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アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史

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2022/06/01 (Wed) 03:31:35

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《櫻井ジャーナル》
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アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史


今こそ合州国の正体直視を  本多勝一 週間金曜日 2003年 3月14日号「風速計」

この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。

米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。


合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。

戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。

これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。
http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol451


ウンデッドニー以来…… (本多勝一)

 アメリカ合州国が、一方的な「ブッシュの戦争」でアフガニスタン空爆を続けている。予測されていたとおり、一般住民に多数の死傷者が出た。そして、そんなことは一切おかまいなく空からの無差別虐殺をつづけるであろうことも、予想通りである。なぜか。

 合州国の「はじまり」から点検してみられよ。この国は500余年前の「コロンブスの大虐殺」で始まる。すなわち南北アメリカ両大陸(および付属諸島)の、何千万人とも知れぬ先住民族たちの、おそらく人類史上最大の悲劇の始まりである(注1)。合州国に直接関連するものとして、北米の先住民族が最近までにどんな虐殺をされてきたかは、日本人による世界に誇れる報告『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂・朝日新聞社・1972年)がある。

 ワシントン初代大統領時代から強行された侵略は、最後の組織的虐殺「ウンデッドニー」で一応終るものの、そのわずか10年後(1900年)、フィリピンを侵略した米軍による「10歳以上すべて」の全男女が、ルソン島・サマル島で大虐殺された。のちの日本占領軍司令官マッカーサーの父親たるアーサー=マッカーサー将軍の命令だ。この虐殺軍の指揮官たるや、なんと米本国でのベテラン対先住民戦闘兵自身だった。つまりアメリカ先住民大虐殺の歴史は、アジア人大虐殺へと直結する(注2)。

 息子のマッカーサーを最高司令官とする米軍は、東京大空襲や広島・長崎への明白な無差別大虐殺を、「真珠湾」への“反撃”として強行する。真珠湾は軍事施設だけを目標としていたが、東京や広島・長崎等は住民の生命そのものが目標である。

 その5年後、朝鮮戦争が始まる。そこでの米軍による住民大虐殺については、たとえば松本昌次『朝鮮の旅』での「信川大虐殺」などで明らかだが、つい最近も「老斤里大虐殺」が暴露された(注3)。

 朝鮮での終戦後10年と経たぬうちに、ベトナム戦争への米軍介入だ。ソンミ事件その他、アメリカ先住民大虐殺と全く同じ無差別婦女子大虐殺が、カウボーイ米兵らによって“楽しく”行なわれた。

 ベトナム戦争終了26年後の今、父親ブッシュによるイラク戦争(湾岸戦争)を経て息子のブッシュが、国連を無視してアフガニスタンに開戦した。ウンデッドニー当時の大統領と現在のカウボーイ父子大統領とで認識に基本的違いがない以上、非白人で異教徒住民への無差別爆撃(虐殺)は当然である。良心的アメリカ人は、あくまで非主流だ。

 ここまで書いた直後、ミニコミ誌『シサム通信』10月号が届いた。その中から、アフガニスタンで長年医療活動をして今回脱出した中村哲医師の言葉――「一連の動きを見て思うのは、西部劇の続きである。勇敢な白人がバッタバッタとインディアンをなぎ倒していく。」


<注1>たとえばラス=カサスの『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(石原保徳訳・現代企画室)などに詳しい。

<注2>詳細は拙著『アメリカ合州国』(著作集12巻=朝日新聞社)収録の「マイアミ連合からベトナムまでの合州国の道程」参照。

<注3>1950年7月に韓国・忠清北道老斤里で避難民数百人を米兵が無差別射殺。AP通信が一昨年9月に報道。
http://www2.kinyobi.co.jp/old/fusoku_oldf/386

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回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達

アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動的な一派である。

◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。


◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html

キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。
ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309~77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。
つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。
つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。


ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。
米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。
だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。
戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。
殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。
「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。
そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。


エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。


物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。
貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。


【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。
281投稿者:狂ったアメリカ人の精神構造  投稿日:2007年06月10日(日) 08時50分55秒


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。


ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html


「敵を妥協せず徹底的に叩く」というアメリカの精神的背景について
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html
アメリカに移住したピューリタンは、「キリスト教原理主義」を貫いて、「エルサレムの建国」を「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」として、西部開拓(実際は先住民殺戮)を推し進めた。


この「キリスト教原理主義」の精神性が連綿と続いているという。

「キリスト教原理主義」は聖書(:福音)絶対であるのと同時に、選民思想であるという。これが他部族みな殺しを正当化させているとのこと。


元々、ヨーロッパ自体が

「古代・地中海周辺における皆殺し戦争の結果としての共同体の徹底破壊」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=330205

により、選民思想も登場してきているという背景があります。


ヨーロッパは、17世紀中頃に徹底殺戮の宗教戦争(:「神」と「悪魔」の戦い)をやめる条約を取り交わしました。しかし、アメリカ(に渡った移民)はその後も長きにわたって、みな殺しの殺戮を繰り広げてきたことが、今尚「敵を妥協せず徹底的に叩く」という精神性に繋がっているのだと思います。


以下、

『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B4%97%E8%84%B3%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4908117144


からの紹介です。

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■アメリカを新しいエルサレムの地にする

イギリスでピューリタン革命が起こる前、宗教的な迫害を受けたピューリタンの一部の人たちは、新天地を求めてイギリスからアメリカ大陸に向いました。1620年にピルグルム・ファーザーズがメイフラワー号でアメリカに渡ったのです。

ピューリタン(清教徒)というのは、purity(純水、清浄)という言葉から来たものですが、文字通り、宗教的な純粋、純化を求めていた人たちです。


彼らは、当時のカソリックの腐敗した状況を見て、ルターの宗教改革をさらに徹底してやらなければいけないと考えました。

ある意味で、キリスト教の原理主義であり、相当極端な過激な思想であったと思われます。それゆえに、イギリス国内での迫害も強かったのでしょう。ピューリタンたちはイギリスで食い詰めた最下層の人たちだったという説もあります。


いずれにせよ、彼らの一部はイギリスを逃れてアメリカに移住しました。

彼らピューリタンは、司祭の言葉ではなく、聖書の言葉こそ神の言葉と考えて、聖書の言葉を忠実に実践しようとしました。そして「この地に自分たちにとってのエルサレムを建国しよう」と考えたのです。


ピューリタンたちは旧約聖書を重視しましたが、旧約聖書に忠実に従ったという点ではユダヤ人たちと考え方は同じです。

ユダヤ人は自分達を選民と考えていましたが、ピューリタンも自分達を現代の選民と考えて、アメリカという地をエルサレムにして、神の福音を世界に伝えようと考えました。これが「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」と呼ばれるものです。建国の精神に立ち戻って考えれば、アメリカと言うのは宗教国家であることが分かります。

彼らは、神の福音を伝えることを使命と考えていましたから、それを妨害する勢力は皆敵と見なしました。その観点に立てば、先住民の殺戮も正当化されました。


そして神の福音を妨害する勢力を西へ、西へとなぎ倒していったのがフロンティア・スピリットです。フロンティア・スピリットは、ピューリタニズムと表裏一体です。

西へ、西へと進んでいって最終的にたどり着いたのがカリフォルニア。そこから先は海に遮られています。しかし、太平洋を越えて福音を伝えようと考え、アメリカはハワイ、フィリピンに進出し、さらに日本、中国にも福音を伝えようと考えました。


このように、アメリカのたどってきた歴史は、マニフェスト・デスティニーの歴史と考えると筋が通ります。


■宗教国家のアメリカには「妥協」がない

現代のアメリカには、ピューリタニズムの精神はもうほとんど残っていません。アメリカの国体はすっかり変わってしまいました。国体は変質してしまいましたが、彼らのマニフェスト・デスティニーの考え方は変わっていません。アメリカ的な発想を世界に普及させる、あるいは押し付けるというやり方を続けています。つまり、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を世界に広げることが、一貫したアメリカの世界戦略です。


彼らは、「自分達は植民地主義者ではない。帝国主義者ではない」とずっと主張し続けていますが、実際の現象を見れば、遅れてきた帝国主義者の様相を呈しています。彼らは「門戸開放」という言葉を使いましたが、言い方を変えれば、「オレたちにも分け前をよこせ」という意味です。


神の福音を伝えることが目的であったにせよ」、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を広げることが目的であったにせよ、実質的には帝国主義と同じです。


建国の経緯を見れば、アメリカと言う国の本質は宗教国家であることが見えてきます。宗教を広げることを理念としている以上、彼らに妥協というものはありません。その点を理解しておくことが重要です。宗教国家の側面は、アメリカの戦争のやり方にも影響しています。


ヨーロッパにおける戦争というのは、妥協が成立することがよくあります。17世紀に宗教戦争によって疲弊しきったヨーロッパ諸国は、1648年にウェストファリア条約を結んで宗教戦争を止めることを決めました。


宗教戦争というのは、「神」と「悪魔」の戦いですから、悪魔は徹底的に叩くほかなく、どちらかが破滅するまで行われます。続けていけば際限が無くなり、ヨーロッパ全体が破壊されてしまうため、宗教を理由とした戦争を止めるウェストファリア条約が結ばれました。


ウェストファリア条約以降は、ヨーロッパでは戦わずして対立が終わることもありましたし、話し合いによって妥協が成立することもありました。

アメリカの場合は、選民思想によるマニフェスト・デスティニーが根本にあるため、アメリカにとっての戦争は、いずれも宗教戦争的意味合いが濃く、彼らには妥協というものがありません。


第二次世界大戦においては、アメリカは日本を徹底的に攻撃して壊滅状態に追い込みました。その後の占領政策では日本の国体を徹底的に潰そうとしました。一切の妥協はありませんでした。それが宗教国家のやり方です。

今は、ピューリタニズムのアメリカ的な精神を持った人たちは、ほとんどいなくなりました。アメリカの国体が変質して、宗教国家の要素はなくなっていますが、妥協しないやり方は変わっていません。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html
2:777 :

2022/06/01 (Wed) 03:32:37

アメリカ合衆国の歴史と現代史
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/485.html

アメリカ合衆国が関与した戦争一覧 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7

「双方に戦争させて、一方を軍事支援し、金は同盟国に出させる」アメリカの戦略 │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=14127

キリスト教原理主義
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/438.html

アメリカ・アングロサクソンの凶暴性・アメリカインディアンが絶滅寸前に追い込まれた仮説
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/367.html

日本人は「狂ったアメリカ」を知らなすぎる
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/175.html

アメリカ人は頭がおかしい
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/556.html

コーカソイドは人格障害者集団 中川隆
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/380.html

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

ネオコンの世界
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/494.html


【ニコニコは概要欄】【録画】年末特番「激動の2023年!山口敬之さんと語る、揺れる岸田政権の行方は!?政治経済、外交、戦争、米国大統領選挙」松田政策研究所代表 松田学 × ジャーナリスト 山口敬之氏
https://www.youtube.com/watch?v=YCkuXjSrv1M


▲△▽▼


ネオコンとはトロツキスト共産主義のこと
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/364.html

アメリカの共産主義者の実態はユダヤ移民
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/366.html

帝政ロシアから大量のユダヤ移民がアメリカに逃げてきて共産主義者になっていった
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1214.html

「ロシア革命」を実行したユダヤ人とそれを支援したユダヤ人
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1025.html

ロシア革命を支援したユダヤ金融資本
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1110.html

ウォール街と戦った共産主義者 ルーズベルト大統領
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14067898

アメリカとマルクス - 内田樹の研究室
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14063330

アメリカの民主党と共和党には大きな差がなく、いずれもスポンサーは巨大資本や富豪
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14063417
3:777 :

2022/06/05 (Sun) 20:35:55


アメリカ・・血まみれの歴史・ブッシュ1

 1800年代初頭、米国ではサギが横行した。ガラス玉を宝石だと偽り、アメリカのネイティブ(差別的にインディアンと呼ばれて来た)から、広大な土地とガラス玉1つを交換し、土地をダマシ取るサギであった。

 しかしサギはまだ良い方であった。いきなりライフルとピストルでネイティブを家族全員殺害し、その畑を略奪する事は常識であった。

 奪った畑では、黒人が奴隷として働かされ、大規模な農場経営が行われた。奴隷はアフリカの西海岸から船で運ばれ、米国のボストン港に「荷上げ」された黒人奴隷であった。

 水も食料も十分に与えられなかったので、黒人の大部分は「輸送途中」で死んだ。

 ボストン港では、黒人奴隷を販売する「市場」が毎日開かれた。この船会社=奴隷の販売業者として財産を作り、奴隷による大規模農場経営で富を作った富豪の代表的一族に、ブッシュ一族とベーカー一族が居た。

 1991年、イラク戦争(湾岸戦争)を起こしたアメリカ合衆国大統領ジョージ・ブッシュと、国務長官(外務大臣)ジェームズ・ベーカーの一族である。

 ベーカーとブッシュ一族の経営する世界最大の商業銀行シティバンク、その親会社=銀行ブラウン・ハリマンの富は、こうして奴隷売買とアメリカのネイティブ虐殺による土地略奪=農場経営で、生み出された。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655470.html


