々なサインカーブの集まりから成っているということです。

9000Hzと20000Hzの問題ですが、人間の可聴帯域の上限は20000Hzとよく言われますが、これは若くて特に耳の良い人が、特にコンディションの良い時に聴く (というより何か圧迫感を感じる) ことが出来ると言われています。すなわち人類の聴ける最高周波数なのです。(現時点で当方は10000Hz付近から怪しい)

そしてこれらのテストは純音で行われるので、周波数分析の横軸に目盛られた数値とは少し異なると考えて良いのではないでしょうか。」

以上の“やりとり”でもって、ようやく一件落着(笑)。

ここでちょっと補足しておくと、周知のとおり楽器の音は「基音」と「倍音」とで成り立っている。

ヴァイオリンの基音はおよそ「200~3000ヘルツ」で、倍音を含めた周波数帯域となると、およそ「180ヘルツ~1万ヘルツ以上」とされている。

比較する意味でピアノの例を挙げると、基音はおよそ「30~4000ヘルツ」、倍音を含めた周波数帯域は「30~6000ヘルツ」とされているので、明らかに高音域が頭打ちになっている。

このことからもヴァイオリンが持つ「高次倍音」の魅力が推し量られ、その音色からしていろんな楽器の中でも別格の存在であることが分かる。

したがってヴァイオリンの再生に特化したSPユニットがあっても少しも不思議ではないが、それは手前味噌になるが「AXIOM80」に尽きる。ヒラリー・ハーンの「プレイズ・バッハ」を一度でもきいてもらえればそれは分かる(笑)。

            

なお、ずっと以前に観た「ストラディヴァリ」の関連番組では、ヴァイオリンに塗る「ニス」に秘密があるとかで、独自の調合をしたニスで実験をしていた科学者がいたがその後、いっさい話題にならないのでおそらく決定打とはならなかったのだろう。

長いことオーディオをやっていると「電気回路による音」と「楽器が出すナマの音」とは明らかに一線を画しており、(前者が後者に)とうてい追いつけそうにないのがマニアとしては虚しいところだが、その一方、科学がどうしても人間の感性技を凌駕できないのが痛快といえば痛快。

何といってもキカイよりも“人間さまの感性(耳)”の方が上であることの証明なんだから(笑)。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/e25397eafcc4c037a4850c460204ea5b



「音楽&オーディオ」の小部屋
ストラディバリウスはお値段に見合う音を出せるのか?
2022年07月03日
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/0b0deed8656d03274a49846925330e88

先日の新聞に掲載されていた記事がこれ。

         

ストラディバリウスといえば周知のとおり数あるヴァイオリンの中でも王様的な存在だが、つい先日のブログでも「20億6千万円」で落札された記事を話題にしたばかり。

ただし、この種のネタは旧くて新しいテーマとしてこれまでも度々提起されている。

その理由は「何億円もするヴァイオリンが、はたしてそれに見合う音を出しているのか?」の一点に尽きる。

いわば「藝術的な価値をコスト意識で割り切れるのか」というわけで、結論の出しようがない不毛の議論を性懲りも無く何度も何度も~(笑)。

この新聞記事では演奏者の正体が明かされていないところがポイントで、たとえば一流の演奏者が弾くのと二流の演奏者が弾くのとではいかなる名器であっても違った響きを出すのが当たり前だから随分と無茶な話のようにも思える。

ちなみに、ずっと以前に「名器ストラディバリウスの真価とは」と題して投稿したことがある。

音楽は「音」で成り立っているが、ご承知のとおりその「音」というのは物体の振動によって発生し、空気の振動として伝わっていく。

楽譜は読めなくても、せめて音響の原理ぐらいは理解しておこうと思って(今更、何だ!)読んでみたのが次の本。

「よく分かる音響の基本と仕組み」  

音の正体、聴覚の仕組み、など興味深い項目について分りやすく解説されていた。それに頁のところどころにはさんである”コラム”も面白い。193頁に以下のコラムがあった。

ヴァイオリンの世界では「ストラディバリウス」や「ガルネリ」といったいわゆる「名器」がとてつもない値段で取引されている。中には10億円以上のものがある。こういった神格化された名器の音は、はたしてその値段にふさわしいものだろうか。

きちんとした聴き比べ実験が試みられている。ストラディバリウス(数億円)、プレッセンダ(数千万円)、中級品(50万円)、低級品(5万円)の4種類のグレードのヴァイオリンが使われた。

一流の演奏家による演奏を録音し、被験者に何度も聴かしてそれぞれの音の特徴を覚えさせる。そして、音だけ聴かせてどの楽器かを回答させた。その結果、ストラディバリウスの正答率は53%だった。あまり高い正答率とはいえないが、全然分らないというものでもない。少なくとも「中級品」「低級品」と間違えることは少なかった。

「音の伸びがいい」「音の厚みがある」ことがストラディバリウスと判断する手がかりだったという。

ところがである。同じ被験者で生演奏で同じ実験をしたところ、正答率は22%に下がってしまった。これはほぼ偶然にあたる確率である。演奏者の素晴らしい演奏に聴き入ってしまい聴き比べがおろそかになってしまったのだろうか?名器の秘密に迫るのは難しそうだ。

以上のような内容だったが、この話、オーディオ的にみて実に興味深いものを含んでいるように思う。

電気回路を通した音では聴き分けられたものが、生の音では聴き分けられなかったいうのがポイント。

このことは目の前でじかに聴く音の瑞々しさ、生々しさは楽器のグレードの差でさえも簡単にカバーしてしまうことを示唆している。

したがって、オーディオにはあまり熱を入れず生の演奏会を重視する人たちがいるという理由もなんだか分るような気がする。

さて、ストラディバリウスの真価は果たしてこの程度のものだろうか。

日本の女流ヴァイオリニスト千住真理子さんがストラディバリウスの中でも名品とされる「デュランティ」を手に入れられた経緯は、テレビの特集番組や著書「千住家にストラディバリが来た日」に詳しい。

テレビの映像で、彼女が「デュランティ」を手にしたときの上気してほんのりと頬に紅がさした顔がいまだに目に焼き付いて離れない。

千住さんによると、凡庸のヴァイオリンとはまったく響きが違い、いつまでも弾いていたいという気持ちにさせるそうである。

やはり、プロの演奏家にしか真価が分らないのが名器の秘密なのだろうか、なんて思っていたところ、逆に「ストラディヴァリは神話に過ぎない」とバッサリ一刀両断している本に出会った。               
                          
「贋作・盗作 音楽夜話」(2010.5.10)

著者の「玉木宏樹」氏は東京芸大の器楽科(ヴァイオリン)を卒業されて現在は音楽関係の仕事をされている方。

本書は表題からもお分かりのとおり、音楽の裏話を面白おかしく綴った本だが、その57頁から75頁まで「ヴァイオリンの贋作1~3」の中でこう述べてある。

「ではストラディヴァリは本当に名器なのでしょうか?私の結論から申し上げましょう。それは神話でしかありません。値段が高いからいい音がするわけではなく、300年も経った楽器はそろそろ寿命が近づいています」

「ヴァイオリンの高値構造というのは一部の海外悪徳業者と輸入代理店によってデッチ上げられたものですが、ヴァイオリニストというものは悲しいことに最初から自分独自の判断力を持つことを放棄させられています」

「ヴァイオリニストにとっての名器とはいちばん自分の身体にフィットして楽に音の出るものと決まっているはずなのに、その前にまずお金で判断してしまうのです」といった調子。

以上のとおりだが、芸術家としての千住さんの話もご尤もだと思うし、玉木さんのドライな説もなかなか説得力があり、どちらに妥当性があるのか結論を出すのがなかなか難しいが、この問題は冒頭に述べた「芸術的価値とコスト意識」に帰するようで、つまるところ当の本人の価値観に任せればそれで良し!

オーディオだって似たようなものですからね~(笑)。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/0b0deed8656d03274a49846925330e88


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薄い板厚でボックスの鳴きを利用した音創りについてはよく語られる。
かつて極厚板、過剰な補強でとにかく共振を排除する設計がスピーカーに限らず流行したがいつのまにかあまり言われなくなった。

床に穴を開けて地面からコンクリートブロックを立ち上げたプレーヤー置き場など今見たらちょっと滑稽な光景。でも当時は良い音に対する熱意は今の比ではなかったと思う。

薄い板厚のボックスはなんとなく楽器風で手軽なのだが良い音にするには条件があるようで板の硬さが大切だという。
これはバイオリンでも一緒で表裏板加工するときの重要な要素とのこと。
(加工時に板を硬くするという技)

最近ではビンテージバイオリンの解析が進んできて品格はともかく良い音の製品ができているらしい。ちょっと弾かせてもらったことがあるが国産高性能軽自動車みたいだと思った。

ちなみにストラディバリウスも弾かせてもらったことがある。

なにか蝋人形のような恐ろしい顔をしたバイオリンだった。
どういった経歴かわからないがなにかぞっとするものを感じた。
(大抵は血統書のようなものがついていて美しい図鑑でストラドをはじめ有名なビンテージ品は把握されている。業者はそれを見ながらオークションに参加する)

バイオリンは各国で作られているが面白いことに地域ごとの序列がある。

最高位はもちろんイタリアで現在はクレモナの復興が目覚ましい。

かつて日本製のバイオリンが世界を席巻して昔からの産地は廃れてしまったのだが。
その他ドイツでも有名なそして悲劇的な生涯のマエストロが存在した。

次に東欧、アジアと続く。

先ほどのバイオリンは実はアジアで作られたバイオリンのパーツを日本で加工、組み立て、塗装して完成させている。社長によれば木材からの削り出しから行なっていてはとても試行錯誤にならず分業することで数をこなすことができてはじめて発見できた事が多かったと。
https://blog.goo.ne.jp/kobmina/e/c003aa45613620602ef65da5e4ed65f5


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ストラディバリウスが良い音を出すのは大昔のノン・ヴィブラート ポルタメント奏法の場合だけです:

19世紀はノン・ヴィブラートのポルタメント奏法の時代だった


演奏法の点から言えば、ワーグナー以前とワーグナー以後、さらに、第二次世界大戦以降から現代の3つの大きな流れがある。

現代のオーケストラの演奏は、ニュース原稿を読むアナウンサーのようなもので、標準的ではあるが、非常に特徴に乏しいものである。

この他、今世紀前半の録音には、十九世紀後半以降に出現した、「ロマンティックなスタイル」を聴くことができる。

アムステルダム・コンセルトヘボー管弦楽団の指揮者であったヴィレム・メンゲルベルクや、マーラーの作品を数多く指揮したオスカー・フリートなどはその典型的な例といえるだろう。 ここでいう「ロマンティック」は、後期ロマン派の音楽家たちが好んで用いたという意味で、現代の通常の意味とはニュアンスが違うのでご注意いただきたい。 フレーズに応じたテンポの変化や強弱記号の強調、弦楽器のポルタメントや激しいヴィヴラートなどがその代表的な特徴である。

また、ベートーベンなどの音楽に文学的な解釈をあてはめて、表現を加えていくという手法が好んで用いられたのもこうしたロマンティック・スタイルとの関連性が高い。 これらの表現法の確立は、ワーグナーの存在なしでは考えられなかっただろう。 ワーグナーは、その作品で文学と音楽の融合を試みたのみならず、指揮者としても、ベートーベン解釈などにおいて当時の音楽界に大きな影響を及ぼした。 ワーグナーは近代演奏史の大きな分岐点である。

第3のスタイルは、ワーグナー出現以前のスタイルで、最近のオリジナル楽器オーケストラやライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などに代表されるような古いスタイルである。

ノン・ヴィヴラート奏法、音符の音価の強調、すなわち、長い音符は本来よりわずかに長く、短い音符は本来よりやや短く演奏する処理や、長い音符の後ろの方で音量が強くなる後置型アクセントなどはその代表的な特徴である。

おそらく十九世紀中頃までは、世界中のすべての指揮者とオーケストラが多かれ少なかれこのスタイルに従っていたのではないかと思われる。 シャルク、ワインガルトナーに認められる意味不明なアクセントなどは、その名残りではないかと考えられるが、現代の我々が聴くと、音楽の文脈とまったく関係のない、形式的で余計な表現として受け止められるのだ。

本来、こうした古い演奏体系には、音楽の構造と結びついた明確な規則があった。

しかし、ロマンティック・スタイルの出現、その反動のノイエ・ザッハリヒカイト、さらに、現代のより洗練された演奏スタイルが普及していく過程で、古い演奏スタイルの必然性は失われ、現代の我々にはまったく理解不可能な単に形式的なものへと変化していったのではないかと思われる。

つまり、ブラームスやブルックナーが初演された状況などにおける古い演奏体系と現代の演奏体系の間には、missing link(失われた関連性)があり、シャルクやワインガルトナーの録音は、途切れてしまった鎖をつなぎあわせる重要な手がかりといえるのではないだろうか?
 
今世紀前半の指揮者たちの演奏を聴くためには、この3つのスタイルをきちんと聴き分ける知識と能力が必要とされるのではないだろうか。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/7792/weingartner.html



カペーSQの演奏を特徴付けるのはノン・ヴィブラートとポルタメントである。

カペーSQの演奏は、同世代或は先輩格の四重奏団―ロゼーSQ、クリングラーSQ、ボヘミアSQらと、これらの点で共通する。

そして、第1次世界大戦を境に勃興し、カペーSQの後塵を拝してゐた四重奏団― レナーSQ、ブッシュSQ、ブダペストSQの各団体がヴィブラート・トーンを基調とするのと、大きな相違点を持つ。

しかも、カペーのポルタメントは旧式で、時代を感じる。 ポルタメントを甘くかける印象の強いレナーも、カペーとは世代が違ふことが聴きとれる。 ここで、最も藝術的なポルタメントを使用したクライスラーの特徴を例に挙げることで、ポルタメントの様式における相違点を検証したい。

クライスラーの奥義は3点ある。第1に、必ずしも音の跳躍―即ち運指法の都合―でポルタメントを使はない。 云ひ換へれば、指使ひを変へないでも弾けるパッセージであらうとも、感興の為にポルタメントを使用する。

第2に、音から音への移行過程は最初が緩やかで、最後になるほど速く行なはれる。

第3に、フレーズの変わり目が同じ音のままの場合、敢てポジションを変へて音色を変へる。 この際に同一音の連続にも関わらず、ポルタメントが入ることになる。

このクライスラーの特徴は、ティボー、エルマンそしてレナーにも概ね当て嵌まる。

これに反してカペーはポルタメントの使用箇所に運指の都合が見られ、何よりも移行過程の速度が均一である。カペーの左手による表現はロゼーやマルトーと云つた旧派と同じ音楽様式に根付いてゐるのだ。
http://salondesocrates.com/capet.html



19世紀後半から20世紀前半の名ヴァイオリニストと言われた人達の語録を辿ると、「ヴィブラートは必要不可欠なものだ」的な発言が急に増えているように思われます。その人々の多くは現在復刻盤で聴くことができます。

例:クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同)

上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。

※なお、ポルタメントは専ら上昇音形に用いられるのが普通でした。下降音形に用いるのは“下品”とされていたようです。ここがパールマンとは違うところ。
そして、彼らの多くは音程も揺れ動くようなヴィブラートです

「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」という文章を読んだことがあります。
http://pseudo-poseidonios.net/okuzashiki/15_review_7.htm


ビブラートは、1830年代の特徴からは遙かに隔たったもので、それは欧米のオーケストラでは1930年代までは一般的ではなかったのです。

しかし驚くべきことに、演奏者も聴衆も、それ以前の偉大な作曲家たちが誰一人として期待も想像もしなかったオーケストラの音に、全面的に慣れ親しんでしまったようです。

ベルリオーズやシューマン、ブラームスやワーグナー、ブルックナーやマーラー、シェーンベルクやベルクがその傑作を書いた時、オーケストラの音は ただ一種類だけが存在していました:暖かく、表現力豊かで、ピュアな音色。 私たちが慣れてしまったグラマーなビブラートのない音。

20世紀になって新しく加わったのは、全ての音符に、どんな短いものであっても絶えずビブラートをかけるというアイデアです。 フリッツ・クライスラーが、カフェの音楽家やハンガリーやジプシーのバイオリン弾きのスタイルを取り入れて、グラマーなビブラートを始めたように思われます。

1900年以降、偉大なソリストとオーケストラが、最初は前の世紀からのピュアな音色で演奏しており、そして今日私たちが知っているものに徐々に変化していくのを聴くことができます。 しかし、ごく徐々になのです。高潔なドイツや大きなアメリカの団体の大部分は、30年代になるまで手を染めませんでした。

ベルリン・フィルは1935年まではっきりしたビブラートの録音は出てきませんし、
ウィーン・フィルは1940年までありません。

ですから、20世紀前半のバイオリン協奏曲の録音を聴くと、ソリストはビブラートを使っていますが、ドイツの最高のオーケストラはピュアな音色で演奏しています。当時はそれが普通だったのだと思われます。
http://www.kanzaki.com/norrington/roger-nyt200302.html


メンゲルベルクの演奏を語る上で、よく取り上げられるのが弦楽器のポルタメント奏法 ( 音をずり上げ・下げする奏法 ) である。メンゲルベルクの演奏を「時代遅れ」呼ばわりする人々の多くが真っ先に問題にするのが、このポルタメント奏法であるが、実は今世紀半ば頃までは、この奏法は弦楽器奏者にとっては全く自然で、当り前のものだった。それが今世紀の中頃から、次第に新古典主義的・即物主義的音楽感が演奏スタイルの主流を占めるようになり、ポルタメント奏法は「時代おくれ」の烙印を押され、次第に姿を消して行くこととなる。

しかしながら、後期ロマン派の音楽を語る上で、このポルタメント奏法は決して無視することは出来ないのである。たとえば後期ロマン派の偉大なシンフォニスト、グスタフ・マーラー ( 1860~1911 ) の交響曲のフル・スコアには、このポルタメント奏法をわざわざ指定してあるところが何箇所もある。

メンゲルベルクによるマーラーの交響曲の録音は、第四番のライブ録音 (1939年11月9日 ) と、第五番の有名なアダージェット (1926年5月 ) のみであるが、特に後者など、むせび泣くようなポルタメントが、この音楽の本質を語るうえに、いかに欠かせないものであるか、ということを実感させる貴重な証拠である。

今日、特にバロック音楽の世界ではオリジナル楽器で演奏される事が当り前のようになり、楽曲が作曲された当時の演奏スタイルについて、実に様々な研究がなされている。しかし反面、今まで取り上げてきたマーラーやグリークなど後期ロマン派時代の音楽については、それが今日でも広い人気を持ち数多く演奏されているにも拘わらず、ポルタメント奏法をはじめとする作曲当時の演奏スタイルが、現在まったくと言ってよいほど顧みられていないのは、私にはとても不思議な気がするし、また残念である。なぜならば、マーラーもグリークも彼等が生きていた頃のオーケストラの音~ 例えばメンゲルベルク指揮するコンツェルトゲボウ管弦楽団のような響き ~を念頭において作曲していたはずなのだから。
http://www.medias.ne.jp/~pas/mengelberg.html


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ヴァイオリニスト

ヨーゼフ・ヨアヒム(1831年6月28日 - 1907年8月15日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/674.html

パブロ・デ・サラサーテ(1844年3月10日 - 1908年9月20日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/673.html

ウジェーヌ・イザイ(1858年7月16日 - 1931年5月12日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/672.html

フリッツ・クライスラー(1875年2月2日 - 1962年1月29日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/667.html

現代の人にはほとんど忘れられたフランス楽派の巨匠ブーシュリ (29 March 1877 – 1 April 1962)
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/544.html

ジャック・ティボー (1880年9月27日 - 1953年9月1日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/675.html

ジョルジェ・エネスク (1881年8月19日 - 1955年5月4日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/670.html

ジョルジェ・エネスク 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/202.html

ブロニスラフ・フーベルマン(1882年12月19日 - 1947年6月15日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/666.html

ミッシャ・エルマン(1891年1月20日 - 1967年4月5日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/668.html

ミッシャ・エルマン 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/301.html

アドルフ・ブッシュ (1891年8月8日 - 1952年6月9日) (協奏曲)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/680.html

アドルフ・ブッシュ (独奏曲)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/659.html

アドルフ・ブッシュ (室内楽)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/677.html

ヨーゼフ・シゲティ(1892年9月5日 - 1973年2月19日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/669.html

ヨーゼフ・シゲティ 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/201.html

ヤッシャ・ハイフェッツ (1901年2月2日 - 1987年12月10日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/671.html

ルイス・クラスナー (1903年6月21日 - 1995年5月4日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/200.html

ジョコンダ・デ・ヴィート (1907年7月26日 - 1994年10月14日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/205.html

ギラ・ブスタボ (1916年 2月25日 - 2002年 4月27日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/170.html

ヘンリク・シェリング (1918年9月22日 - 1988年3月3日 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/204.html

ジネット・ヌヴー (1919年8月11日 - 1949年10月28日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/169.html

ローラ・ボベスコ (1921年 8月 9日 - 2003年 9月 4日) 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/171.html

クリスチャン・フェラス (1933年6月17日 - 1982年9月14日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/203.html

チョン・キョンファ (1948年3月26日 - )名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/206.html

ナージャ・ソネンバーグ (1961年1月10日 - )名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/229.html

アンネ=ゾフィ・ムター (1963年6月29日 - )名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/151.html


▲△▽▼


リュシアン・カペー (1873年1月8日 – 1928年12月18日)ヴァイオリニスト
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ジョルジェ・エネスク(1881年8月19日 - 1955年5月4日)ヴァイオリニスト
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ブロニスラフ・フーベルマン(1882年12月19日 - 1947年6月15日)ヴァイオリニスト
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ミッシャ・エルマン(1891年1月20日 - 1967年4月5日)ヴァイオリニスト
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アドルフ・ブッシュ(1891年8月8日 - 1952年6月9日)ヴァイオリニスト
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ヨーゼフ・シゲティ(1892年9月5日 - 1973年2月19日)ヴァイオリニスト
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ジョコンダ・デ・ヴィート(1907年6月22日 - 1994年10月14日)ヴァイオリニスト
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ギラ・ブスタボ(1916年 2月25日 - 2002年 4月27日)ヴァイオリニスト
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ジネット・ヌヴー(1919年8月11日 - 1949年10月28日)ヴァイオリニスト
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ローラ・ボベスコ (1921年8月9日 - 2003年9月4日) ヴァイオリニスト
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クリスチャン・フェラス(1933年6月17日 - 1982年9月14日)ヴァイオリニスト
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チョン・キョンファ(1948年3月26日 - )ヴァイオリニスト
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ナージャ・サレルノ=ソネンバーグ(1961年1月10日 - )ヴァイオリニスト
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アンネ=ゾフィ・ムター(1963年6月29日 - )ヴァイオリニスト
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チェリスト・ヴィオリスト

カザルス (1876年12月29日 - 1973年10月22日)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/676.html

カザルス・トリオ (コルトー・カザルス・チボー)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/665.html

ピエール・フルニエ (1906年6月24日 - 1986年1月8日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/946.html

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ (1927年3月27日 - 2007年4月27日)名演集
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ジャクリーヌ・デュ・プレ (1945年1月26日 - 1987年10月19日)名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/929.html

ミッシャ・マイスキー (1948年1月10日 - )名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/187.html

キム・カシュカシャン (1952年8月31日 - ) 名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/166.html


▲△▽▼


弦楽四重奏団

クリングラー弦楽四重奏団
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/662.html

ロゼ弦楽四重奏団
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/663.html

カペー弦楽四重奏団
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/661.html

レナー弦楽四重奏団
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/660.html

レナー弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/120.html

ブッシュ弦楽四重奏団
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/664.html

バリリ弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/212.html

ウィーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/211.html

ボロディン弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/214.html

アルバン・ベルク弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/213.html

タカーチ弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/215.html

ハーゲン弦楽四重奏団名演集
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/216.html
2:777 :

2022/07/04 (Mon) 05:19:04

これが ヴィブラート ポルタメント奏法


Fritz Kreisler - Mendelssohn : Violin Concerto e-moll Op.64 (1926) - 再復刻
https://www.youtube.com/watch?v=G1Ml85cVLF4

Berlin State Opera Orch./ cond. by Leo Blech
transfer from Jpn Victor 78s - 8080 / 3
recorded 9-10 December 1926, Singakademie, Berlin
re- transferred



クラシックファンはこの演奏をいい音で再生したいんだよ:


メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(クライスラー、旧録音) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NNu_sV5PVoo


メンデルスゾーンやバッハの協奏曲でクライスラーに匹敵する演奏は100年経っても遂に一つも現れなかったんだよ

クラシックファンはそういう世紀の名盤をいい音で聴きたいんだ

クラシックファンは最近のヴァイオリニストのどうしようもないアホ演奏には関心ないんだ



演奏による音の違い >>>>> オーディオによる音の違い


だから、いくらいい装置で最新録音を聴いても、100年前の伝説の演奏には絶対に敵わないんだ


クラシックの伝説の名盤はその殆どが1920年代から1950年代に集中しているから

クラシックファンが好きなオーディオは SP や モノラル録音を上手く再生できるものに限られる

グッドマン、ワーフデール、ローサーや QUAD が今でも人気があるのは、その時代の音源の再生に一番合っているからだ



音楽もオーディオも100年前から全然進歩してないんだよ。
楽譜が上手く読めても いい演奏ができる訳じゃないんだ。
ヴァイオリンでは、これよりいい演奏は現在、過去、未来を通して絶対に現れない:

Bach Concerto for Two Violins and Orchestra in D Minor,BWV1043(Kreisler Zimbalist 1915)
https://www.youtube.com/watch?v=kxK0eWdN1sI

Fritz Kreisler(Violin)
Efrem Zimbalist Sr.(Violin)
Howard Rattay(Violin)
Pasquale Bianculli(Violin)
J. Fruncillo(Viola)
Rosario Bourdon(Cello)
Walter B. Rogers(Conductor)
4 January 1915


今、音大でヴァイオリンを学んでいるアホは目を覚ました方がいい。
君にいくら才能が有っても、いくら努力しても この100年前の演奏は絶対に越えられない。
この現代に音楽を勉強するのは金と時間の無駄だ。
もう音楽大学も音楽学者も必要無いんだ。


いい音だ:

「愛の悲しみ」 HMV model156 蓄音機 フリッツ・クライスラー 自作自演
https://www.youtube.com/watch?v=ITHNs14ALT8

フリッツ・クライスラー 自作自演の「愛の悲しみ」
HMVポータブル蓄音機 model101にて。
Fritz Kreisler


▲△▽▼


ヴィブラートについて

皆さんは今のオーケストラの演奏と、戦前、といっても第1次世界大戦(1914~1918)以前のオーケストラの演奏が全くちがっていたことはご存知ですか。

賢明な諸兄はすぐにヴィブラートの話だと察していただけたことと思います。

かなり昔からトリルと同じくアクセントの延長線上にヴィブラートは存在していました。

しかし現在のような常時ヴィブラートをかけ続ける演奏は、諸説一致してフリッツ・クライスラーが1911年に演奏上取り入れて世界的に広めたということが認知されています。

すごいことですよね、これって。だって私たちがさんざん苦労して手に入れた、もしくは手に入れようとしているあのすべての音にかけるヴィブラートが、1次戦以前はマイノリティどころか誰もやっていなかったというんんですよ。

しかもクライスラー先生という「個人」が、長い時間をかけてという話ではなくて1911年という「特定の年号」にやり始めたということがわかっているというのは凄いことです。

例えは悪いですが「大分県速見郡日出町4丁目50番地の山田さんが1936年のとある日曜日にかつ丼を発明してそれが急速に全国に広がった」なんてことよりもはるかに世界規模なんですよ(例え悪すぎ)。

今でもカペー弦楽四重奏団の古い録音を聴くとポルタメントだけでヴィブラートを使用しない時代を反映した演奏が聴けます。

リュシアン・カペーはベートーヴェンの弦楽四重奏第14番を初演した先生に師事していましたから、演奏スタイルとしてはまさしくピリオドな演奏なわけです。

1911年ってマーラーが死んだ年です。ってことはマーラーの生前はオケでヴィブラートはアクセント程度にしか使われてなかったわけです(至極当たりまえか)。


ロジャー・ノリントンというイギリスの指揮者がいます。

彼はノンヴィブラート奏法で有名な方で、マーラーの交響曲をまさしくノンヴィブラート奏法で録音してますのでぜひご一聴を。

5番とか聞くと、いろんな意味で新鮮です。

ノリントン説では、連続して常時ヴィブラートをかける奏法は、1920年代初期にフランス・イギリスで、1930年代にドイツやアメリカで、1935年にベルリンフィルで、1940年にウィーンフィルで登場したということです。

最新流行の奏法なんですね。私個人的にはヴィブラートでエスプレッシーヴォを表現する方が好きです。

今聴いてもクライスラーのポルタメントとヴィブラートの使い方は神業です。特にそのポルタメントを入れる場所が絶妙です。同じ音程をただ伸ばすところでも見事に入れますからね。

こう考えてみると、ほとんどのクラシック作曲家の活躍当時にはヴィブラートの使用がされていなかったわけで・・・。

チャイコフスキーなんて、どうしてたんでしょうね。ヴァイオリン協奏曲なんて。

確かに私、ヨアヒムやイザイの演奏の録音を持っていますが、表情はアゴーギグとポルタメントでしてます(部分的にヴィブラートはしてます)。

あのブラームスをどうやって・・・あのカンツォーネのイタリア人が、パガニーニが、ヴィブラート抜きの演奏だとしたら、あの5番の協奏曲の第2楽章など面白くないのでは・・・きりがありませんね。

現在の常識は過去の非常識という最たる例なのかもしれませんね。
http://biorin.blog69.fc2.com/?mode=m&no=35


▲△▽▼


「さよなら、クライスラー」

クライスラーが西洋音楽史に画した「ヴィブラート革命」

もちろん、クライスラーの革命はヴィブラートだけではない。弓の遣い方だってそうだ。

彼より前のヴァイオリニストたちは、弓をかなり長く遣うのがふつうだったらしい。右手をいっぱいに動かし、その力や速度を加減することで、音の勢いや色を変える。

響きのヴァラエティを豊かに幅広くしようと思えば、とうぜんそのやり方で悪くないのだが、弓と腕を長くいっぱいに動かし、上半身全部を大きく使っていると、いろいろなぶれも起きやすい。弦にかける弓の圧力や、弦をこする弓の速度が、不安定にならざるをえない。結果として、音の粒は揃いにくくなる。

対してクライスラーは、響きのヴァラエティを多少は犠牲にしても、歯切れよく恰幅よく音の粒を揃えることを第一義にした。そのためにどうするか。

弓をなるべく短めに遣えばいい。むろん、たんに短いだけではだめで、右手をそれ向きに改造しないといけない。

弓を長く遣うなら、肩や上腕部に大きな負担がくるが、弓を短く、力加減もなるたけ自在に遣うとなると、弓を持つ手先から手首に下腕部までが、とりわけよく鍛えられていないといけない。

クライスラーはそんな立派な二の腕をもっていた。それで短く弓を遣えば、弓圧や弓速からぶれを追放できる。見た目にも実際にも、小粋さや速度感や安定感が出てくる。歯切れや恰幅もよくなるのである。

(片山杜秀「音盤博物誌」 P293)
http://vivaoke.com/blog-entry-1402.html


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ヴィブラートについて


鈴木 ビブラートのかからない無調の音はウェーベルンの当時は、かなり新奇だったように思いますが。

野々村 このあたりは工藤さんにお伺いしたいのですが、微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を聞いたことがあるのですが...