強姦王ブッシュ・・ブッシュ2

 農業で暮らすアメリカのネイティブ(インディアンと差別的に呼ばれてきた)の家に、ある日突然、ライフルとピストルを持った英国人、フランス人がやって来る。ネイティブは家族全員殺害され、女性は強姦され、バイシュン宿に売り飛ばされる。ネイティブの家と畑は奪われ、その周辺の荒野、森林、山は、英国・フランス人=アメリカ人のものになる。

 こうして、「無料で入手」された土地に鉄道を通す。荒野は駅前の商業地になり、商業地の周辺には住宅地が出来る。無料で手に入れた土地は、高額な不動産という資産に変身する。

 鉄道事業という、この錬金術に目を付けたのが、ブッシュ大統領一族であった。ネイティブの殺害、強姦、女性のバイシュン宿への販売、黒人奴隷の「輸入」と、略奪した畑での奴隷労働。こうして得た利益は、全て鉄道事業に投資され、現在の全米の鉄道網を形成して行った。

 最もすさまじくネイティブを虐殺し、強姦した者が、当然、最もたくさんの土地と鉄道を手に入れた。やがて全米の鉄道を手に入れ、その鉄道事業の利益で、親子2代に渡り大統領になる鉄道王ブッシュ一族。全米の最もすさまじい虐殺王、強姦王が「当然」大統領になる。鉄道王ブッシュ一族の誕生である。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655411.html


奴隷貿易王・ブッシュ・・ブッシュ3

 乗っ取りファンド、スティール・パートナーズが日本のブルドッグ・ソースに乗っ取りを仕掛ける等、乗っ取り屋が話題を呼んでいる。

 こうした乗っ取り屋は、アメリカの建国時代から居た。鉄道が莫大な利益を生み出す事を知ったブッシュ大統領一族は(拙稿「ブッシュ2」参照)、鉄道の乗っ取りに乗り出す。

 既に鉄道が建設され、走っている所に、ブッシュは同じ路線の鉄道を並行して建設し、運賃を極端に低い価格で顧客に提供した。既存の鉄道は、顧客をブッシュに取られまいと考え、競争して運賃価格を下げる。こうして赤字経営に追い込まれた既存の鉄道会社は、資金力のあり余るブッシュ一族に激しい競争の末、敗北し倒産する。倒産すると、その鉄道をブッシュが二足三文で買い叩く、という乗っ取り手法である。

 最終的に、ブッシュ一族の要請に対し、どうしても相手が買収に応じない場合には、相手の家族の誘拐、家屋への放火、「強盗による」相手家族の皆殺し等の「事件」がしばしば起こった。そして結果的には、鉄道乗っ取りは成功した。

 元々、ネイティブを虐殺して「土地を略奪する」虐殺部隊=ギャング部隊のボスが、鉄道経営者である。鉄道経営者同士の乗っ取り合戦、つまり鉄道の走る「土地の略奪」に、そのギャング部隊が使われる事は当然である。ターゲットが、ネイティブから「他の鉄道業者」に変わっただけである。


 鉄道は、当時、中国から「輸入」されて来るクーリーと呼ばれる奴隷を酷使し、重労働させる事で建設された。厳しい労働の苦痛から逃れるため、クーリーは麻薬・アヘンを求めた。アヘン無しには鉄道建設は不可能であった。

 全米を統一する鉄道王ブッシュは、中国から奴隷とアヘン=麻薬を輸入する麻薬王、奴隷貿易王となった。

 奴隷貿易=人身売買、麻薬売買は、ギャングとマフィアの仕事である。全米を統一した鉄道王とは、全米を統一したマフィア、ギャングのボスという事である。そのマフィアの暴力、権力、資金力が、米国の大統領の力=パワーの源である。

 乗っ取り屋である鉄道事業者は、レールと貨車を製造する製鉄事業を、やがて自分の「河上」産業として支配下に置く。乗っ取り屋が鉄鋼業を支配したため、2007年現在の乗っ取り屋が「スティール・パートナーズ」=「鉄鋼業者のお友達」という名前を持つ事になる。

 鉄鋼業は、やがて余った製鉄製造力を、戦車、弾丸等の製造に「振り向ける」。鉄道を支配した者が鉄鋼業を支配し、世界最大の米国の軍事産業を生み出す。世界最大の軍事産業は、それが製造する膨大な兵器を「購入し、消費」してくれる世界最大の軍隊が無くては、兵器の「販売先」が無くなる。米国は世界最大の軍隊を持ち、その軍隊の指揮官が大統領=ブッシュである。

 「ネイティブの虐殺による土地資源の略奪者」=乗っ取り屋ブッシュ=鉄道業者=鉄鋼業者=軍事産業=巨大な軍隊=その指揮官・大統領ブッシュ、という円環が形成される。

 「ネイティブの虐殺による土地資源の略奪者」が、後に「イラク人の虐殺による、石油を埋蔵した土地資源の略奪者」ブッシュに姿を変える。

 ネイティブを虐殺したギャング部隊が、システム化され、イラク人を虐殺する米軍に姿を変える。米軍の正体が、アメリカ開拓時代の虐殺集団=ギャング団である事が「明るみに出る」。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655333.html


映画にもなったテロ組織アサシン・・ブッシュ4
 米国の鉄道網を支配するブッシュ大統領一族は、その鉄道建設のためにクーリーと呼ばれる中国人奴隷を酷使した。クーリーは、厳しい重労働の苦痛から逃れるために麻薬、アヘンを求めた。アヘン無しには、全米の鉄道建設は不可能であった。

 1830年、ブッシュ一族は、米国のアヘン専売会社ラッセル・カンパニーを設立する。

 米国随一の麻薬企業ラッセル社の創立時の取締役を以下に掲げる。

1. ジョン・フォーブス。後に世界の富豪を紹介する雑誌「フォーブス」を創刊し、2007年現在のブッシュ大統領と大統領選挙で争ったジョン・フォーブス・ケリー上院議員を輩出する一族。

 また現在、中国企業の内情を諜報するロックフェラーの軍事コンサルタント企業アクセンチュアの諜報員の要職は、このフォーブス一族で占められている。


2. アビール・ロウ。この人物は、後に、アヘン売買の利益で、コロンビア大学を創立する。


3. ジョセフ・クーリッジ。後に、アヘン売買の利益を元に、クーリッジ大統領を輩出する一族。

 クーリッジ一族は、アヘン売買の利益で、中南米でネイティブ(差別的にインディアンと呼ばれてきた)を奴隷とするバナナ農園の大規模開拓に乗り出す。

 クーリッジ一族は、ネイティブが反乱を起こさないよう、中南米全体を巨大な軍隊で押さえ、スパイし監視する、奴隷監視、弾圧組織を作り上げる。中南米のネイティブの多くが、このクーリッジ一族により虐殺された。その数は数千万人に上る。

 このクーリッジの企業=ユナイテッド・フルーツ=チキータ・バナナの巨大スパイ、軍事組織が後にCIAとなる。


4. 中国の広東で、アヘンと中国人奴隷の輸出入を担当した取締役が、ウォーレン・デラノ。デラノ一族は、アヘン売買の利益で、後にルーズベルト大統領(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)を輩出する。大統領は、アヘンと奴隷密売人デラノの孫に当たる。
 

5. アルフォンソ・タフト。この一族は、麻薬売買の利益で、後にタフト大統領を輩出。

 ラッセルの取締役タフトは、アヘン売買の利益で「有色人種は劣った人種であり皆殺しにせよ」と主張する、キリスト教原理主義教会を創立。現在、アメリカ人の46%が「日本人等の有色人種を絶滅させよ」と主張する、このキリスト教原理主義教会の信者。


6. ダニエル・ギルマン。この一族は、アヘンで「人間を支配する」テクニックの研究に没頭。それが後に、心理戦争の概念に発展。心理戦争の専門研究機関ジョンズ・ホプキンス大学は、ギルマンの麻薬売買の利益で創立された。

 広島、長崎に原爆を落とし、「日本人の戦意喪失」を図る心理戦争計画は、このギルマンの経営するジョンズ・ホプキンス大学が設計した。ラッセルの麻薬資金により、日本の広島、長崎への原爆投下計画が立てられた。

 また、ギルマン一族は、アヘン売買の利益を、フーバー研究所・フーバー財団の形で残した。

 レーガン大統領時代に、米国は極端な核兵器の軍備拡大を行ったが、そのプランを立てたのが、このフーバー研究所であった。

 「アヘンによって人間を支配する」という、ギルマンの心理戦争研究は、「膨大な核兵器=人類絶滅の恐怖により人間を支配する」フーバー研究所の戦略として「実った」。「世界の支配者=米国に逆らうと、核兵器で人類を滅ぼす」という脅迫作戦である。人類を絶滅の危機にさらす膨大な核兵器は、ラッセルの麻薬資金によって計画的に「生み出され」て来た。


7. クリーブランド・ドッジ。ドッジ一族は、後にブッシュ一族と共に、世界最大の銀行シティバンクを経営。

 第二次世界大戦後、日本に米軍を常駐させ、日本を再軍備=自衛隊を作り、それと引き換えに日本を経済成長させ、「日本と中国、ロシアとの戦争に備えさせる」政策=いわゆるドッジ・ラインを作成した一族が、このドッジである。

 現在の日本に常駐する米軍、また自衛隊、日本の「豊かさ」は、麻薬企業ラッセルの取締役ドッジ一族により「設計」されて来た。


8.ブッシュ一族は、麻薬企業ラッセルの監査役を担当した。

 また、ラッセルの取締役ではないが、社員としては、遺伝子組換え食品の専門企業=コーンフレークのケロッグ一族。

 さらにラッセルのメンバーであった法人としては、ブッシュ一族、ベーカー一族と共に、西アフリカのリベリア等で黒人を奴隷とし、ゴム農園を経営していたファイアーストーン社が居る。ファイアーストーンは、現在、自動車のタイヤ・メーカーとして有名。ファイアーストーン・タイヤのゴムは、アフリカで黒人を奴隷として酷使し、作られたものであった。

 また、ラッセル社に協力しながら、単独でアヘン売買を行っていたグリーン一族は、その麻薬売買の利益で、後に名門プリンストン大学を創立。

 ラッセル社は、その麻薬売買の利益で、後にCIAスパイ養成所と呼ばれる名門イエール大学を創立する。

 また、ラッセル社は、その一部が企業から財団に姿を変え、1954年、共和党基金財団となっている。米国共和党最大の選挙資金プール財団の正体は、この麻薬企業ラッセルである。

 また、ラッセルの麻薬の利益の大部分は、南アフリカに投資され、黒人を奴隷とした金塊、ダイヤモンド採掘企業アングロ・アメリカン社=デビアス社に姿を変えている。

 当時、米国内で麻薬密売を担当したのが、パーキンス・シンジケートというマフィアであった。そのボス、トマス・パーキンスのさらに上司=ボスは、モルガン銀行とその経営者ロックフェラーである。

 ラッセル社が、アヘンを買い付けていたトルコでは、アヘン栽培の大規模農園が作られていた。英国が中国に持ち込んだのが、インド・アヘンであったのに対し、米国はトルコ・アヘンであった。

 トルコで、このブッシュ一族のアヘン農園を経営していたのが、ドイツ人のゼボッテンドルフ一族である。このゼボッテンドルフ一族が、後にドイツでナチスを創立する。アドルフ・ヒトラーはゼボッテンドルフ一族の「あやつり人形」に過ぎない。

 トルコでは、このアヘン農園を監視、経営し、アヘン販売ルートでゼボッテンドルフと競合する業者を殺害するギャング団、暗殺組織が雇われていた。イスラム過激派のテロ組織アサシンである。

 この組織は、麻薬漬けにした人間に麻薬欲しさに殺人を行うよう仕向ける、「殺人ロボット」を養成していた。麻薬=ハシッシュを意味するアサシンが、殺人組織の別名となった理由はここにある。その麻薬を提供していたのが、ブッシュ一族である。

 このテロ組織アサシンの「麻薬を用いた人間ロボット化」が、ジョンズ・ホプキンス大学の心理戦争研究に引き継がれて行く。

 テロ組織アサシンへの麻薬提供の見返りに、ブッシュ一族はアサシンにより「警護」され、麻薬ビジネスをトルコで「安全」に行っていた。

 なお、近代初頭まで、古代シュメール、古代ギリシアの古文書の多くは、イスラム寺院に保管されて来た。これら古代文明発祥の地の一部が、オスマン・トルコの支配下に入った歴史、ローマ帝国=カトリックが、シュメールやギリシアの古文書を異端として排除したためである。必然的に、ローマ帝国に逆らい、カトリックに反対する異端宗教を信仰するフリーメーソンの拠点は、イスラム、その中心地トルコに置かれた。

 ゼボッテンドルフ一族は、カトリックを敵視するフリーメーソンであり、異境の地トルコでの活動資金を作るため、アヘン栽培を行い、ローマ・カトリックを敵視するイスラムと組んでいた。シュメール語版聖書を経典とするキリスト教原理主義教会の創立者=ラッセル=ブッシュ一族が、シュメール語版古文書の保存地であり、シュメール語版聖書を経典とするフリーメーソンの拠点トルコのアヘン販売を担った理由はそこにある。

 キリスト教原理主義教会が、トルコの地を「精神的故郷」とし、トルコにおいてイスラムの「最深部」アサシンというイスラム・テロ組織と一体化して来た歴史には、注意を要する。アサシンは、カトリックを敵視し、ヨーロッパ世界の指導者を殺害するためのイスラム・テロ組織である。