についてだけ、コメントさせて頂きます。

まず、ヴィブラートという技術自体は、ロカテルリの「ヴァイオリンの技法」という本にも紹介されていますので、ヴァイオリンが現在の形になったのとそれほど遅れずに(あるいは同時に)用いられていたと考えられます。ただ、ロカテルリの本ではヴィブラートはその他の装飾音と似たような記号を用いて、使う場所を明記してあります。また、ロカテルリよりは大分後になりますが、レオポルド・モーツァルトの本にもヴィブラートについての記述があります。しかし、ここにも過度のヴィブラートの使用を戒める文章があったと記憶しています。つまり、この頃はヴィブラートは表現上の技術として、かなり意識した使い方をされていたということでしょう。現在多くの古楽器演奏は、この点において恐らく間違ってはいないと思います。

それが、いつ頃からヴィブラートをかけることが基本となるようになったのかというと、僕の知る範囲でははっきりとした証拠になる文献がありません。ただ、ヴィブラートを始終かけるためには左手の自由がないと無理なので、顎当てが発明されてからのことではないかと推測されます。だとすれば、パガニーニ前後の辺りになるでしょうね。また、当然、ヴィブラートをかけることによって楽器も多少は振動しますので、バロック弓のように軽くて弾くというよりは乗せるといった感じの弓の頃には多用されることは少なかったと思います。現在の弓の形になったのはヴィオッティの頃ですから、先の顎当てのこととも合わせて考えると、ヴィブラート自体が多用されるようになったのは19世紀半ば近くなってからではないでしょうか。

また、19世紀後半から20世紀前半の名ヴァイオリニストと言われた人達の語録を辿ると、「ヴィブラートは必要不可欠なものだ」的な発言が急に増えているように思われます。その人々の多くは現在復刻盤で聴くことができます。


例:
クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、
サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同)


上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。

※なお、ポルタメントは専ら上昇音形に用いられるのが普通でした。下降音形に用いるのは“下品”とされていたようです。ここがパールマンとは違うところ。

そして、彼らの多くは音程も揺れ動くようなヴィブラートです。ただ、ここで注意しなくてはならないのは、上記ほとんどが技術の衰えた晩年になってから録音していること、また録音技術自体が非常に稚拙であることを考えると、必ずしも彼らの真の姿を記録しているとは言い切れないことです。

さて、野々村さんの発言にある“第二次大戦後”ということになると、おそらくオイストラフやスターンのようなロシア系のテクニックに基づくヴィブラートのことを示すのだと推測されます。クライスラーのような人とオイストラフなどを比べると、明らかに違うのはヴィブラートの“周期”です。前者は非常に細かく(そのため繊細だったり甘美だったり聴こえる)、後者は非常に大きい(そのため雄大だったり豪放だったり聴こえる)という違いがありますが、こと音程の幅という点では実際に差はないと思います。この時期で特徴的なヴィブラートをかけていたのはシゲティですが、彼の場合には完全に技術の低下によるものだと言い切れます。

一方、ジュリアードが輩出しているアメリカ楽派は、上記ロシア楽派の影響を大きく受けつつも、よりムード音楽的な、人によってはだらしない印象を与えるものとなっています。

結局、録音で聴ける範囲において、意識してノン・ヴィブラートを使いこなした演奏家ということになるとクレーメルくらいしか思いつきません。現代音楽の分野ではあまり甘いヴィブラートは用いられていないように聴こえますが、それはヴィブラートを使う類いの歌が曲の中にないことと、押さえるだけで精一杯の演奏家がほとんどである、というだけのことでしょう。


斉諧生 工藤 例:クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同) 

上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。

何で読んだのか忘れましたが、

「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」

という文章を読んだことがあります。ハルトナックか中村稔か、そのあたりでしょう。

私はクライスラー、ティボー、フーベルマンくらいしか聴いたことがありませんので、詳しいことはコメントできませんが…

でもフレッシュも同様だったとは意外でした。(以下、御存知でしたら失礼)
フレッシュが(いつもの癖で)皆に議論をふっかけているところに偶々、エルマンがやってきた。


皆:(あ、まずいところに…)
フ:「『音』とは何ぞや?」
エ:「…そりゃー、君が持ってないものさ!」


工藤 斉諧生 何で読んだのか忘れましたが、「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」という文章を読んだことがあります。

確かに、ヴィブラートの流儀というものがありますが、クライスラーのものは独特です。でも、それは個性的なスタイルを持っている人なら皆違うといったレベルの話で、ロゼーだって十分甘美なヴィブラートを持ってますよ。新星堂のウィーン・フィル・シリーズやBiddulphの復刻盤で聴くことができます。

完全に余談ですが、Biddulph盤には娘と共演したバッハの二重協奏曲が入っています。3楽章の途中にヘルメスベルガーによる抱腹絶倒のカデンツァが挿入されています (^^)。この娘というのはアルマ・ロゼーで、収容所で死んだのですよね。なんか録音で音が聴けることに不思議な感覚があります。

斉諧生 でもフレッシュも同様だったとは意外でした。
弦楽器では右手と左手とがきちんと同期していることが大事で、右手の流儀は多岐に渡っていますから、当然ヴィブラートもそれに応じて変わってきます。
ただ、

野々村 微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を 聞いたことがあるのですが....

ということに対しては、録音で聴ける範囲においては“同様”であると述べただけです。ですから、各奏者のヴィブラートに好き嫌いがあるのは当然ですし、音程の幅も人によってまちまちであるのもまた当然ですね。


斉諧生 フ:「『音』とは何ぞや?」  エ:「…そりゃー、君が持ってないものさ!」

こういう話って多いですよね (^^)。


野々村 鈴木 ビブラートのかからない無調の音はウェーベルンの当時は、かなり新奇だったように思いますが。


野々村 このあたりは工藤さんにお伺いしたいのですが、微分音の範疇を越えて音程の揺れを伴うようなヴィブラートが多用されるようになったのは、実は第2次世界大戦後だという話を聞いたことがあるのですが...

工藤 についてだけ、コメントさせて頂きます。(後略)

私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。


工藤 野々村 ところで私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。

僕もそうです。やはり、あくまでの新「ウィーン」楽派ということなのでしょうかね。ただ、“ノンヴィブラート”を意識して使いこなせる人・団体が出てきたことで、表現の幅が広がったことも確かですね。そして、ウェーベルンの音楽がそのきっかけの一つになったこともまた確かだと思います。



野々村 野々村 ところで私は、ウェーベルンの初期無調SQの録音では、ヴィブラートかけまくりのジュリアードQの方が、ラサールQやアルディッティQのノンヴィブラートな録音よりも好きかもしれません。


工藤 僕もそうです。やはり、あくまでの新「ウィーン」楽派ということなのでしょうかね。
というか、初期無調時代のウェーベルンは、世間で考えられているよりもずっとロマン派に近いと言うべきでは。むしろ、ベルクの作品3などは、ノンヴィブラートでスカッとまとめた方がいい。

工藤 ただ、“ノンヴィブラート”を意識して使いこなせる人・団体が出てきたことで、表現の幅が広がったことも確かですね。そして、ウェーベルンの音楽がそのきっかけの一つになったこともまた確かだと思います。

「ヴァイオリンのノンヴィブラートな音はきれいだなあ」としみじみ感じさせてくれるのが、ケージの『フリーマン・エチュード』ですね。LP時代のネギシーの録音(Lovely Music)も良かったけど、CDで買うとしたらやはりアルディッティの録音(mode, mode 32/37)でしょう。

ノンヴィブラートの音としては、ディスクで入手しやすい人の中ではアルディッティが一番でしょう。クレーメルの音には、どことなく濁った成分が混ざっているんですよね。クラシックで使う分には、それが「味」になる場合もありますが。


工藤 野々村 ノンヴィブラートの音としては、ディスクで入手しやすい人の中ではアルディッティが一番でしょう。クレーメルの音には、どことなく濁った成分が混ざっているんですよね。クラシックで使う分には、それが「味」になる場合もありますが。

クレーメルは、楽器の音がするんですよね。アルディッティは、弦の音、それもスチール弦の音がします。もちろん、悪い意味ではありません。だから、同じようにヴィブラートを抑制した演奏をしていても、クレーメルのピアソラは聴けるが、恐らくアルディッティのピアソラは退屈なものになってしまうだろう、というように明らかな違いが出てきますよね。僕は、曲相とマッチしていれさえすれば、どちらも魅力的だと思っています。
http://pseudo-poseidonios.net/okuzashiki/15_review_7.htm
3:777 :

2022/07/04 (Mon) 05:32:12

これが19世紀のノン・ヴィブラート ポルタメント奏法


Capet String Quartet - YouTube動画
https://www.youtube.com/results?search_query=Capet+String+Quartet



リュシアン・カペー(Lucien Capet, 1873年1月8日 – 1928年12月18日)

リュシアン・カペーはフランスのヴァイオリニスト・室内楽奏者・音楽教師・作曲家。超絶的な演奏技巧と力強く温かみのある音色とを併せ持ち、ヴィルトゥオーゾとして名を馳せた。
カペーは教育者としても一目置かれ、とりわけ運弓技術で名高かった。

著名な門弟にヤッシャ・ブロツキー(またはヤッシャ・ブロドスキーとも)とイヴァン・ガラミアンがおり、いずれも今世紀の最も影響力あるヴァイオリン教師となった。

『ベートーヴェンの17の弦楽四重奏曲(Les 17 Quatuors de Beethoven )』や『希望すなわち哲学的著作(Espérances, ouvrage philosophique )』などの著書があるが、最も重要なのは、ヴァイオリンのボウイング技術のあらゆる側面についての決定的な論文『運弓技術の奥義詳解(La Technique supérieure de l'archet où abondent les exemples et les détails )』(1916年)である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%9A%E3%83%BC




カペー弦楽四重奏団
http://salondesocrates.com/capet.html

 カペー弦楽四重奏団の素晴らしさについては、既に語り尽くされてをり、ここで改めて申し上げることは、実は何もない。ましてディスコグラフィーなど全12曲の録音しかないのだから、作ること自体意味がない。だから、これは私なりのカペーSQへのオマージュであつて、それ以上の何物でもないのだ。

 弦楽四重奏団の在り方は大きく分けて2つに分類出来る。一つはカペー、レナー、ブッシュ、ウィーン・コンツェルトハウスなどの第1ヴァイオリン主導型。これに対してブダペスト、バリリ、スメタナ、ボロディン、アルバン・ベルクなどはアンサンブル重視型と云へる。後者の第1ヴァイオリン奏者が弱いと云ふのではない。突出してゐないのである。前者の場合、魅力の殆どが第1ヴァイオリン奏者の藝術性にあり、四重奏団の性格を決定してゐる。

 しかし、近年はアンサンブル重視の団体が殆どであり、特に合奏能力の向上は目覚ましく、4つの楽器が見事に融合し、調和を保つた演奏でなければ、弦楽四重奏団として一流と見なされない。実のところ、第1ヴァイオリン主導型の団体は絶滅したと云つても過言ではないのだ。従つて、カペーSQなどの演奏を現在の耳で聴くと、アンサンブルに埋没しない自在な節回しがあり、却つて新鮮である。しかし、反面、団体としての均衡を欠く嫌ひはある。カペーSQにおいて、ヴィオラ奏者には余り魅力を感じない。チェロ奏者も無難と云ふ程度だ。一方、第2ヴァイオリンのエウィットが傑出してゐる。カペーとの対話も互角に行なはれ、実に達者である。大概、第2ヴァイオリンの聴き映えがしない団体の多い中、カペーSQを聴く喜びはヴァイオリン2挺の銀糸のやうな気品ある絡み合ひにある。とは云へ、各奏者はカペーの音楽に見事に収斂され、ひとつの藝術として完成してゐるので、荒を探すのは止そう。

 品格があり聡明な演奏をすると一般的に思はれ勝ちなカペー弦楽四重奏団だが、同時期に活躍した四重奏団の録音を聴くと、意外な点に気が付く。カペーSQの演奏を特徴付けるのはノン・ヴィブラートとポルタメントである。カペーSQの演奏は、同世代或は先輩格の四重奏団―ロゼーSQ、クリングラーSQ、ボヘミアSQらと、これらの点で共通する。そして、第1次世界大戦を境に勃興し、カペーSQの後塵を拝してゐた四重奏団―レナーSQ、ブッシュSQ、ブダペストSQの各団体がヴィブラート・トーンを基調とするのと、大きな相違点を持つ。しかも、カペーのポルタメントは旧式で、時代を感じる。ポルタメントを甘くかける印象の強いレナーも、カペーとは世代が違ふことが聴きとれる。

 ここで、最も藝術的なポルタメントを使用したクライスラーの特徴を例に挙げることで、ポルタメントの様式における相違点を検証したい。クライスラーの奥義は3点ある。第1に、必ずしも音の跳躍―即ち運指法の都合―でポルタメントを使はない。云ひ換へれば、指使ひを変へないでも弾けるパッセージであらうとも、感興の為にポルタメントを使用する。第2に、音から音への移行過程は最初が緩やかで、最後になるほど速く行なはれる。第3に、フレーズの変はり目が同じ音のままの場合、敢てポジションを変へて音色を変へる。この際に同一音の連続にも関わらず、ポルタメントが入ることになる。このクライスラーの特徴は、ティボー、エルマンそしてレナーにも概ね当て嵌まる。これに反してカペーはポルタメントの使用箇所に運指の都合が見られ、何よりも移行過程の速度が均一である。カペーの左手による表現はロゼーやマルトーと云つた旧派と同じ音楽様式に根付いてゐるのだ。

 しかし、電気録音初期に登場したカペーSQの録音が、旧派の名団体のみならず当時最大の人気を誇つたレナーSQの株を奪ひ尽くした理由は、偏にボウイングの妙技による。1910年以前に記録されたヴァイオリニストの録音を聴くと、弓を押し当てた寸詰まりの音、頻繁な弓の返しが聴かれ、時代を感じさせる。ところが、カペーのボウイングからは、響きが澄み渡るやうに程よく力が抜けてをり、だからといつて空気を含んだ浮ついた音にはなつてゐない。凛と張つたアーティキュレーションは大言壮語を避け、ボウイング・スラーを用ゐることでしなやかなリズムを生み出した。

 『運弓のテクニック』なる著作を残したカペーは、エネスクやティボーと並ぶボウイングの大家である。彼らの共通点はパルラント奏法と云ふ朗読調のボウイングを会得してゐることにある。多かれ少なかれ、あらゆるヴァイオリニストは歌ふことに心を砕くが、歌はフレーズを描くために強い呼吸を必要とし、リズムの躍動を糧とする。だから、ためらひや沈思や侘び寂びを表現するには必ずしも適当ではない。これらの表現は、繊細な呼吸、慎ましい抑揚、語るやうに送られる運弓法によつて初めて可能になるのだ。カペーが本格的に独奏者としての活動に乗り出さず、室内楽に没頭したことは同時期のヴァイオリニストにとつては幸運なことであつたらう。出来ることならカペーにはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの録音を残して欲しかつた。

 カペーSQはノン・ヴィブラートとポルタメントを演奏様式とする旧派の一面も持つが、ボウイングに革新的な表現力を持たせたカペーの元に一致団結した名四重奏団である。演奏は、清明で飄々としてゐるが、高潔で峻厳な孤高の世界を呈してゐる。それは丁度雪舟の山水画にも比せられよう。

ルイ=リュシアン・カペー

Biography & History of Quartet
 ルイ=リュシアン・カペーは、1873年1月8日パリの貧しい家に生まれた。15歳の時、パリ音楽院に入学、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番を初演したといふピエール・モーラン教授に師事した。1893年に満場一致の1等賞にて卒業すると、直ちに四重奏団を結成して活動を開始した。ラムルーに見出され、コンセール・ラムルー管弦楽団のコンサート・マスターを勤める。1903年、ベートーヴェンの協奏曲で大成功を収め、独奏者としても名を馳せた。1904年には、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲連続演奏会を行ひ大反響となつた。欧州各国への演奏旅行は絶賛を博したが、1911年にボンで開催されたベートーヴェン音楽祭にはフランス代表で参加した。1907年よりパリ音楽院の室内楽科教授、1924年からはヴァイオリン科の教授も勤めた。1923年以降毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を行なつた。1928年12月18日パリで急逝した。医師の誤診による為といふ。作曲も手掛け、作品に弦楽四重奏曲やヴァイオリン・ソナタなどがある。

 カペーを除く四重奏団員の変遷は次の通りで、括弧内は順に第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロである。第1次(1893~99、ジロン、アンリ・カサドシュ、カルカネード)、第2次(1903~10、アンドレ・トゥーレ、アンリ・カサドシュ、ルイ・アッセルマン)、第3次(1910~14、モーリス・エウィット、アンリ・カサドシュ、マルセル・カサドシュ)、第4次(1919~28、モーリス・エウィット、アンリ・ブノア、カミーユ・ドゥロベール)。


Discography
1 1928/6/12? Columbia Debussy String Quartet g-moll,Op.10
2 1928/6/14-15 Columbia Beethoven String Quartet No.7 F-dur,Op.59-1 "Rasumowsky"
3 1928/6/15-19 Columbia Ravel String Quartet F-dur
4 1928/6/19-21 Columbia Schubert String Quartet No.14 d-moll,D.810 "Der Tod und das Mädchen"
5 1928/6/21-22 Columbia Beethoven String Quartet No.10 Es-dur,Op.74 "Harfe"
6 1928/10/3 Columbia Schumann String Quartet No.1 a-moll,Op.41-1
7 1928/10/? Columbia Haydn String Quartet D-dur,Op.64-5 "Lerchen"
8 1928/10/? Columbia Beethoven String Quartet No.5 A-dur,Op.18-5
9 1928/10/5-8 Columbia Beethoven String Quartet No.14 cis-moll,Op.131
10 1928/10/8-10 Columbia Beethoven String Quartet No.15 a-moll,Op.132
11 1928/10/11 Columbia Mozart String Quartet No.19 C-dur,K.465 "Dissonanzen"
12 1928/10/20? Columbia Franck Piano Quintet f-moll with Marcel Ciampi (p)

 カペー弦楽四重奏団の録音は上記12曲しかない。録音は1928年の6月と10月のみで、同年12月にはカペーが急逝して仕舞つた。テイク数は殆どが1か2で、ライヴ録音のやうな感興とむらがあり、音程の狂ひや弓の乱れなどもありのまま残された。まさに一期一会の記録なのである。

 カペーSQを語るのにベートーヴェンから始めなくては申し訳が立たない。それも後期2作品から始めるのが礼儀といふものだらう。古来より、第15番はカペーSQの最高傑作とされてをり、現在に至るまでこの演奏を超えたものは一切ないと断言出来る。分けても第3楽章、ベートーヴェンが「病から癒えた者の神性への聖なる感謝の歌」と書き添へた曲を、カペーSQのやうに神妙に演奏したものを知らない。ノン・ヴィブラートによる響きの神々しさは如何ばかりであらう。感謝の歌では飛翔する精神が弧を描く。第2ヴァイオリンのエウィットが奏でる憧れに、カペーの清らかなトリルが応へ、スタッカートの軽妙洒脱な戯れが福音を語る。音楽が静かに下つて行くパッセージで、音色が侘び寂びを加へて行く様は至藝と云ひたい。好敵手ブッシュSQも相当の演奏をしてゐるが、カペーSQに比べれば青二才だ。第1楽章では、哀切極まりない音楽を感傷に貶めず、一篇の叙事詩のやうな風格を持たせてゐる。真一文字に悲劇に対峙するカペーのソロが印象的な第4楽章。緊張の糸が持続する天晴な合奏を聴かせる終楽章。何れも極上の名演。

 初演者であるモーラン直伝による第14番の演奏をカペーSQの頂点とする方は多いだらう。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の頂であるこの曲の神髄に迫ることは、19世紀においては不可能とされ、名曲かどうかも議論にされたやうな曲である。諦観、静謐、彼岸と云つた世界を音楽に持ち込み、未だに独特の位置を保持し続ける。カペーの弾く冒頭を聴いて、精神が沈思しない者は立ち去るがよい。これから始まる儀式には参列出来まいから。この神韻縹渺としたパルラント・アーティキュレーションは空前絶後の至藝であり、変奏曲形式による第4楽章に至つては天衣無縫の奥義を示す。終楽章は一筆書きのやうな閃きに充ちた名演である。第14番はブッシュSQが霊感あらたかな名演を成し遂げてゐる。ドイツ人の手堅さと熱情が渾然となった大伽藍のやうな楷書体の演奏で、フランス人カペーの力の抜け切つた草書体による絹糸のやうな演奏とは対照的である。全体に隙がなく立派なのはブッシュSQの方だ。しかし、断言しよう。藝格としてはカペーが一枚上手で、何人も及びの付かない美しい瞬間がある。

 第5番は清楚で若やいだ演奏であり、後期作品2曲に次いで仕上がりが良い。甘さと低徊さを排したストイックな歌が、青春の芳しい詩情をもたらす。繊細でさり気ない明暗の移ろひが取り分け美しい。この曲の表現として、これ以上適つたものはないだらう。「ラズモフスキー」はヴィブラートを抑制したトーンと厳しいスフォルツァンドによつて大味になるのを避けてゐる。緊密なアンサンブルと内燃する力強さが素晴らしい。特に第3楽章のパルラント奏法による沈痛な趣が甚く心に残る。しかし、全体的に線が細く、音が軽く聴こえる嫌ひがある。「ハープ」は引き締まつた造形と柔らかなフレージングが魅力で、特に第1楽章の清廉な味はひは絶品である。第2楽章は珍しく甘美で、時代を感じさせる。第3楽章と第4楽章はやや平凡な仕上がりだ。この曲にもっと豊かさを求める人は多いだらう。カペーSQの演奏は脂が少ない。

 ハイドンは天下一品の名演である。冒頭におけるカペーのボウイングには畏敬の念を禁じ得ない。ヴィブラートの誘惑を潔癖に遠ざけ、凛とした運弓で清明な音を創る。非常に個性的な奏法だが、繰り返し聴き、他の団体の演奏と比べて聴くと、カペーの凄さが諒解出来るだらう。第2楽章は細部の彫りが深く、神経が行き届いた名演である。終楽章の目にも止まらぬ軽快なアンサンブルに、上手ひなどといふのも烏滸がましい。この演奏に心躍らぬ者がゐれば、凡そ音楽には無縁の者であらう。モーツァルトも立派な演奏であるが、カペーの特徴である毅然と張つたボウイングが後退してをり、柔和に歌ふことに主眼を置いた甘美な演奏である。カペーならではの高潔で気丈な演奏を期待したのだが、終楽章と第3楽章のトリオを除いては感銘が希薄であつた。しかし、カペーSQ以上の演奏を挙げることが困難なのも事実だ。

 シューベルトとシューマンは、ドイツ系の団体とは異なる厳しいアーティキュレーションと制御されたヴィブラートによる辛口の演奏である。シューベルトは尋常ならざぬ演奏で、仄暗く甘いロマンティシズムを期待してはならない。勿体振つた表情は皆無で、快速のテンポで畳み掛けるやうに捌いて行く。フレーズの最後で掛けられる常套的なルバートも一切ない。硬派だが、雑な演奏だと感じる方もゐるだらう。しかし、これは焦燥感に溢れた、絶望的な熱病を想起させる見事な解釈であると感じる。録音される機会が少ないシューマンに関しては、カペーSQを越える演奏があるとは到底思へない。冒頭から喪失感が漂ひ、悲劇の回顧と夢想への逃避が綾なされてゐるが、軟弱な甘さはない。第2楽章は疾走するギャロップで、カペーの弓捌きが閃光のやうに輝く。他の演奏が聴けなくなつて仕舞ふ逸品である。第3楽章ではヴィブラートを抑制した渋い音と、音型の最高音になる前に始まるディミュヌエンドによつて、侘しい詩情が惻々と胸に迫る。終楽章は情熱的なアジタート、自在なアゴーギクと多彩なアーティキュレーションが素晴らしい。コーダ前のノン・ヴィブラートによるオルガン・トーンの神々しさは追随を許さない。

 フランクでは、シャンピのピアノが独創性と詩情においてコルトーやフランソワに及ばないとは云へ、カペーSQの合奏はフランクの神髄に迫つた究極の演奏と云へる。冒頭の張り詰めたカペーのボウイングから厳しく屹立した音楽が刻み込まれる。ふと力が抜ける際の絶妙さは比類がない。終楽章コーダで循環主題が地の底から湧き上がる瞬間に見せるカペーの霊感には凄みがある。

 ドビュッシーは今もつて最高の演奏ではないか。カペーSQの演奏はドビュッシーが生きてゐた時代の空気を吸つた強みがある。よくあるやうに印象派の絵画を意識して、輪郭をぼかした演奏ではない。第1楽章は剛毅な芯が通い、アルカイックな趣に充ちた名演。陰影と抑揚が自在で瀟洒この上ない。第3楽章におけるノン・ヴィブラートの神聖な光沢は類例を見ない。月に捧げる音楽があるとすれば、凡そこのやうなものだらう。半ばでカペーが瞬間的に見せるエスプレッシーヴォは狂ほしい詩人の涙である。ラヴェルも高次元の演奏である。第1楽章は時代がかつたポルタメントが冒頭から妖艶な息吹を掛けるが、次第に鬱屈した情念の絡み合ひとなり頂点を築く。躊躇ひ勝ちに始まる再現部は官能的な倦怠に充ちてゐる。アンサンブルの試金石のやうな第2楽章では緊張が漲つてゐる。第3楽章で織り成す不安気な綾も絶妙だ。神々しい原初的な響きで魅了するドビュッシー、近代人の憂鬱を感じさせるラヴェル、と両曲に対するカペーの読みは実に深い。全音音階を主体とした楽曲であるドビュッシーでは音楽を解放させ、旋法性と部分的に半音階を特徴とした楽曲であるラヴェルでは音楽を緊縛する。実はこれとは逆の演奏が意外と多い。演奏効果の上がるラヴェルでは輝かしく豪奢に演奏され、ドビュッシーでは繊細なニュアンスを作らうとして軟弱に演奏される場合が殆どではないか。

 カペー弦楽四重奏団の残した録音は全て神品であり、各々の曲の最も優れた演奏であると云つても過言ではない。録音が貧しいことに頓着しない方なら皆そうおっしゃるだらう。しかし、それでは贔屓の引き倒しだ。カペーSQの最高の遺産は、何と云つてもベートーヴェンの後期四重奏曲であり、第1に第15番を、第2に第14番を推す。そして、御家藝である近代フランスの作品に止めを刺す。第1にドビュッシーを、第2にラヴェルを推す。次いで、カペーの妙技を讃へる為にハイドンを加へておこう。更に比類なきシューマンも忘れてはならない。これ以上挙げることは全てを挙げることに繋がるから止すが、個人的にはシューベルトに愛顧を感じる。

 カペー弦楽四重奏団のCDは、国内では東芝EMI、新星堂から発売されてゐたが、Opus蔵から優れた復刻が出たので当分はこれを第一に推そう。海外では、Biddulphからマーストンによる良質な復刻が出てゐたが、現在では入手困難である。この他、Chaconneから出てゐた箱物が、実在感のある音質で、霞がかつた印象ばかりあるカペーSQの復刻から芯の強い音を聴かせてくれた。しかし、これも入手困難だ。
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4:777 :

2022/07/04 (Mon) 05:32:26

20世紀の弦楽四重奏団のランク

1.カペー四重奏団
2.クリングラー四重奏団
3.ブッシュ四重奏団
4.レナー四重奏団
5.ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
6.ハンガリー四重奏団
7.ボロディン四重奏団
8.バリリ四重奏団
9.タカーチ四重奏団
10.アルバンベルク四重奏団

どんな曲でもこの順に選択しておけば7割方は正しい。


聴き比べてみれば上のランニング通りだと良くわかるよ:

Klingler Quartet Beethoven String Quartet No. 12 (rec1935)
https://www.youtube.com/watch?v=6XhzEtcMWSA

Beethoven: String Quartet No. 12, BuschQ (1936)
https://www.youtube.com/watch?v=lci_z-4n3pM

Beethoven: String Quartet No. 12, BarylliQ (1956)
https://www.youtube.com/watch?v=HUBbt8bWjMs

Beethoven: String Quartet No. 12, HungarianSQ (1953)
https://www.youtube.com/watch?v=qIrDsq9KsMQ

Beethoven String Quartet No 12 Op 127 in E flat major Alban Berg Quartet
https://www.youtube.com/watch?v=JVVdMzv02s8


聴き比べてみれば上のランニング通りだと良くわかるよ:

Capet Quartet_ Beethoven : String Quartet No.15 op.132
https://www.youtube.com/watch?v=AYjgV5Nklr4

Busch Quartet - Beethoven : String Quartet No.15 Op.132 -
https://www.youtube.com/watch?v=2wevXmDfveg