 現代では、アサシンはアルカイダに該当する。アサシンとブッシュ一族との一体化は、9.11テロにおいて、アルカイダとブッシュ大統領との一体化として「歴史的に再帰」してくる。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655195.html
4:777 :

2022/06/05 (Sun) 20:43:15


フィリピンの愛国者の運命


1898年12月、フィリピンはスペインからアメリカに2千万ドルで売却され、アメリカの植民地となる。既に宗主国への独立運動が起きていたが、その戦いはスペインからアメリカに変わっただけであった。

 翌年2月、サン・ジュアン橋を警護していたアメリカ兵がフィリピン人に発砲したことから戦いは表面化する。アーサー・マッカーサー将軍(来日したのは彼の息子)は軍を率い、マニラから北部に攻め入り、本国からも援軍が来る。

アメリカ軍はゲリラを掃討するため、各種の手段も用いたが、当然拷問もその1つだった。

 特に頻繁に行われたのは水責めだった。

捕虜を仰向けに寝かせ、その上に椅子を置き、口の中に棒や剣をねじ込んで口を開かせ、塩水や泥水を大量に流し込む。

そして腫上がった腹の上に椅子に飛び乗り揺する。すると食べた物ばかりか胃液までが水と一緒に吐き出されるが、これを何度も繰り返したそうだ。

処刑の場合は耳を削ぎ、目をくりぬき、腕を切り落とした。捕虜が女である場合は乳房を切り落とし、銃剣をゆっくりと性器の奥に突き刺した。

 1901年、サマール島のゲリラを鎮圧するためジェイク・スミス率いる部隊がバランギガの街に宿営した時、ゲリラの反撃に遭い多数のアメリカ兵が殺害された。この報告を受けたセオドア・ルーズベルトはゲリラの鎮圧を命じる。これを受けたスミスはこう部下を叱咤激励する。

「焼き尽くし殺し尽くす。これが多ければ多いほどよい」。

兵士たちは任務に邁進した。一連の弾圧で20万ものフィリピン人が犠牲となったが、アメリカは本国でのインディアン掃討作戦を再現したに過ぎない。


別に掃討されなくともチェロキー族のように強制移住で全体の3分の1もの人間が命を落とした例もある。

また、7回も居住地を変えられ人口が半減した部族もいたから、まさに死の行進である。悪名高き古代アッシリアと進歩はないようだ。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/87251205a57837d94cf07a593fa62661



米国のゲリラ戦への対応は昔から同じ

『ニューヨーク・ワールド』紙の1901年2月5日版は、米国のゲリラ戦への対応を、若干ですが次のように報道しています。

「我軍はあちこちで土着民に残虐行為を行っている。大尉や中尉は時折、裁判官であり、執行官であり、死刑執行人である。

『これ以上の捕虜をマニラに送り込むな』というのが、3ヶ月前に将軍=植民地総督から出された口頭による命令だった。

一人のアメリカ人軍人が殺されたことに対する復習として、すべての家々を焼き尽くし、容疑者というだけで住民を殺し回ることが、いまや慣習になっている。」


ベトナムの小村やイラクでの最近の結果が残酷にも示しているように、フィリピンの村民は「リコンセントラド」と呼ばれる強制収容所に集められました。

捕えられた兵士と一般市民は等しく「水療法」という拷問を受けました。

「フィリピン・アメリカ戦争百周年記念イニシャティブ」という資料によれば、この拷問は

「捕虜の喉に4-5ガロン(16-20リットル)の水を無理矢理に飲ませ、恐怖で白状するよう追い込む、その後、腹の上に誰かが跪いて座り、水を体から押し出す。その拷問は『友人』が口を割るか死ぬまで繰り返される。」

というものでした。


もしその「友人たち」が反撃したら、米国は「賭け金」を引き上げる準備が整っていました。

つまり、米国の小隊が待ち伏せ攻撃で全滅させられたとき、ジェイコブ・W・スミス准将、ウンデッドニー大虐殺の古参兵(ウンデッドニー大虐殺では米国陸軍がラコタの住民=男女子供の推定三百人を殺害した)は、「10歳以上のすべての人間」を殺せと命令を出したのです。

「捕虜は必要ない。私が望むのは殺し尽くし焼き尽くすことだ。それが多ければ多いほど、私の喜びは倍加する。」とスミスは宣言しました。

「私はすべての人間が殺されるのを望む。米国に対して実際に敵意をもち、武器を持って戦ってくる可能性のある人間すべてを殺せ。」

それから百年後、ジョン・ケリーが、自分はベトナムで「何千人もの他の兵士が犯したのと同じ種類の残虐行為を犯した」と認めているにもかかわらず。ジョージ・W・ブッシュは戦争犯罪を容認しているのです。

すなわち、これは詰まるところ組織的な拷問であるということなのです。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~terasima/znet040507commentaries2prisoners3dilemma.html
5:777 :

2022/06/05 (Sun) 20:56:36

2022.04.14XML
自らが行うジェノサイドは神から許されていると考えるアメリカの支配者たち
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202204140000/

 アメリカはジェノサイドで作りあげられた国である。かつては海兵隊が侵略、殺戮、破壊、略奪の手先として活動していたが、中東ではワッハーブ派やムスリム同胞団、ヨーロッパではナチス、東アジアでは日本人も使われている。

 1492年にクリストバル・コロン(コロンブス)がバハマ諸島に到着する前、北アメリカには210万人とも1800万人とも言われる先住民が生活していたが、ヨーロッパからの移民によって殺されてしまった。

 イギリスから「ピルグリム・ファザーズ」と呼ばれるピューリタンの集団がプリマスへ到着したのは1620年だが、その前にイギリス人が持ち込んだペスト菌で少なからぬ先住民は死んでいる。

 先住のアメリカ・インディアンを殲滅するためにイギリスは天然痘も利用した可能性が高い。当然のことながらイギリスの公式文書には出てこない(記録していない)ようだが、天然痘の患者が使い、汚染された毛布などを贈るという手法をイギリス軍は使っていたとされている。19世紀になっても続けられていたという。

 銃や大砲だけでなく、細菌兵器も使われたということだが、そうしたことを正当化するため、彼らは神を持ち出す。例えば、マサチューセッツ湾に到達したピューリタンのジョン・ウィンスロップは1630年、自分たちを神から選ばれた民だと主張、神との契約に基づいてマサチューセッツ植民地を建設すると語る。

 ジェノサイドで土地を手にしたイギリスの植民者は低コストの労働力を「囲い込み」で生み出された失業者を年期奉公人(年期奴隷)として使うようになった。アフリカだけでなく、ヨーロッパやアジアから奴隷がアメリカへ運ばれていたのである。

 アメリカは「WASP」の国だとも言われている。白人(W)、アングロ(A)、サクソン(S)、そして「P」。通常、Pはプロテスタントの頭文字だとされているが、ピューリタンのPだと言う人もいる。それほどピューリタンの影響力は今でも大きいようだ。

 ピューリタンは17世紀の半ば、イギリスを支配していたチャールズ1世の体制を倒した。いわゆるピューリタン革命だが、その指導者がオリバー・クロムウェル。地主や富裕な商工業者に支持されていた独立派のメンバーだ。革命の際、小農民や職人層に支持されていた水平派とクロムウェルは手を組んでいたが、革命後に水平派は潰される。

 その後、クロムウェルはアイルランドを侵略して住民を虐殺、アイルランドの人口は激減する。虐殺前の1641年には147万人だったが、52年には62万人へ減ったという。50万人以上は殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」としてアメリカなどに売られたと言われている。

 アメリカは1776年に独立を宣言するが、これはヨーロッパからの移民が先住民を無視して行った身勝手な行為にすぎない。その後も先住のアメリカ・インディアンを虐殺しながら支配地域を東から西へ拡大させていき、1845年には太平洋岸に到達した。

 1846年にアメリカはメキシコと戦争をはじめ、テキサス、ニュー・メキシコ、カリフォルニアを制圧し、フロンティアの消滅が宣言された1890年にはサウスダコタのウンデッド・ニー・クリークにいたスー族を騎兵隊が襲撃し、150名から300名を虐殺している。

 ウイリアム・マッキンリーが大統領に就任した翌年、1898年にアメリカの中南米侵略を本格化させる引き金になった事件が起こる。キューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈したのだ。アメリカはスペインが爆破したと主張、宣戦布告して米西戦争が始まる。マッキンリーは戦争を回避しようとしていたが、海軍次官補だったシオドア・ルーズベルトが独断で戦争へとアメリカを引きずっていった。

 この戦争に勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになる。ハワイも支配下におく。フィリピンは中国市場へ乗り込む橋頭堡としての役割を果たすことになった。その際、アメリカ軍がフィリピンで行った先住民の虐殺は悪名高い。

 17世紀に書かれた「ウェストミンスター信仰告白」によると、「神は人類うち永遠の生命に予定された人びと」を選んだが、「これはすべて神の自由な恩恵と愛によるものであって、決して信仰あるいは善き行為」のためではないとされている。(マックス・ウェーバー著、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』岩波書店、1989年)

 奴隷も支配者も貧者も富豪も神が決めたことであり、社会的な強者は弱者のことを考える必要はないということにもなる。生まれ育った環境や運、そして犯罪行為もすべて神が事前に定めていたのであり、どのような手段でカネを儲けたとしても、それは神の意志だということだ。つまり、人間にとって善行は無意味であり、自分が「選ばれた人間」だと信じる人びとは何をしても許されるということになる。

 ビクトリア朝時代のイギリスで政策決定の中心にはネイサン・ロスチャイルド、セシル・ローズ、レジナルド・ブレット、ウィリアム・ステッドなどがいた。

 ローズは1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けした人物だが、1877年に彼が書いた『信仰告白』によると、彼はアングロ・サクソンを最も高貴な人種だと考え、優秀なアングロ・サクソンが支配地域を広げることは義務だと信じていた。非アングロ・サクソンの殲滅は神から許されているということになる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202204140000/
6:777 :

2022/06/05 (Sun) 20:59:56


アメリカに逆らった民族の運命

チャーチル 「日本人は中国娘と猿との野合の末に生まれた類人猿のようなもの」


ウィリアム・ハルゼー海軍元帥 : 日本軍との戦闘に際し

「敵を殺せ!敵をもっと殺せ!猿肉をもっと作れ!」


トマス・ブレーミー将軍

「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。日本人を根絶しなければならない!」


当時のアメリカの雑誌

「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。

これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」


「普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html#ex15

 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。

もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。
http://www.asyura2.com/0505/idletalk14/msg/428.html


ホロコースト生存者の映画を撮ったユダヤ人女性は、「原爆は日本への罰」と言いました。

ノイマンや投下の乗組員は差別主義者で狂ったサルには神の裁きをと死ぬまで攻撃支持しています。

エノラゲイではアロハシャツを着て原爆を落としていった。

ポール・ティベッツは「人類初の原爆投下をした男」というTシャツを作って、得々として着ていた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012944300


米国の手による核爆発はすべて「公表された米核実験」としてくくられている。広島、長崎のケースは「第2次世界大戦、実戦使用──広島」などと表記され、その目的も「実戦」と書かれているが、時期別、実験名別のいずれの区分でも「公表された米核実験」の欄の中に分類・記載されている。

「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。1つには戦後世界でのアメリカ
の覇権確立である。そしてもう1つは、原爆の効果を知るための無数の人間への
『人体実験』である。

占領後にアメリカ軍が行なったことは、第1に、原爆の惨状について
の報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。

第2に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・
長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者の
ケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。

第3に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。

『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。

そこでアメリカ軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。

第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC
(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置することであった。」

広島で女学生(14歳)のときに原爆にあい、現在も原爆後遺症で苦しむ詩人の 橋爪文さんは、「ABCC」(原爆傷害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)について、次のような恐ろしい事実を述べている。

「私は広島の生き残りのひとりです。 〈中略〉 ここで、ひとつ触れたいことは『ABCC』についてです。これは日本でもほとんど知らされていないことですが、戦後広島に進駐してきたアメリカは、すぐに、死の街広島を一望のもとに見下ろす丘の上に『原爆傷害調査委員会』(通称ABCC)を設置して放射能の影響調査に乗り出しました。

そして地を這って生きている私たち生存者を連行し、私たちの身体からなけなしの血液を採り、傷やケロイドの写真、成長期の子どもたちの乳房や体毛の発育状態、また、被爆者が死亡するとその臓器の摘出など、さまざまな調査、記録を行ないました。

その際私たちは人間としてではなく、単なる調査研究用の物体として扱われました。

治療は全く受けませんでした。

そればかりでなく、アメリカはそれら調査、記録を独占するために、外部からの広島、長崎への入市を禁止し、国際的支援も妨害し、一切の原爆報道を禁止しました。

日本政府もそれに協力しました。こうして私たちは内外から隔離された状態の下で、何の援護も受けず放置され、放射能被害の実験対象として調査、監視、記録をされたのでした。

しかもそれは戦争が終わった後で行なわれた事実です。

私たちは焼け跡の草をむしり、雨水を飲んで飢えをしのぎ、傷は自然治癒にまかせるほかありませんでした。あれから50年、『ABCC』は現在、日米共同の『放射線影響研究所』となっていますが、私たちはいまも追跡調査をされています。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html
7:777 :

2022/06/05 (Sun) 21:00:53


猿の惑星 planet of the apes 1968

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=planet+of+the+apes+1968


テイラーたちが不時着した星は、猿が人間を支配する猿の惑星だった。

言葉を話す猿たちと、首輪で繋がれ家畜として扱われる人間たち。

この逆転した世界からなんとか逃げ出したテイラーが最後に見たものとは・・・


出演
テイラー : チャールトン・ヘストン
ノバ :リンダ・ハリソン
中国人 : オランウータン
黒人 : ゴリラ
日本人 : チンパンジー


原作者のピエール・ブールはフランス人ながら英国軍に身を投じて戦い、結局日本軍の捕虜になった悲惨な人。

捕虜時代の恨みつらみをもとに書いたのが「クワイ川の橋」。
また日本人が月一番乗りして、ハラキリするのが「カナシマ博士の月面庭園」
でもって、黄色い連中が世界を支配する未来小説が「猿の惑星」

1 名前: O 投稿日: 02/01/24 15:11 ID:tTH+ej+C

自分はアメリカに住んどるもんなんですが
猿の惑星とは日本人をバカにして作られたということが分かった。

アメリカの知り合いが言うとったよ

「あれは日本人をバカにした映画だよ」

とあっちでは有名らしい。

日本人の前でそんなことは言えないけど俺にだけ話してくれた。

まあアメリカで反日が多かった時代に作られただけにやむおえないことだろう。

で最近新しく放映された「猿の惑星」ももしかしたら・・・

そう考えて改めて見たけど猿が着ている服も確かに日本の侍のように見える。

つまり猿(日本人)の惑星(日本)

そして猿の惑星にでてくる人間はアメリカ人ということです。
あの作品では人間よりも優れていると思いこんだ猿が人間によって人間の方が優れていると証明されますが、それを信じたくない猿との葛藤を描いていますよね?

つまり知恵遅れの猿(日本人)のくせに人間(アメリカ人)に戦争を仕掛けやがって!

という意図が込められているそうです。
http://tv.2ch.net/movie/kako/1011/10118/1011852691.html


▲△▽▼


白人は日本人が完全なバカだと思っていた
2020年10月06日

「放射性の塗料を塗ったキツネ」を日本に放す作戦が第二次世界大戦で検討されていた
https://gigazine.net/news/20201006-japanese-radioactive-foxes/


太平洋戦争の火種となった1941年12月8日の真珠湾攻撃で、日本軍からの奇襲によってアメリカ軍は大きな損害を受けました。この真珠湾攻撃に刺激されたアメリカ側は、日本をどうにかして出し抜きたいと思うあまり、珍妙な作戦を多く考案。その中でも特に際立って珍妙な作戦が「放射性塗料を塗りたくったキツネを日本中に放す」というものだったと、科学ニュースサイトのSmithsonian Magazineが解説しています。

The Unsuccessful WWII Plot to Fight the Japanese With Radioactive Foxes | History | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/history/unsuccessful-wwii-plot-fight-japanese-radioactive-foxes-180975932/

「アメリカ情報機関の父」とも称されるウィリアム・ドノバンは第二次世界大戦時に、アメリカの中央情報局(CIA)の前身となる戦略諜報局(OSS)のトップとして、日本やドイツ、イタリアを出し抜くための作戦を科学者たちに探させていました。そこで、爆発性のホットケーキミックスや生きたコウモリに巻き付けるための焼夷弾、捕虜から情報を引き出すための薬、糞便の臭いを再現するスプレーなど、奇妙な作戦が多く考案されましたが、その中でも特に奇抜だった作戦の1つが「ファンタジア作戦(Operation Fantasia)」です。

ファンタジア作戦は、OSSの心理戦戦略家だったエド・サリンジャーが発案したもの。東京で貿易業を営んでいたこともあったサリンジャーは、日本語を理解できる上に日本文化にも精通しており、特に日本のおとぎ話を研究していたことを見込まれ、OSSに雇用されたといわれています。

サリンジャーが1943年に考案したファンタジア作戦は、「魔力を持つキツネの精霊を凶兆として示すことで、日本人の士気を破壊する」というものでした。サリンジャーはメモの中に「日本人は迷信、悪霊信仰、不自然でおっかない兆候に大きく影響される」と書き記しています。


OSSは、日本人をこわがらせるようなキツネを作り出すため、キツネの形をした風船やキツネの鳴き声を真似する楽器を開発しましたが、いずれも実用的ではないと判断されたとのこと。そして、「中国やオーストラリアで捕まえたキツネを蛍光塗料で全身塗装し、日本国内に放す」というアイデアが採用されたそうです。

蛍光塗料には、放射性物質であるラジウムを含む塗料が採用されました。放射性の蛍光塗料をキツネの毛皮に塗ることができるかどうかをテストするため、OSSは動物園で飼育されているアライグマでテストしたそうです。その後、キツネ30匹を蛍光塗料で塗りたくり、ワシントンD.C.の公園にこっそり放してみたところ、夜の公園を散歩する人が「幽霊のような動物が飛び跳ねている!」と悲鳴を上げて警察に通報したため、「ファンタジア作戦は日本人にも十分通用する」と判断されました。


ただし、ファンタジア作戦を成功させるためには、「キツネをどうやって日本に上陸させて展開させるか」という課題が残っていました。この問題を検証するため、OSSはキツネを河口付近までボートで連れ出し、海の中に投げ込んで陸まで泳がせる実験を行いました。実験の結果、すべてのキツネが陸まで泳ぎ切ることができ、上陸は十分可能……かと思われましたが、体に塗った蛍光塗料はほとんど海水で洗い流され、さらに陸地に到着した途端、キツネたちは自分の毛皮をなめてきれいにしてしまったため、失敗に終わりました。

また、どうにかして日本にキツネを運ぶことができたとしても、OSSはキツネを訓練したことがないため、キツネを思い通りに動かして狙った場所に出現させることは不可能。サリンジャーは、「とにかく大量のキツネを放てば、数匹くらいは意図した場所に出現する」と述べ、キツネが足りなければミンクやアライグマ、コヨーテを使うことを提案しています。

さらにサリンジャーは、「蛍光塗料を塗った人間の頭蓋骨を、同じく蛍光塗料を塗ったキツネの剥製に装着して、風船やタコで空中に持ち上げて日本人の士気をくじく」という奇妙なアイデアもメモに残しています。加えて、すべての計画がうまくいかなかった場合にそなえて、サリンジャーは「連合国側に味方する日本人に『キツネつき』を演じさせる。『キツネにとりつかれた』と奇声を叫ばせながら街中を走り回らせる」というとんでもない最終手段も考案していました。


しかし、1943年9月24日、ファンタジア作戦の指揮官だったOSS研究開発部門主任のスタンリー・ラヴェル博士が、ファンタジア作戦の実現可能性と非合理性を理由に中止を決定しました。ラヴェル博士は、「ナチス・ドイツ総統だったアドルフ・ヒトラーの食べ物に女性ホルモンを混入させてトレードマークの口ひげをなくして威厳を失わせる」など、数々の奇抜な作戦を考案したことで知られており、「モリアーティ教授」と呼ばれていたほどの人物。そんなラヴェル博士が続行不可能だと判断したということは、ファンタジア作戦はOSS内部の人間から見てもよっぽど非常識に思われていたのかもしれません。

国際スパイ博物館の学芸員であるヴィンス・ホートン氏は「ファンタジア作戦は、アメリカ軍や情報機関、政治指導者の多くが日本文化に対して人種差別的かつ民族中心主義的で、軽視している様子が見てとれます」と述べています。

https://gigazine.net/news/20201006-japanese-radioactive-foxes/
8:777 :

2022/07/16 (Sat) 00:38:32

2022.07.16XML
米国が世界を股にかけてクーデターを実行してきたことをボルトンが認めた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207160000/

 ​ジョン・ボルトンは7月12日、CNNの番組でアメリカが外国でクーデターを実行してきたことを認めた​。ホスト役のジェイク・タッパーから2021年1月のホワイトハウスでの抗議活動について質問され、それに対する答えの中でのことだ。

 ボルトンはロナルド・レーガン大統領から共和党政権でホワイトハウスの中枢で活動、ドナルド・トランプの下では国家安全保障補佐官を務めた人物。つまり当事者としての発言だけに、注目されている。

 クーデター計画の例としてボルトンはベネズエラのケースを挙げている。彼が国家安全保障補佐官を務めていた2019年4月、ベネズエラではクーデターが試みられている。クーデター政権の大統領としてアメリカ政府が用意したのはフアン・グアイド。カラカスの大学を卒業した2007年にアメリカのジョージ・ワシントン大学へ留学、14年の反政府行動では指導者のひとりとして参加している。

 アメリカ政府が目論んだクーデターは定番の「カラー革命」方式。その中心グループは2003年にセルビアで設立されたCANVAS、その組織を設立した「オトポール(抵抗)!」から手ほどきを受けていた。訓練のため、アメリカの支配層は2005年に配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んでいる。

 オトポール!は1998年、スロボダン・ミロシェビッチの体制を倒す目的で作られた。これらにはアメリカのNED(ナショナル民主主義基金)、IRI(国際共和研究所)、USAID(米国国際開発局)などから、つまりCIAから資金が提供されている。

 ベネズエラでカラー革命が失敗した後に一部の部隊が軍事蜂起、ラ・カルロタ空軍基地の外で銃撃戦があったのだが、これも失敗に終わった。事前にクーデターを持ちかけられた軍人や政府高官の相当数が提案に同意、成功すると見通したようだが、そうした軍人や政府高官の多くの同意は嘘で、アメリカ側をトラップにかけたという話も流れていた。アメリカ側でこのクーデター計画を指揮していたのはエリオット・エイブラムズだとされている。

 アメリカがベネズエラの体制転覆工作を始めたのはウゴ・チャベスが大統領に就任して間もないころで、​2002年にはクーデターを試みた​。そのクーデターを背後で指揮していたのは1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、1981年から85年までのホンジュラス駐在大使、2001年から04年までは国連大使、04年から05年にかけてはイラク大使を務めたジョン・ネグロポンテ、そしてイラン・コントラ事件に登場したエイブラムズだ。ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書によると、2006年にもベネズエラではクーデターが計画された。

 エイブラムズが中米でCIAの秘密工作に参加した1980年代、ニカラグアではCIAが操っていた反革命ゲリラ「コントラ」が活動、エル・サルバドルでは「汚い戦争」が展開されていた。いずれも少なからぬ市民が殺されている。

 2002年と06年のクーデターに失敗した後、07年にアメリカは「2007年世代」を創設、09年には挑発的な反政府運動を行った。こうしたベネズエラの反政府組織に対し、NEDやUSAIDは毎年4000万ドルから5000万ドルを提供する。ベネズエラでのクーデター工作をアメリカの支配層は継続中だ。

 第2次世界大戦後、アメリカの支配層は目障りな体制を転覆させてきたが、最初のターゲットはイタリアだ。本ブログでは繰り返し書いてきたように、西ヨーロッパでドイツ軍と戦ったのは事実上、レジスタンスだけ。その中心がコミュニストだったことからフランスやイタリアではコミュニストが強く、1948年の総選挙でコミュニストが勝利することをアメリカは懸念した。

 そこでジョージ・ケナンはコミュニストを非合法化するべきだと主張し(Michael Holzman, “James Jesus Angleton,” University of Massachusetts Press, 2008)、イタリアの選挙結果がアメリカ側の思惑どおりにいかなければフォッジア油田をアメリカ軍が直接占領するとも言っていた。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌之訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)

 この選挙工作を指揮していたのはCIAのジェームズ・アングルトンだが、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)のジェイ・ラブストーンとアービング・ブラウンも協力している。労働組合とはこのようなものだ。どこかの国だけの問題ではない。

 ラブストーンはアメリカ共産党の元幹部で、ブラウンは戦時情報機関OSS出身。工作資金は労働組合ルートからイタリアの社会党へ流れ込んでいく。そしてコミュニスト排除の動きが始まった。(Michael Holzman, “James Jesus Angleton,” University of Massachusetts Press, 2008)

 その後、イタリアではNATOの秘密部隊が配下のファシストを利用、1960年代から80年代にかけ、極左を装った爆弾テロを繰り返して治安システムの強化を国民に受け入れさせ、左翼を弱体化させている。

 一方、CIAは1953年にイランでムハマド・モサデク政権を、54年にはグアテマラのヤコボ・アルベンス・グスマン政権を、73年にはチリのサルバドール・アジェンデ政権をそれぞれクーデターで倒している。勿論、アメリカの体制転覆工作は枚挙にいとまがなく、これらは氷山の一角に過ぎない。2014年にはウクライナでもクーデターを成功させた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207160000/
9:777 :

2022/07/18 (Mon) 16:57:59

『馬渕大使に訊く、日本はグローバリズムといかに対峙していくべきか』ゲスト:元ウクライナ大使 馬渕睦夫氏 - YouTube
2022/07/18
https://www.youtube.com/watch?v=0qi5Wd8ETbY
10:777 :

2022/07/26 (Tue) 05:17:26


《櫻井ジャーナル》 2022.07.26XML
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207260001/