Lener Quartet - Beethoven : String Quartet No.15 a - moll op.132
https://www.youtube.com/watch?v=P_s6eUDrhMQ

Beethoven: String Quartet No. 15, HungarianSQ (1953)
https://www.youtube.com/watch?v=AuAEW9w4KUU

Beethoven String Quartet No.15 in A minor,Op.132(Barylli Quartet1956)
https://www.youtube.com/watch?v=CqP89G0X3es

タカーチ弦楽四重奏団 Beethoven: String Quartet No. 15 in A Minor, Op. 132
https://www.youtube.com/watch?v=U50kwTh0Zcc

Beethoven String Quartet No 15 Op 132 in A minor Alban Berg Quartet
https://www.youtube.com/watch?v=IMIoGw0nKE4


聴き比べてみれば上のランニング通りだと良くわかるよ:

Capet Quartet - Schubert : String Quartet No.14 "Death and the Maiden"
https://www.youtube.com/watch?v=qozNqp58zyg

Busch Quartet - Schubert : String Quartet No. 14 "Death and the Maiden"
https://www.youtube.com/watch?v=2Y6XGFWxFGI

Lener String Quartet - Schubert : Quartet "Death and the Maiden
https://www.youtube.com/watch?v=4kgudxGBdL4

Schubert String Quartet No.14 in D minor,D810"Death and the Maiden"(Vienna Konzerthaus Quartet1950)
https://www.youtube.com/watch?v=lrb-iuPy4A4

Schubert: String Quartet D.810 mvt.2 "Death and the Maiden" - Takacs Quartet (1998)
https://www.youtube.com/watch?v=7daW-UBBdKs

Schubert - Death and the Maiden, String Quartet No. 14 (Alban Berg Quartett)
https://www.youtube.com/watch?v=H0Y3gHKywTQ


聴き比べてみれば上のランニング通りだと良くわかるよ:

ハンガリー弦楽四重奏団 Bartók: String Quartet No.4, Sz. 91
https://www.youtube.com/watch?v=47JmDFvOm5Y

Bartók: String Quartet No. 4, JuilliardSQ (1963)
https://www.youtube.com/watch?v=KtBZfasVJDo

タカーチ弦楽四重奏団 Bartók: String Quartet No.4, BB 95 (Sz.91)
https://www.youtube.com/watch?v=F_hoMKGbalY

アルバン・ベルク弦楽四重奏団 String Quartet No. 4, Sz. 91 (2002 Remastered Version)
https://www.youtube.com/watch?v=svfcHiC2a08



聴き比べてみれば上のランニング通りだと良くわかるよ:

Capet Quartet - Mozart : String Quartet #19 K.465 "Dissonanzen"
https://www.youtube.com/watch?v=aNZHcLE5t3A

Mozart String Quartet No.19 in C major, K.465 "Dissonant"(Lener Quartet 1923)
https://www.youtube.com/watch?v=m1HD5aHz2q0

Mozart String Quartet No.19 in C major, K.465 "Dissonant"(Vienna Konzerthaus Quartet1952)
https://www.youtube.com/watch?v=9bHz-uJEbsM

タカーチ弦楽四重奏団 String Quartet No. 19 in C major K. 465: I. Adagio Allegro
https://www.youtube.com/watch?v=Eoy_kQy1Opo

Mozart, Streichquartett KV 465, Alban Berg Quartett
https://www.youtube.com/watch?v=jPddnA0OUmo
5:777 :

2022/07/04 (Mon) 06:04:45

20世紀のヴァイオリニストのランキング

1.リュシアン・カペー(1873年 1月8日 – 1928年 12月18日)
2.ヨーゼフ・シゲティ(1892年9月5日 - 1973年2月19日)
4.フリッツ・クライスラー(1875年2月2日 - 1962年1月29日)
5.アドルフ・ブッシュ (1891年8月8日 - 1952年6月9日)
6.ジャック・ティボー (1880年9月27日 - 1953年9月1日)
7.ジネット・ヌヴー (1919年8月11日 - 1949年10月28日)
8.ヤッシャ・ハイフェッツ (1901年2月2日 - 1987年12月10日)
9.ブロニスラフ・フーベルマン(1882年12月19日 - 1947年6月15日)
10.イェーネ・レナー(1894年 - 1948年)
11.ジョコンダ・デ・ヴィート (1907年7月26日 - 1994年10月14日)
12.アンネ=ゾフィ・ムター (1963年6月29日 - )
13.チョン・キョンファ (1948年3月26日 - )



610名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 01:27:17.05ID:mStKOY3

ヴァイオリンはオイストラフはどうなってんだ


612名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 01:36:52.54ID:gN+SzxFK
>ヴァイオリンはオイストラフはどうなってんだ

オイストラフは秀才、ジネット・ヌヴーは天才

ジネット・ヌヴーは15歳であった1935年にワルシャワで開催されたヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールに出場し、180名の競争相手を破って優勝した。
当時26歳のダヴィッド・オイストラフは2位となったが、結果発表の翌日に、故国で待つ妻に送った手紙でこう言及している。

2位になれたことに僕は満足している。ヌヴー嬢は『悪魔のように』素晴らしいと誰もが認めるだろう。昨日、彼女がヴィエニャフスキの協奏曲1番を正に信じられない力強さと激しさをこめて奏いた時、僕はそう思った。しかも彼女はまだ15歳かそこらなのだから、1位が彼女に行かなかったら、それは不公平というものだ。


613名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 01:39:29.06ID:gN+SzxFK
オイストラフは体格だけでなく音もコレステロール過剰で聴く気が起きないんだ。

614名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 02:02:18.60ID:gN+SzxFK
オイストラフの音はマッキントッシュのアンプやスピーカーの音に似ているね
性能はいいんだけど、脂ぎっていてしつこくて もたれるんだ。
菅野沖彦はマッキントッシュの音が好きだというだけで NG なんだ


615名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 02:11:14.87ID:gN+SzxFK
オイストラフのブラームスをゲルマンの正統派アドルフ・ブッシュと比べると
何がダメかすぐにわかるよ:

David Oistrakh - Brahms - Violin Sonata No 2 in A major, Op 100
https://www.youtube.com/watch?v=n4n9kUbzmGY

David Oistrakh, violin
Sviatoslav Richter, piano

Brahms Violin Sonata No.2 in A major,Op.100(Busch,Serkin 1932)
https://www.youtube.com/watch?v=t5gGwGsIN6k

Adolf Busch(Violin)
Rudolf Serkin(Piano)


616名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 02:16:14.13ID:gN+SzxFK
SPの針音を消していないこっちの方が音がいいね、本当のゲルマンの音はこういうものだとすぐにわかるよ:

Adolf Busch - Brahms : Violin Sonata No.2 in A Op.100 (1932) 再復刻
transferred from Jpn Victor 78s /JD-151/2 (2B 3872/5)
https://www.youtube.com/watch?v=nLEnfuQHe-4


617名無しさん@お腹いっぱい。2022/02/20(日) 02:56:51.98ID:mStKOY3E
ギドン・クレーメルはシャコンヌのPhillips盤だけでベストテンに入っちゃうんじゃないですかねえ
6:777 :

2022/07/04 (Mon) 06:11:36


ベートーヴェンの時代の音を伝えるクリングラー四重奏団


カール・クリングラー(Karl Klingler 1879.12.7 ストラスブール - 1971.3.18 ミュンヘン)

ストラスブール音楽院教授だった父にバイオリンを学び、5歳から演奏活動を始めた。1897年からベルリンでヨアヒムに師事し、同時にブルッフに作曲を学んだ。1903-35年ベルリン音楽院教授。1905年には自身の名の弦楽四重奏団、1906年からはヨアヒム弦楽四重奏団のビオラ奏者、ヨアヒム死後はバイオリンパートを演奏した。


Klingler Quartet, Beethoven, Op.18 No.5 (Historical Recording, 1911)
https://www.youtube.com/watch?v=pile0upUa50

Karl Klingler, 1st violin
Josef Rywkind, 2nd violin
Fridolin Klingler, viola
Arthur Williams, cello

Rec. 1911
ODEON 7267 - xxB 5547, xxB 5548, xxB 5549


Beethoven String Quartet No. 5 ~Menuetto & Andante cantabile~(rec1911)
https://www.youtube.com/watch?v=bjrp8Jb5EPU

2nd movement Menuetto
3rd movementAndante cantabile

date 1911

1st violin Karl Klingler
2nd violin Josef Rywkind
viola Fridolin Klingler
cello Arthur Williams

Klingler Quartet





Klingler Quartet | Beethoven: Op.130, "Alla danza tedesca" (1912)
https://www.youtube.com/watch?v=c6qOplMXWio

Karl Klingler, 1st violin
Josef Rywkind, 2nd violin
Fridolin Klingler, viola
Arthur Williams, cello

Historical Recording: 1912



Klingler Quartet plays Mozart K428 Menuetto
https://www.youtube.com/watch?v=lfG-LVZxWIA

Recorded for Odeon, 1912/13.



Beethoven String Quartet No. 12 (rec1935)
https://www.youtube.com/watch?v=6XhzEtcMWSA

date 1935

1st violin Karl Klingler
2nd violin Richard Heber
viola Fridolin Klingler
cello Ernst Silberstein

Klingler Quartet




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クリングラー四重奏団のベートーヴェン

 写真は伝説的ヴァイオリニスト、ヨゼフ・ヨアヒムである。ヨゼフ・ヨアヒムはベートーヴェンによって絶賛されたヨゼフ・べームの高弟であり、そのべームと肩を並べて四重奏を行なった経験を持つという。

 ヨアヒムはベートーヴェン直伝の奏法を体現した人物の一人であり、ウィーン・ヴァイオリン楽派の開祖である。ヨアヒムのカルテットにはヴィオラ奏者としてカール・クリングラーなる人物がいた。ヨアヒムからベートーヴェン直伝の奏法を汲み取った数少ない演奏家のひとりであり、世界最古のベートーヴェン録音を残すことになる。

 カール・クリングラーはクリングラー四重奏団を結成し、1911年に機械録音で作品18-5の二楽章と三楽章を録音した。ベートーヴェンが没して84年後の録音であり、ヨアヒムはこの録音の4年前に世を去っている。

 この録音は現在Testamentが発売している「クリングラーSQアンソロジー」の中には収録されていない。何ということだ!聴きたい!と地団駄を踏んでいたのだが、偶然入ったレコード店(CDショップではない)で、隅のほうに埃をかぶっている新星堂盤を見つけた。そこにはこの二曲のほか、1912年に録音された作品130の四楽章、そして1935年に録音された作品127の全楽章が収録されている。

 音質は覚悟していたのだが(ふにゃふにゃの音だろうと)、思った以上に生々しく鮮明だ。竹やぶの燃える音の中から妙なる楽音が響く。SP初期であるから仕方がない。しかし、この高貴な音はどうだろう。ぴんと張り詰めた高音のきらめきに、繊細なポルタメントがかかる。大時代的な演奏ではなく、あくまで端正に演奏されている。「これがベートーヴェンに一番近い録音だ」と思うと感慨が深い。
 
 作品127になると、もうSPの録音も完成されているために、凄く良い音がする。一楽章は何の思い入れも劇的表情もつけず、あっさりと速いテンポで導入。端正にきびきびと運ぶかと思えば、ぐっと旋律の終りでリタルダンドし、寄せては返す波のような心地よい流れを生む。格調高い高雅な響きにしっとりとしたポルタメントをかけ、何ともいえない風情を残す。

 二楽章は、この演奏ではじめてこの楽章の素晴らしさがわかった!何という神々しさだろう。脱俗の境地そのものの音空間が広がる。クリングラーのヴァイオリンの美しさ!作品132の長大な緩徐楽章よりも洗練され、磨き上げられた音楽だと思わせるほどだ。

 三楽章冒頭のピッチカートからして他の演奏と全く違う。別世界が現出するのだ。天の世界で天使達と遊ぶような気持ちになるや、高雅な響きだけではなく、ずっしりとした音のドラマが展開されていく。雄弁この上ないベートーヴェンの音楽が最高に美しく奏されている。

 終楽章の主題が面白い。ここでも途中でテンポを波立たせるのだ。個人的な好みで言えば、ここはすっきりと演奏するほうが良いように思うのだが、これがクリングラーの味なのだろう。

 参考までに演奏時間を載せておく。
1st 7'20'' 2nd 16'31'' 3rd 7'17'' 4th 7'34''
 
 私はこれまで作品127がそれほど好きではなかった。第9の後に書かれた弦楽四重奏といえども、なぜ13番以降の傑作と同じ高みにあるものとして扱われるのかと不思議でならなかった。しかし、今は違う。クリングラー四重奏団の二楽章を聴いてしびれてしまった。こりゃあ、すごい。

 昔のカルテットを聴くと、くつろいだ気持ちになるのはどういうわけなんだろう。SPやLPを気軽に聴くことができれば、私はどんどんこの道にはまりそうだ(泣)。
http://kitakentobeethoven.blog.so-net.ne.jp/2007-12-15


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クリングラー弦楽四重奏団/録音集(1912年~1936年)/グスタヴ・シェック(fl) [TESTAMENT SBT 2136]

ヨアヒムと弦楽四重奏を組んだクリングラー―当時はヴィオラを担当―はヨアヒムSQの伝統を継承する生き証人であり、19世紀の弦楽四重奏団の姿を伝へる貴重な記録なのだ。

録音は3種類に分類出来る。1912年と13年のオデオン録音と1922年と23年のヴォックス録音は、全て楽章単位の録音である。真摯なメンデルスゾーンやシューマンの演奏には聴くべきものがある。侘びたモーツァルトやケルビーニにも面白みがある。

しかし、録音としての価値は電気録音である1935年と36年のエレクトローラ録音にある。ベートーヴェンとレーガーのセレナードの全曲録音で、両曲ともフルートを伴ふ三重奏だ。滋味豊かで気品のある演奏はドイツ・ロマンティシズムの粋を聴かせる。(2008.4.11)

クリングラー弦楽四重奏団/録音集(1912年~1936年) [TESTAMENT SBT 2136]

再びクリングラーSQを聴く。2枚組の2枚目。最後期の録音であるエレクロトーラへの録音より、レーガーの弦楽三重奏曲とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番が聴け、クリングラーSQの真価を確認出来る。

クリングラーSQはスラー・ボウイングを用ゐず短いブレーズによるアンサンブルを優先してゐるのが特徴だ。トーンの均一性を重視し、高貴なロマンティシズムを醸し出すヴィブラートは練り込むやうにゆるりとした速度で掛けられ、ブッシュSQとの類似点を感じさせる。

レーガーは晦渋さと幻想性を融合させた極上の名演で、渋みのある語り口が見事だ。大曲ベートーヴェンにおける老巧で深みのある表現はブッシュSQと比べても遜色ない。余白に収録されたハイドンのラルゴはクリングラーSQの禅定の境地を聴かせて呉れる絶品だ。(2008.5.17)
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/chamber.html

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なんと1904年のティボーのものだという音源がネット上にありました。

この盤、普通の蓄音機ではかかりません。どうやって再生したんだろう。


ところで、パルテータ3番のプレリュード。

あなたの演奏はエネスコのように シ ミ 強調 (あってるかな?)

で弾いていましたね。

いろいろな音源からエネスコが気に入ったのでしょうか?

ガボットとかほかの曲はまだ個性的というところまでは達してはいませんでした。

これはいろんな版や日本とドイツでの教育の誤差なんかで混乱してるという発言もあって、どうしたらいいのかなぁ。の段階なんでしょう。

秘数術の話も出て、バッハの隠しメッセージを知らないで演奏することへの抵抗もあるんでしょうね。

実は日本でも八卦の占いの方が「日本書紀」を八卦で読み解く。という記事を書いています。

ttp://www.maroon.dti.ne.jp/uqmk/k_e/index.html

古事記となっていますがテキストは日本書紀のようです。

わたしはこれはかなり当たってるところとそうでないところが混在してると思いますが大変面白い記事です。

世界中に秘数術はある…いや元々は八卦なんでしょうね。

でも、秘数術を極めなくても自分なりに演奏してみてはどうでしょうか?

いつぞや名古屋でちょっとやってみたように。

あれはかなり面白かったですョ。


たとえば、このあいだ載せたヨアヒムのバッハは決して単旋律志向の演奏ではありませんがそんな批評をしてる人がいます。

今のバッハ演奏はポリフォニーだからヨアヒムのは駄目だというんですね。

あの曲は大体ほとんどが単旋律だからあたりまえなのに…。

ブラームスは「バッハは旋律がひとつに繋がるからすごい。」と言っています
まあ美しいメロディが続かないブラームスらしい発言ですが…。

こんな批評が目立ってヨアヒムについて誤解されると困るなぁ…。

ロゼーの頃からほとんど今の演奏様式と変わらないと思います。
ロゼーより古い世代は ヨアヒム イザイ クリングラーなどでしょう。
イザイは当時の今風のヴィブラートも取り入れていますがノンビブラートでなんでも弾けたでしょうし地味なグラッベリみたいな指ビブラートをかけてますね。

私はミルシティンのバッハが好きですが、いまや聴く人少ないのかなぁ。

会場もシェリングかハーンあるいはマルツィ…(笑)

シェリングからハーンは同じ系統です。すべての音をひとしなみに出す。

いかにも技が冴えたように聴こえやすい。

ハーンは技巧は素晴らしいが解釈ではラクをしてると思うな。

ミルシティンはもっと繊細に必要な音を選んで少しだけ優遇してます(笑)
(あなたの名古屋のバッハはとても面白い声部を優遇してましたね。)

コンクールでシェリング冷遇は審査委員の大人の事情でしょう。

演奏の歴史なんかは学ばないといけませんが知識は知識として、自分なりに読んで自分なりに演奏すればいいと思いますよ。

エネスコが気に入ったのでしたら、そのままコピーではなくエネスコがなぜそんなふうに演奏したのかを考えて自分なりに演奏する。

残念ながらもうエネスコに習うことは出来ませんから。

G線上のアリアはフラウタンドですか?

なかなかいい音がしてました。あとはどこをシャキッっとしめてフーベルマンのように端然とした演奏とするかですね。

これもレコードにするに足りる人は現代にはなかなかいません。

私にとっては大変な曲ですがプロは簡単に弾いちゃうと思います。
秋のロンドンデリー。ポルタメント楽しみにしています。
http://teokuredesu.seesaa.net/article/218036136.html
7:777 :

2022/07/04 (Mon) 06:36:25

ヴィブラート奏法を絶対に認めなかったウィーン・フィルのコンサートマスター アルノルト・ロゼ


アルノルト・ヨーゼフ・ロゼ(Arnold Josef Rosé, 1863年10月24日:ヤシ- 1946年8月25日:ロンドン)

Arnold Rosé - YouTube動画
https://www.youtube.com/results?search_query=Arnold+Ros%C3%A9

Rosé String Quartet - YouTube動画
https://www.youtube.com/results?search_query=Ros%C3%A9+String+Quartet+


Bach, "Double" Violin Concerto in d minor (Arnold and Alma Rosé) 1928
http://www.youtube.com/watch?v=nQVyd2dz1rk
http://www.youtube.com/watch?v=0WMPUcXsrqY
http://www.youtube.com/watch?v=r3EtokwYZ_E


Adagio J.S.Bach played by Arnold Rosé
http://www.youtube.com/watch?v=Av6sSnqJDb0

Arnold Rose plays Beethoven Romance in F Major (1909)
http://www.youtube.com/watch?v=5wXhkH77keM

Arnold Rosé plays Mendelssohn Vn concerto 2mov
http://www.youtube.com/watch?v=jXemiPZ8Z4E

Arnold Rose plays Chopin Nocturne, Op. 9/2 (1910)
http://www.youtube.com/watch?v=rg8SU27gSDo&list=PL78540A8267B70D63


Rosé String Quartet - Beethoven #14 in C# minor, Op. 131
Arnold Rosé, 1st violin
Paul Fischer, 2nd violin
Anton Ruzitska, viola
Friedrich Buxbaum, cello
Recorded 1927
http://www.youtube.com/watch?v=1YVPGLh5k7Q
http://www.youtube.com/watch?v=MGteDCiCnkI
http://www.youtube.com/watch?v=BwgUEnoyicI
http://www.youtube.com/watch?v=Z8LZW0B4Zfw
http://www.youtube.com/watch?v=PFmU-nIUSTw
http://www.youtube.com/watch?v=gXgxSMc2ZF0
http://www.youtube.com/watch?v=186vxpSOMN8


http://www.youtube.com/watch?v=dasXU5FprG4
http://www.youtube.com/watch?v=sadutkvxrYw


懐古的ヴァイオリン
アルノルト・ロゼは、古のウィーン・フィルのコンマスである。

何でもブラームス・ブルックナー・マーラー・ワインガルトナーの棒の下でコンマスをしていたというのだから、完全に音楽史上の人物である。

そんな彼が、いくつか録音を遺している。有名(?)なのは、ロゼ弦楽四重奏団として残した一連のカルテット録音で、これはかつて新星堂が復刻していた。いまやタワレコが様々なレーベルの録音を復刻していたり、opus蔵が高音質のSP録音を世に出していたりするが、この流れは明らかに新星堂が作ったものだろう。その中にはワインガルトナー全集とか外国人すら興味を抱くような企画を行っていたのだから、その功績たるや大だったと思う。

ロゼ四重奏団は、後にシュナイダーハン四重奏団やバリリ四重奏団、そしてあのヴェラー四重奏団へと続く、錚々たるウィーンフィルのトップ四重奏団の先駆けである。そこから連想するに、筆舌につくしがたい名演を録音でも聴けるのかと思いきや、「聴くだけムダ」「ひどい演奏」と酷評されているのを見かけたことがある。

なので、今回は四重奏の録音ではなく、ソロの方を聴いてみた。
そして、ロゼ自身のヴァイオリンの音色である。現代のヴァイオリニストと比べれば、如何にも貧相な音だと思われるであろうが、私は評判ほどひどい音だとは思わなかった。ロゼのヴァイオリンをひどいと思う人は、きっとヴァイオリン演奏史を知らない人である。

有名な話だが、ヴァイオリンの奏法を革命的に変えたのはクライスラーである。「クライスラー・ヴィブラート」と呼ばれることすらあるが、彼が振幅の大きいゆったりとしたヴィブラートを導入したことで、ヴァイオリン個体の音量が増幅し、響きが豊かになったと考えられている。逆に言えば、それまではそういったヴィブラートは普遍的でなかったということである。それが一番の理由ではないだろうが、ロゼはウィーンフィルの入団試験でクライスラーを落としているのは関係があるのかもしれない。

逆に言えば、クライスラーの奏法が一般的になるまでのヴァイオリニストは現代とは全く異なった奏法で演奏していたはずである。その代表格は、私にとってはリュシアン・カペエである。彼の率いる四重奏はまさに天衣無縫という文字を具現化したもので、特にベートーヴェンの後期四重奏曲などは未だに彼らの録音を愛聴している。

もちろん、彼だけではなく、あらえびす氏曰く「快刀乱麻」のフーベルマンもクライスラー以前のヴァイオリニストなのであろう。あらえびす氏の時代では、ハイフェッツがまだ小物として扱われており、チャイコのバイオリン協奏曲といえばフーベルマンだったらしい。
http://lie-in-the-sky.blog.eonet.jp/weblog/2011/01/post-77c8.html
ロゼはルーマニア出身でオーストリアで活躍したユダヤ系ヴァイオリニスト。

1881年から1938年までの長きにわたりウィーン宮廷歌劇場とウィーン・フィルの第1コンサートマスターとして君臨した。また弦楽四重奏団(ロゼ四重奏団)を組織し、1890年11月11日には、ブラームスの弦楽五重奏曲第2番を初演した。1902年3月11日(10日とする資料もある)にマーラーの妹・ユスティーネと結婚。1909年から1924年まではウィーン音楽アカデミーの教授も勤めた。

ロゼの演奏スタイルは、ヴィブラートを抑制しつつ絹のように繊細な音色と高度なボーイング技術によって、まさに高潔といえる演奏を成し遂げている。ヴィブラートの使用に関しては、同じウィーンの大ヴァイオリニストであるフリッツ・クライスラーとは対極にあり、音色を汚さないため多用することを避けている(これは当時のウィーン・フィルの弦楽器群の特色でもある)。また実際にクライスラーがウィーン・フィルの入団試験を受験した際に、審査員だったロゼが「音楽的に粗野」「初見演奏が不得手」という理由で、クライスラーを失格させた。

ウィーン・フィルの楽団長だったオットー・シュトラッサーは入団試験の際、ある曲でヴィブラートをたっぷりかけて歌わせた時、「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と審査員のロゼに言われたという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%82%BC
8:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:03:37

ウィーンフィルの楽器は日本人が持つ楽器より安価な物が多いのは本当?
2019年12月28日
https://tasaka.musicsyrup.net/orchestra-vienna-cheap-violin-good/

ウィーンフィルの弦楽器は比較的安価な物が多いと聞いたことがある方は多いと思います。

価格だけで答えると事実です。

ウィーンフィルの弦楽器奏者は、ストラディヴァリやガルネリウスのような数億円、または数千万円もするような楽器を使用しているわけではありません。

ではどんな楽器を使っているのでしょう。

答えは、町の工房で手入れされた高くて数百万円ほどの弦楽器です。


ウィーンフィルの弦楽器ってどんなもの

全員統一の楽器を使用(一部のコンサートマスターを除く)
オトマール・ラング工房でメンテナンスされた楽器を代々引き継いでいる
Joachim Schade や Franz Geissenhof が製作した作品が多い
近年の競売実績でも数百万円ほどのお品とされています
なのに何故あれほど素晴らしい音色なのか
ストラディヴァリなどのような楽器を使っているわけではないにもかかわらず、なぜ、あれほどに人を魅了するのか。

勘違いしている人の答え
「ウィーンは乾燥している気候だからでしょう」や、「楽器を統一しているからまとまって聴こえる」とか、そういった内容のことを第一に答える方がおられます。

上記の回答の100%を否定するわけではありませんが本質的に違います。

素晴らしい弦楽器の音色を奏でる本当の答え
奏者としての技術力が格段に高い
ウィーンの音楽についての理解の深さ


奏者としての技術力が格段に高い
技術力について、こんな逸話がある。

伝説の指揮者とまで呼ばれたフルトヴェングラー氏は、若かれしころ、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団の指揮者であった。

当時の彼は、ウィーンフィルの美しい弦楽器の響きに魅了されていた。

そして彼は、その音色を得るために、バイオリンからコントラバスに至るまで、ウィーンフィルと同じ弦楽器を手に、自身の楽団の中で演奏させたところ、音色はくすみ、輪郭のない演奏となり、散々なものであったそうだ。

同じ楽器を使っていても、奏者の技量による音色の違いは、こうも大きなものかと感じる逸話です。

ウィーンの音楽についての理解の深さ
本来、オーケストラの中での指揮者の権威は偉大なものですが、ウィーンフィルの彼ら独自の音楽センスを持ち合わせない指揮者からの指示には従わないというのです。

ウィーンフィルを理解しない指揮者のタクトには従わずバラバラの演奏となるが、指揮者とウィーンフィルのメンバーの音楽観が共鳴した時の 音楽は、どのオーケストラよりも偉大なものとなるのです。

実は日本の音楽シーンでも同様の事が起こっています
発表会やコンクールでの演奏に耳を傾けてみましょう。

バイオリン自体の音色は、多少音が小さかったりしても、対象の曲を理解している奏者の演奏には、美しいものを感じることが出来るでしょう。

上記を意識して演奏を聴いていただいたのち、実際にコンクールなどにおける予選通過者の大半は、機体の良し悪しより、音楽への理解による通過がほとんどであることがわかるでしょう。
https://tasaka.musicsyrup.net/orchestra-vienna-cheap-violin-good/


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ウィーン・フィル、驚愕の真実

僕の手元に一枚のCDがある。グスタフ・マーラーの弟子でもあったブルーノ・ワルターがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してマーラー/交響曲第九番を演奏したものだ。

Bruno Walter & Wiener Philharmoniker - Gustav Mahler Symphony No. 9 (1938)
https://www.youtube.com/results?search_query=Bruno+Walter+Mahler+Symphony+No.+9++1938


レコーディングされたのは1938年。ナチス・ドイツがオーストリアを併合した年である。ユダヤ人の父とドイツ人の母から生まれたワルターは身の危険を感じ、同年ウィーンからスイスのルガーノに逃れた。そして翌年の39年に第二次世界大戦が勃発すると彼はアメリカに亡命した(この経路はオーストリアのザルツブルクが舞台となった映画「サウオンド・オブ・ミュージック」のトラップ・ファミリーと似ている。あ、これは実話です)。これ以降ナチス滅亡まで、ドイツ・オーストリア圏では、マーラーやメンデルスゾーンが演奏されることはなくなった。彼らもユダヤ人だったからである。


さて、そのワルター/ウィーン・フィルを聴いて、何が驚いたってノン・ビブラートでマーラーを演奏していることである!