 アメリカやイギリスの命令でウォロディミル・ゼレンスキー政権はロシア軍との戦いを続けています。ドイツの情報機関「BND(連邦情報局)」は8月にロシア軍はドンバス全域を制圧できると分析していました。アメリカ/NATOは高性能兵器を供給、ロシアやドンバス側の損害を少しでも大きくしようとしていますが、難しいでしょう。状況を見ながら、そうしたことについて考えてみたいと思います。

 明治維新以降、日本はイギリスとアメリカを拠点とする巨大金融資本の強い影響下にあります。その金融資本が日本を支配する仕組みが天皇制官僚体制で、この構造は第2次世界大戦の前も後も基本的に変化していません。加藤周一の表現を借りるならば、「政策の民主化、または自由主義的な妥協」にすぎませんでしたが、そうした時代は過ぎ去り、最近の政策は民主的でも自由主義的でもありません。

 第2次世界大戦後、世界で支配的な立場にあった国は戦争による痛手をほとんど受けず、略奪した財宝を手にしたアメリカに他なりません。ソ連がライバルとして存在していましたが、ドイツとの戦争で大きな痛手を負ったソ連にはアメリカほどの力はありませんでした。

 そのアメリカですが、1960年代までに製造業は衰退し、70年代からは金融マジックで生きながらえることになります。その金融マジックを可能にしたのはアメリカが発行するドルを世界が基軸通貨として認めていたからですが、発行したドルを回収させる仕組みが機能しなくなり、その仕組みが揺らいでいます。

 ドルを回収させる仕組みのひとつは石油取引の決済をドルに限定することにありました。その仕組みの中心がサウジアラビアだったのですが、そのサウジアラビアがアメリカ離れをしはじめ、ロシアやイランへ接近しています。もうひとつの回収の仕組みは投機市場ですが、この仕組みは2008年までに不安定化しはじめました。基軸通貨ドルを中心とする支配システムが限界に達したのです。

 2013年7月から20年3月までイングランド銀行の総裁を務めたマーク・カーニーもドル体制は終わると考え、各中央銀行が管理するデジタル通貨のネットワークを作ろうというプランを持っています。

 すでにアメリカでは1991年12月にソ連が消滅してから世界制覇プロジェクトを始動させました。アメリカへの従属度が不十分な国々、潜在的ライバル、資源国などを制圧しようというわけです。中東ではイラク、シリア、イランがまずターゲットになり、旧ソ連圏ではユーゴスラビアが最初に狙われます。そして2001年9月11日の出来事。

 この世界制覇プロジェクトはソ連が消滅し、中国がアメリカに従属していることが前提になっているのですが、21世紀になってからロシアが曲がりなりにも再独立します。その中心にはウラジミル・プーチンがいましたが、それでも2008年8月のジョージア軍による南オセチア奇襲攻撃がロシア軍の反撃で失敗するまでアメリカの支配層は楽観していたようです。

 その後、アメリカは正規軍による軍事侵攻ではなく、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団、あるいはネオ・ナチを手先として利用した侵略戦争に切り替えます。地中海沿岸のリビアやシリア、ロシアの隣国であるウクライナでは激しい戦闘が繰り広げられています。

 ところが、この過程でアメリカが「張子の虎」にすぎず、ロシアが軍事的にも経済的にも強いということが明らかにされました。しかもロシアと中国が接近、今では戦略的な同盟関係を結んでいます。その結果、アメリカの軍事力や経済力を恐れていた国々がアメリカ離れを起こし始めました。その中にはサウジアラビアも含まれています。

 アメリカはターゲット国を制圧するため、その国のエリートを買収、それがダメなら恫喝、さらに何らかの手段による排除といったことを行なってきました。1980年代から「民主」や「人権」をキャッチコピーに使い、侵略するようになります。いわば「イメージ戦争」です。そのために教育システムやマスメディアを支配、1990年代から広告会社が重要な役割を演じるようになり、監視システムの強化も進められてきました。

 イメージ戦争では人びとを恐怖させることもあります。2020年から使われている恐怖はパンデミックであり、そのためにCOVID-19という悪霊を作り出しました。その先には社会の収容所化や人間の端末化があります。

 例えば、WEF(世界経済フォーラム)のクラウス・シュワブは2020年6月、COVID-19の騒動を利用して「資本主義の大々的なリセット」を実行すると宣言しました。そのシュワブは2016年1月にスイスのテレビ番組に出演した際、マイクロチップ化されたデジタル・パスポートの話をしています。最初は服に取り付け、さらに皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合するというプランです。行動を監視するだけでなく、感情、記憶、思考などを管理しようとしているのでしょう。こうした西側のプロジェクトはウクライナで葬り去られるかもしれません。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207260001/
11:777 :

2022/07/26 (Tue) 05:23:32

《櫻井ジャーナル》

2022.07.24XML
米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(1/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207230001/

トリニティでの核爆発実験

 今から77年前の7月24日、ハリー・トルーマンはアメリカ大統領として原子爆弾の投下を許可した。その8日前、つまり7月16日にニューメキシコ州のトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験が行われ、成功したことを受けてのことだ。その翌日からポツダム会談が始まる。

 当初の実験予定日は7月18日と21日の間だったのだが、トルーマンの意向で会談の前日に行ったという。核兵器の開発を目的とする「マンハッタン計画」はアメリカとイギリスが共同で行っていたもので、トルーマンが意識した相手はソ連ということになる。

 アメリカ、イギリス、中国は7月26日に「ポツダム宣言」を発表、ウラン型原爆「リトル・ボーイ」が8月6日に広島へ投下され、その3日後に長崎へプルトニウム型「ファット・マン」が落とされた。この投下日はソ連の参戦を意識してのものだったのだろう。

 ソ連の参戦は1945年2月、クリミアのヤルタ近くで開かれたアメリカ、イギリス、ソ連の首脳による話し合いで決まっていた。ドイツが降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結してから2カ月から3カ月後にソ連が日本に宣戦布告する条件を取り決めている。

 では、ドイツはいつ降伏したのか?

 ドイツ軍最高司令部の作戦部長だったアルフレート・ヨードルは連合軍のドワイト・D・アイゼンハワー司令官と交渉、5月7日にフランス北東部にあるランスで無条件降伏および停戦文書に署名。その文書は中央ヨーロッパ時間の5月8日午後11時01分に発効することになったのだが、ドイツ軍を敗北させたソ連軍の影は薄く、スターリンは怒る。

 この文書へイワン・ススロパロフが署名しているが、署名について赤軍総司令部が承認していない上、この将校には降伏文書に署名する権限が与えられてなかった。つまりススロパロフをソ連の代表とは見なせない。そこでスターリンはベルリンでソ連軍の最高司令官が立ち会って行われるべきだと主張、5月8日の深夜(モスクワ時間では5月9日)に署名されている。

 ソ連は日本に対して8月8日に宣戦、日本が占領していた中国東北部や千島列島などへ攻め込んだ。ギリギリのところで約束を守ったということになるだろう。ソ連が参戦することを知っていたアメリカはその前に広島へ原爆を日本へ投下したわけだ。

 なお、ヤルタで結ばれた協定の中には、現在のサハリン南部や近くにある全ての島々はソ連へ返還し、千島列島はソ連へ引き渡すことも含まれてる。(続く)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207230001/


2022.07.25XML
米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(2/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207250000/

ソ連を攻撃するための原爆

 ヤルタ会談の後、連合国側の状況は大きく変化していた。フランクリン・ルーズベルト米大統領が4月12日に急死、副大統領でシオニストを後ろ盾とするハリー・トルーマンが昇格したのだ。ルーズベルトの急死でニューディール派の影響力は急速に低下、ウォール街の巨大資本がホワイトハウスを奪還することになる。

 ソ連軍による中国東北部の占領はトルーマン政権にとって容認できないことだった。彼は国民党に中国を占領させようとしていたからだ。ソ連と東ヨーロッパ情勢に関する交渉と絡め、中国からの撤兵をアメリカはソ連に認めさせたという見方がある。そうした交渉で原爆投下は影響を及ぼしただろう。

 大戦中、ドイツや日本も核兵器の研究開発を進めていたが、連合国側で最も積極的だったのはイギリス。1940年2月にバーミンガム大学のオットー・フリッシュとルドルフ・パイエルスのアイデアに基づいてプロジェクトが始まり、MAUD委員会なるものが設立された。

 この委員会のマーク・オリファントがアメリカへ派遣されてアーネスト・ローレンスと会ったのは1941年8月。そしてアメリカの学者も原子爆弾の可能性に興味を持つようになったと言われている。この年の10月にルーズベルト大統領は原子爆弾の開発を許可、イギリスとの共同開発が始まった。日本軍が真珠湾を奇襲攻撃する2カ月前のことだ。

 1943年には核兵器用のウランとプルトニウムを製造するため、テネシー州オーク・リッジに4施設が建設され、そのひとつはオーク・リッジ国立研究所へと発展した。ワシントン州に建設されたハンフォード・サイトではプルトニウムを製造するため、1944年9月にB原子炉が作られている。

 こうして「マンハッタン計画」が始まったが、その計画を統括していた陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、同計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、その計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017)

 マンハッタン計画が本格化した頃、すでにドイツ軍の主力がスターリングラードでソ連軍に降伏、独ソ戦の勝敗は決していた。ソ連への軍事侵攻はアドルフ・ヒトラーの命令で全戦力の4分の3を投入、その部隊が敗北したのだ。残りの4分の1が西ヨーロッパで戦っていた相手はコミュニストを主体とするレジスタンスだけだ。(続く)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207250000/


2022.07.26XML
米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(3/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207250001/

米英金融資本とナチス

 ドイツの敗北が決定的になっていた1943年1月、ルーズベルト米大統領とウィンストン・チャーチル英首相はフランスのシャルル・ど・ゴールらとカサブランカで会談、米英両政府の高官たちは同年5月にワシントンDCでも会談する。「無条件降伏」という話が出てきたのはカサブランカにおける会議においてだが、これはドイツの降伏を遅らせることが目的だったとする見方もある。

 そして7月に実行されたのがシチリア島上陸作戦。その際、レジスタンスの主力だったコミュニストを抑え込むため、アメリカ軍はマフィアの協力を得ている。ノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月だ。その間、アレン・ダレスたちはナチスの高官と接触して善後策を協議しはじめている。いわゆる「サンライズ作戦」だ。

 その後、アメリカの軍や情報機関はナチスの幹部や協力者を逃走させたり、保護したり、雇用する。ラットライン、ブラッドストーン作戦、ペーパークリップ作戦などという暗号名が付けられている。戦時情報機関のOSSやその後継機関であるCIAはルーズベルト政権をクーデターで倒そうとした巨大金融資本と関係が深い。その象徴的な存在がウォール街の大物弁護士だったウィリアム・ドノバンやアレン・ダレスである。

 アメリカとイギリスの特殊部隊、つまりイギリスのSOEとアメリカのSO(OSSの一部門)はレジスタンス対策として「ジェドバラ」を1944年に組織、この組織が大戦後、アメリカの特殊部隊やCIAにつながった。

 つまり、1943年以降、アメリカとイギリスはソ連を仮想敵国として動き始めている。特にチャーチルの反ソ連感情が強く、1945年4月にルーズベルト大統領が急死、5月にドイツが降伏すると、ソ連への奇襲攻撃を目論んでいる。JPS(合同作戦本部)に対して作戦を立案を命令、5月22日には「アンシンカブル作戦」が提出された。

 その作戦によると、攻撃を始めるのは1945年7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦は発動しなかった理由は。参謀本部が5月31日に計画を拒否したからである。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 日本では8月15日に国民へ敗北を伝える天皇の声明が放送された。「玉音放送」とか「終戦勅語」と呼ばれているものだが、その半月後の1945年8月30日、グルーブス中将に対してローリス・ノースタッド少将はソ連の中枢15都市と主要25都市への核攻撃に関する文書を提出した。9月15日付けの文書ではソ連の主要66地域を核攻撃で消滅させるには204発の原爆が必要だと推計している。そのうえで、ソ連を破壊するためにアメリカが保有すべき原爆数は446発、最低でも123発だという数字を出した。(Lauris Norstad, “Memorandum For Major General L. R. Groves,” 15 September 1945)

 1949年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告にはソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという記載がある。1952年11月にアメリカは初の水爆実験を成功させ、1954年にSAC(戦略空軍総司令部)は600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約60000万人を殺すという計画を立てる。

 1957年に作成された「ドロップショット作戦」は実戦を想定していたようだが、それでは300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊することになっていた。沖縄の軍事基地化はこの作戦と無縁でないだろう。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 アメリカが必要なICBMを準備でき、しかもソ連が準備できていないタイミングで先制核攻撃をすると考えた好戦派の中には統合参謀本部議長だったライマン・レムニッツァーや空軍参謀長だったカーティス・ルメイが含まれる。​彼らは1963年後半に先制攻撃する計画を立てた​が、邪魔者がいた。大統領だったジョン・F・ケネディだ。ケネディは1963年11月22日に暗殺された。(続く)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207250001/




2022.07.27XML
米英の核兵器開発と対ソ連/ロシア戦争(4/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207270000/


冷戦は独ソ戦の延長

 日本が降伏してからもチャーチルのソ連を敵視する姿勢は変化せず、彼は1946年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行う。「冷戦」の幕開けだ。東側と西側の間に鉄のカーテンが降りているという表現はドイツが降伏して間もない段階ですでに使われていた。

 それだけでなく、FBIの文書によると、チャーチルは1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。(Daniel Bates, “Winston Churchill’s ‘bid to nuke Russia’ to win Cold War - uncovered in secret FBI files,” Daily Mail, 8 November 2014)

 ウィンストン・チャーチル自身はイギリスの貴族を父に、またアメリカの富豪を母に持つ人物。父親のランドルフはジョン・スペンサー-チャーチル公爵の三男で、素行の評判は良くない。カネ使いが荒く、親しくしていたネイサン・ロスチャイルド男爵から多額のカネを借りていたという。ランドルフは1895年に死亡しているが、死因は梅毒。ネイサンは19世紀のイギリスを支配していたグループの中心的な存在で、セシル・ローズのスポンサーだ。

 第2次世界大戦後、ウィンストン・チャーチルは「冷戦」の開幕を宣言した。チャーチルの背後には巨大金融資本がいるのだが、その金融資本はナチスを資金面から支えていた。情報分野でイギリスとアメリカが連携しているのは必然だ。

 アメリカの金融街からも多額の資金がナチスへ流れている。そうした役割を果たしていた金融機関のひとつがブラウン・ブラザーズ・ハリマン。その幹部だったジョージ・ハーバート・ウォーカーはユニオン・バンキング(UBC)なる会社を設立、プレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンに経営を任せた。UBCの実権はハインリッヒ・ティッセンが持っているとも言われているが、この人物の兄、フリッツ・ティッセンはドイツの鉄鋼産業に君臨、ナチスの後ろ盾になっていた実業家である。

 プレスコット・ブッシュはウォーカーの娘と結婚、アレン・ダレスとはウォール街仲間だった。プレスコットの息子、ジョージ・H・W・ブッシュをアレン・ダレスは幼い頃から知っていた可能性が高い。

 冷戦は米英支配層の対ソ連戦争の延長線上にあり、イギリス支配層の対ソ戦は19世紀に始まる。その後、さまざまな謀略が展開されたが、その謀略にまんまと引っかかったひとりがミハイル・ゴルバチョフである。

 1985年にソ連の最高指導者になったゴルバチョフはスターリンと対立していたニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じていた。1990年から91年にかけてゴルバチョフは冷戦の終結というアイデアに魅了され、米英金融資本の罠にかかってしまう。彼は冷戦の本質を理解していなかったとも言えるだろう。その時、ゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈に買収されたKGBの中枢グループに取り囲まれていた。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207270000/





12:777 :

2022/07/29 (Fri) 12:13:49

2022.07.29XML
19世紀からアングロ・サクソンは中露を制圧しようと計画、ペロシはその手先
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207290000/

 リチャード・ニクソン大統領が1972年2月に中国を訪問、国交を回復させて以来、アメリカ政府は中国を承認、台湾は中国の一部だと認めてきた。中国は「一国両制」を表明している。中国はひとつだが、その中に違うシステムを存在させるということだ。それによって東アジアの均衡を作り出すことにしたと言えるだろう。その均衡をナンシー・ペロシ米下院議長が壊そうとしている。

 ウクライナの場合、2013年11月から14年2月にかけてアメリカ政府が仕掛けたクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。ヤヌコビッチ大統領は間一髪のところで脱出したようだが、拘束された場合、殺された可能性もある。その際、クーデターの中心になったのはNATOの訓練を受けていたネオ・ナチで、ベルクト(警官隊)に所属していた隊員の命を狙い、検察官事務所へ押し入り、銃を振りかざしながら検察官を恫喝していた。

 ヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部ではクーデター政権を拒否し、ドンバス(ドネツクやルガンスク)ではその時から戦争が続いている。大統領に就任した直後に「ルビコンを渡った」ジョー・バイデン大統領は今年3月からドンバスで大攻勢をかけようとしていたと見られている。その直前にロシアが動き、計画は狂った。

 それに対し、台湾の場合はコソボと同じように、いきなり中国から分離させようというわけだ。蔡英文総督の心情はともかく、中国はペロシの行動を座視することはできない。必然的に軍事的な緊張が高まり、アメリカ海軍は空母「ロナルド・レーガン」と艦隊を7月25日にシンガポールから出港させ、台湾へ向かわせた。そのアメリカ軍もペロシの台湾訪問を「良い考えではない」としている。中国が台湾周辺に飛行禁止空域を設定する可能性もある。

 ペロシの台湾訪問には批判的な意見も少なくないが、積極的に支持している人物もいる。その代表格が1995年1月から99年1月まで下院議長を務めたニュート・ギングリッチだ。この人物はカジノ経営者のシェルドン・アデルソンやシカゴの富豪ピーター・スミスをスポンサーとするネオコン。彼自身、1997年に台湾を訪問しているが、当時と今では米中関係が根本的に違っている。

 ペロシは自分の台湾訪問がどのような事態を招くかを承知しているはずである。彼女は4月30日に下院議員団を率いてウクライナを訪問し、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓っている。戦争を続けろということだ。

 親衛隊などゼレンスキー政権の戦闘部隊は住民を人質にとってロシア軍に抵抗していたが、3月の段階で敗北は決定的だった。4月21日に​ミコライフ州のビタリー・キム知事は「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と語り、住民を脅していた​が、これは人心が離反していたことを示している。ゼレンスキー政権の内部も動揺していたはずで、それを抑える意味がペロシのウクライナ訪問にはあったのだろう。

 東アジアの場合、5月10日から大統領は文在寅から尹錫悦へ交代、アメリカへ従属する政策へ切り替わり、朝鮮を刺激している。8月には大規模な米韓合同軍事演習が予定されている。日本では2016年に与那国島、19年に奄美大島と宮古島に自衛隊が施設を建設、23年には宮古島にも建設する予定だ。





 アメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」は今年、アメリカのGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する戦略について分析、インド・太平洋地域でそうしたミサイルの配備を容認する国は日本以外にないと考えているが、日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約がある。

 そこで、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備に協力することになると見ている。そうしたミサイルによって台湾海峡、東シナ海、中国沿岸の一部をカバーできるという。つまり射程距離500キロメートル程度のミサイルを考えているが、当然、反撃も想定しなければならない。

 本ブログでは繰り返し指摘していることだが、イギリスの長期戦略の中で明治維新は引き起こされ、その流れは現在まで続いている。アングロ・サクソンは中国支配を諦めていない。

 明治体制は廃藩置県を実施した翌年の1872年に琉球国王を琉球藩王として琉球国を潰し、イギリスとアメリカの「アドバイス」で74年に台湾へ派兵、ここから日本のアジア侵略が始まる。

 1875年には李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦を派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功、94年に朝鮮半島で甲午農民戦争が起こって閔氏の体制が揺らぐと「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、朝鮮の要請で派兵した清(中国)と戦争、1904年2月8日には仁川沖と旅順港を奇襲攻撃して日露戦争を始めた。

 日露戦争ではセオドア・ルーズベルト米大統領と金子堅太郎が重要な役割を果たしている。ふたりはハーバード大学の出身で、1890年にルーズベルトの自宅で知り合い、親しくなった。

 ルーズベルトは1898年のアメリカ・スペイン戦争を主導した人物で、スラブ系のロシアを敵視、日露戦争の勝者が東アジアで大きな影響力を持つと見ていた。そこで日本に肩入れしたわけだ。日露戦争の後、セオドアは日本が自分たちのために戦ったと書いている。

 その一方、金子は日露戦争の最中に日本政府の使節としてアメリカへ渡り、1904年にハーバード大学でアンゴロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説。同じことを金子はシカゴやニューヨークでも語っていた。日露戦争後に日本は韓国を併合しているが、これはルーズベルト、金子、そして桂太郎らによって話がついていたことで、反対意見が聞き入れられる余地はなかったという。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 この構図は今も生きていて、アメリカが東アジアで戦争を始めれば日本も巻き込まれる。既にアメリカは1995年までに日本を自分たちの戦争マシーンに組み込んでいるので、そのマシーンを始動させるだけだ。安倍晋三殺害のタイミングは興味深い。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202207290000/
13:777 :

2022/08/02 (Tue) 04:02:01


2022.08.02XML
ウクライナでの作戦に失敗した西側のチームがコソボで新たな作戦を始めた可能性
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202208020000/

 コソボで緊張が高まっている。これまで認められていたセルビアの身分証明書やナンバープレートをアルビン・クルティ政権が禁止すると発表、その実施日が近づいたからだ。ロシア語の使用を禁止したウクライナ政府の政策を連想させる。コソボの政権は実施日を1カ月延期するとしているが、延期にすぎず、問題の解決にはならない。

 問題の背景にはアメリカ支配層の戦略がある。1982年6月にロナルド・レーガン米大統領はローマ教皇庁の図書館でヨハネ・パウロ2世とふたりで会い、ポーランドや東ヨーロッパについて話し合い、ソ連の解体を早める秘密キャンペーンを実行することで合意した。その目的を「神聖ローマ帝国」の復興と表現する人もいる。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992)

 そのレーガン米大統領は1984年にNSDD133に署名、ユーゴスラビアだけでなく、ほかの東ヨーロッパ諸国で「静かな革命」を引き起こす準備を始めた。その翌年にソ連ではミハイル・ゴルバチョフが最高指導者に就任する。

 ゴルバチョフはニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じ、アメリカの支配層を信頼していた。ゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈と結びついていたKGBの中枢グループが取り巻いていたとも言われている。

 そうした状況の中に自分がいることにゴルバチョフが気づいたときには手遅れで、彼は排除された。次の「駒」として西側支配層が選んだのはボリス・エリツィン。彼は独断で1991年12月にソ連を解体してしまう。

 その前からユーゴスラビアはIMFの要求に従って国有企業の私有化を進め、GDP(国内総生産)は1990年に7・5%、91年には15%それぞれ低下、工業生産高は21%落ち込む。企業は倒産し、失業者が街にあふれた。そこでアメリカは反乱を演出する。チトー(ヨーシプ・ブローズ)政権下に姿を消していたファシストがユーゴスラビアを揺さぶりにかかったのだ。

 ユーゴスラビアを解体する中、アメリカはコソボを分離させ、そこへアメリカ軍の基地を建設し、そこにアメリカ軍の部隊を駐留させようとしたと言われている。現在、KFOR(コソボ治安維持部隊)司令部の下で、という名目でアメリカ軍はコソボに基地を持っている。

 その当時も西側はネオ・ナチを「民主勢力」だと主張、セルビア人を「新たなナチ」だと宣伝しながらユーゴスラビアの解体作業に取り掛かる。そのための資金はジョージ・ソロス系の団体やCIAの道具だったNED(ナショナル民主主義基金)などから提供された。

 1991年6月にスロベニアとクロアチアが独立を宣言、9月にはマケドニアが、翌年の3月にはボスニア・ヘルツェゴビナが続く。4月になるとセルビア・モンテネグロがユーゴスラビア連邦共和国を結成、社会主義連邦人民共和国は解体される。

 そしてコソボのアルバニア系住民も連邦共和国から分離してアルバニアと合体しようと計画、それをNATOが支援する。この間、西側の有力メディアはセルビア人による「人権侵害」を口実にしてユーゴスラビアを攻撃するよう求めた。後にこの人権侵害話は嘘だったことが明らかになっている。

 当初、コソボの分離独立運動を主導していたのはイブラヒム・ルゴバ率いるLDK(コソボ民主化連盟)。この団体は非暴力で、セルビア側も事態の悪化を懸念して運動を許していた。1991年から92年にかけてLDKは地下政府を創設して選挙も実施しているが、セルビアの治安当局はこれも許容している。

 1992年2月にはフランスのランブイエで和平交渉が始まり、セルビア側はコソボの自治権を認め、弾圧もやめることで合意、交渉はまとまりかける。それを嫌ったNATOは相手が受け入れられない条件、つまり車両、艦船、航空機、そして装備を伴ってNATOの人間がセルビアを自由に移動できるという項目が付け加えたのだ。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009)

 NATOがセルビアを占領するということだが、当然のことながら、この条件をセルビア政府が受け入れない。独立国に主権を放棄し、NATO軍の占領を認めろと求めたからだが、これについて日本の外務省は「セルビアがNATO軍のコソボ展開を受け入れず決裂」したと説明している。

 1992年3月にはユーゴスラビア駐在のアメリカ大使だったウォーレン・ジンマーマンはサラエボでボスニアのイスラム指導者だったアリヤ・イザドベゴビッチと会談。この指導者は第2次世界大戦中、「青年ムスリム」に参加していたが、この組織はナチスと行動を共にし、セルビア人やユダヤ人の虐殺に加担したと言われている。(F. William Engdahl, “Whom The Gods Would Destroy,” mine,Books, 2016)

 ジャーナリストのレナテ・フロットーによると、サラエボにあるイザドベゴビッチのオフィスで1993年から94年にかけてオサマ・ビン・ラディンを何度か見かけたという。アメリカを含むNATO加盟国の情報機関はアフガニスタンの戦争と同じようにジハード傭兵をボスニア・ヘルツェゴビナへ送り込んでいた。主な輸送ルートはクロアチア経由だったとされている。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018)