いや、慎重に耳を傾ければ微かな音の揺らぎはある。しかし、のべつ幕なしにビブラートを掛け続ける現在のマーラー演奏とは一線を画すものであることは確かである。

実はこの演奏、ウィーン・フィルがノン・ビブラートで弾いた最後の録音として有名なのだ。指揮者の金聖響さんもご自身のブログで言及されている。結局、ナチスという暴風雨に曝されたヨーロッパは廃墟と化し、音楽家たちは散り散りとなってその伝統様式も崩壊してしまったということなのかも知れない。

この時ウィーン・フィルのコンサートマスターだったのはアルノルト・ロゼ(1863-1946)。その地位に57年間いたという彼の記録は未だ破られていない。マーラーの妹と結婚し、自身もユダヤ人だったロゼはナチスのオーストリア併合直後に国外追放となりロンドンへ逃れた。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられアウシュビッツで亡くなったという。

ロゼの演奏スタイルは音色を汚さないためにビブラートを抑制し、(指揮者ロジャー・ノリントンの言うところの)"pure tone"で弾いた。そしてこれは当時のウィーン・フィル自体の奏法であった。

「愛の喜び」「愛の悲しみ」の作曲で有名なクライスラーはヴァイオリニストとしても名高いが(その録音も残っている)、彼の演奏はビブラートをかけまくって甘く歌うスタイルでロゼとは対極にあった。ウィーン・フィルの採用試験を受けたクライスラーに対して審査員の一人だったロゼは「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と言い、音楽的に粗野という理由でクライスラーを落としたそうである。

今月シュトゥットガルト放送交響楽団を率いて来日するノリントンが以前NHK交響楽団を振った演奏会で、モーツァルトやベートーヴェンをノン・ビブラートで演ったのは勿論だが、エルガーやヴォーン=ウィリアムズなど20世紀の音楽まで"pure tone"で押し通したのには仰天した。その時点ではやり過ぎではなかろうかと僕は想っていたのだが、このワルター/ウィーン・フィルの演奏を聴いてしまった今考え直すと、ノリントンの方法論はあながち的外れではないのかも知れないという気がしてきた。誤った方向に進んでしまったのは20世紀後半の音楽家たちだったのではないだろうか。

ビブラートかノン・ビブラートか?21世紀に生きる私たち聴衆はこの問題に真剣に向かい合う必要性に迫られている。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_a919.html

以前、マーラーの命日に9番について書いたことがある。"pure tone"で演奏されていることを再確認。音源自体が決して素晴らしい状態ではないにせよ、1938年のウィーンフィルを聴き取るには十分な音質。ノリントンさんが自身のマーラー1番CDのライナーを書いている。その中でこの件について触れているので少し紹介しよう。要約すると以下のような事が記載されている。

「名ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーがマーラーが亡くなった1911年あたりから"continuous vibrato"をソロのレベルで一つの流行として広め始めた。少なくとも現代のヴィブラートはマーラー自身が聞くことが無かったのは事実であろう。

現代のヴィブラートを用いたウィーンフィルの演奏は1940年以降のものである。そしてハッキリしていることは、1938年のドイツやオーストリアではまだその流行的なヴィラートを"cafe vibrato"と揶揄して否定的であったことだ(少なくとも20年間は)。

ウィーンフィルとワルターの録音ではその当時の現状を聞くことができる。コンサートマスターはあのアーノルド・ロゼ、マーラーの義理の弟だ。」

マーラーが亡くなった1911年までの演奏習慣を引き継いだものとして、ワルターの記録が物語るもものは大きい。4楽章のヴァイオリンソロを聞いてもわかるが、美しく響かせる方法はヴィブラートだけではなくボウイングで作られる音色であることも認識したい。シェーンベルグがヴィブラートを「山羊の鳴き声」と言った事実もある。

ワルターの録音の中で、ウィーンフィルと連奏した5番の4楽章の素晴らしい演奏がある。これを聞くと冒頭から最高のpure toneで演奏されていることがわかる。ヴィブラートをかけたとしても程よくて、常時音程を歪めるほどの揺れではない。これを聴いけば誰しも美しいと言うだろうし、表現豊なヴィブラート云々は無いだろう。。。と僕は思う。


Bruno Walter, 1938 - Mahler, Adagietto, Symphony 5
http://www.youtube.com/watch?v=QbdJjSqgUog

実際問題だがヴィブラート論争はいつまでたっても終止符を打つことは出来ないだろう。最後は「趣味」であったり、やるやらないの判断は演奏家のもの。僕としては史実を元にしたというベーシックなアイデアは変わらないし、これからも受けとめる側(演奏者)が許容出来る範囲で挑戦していきたいと思うが、なかなか時間的な問題や、奏法の認知や知識に難があるのは事実。兎に角時間がかかる事なので、許せる範囲で根気よくやるしかない。

僕は決してヴィブラートを否定してるわけではない。以前からの録音でもそうだが、来月発売の「田園」の練習時にもいつも通りアーティキュレーションやバランスについて言及しつつも、一度たりともヴィラートをしないでくださいとお願いした事はない。OEKさんが持つ演奏知識とファンタジーをベースに僕と数年間やってきたことが、そのまま反映されていると思う。逆に「ここはかけましょう」と言った覚えがあるくらい。

書きながらアダージエットを聴いているが、凄いなぁこれ。見事なPURE TONEだよ。和声感ばしばし決まって聴いていて心地よい。そして何よりも、作曲家と音楽のスピリットに満ちあふれていて揺さぶられる。皆さんも是非一度聴いてみてください。大地の歌も良いですよ、もちろん1938年のウィーンフィルね。
http://seikyo.eplus2.jp/article/41932039.html

■[マーラー]ノリントンのマーラー9番

 ノリントンのマーラーは以前ならおそらく聞く気にならなかったんだろうけど、まあ脂っこいものが美味しいのは若いうちで、年をとると少しサラッーとしたものも良くなる。

 1番や4番もかつて聴いたはずなんだけど、脂ののったマーラーが好きなときには、気にもしていなかったので、また探して聞きなおすかな。



マーラー : 交響曲第9番ニ長調 (Gustav Mahler : Symphony No.9
Roger Norrington, Radio-Sinfonieorchester Stuttgart des SWR) [輸入盤]


 ウィーンフィルのコンサートマスターだった、アルノルト・ロゼ(マーラーの義理の弟)がオーディションを受けに来たフリッツ・クライスラーを落としたのは有名な話でその評価のひとつが、ヴィブラートのかけ過ぎだったという。

 このノン・ヴィブラートの演奏を今でも聞けるのがそのロゼがコンサートマスターとして録音している、ワルターの1938年のマーラ-9番。

 ノリントンは変わった事をしているわけではなくて、あのワルター/ウィーンフィルの歴史的名盤と同じことをしていることになる。

 その点からも、この演奏は一聴の価値ある演奏なのだと言いたい。のですが、まあーバーンスタインや、アダージョの神様カラヤンのレガート奏法を聞いてからノリントンを聴くと、味の薄さは感じざる負えないのは仕方がない。

 あとは、ワルターの演奏の1938年という時代背景、ナチスにいろいろな妨害を受けながら演奏していたワルターやロゼの精神的な緊張感に対するこちらの思いが冷静な評価を邪魔してしまうのかもしれないが~ワルターの娘はナチスに逮捕され、ロゼのバイオリニストの娘アルマ(マーラーの姪にあたる)は後に収容所で死ぬことになる。

 第4楽章の演奏時間にしても、1970年代のジュリーニやレヴァイン以来 30分前後の長いアダージョが多いのに対し、ノン・ヴィブラートで演奏すると20分程度になってしまうということなのだろう。

 マーラーのイメージしていた9番はノリントンの演奏なのかもしれないということは、マーラーのイメージを少し変えることになるのかもしれない。


モーストリー・クラシックにノリントンの記事があって、ノリントン自身

「この曲を初演したブルーノ・ワルター&ウィーン・フィルが1938年に残した名盤がノン・ヴィブラート奏法を忠実に守ったおそらく最後の演奏だと思います。70年の時を経て、ふたたびそれを復活させたのが私たちの演奏なのです(笑い)。」

とある。そのとおりだったのね。
http://d.hatena.ne.jp/tazooma/20100725
9:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:04:47

ビブラートのこと 2007/03/28

 25日のN響アワーは投票によるベスト公演の紹介だったが、1、2位をノリントン指揮の演奏が占めたという。モーツァルトの39番が演奏されたが、どうもノリントンの日頃の言説が気になっている。

 それはオケの弦楽器がビブラートをかけるようになったのは、第二次大戦後からで、それまではかけなかったというのだ。私はそれが本当だとは思えない。また、作曲当時ビブラートをかけなかったからかけないという(単純な理由ではないだろうが、それが強調されていることは事実。)ことでノンビブラートにするなら、当時の演奏様式をできるだけ忠実に再現すべきであると思うが、そうしているわけでもない。

 どうもノリントンの姿勢には疑問を感じるのだが、評判はいいようだ。

 まず、第二次大戦前まではビブラートをかけなかったというが、私は子どものはワルター、トスカニーニ、フルトヴェングラー、メンゲルベルクらのSPレコードで音楽鑑賞をはじめたのだが、明らかにビブラートのかかった演奏だった。とくにメンゲルベルクの「悲愴」は極端といっていいほどにビブラートをかけていたと思う。彼は戦後は演奏活動を禁止されたから、残っている演奏はすべて戦前のものだが、聴いてみればわかると思う。噂では、メンゲルベルクの練習はすさまじく厳しいものだったそうで、ビブラートのかけかたが、奏者で揃うように練習させたというのもある。ビブラートをかけないのならば、こんな噂はありえない。

 また、ワルター・ウィーンフィルのアイネクライネはいまだに超える演奏がないと言われるものだが、その情緒纏綿、ビロードのような演奏はたっぷりとしたビブラートがかかっていた。トスカニーニの椿姫3幕の前奏曲は、最初のニューヨークフィルの演奏がとてもすばらしいのだが、これも徹底的に歌った演奏で、ビブラートなしであのような表情はでないだろう。

 では、ノリントンは嘘をついているのだろうか。もちろん、そんなことはないだろう。ただ、イギリス人のノリントンが小さいころにウィーンフィルやベルリンフィルなどのトップオケを聴いたことがあるかどうかは、かなり疑問だ。

 今では当たり前になっている、オケのメンバーが小さいころからきちんとした教育を受け、音大を経て厳しい試験の結果、メンバーとなれるというのは、そんなに長い歴史をもっているわけではない。おそらく、戦前のオケでみんなが優秀な技術をもっていたというオケはごくわずかだったのではないかと思われる。

 トスカニーニがニューヨークフィルを優秀なオケに育て上げたことはよく知られているが、実はトスカニーニ着任のときだって、ニューヨールフィルは有数のオケだった。ところが、当時、オケの練習というのは、まだ技術的に弾けていない状態から始め、全体練習が個々人の譜読み的なものだったという。トスカニーニはそれを徹底的に改めさせ、予め団員は譜面を持ち帰って、曲をさらい、弾ける状態でオケ練習に参加させるようにしたという。今ではあまりにも当たり前になっている練習をしたことが、ヨーロッパ演奏旅行で、ピタッと揃う演奏を披露して、聴衆を驚かせたというのだから、当時のヨーロッパのオケも想像がつく。

 そして、アメリカのオケが優れた指揮者を迎えて、鍛えられ、優れた楽団に成長する過程で、必ず技術的に劣った団員が大量に解雇されている。だから、そうでないオケには、満足に弾けない楽団員がたくさんいたわけだ。

 だから、たしかに、ノリントンが聴いたオケはビブラートを満足にかけられなかったのかも知れないが、雑誌でノリントンが言っている、「当時ビブラートはジプシー音楽の特徴で、下品だと思われていた」というのは、どう考えても納得できない。ワルターやトスカニーニの演奏には、下品さなどはまったくないのだから。

 さて、番組で紹介されていたモーツァルトの演奏では、いろいろと不思議なことがあった。

 ノンビブラートの演奏をさせている割りには、編成が大きく、弦は通常のベートーヴェンを演奏する位いたし、ファゴットだけだったと思うが、倍管だった。
 それから、当時の演奏スタイルを踏襲するという人たちで決して実行しないことがある。それは弦のボーイング問題である。

 オケがボーイングを揃えるようになったのは、19世紀に入ってからのようだ。だから、ベートーヴェンやモーツァルトの時代は、弦楽器は個々人勝手なボーイングで演奏していたらしい。最も、音符そのものが、ボーイングを規定している面があるから、まったくばらばらだったということはないだろうが、演奏の都合上、必ずしも譜面やフレージングとボーイングが正確な対応関係を保持できないことがあるから、決めない限りは揃わない部分が出てくる。

 たぶんベルリオーズのころに、フランスのオケがボーイングを揃えたところ、聴衆が驚いたという文章を読んだことがある。

 当時の演奏スタイルを踏襲する楽団は、ぜひボーイングもまちまちでやってほしいなと思うのだが、どうだろうか。
http://wakei.at.webry.info/200703/article_3.html
10:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:05:09


ノリントンの不気味なマーラー ― 2007/01/13

PCM放送(クラシック7)のユーロライブシリーズで、サー・ロジャー・ノリントン指揮シュツットガルト放送交響楽団のマーラー交響曲第4番とブラームスのピアノ協奏曲ハ短調第1番を聞いている。

サー・ロジャー・ノリントンは、ベートーヴェンの交響曲全集やベルリオーズの幻想交響曲等をピリオド楽器で録音しているので有名。つまり、前に書いた様なピリオド楽器による演奏を古典派から後期ロマン派まで拡張・進出して来ている訳。

シュツットガルト放送交響楽団は、勿論、モダン楽器によって編成されている「20世紀的」なオーケストラである。この様なモダン楽器でも弦楽器は、特にピリオド奏法(ノンビブラートや、強弱のスケール誇張、グリッサンドの排除)を採用する事でオリジナル楽器的な響きを得る事が出来る。特に弦楽器による合奏では、独特の響きを持つ。こうした特長を生かして、ジンマン指揮のチューリッヒトーンハレ響のベートーヴェン全集の様に特色ある録音も行われ、それなりの評価を受けている。

ピリオド楽器、ノンビブラート奏法による弦楽合奏の響きを「虹色の素晴らしい響き」と評した評論家もいる。たしかに少し、気色の悪い、独特な暗い響きがある。希望がない21世紀の時代にマッチしているのだろう。

後期ロマン派の楽曲にこうした奏法が採用された場合には、奇妙な効果を産む様だ。例えば、ブラームスのピアノ協奏曲には、巨大な序奏部分がティンパニーの響きと共に始まるが、主旋律、オビリガートの進行を他のパートが和声的に支えていく仕組みとなっているが、特にブラームスの作曲技法で特色的なのは、木管楽器群に主旋律及びオブリガートを受け持たせて、絃楽器群が和声を受け持つ書き方が随所に見られる点で、通常は、この場合は、絃楽器は、トレモロで持続音を受け持たせる。これは、ベートーヴェンの第9の序奏部を見ると判るが伝統的な作曲法である。しかし、ブラームスの場合は、単なる持続音で弾かせている。

こうした場合にノンビブラートで演奏されると、中世音楽の様なポリフォニックなものが浮き彫りになるので、非常に気味が悪く独特の印象を与える。ここの部分を当たり前の演奏で聞けば、和声を保つ弦楽はビブラートがかかっているので、非常に優しい内面的な精神を表す事になるのだが、その様な事は皆無だ。

グスタフ・マーラーの場合は、ビブラートとグリッサンドの多用で弦楽器を演奏させている。交響曲第4番の演奏をメンゲルベルク指揮アムステルダムコンセルトヘボーで聞いて見ると良いだろう。マーラーは、この演奏を生前聞いて最も良いと評価している。

ノリントンの場合は、全ての旋律が教会音楽の様にノンビブラートで弦楽器を弾かしている。管楽器も出来るだけビブラートを排除、強弱もデジタリックに劇的に展開する。たしかに、この方法では、速い楽章は成功するが、特に第2楽章は、悪魔的なソロヴァイオリンを浮きだたせる様な独特の効果を挙げているが、やはり!と思ったのが、第3楽章アダージョ、「平安に満ちて」と作曲者の指示があるが、退屈極まりない音楽を展開する。最大の欠点は、絃楽器群にマーラーのシンフォニー独特の透明感が全く失われてしまっている点である。

この様な演奏の傾向が一般化すれば、そら恐ろしい事になると思う。
http://fry.asablo.jp/blog/2007/01/13/1110128
11:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:09:42

オーケストラ演奏におけるビブラートの歴史 (1)


ノン・ビブラート奏法によるマーラーの衝撃

2003年、英国の著名な指揮者であるロジャー・ノリントンは、バッハやモーツアルトのみならず、ベルリオーズやマーラーらロマン主義の作曲家の演奏にも、弦楽セクションにおいてノン・ビブラート奏法を適用すべきと主張(1)、実際に、ノン・ビブラート奏法で通したマーラーの第九交響曲の録音を発表し、国際的に大きな議論を巻き起こした。彼が特に指摘しているのが、すべてのフレーズでビブラートを用いる「弦楽セクションにおける恒常的なビブラート」の使用の是非についてである。

ノリントンの主張をまとめると以下のようになる。


1. ベルリオーズ、シューマン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、マーラー、シェーンベルグ、ベルグの時代にはただ一種のサウンドだけがあった。暖かく、表現豊かでビブラート無しの純粋なトーンである。

2. 当時、弦楽奏法にビブラートは存在したものの、ソロにおける演奏においてのみ使われていた。オーケストラにおける弦楽セクションの恒常的なビブラートは20年代の初期まで導入されず、それもエンターテインメント好きのフランスで始まった。

3. イギリス人が20年代後半にそれを取り入れた。

4. ドイツやアメリカの有力オーケストラは30年代までビブラートを取り入れていない。ベルリン・フィルは1935年以降。ウィーン・フィルは1940年代以降である。

5. 故に、これからはオーケストラからビブラートを取り除き、ロマン派の作品でもクリアでピュアなサウンドを指向すべきである。


ノリントンの説には異論も多く、音源などの具体的な証拠と合致しない点もある。何より、マーラーを始めとする後期ロマン派の音楽と、ノン・ビブラート奏法が合うかという問題もある。この問題については、アメリカの評論家であるDavid Hurwitzが反ノリントンの立場から二つの論文(2)(3)を書いている。Hurwitzの分析は膨大な文献と証言に基づいて書かれているが、やや強引で感情的な論が目立つ。疑問なのは、音源について「録音が悪くて判断材料にならない」との理由で、一切考察の対象に入れていないことである。さらに、彼は映像資料については全く触れていない。よって、このページでは、ノリントンの主張を、Hurwitzの主張と対比させつつ、映像、音源、文献を用い、多角的な視点から客観的に検証することを目指したい。


ビブラートの発達

楽器のビブラート奏法がどのように発展してきたかについては諸説あるだろうが、基本は声を模すところから派生してきたものと考えられる。歌においては、ビブラートに似た手法は、草の根レベルでは非常に古い時代から使われていた。例えば、酒場などで歌を歌った場合、狭い範囲の周波数の歌声は騒音に簡単にかき消されてしまう。倍音を多く含む声を出したり(例:モンゴルのホーミー、フラメンコのカンテ)か、音の周波数を広くすることで、雑音にかき消されずに音を響かせることができる。後者がビブラートである。

楽器も同様で、ジプシーヴァイオリンが酒場などで使われるのは、あの奏法が倍音を増やし、周波数の振り幅を増やすからである。様々な周波数が交差し、互いに干渉しあうオーケストラ演奏においても同じことが言える。これに関しては、David Hurwitzは2012年の論文において、ヴァンサン・ダンディのパリ音楽院における講義ノートを例に取り上げている。そのノートによれば、

チェロ・セクションからヴァイオリン・セクションを分離させるために、ビブラートが有効である事が示唆されていたという。

これに加えて、19世紀末頃から、コンサートホールも大きくなりはじめ、音をより遠くに響かせる必要が生じたこともビブラートの普及を促進した。

ノースカロライナ大学のMark Katzによれば、20世紀前半にレコード録音が始まったことも無視できないという。彼によれば、録音における臨場感の欠陥を補うために、ビブラート奏法がさらに使われるようになったというのだ。


ロマン主義の勃興とビブラートの間にも密接な関連がある。ロマン主義以前の中世の音楽、古典音楽においても、長く引き延ばしたフレーズを彩る装飾音やメリスマが汎用されており、音の周波数を変える下地はできあがっていた。

ヴァイオリンのビブラートは18世紀以前から存在していており、レオポルド・モーツアルトが文句を言っていた程汎用されていたようだが、時代が進むにつれ。旋律は人間の情念との関係性を深めるようになり、感情表現の有効な手段としてビブラートが用いられるようになった。

ビブラートを意味する<>のマークは、シューマンの楽曲に登場し、以降、ヨアヒム、エルガー、そしてマーラーらが使用していたという。

ノンビブラート・奏法によるマーラー演奏の是非

ノリントンがノン・ビブラート奏法の根拠としてあげるのが、1938年にブルーノ・ワルターとウィーン・フィルによって録音された、マーラーの交響曲第九番の録音である。ここでは、当時ウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていたアーノルド・ロゼーの影響もあって、全編にわたりノン・ビブラート奏法が使われている(と、ノリントンは主張する)。

アーノルド・ロゼーはマーラーとも親しく、1881年から1938年までウィーン・フィルのコンサートマスターを務めていた。彼はビブラートの使用に批判的で、残された録音においても控えめなヴィブラートしか確認できない。ウィーン・フィルのチェアを務めたオットー・シュトラッサーは、1922年に行われた自身の入団オーディションの出来事を次のように回顧する。


私が始めてオーディションに行った時、監督のシャルク、カペルマイスター ライヒエンバーガー、コンサートマスターであるアーノルド・ロゼーらによってなる委員会だった。ロゼーは優れた芸術家だったが、大変伝統主義的だったので、だいぶ前から汎用されるようになっていたビブラートをあまり好んでおらず、時々使うのみであった。だから、難しいパッセージの後に、ロゼは私にローエングリンとエルザが教会に入るカンティレーナを弾くように命じ、私がビブラートを使って心情を吐露するように弾き始めた時、ロゼーと意見を同じくするシャルクは私を遮ってこういった。「嘶くのはやめたまえ」。

James Barhamによれば、マーラー自身、現在行われているようなビブラートを高く評価しておらず、クリーンなバロック風の音を好んでいたという。彼は親しい友人のヴィオラ奏者、ナタリー・バウアー=レヒナーに、ビブラートを指して「実態も形もないドロドロの液体」と語っている。

マーラーがビブラートを好んでいなかった根拠としてあがるのが、第五交響曲のアダージェットにある「ビブラート」の指定だ。逆に言えば、この箇所以外はビブラートを用いずに演奏せよ、と解釈できる、とノリントンは指摘する。

これには異論がある。David Hurwitzは、ニューヨークフィルでマーラーの元でヴァイオリンを弾いていたHerbert Borodkinの証言を指摘し、マーラーは「今日の指揮者よりもはるかに多くのビブラート」を要求し、歌うように要求していたという 。このマーラーの姿勢を間接的に支持する資料として、マーラーによる交響曲第5番のピアノロール録音がある。

マーラー 自作自演 交響曲第5番 第1楽章(ピアノロール)
Gustav Mahler plays his symphony no.5 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NK8l47x6mVc

Gustav Mahler, complete piano rolls recordings (1905)
https://www.youtube.com/results?search_query=Mahler+piano+rolls


もちろん、この録音ではオーケストラのビブラートの有無を知ることはできないのだが、テンポや歌いまわしには濃厚な19世紀的ロマンチシズムがあふれている。この歌をビブラート無しに奏した演奏があったとすれば、それはかなり不自然なものになるだろう。

マーラー作品のオーケストレーションのやり方から見ても、彼が見通しの良いサウンドを志向していたのはほぼ間違いないのだが、その一方で完全にビブラートを取り去ってしまうことが正しいかどうかについては、強い疑問が残る。実際のところ、ノリントンがノン・ビブラート奏法を正当化する根拠としてあげているワルターのマーラーの第九交響曲の録音においても、ノン・ビブラート奏法とは明確に異なる、豊かで甘さを伴うソノリティが時折弦セクションから聴こえるのである。
http://www.fugue.us/Vibrato_History_1.html

オーケストラ演奏におけるビブラートの歴史 (2)

音源、および映像資料による検証

ここでは、ノリントン説を音源、および映像資料から検証してみたい。

映像記録というものは判断材料として最も信頼度が高いものだが、残念ながら、1920年代、30年代のオーケストラ映像はあまり残っていない。現在残っている最古の映像資料は、1926年に撮影された、ニューヨークフィルのものである。

一方、音源資料は数自体は多いものの、ビブラート有無の判断材料としての有用性は高くない。当時の録音技術では、ビブラートの有無がわかるほどの情報量が記録されなかったからである。もちろん、音源によっては、ビブラートの有無がある程度確認できるものもあるが、リスナーが確認できた、できなかった、というのは、実際のビブラート使用とはあまり関係がない、ということは常に留意しておく必要がある。


ウィーンのビブラート

ここでは、「1940年代までウィーン・フィルはビブラートを採用していない」というノリントン説の一つを検証する。まず、1944年に収録された、リヒャルト・シュトラウス指揮のウィーン・フィルの有名な映像がある。ここでは、ヴァイオリン・セクションにおけるビブラートの使用が視覚的に確認できる。ノリントンの「1940年代までは」という発言は、この映像を念頭に置いたものであろう。

それ以前の録音記録、つまり、ウィーン・フィルが1920年代から30年代にかけて残した録音を調べると、ビブラートの使用がはっきり確認できないもの、あるいは非常に控えめなものが少なくない。例えば、1929年に録音されたヘーゲル指揮のスッペの「スペードの女王」においては、低弦における美しいノン・ビブラートらしき音が聴こえる。
映像資料としては、ウィーン・フィルの団員が参加した映画「Maskerade」(1934)がある。ここでは、指揮者の曲の紹介に続いて、弦の強奏が一瞬映る。明らかに、ヴァイオリニストとベーシストの左手は動いていないのだが、よく眼をこらすと、指揮者の右脇から、ビブラートをしているチェリストの左手が一瞬垣間見える。


1940年以前のウィーン・フィルがビブラートを使っていたという証言はいくつかある。1919年に、ジャーナリストのRichard Specht (1870-1932)はウィーン国立歌劇場(宮廷歌劇場)管弦楽団(=ウィーンフィルの母体)以下のように書いている。


「1870年代の音楽家はほとんど消え去り、ハンス・リヒター時代の音楽家はほとんど残っていない。指揮者は変わったものの、オーケストラの特徴、仕上がり、響きは全く変わっていない。今日においては、同じランクに数えられるオーケストラはあるが、同じたぐいのオーケストラは存在しない。

ヴァイオリンセクションのビブラートや情熱的な名人芸、チェロセクションの芳しいカンティレーナ、力強いコントラバス・セクションのいずれも、真似の出来ないものがある」。


1960年のインタビューで、ブルーノ・ワルターも、

「ウィーン・フィルのサウンドは1887年から変わっていない」

「ビブラートのやり方(中略)は他では聴いたことがない」

と言い切る。実際のところ、ノリントンをしてノン・ビブラ-ト奏法の例とされるワルターのマーラーの第九においてさえ、大きく歌う箇所において、ビブラートが使われているのが確認できる。
こういった証言、資料を総合的に見て判断すると、以下のように結論できる。


まず、ウィーン・フィルはロゼーやシャルクの影響で、他のオーケストラに比べて、ビブラートを濫用することはしなかった。ただ、常にビブラートを完全に取り去って演奏していたわけではなく、場面に応じてビブラートを有効に使用していた(ただし、この傾向は程度の差はあれど戦後まであった。ウィーン・フィルが現在のような豊麗な響きを獲得するのは、1960年代中頃以降の話である)。
http://www.fugue.us/Vibrato_History_2.html

オーケストラ演奏におけるビブラートの歴史 (3)


ドイツ、アメリカのオーケストラのビブラート

ノリントンは、「ドイツとアメリカのオーケストラは1930年代になるまでビブラートを採用していない」としている。

映像では1932年の段階で、ビブラートが確認できる。例えば、フリッツ・ブッシュが1932年にドイツのザクセン(ドレスデン)州立管弦楽団を振った映像では、弦楽セクション、特にチェリストの左手ははっきりとビブラートの動きをしている。


エーリッヒ・クライバーが1932年にベルリン国立歌劇場管弦楽団を振った映像(下)にも、弦楽セクションのビブラートがはっきり捉えられている。

Musikstadt Berlin 1932 Tonfilm Erich Kleiber & Staatsoper Orchestra, Mozart in open air.
http://www.youtube.com/watch?v=Mhklw9Uzbc4
同様に、1932年、マックス・フォン・シリングスが振ったベルリン国立歌劇場管弦楽団の映像においても、ソロのみなず、バックのチェロ・セクションでビブラートの使用が確認できる。

以上の映像記録は「ドイツにおいては、1930年代以降にビブラートが使われ始めた」というノリントン説と矛盾しない。それでは、ドイツにおける1930年代以前のビブラート使用はどうだったかというと、残念ながらドイツのオーケストラに関しては、1920年代の映像が無いのである。そのため、音源、および証言をたどる他ない。

ノン・ビブラート奏法の非常の有名な例としては、アルトゥール・ニキシュが1913年に録音したベルリン・フィルとの「運命」の録音がある。ここでは、ビブラート奏法はほとんど確認できない。

しかし、ニキシュが常にビブラートを使わずに演奏させていたわけではないようだ。作曲家のNicolas Nabokovの証言によると、1920年代初頭のニキシュとベルリンフィルのとあるコンサートにおいて、「(モーツアルトにおいて)薄く鋭角だったトーンは、チャイコフスキーでは丸くなり、プーシキンの言う喜びと一種のロシアーユダヤ的な肉感性に満ちていた。そして、弦楽のビブラートの背後には、正確なイントネーションがあった」 とある。


ニキシュの後を継いだフルトヴェングラーは、密度の高い音作りを目指しており、当然ながらビブラートについても肯定的だった。David Hurwitzによれば、フルトヴェングラーが1908年に作曲した作品にビブラートの指定が登場するという。彼とベルリン・フィルの最初の録音は、1926年の「魔弾の射手」序曲だが、ここでは録音の質の問題から、弦楽セクションでビブラートが使われているかどうかは判断できない。ただし、豊麗で密度の高い弦セクションの音は、録音技術の進歩を考えたとしても、1913年のニキシュの録音のひなびた響きとは質的に異なっているようには聴こえる。

1927年、ジーグフリード・ワーグナー指揮バイロイト祝祭管弦楽団によって録音された「パルジファル」の聖金曜日の音楽においては、かなりはっきりとビブラートが捉えられている。バイロイト祝祭管弦楽団は、ドイツ国内の有力オーケストラのメンバーから構成されている混成部隊。その観点で言えば、ここの音が、当時のドイツの平均的なサウンドを表していると言っても過言ではないだろう。

1927年、カール・ムック指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団によって録音された「トリスタンとイゾルデ」前奏曲。ビブラートが弦セクションにかかっており、現代の豊麗なオーケストラの響きと変わらないのが確認できる。

重要なものとして、最古のオーケストラ映像の一つとして、ヘンリー・ハドレーが1926年にニューヨーク・フィルを振った映像が残っている。おそらく、ノリントンはこの映像の存在を知らなかったのだろう。弦楽奏者のビブラートがはっきり確認できる。「アメリカでは1930年までビブラートは導入されていない」とする彼の説を覆す強力な証拠だ。


以上の資料を見る限り、少なくとも、ドイツとアメリカのオーケストラに関しては、「ビブラートは1930年代まで登場しない」とするノリントンの主張が事実誤認、あるいは誇張であったことがわかる。

一方、ウィーン・フィルについては、現在に比べてごく控えめなビブラートが使われていたらしい、という点で、ノリントンは事実の一部を捉えている。

ただ、当時のウィーン・フィルが完全にノン・ビブラートで演奏していたかのような主張は正確ではない。それは、1938年のワルターのマーラーの第九を含む音源、証言からも明らかだ。

歌う箇所はビブラートを用い、透明な響きが必要な箇所では控え目になった。
ある意味当然のことである。

ノリントンが推進する、ノン・ビブラート奏法を奏者に徹底させるマーラーというのは、ワルターとウィーン・フィルのナチュラルなスタイルとは本質的に異なったものだ。

とは言え、ノン・ビブラート奏法をマーラーの作品で使うこと自体に問題があるわけではない。現代ピアノでバッハを弾くことができるのであれば、ピリオド奏法でマーラーやベルクを弾いて何ら悪いことはないのだ。まして、ノン・ビブラートの透明で美しい響きは、どのような曲でも一定の説得力を持つ。音楽的整合性と歴史的整合性は切り離して考えるべきである。

ただし、ノリントンがピリオド楽器を使うプロの音楽家でありながら、客観的立場である筈の研究者として振る舞い、不十分な情報に基づいて「かつて、ただ一種類のサウンドのみあった」という不正確な情報を提供したことについては、いささか問題があったと言わねばならない。映像資料と言う決定的なデータが少ないことをいい事に、自らに都合の良い歴史解釈を行った感が否めないのだ。1926年に撮影されたハドレー指揮のニューヨーク・フィルの映像は、データに裏打ちされていないノリントン説の問題を浮き彫りにしている。


彼は、世界的な影響力があるニューヨークタイムスやガーディアンを選び、センセーショナルな論文を発表、ロマン派における自己の演奏スタイルを巨大メディアを使って正当化した。しかし、彼が本当に音楽性だけで勝負してきたアーティストであったのであれば、自己正当化も、事実の誇張も必要なかった筈だ。

マーラーをピリオド奏法でやってみたかった、と正直に言えばいいだけの話である。

しかし、ノリントンはそのようなタイプのアーティストでは無く、歴史的整合性と音楽的整合性の間に矛盾があってはならない、あるいは前者が後者に優先する、と考える一派の出身だった。モダン楽器を用いた現代の演奏スタイルへを批判し、そのアンチテーゼとして活動してきた一派だ。だからこそ、音楽性以上に、自己の演奏スタイルの「歴史的正統性」とやらが絶対的に必要なのである。

マーラーにおいても例外ではなく、自らの直感に従うのではなく、何らかの歴史的裏付けが欲しくなった。つまるところ、ノリントンがあのような極端な事を言った背景には、音楽とは無関係な、一種の個人的、かつ政治的な事情があったということだ。
http://www.fugue.us/Vibrato_History_3.html
12:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:11:09

ビブラートの悪魔
小説や映画で悪魔が登場するとき、彼はしばしばヴァイオリンを弾いている。「悪魔のトリル」というヴァイオリン独奏曲があるし、ストラヴィンスキーが作曲した「兵士の物語」でも悪魔はヴァイオリンと共に現れる。

何故悪魔はヴァイオリンを弾くのか?その理由のひとつはあのギーギー擦る音が耳障りであるということと、もう一つはそのビブラートが気色悪いということが関係しているのではないかと僕は推察する(「悪魔のトリル」では音を上下に揺らすダブルストップのトリルが多用されている)。

世の中には絶対音感を持っている人が少数ながらいる。彼らは「バイオリンの音を聴いていると気分が悪くなる」と言う。

ビブラートは音の波である。単音をビブラートで延ばすとその周波数には一定の振幅が出来る。そのゆらぎが絶対音感を持つ人にとっては我慢ならないのだろう。

チェンバロ/オルガン奏者でバッハ・コレギウム・ジャパンの指揮者、鈴木雅明さんは

「終始ビブラートを掛けっぱなしの弦楽四重奏の演奏は頭が痛くなって聴くに堪えない」

という趣旨の発言をされている。恐らく雅明さんも絶対音感を持っていらっしゃるのではないだろうか?

こうして考えてみるとビブラートというのは一種の誤魔化しの行為ともいえるだろう。合奏前のチューニングで多少ピッチがズレていても、ビブラートを掛け続ければあたかも合っているように聴こえるのだ。

音楽の先生はビブラートのことを「音色を豊かにする手段」だと生徒に教える。
でも、果たしてそれは本当だろうか?

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの時代、弦楽奏者はビブラートを掛けずに演奏した。現代フルートはビブラートを掛けるが、バロック・フルートであるフラウト・トラヴェルソはノンビブラートで吹く。

ではいつ頃からオーケストラはビブラート演奏を始めたのだろう?

指揮者のロジャー・ノリントンはそれは20世紀初頭だと言う。

ロマ(流浪の民。最近では「ジプシー」という呼称は差別用語とされている)のヴァイオリン奏法を取り入れ、それが急速に広まったのだと主張している。

彼の説が正しいかどうか僕には分からない。しかし、リストの「ハンガリー狂詩曲」が出版されたのが1853年、ブラームスの「ハンガリー舞曲集」が出版されたのが1869年。彼のピアノ協奏曲第2番、第4楽章にもロマの旋律が登場する。さらにドヴォルザークには「ロマの歌」という歌曲集がある。

このように19世紀半ばよりロマの音楽に対する関心が高まり、そのヴァイオリン奏法も次第に取り入れられるようになってきたのではないかと想像する。


今、僕の手元にラフマニノフが自作自演したピアノ協奏曲のCDがある。
録音されたのは1929-41年。

驚くのはそのテンポの速さである。現代では、この疾走するテンポでラフマニノフが演奏されることはない。考えるに、そのロマンティックな文脈を強調するために、時代と共に次第にテンポが落ちて溜めて弾くスタイルへと変化してきたのではないだろうか?

テンポが遅くなると、ひとつの音を延ばす時間も長くなる。
ノンビブラートだと間が持たない。
これこそがビブラートで弾くのが好まれるようになった真の理由なのではなかろうか?

「テンポの遅延とビブラートの多用(乱用)は相関する」
というのが僕の提唱する仮説である。


ベートーヴェンの交響曲のスコアには詳細なメトロノームの指示が明記されている。しかし、フルトヴェングラー、ベーム、カラヤン、バーンスタイン、朝比奈ら20世紀の巨匠達はこれを無視し、はるかに遅いテンポで振ってきた。その理由は、驚くべきことに20世紀にはベートーヴェンが指示したメトロノーム速度は間違っていると信じられて来たからである。

その考えに異を唱えたのが20世紀後半に台頭して来た古楽器オーケストラの指揮者アーノンクール、ブリュッヘン、ガーディナー、ノリントン、そして延原武春たちである。彼らはベートーヴェンの指示通り演奏可能であり、それこそが作曲家の頭の中に響いた音楽なのだということを示した。

そしてその速いテンポで演奏するとき、ビブラートの存在意義は消滅したのである。その潮流は現在、モダン・オーケストラにも押し寄せて来ている。これこそがピリオド・アプローチであり、21世紀の古典派音楽ルネッサンスなのだ

(参考までにベートーベンのメトロノーム指示に対するノリントンの考察をご紹介しておく。こちらからどうぞ)。
http://www.kanzaki.com/norrington/note-sym9.html

20世紀の音楽教育のあり方は正しかったのか?ということが今、問われようとしている。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_bf7e.html


知られざるヴィブラートの歴史

ルネッサンスからバロック期、そしてハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(1827年没)の時代に至るまで、装飾音以外で弦楽器や管楽器に恒常的ヴィブラート(伊: vibrato)をかける習慣はなかった(当時の教則本などが根拠となる)。

それを現代でも実践しているのが古楽器オーケストラ、例えば日本で言えばバッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカ、大阪ではコレギウム・ムジクム・テレマン(テレマン室内管弦楽団)等である。

19世紀半ばになると、ロマ(ジプシー)の音楽に関心が高まる。リスト/ハンガリー狂詩曲(1853)、ブラームス/ハンガリー舞曲(1869)、ビゼー/歌劇「カルメン」(1875)、サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン(1878)等がそれに該当する。

それとともにジプシー・ヴァイオリンのヴィブラートを常時均一にかける奏法(continuous vibrato)が注目されるようになった。これは従来の装飾的ヴィブラートが指でするものだったのに対し、腕ヴィブラートへの変革も意味した。


ここに、continuous (arm) vibratoを強力に推進する名ヴァイオリニストが颯爽と登場する。フリッツ・クライスラー(1875-1962、ウィーン生まれ)である。20世紀に入り急速に普及してきたSPレコードと共に、彼の名は世界的に知られるようになる。

音質が貧弱だったSPレコードに於いて、甘い音色を放つヴィブラートという武器は絶大な威力を発揮した。その”ヴィブラート垂れ流し奏法”と共に弓の弾き方(ボウイング)にも変化が起こる(このあたりの事情はサントリー学芸賞、吉田秀和賞を受賞した

片山杜秀 著/「音盤博物誌」-”さよなら、クライスラー”
http://www.amazon.co.jp/%E7%89%87%E5%B1%B1%E6%9D%9C%E7%A7%80%E3%81%AE%E6%9C%AC-1-%E9%9F%B3%E7%9B%A4%E8%80%83%E7%8F%BE%E5%AD%A6/dp/4903951049/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1368433753&sr=1-1&keywords=%E9%9F%B3%E7%9B%A4%E8%80%83%E7%8F%BE%E5%AD%A6

に詳しく書かれている)。

一方、当時のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はノン・ヴィブラートを貫いていた(1938年にレコーディングされたワルター/ウィーン・フィルのマーラー/交響曲第9番でもヴィブラートはかけられていない)。

クライスラーはウィーン・フィルの採用試験を受けるが、審査員の一人だったコンサートマスター、アルノルト・ロゼは「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と言い、「音楽的に粗野」という理由でクライスラーを失格させた。

しかしマーラーの妹と結婚し、自身もユダヤ人だったロゼはナチスのオーストリア併合直後に国外追放となり、ロンドンへ逃れ客死。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられアウシュビッツで亡くなったという

(オットー・シュトラッサー 著/「栄光のウィーン・フィル」音楽之友社)。
http://www.amazon.co.jp/%E6%A0%84%E5%85%89%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E2%80%95%E5%89%8D%E6%A5%BD%E5%9B%A3%E9%95%B7%E3%81%8C%E7%B6%B4%E3%82%8B%E5%8D%8A%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BC-%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B5%E3%83%BC/dp/4276217806/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1368433848&sr=1-1&keywords=%E6%A0%84%E5%85%89%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB


第2次世界大戦後、1950年代に入りオーケストラは大きな転機を迎える。スチール弦の普及である(これは鈴木秀美さんのエッセイに詳しい)。

それまで弦楽奏者たちは概ね羊の腸を糸状に縒ったガット弦を使用していた(パブロ・カザルスもガット弦でバッハ/無伴奏チェロ組曲をレコーディングしている)。ガット弦よりスチール弦の方が強度に優れ切れにくく、湿度の影響も受けない。おまけに値段も安価である(消耗品だからその方がありがたい)。だから皆、一気に飛びついた。しかし柔らかい音色のガット弦に対し、金属製のスチール弦は硬質な音がする。

ヴィブラートの普及には様々な説があるが、その音質の違和感を緩和するために恒常的ヴィブラート奏法(continuous vibrato)が推奨されるようになったのも、理由の一つに挙げられるだろう。


その過程に於いて、フルートやオーボエなど管楽器にもヴィブラートが普及していった。フルートの場合、以前は木製のトラヴェルソであったが、19世紀半ばからリングキーを採用したベーム式が普及し始め銀製の金管楽器に取って代わられる。故に木管らしからぬ金属的響きを、ヴィブラートによって緩和する目的もあったのではないかと推測される。


ヴィブラートの普及に呼応して、オーケストラの演奏速度は遅延の方向に向かう。速いテンポではヴィブラートを十分に効かせられないからである。

ここに1920年代から40年にかけ、ラフマニノフがオーマンディやストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団と共演した自作自演によるピアノ協奏曲の録音がある。驚くべきは、現代とは比較にならないくらい速いそのテンポ感である。20世紀の間にラフマニノフがロマンティックな文脈で捉えられるよう変化していった過程がそこに垣間見られる。

ベートーヴェンの交響曲も次第にロマン派以降の価値観で解釈されるようになり、遅くなっていった。ベートーヴェンがスコアに指示した極めて速いメトロノーム記号に則して演奏すると、ヴィブラートをかける暇などない。

そこで、

•ベートーヴェンの時代は器具が正確ではなかったのでスコアに記されたメトロノーム表記は必ずしも信用できない。

•耳が聞こえなくなってから、ベートーヴェン本人が考えているテンポより速い表記になっている可能性が高い。


などといった、こじつけにも等しい説が登場した。しかし、考えてみて欲しい。まず作曲者本人を疑うとは何と無礼なことであろうか!
スコアに記されたテンポで十分演奏可能であることは、延原武春、ブランス・ブリュッヘン、ロジャー・ノリントンら古楽系の指揮者たちが既に証明済みである。


こうやってヴィブラートの歴史を見ていくと、現在盛んに行われるようになってきたピリオド奏法(=モダン楽器を使用して古楽器風に演奏すること)は理に適っているのか?という疑問も生じてくる。つまり、

金属的響きのするスチール弦をノン・ヴィブラートで演奏することに果たして意味はあるのだろうか?

という問いである。そういう意味でピリオド奏法をする弦楽奏者達は今一度原点に立ち返り、スチール弦からガット弦に張り替える勇気を持つ必要もあるのではないかという気が僕にはするのだ。

ちなみにダニエル・ハーディングやパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督を務めてきたドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは奏者全員がガット弦だそうである。また名ヴァイオリニスト ヴィクトリア・ムローヴァも、最近ではガット弦を張り、バロック弓を使用している。

ヴィブラートにまみれ、スコアに記されたメトロノーム指示を無視した、遅くて鈍重なベートーヴェンを未だに「ドイツ的で重厚な演奏」と褒め讃える人々がいる。ドイツ的って一体、何?僕には皆目、理解が出来ない。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/20-7b10.html
13:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:20:45


「ピリオド奏法について考える」

ヴィブラートについていえば、そもそもニコラウス・アルノンクールが、子供のころ(1920年代~30年代)に生で聞いていた演奏というのは、20世紀半ばからのようなヴィブラートではなかったと証言している。

また、その頃は現在の様なスチール弦オンリーではまだなかったことは、日本において当時使われていた楽器が屋根裏物置から発見されるたびに裸のガット弦を張った状態だということからも、ある程度は察しがつく。1920年代を体験した人がまだ現役でがんばっている。決して貧弱な録音だけからなんとか想像できるような遠い昔のことではない。

1920年代以前の録音を聴いても、人によってバラバラ。いまの古楽器奏者と同じようなボウイングやヴィブラートをする人もいれば、20世紀後半の「巨匠スタイル」の人もいる。そして、忘れてはならないのは、20世紀はじめであっても、曲によって弾き方をかなり使い分けているということ。

ヨアヒムもブラームスの曲とバッハの曲では全然弾き方が違う。そしてロマン派の典型的装飾であるポルタメントを多用する時には決してヴィブラートと同時に使わない、という鉄則をきちっと守っている人もいる。いずれにせよ、19世紀から20世紀はじめにかけてもなおノンヴィブラート奏法が行われていたことは否定はできないということ。

それよりも、記譜法の変化や和声や音型のとらえ方、アーティキュレーション、舞曲のリズム等について述べているものがほとんどないというのには驚きました。少なくとも、バロック、古典派、前期ロマン派までの記譜法というのは、時代だけでなく地域によっても、作曲家によってもかなりばらつきがあったということ、そして当時の記譜法についてある程度勉強しないと楽譜に書かれたそれぞれの記号の持つ意味(または可能性)を理解できないこと。記号の意味がわからなければそもそも楽譜を正しく読んだことにはならない。これは古楽器か現代楽器かという問題などではない。まして、好き嫌い、趣味の問題では到底ない。意味、可能性がわかってその範囲内で趣味が問われる。

当時の響き、演奏など再現できるわけではなく、あくまで現代の聴衆の耳、感性に合わせて演奏するしかないというのはごもっともな意見であり、古楽器奏者もそのことは十分に承知している。ただし、それは、楽譜に書かれた記号の意味を学んだうえでのことというのが前提である。

平安時代の源氏物語や枕草子は、そこまでさかのぼらなくても江戸時代の作品は、現代人には理解できないかといわれれば、現代人は現代人なりに理解して楽しむより他はない。しかしながら、そもそも「をかし」とか「わろし」のように、言葉のもつ意味が現代と違うまたは文法が違う場合には、同じ漢字、ひらがなで書かれていたとしても、現代の言葉の意味で理解してはいけないと言うことは、中学生でも知っている。古語辞典を引きながらでないと読めない場合もある。せめてそのくらいのことはわかった上で、現代人の感覚で理解、楽しんでください。これが、ピリオド奏法をやっているまともな指揮者の考えていることだと思います。

モンテヴェルディは徳川家康と同時代人、バッハは徳川吉宗と同時代人、モーツァルトはは松平定信と同時代人である。かなり昔の曲を我々は演奏している。やはり古語辞典が必要なのでは、と思うのは極自然な流れです。

これらを学んだ上で、なおかつ、楽譜に書かれた記号の意味をあえて別の意味に解釈して演奏することの是非についてはここでは問いませんが、それってよほど自信、確信がないとできないのでは。

それはともかく、たぶん、ピリオド指揮者(エセ、にわかを除き)は、こう思っているでしょう。

「ヴィブラートなんかなくたって、彼らの音楽はこんなにすばらしく、魅力的なんですよ!」

って。やるべきことをやっていれば(でもそれがなかなか技術的にも難しくて、コンクール優勝者クラスでも一朝一夕にはできないことは、トッパンホールでも実証済なのではありますが)、ヴィブラートがなくたっていくらでも表現できる。ボウイングテクニックで表現できることはいくらでもあるということでしょうか。確かに、ヴィブラートがなければこの曲は魅力的じゃないなんて言ったら、作曲家は怒りそうですね。作曲家はヴィブラートを聞かせるために曲を書いているわけではないですから。「ヴィブラートをかけないで」という指揮者の指示は、きっと「ヴィブラートがなくたって、あなた方ほどの実力(技術、音楽性)があれば十分に魅力的な表現ができるでしょう?」という問いかけでもあるのでしょう。演奏家もプライドにかけて「自分たちには無理」なんて口に出せないものだから、「やります」ということになる。すると、ヴィブラートをかけたときにもっと魅力的になる。

ヴィブラートがなくたって十分に魅力的だけど、もっと魅力的にするためにヴィブラートを使うのってありだと思います。他の方法による表現のじゃまにならない限り、あまり本質的なことではないのかなとも思います。

それと、ピリオド奏法にはモダン楽器にバロックボウ、またはクラシカルボウなどという発想には正直「?」です。安物のバロックボウでモダン楽器を鳴らしきるのはかなり大変です。高級モダンボウに比べて魅力的な音色が出るなどという保証はまったくありません。音楽の本質を崩さない範囲内で、モダンボウを使ってボウイングテクニックでカバーする方がよいのでは、と個人的には思っています。私自身はモダンボウでそこまでやるほどの腕がないので、泣く泣くクラシカルボウで妥協しましたが、音色はさびしい限りでした。弓の形云々もあまり本質的なことではないと思います。特に古典派以降の場合には。弦を裸ガットにするというのはそれなりに意味があるのかもしれませんが。

ピリオド奏法って、日本ではまだまだきちっと理解されていないのだなあ、誤解、偏見がまだまだあるのだなあ、と改めて感じて、ちょっと怖くなりました。このシリーズやめようかな・・・。
http://bcj.way-nifty.com/kogaku/2008/03/post_7000.html


ノンヴィブラートを斬る

ノンヴィブラートといえば、ピリオド奏法の象徴。アーノンクールやノリントンの練習風景でも、「もし可能であればヴィブラートをかけないでいただきたい」というところが必ず映し出されますし、ピリオド奏法の特徴として最初に挙げられるのもノンヴィブラートです。

L.Mozartはもちろん、19世紀後半から20世紀はじめの大提琴奏者でありJ.ヨアヒムの弟子でもあるL.アウアーがなんと1920年ころ(アーノンクールは1929年生まれ。そのころはすでに初期の古楽器復興運動が起きていた)に執筆した「ヴァイオリンの奏法」ですら、まだノンヴィブラートを推奨しているということ、さらにJ.ヨアヒムのバッハ演奏や戦前のオーケストラの録音などを聞くとノンヴィブラートだなどという色々な理由で、ノンヴィブラートが古典は以降の音楽についても推奨されます。

馬場二郎さんが1922年に実際にアウアーとやり取りしながら翻訳した「ヴァイオリンの奏法」からヴィブラートに関する記述をご紹介しましょう。なお、1998年にシンフォニアから新しい翻訳が出版されていますが、1922年当時の日本における受容も合わせて雰囲気を知っていただくために、あえて当時の訳を使わせていただきます。ただし、旧字体は新字体に直します。

四.音の出し方 三.震音(Vibrato)

震音-(中略)-の目的は或る樂句に對して-そして又、その樂句内の単音に對してさへも-もつと印象的な資質を与へるためなのです。此震音はポルタメントと同じやうに、始めは其効果をたかめて、歌うやうな美しい樂句乃至は単音を装飾し美化するためのものでありました。所が、今では不幸にして、歌者も絃楽器の演奏家も(中略)此震音の効果を濫用いたします。従って、そのために最も非芸術的な性質の災禍に巻き込まれてしまうのです。(中略)

この震音を濫用する癖のある演奏家乃至は演唱家の中には、それが自分の演奏乃至は演唱にさらによい効果を与えつつあると思ひ込むで居る人達もあれば、又、もっとひどいのになりますと、この震音を用ひる事が自分の演奏-悪い音の出し方や、間違った発声法-のあら隠しには至極便利な発明方案であると信じて居る人達さへもあります。然し、こんな小細工は無用と云ふ度を越えて、遙かに有害です。(中略)

如何なる場合にでも、震音は出来得る丈け謹み深く用ひられるのが最も望ましい事を記憶して居て下さい。この方法を余りに惜しまずに用ひますと、反ってあなた方がそれを用ひる眞の目的を破壊してしまいます。(中略)私は一つの樂句の中で互に連絡を保って居る持続音の場合にでも、決してそれを濫用しないやうに忠告して居ます。

とこんな感じです。途中ではもっと延々とヴィブラートを濫用する人々と其の弊害について述べています。ノンヴィブラートが基本で、ヴィブラートは必要な時にコントロールしてかけるものであって、無意識にすべての音にかかってしまうのは病気、肉体上の欠陥とすら言っています。

これは、1760年代にL.Mozartが述べていることとほとんど同じです。我々が1950~60年代に「伝統的だ」と思っていた演奏スタイルについて、そのわずか30年前には真っ向から反対する大提琴家がいたというのです。「伝統」というのがいかにあいまいなものかがおわかりいただけると思います。アーノンクールの子供のころは、まだこんな時代だったのです。

皆さんはこれをお読みになってどのように感じられるでしょうか?
この記述をもって、ノンヴィブラートが正しいといいきることはできるでしょうか?

しかし、よく読んでみてください。L.Mozartもアウアーも、ヴィブラートを無意識にすべての音にかける人が少なからずいることを嘆いているのです。つまり、ヴィブラートをすべての音にかけるべきという意見や演奏もかなり存在していたということです。たとえば、ジェミニアーニなどはこれよりはヴィブラートの使い方について積極的です。ヴィブラート積極派の残した文献はあまり紹介されないので、ノンヴィブラート派の意見ばかりがすべてであるような印象を受けますが、そうではありません。では、どちらが一般的で、どちらが「よい趣味」として適切なのでしょうか?

結局、過去のヴィブラートに関する記述だけでは、実際の演奏でヴィブラートをどう処理するかという結論は出ないのです。また、先日のアーノンクールの来日公演を聴いても、ウィーンフィルはもちろん、CMWですら実はかなりヴィブラートを使っています。では彼らはピリオド奏法ではない?

はっきりといえることは、「ノンヴィブラート奏法」というのは厳密に言えば間違いであり、ヴィブラートが無意識にかかってしまうのではダメで、ヴィブラートは音楽的に必要な時に自らが使いたいようにコントロールして使うことができ、音楽的に使いたくない時には使わないことができることが必要(アウアー流に言えば、「あなた方の主人としてでなく、あなた方の従僕として震音を適宜用いる」)だということです。

指揮者からここはヴィブラートかけないで、と言われたときにノンヴィブラートで演奏できるということです。ノンヴィブラートを表現の手段として使えるということです。これが簡単そうでいてなかなか難しい。無意識にかかってしまっていたので、慣れないうちは意識してかけないようにすることにかなり神経を使ってしまいます。一方、ヴィブラートであら隠しをしていたところが隠せなくなることで、音程やボウイングによる表現にもより一層注意を払わなければなりません。

それでは、具体的に何がヴィブラートをかけるかノンヴィブラートで行くのかを決めるのでしょうか?他にも色々ありそうです。
http://bcj.way-nifty.com/kogaku/2007/01/post_7c58.html

14:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:41:31


ヴァイオリンなどの弦楽器は17世紀から18世紀にかけて一旦完成したのだが、19世紀から20世紀にかけてかなり改造されて今日に至っている。改造の目的はおもに音量の増大であった。その成果は歴然としている。

筆者は映画「耳をすませば」の音楽録音のおり、モダンヴァイオリンと古楽器であるヴィオラ・ダ・ガンバやリュートのセッションを行ったことがあるのだが、モダンヴァイオリンの音が大きすぎて他の楽器の音をかき消してしまうのに驚いた。ヴィオラ・ダ・ガンバの音などは蚊の鳴く音のように感じられてしまうほどで、ヴァイオリンの音が如何に強大になったかを思い知らされた。
音の大きさの違い以外での大きな違いは、弓の形状の違いからくるフレージングの違いである。
図の上がバロック・ボウ、下がモダン・ボウである。バロック・ボウは短いだけでなく毛の量がモダンの3分の1ほどしかない。短くて毛の薄い弓で、なるたけ派手に鳴らそうとすれば弓を大きく使って素早くアップダウンを繰り返す、ということになる。

ヤープ・シュレーダーの教本によると、リズムの重心になる強拍はかならずダウン・ボウで弾くように勧めている。こんなわけで、バロック時代の弦楽器は音は小さいけれど、歯切れのいいリズムを強調した感じのフレージングを用いていたとされるのである。まあ当時はマーラーのシンフォニーに出てくるような息の長いメロディーは滅多に無かったので、話の整合性はとれているわけだ。


もう一つ重要なポイントは、ヴィブラートの扱い方だ。

ヴァイオリンというと、どの音にもヴィブラートがべったりとついているイメージがあるが、実はこれは20世紀に入ってからの慣習だったのだ。20世紀になったばっかりの頃の、猛烈に古い録音を聴いてみると確かにヴィブラートを殆どかけずに弾いているのが確認できる。

このことは声楽についても同じなのだ。ヴィブラートべったり演奏がはびこるようになったのは1920~30年代あたり、ちょうどヴァイオリンの弦がガットからスチールに変わり始めた頃とかさなるらしい。バッハの頃も、もちろんノンヴィブラートが普通で、特に音を強調したいときだけ装飾音としてヴィブラートを使っていたらしい。

ジャズ歌手でもアニタ・オデイやチェット・ベイカーなどを聴けば、そんな風にヴィブラートを効果的に使っている。こんな風にバロックとジャズやポップスの共通点は結構多い。
http://www.jizai.org/wordpress/?p=243

ノン ヴィブラートはうまいヴィブラートに劣らぬ表現力があると思う!