 ユーゴスラビアを解体し、アメリカの支配下に置く工作を容認する雰囲気を作り上げるため、西側の有力メディアは軍事介入を煽る「報道」を続けた。例えば、1992年8月にボスニアで16歳の女性3人がセルビア兵にレイプされたとニューズデーのロイ・ガットマンは報道しているのだが、別のジャーナリスト、アレクサンドラ・スティグルマイアーやマーティン・レットマイアーらによってガットマンの話が嘘だということが判明している。

 当時、ガットマンはドイツのボンで支局長を務めていた人物で、現地を取材したわけではない。ヤドランカ・シゲリなる人物から得た情報をそのまま書いたのだ。シゲリはクロアチアの与党で民族主義の政党、HDZ(クロアチア民主団)の副党首を務めていたが、記事ではこの事実が隠された。しかもクロアチアの亡命者が創設したプロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)のザグレブ事務所の責任者でもあった。このCICこそがレイプ情報の発信源である。

 その後、シゲリは人権問題のヒロインになり、1996年にはジョージ・ソロスをスポンサーとする人権擁護団体HRWが彼女を主役にしたドキュメント映画を発表、レイプ報道で脚光を浴びたガットマンは1993年にセルビア人による残虐行為を報道してピューリッツァー賞を贈られている。

 1996年5月にウィリアム・コーエン国防長官は約10万人のアルバニア系住民がセルビア人に殺害されたことを示唆しているが、空爆後に確認された死者数は約2100名だった。

 ウィリアム・ウォーカーなる人物は1999年1月、コソボにあるユーゴスラビアの警察署で45名が虐殺されたと主張しはじめるのだが、この話も嘘だった。死者が出たのは警察側とKLAとの戦闘の結果で、その様子はAPのテレビ・クルーが撮影していた。この時、現場にはウォーカーのスタッフもいたので、彼は意図的に偽情報を流した可能性が高い。

 ICRC(赤十字国際委員会)が指摘しているように、コソボでは全ての勢力が「不適切な行為」を行っていたのであり、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はない。(Diana Johnstone, "Fools' Crusade," Monthly Review Press, 2002)

 当初、ユーゴスラビアに対する軍事介入に消極的だったビル・クリントンだが、1997年1月に国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代してから雰囲気が変化、98年4月にアメリカ上院はソ連との約束を無視してNATOの拡大を承認、その年の秋にオルブライト国務長官はユーゴスラビア空爆を支持すると表明している。

 コソボから軍隊を引き揚げを受け入れたユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は1998年10月の終わりに撤退計画を発表するが、KLAは和平を受け入れない。軍事的な緊張を高めてNATO軍を戦争に引き入れるため、KLAはセルビアに対して挑発的な行動に出る。これはアメリカ側の意向を受けたものだ。

 決して親セルビアとは言えないヘンリー・キッシンジャーでさえ、1998年10月から99年2月までの期間で、停戦違反の80%はKLAによるものだと語っている。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009)

 そして1999年3月にアメリカ/NATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃。その際にスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊するだけでなく、中国大使館を爆撃している。

 中国大使館を空爆したのはB2ステルス爆撃機で、目標を設定したのはCIA。アメリカ政府は「誤爆」だと弁明しているが、3機のミサイルが別々の方向から大使館の主要部分に直撃していることもあり、中国側は「計画的な爆撃」だと主張している。

 ドイツ外務省はNATO軍のセルビア人に対する攻撃を正当化するため、ミロシェビッチがアルバニア人を追い出そうとしていると主張していた。セルビアが秘密裏に「蹄鉄作戦」を計画している事実をつかんだという話が1999年4月に伝えられたのだが、証拠はなく、そうした計画はなかったと今では信じられている。後にドイツ軍のハインツ・ロクアイ准将が語ったところによると、ブルガリアの情報機関が作成した報告を元にでっち上げた計画だったという。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009)

 いつものように、ユーゴスラビアへの攻撃もアメリカ大使館から指示が出ていた。その中心にいたのは1996年から99年までユーゴスラビアでアメリカ外交団のトップだったリチャード・マイルズ。体制転覆の専門家と言われている。工作資金はUSAIDからNEDなどCIA系のNGOを通じて流れていた。

 セルビアの書類やナンバープレートを禁止するというコソボ政権の政策はコソボに住むセルビア人に対する弾圧の一環で、最終的には全てのセルビア人をコソボから追い出すつもりだと見られている。こうした政策はウクライナと同じように、西側諸国の「危機チーム」によって計画されたという。

 EUへの憧れからロシアに対する敵対的な政策を進め、セルビア社会を破壊して国民の人気がないアレクサンダル・ブチッチとしては難しい判断を迫られている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202208020000/
14:777 :

2022/11/25 (Fri) 08:58:02

フィリピンは16世紀後半にスペインの植民地になった。この時期、日本は戦国時代で、少なからぬ人が奴隷として東南アジアへも売られていたが、その一部である「戦闘奴隷」をスペインなどヨーロッパの軍隊は侵略や支配のために利用していた。日本で奴隷売買が禁止されるのは徳川体制になってからである。

 ヨーロッパは11世紀から15世紀にかけて中東を軍事侵略、財宝を盗み、知識を手にした。いわゆる十字軍だ。そして14世紀から16世紀にかけてルネサンスが起こる。

 スペインやポルトガルは15世紀になると世界各地で略奪を開始、1521年にはエルナン・コルテスが武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪っている。インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼした。ラテン・アメリカにおける略奪が現在の「ヨーロッパ文明」の基盤だ。

 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山を開発した。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山である。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。ただ、この数字は「少なくとも」にすぎず、実態は不明である。全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていた。

 スペインやポルトガルが盗み出した財宝を海賊に奪わせていたのがイギリスだ。エリザベス1世の時代、イギリス王室に雇われた海賊は財宝を略奪していただけでなく、人もさらっていた。中でも有名な海賊はジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、そしてウォルター・ローリーだ。

 西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れていたホーキンスの海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位を与えている。

 ドレイクは中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。ドレイクもナイトになっている。デスモンドの反乱を鎮圧するためにアイルランドへ派遣されたローリーもナイトの爵位が与えられた。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020)

 1620年に北アメリカへピューリタン(ピルグリム・ファザーズ)が移住するが、それを可能にしたのは先住の「アメリカ・インディアン」がペストで「掃除」されていたからにほかならない。アメリカでは11月の第4木曜日(今年は24日)を「感謝祭」として祝うが、これはピルグリム・ファザーズたちが最初の収穫を神に感謝したことから始まった。つまり侵略開始の記念日だ。

 この当時、アメリカ大陸で「失われた十支族」を特定したという話が流れ、それに基づいて1650年にオランダのラビ、メナセ・ベン・イスラエルは『イスラエルの希望』という本を出版している。イスラエルはイギリスのオリバー・クロムウェルに対し、アメリカ先住民のスー族とコマンチ族を「再ユダヤ化」するためにユダヤ人を派遣するように求めている。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 「失われた十支族」という話は旧約聖書の民族伝説からきている。イスラエル民族の始まりはアブラハムの孫ヤコブで、その12人の息子の子孫がそれぞれ支族を形成したとされ、「イスラエル12支族」と呼ばれている。このうちイスラエル南王国にいたユダ族とベニヤミン族がユダヤ人と呼ばれるようになったという。勿論、これは伝説にすぎない。「十部族」は「失われた」のでなく「存在しない」可能性も小さくない。その怪しげな伝説に従っても、ユダヤ人はユダ族とベニヤミン族だけである。

 植民地を建設したイギリス系の人びとはイギリス軍と連合し、アメリカ・インディアンと手を組んだフランス軍と戦うが、その後、植民地とイギリスが対立、1773年にはボストン港に停泊していた東インド会社の船に積まれていた茶箱を投棄している。いわゆる「ボストン茶会事件」だ。

 植民地側は1776年に独立を宣言し、1783年のパリで調印された和平条約で独立は確定した。ジョージ・ワシントンが初代大統領に選ばれたのは1789年のことだ。この戦いは「独立戦争」、あるいは「独立革命」と呼ばれている。

 今でもアメリカにはイギリスの「帝国主義者」とアメリカの「民主主義者」との戦いという構図を描き、この「独立革命」を絶対視する人が少なくないが、その構図の中にアメリカ・インディアンや奴隷は描かれていない。

 独立宣言には「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳われているが、その宣言は実現されていない。アメリカ・インディアンをヨーロッパからの移民たちは虐殺し、それと同時に奴隷制を導入して支配地域を東から西へ拡大させていった。

 奴隷はアフリカ系だという印象を持つ人は少なくないだろうが、実際は違い、ヨーロッパ系やアジア系もいる。過酷な南部の綿花栽培で使われた奴隷がアフリカ系だったので目立つというだけのことだ。奴隷にはアフリカ系だけでなく、「年期奉公」や「召使い」として西インド諸島や北アメリカへ連れてこられた人も含まれていた。「白人年期奴隷」という表現もある。

 また、イギリスではオリバー・クロムウェルが率いる軍隊の侵略で多くのアイルランド人が虐殺され、相当数の人がアメリカへ連れて行かれた。ピューリタン革命を成功させたクロムウェルは革命の仲間だった水平派を弾圧、それと並行してアイルランドやスコットランドを侵略、住民を虐殺したのだ。クロムウェルの軍隊によってアイルランドでは50万人以上が殺され、一部は「年季奉公」や「召使い」として売られたと言われている。事実上の奴隷だ。この当時、イギリスでは人身売買が行われ、「誘拐屋」も存在、1740年の飢饉では多くの人が売られ、誘拐されたとも言われている。(川北稔著『民衆の大英帝国』岩波書店、1990年)

 アヘン戦争の後、中国からイギリスの植民地などへ運ばれた「苦力」も一種の奴隷だと言えるだろう。運ばれた先にはアメリカも含まれ、大陸横断鉄道の建設にも従事させられた。そうした中国人の多くは騙されたり誘拐されて苦力なったと言われている。

 侵略者は1845年に太平洋側へ到着、46年にはメキシコと戦争をはじめ、テキサス、ニュー・メキシコ、カリフォルニアを獲得した。その間、アメリカ・インディアンの虐殺が続き、1864年には講和を結ぶためにコロラドのフォート・リオンへ向かった約700名のシャイエン族の集団が虐殺された。白人側に従ってサンド・クリークでキャンプするのだが、そこを約750名のアメリカ兵が襲撃したのだ。(藤永茂著『アメリカ・インディアン悲史』朝日新聞、1974年)

 フロンティアの消滅が宣言された1890年12月にはサウスダコタのウンデッド・ニー・クリークにいたスー族を騎兵隊が襲撃し、150名から300名を虐殺した。勝海舟を艦長とする咸臨丸が太平洋を横断、サンフランシスコを訪れたのはその年の2月だ。

 そして1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈。艦長は石炭庫で火災が発生し、それが原因で爆発したと推測していたのだが、アメリカのメディアはスペインが爆破したと宣伝し、政府による調査が行われる前に議会は戦争へと向かう。そこで戦争に消極的だったウイリアム・マッキンリー大統領も宣戦布告せざるをえなくなった。その背後では海軍次官補のテディ・ルーズベルトが戦争熱を高めていた。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009)

 スペインとの戦争に勝利したアメリカはプエルトリコ、グアム、そしてフィリピンへ矛先を向ける。フィリピンは中国市場へ乗り込む橋頭堡としての役割を果たすことになるが、フィリピン侵略の際にアメリカ軍は住民を虐殺している。そのフィリピンをアメリカは中国を攻撃する拠点として復活させようとしている。

 棍棒外交のテディ・ルーズベルトと親しかったことで知られている日本人が金子堅太郎。日露戦争の最中、金子は政府の使節としてアメリカへ渡り、ハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っている。戦争後、テディは日本が自分たちのために戦ったと書いた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アメリカやイギリスの支配層はアジア侵略の拠点として日本列島に目をつけ、戦闘員として日本人を考えていたのだろう。日本人が傭兵として使えることをヨーロッパ人は16世紀から知っていた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202211250000/
15:777 :

2022/11/29 (Tue) 06:33:03

2022.11.28XML
「覇権に執着するアメリカの下で人類は存続できるか」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202211280000/

 本ブログでは繰り返し書いてきましたが、アメリカを中心とする支配システムが揺らいでいます。それにもかかわらずアメリカの支配層は世界制覇計画に執着、障害になっているロシアや中国を倒そうとしているのですが、その足掻きによって人類は存続の危機に瀕しています。その状態が今後どうなるかを考えてみたいと思います。

 1991年12月にソ連が消滅した時点で旧ソ連圏はアメリカに征服され、中国はすでにエリート層がアメリカの支配層に取り込まれていました。そうした状況を一変させたのウラジミル・プーチンを中心とするロシアのグループです。

 1992年2月に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づいて世界制覇プロジェクトをスタートさせましたが、それに合わせてWEF(世界経済フォーラム)のクラウス・シュワブは「明日のグローバル・リーダー」プログラムを開始、1993年から若手指導者を選び始めます。

 最初の年に選ばれた指導者候補にはイギリスのトニー・ブレア、ドイツのアンゲラ・メルケル、フランスのニコラ・サルコジ、ポルトガルのジョゼ・マヌエル・バローゾ、そしてロシアのプーチンが含まれていました。プーチンがロシアの大統領になれたのはそのためですが、実権を握ったプーチンはロシアを曲がりなりにも独立させます。