ヴァイオリン演奏においてヴィブラートを常にかける伝統は実は最近出来たもので、ブラームスのヴァイオリニスト、ヨーゼフ・ヨアヒム(1907没)の録音では、ロマンチックな曲をノン・ヴィブラートで弾いてる。

その代わりポルタメントを多用してる。

1900年代半ばの巨匠たちのスタイルももう今のスタイルとは違うし、50年後ヴァイオリン演奏はどうなってるか分からないね。
http://ameblo.jp/gentlemennet/entry-11140003334.html


残念ながら現在の世界中の名弦楽器奏者の大半が、19世紀までに確立されて来た、大切な本来の弦楽器奏法の基礎を学ばなくなってしまったのです。言い換えれば伝統が受け継がれなくなってしまったのです。もうそういう状態になって数十年いや百年近くにもなりましょうか。もちろんそういった残念な事態に陥ってしまっていること自体、彼らは気付いてすらいません。

19世紀までの弦楽器の先生から見ると何と怠惰な演奏だって一喝されてしまうでしょう!! あの有名なヨーゼフ・ヨアヒムもサラサーテもヴィニェアフスキーも、今演奏を聴いてみると、そういった基礎ができていました。でなければ事実上のノンヴィブラート奏法であった世紀の大ヴァイオリニストの響きなど、誰にも賞賛されなく、もちろん現在にまでその名声が受け継がれるなどという現象はおきなかったでしょう。

ただ、基礎が失われてしまった現在のオーケストラで、完璧にピリオド奏法、すなわち弦楽器においては、弓使い(管楽器では息使い)のみによる微妙なニュアンス付けだけで音楽を、espressivoを表現するという本来の姿を再現しようとしても、現実には残念ながら限られたわずかな練習時間では、その基礎を徹底できなく、結果として中途半端でただヴィブラートが無いだけの寒々とした非音楽的な響きになってしまう
http://www.naito-akira.com/archives/230


20世紀に流行った即物主義的演奏態度のおかげでチャイコフスキー作品の演奏にはインテンポが定着してしまったように思う。また、テンポとともにポルタメント奏法も徹底的に排除されてしまった。

今日、ヴィヴラート奏法の是非が云々されている中、ポルタメントやテンポルバートの問題がまったく問題になっていないことには大きな疑問を感じる。

ノンヴィブラートの姿勢だけで自分は正しいと思い込んでいる演奏家の不勉強さと無責任さには疑問を感じる。
http://mine21.blog.ocn.ne.jp/blog/2009/10/64_f6f3.html

バイオリンのテクニック (ビブラート)
http://www.youtube.com/watch?v=O0Ju1_3aPvs

バイオリン ビブラートの練習 atsushi-violin.avi
http://www.youtube.com/watch?v=supkzL3v5Rg

バイオリン ビブラートのかけ方【実践編】
http://www.youtube.com/watch?v=y0a9ZaLl508

ポジション移動とポルタメントの関係atsushi-violin.avi
http://www.youtube.com/watch?v=JOsqOtVAOUQ
15:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:42:08

私は70歳台の“青年”ですが、学生時代に弦楽器をやって以来ますますクラシックに傾斜しております。特にヴァイオリンものが好きですが、ヴィブラートは絶対必要と感じています。

例えばシューマンのチェロで弾く「白鳥」などをヴィブラートなしで聴くことを想像すると、何と味気ないものになることでしょう。バッハのあるジャンルの曲などはヴィブラートなしでもそれなりに聴けますが、モーツアルト以降ロマン派までの曲には絶対ヴィブラートが必要と感じています。
投稿: 小嶋重雄 | 2007/01/21 11:53
バロック時代も含めて、ヴィブラートをまったく使うべきではないということを主張している人は、私の知る限り誰もいません。一方で「濫用」は、塩や胡椒を入れすぎた料理のようなもので、辛いばかりで味わいがないし、素材のうまみも消してしまうのと同じように、常時均等均質なヴィブラートは音楽のうまみを消してしまいかねないということはアウアーはじめ多くの方々が述べているところです。

さて、私は演歌歌手のヴィブラートがピリオド奏法のヴィブラートにとても似ていると思っています。彼ら、彼女らは、すべての音、言葉に均等均質なヴィブラートをのべつかけるということは決してありません。森進一のヴィブラートは独特ですが、「おふくろさん」と歌う時にヴィブラートはかかっているでしょうか?まさにおふくろさんに語りかけているわけで、美声にヴィブラートをかけなくても心にしみる表現ができるいい例です。初期バロックで使えそうな表現です。美空ひばりの歌い方は、ピリオド奏法における理想的なヴィブラートの使い方に極めて近いのではと思います。ヘンデルとかでも使えそうです。

ヴィブラートの大きさや早さも雰囲気に影響を与えますね。音のはじめはノンヴィブラートで、弓でクレッシェンドしながら徐々にヴィブラートをかけていくようなやり方もよく使われます。逆に言えば、常に同じようなヴィブラートをかけるというのは、弓でクレッシェンド、デクレッシェンドをやらずにいつも同じ音量で同じ音色で弾いているのと同じようなものです。

というように、まずボウイングでの表現があって、その効果をさらに高めるためにヴィブラートを添えるというのが、ピリオド奏法に見られる考え方ですが、演歌歌手に見るように、決して特別なことではありません。世界中の歌のほとんどは(シャンソンもバラードもジャズも)演歌のようなヴィブラートの使い方をしているのではないかと思うのですが、いかがでしょう?
http://bcj.way-nifty.com/kogaku/2007/01/post_7c58.html


うーん、音楽ファンはみんなヴィブラート大嫌い、ポルタメント大好きなんだけど、弦楽器をやっている人は反対に みんなヴィブラート大好き、ポルタメント大嫌いなんですね。

要するに、二流演奏家にはポルタメント奏法は無理という事ですね。
16:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:42:54


こんなブラームスもありか

最近ブラームスづいているので、ノリントンのブラームス全集を聴いてみた。

一番の始まりでずっこけた。

速い。あっさり。軽い。


ブラームスの一番は、すき焼きのような重い音楽だと思ってた。

ところがこれはまるでそうめんだ。

軽い軽い。

軽快なテンポも、軽さの理由のひとつ。

もっと重要なのは、弦だろう。

ビブラートしない。例のピリオド奏法ってやつか。

うーん、こんなブラームスは初めてだ。

あっさり風味のまま、最後までいってしまう。

一番は物足りなかった。

三番も、ややものたりない。

でも、二番と四番は、それなりに楽しめましたよ。


まあ、こういうあっさり風味もたまにはいいか。

冷や麦かそうめんのような、あるいは風呂上がりに縁側でうちわでもあおいでいるような、そんなさっぱりしたブラームス。

暑い夏には、こんな演奏もいいかも。


でも、ぼくは口直しに、ヴァント&ミュンヘンフィルのこってり風味の一番を聴いたのでした。

まあしかし、ブラームスの交響曲って、もてない音楽だよね。
http://d.hatena.ne.jp/putchees/20110725

ロジャー・ノリントンの話

ロジャー・ノリントンは、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズとのピリオド楽器による演奏(HIP)で古典からロマン派の作品に新しい光を投げかけてきました。1998~2011年にシュトゥットガルト放送響(SWR)の首席を努め、HIPの成果を生かした新しい世界を開きました。2011年からはチューリッヒ室内管(ZKO)の首席などに就いています。

ノリントンとシュトゥットガルト放送響のブラームス4番が届いた。この演奏については、どこがどう面白いといったことはもう書きようがなくて、ただひたすら素晴らしい。音色も、ダイナミックスも、テンポも、表情も、これこそがブラ4だという感じ。当然、ノンビブラートの透明な音だ。


最近買ったブラームスでは、ほかにはボールトによる交響曲全集がなかなか面白かった。1970年代初めの録音だが、端正な演奏で、さすがノリントンの師匠だけのことはある。

同じシリーズでついでに買ってみたバルビローリ指揮の交響曲全集は、こういう時代もあったなという意味では記念碑的なものかも知れない。ボールトの録音とほんの数年しか違わないのに、これだけの落差があるのも驚くばかりだ。
http://www.kanzaki.com/music/cahier/brahms0306

Time to Rid Orchestras of the Shakes
By Roger Norrington on The New York Times, 2003-02-16.


かつて古楽運動と呼ばれていたものにとって、まだ残された未開拓のフロンティアというものはあるのでしょうか? 1960年代と70年代にモンティベルディ、バッハなどといった分野を席巻したので、そのムーブメントはピリオド楽器と密接に結びつけて捉えられるようになりました。ピリオド演奏団体は、歴史的情報に基づくスタイル(historically informed style)と呼ばれるようになった奏法によって、近年その領域をモーツァルト、ベートーベン、シューベルト、メンデルスゾーン、そしてもっと後の時代の作曲家にまで拡げてきています。

しかし、古楽の演奏は常に、何を使って演奏するかよりも、どのように音楽にアプローチし演奏するかということを考えてきたのでした。そして、歴史的情報に基づく実践は、すでにずいぶん前から主流になっています。一時期は「モダンな」演奏家たちを困惑させた要点の多く -- テンポ、オーケストラの配置、弓の速度、アーティキュレーション -- は、いまやほとんど当然のこととして受け止められています。モーツァルトの交響曲のアンダンテ楽章で、本当にゆっくりしたものに出会うのは、希なことになっています。残された大きな問題は、ロマン派の時代にオーケストラが生み出していた音(sound)です。

聴き手として、私たちはすでに、モンティベルディやバッハが普通はピュアな音色(tone)で演奏されることに馴染んでいます。ビブラート、すなわち音をより強力にするために瞬間的に音程を揺らすこと、が絶え間なく使われたりはしません。ピリオドオーケストラの助けを借りて、私たちは徐々にハイドンやモーツァルト、時にはベートーベンも同じ音で奏されることに親しんできました。しかし、ここロマン派時代の入り口においては確かに、ピュアな音色については疑問を投げかけられるでしょう。少なくともベルリオーズの時代以降のオーケストラは、今日と同様のビブラートを使っていたのではないか?

全然、ちっとも。ビブラートは、1830年代の特徴からは遙かに隔たったもので、それは欧米のオーケストラでは1930年代までは一般的ではなかったのです。

しかし驚くべきことに、演奏者も聴衆も、それ以前の偉大な作曲家たちが誰一人として期待も想像もしなかったオーケストラの音に、全面的に慣れ親しんでしまったようです。ベルリオーズやシューマン、ブラームスやワーグナー、ブルックナーやマーラー、シェーンベルクやベルクがその傑作を書いた時、オーケストラの音はただ一種類だけが存在していました:暖かく、表現力豊かで、ピュアな音色。私たちが慣れてしまったグラマーなビブラートのない音。

「グラマーな」という言葉は、新しい音をよく表しています。この言葉は、1920年代以前はほとんど用いられませんでした。それはハリウッド、流線型のカーデザイン、ラジオ、遠洋定期船、そして初期の飛行機といったものとともにやってきたのです。それは、コンサートを近代化する他の試みとも一致していました。たとえば第1バイオリンと第2バイオリンを対向させずに一緒くたにしてしまうとか、ガット弦がスチール弦に置き換わるとか、交響曲やコンチェルトの楽章間の拍手が徐々に排斥されていったというような。

確かに、ある種のビブラートは、独唱歌手あるいは器楽の独奏者にとっては、良く知られたものでした。18〜19世紀において、それは表現力を高める手法であり、長い音を訴えかけたり、特に情熱的な瞬間をはっきり示すために用いられました。20世紀になって新しく加わったのは、全ての音符に、どんな短いものであっても絶えずビブラートをかけるというアイデアです。

偉大なオーストリアのバイオリニストであるフリッツ・クライスラーが、カフェの音楽家やハンガリーやジプシーのバイオリン弾きのスタイルを取り入れて、この方法を始めたように思われます。しかしクライスラーの録音を聴くと、誰もがそのビブラートの繊細さに驚くことでしょう。今日しばしば耳にする強引なピッチの変動ではなく、もっとずっと上品なゆらめき。

多くのソリストたちは一線を画していたにもかかわらず、新しいマンネリズムは急速に広まっていきます。そのなかで、それはひとつの分野においては頑強に、しっかりと拒まれていました:オーケストラ、特にドイツのオーケストラにおいて。その経過の全体像は録音された演奏からうかがい知ることができます。録音技術はちょうどビブラート時代が始まった頃に導入されました。1900年以降、偉大なソリストとオーケストラが、最初は前の世紀からのピュアな音色で演奏しており、そして今日私たちが知っているものに徐々に変化していくのを聴くことができます。

しかし、ごく徐々になのです。20年代の初期には、流行に敏感でエンターテインメント志向のフランスの奏者たちが絶え間ないビブラートを試し始め、そして20年代後半にはイギリス人がその先例に倣いました。しかし、高潔なドイツや大きなアメリカの団体の大部分は、30年代になるまで手を染めませんでした。ベルリン・フィルは1935年まではっきりしたビブラートの録音は出てきませんし、ウィーン・フィルは1940年までありません。

ですから、20世紀前半のバイオリン協奏曲の録音を聴くと、ソリストはビブラートを使っていますが、ドイツの最高のオーケストラはピュアな音色で演奏しています。当時はそれが普通だったのだと思われます。

ソリストたちを悪趣味とみなす人々もいました。オーケストラのほうが古臭いと思う人もいました。不思議なことに私たちは、この重大な変化の時代に生きた人々がこのことについて語った例をほとんど知りません。確かに、シェーンベルクは、ビブラートを雄ヤギの不快な音になぞらえました。しかし、エルガーは、彼の高貴な世界がなくなってしまう時に何を感じていたのでしょうか? そして、トスカニーニ、フルトベングラー、ワインガルトナー、クレンペラーといった指揮者たちはどうだったのでしょう。彼らは、一方の音で育ち、そして共演するオーケストラからもう一方の音を受け取ることになったのです。

演奏者たちにとっては、この変化はおそらく指揮者にとって以上に重大です。アメリカ中のオーケストラで、抵抗があったはずです。たとえば、フランスで訓練を受けたフルート奏者がボストン交響楽団やフィラデルフィア交響楽団に入団して、木管楽器に新しいアイデアを紹介していったときなど。

この闘いのまっただ中にいた人物が、アーノルト・ロゼーです。彼はウィーン宮廷歌劇場とウィーン・フィルのコンサートマスターを、1881年からナチによって追放される1938年まで務めました。彼は、義兄弟であるマーラーが歌劇場を指揮した期間全体にわたって、オーケストラをリードしました。私たちはロゼーの四重奏団の録音を、1928年まで下って聴くことができます。そこで彼は、模範的な明晰さと自然さで演奏し、モダンなビブラートに類するものはまったく聴かれません。

というわけで、もしピュアな音色がこれらの偉大な作曲家にとって満足のいくものだったとしたら、私たちが近代のグラマーなオーケストラの音色を聴く時に、何が失われているのでしょうか? グラマーな化粧を削ぎ落としたら、オーケストラのサウンドは多くの点で得るものがあります。テクスチュアは透明になり、まさにサウンドの内部を聴くことができます。不協和音はよりシリアスで辛辣なものとなります。

音がグラマーになっていないので、フレージングがいっそう重要になります。今日のオーケストラは、形(shape)ではなく音(sound)に依拠する傾向があります。しかし、音楽は音のためのものではありません。音は単にその素材なのです(絵の具が絵画の素材であるように)。音楽が表すものは、身振り、色、形、形式、そして何よりも、感情の強さなのです。

さらに、ピュアな音色は19世紀の音楽の非常に重要な特徴を復元します:その純潔さです。私たちは、純潔はバロック音楽の専売特許であると考えがちです。しかしそれは間違いなくメンデルスゾーンの音楽の特徴であり、ブラームスやチャイコフスキーにおいても同様に重要なのです。

では、このクリアで高貴な19世紀の音は、通常のオーケストラに戻ってくることができるでしょうか? いくつかのモダン・オーケストラは、すでにその配置を、巨匠たちが作曲時に念頭に置いていたヨーロッパ型に変更しています。これらのオーケストラは、ごく容易に、そのサウンドをメンデルスゾーンやブラームスやマーラーのものに戻すことができるでしょう。

そうする理由は、ピュアな音色が「正統的」だからではありません。それは美しく、表現力豊かで、エキサイティングだからなのです。
http://www.kanzaki.com/norrington/roger-nyt200302.html


ポルタメントについて

ノリントンの「田園」でポルタメントが使われているということを書いていて、思い出した。昨年の『レコード芸術』で吉村渓がジョシュア・ベルにインタビューした記事の中で、ちょっと気になる記述があったのだ。ベルがノリントンと録音したバイオリン協奏曲のCDについて質問しているのだが、それがピリオド・アプローチでユニークであるという話の途中で、ポルタメントに関して何だか変な展開になっている。

――(前略)メンデルスゾーンではポルタメントをかなり多用していらっしゃいましたが、これについてノリントンさんとの見解に相違は生じませんでしたか?


〔ベル〕もちろん音楽史上の慣習や歴史的演奏法は常に私自身の勉強の対象ですし、確かにノリントンはそうした問題にかなりのこだわりを持ち、実際に精通している人ですから、共演に際して突っ込んだディスカッションはかなり経てきています。(略)

ポルタメントにしても、最後は自分の直感に従って、どう弾くのが作品に対して最も自然で無理がないかを判断しなければなりません。歴史的考証についても、究極的には誰がどう弾いたかは突き止めきれないわけでしょう。ですから、そのさじ加減を最後に決定するのは自分になってくるわけです。

――なぜそう訊ねたかといいますと、ノリントンさんにも昨年秋のシュトゥットガルト放送交響楽団との来日公演の際にインタビューしているのですが、彼は明確に「ポルタメントとヴィブラートは、ロゼーの時代ごろから始まった新たな装飾技法であり、それまでは一般的に使われることはなかった」と断言していたので、それを押してベルさんが違ったスタイルを採用している点に、ご自身の主張が出ているのではと推測したからなのです。
以下略(『レコード芸術』2002年12月号p.240)

ノリントンは確かにビブラートはロゼーの時代までは使われていなかったと述べているが、ポルタメントをそんな風には否定していないはず。ブラームス交響曲の演奏ノートやプラハの春のインタビューでも、「幾ばくかのポルタメント」は肯定的に言及しているし、The Cambridge Companion to Brahmsに寄せたブラームスの演奏論では、ヨアヒムのバイオリン教本で《ポルタメントは、歌において1節として歌われるべき2音の間にスラーがかかっている時の表現に対応する。ただし過度のポルタメントは良くない》と記されていることを引きながら、次のように述べている。


この技法は、20世紀初期の演奏でも聴くことができます。例えば1930年代のエルガーの交響曲など。しかし興味深いことに、ビブラートが一般的になっていったのに対し、20世紀においてはポルタメントは反対の道を辿り、しばしば趣味の良くないものとみなされ、クラシック音楽の演奏では用いられなくなってしまいました。

私たちは、ヨアヒムに従い、特別な表現効果をだすために多少(some)用いました。けれどもそれは弓を軽くして弾くのであって、2つの音を決して重く強調したりはしていません(それはヨアヒムが悪趣味な「哀れっぽい声」と批判しているものになってしまいます)。私の考えでは、この先20年の間に、何も考えていない絶え間ないビブラートは、同じように衰退の道をたどるでしょう。このやり方は、ポルタメントがそうだったように変わりうるものなのです。

Roger Norrington with Michael Musgrave, Conducting Brahms, in "The Cambridge Companion to Brahms", p.236


ノリントンは、もちろんポルタメントの“多用”を推奨しているわけではない(ブラームスの演奏としてはポルタートが重要だと書いているが、これについてはまた別の機会に)。しかし、必要な効果のために適度に使うのはむしろ普通だったと言っているわけで、吉村さんの書いているのはちょっと違うと思う。疑問のメールを送っておいたら、ずいぶん前の演奏会でばったり会った時に「こんど録音テープを確認しておく」と言っていたものの、そのご音沙汰なし。どうなっちゃってるんだろう…なんてことを、「田園」を聴きながら思い出したのだった。
http://www.kanzaki.com/music/cahier/portament0305

Cahier de la musique
ブラームスのポルタート

カペレの次の演奏会はブラームスの交響曲1番を取り上げる。今日は弦分奏で細部をかなり丁寧に練習した。普段通り過ぎてしまうような箇所をじっくり繰り返して弾き方を確かめていったので、なかなか充実していたのだが、ときどき気になる部分もあり。例えば3楽章の30-32小節目で、2nd VnとVaが半音上昇音型をスラーで奏でた後、次の小節に入る前に2つの音だけがポルタートになっている部分。

この2つの音を区別して弾くようにという指摘は結構。しかし、これをスタカートのように短く切って弾くのがいいのか? ブラームスはポルタートを重視していて、スタカートとは違う効果を想定していたはず。再び、The Cambridge Companion to Brahmsのノリントンを引用してみよう。

私たち〔ノリントン+LCP〕が多用した奏法は、ポルタート、すなわち半スラーの弓使いです。ヨアヒムはこれについて、彼の論文では直接的にはほとんど言及していませんが、バイオリン協奏曲の記号の付け方に関するブラームスとの往復書簡で、この件はしばしば登場します。(中略)

グローヴ音楽事典ではそれは「スラー付きスタカート」と分類され、

「一弓で弾かれる2つもしくはそれ以上の音符をはっきり区切ること。
個々の音符に点もしくは線を付け、ひとつのスラーでつないで示す。
中庸のスピードで弓を弦につけて(on-string)奏され、音の区切りの度合いは音楽の性質による」

となっています:つまり、弓を弦につけた、レガートとスタカートの中間の奏法ということ。よく引き合いに出される例は、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲の第2主題です。

ブラームスはこの奏法に強い関心を持っていましたが、その記譜方法についてはヨアヒムと意見が食い違っていました。ブラームスは棒とスラーの組み合わせを嫌い、全ての場合に点とスラーを使うことを好みました。そして

「君はまだこの記号をスタカートとして使っているが、僕はポルタートを意味しているんだ」

と述べ、ベートーベンが同じ用法をしていることを示して彼の選択が正しいと主張しました。フローレンス・メイ〔ブラームスの伝記作者〕は、ブラームスが2つの音をスラーでつなげる良く知られた効果を多用していたと記し、

「彼がこの点について私に示したこだわりから、この記号は彼の音楽で特別な重要性があることを理解した」

と述べています。

レガートとスタカートの中間というのは、まあ記譜の通りなので当たり前なのだが、これをどう弾くのかは何となく分かったような分からないような、曖昧なままになっていることが多い。ノリントンは、ブラームスは多彩な表現のためにいろんなアーティキュレーションのバラエティと組み合わせを用いているのだと言う。

彼は弓使いの多様性とそのコントラストを示す場面をたくさん与えてくれます。彼がよく使うピチカートも、アーティキュレーションの絶えず変化する表面の1つなのです。これが、最大の表現を引き出すために練習において私がとても苦心した点です。

スタカートといってもいろいろな表現方法があるように、ポルタート記号を一般論としてどう弾くかというのはあまり意味が無い。それよりも曲全体を表現する上で、スタカート、スラー、ピチカートなどのアーティキュレーションをどう組み合わせ、どんな位置づけとして音楽を構築するか、そのプランの中で、「我々が弾くポルタート」というものが見えてくる。まぁしかし、スタカートと同じように短くということは、まずあり得ないだろうけれど。

ついでながら、ブラームスがアーティキュレーションを細かく使い分けていたいうことを考えると、単に音型やリズムが似ているからというだけでスタカートなしの音符をスタカートがあるように弾くのは、やはりおかしいと言わざるを得ない。作曲家がスタカートを省略した? 新ブラームス全集の楽譜を校訂したロバート・パスコールは次のように述べている。

...we can readily see that the exact placement and extent of hairpins, slurs and articulation signs did matter to Brahms.

楽譜出版社の校正刷りにブラームスが書き込んだ修正などを詳細に見ると、スタカートなどのアーティキュレーション記号はもちろんのこと、クレシェンドがどの音符から始まるかということまでブラームスは気を遣って訂正していることが分かるというのだ(新全集の楽譜は、一見旧全集と違わないような所でも、微妙にクレシェンドの位置が修正されていたりする)。音楽をよく吟味した上で、やはりスタカートの箇所と同様に弾くというのなら、それはそれでもいい。しかし、何となくよく似た音符だからとか、以前にこう弾いたからとか、CDで聴いた音がこうだったからというので譜面を無視するのは、違うんじゃないか。
http://www.kanzaki.com/music/cahier/portato0305


1870年の弦楽器は構造の点では現代のものと違いはありませんでした。それらは全て19世紀の仕様に基づいて作られていたか、(もし古いものであったら)同世紀の初期のうちに改造されていました。しかし、弦はガットのものが用いられ、調律は現在よりも一般的に低く、A=435程度でした。同様に、木管楽器は古典派の時代より著しく「改善」されていましたが、現代のものほど複雑でもなく強化されてもいませんでした。ティンパニは、言うまでもなく、プラスティックではなく革張りであり、トロンボーンは近代のような大きな口径を持ってはいませんでした。

ブラームスのホルンとトランペットに対する姿勢は興味深いものです。彼は新しいバルブ・ホルンより手を使う古いホルンの方を好むと公言していましたし、半音階を吹ける楽器は過去40年にさかのぼって存在しなかったかのように、限定された「古典的」トランペットのパートを書きました。けれども、ブラームスが聴いたり指揮したりしたオーケストラはどれもバルブ・ホルンを使用していたので、私たちはここでもそれを採用することにしました。初期のバルブ・ホルンは、一体型でむしろ軽量の楽器で、その音は現代の重い、部品化された(compartmentalised)ものとは随分異なっています。

オーケストラの配置は、1750年から1950年までの期間を通して、第1バイオリンと第2バイオリンが舞台の反対側に座ったもので、さらに私たちの場合はホルンとトランペットも同様に並んでいます。ダブルベースは、ヘンシェルがブラームスと議論しつつ初期のボストン交響楽団で試みた形態、木管の後ろの両サイドに分割して配置しています。

私たちが一番驚いたのはオーケストラの規模でした。1870年代のドイツのオーケストラは、、一般に依然としてメンデルスゾーンがゲバントハウスを指揮していた1830年代と同じ人数で構成されていました。8〜10人の第1バイオリンが伝統であり、もちろん、そうした(近代と比べて)小さい編成は、弦楽器と木管、金管との自然なバランスに深い影響を与えています。そう、ハイドンやベートーベンの時代の慈善演奏会の場合と同じように、祝祭のための大規模なオーケストラもあったことは事実です。けれども、こうした機会にはそれに合わせて木管は倍管にするのが普通でした。ウィーン・フィルは特別に大きな弦パート(と高いピッチ)を持っていたので、常にそうしていました。しかし、他のオーケストラの場合、平均的な構成は、36の弦(平均して各声部に9ずつ)、9の木管と9の金管と考えることができます。

ブラームスのスコアの書法からは弦、木管、金管の3つの対等な声部がはっきりと読みとれます。私はこれを見て、彼がかつてウィーンで学び、指揮したガブリエリやシュッツの3声のモテトを思い浮かべます。近代の「壁から壁まで」並んだ70人もの弦楽奏者が彼の音楽を表現するのに絶対必要であるとは、どうしても考えられません。この録音において、私たちは皆さんに、ブラームスとその周辺にとっては明らかに標準的だったバランスを体験していただく機会を提供します。

演奏技法

私たちの歴史的検証のあらゆる段階で、非常にたくさんの同時代の証拠を見いだしたのは素敵な驚きでした。必然的に、弦楽器の演奏がその時代のオーケストラのスタイルを決定づけることになります。そしてちょうどクァンツがヘンデルとバッハについて、レオポルド・モーツアルトがハイドンとウォルフガングについて、シュポアがベートーベンについて、そしてバイヨーがベルリオーズについて教えてくれたように、大ヨアヒムが、ブラームスの時代の演奏について直接の証拠を与えてくれます。ブラームスのごく親しい友人であったヨアヒムは、ブラームスと同様に、シューマンの庇護を受けた、極めて古典志向の演奏家でした。もちろん、彼の証言(1904年のモーザーとの共著『バイオリン教本』)はそれぞれの音符をどのように弾くべきか「正確に」は教えてくれません。しかし、わずかに残されたヨアヒム自身の録音とあわせて考えるとき、それは少なくとも失われた伝統に対する多くの洞察を与えてくれるのです。

この伝統が、近代になって失われるまで、どれほど長い間大切に守られてきたかという点には驚きを禁じ得ません。なぜならヨアヒムはビオッティにまでさかのぼるバイオリン教師の流れをすっかり受け継いでおり、彼のスタイルはモーツアルトの時代とほとんど違わないのです。そう、運弓法はバラエティに富むようになり、シュポアやバイヨーの頃よりもスピッカート奏法が広まっていたことは事実でしょう。しかしヨアヒムは、「パガニーニ様式」の左手と右手の体操は「真の古典派様式」をねじ曲げるものであり、「楽器の本性を否定するもの」であり、大き過ぎるあるいは使いすぎるビブラートや誤ったポルタメントの使用は「内面的な感情が欠落したときの自然な表現の代用品」に過ぎない、こういった議論に全面的に同意していたのです。

ヨアヒムは、ポルタメントとビブラートをいつ、どのように、どれくらい使うべきかをはっきりと説明しています。彼は、弦に弓をのせたままでのスタカートを、弾ませる奏法と同じく重視していました。彼は滑らかなポルタートが依然健在であること、バッハの時代と同じように、対になった、あるいはグループになった音符は異なった重みを持つべきだということを示しています。彼は統一された弓使いは一般的には良いことだが、ゆっくりした表情豊かな音楽の長いフレーズを弾くには誤りという場合もあると述べています。何よりも彼は、フレージングは「話すように」しなければならないこと、弦楽の伝統の原点はイタリアのベルカントの「高貴な朗詠(cantilena)」であること、「古典的な運弓の技術」は歌うように自由であり、楽器の音は「客観的に美しく」、荒々しかったり「不自然な強弱のばらつき」があってはならない、こういうことを要求しているのです。

オーケストラにおいては、ポルタメントやビブラートは独奏者の場合より一層控えめであったでしょうが、私たちは彼が示唆するところではどちらも用いています。同様に、木管と金管のアーティキュレーション、弦楽器のボウイングのあらゆる面において、私たちは自分の技術が、当時一般に期待されていたこと、なかんずく演奏している音楽が求めることを実現するものであるように、努力を払っているのです。

演奏スタイル

ブラームスのもう一人の親友であり、ボストン響とロンドン響の創設者であるジョージ・ヘンシェルは、若い頃、各地を演奏して回る大指揮者の時代になる前には、いわゆる「解釈」というものはなかったと語っています。人々は音楽を最善を尽くして演奏するだけで、他と比較するための経験というものはほとんどありませんでした。今日、演奏スタイルについて語るとき、私たちは必然的に極めて主観的な意見の世界に入り込むことになります。実際、演奏は非常に個人的なものでなければ優れたものとはみなされません。げれども、私たちの考えでは、そうした創造性さえあれば、ある時代、作曲家、作品にとって適切な音楽表現であると演奏者が考えることを自らの個人的感覚にぶつけてみなくても良いということにはならないはずです。この試みで私たちが見つけようとしたのは、大きく言えばスピード、フレージング、性格といったことでした。

ブラームスは彼の作品にほとんどメトロノーム指示を残していません。このことから彼は自分の作品がいつも同じ速さで演奏されることを欲しなかったと考えることもできるでしょう。しかし伝統全体が失われてしまうと、Adagio non troppoというような単純な言葉は曖昧で歯がゆいものとなります。ブラームスが適切だと考えたであろうスピードの範囲を探るにあたって、わたしたちはわずかに残されたメトロノーム指示(『悲劇的序曲』と第2交響曲にはひとつもありませんが)を調べ、同時代の記述に目を通すことができます。フリッツ・シュタインバッハの詳細なスコアへの書き込みとマイニンゲン交響楽団のためのコメントは大変多くのことを明らかにしてくれます。また1877年のリヒターの演奏時間(最初の繰り返しを含めて43分)とビューローの時間(繰り返しなしで38分)からは、活発なアレグロというだけではなく、明らかに「古典的」緩徐楽章もぐずぐずしたものではなかったことが分かります。

楽章中でのテンポの変動は自然な、また記録もよく残された19世紀の演奏スタイルの特徴です。この習慣を作り上げたのはワーグナーによるところが大とされていますが、ブラームスの歯切れの良い反論によれば:「テンポの変動というのは別に新しいことではありませし、それは分別を持って(con discrezione)行われなければなりません。」ブラームスの音楽は、彼の生前、ニキシュのような極端な変更を行う指揮者によっても、ワインガルトナーのようなより古典的な演奏家によっても、等しく演奏されました。彼はどちらにも満足していたことでしょう。最終的には、もちろん、それは個人的な好みと直観の問題です。しかし、ブラームスの「分別を持って」という言葉は強調しておく価値があります。それはヨアヒムの「バイオリン教本」の明快な格言とつながりがあります:音楽は「生き生きとした精神」でなければならないが、テンポの変動は「メトロノームによってはじめてその変化が分かる」程度のわずかなものにとどめるべきである。スピードの変動は、公開の、オーケストラ音楽においては、明らかに激しいものではなく微妙なものだったはずです。

私たちのブラームスへのアプローチの狙いは次のように要約することができるでしょう: テンポ:雄大しかし率直、テンポの変化:繊細しかし単純、テクスチュア:ポリフォニー音楽の書法のように明快、バランス:木管のバランスを回復、動作:「音」と同じくらい重要。十分「歌い込んだ」フレージング、暖かみ、情熱そして溌剌。

ブラームスの音楽は色々な方法で演奏できます。彼は、18世紀の音楽家のように特定の場所や機会のために作曲したのではなく、少なくとも大ドイツ全体のために書きました。ただひとつの「正当な」演奏は言わずもがな、彼の音楽を演奏する唯一の方法などありません。詳細な歴史的視点を取るということの面白さは「指示に従う」ということではなく、十分信頼するに足る情報を、自分自身の現在の音楽性とイマジネーションにマッチさせることなのです。オリジナル楽器を用い当時のスタイルを採用しても、私たちが古めかしくなければならないということはありません。反対に、その結果音楽が全く新しく響くことすらあります。私たちは偉大な作品をもう一度考え直し、新しく蘇らせることができるのです。
http://www.kanzaki.com/norrington/note-brahms.html#cantilena
17:777 :

2022/07/04 (Mon) 07:43:30


ノンヴィブラート奏法ではポルタメントを多用しない限り音楽にならない

最初に、「グレート」のライヴの記録から、「古いものの復興を目指した」新しいものと、「古いものの伝統を引き継いだ」ものを聴いて頂きましょう。第3楽章主部の前半部分です。

・ノリントン/シュトゥットガルト放送響(2001)
haenssler CLASSIC CD 93.044

・フルトヴェングラー/ウィーンフィル(1929)
ADD 223508 321
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/247884/208675/57596135?page=1


・・・思いのほか、似ていませんか?
・・・ただし、少なくとも一点を除いて。

幸いにして録音の残っている19世紀後半の伝統を引き継ぐ演奏では、ポルタメントを多用しているさまが伺われるのでして、ヨアヒム、アウアー、サラサーテらのヴァイオリンの録音で、このことが明確に確認出来ます。この伝統を継ぐ最後のひとりが、エルマンでしょうか?

ですから、19世紀後半には、少なくとも、ポルタメントが愛好されていた、と考えてもいいでしょうし、このことは自作の厳密な演奏を期待したマーラーが、交響曲のスコアにしばしばポルタメントを掛けるべき箇所を明示していることからも伺われると思います。

19世紀中のポルタメント各論に関してはClave Brown "CLASSICAL & ROMANTIC PERFORMING PRACTICE 1750-1900" (OXFORD 1999)に頻出しますが、いまはまとめることが困難です。一つだけ言えることは、ポルタメントという表現方法は、少なくとも後期ロマン派を特徴づける奏法の重要な一つではあったものの、それ以前においてはどの程度用いられたのかは私には分からない、という程度のことに過ぎません。

推測であり、根拠のない仮説に過ぎませんが、ヨーロッパ音楽におけるポルタメントは、能楽の謡における「弱吟」に類似するものであり、これを多用した19世紀後半にはヴィブラートの使用が控えられたことと、もしかしたら密接な関係があるのではなかろうか、との気がしてなりません。

・・・こんなことを記したのは、今回聴いて頂いた2つの演奏の差(ヴァイオリンのワルツ的なメロディの部分)をどう考えて演奏するかということについては、私たちは私たちの責任において選択しなければならないし、この点において2つの例はテンポも表現も(思いがけないほど)よく似ているにもかかわらず、

・時代的に新しいノリントンの方はポルタメントを採用していない

・フルトヴェングラーはポルタメントを採用している

違いがあり、フルトヴェングラーは明らかに後期ロマン派の先輩たちを意識した演奏をしているのである一方、ノリントンがポルタメントを採用していない理由はいまのところ明確にし得ませんので、この点、まだ「後期ロマン派」ではないシューベルトにおいては本来どうだったのか、を考えたければ、この辺はノリントンの採用した方式を含め、私たちはよくよく勉強をしなければならない、ということのみ申し上げておきたいからです。(クヴァンツは、たしか、ポルタメントの技術を身につけておくことの大切さについては記述していますが、多用を推奨するところまでのものではなかった気がします・・・確認します。)

かように、私たちは、歴史主義であろうとすると、大きな謎にぶつかります。
・・・いや、所詮、素人にはここまでしか分からない、ということであって(かつ、日本で、そのあたりの演奏法について明言した資料を、私の狭い視野ではまだ目にすることができません)、そのときどきの「現在」において「再現」されなければならない、という宿命を持った音楽においては、歴史主義への拘泥は、必ずしも望ましいものではない、と言ってもよろしかろうと思います(念のため申し添えますが、先日確認しました通り、本人のさまざまな発言にもかかわらず、ノリントンの根本は歴史主義ではないのだろう、と私は強く感じております)。

ただし、

「シューベルト当時の楽器が、いかにしたらいちばんよく鳴るか」

の究明は、「現在」という時程において「過去」の精神に触れるという意味では、体感を伴うが故に、非常に優れた方法なのではないかと思います。

そうしたサンプルとしてアニマ・エテルナの演奏をも、私たちは耳にしておく価値があるかも知れません。

(古楽器が脆弱である、というのは、年数による劣化という条件以外には根拠がなく、レプリカであれば現時点で相応の丈夫さを持っていますが、残念なことに、いい以後著書の中にもこの点への偏見は拭い去れていません。これはひとえに、私たちが歴史的な楽器そのものに触れる機会が殆どないというだけの理由によります。)

とはいえ、毎度のこんな屁理屈よりなにより、まずは私たちが、楽器が「昔のものであるか今のものであるか」を問わず、自ら「良い響き」を求めて演奏するなり、聴き手として音の渦中に身を置くなりして、無心に

「止まれ! おまえは美しい!」

と叫べるようであることが、もっとも幸いではあるのです。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/247884/208675/57596135?page=5


騙されちゃいけません!・・・ある「美響」の求めかた


ノリントンを、日本でいうところの「古楽」演奏家、と見るのは大きな誤りであることを、彼の指揮するワーグナーの前奏曲の音を聴いて、非常な驚愕をもって思い知らされました。

よくよく顧みてみれば、彼の指揮で録音されたり映像になった作品は、モンテヴェルディ作品もある、とはいうものの、現在手に入るものを探すと、古典派以降の作品が圧倒的に多いのですよね。

ただ、確かに、1998年にシュトゥットガルト放送響の首席指揮者となるまで、彼はそれらの作品を、主に、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズという、オリジナルやレプリカ楽器の専門家集団と共に演奏して来たのでした。

ですから、そのままだったら、彼は「古楽復興主義者」と色眼鏡で見続けられてもいい存在だったかもしれません。

「ワーグナーへの道」 学研 9478632001
http://www.hmv.co.jp/en/artist_Wagner-1813-1883_000000000019275/item_%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%81%B8%E3%81%AE%E9%81%93-orch-music-Norrington-Stuttgart-Rso_2644334

と題された映像で、しかし、ノリントンは前年首席指揮者に就任したシュトゥットガルト放送響(過去にチェリビダッケ、マリナー、日本ではどの程度知られているか分かりませんがロッシーニのオペラに造詣の深いジェルメッティが歴代前任者です)という「モダン楽器のオーケストラ」で、それまで専門団体を使ってやっていたのと同じ演奏法を採らせている。

しかも、楽団員の皆さんが、それに抵抗をしめすどころか、表情を見る限りでは、楽しんで演奏している印象を受ける。

このペアでの映像は、その後、チャイコフスキー、ベルリオーズ、ブラームス作品が発売されていますが、いずれもノリントンのレクチャー付きです。ブラームスのもの(交響曲全集)は、Frisch "Brahms: The Four Symphonies" (Yale University Press ISBN 0-300-09965-7、邦訳がありましたが絶版です)で述べられているようなこれらの交響曲の特徴を、どちらかというと難しいことは抜きにして、各曲にまつわるエピソード、ノリントンなりの文学的もしくは絵画的な解釈をユーモアを交えながら語るという趣のものです。

私自身は、とくに第3番については、ノリントン流は「好みではないなあ」と思いながら、それでも彼の話が面白いので見ていました。・・・その語りの中では、彼が「論」を張る時に用いる「ノンヴィブラート」云々については、2005年時点ではもう、いう必要を感じなかったからなのでしょうか、全くもしくはそれに近いほど言及されていなかったと記憶しております。

シュトゥットガルトに着任直後のノリントンは、「ワーグナーへの道」の中では、冒頭部でこの語を少しだけ口にします。ただし、それは多分にプロパガンダ的なものに聞こえます。なぜなら、この言葉を彼が視聴者に呈示するとき引き合いに出すうちの一人、フルトヴェングラーは、じつは、残した録音をよく聴きますと、別段、ヴィブラート推進者だったとは思われないからです。

(フルトヴェングラーを例にとりますと、彼の指揮したものの録音でも、たとえば1925年のベートーヴェンの第5、1929年のシューベルト「グレイト」、そしてなんと1944年のR.シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲル」は、オーケストラは殆どヴィブラートを用いずに演奏しています。)

彼は、彼がオーケストラに「ヴィブラートをかけない」演奏をさせる時に、もうひとつ重要な要素として、テンポを「重々しくないように」することを心がけています。フルトヴェングラーを引き合いに出すのは、まさにこのテンポについての20世紀の演奏にアンチテーゼを呈示する上で、フルトヴェングラーが恰好のシンボルになるからでしょう。

ヴィブラートについても、同じく、フルトヴェングラーの後を「支配」したカラヤンの名を前面に押し出すことで、話を分かり易くしている。・・・ですが、カラヤンとて、確信犯的なヴィブラート推進者ではなかった事実は、とくに堂々としたハーモニーを響かせたいときのカラヤンの演出は「ヴィブラートをかけさせないこと(代表例は「パルジファル」の録音の随所で耳にすることができます)」にあったことなどを聴いて見れば分かることです。

ノリントンは、ここまでに名前が出て来た二人よりも、はるかに「確信犯」です。
彼の、「ヴィブラート」をオーケストラに掛けさせない演出は、明らかに意図的なものです。

そしてその根本には、ブルーノ・ワルターに非常に似通った、ノリントンの嗜好があるようです。彼は、もともと、ヴィブラートを多用する演奏はマンハッタンのジャズに由来すると捉えており、ワルターのように強烈に、ではありませんが、深層では、オーケストラの響きの中に「ジャズの要素が入り込んでしまった」のが不純に聞こえて仕方がない、というところに、クラシック演奏の原点を求めているかのようです。

ただし、ノリントンがワルターと決定的に違うのは、ジャズをインモラルなものとして疎外する方向に、ではなく、「クラシックの響きに混じることは誤りである」と証明する努力の方向に進んだことではなかろうか、と感じます。・・・騙されてはいけないのです、フルトヴェングラーもカラヤンも、ノリントンはダシにしているだけです。そうすると話が分かりやすくなるからです。強いインパクトをも、彼の言葉に耳を傾ける人たちに与え得るからです。

ノリントンが目指しているのは、19世紀への回帰ではないのだ、とは、私の主観的な捉え方に過ぎないのではないか、とは、考えてもおります。ですが、ノリントンが映像の中でワーグナーの自筆譜や同時代作品を傍証に採り上げれば採り上げるほど、彼は考証学的な復古を、ではなく、新しい演奏への脱皮のための(復活>、20世紀後半に音楽に付着した不純な重みを除去することを意図しているのだ、彼のしていることは「革新」であり、「直近の過去の否定」なのだ、と、いっそう強く思わされる結果となり、私は稲妻に撃たれるように身震いしてしまったのです。

これまで彼の演奏を聴いても、彼の指揮する姿を見ても、こんなことは考えてもみませんでした。

どんなに古そうに見えるものを持ちだして話しているように見えても、彼が奏でよう、人々に聴かせようとしているのは、まさしく現代の音、命を持った響きなのです。古い屍を墓場から引きずり出してフランケンシュタインの怪物を作ることなど、まったく考えていない。

テンポにしても、ノリントン指揮の演奏は、単に

「従前の指揮者に比べると速い」

と思い込まれがちですが、これはこれで、たとえばブラームスの「ハイドン変奏曲」の録音では、録音を残すことの出来た先人たちと左程変わらない速さで演奏されていることなどから、テンポをいたずらに速めるのがノリントンの意図ではない、と知り得ます。

「ワーグナーへの道」でノリントンがレクチャーしつつ指揮するのは

・「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
・「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲
・「パルジファル」第1幕前奏曲(部分)

の3つで、そのテンポは、先に名前の出たフルトヴェングラーやカラヤンに比べると、確かに速い。

ですが、1925年頃に残されたカール・ムック指揮の「マイスタージンガー前奏曲」、同じ頃、(作曲者であるリヒャルト・)ワーグナーの子息ジークフリートが指揮した「トリスタン前奏曲」のテンポと比較したときには、「やや速めかな?」程度におさまっているのです。

話は脱線しますが、ムック指揮の演奏では、オーケストラの方が、ムックの指示する「速さ」について行き切れない(晩年のフルトヴェングラーが指示した「遅さ」にオーケストラが追随できずにいたことが伺われる演奏があるのと正反対の意味で、「速いことについて行けない」)様子さえ伺われるのは、また興味深いことです。

ヴィブラートをかけない演奏は、とくに弦楽器においては、表現そのものが体の内側に染み付いていないと非常に困難でして、弓も決して「持たないでしっかり」持つ・・・変ないい方ですが・・・そういうことが出来、弓で楽器を歌わせられなければ、非常にみっともないことになります。まだヴィブラートをかけられない子供達で編成されたジュニア・オーケストラの音をご存知のかたには、想像がつくかと思います。

それがモダン楽器でもらくらく出来る(いや、いわゆる古楽器でだって決してらくらく出来ることではないはずでしょうが、私はその演奏経験がないので断言できません)のは、かなりの技術者たちによって初めて可能なことなのでして、安易な「ものまね」ではノリントン自身を前にした時にはノリントンの要求どおりには出来ないでしょうね。

音そのものを、真っ直ぐに、伸びやかに、解放してやる。

それが「モダン」の楽器でも可能なのだ、と確信するまでに、恐らくはノリントン自身にとって、かなり時間はかかったし、また、彼もあえて時間を掛けて来たのではないでしょうか?・・・けれど、今の彼は、それが長い時間だったとは思っていないようです。

彼の物言いには怖じ気づいたところが全くありませんけれど、それは、そうしたした準備期間を充分に置いた上での彼の自信の現れなのではないでしょうか?彼の演出を巡って現在のように賛否両論が起こることは見越した上で、むしろそうであることを望んで「確信犯」となっているのではないでしょうか?

この映像を見るまで、私はこれに全く気が付きませんでした。

いえ、「気が付いた」と思い込んでしまったことが、もう間違っているのかもしれません。

ブログのタイトル自体が「へりくつ」ですから、ああでもない、こうでもない、と述べましたけれど、本当は、途中で述べたただ一事、言葉は変えますが、

「ノリントンは私たちのいのちを前提とした、現在進行形の(美しい響き>を求めている」

・・・この事実に、いまさら気づいた自分のバカさ加減には、ただ呆れかえるしかなかった、ということだけが、ほんとうなのです。それは、好むか好まないか、とはまた別の話であり、音楽そのものに打たれる、という本来的な経験に属するものなのではないか、と、いま、稲光のせいで真っ黒焦げになってしまった自分の体を、私から離脱した魂が、茫然自失のていで眺めているような気がします。
http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-578a.html

要するに、ノンヴィブラート奏法は簡単だから要求すれば弦楽奏者もすぐに応じてくれるけど、ポルタメント奏法は超一流の技量が無いとできないので、なんだかんだと理由をつけて誰もやりたがらないという事なんでしょうね。
18:777 :

2022/07/04 (Mon) 08:17:25


バイオリンの発展

バイオリンの聖地、クレモナ

16世紀後半から18世紀前半にかけて、北イタリア・ロンバルジア地方の小都市クレモナはバイオリン?製作の中心地になり、約2万個の名器が作られました。そしてクレモナのバイオリン製作家は家ごとに一派を成し、その技術は代々受け継がれたのです。最も有名な製作家の名前を挙げると、アマティ一族が5人、ストラディヴァリ一族が3人、グァルネリ一族が5人。他にもカルロ・ベルゴンツィ作のバイオリンは名器として知られています。

これらのバイオリンは現代にいたるまで一流のバイオリニストに弾き継がれ、今でも有名なバイオリニストの多くが、このクレモナの名器を愛用しているのです。


名器の特長は製作者にそっくり?

ストラディヴァリ(左)とグァルネリ(右)

アントニオ・ストラディヴァリとグァルネリ・デル・ジェスは、ほとんど同じ時代にクレモナで活躍したバイオリン?の名工で、どちらも史上最高の製作家と呼ばれ、今も彼らの作った名器が珍重されています。けれども彼らの楽器を比べてみると、音の性格はかなり異なっているようです。

アントニオ・ストラディヴァリは1644年ごろ生まれて90歳過ぎまで生き、最晩年までバイオリンを製作していたといいます。推定製作本数は約1100本。現在約600本が残っていますが、これは1人がつくった数としては驚異的です。彼の楽器は隅々までていねいに作られていて、華々しく艶(つや)のある音が特徴です。

一方、グァルネリ・デル・ジェスは1698年から1744年の生涯を破天荒に生きた人。お酒もよく飲み、刑務所に入ったこともあると伝えられています。製作本数は推定約300本で、そのうち約140本が現存しています。彼のバイオリンは、作りも荒々しく、エネルギッシュで深い、迫力のある音がするんですよ。

モダンとバロック、その違いは?

バイオリン?は誕生した時にすでに完成された姿をしていました。そのためその後の改良もごくわずかです。その改良というのは、19世紀に、時代の流れに対応するために行われたもの。ひとつは指板を胴の中央まで長くしたこと。これは特にE線の高音をもっと多く弾けるようにするためでした。もうひとつは、音量と輝かしさを増すために、駒を高くし、同時に指板の位置も高くして、弦の張力を増すようにしたこと。

古い名器にこの改良を加えた楽器や、それを真似て新しく作った楽器を一般に「モダン・バイオリン」、そうした改良を加えない、古いかたちのままのものを「バロック?・バイオリン」と呼んでいます。現在では、ストラディヴァリやグァルネリの名器でも、ほとんどすべてがモダン・バイオリンになって使われています。
http://www.yamaha.co.jp/plus/violin/?ln=ja&cn=10102&pg=2

古楽器とピリオド奏法   小池はるみ

■バロックヴァイオリンとモダンヴァイオリンのちがい

 まずは楽器のお話を。

 モダンヴァイオリンに比べるとバロックヴァイオリンはネックがやや太く、駒は低くカーブがなだらか(重音が弾きやすい)。指板は短く、表板に対する角度も緩やか(派手なポジションチェンジの必要がなかった)。顎当て、肩当ては使わず(金属製のネジがなかった)楽器は鎖骨の上に乗せるだけ。初めはグラグラして落としそうになりますが、慣れるとその方が良く鳴るし軽やかに弾けるようになります。バロックヴァイオリンは実際軽いのです。

 指板が長くなったのはパガニーニ以降。ストラディバリウスも元々はバロック楽器だったのを今はみんなモダンに改造してあります。革命によって貴族社会が終わり、音楽が市民のものになると、コンサート会場もやがて宮殿からホールへと移り、より大きな音が求められるようになり、楽器のテンションも高くなっていきました。今では現存するオリジナル楽器はほとんどないので、バロックヴァイオリンを手に入れるには、古い楽器を再改造するか新作のバロックヴァイオリンを注文しなければなりません。でもいきなりバロックヴァイオリンを買わなくても大丈夫。手持ちのモダンヴァイオリンにガット弦を張り、バロック弓で弾くだけでかなりバロックの響きに近づきます。私もそこから始めました。当時も、ある時一斉に楽器が変わったわけではなく、様々な段階を経ながら少しずつ変わっていったのです。

■ガット弦について

 古楽器にはガット弦を張ります。ガットは羊の腸(牛の腸もある)を乾燥させたもので、そのまま使うのがナチュラルですが、夏などは汗ですぐに「裂きイカ」状態になって切れていまうので、ワックスのようなものをコーティングして切れにくくしたものや銀を巻いたもの、二本をより合わせたものなどを使うこともあります。 長さは120センチ。チェロは一本を一回で使いますがヴァイオリンは半分に切って二回使えるのでちょっと得をした気分になります。弦はヴァイオリン用チェロ用という区別はなく、太さを自分で選んで購入します。太さは音色やピッチ、楽器との相性や弾きやすさなどを考慮して選びます。ガット弦を楽器に張る時は自分でループを作ります。弦の端をライターで焼いておくとほどけません。


■弓(ボウ)について

 バロック・ボウは元々、あの矢を引く弓と同じアーチ形をしていました。木は弾力の強いスネイクウッドを用い、ネジはなく、弓の毛を張る時は手元にフロッグをはめ込み、緩める時には外すというシンプルな仕組みでした。 毛は馬の尻尾で、白毛だけでなく黒毛も使いました。やがて張り具合をネジで調節できるようになり、丈も長くなり、またアーチがだんだん毛と平行になり(クラシカル・ボウ)、さらに逆反りになり(モダン・ボウ)、ダウンとアップ、弓の先・中・元の音量差をなくすことに成功しました。産業革命で工業製品が出回るようになり、どの製品も同じ品質が保証されるようになると、人々は音楽にも均一を求めるようになったのです。でもそれはハンドメイドの味わい、つまりバロック弓がもたらしていた陰影や躍動感を失うこととなりました。これが、現在私達がモダン楽器でピリオド奏法をする上での大きな問題です。   


■ピリオド奏法  

 ピリオド、つまりその「時代」に演奏されていた方法を再現し、作曲家の意図をより忠実に表現しようというのがピリオド奏法です。演劇の世界で言えば、時代劇には時代考証(暮らし、衣服、言葉使い、立ち居振る舞い、等々…)が欠かせませんね。それと同じです。

 ピリオド奏法については文献が色々出ているので、ここでは実際に私達の演奏の際に心得ておきたい基本的なものだけを取り上げることにします。基本がわかると、ソリストや先生方の指摘がバロックとしての常識なのか、先生独自の解釈なのかが判別できるようになります。

(1)ピッチと音律

・音律について。
 音律は平均律、純正調、バロッティ、ヤング、ピタゴラス、ミーントーン等々多種ありますが、ターフェルではバロッティ音律で演奏していますね。私は今まで純正調と平均律しか知りませんでしたので慣れるのが大変でした。バロッティの5度は純正調よりも狭いので、Aから順番に純正5度で調弦してしまうとGやCで誤差が生じてしまいます。Aより低い弦は少し高めに、E線はやや低めに調弦します。でもこれもやはり個人の感覚の差があってピッタリ一致しないので、各自が「古典音律チューナー」(古楽器奏者は大抵持っています)を買って練習するのが一番ですが、わざわざ買うのはちょっと…という方は、調弦の時に弦を一本ずつオルガンに合わせ、合奏の時には極力オルガンを聴いて合わせ(特に通低)ればかなりバロッティに近づくことができますので是非試してみて下さい。そうすれば全体に音程がもっともっとスッキリして和音が透明になると思います。


・ピッチについて。
 ご承知の通り、バッハの頃のバロック・ピッチは a=415、モーツァルト・ベートーベンの頃の古典ピッチは a=430~435、モダン・ピッチが a=440~443(ヴィヴァルディの頃のイタリアでは a=460前後との記録があります)と少しずつ上がってきています。 これも、よりダイナミックに、よりソリスティックに、という時代の要請でしょう。ターフェルではモダン・ピッチでバッハを演奏していますね。バロック・ピッチとモダン・ピッチとの差は約半音。聴いているとあまり違和感がないように思いますが実際に弾くとテンションが全然違います。私達もできればあまり力まずに、バロック・ピッチのイメージで弾きたいものですね。


(2)メッサ・ディ・ボーチェ

 鳴り始めが弱く、次第に真ん中が膨らみ、最後に減衰して消えるのがメッサ・ディ・ヴォーチェで、これがバロック時代最も美しい音のシェイプと考えられていました。

 バロック弓はまさにこの形をしていますね。モダンに比べ元が軽く、真ん中の張りが強く、先が弱いのでメッサ・ディ・ヴォーチェに最適なのです。 でもバロック弓を持てば自動的にメッサが出来るわけではありません。 私の最初のレッスンも、大半がa=415のバロッティ音律による調弦とこのメッサ・ディ・ヴォーチェの弾き方に費やされました。 もちろんイメージさえあればモダン弓でもメッサは可能です。是非美しいメッサ・ディ・ヴォーチェを練習してみて下さい。


(3)ヴィブラートとトリル

 モダンでは全ての音にヴィブラートをかけ続けますが、バロックではヴィブラートはトリルの一種とみなされ、装飾として部分的効果的に使われました。ですからまずは全ての音をノンヴィブラートで弾けるようにしてからバロック式ヴィブラートを練習すると良いのですが、実際には自分では全くかけていないつもりでも無意識にかけていたり、ノンヴィブにした途端に音程が悪くなるなど、なかなか一朝一夕にはいきません。

 ヴィブラートは立ち上がりからいきなり速く掛けるのではなく、ちょうど大きな鐘を打った時のようにロングトーンの後半から自然に揺らして消えるのが良いのです。また細かい音符には決してかけないのが原則です。

 一方、トリルには様々な種類があり、その弾き方も実に多彩で驚くばかり。符点音符のように揺らしてかけたり、右手でトントントトト…とかけたり、特に初期バロックでは単純なメロディーラインを自由自在にトリルで飾り、演奏者の腕を披露します。それが次第に作曲家自身が装飾を楽譜に記すようになりました。ですからバッハなどを弾く時には、どの音がメロディーの芯となる音でどの音が装飾なのかを判別しなければなりません。また各フレーズの最後のカデンツには楽譜に書いてなくてもトリルを付ける習慣が残っているので、フレーズの始まりと終わりをしっかり把握して弾きたいと思います。


(4)表と裏、対比、イネガル、繰り返し、装飾など

 バロックでは同じ音形や類似するフレーズが繰り返される時には必ずどちらかを裏にして表と対比させるようにします。二回出てくる時はエコーにする場合が多いですが、まず弱く弾いてから二回目念を押すように強く弾くこともありますし、三回繰り返される場合には強ー弱ー強にするなど、ニュアンスも変えて必ず陰影を作ります。(ゼクエンツはまた別の項で扱います)

 ひとつの音形の後に違う音形が出てきたらアーティキュレーションをはっきり変えて、音形の違いを際立たせます。 8分音符や16分音符が連続する時には強拍を長めに弱拍を短めに(符点でもなく三連でもない感じで)弾き、不均等(イネガル)を心がけます。 リピート記号で繰り返したり、ダ・カーポした場合にはトリルや装飾で変化をつけます。 このように、隣り合った音、音形、フレーズ、パターンなどを決して同じように弾かないのがバロックの原則です。

 考えてみますと、当時は不平等、不均一が当たり前の時代でしたから、人々にとっては音楽もその方が自然だったのでしょう。いびつな真珠(バロック)を味わい、いびつを生かして美しく配置することにこの時代の美意識を感じます。


(5)拍子のヒエラルキー

 二拍子は強・弱
 三拍子は強・弱・弱
 四拍子は強・弱・中強・弱

 これが拍子の力関係です。なんと拍にも身分の違いがあるんですね!今でこそ男女平等、子供達も全員平等ですが、日本も家長である父親と跡取りの長男が偉かった?時代がありましたから、それを連想すると分かり易いかも知れません。 1と3は神を表すので強く、2と4は人間を表すので弱く…とも聞きました。ご参考までに。

 ただ、これを実際に演奏するのは大変です。基本的には強をП(下げ弓)で弱を∨(上げ弓)で弾きますが、モダンボウではどうしても∨が大きくなってしまうので、細心の注意が必要です。私も初めは一生懸命頭で考えながらゆっくり弾いてみて、次第にテンポを上げて練習しました。今もまだちょっとぎこちないです。でもこの拍感こそ、バロックの生き生きとした躍動感を生み出す基本なので、是非とも身につけたいものですね!


(6)フレーズ(カデンツァ、タイ、和声など)

 バロックでは楽譜は右から左へ見よと言われます。つまり、まずフレーズの終わりがどこかを確認してから弾き始めるのです。行き先のわからない電車に乗る人はいませんね。また目的地に着く前に降りたり乗り過ごしたりすると迷ってしまいます。

 フレーズにはポイントになる音がいくつかあるのでその音を道標にして前へ前へ進みましょう。ポイントになる音は、強拍、最高音、最低音、不協和音など。これらの音を中心に(>をつけるとフレーズが立体的になります。同じ音形を繰り返しながら上がっていく(下がっていく)ゼクエンツなどはその到達地点がポイントになりますし、7、56、246、9、ナポリの6などの不協和音も重要ポイントです。

 タイの終わりに不協和音がある場合には、途中で音が抜けてしまわないように保ち、しっかり音をぶつけるとその後の解決が非常に気持ちいいですね!和声は私もまだまだ勉強中ですが、和音によって様々なキャラクターがあるのがとても面白いと思います。ちなみに普通の6の和音は広がるイメージなのであまり力まないで弾きましょう。

  目的地の直前にカデンツァが出てきたら流さずしっかり終わります。
第一拍目の頭の音がフレーズの終わりで裏拍から次のフレーズが始まるというケースもよくありますね。弦楽器も歌や管楽器のようにそこで軽くブレスをしてみてはどうでしょうか?

 ところで「小節線を踏まない」というルールをご存知ですか?私はそれを聞いた時とっさに、和室で畳の縁を踏まないのと同じだな(笑)…と思いました。初めは意識し過ぎてフレーズがぶつ切りになるのですが、知っておくとアウフタクトが弾きやすいし、終止もスッキリして、全体が美しいフレーズに仕上がります。


(7)上行形と下行形、順次進行と跳躍進行

 上行形では次第に気持ちが高まり(クレッシェンド)下行形では徐々にクールダウン(デクレッシェンド)します。また、二度で動く順次進行の時にはレガートで、三度以上飛ぶ跳躍進行の時には切って弾くのが基本です。 特に完全五度上は天上を表すのでキッパリと、それに対して二度は地上を表すのでタラタラと、だそうです。面白いですね!

 バロックの時代は自動車も飛行機もエレベーターもありませんから、坂道も階段もすべて徒歩でした。その目線で弾いてみて下さい。自然にそのような奏法になるはずです。

(8)アーティキュレーション

 2つの音符にスラーがついていたら、最初の音を重く次の音は軽く弾きます。音符が3つ、4つ、それ以上に増えても常にスラーの最初の音を重くし、あとは自然に減衰させます。私はモダンのポルタート癖が抜けず、気づかないうちに均等になってしまって苦労しました。

 スタッカートも均等に弾かずに、拍の裏と後半を軽く短めにすると躍動感が出ます。特にスタッカートは弓のスピードが速くなりすぎないよう、弓を使いすぎないよう注意しましょう。

  重音をアルペジオで弾く時には常に低い音を重く高い音を軽く弾きます。
  スタッカートもスラーも何も書いていない場合は、音形を良く見て判断します。バロックではよく「音形通りに」「音形が見えるように」弾けと言われます。同じような16分音符の連続に見えても実は様々な音形が組み合わされているのです。

 文章に句読点があるように、フレーズの途中で音形が変わる時に一瞬間を取ることを「アーティキュレートする」と言います。これも音形の変化に敏感になってフレーズの把握が的確に出来るようになると、どこでアーティキュレートすべきか自ずと解ってきて、音形の違いに応じて効果的な対比を作り出すことができます。

 「鳥の目と虫の目で見る」という言葉がありますが、バロックもまさに、鳥のように空から全体の曲の構造、フレーズを把握した上で、今度は地上の虫のように順次進行や跳躍、上行と下行、落とし穴のような不協和音、音形の違いに一つ一つ反応しながら進んで行けるようになれば実に愉しいと思います。 …と口で言うのは容易いですが実際に弾きこなすのは至難の業ですよね。私もなんとかもっと自然に表現できるようになりたいと精進の毎日です。
http://tafel.exblog.jp/18083238/
19:777 :

2022/07/04 (Mon) 08:18:43

ピリオド・アプローチと歴史的録音(上) - ヨーゼフ・ヨアヒムを軸に -


同じピリオド・アプローチでも印象は大きく異なる「ジーグフリート牧歌」

改めてノリントンのワーグナーをじっくり聴くと、入念かつ自由自在なリズムやフレージングの設定が極めて印象に残ります。例えば「ジークフリート牧歌」、ノリントンと同じく、ピリオド系アプローチによる演奏であるフロリアン・メルツ/クール・ザクセン・フィルのワーグナー作品集とは、演奏時間は似通っているものの、受ける印象は極めて異なるものです(ノリントン盤は16分11秒、メルツ盤は16分56秒)。後者は初演時の室内楽版によるものですが、違いはそれだけには留まらないように思います。

前者のノリントンによるワーグナー作品集の解説は、神崎さんのサイトにて翻訳されています

ノリントンのワーグナー演奏ノート
http://www.kanzaki.com/norrington/note-wagner.html

気になるのは「演奏スタイル」の次の言葉。

今日との決定的な違いは、木管と金管のアーティキュレーションと、スタッカートと[弓を]弦にのせたレガート、ポルタートと飛ぶようなスタッカートを区別する弦の弓使いでした。何よりも注目すべきは、ビブラートはオーケストラのどのパートでも使われず、一方ポルタメントは明らかに用いられていたという点でしょう。

明確なアーティキュレーションの区別を施す弓使いと、ビブラートの抑制、そしてポルタメントの活用。これら19世紀末に特徴的とされる表現要素は、実際にノリントンの演奏だけではなく、メルツの演奏からも、はっきりと聞き取ることができます。

しかしながら、バロックから古典へ歴史を辿った延長としての位置づけなのか、ノリントン・LCPの録音から聞こえるフレージングは、ピリオド的というか、極めて立体的なのに対し、メルツの演奏では濃密な音色が平面的に広がってその中にフレージングが浸透していくような印象を受けます。その2つの表現はあまりにも異なっているため、どちらがその時代に即したものなのか、そんな意味のない質問をついつい建ててしまいたくなるのですが、その質問を敷衍させてくれる格好の素材があります。それはヨーゼフ・ヨアヒムが1903年に残した歴史的録音です。


ヨーゼフ・ヨアヒムの録音から聞こえる姿

Joseph Joachim plays Brahms Hungarian Dance #1
http://www.youtube.com/watch?v=f-p8YeIQkxs
http://www.youtube.com/watch?v=2YsG4r-PzW8

Joseph Joachim - Brahms' Hungarian Dance No.2 (1903) (RARE!)
http://www.youtube.com/watch?v=lV_YXtUs_Ow
http://www.youtube.com/watch?v=FZjVnURl6Fk
http://www.youtube.com/watch?v=lkgEwB5fdck

Brahms: The 1889 recordings (& Joachim 1903 recording)
http://www.youtube.com/watch?v=H31q7Qrjjo0

Joseph Joachim plays Brahms on Schallplatte Grammophon
http://www.youtube.com/watch?v=wlamh1HCBlI


ヨーゼフ・ヨアヒムの録音は恐らく、現在我々が聴ける最古のヴァイオリン録音の一つ。バッハの無伴奏2曲とブラームスのハンガリー舞曲2曲、そして自作の計5曲の演奏を、テスタメントから出されているCDを通じて聴くことが出来ます。

ブラームスやメンデルスゾーンとの関係を語るには欠かせないこのヴァイオリニスト、この粗末な録音から聞こえてくるヨアヒムの演奏は、先に記した要素(明確なアーティクレーションの区別とヴィブラートの抑制とポルタメントの活用)を確かに聞き取ることが出来るように思います。

特に印象的なのは、ヨアヒム自身が編曲したブラームスのハンガリー舞曲第1番、前半の有名な主題の繰り返しがあるのですが、その繰り返しの二回目、一回目では控えられていたヴィブラートの振幅と、ポルタメントによる下降音型の強調が、繰り返し前後の明確な違いとなって表れています。しかし、それらの要素が表現となって伝達されるのは、その背後にある厳格に表情を抑制されたフレージングがあるから。だから、バッハの無伴奏の演奏では、その禁欲さ(と、あからさまなモノフォニック志向)に物足りなさを覚えることもありましょう。

先の「ジーグフリート牧歌」の2つの演奏、どちらがヨアヒムのそれに近いかといえば、その控えめなフレージングはメルツの演奏に近いように感じられるものの、やはりどちらとは言い切れません。それは当然の事であって、どちらかに帰することは、ヨアヒムやノリントン、そしてメルツに対しても失礼な事。

とはいえ、ビブラートの抑制は、ヨアヒムの録音からも明らかに感じられることで、実際ヨアヒムは自身の教則本の中で、次のように語っています。

ヴィプラートが癖になることを強く警告しても、し過ぎるということはない-とりわけ間違ったパッセージにおいて。上品で健康で繊細なヴァイオリニストは、いつも一定した音造りを正常なものと認め、ヴィブラートは表現の内部からの必要性が指示した時だけにもちいるのである

バッハの無伴奏に感じられた、その禁欲さ。それは「一定した音造り」という言葉に表れた見識の発露だったのかもしれません。そして、ヴィブラートに対する見識、常に施すものではなく、表現手段の一つとしてヴィブラートを捉えることの重要性が語られているのは、次のエントリーで紹介するケネス・スロゥィックのある意味衝撃的な論文を読んだ後では、特に痛切に感じられるものです。

ヨーゼフ・ヨアヒムの録音と現代の録音の繋がり

実際にノリントンは、山尾敦史さんとのインタビューにて、ワルター/VPOによるマーラー第5番アダージェットを引き合いに出しているように、過去の歴史的録音を自らの演奏の手掛かりの一つとして把握しています。ですので、このヨアヒムの録音もまた、そのように捉えられいると思います。そして、メルツもまた、ロマン派以降のピリオド系アプローチを追求している一人であることを踏まえれば、このヨアヒムの録音を参照しているはずでず。そのヨアヒムの録音をどう捉え、実際はどのように演奏するのか。ピリオド系アプローチとはいっても、多様な広がりがあることが、ここでも認識することができます。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/02/06-125518.html

ピリオド・アプローチと歴史的録音(下) - スロウィックとメンゲルベルク -

アメリカのピリオド系チェリスト兼指揮者のケネス・スロウィック。
そのスロウィックの活動の中心となっているのは、スミソニアン博物館付属のスミソニアン室内音楽協会。モノに拘らずに歴史的遺産の収集スミソニアン博物館の音楽団体だけあって、博物館が所蔵する楽器を活用した演奏活動を展開しています。

リヒャルト・シュトラウスやマーラーをガット弦で演奏

このエントリーで主に取り上げるのは、そのスロウィックが指揮者として「スミソニアン・チェンバー・プレイヤーズ」を率いた、"METAMORPHOSIS"と"TRANSFIGURATION"と題された2つのディスク。

これら2つでは、後期ロマン派の弦楽アンサンブル向け作品を対象に、当時はまだ使われていたガット弦による演奏を記録したもの。これらは19世紀末から今世紀前半の作品に対するピリオド・アプローチの可能性を示した貴重な試みの記録であり、丁寧な文献研究と歴史的録音の検証の成果が、ふんだんに取り入れられているように思います。

ガット弦による演奏は、その甘美かつ高貴な音色が非常に魅力的に聞こえるのですが、その演奏以上に貴重なのは、スロウィック自身による演奏の解説。

"METAMORPHOSIS"では、今世紀初頭にガット弦がスチール弦に取って替わられるプロセスが詳細に描かれており、"TRANSFIGURATION"では、歴史的録音(特にメンゲルベルク)を通じて、現代では失われた演奏習慣と、スロウィックのめざす表現の方向性が、こちらも詳細に記載されています。


ガット弦がスチール弦に取って代わられる経緯

注目の解説に書かれているのはガット弦がスチール弦に移行する経緯と、その交代と共に変わったヴィブラートの位置付け。とてもユニークな文章なので、以下にその要約を示します。

ヴァイオリン族が発明された16世紀初頭から1900年はじめまで、ガット弦は素材の標準だった。

カール・フレッシュの教本「ヴァイオリン演奏技法」の第一巻(1928年)で書かれているように、コントロールの難しさや寿命の短さの点で、ガット弦は演奏者に困難を与えている。特に寿命の短さは、経済的な理由によってスチール弦に入れ替わる主要な原因となる。

1920年代以降、徐々にガット弦はスチール弦に入れ替わっていったが、ジークフリート・エーバーハルトの議論にもあるように、1940年代になっても、ガット弦対スチール弦の論争は続いていた。ガット弦の時代の終わりは恐らく、ステレオ録音の開始の約10年前と考えられる。

このディスクに収録した作品については、エルガーの作品は確実にガット弦が主流だった時代に属する作品だったと考えられる。バーバーの「アダージョ」については、ガット弦とメタル弦の間で奏者の選択が揺れ動いた時期である。「メタモルフォーゼン」については、戦時中ガット弦の入手は極めて困難であったと考えられるが、シュトラウスが記そうとしたドイツ文化に関わるオーケストラの弦楽の音色は、ガット弦のそれであったことは絶対に確実である。

ガット弦が使われていた時代の録音では、この弦の利用とは異なる別の観点、即ちヴィビラートの使用についても、示唆を与えてくれる。例えば、ヨーゼフ・ヨアヒムの録音や教則本で自身が強調しているように、ヴィブラートの使用には十分な注意が行われている。同様のヴィブラートの抑制は、アルノルト・ロゼーが残した録音からも伺うことが出来る。

20世紀初頭の教則本では、ガット弦の場合とスチール弦の場合の2通りの運指法が記載されている。

スチール弦の運指では、金属の耳障りな音の発生を押さえるために、開放弦の回避や圧倒的なヴィブラートが求められている。イザイは、連続的なヴィブラートを用いた、最初の重要なヴァイオリン奏者であり、その後は、大幅なヴィブラート使用の方向へ進むことになった。しかし、リュシアン・カペーやレオポルド・アウアーが記したように、ヴィブラートの乱用を厳しく諫める意見も多かった。

フリッツ・クライスラーは、より早いパッセージでもヴィブラートを用いる、今日の音楽教育がモデルとする音へのきっかけを作った。しかし、クライスラーの落ち着いて漂うヴィブラートは、ヤッシャ・ハイフェッツのより力強く、神経質で絶え間なく連続するヴィブラートとは著しく対照的である。

ここには、ガット弦からスチール弦への移行は表現的な要請よりも、実用的な要請から行われたこと、

そしてスチール弦の音色の問題を覆い隠すために、ヴィブラートが多用され始めた

という、私のような素人にはショッキングな話が。

なお、ほぼ同じ趣旨のヴィブラートに関する論文をノリントンが書いています。

(Time to Rid Orchestras of the Shakes)
http://www.kanzaki.com/norrington/roger-nyt200302.html

これらの事実を踏まえると、より良い表現を追求するために、作品の作曲年代に関係なく、恒常的にガット弦を使うアーティスト(例えばビルスマやイッサリース)がいることも至極当然のことでしょう。


メンゲルベルクへの傾倒

Willem Mengelberg, 1926 - Mahler, Adagietto, Symphony 5
http://www.youtube.com/watch?v=qdEAuw87XV4
http://www.youtube.com/watch?v=CIss8Tnv7hY
http://www.youtube.com/watch?v=2HQpJdORX6w

Bruno Walter, 1938 - Mahler, Adagietto, Symphony 5
http://www.youtube.com/watch?v=QbdJjSqgUog
http://www.youtube.com/watch?v=-Flxoq67BsE
http://www.youtube.com/watch?v=dZzN8We546c


そして、次のディスクである"TRANSFIGURATION"では、彼らによるマーラーの交響曲第5番のアダージェットの録音と共に、メンゲルベルク/コンセルトヘボウ管の1926年録音と、ワルター/ウィーン・フィルの1938年録音の冒頭が納められています。その解説では、スロウィックは次のように語り、メンゲルベルクへの傾倒を臆面もなく示しています。

1926年の録音はオーケストラの「ルバート」と「ポルタメント」が魅力的で、そのどちらもが骨身を惜しまずに準備されたメンゲルベルクの、アムステルダムの解釈の商標となっている。ちょうど7分を超えるこの演奏は、近年の明らかに哀調的な演奏の約半分の長さである。CDでの短い見本は、メンゲルベルクのリズムの驚くべき融通性と生命力へのアプローチだけではなく、旋律中のある音同士の注意深い結び付きや、耳に聞こえる滑らかな移行への彼の固執が、音楽の叙情性と意味深長さを高める企てとなっている。

ブルーノ・ワルターのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との1938年の録音は、マーラ一の門弟という当然の評価にもかかわらず、それに較べてほとんど不毛のものである。

(中川註: 音楽ファンの間ではブルーノ・ワルターの1938年録音の方がメンゲルベルクの1926年録音より人気が有ります)

マーラー「アダージェット」以外に"TRANSFIGURATION"に納められているのは、ベートーヴェン/マーラー編曲の「セリオーソ」弦楽合奏版とシェーンベルク「浄夜」。ガット弦で響く「浄夜」の抑制と高貴さが同居した演奏も素晴らしいのですけど、やはりメインはアダージェット。

そのあからさまなポルタメントが印象的なスロウィック達によるアダージェットは、ノリントンやメルツ達の演奏を聴いた耳には、極めて魅力的に響きます。スロウィックの言う通り、メンゲルベルクは過去の演奏習慣を受け継いだ存在だったのでしょうか。とはいえ、メンゲルベルクの表現に比すると、スロウィックの演奏は大人しく聞こえます。とくにアダージェットの展開に相当する箇所、4分を過ぎた辺りでは、メンゲルベルクの演奏ではポルタメントの嵐とでも言いたくなるような、濃密な表現が錯綜するのに対し、スロウィックのそれは、ポルタメントは明らかに控えめです。

そこはどのような意図があるのか、私には良く解らないのですが、ヨアヒムの次の言葉

「上品で健康で繊細なヴァイオリニストは、いつも一定した音造りを正常なものと認め、ヴィブラートは表現の内部からの必要性が指示した時だけにもちいるのである」

を踏まえると、スロウィックとメンゲルベルクの内発的な表現の必要性、その違いが表れたものとも言えるのではないかと。芸術家としてのスロウィックは、なにもメンゲルベルクのパッションまで、なぞる必要性は無いのですし。


メンゲルベルクを通じて更にマーラーの演奏へ迫る

スロウィックは「マーラーからワーグナーにまで遡る、指揮におけるオーストリア=ドイツ19世紀ロマン派の正統を示」す存在として、メンゲルベルクの表現の方向性を、さらに丹念に探って行きます。そのメンゲルベルクが残したマーラーの交響曲録音は、この第5番のアダージェット以外には、第4番のみ残されているのはご存じの通り。

Mengelberg, - Mahler, Symphony No. 4 in G Major
http://www.youtube.com/watch?v=BVT-F8nhM1w
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17772083


この第4番の録音では、スロウィックは、マーラーとメンゲルベルクの関係を詳細に分析し、メンゲルベルクをロマン派の正当を示す存在という抽象的な正統性を踏み越えて、マーラーの演奏意図を直接読み込もうとしているようです。そのプロセスもまた、スロウィック自身による長大な解説に記載されています。


1895年に24歳でコンセルトヘボウ管の指揮者に任命されたメンゲルベルクは、コンセルトヘボウを世界最高のオーケストラの一つに仕立て上げただけでなく、数多くの同時代の作品を最も熱心に取り上げた存在でもある。しかし、その中でも、マーラーは特別の存在だった。

メンゲルベルクがマーラーの作品に始めて触れたのは1902年。マーラー自身の指揮による第3交響曲だった。自らの演奏の理想とする姿を見た若いメンゲルベルクは、1903年から1909年の間、マーラーをアムステルダムへ何度も招待する。

マーラーの客演では、メンゲルベルクは事前にリハーサルを行い、マーラーがリハーサルをする際は、指揮台の横に陣取り、オーケストラに対するマーラーの指示を克明にスコアに記録していった。その甲斐あってか、第4交響曲では、メンゲルベルクの指揮による演奏をマーラーは客席で心地く聴き、自宅にて自分自身が演奏しているようだという言葉をアルマに漏らしている。そのような状況にマーラーは極めて満足し、仕事や家族の責務から解放されるのであれば、アムステルダムへ移住したいという事まで語っている。

1911年にマーラーは亡くなるが、メンゲルベルクはその後もマーラーの作品を取り上げ続け、彼は約400回もマーラーの作品を実演で取り上げた。特に第4交響曲は約100回に登り、それに「大地の歌」と第1番が続く。

1920年、メンゲルベルクとコンセルトヘボウ管の関係の25周年を記念し、アムステルダムにてマーラーフェスティバルが行われる。第一世界大戦開戦のの6年後に行われたこの祭典では、メンゲルベルクとコンセルトヘボウ管はマーラーの管弦楽作品の殆どを取り上げ、それを聴いたエードリアン・ボールドは

「メンゲルベルクは、マーラー作品演奏において最も優れた指揮者である。それは、恐らくマーラー自身以上に」

と語っている。


メンゲルベルクによるマーラー演奏の録音は、第4番と第5番のアダージェット、そして「さすらう若人の歌」しか残されていない。しかし、マーラー全作品を含む、メンゲルベルク自身のスコアは、ハーグのメンゲルベルクアーカイブに700点あまりが残されている。メンゲルベルクは同じスコアを繰り返し使ったために、その譜面は書き込みによって極めて煩雑に見えるが、第4交響曲の場合、マーラー自身の指示の記録は赤のペンで、メンゲルベルクの自身の書き込みは、赤の鉛筆で書き込まれている。

この録音で使われている弦楽器は、17世紀にアマティによって作られている。これらは1998年にスミソニアン協会に寄贈され、定期的にスミソニアン室内音楽協会の演奏に使われている。これら以外にスミソニアン協会が保有する世界的なコレクションと同様、弦には「ガット弦」を用いている。

なお、ここでの「ガット弦」とは、金属線の周りにガットを巻いた弦も含む。このガット弦は第二次世界大戦後にスチール弦に取って変わられたのであって、マーラーやメンゲルベルク、シェーンベルクが聴いていた弦の音はほぼガット弦によるものである。

この演奏では、第4番のスケルツォで、ガット弦とスチール弦の違いを活用した試みを行っている。すなわち、スコルダテューダの指示があるヴァイオリンを、ガット弦を張ったアマティではなく、スチール弦を張ったモダン仕様のヴァイオリンを使っている。これはベルクがヴォツェックにて、フィドルを「スチール弦を張り、半音高く調弦したヴァイオリン」と指示しており、マーラーも更に10年健在であればこのような指示を下した可能性がある。また、この楽器選択は、メンゲルベルクの「ヴァイオリンは常に優勢で」「ソロヴァイオリン(死)の導入箇所は荒々しく、fffでなくてはならない」という指示にも、完全に見合ったものである。

この演奏を、メンゲルベルク自身による録音と聴き比べてみると、確かにメンゲルベルク独特のルバートやポルタメントを、十分に反映させた演奏に聞こえます。また、スケルツォでのスチール弦によるヴァイオリンの利用は、確かにガット弦を張ったアマティとは異なるもの。スチール弦によるヴァイオリンで表現した、「死」を巡る荒々しいイメージは、その後に続く第3楽章冒頭の、甘美なチェロの音色を聴くことによって、回想するかのように印象に残ってきます。
http://seeds.whitesnow.jp/blog/2005/02/12-001111.html


スチール弦か、ガット弦か、それが問題だ

バイオリンなどに使われる弦は、現在では一般にスチールを素材としたスチール弦(最近ではナイロン弦も)が使用されます。しかし、スチール弦が使用されるようになったのは20世紀も半ば近くになってからでした。それまでは、羊の腸の筋をよって作ったガット弦が広く用いられていたのです。

スチール弦は19世紀の末から知られていましたが、広く普及するまでに多くの時間が必要でした。特に1920年代前後には、演奏家の間で「スチール弦か、ガット弦か」という優劣論争が繰り広げられました。ガット弦特有の柔らかい響きを重視する演奏家がいる一方で、より力強い音が可能でしかも耐久性の面で特性を発揮するスチール弦の優位を主張して止まない演奏家もいたのです。しかし、音量と耐久性の面で特性を発揮するスチール弦に軍配が挙がったのはその後の歴史に見る通りです。

ところが、作品の作られたものと同様な楽器で演奏する、いわゆる「オリジナル楽器」の演奏家が増えてきた現在では、ガット弦の復権にも目覚ましいものがあります。古き良き時代の音を髣髴とさせるガット弦の良さが再び注目されてきたのです。
http://www.yamaha.co.jp/plus/violin/trivia/?ln=ja&id=101004

知られざるヴィブラートの歴史

これはここ数年、

「ビブラートの悪魔」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_bf7e.html

「ウィーン・フィル、驚愕の真実」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_a919.html

「21世紀に蘇るハイドン(あるいは、ピリオド奏法とは何ぞや?)」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/21_f86b.html


等の記事を通して僕が考えてきてこと、そして本やインターネットを調べるなどして分かった新たな事実を総括したものである。

ルネッサンスからバロック期、そしてハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン(1827年没)の時代に至るまで、装飾音以外で弦楽器や管楽器に恒常的ヴィブラート(伊: vibrato)をかける習慣はなかった(当時の教則本などが根拠となる)。それを現代でも実践しているのが古楽(器)オーケストラ、例えば日本で言えばバッハ・コレギウム・ジャパン、オーケストラ・リベラ・クラシカ、大阪ではコレギウム・ムジクム・テレマン(テレマン室内管弦楽団)等である。

19世紀半ばになると、ロマ(ジプシー)の音楽に関心が高まる。リスト/ハンガリー狂詩曲(1853)、ブラームス/ハンガリー舞曲(1869)、ビゼー/歌劇「カルメン」(1875)、サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン(1878)等がそれに該当する。それとともにジプシー・ヴァイオリンのヴィブラートを常時均一にかける奏法(continuous vibrato)が注目されるようになった。これは従来の装飾的ヴィブラートが指でするものだったのに対し、腕ヴィブラートへの変革も意味した。

ここに、continuous (arm) vibratoを強力に推進する名ヴァイオリニストが颯爽と登場する。フリッツ・クライスラー(1875-1962、ウィーン生まれ)である。20世紀に入り急速に普及してきたSPレコードと共に、彼の名は世界的に知られるようになる。音質が貧弱だったSPレコードに於いて、甘い音色を放つヴィブラートという武器は絶大な威力を発揮した。その”ヴィブラート垂れ流し奏法”と共に弓の弾き方(ボウイング)にも変化が起こる(このあたりの事情はサントリー学芸賞、吉田秀和賞を受賞した片山杜秀 著/「音盤博物誌」-”さよなら、クライスラー”に詳しく書かれている)。

一方、当時のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団はノン・ヴィブラートを貫いていた(1938年にレコーディングされたワルター/ウィーン・フィルのマーラー/交響曲第9番でもヴィブラートはかけられていない)。クライスラーはウィーン・フィルの採用試験を受けるが、審査員の一人だったコンサートマスター、アルノルト・ロゼは「そんなにヴァイオリンを啼かせるものではない」と言い、「音楽的に粗野」という理由でクライスラーを失格させた。しかしマーラーの妹と結婚し、自身もユダヤ人だったロゼはナチスのオーストリア併合直後に国外追放となり、ロンドンへ逃れ客死。娘のアルマはゲシュタポに捕らえられアウシュビッツで亡くなったという(オットー・シュトラッサー 著/「栄光のウィーン・フィル」音楽之友社)。

第2次世界大戦後、1950年代に入りオーケストラは大きな転機を迎える。スチール弦の普及である(これは鈴木秀美さんのエッセイに詳しい)。それまで弦楽奏者たちは概ね羊の腸を糸状に縒ったガット弦を使用していた(パブロ・カザルスもガット弦でバッハ/無伴奏チェロ組曲をレコーディングしている)。

ガット弦よりスチール弦の方が強度に優れ切れにくく、湿度の影響も受けない。おまけに値段も安価である(消耗品だからその方がありがたい)。だから皆、一気に飛びついた。

しかし柔らかい音色のガット弦に対し、金属製のスチール弦は硬質な音がする。ヴィブラートの普及には様々な説があるが、その音質の違和感を緩和するために恒常的ヴィブラート奏法(continuous vibrato)が推奨されるようになったのも、理由の一つに挙げられるだろう。

その過程に於いて、フルートやオーボエなど管楽器にもヴィブラートが普及していった。フルートの場合、以前は木製のトラヴェルソであったが、19世紀半ばからリングキーを採用したベーム式が普及し始め銀製の金管楽器に取って代わられる。故に木管らしからぬ金属的響きを、ヴィブラートによって緩和する目的もあったのではないかと推測される。

ヴィブラートの普及に呼応して、オーケストラの演奏速度は遅延の方向に向かう。速いテンポではヴィブラートを十分に効かせられないからである。

ここに1920年代から40年にかけ、ラフマニノフがオーマンディやストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団と共演した自作自演によるピアノ協奏曲の録音がある。驚くべきは、現代とは比較にならないくらい速いそのテンポ感である。20世紀の間にラフマニノフがロマンティックな文脈で捉えられるよう変化していった過程がそこに垣間見られる。

ベートーヴェンの交響曲も次第にロマン派以降の価値観で解釈されるようになり、遅くなっていった。ベートーヴェンがスコアに指示した極めて速いメトロノーム記号に則して演奏すると、ヴィブラートをかける暇などない。

そこで、
•ベートーヴェンの時代は器具が正確ではなかったのでスコアに記されたメトロノーム表記は必ずしも信用できない。
•耳が聞こえなくなってから、ベートーヴェン本人が考えているテンポより速い表記になっている可能性が高い。

などといった、こじつけにも等しい説が登場した。しかし、考えてみて欲しい。まず作曲者本人を疑うとは何と無礼なことであろうか!スコアに記されたテンポで十分演奏可能であることは、延原武春、ブランス・ブリュッヘン、ロジャー・ノリントンら古楽系の指揮者たちが既に証明済みである。

こうやってヴィブラートの歴史を見ていくと、現在盛んに行われるようになってきたピリオド奏法(=モダン楽器を使用して古楽器風に演奏すること)は理に適っているのか?という疑問も生じてくる。つまり、金属的響きのするスチール弦をノン・ヴィブラートで演奏することに果たして意味はあるのだろうか?という問いである。

そういう意味でピリオド奏法をする弦楽奏者達は今一度原点に立ち返り、スチール弦からガット弦に張り替える勇気を持つ必要もあるのではないかという気が僕にはするのだ。ちなみにダニエル・ハーディングやパーヴォ・ヤルヴィが音楽監督を務めてきたドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンは奏者全員がガット弦だそうである。また名ヴァイオリニスト ヴィクトリア・ムローヴァも、最近ではガット弦を張り、バロック弓を使用している。

ヴィブラートにまみれ、スコアに記されたメトロノーム指示を無視した、遅くて鈍重なベートーヴェンを未だに「ドイツ的で重厚な演奏」と褒め讃える人々がいる。ドイツ的って一体、何?僕には皆目、理解が出来ない。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/20-7b10.html
20:777 :

2022/07/21 (Thu) 03:35:33

あげ444
21:777 :

2022/07/21 (Thu) 18:22:52

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