 プーチンがロシアの大統領になった頃からイスラエルやアメリカはロシアの隣国であるジョージアへの工作を始めます。イスラエルの軍事会社がジョージアへ無人機(ドローン)、暗視装置、防空システム、ミサイル、砲弾などを提供すると同時に軍事訓練を実施、アメリカの軍事会社も訓練に参加しています。

 そして2008年8月7日、北京の夏季オリンピック開催に合わせてジョージアは南オセチアを奇襲攻撃しますが、ロシア軍の反撃で惨敗しました。アメリカ/NATOはロシア軍を弱体化させたと信じていたようですが、その時点で立て直されていました。

 その間、2004年から05年にかけてジョージ・W・ブッシュ政権はウクライナで東部や南部を支持基盤にするビクトル・ヤヌコビッチを「オレンジ革命」で排除しますが、アメリカが樹立させた政権の新自由主義的な政策で貧困化した国民は2010年の1月から2月にかけて行われた大統領選挙で再びヤヌコビッチを当選させます。

 ウクライナの東部や南部は歴史的にロシアとの関係が深く、住民の多くはロシア語を話します。ヤヌコビッチの支持基盤に含まれるクリミアでは住民の75%、ドンバスでは住民の90%がヤヌコビッチに投票しました。

 2010年7月にヒラリー・クリントン国務長官(当時)がキエフへ乗り込み、ヤヌコビッチに対してロシアとの関係を断ち切ってアメリカへ従属するように求めますが、拒否されます。そこでオバマ政権はクーデターを計画、2013年11月に始動させ、14年2月にヤヌコビッチの排除に成功しました。その時、クーデターの実行部隊として使ったのがネオ・ナチです。

 しかし、東部や南部の人びとはクーデターを拒否、クリミアはロシアと一体化することに成功、ドンバスでは住民が武装蜂起しました。そこへはネオ・ナチ体制に従属することを拒否した軍人や治安機関のメンバーなどが合流したと言われています。

 当初、ロシア政府は話し合いでの解決を目指し、ドンバスを保護することをロシアを受け入れていません。そうした姿勢は事態を悪化させるだけだと批判したアメリカ政府の元高官もいました。今年11月25日にはウラジミル・プーチン露大統領も兵士の母親との会合で、早くドンバスを併合していれば市民の犠牲者は少なくて済んだと後悔していると語っています。アメリカ/NATOと話し合いで物事を解決することは不可能だと悟ったのでしょう。

 ウクライナに対する軍事作戦をロシアは今年2月24日に始めたのですが、これはアメリカ/NATOがウォロディミル・ゼレンスキーを利用して東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)を攻撃する直前のことだったと見られています。

 4月から5月にかけての時期にウクライナの軍や親衛隊は壊滅しましたが、イギリス政府やアメリカ政府は戦闘を継続させるために兵器を大量に供給、ウクライナ兵を訓練して最新兵器をあつかえるようにし、軍事情報を提供、さらに自国の情報機関や特殊部隊のメンバーをウクライナで活動させています。

 戦闘にNATO軍の部隊が出てきているわけではありませんが、作戦の指揮をNATOが行うなど関わりを強めていきました。そうしなければ戦闘を維持できないからです。

 ロシアがウクライナに対する軍事作戦を始めた2月24日以降も地上部隊の主体はドンバス軍、チェチェン軍、ワーグナー・グループで、ロシア軍はミサイルや航空兵力による攻撃が中心だったようで、そのミサイル攻撃も徹底したものではありませんでした。生産能力の問題ではありません。

 9月21日、ウラジミル・プーチン大統領は部分的な動員を実施すると発表、ドンバス、ザポリージャ、ヘルソンでは9月23日から27日にかけてロシアと一体になることの是非を問う住民投票が実施されました。賛成に投票した人は投票総数のうちドネツクで99%、ルガンスクで98%、ザポリージャで93%、ヘルソンで87%に達しています。

 そして今年10月8日、ロシア国防省はドネツク、ルガンスク、ザポリージャ、ヘルソンでの軍事作戦をロシア軍の中でエース的な存在だと言われるセルゲイ・スロビキン大将が統括指揮者に据え、また西部軍管区司令官をロマン・ビアルニコフ中将へ交代、チェチェン軍を率いているラムザン・カディロフは上級大将の称号を与えました。ロシア軍は軍事的に何もしていないとプーチン大統領はそれまで語っていましたが、動き始めたようです。

 現在、ロシア軍はウクライナで冬が本格化するのを待っています。ステップと呼ばれる大草原が凍結して戦闘車両の走行が容易になり、木々の葉が落ちてウクライナ軍が隠れにくくなるからです。

 それに合わせてロシア政府は部分的動員を実施、すでに約8万人はドンバス(ドネツクやルガンスク)入りし、そのうち5万人は戦闘に参加しているとされています。訓練中の約32万人も新作戦が始まる前には合流するはずで、大量の兵器がドンバス周辺へ運ばれる様子がインターネットにアップされていますが、それを見るとT-90M戦車や防空システムS-400が含まれています。

 一方、​アメリカ統合参謀本部のマーク・ミリー議長は冬季に予想されるロシア軍の攻勢を懸念​しているようで、ウクライナ軍がロシア軍に勝利することはないかもしれないと9日にニューヨークの経済クラブで発言、冬が本格化する前にロシアとの交渉を始めるべきだと語りました。ジェイク・サリバン国家安全保障担当大統領補佐官などオフィスで戦争ごっこをしている感覚の好戦派はミリー議長の意見に反対しているようですが、結局、時間稼ぎのために話し合いを始めるかもしれません。

 西側から兵器と資金が送られてくるシステムが一種の利権になっているウォロディミル・ゼレンスキー政権はロシアとの戦闘を継続させたい。本腰を入れ始めたロシアに太刀打ちできないことを認識し始めたらしいゼレンスキー大統領としては、NATO軍かアメリカ軍を戦場へ引き摺り出したいでしょう。

 そうした中、11月15日にウクライナからS-300防空システム用の5V55Kミサイル2機がポーランドのプシェボドフへ飛来、2名が死亡したとされています。このミサイルの射程距離は75キロメートルにすぎず、ロシア軍が発射した可能性はゼロに近いのですが、APはロシア軍が発射したと伝えました。ロシアがNATO加盟国のポーランドをミサイル攻撃したとなるとNATO軍はロシア軍と戦う義務が生じ、核戦争になる可能性が出てきます。

 この話を伝えたのはAPのジェームズ・ラポータ記者ですが、ことの重大さから編集会議で討議されました。別の情報源に確認する必要はないかという意見を述べた編集者もいましたが、その必要はないということになり、「報道」したわけです。

 その討議の中でバネッサ・ゲーラ編集者はロシアのミサイルが国境を超えてNATO加盟国に着弾してふたりが死んだのだとポーランドやアメリカ情報機関の高官が話していると強調、アメリカの情報機関幹部が間違うとは思えないと語っています。

 すぐにミサイルの話は間違いだと判明してラポータは解雇されましたが、ゲーラを含む編集者は問題にされず、嘘をついた情報機関の高官も責任を問われていないようです。事実を明らかにして逮捕され、アメリカで懲役124年が言い渡される可能性があるウィキリークスのジュリアン・アッサンジとは全く違った扱いをされています。

 ミサイルがどこから発射されたかを熟知しているはずの​ミリー統合参謀本部議長は11月16日、ペンタゴンで開かれた記者会見で冬が来る前にロシアとの交渉を始めるべきだと再び発言​しました。ウクライナでの戦乱を仕掛けたホワイトハウスの好戦派はロシアを壊滅させたがっていますが、統合参謀本部には相手にされなかったようです。

 アメリカやイギリスは19世紀からロシアを敵視、領土を征服しようと目論んできました。その長期戦略にEUやNATOは従っているのですが、ヨーロッパ諸国に住む人びとはそうした米英支配層の戦略に反対し始めました。イギリス支配層は戦略の一環として明治維新を仕掛け、その流れから日本は逃れられず、中国やロシアと戦争する準備を進めています。

櫻井春彦
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202211280000/
16:777 :

2022/12/01 (Thu) 12:49:16

 12月16日午後7時から東京琉球館で「覇権に執着するアメリカの下で人類は存続できるか」というテーマで話しますが、すでに予約が一杯になったそうです。ありがとうございます。

 ここにきて日本は戦争準備を急ピッチで進めていますが、その背景にはアメリカ支配層の覇権計画があります。アメリカの支配層が覇権に執着していることを認めたくない人が日本には多いようですが、これは否定できません。第2次世界大戦後にアメリカの好戦派はソ連に対する先制核攻撃を計画したことは本ブログでも繰り返し書いてきました。これを理解しなければ沖縄の軍事基地化は理解できません。この計画に立ちはだかったジョン・F・ケネディ大統領は暗殺されました。

 アメリカはアングロ・サクソン系国のひとつですが、同じイギリスは世界制覇プランを19世紀に立て、これは現在も生きています。そのプランの中心にいたセシル・ローズは優生学の信奉者で、アングロ・サクソンを最も優秀な人種だと考え、帝国主義的な侵略を正当化していました。

 19世紀における最大の経済国は中国(清)であり、 その制圧を狙ってアヘン戦争を始めて勝利しますが、占領するだけの戦力はありませんでした。そこで目をつけたのが日本であり、明治維新につながったことも本ブログで繰り返し書いてきました。その明治体制、つまり天皇制官僚システムは現在も生きています。

 ここで言う「イギリス」や「アメリカ」は実際のところ「シティ」や「ウォール街」、つまり米英金融資本で、国際機関の幹部や各国のエリートを飴と鞭で支配、コントロールしています。

 支配のネットワークはロシアや中国にも及んでいますが、それでもロシアは自立度を高めてきました。アメリカの電子情報機関NSAの機密資料を外部へ持ち出し、内部告発したエドワード・スノーデンは結果としてロシアで生活することになりますが、告発当時、イギリスの元MI5(防諜機関)幹部は、スノーデンをアメリカの情報機関から守れるのはロシアだけだと言っていました。スノーデンは2013年5月に香港でジャーナリストのグレン・グリーンウォルドへその資料を渡し他のですが、中国は彼を守りきれないということです。

 ウクライナを制圧してロシア征服を実現しようとしていたアメリカ/NATOの好戦派(セシル・ローズ人脈とも言われている)はその計画に失敗し、中国へ矛先を向けつつあるように見えます。日本は1995年にアメリカの戦争マシーンに組み込まれ、対中国戦争(必然的に対ロシア戦争にもなります)の最前線に立たされようとしています。アメリカや日本の軍事戦略を「防衛」や「反撃」という視点から考えることは根本的に間違っているのです。

櫻井春彦
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202212010001/
17:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2022/12/29 (Thu) 17:56:18

2022年12月29日
徴兵逃れの勇者 / 米国メディアを支配する者 (中編)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68918418.html

偽りの開戦理由

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( 左 : ベトナム戦争に徴兵されたアメリカの若者 / 右 : ベトナム戦争に反対する大学生)

  建国の父祖が目指していた理想と違い、アメリカ合衆国は“しょっちゅう”戦争ばかりしている。しかも、その動機が“謎めいた”事件に基づき、“いかがわしい”口実で開戦なんだから、一般のアメリカ国民が怪しんでも当然だ。

Walter Schweiger 1(左 / ヴァルター・シュワイガー )
  例えば、米国が第一次世界大戦に参加したのは、ルシタニア号(Lusitania)の撃沈に原因があった。1915年5月7日、1,959名を乗せたルシタニア号は、渡航先のニューヨークからリバプールに戻るべく、大西洋を航行中であった。ところが、この豪華客船はドイツの潜水艦たる「U-boat 」に発見されてしまう。「U-20」の艦長を務めていたヴァルター・シュワイガー(Walter Schweiger)は、武器を密輸する民間船舶を素通りさせず、「G Type魚雷」を発射し、著名人が乗っているルシタニア号を撃破。この兇行は英米の国民に伝わり、“警告無し”の魚雷発射は、瞬く間に「ドイツ憎し」の感情に転化した。

  確かに、ドイツ軍による“卑劣”な攻撃は深刻で、128名のアメリカ人を含む1,198名が亡くなっている。水兵でもない無辜の乗客が海に沈んで命を落とした訳だから、アメリカの世論が激昂しても当然だ。毎度の事だけど、歐米のマスコミはドイツ軍の残虐性を喧伝し、シュワイガー司令官を「赤ん坊殺し(baby killer)」と罵っていた。

  しかし、ルシタニア号には世間に知られたくない「秘密」があった。後の史書によると、この船は小銃の弾薬4,200箱、弾頭の信管3,250個、榴散弾5,000個を詰めたボックス1,248箱、750トンものライフルや機関銃を積んでいたのだ。ルシタニアの乗客は、魚雷が命中した後、二回目の爆発を耳にしたというが、おそらく積み荷の弾薬に引火したのかも知れない。

  この疑惑は1980年代の海底探査で明らかにされた。アイリス人の潜水夫を率いるイオン・マクゲリー(Eoin McGarry)は、ルシタニア号の所有者であるグレッグ・ベミス(Gregg Bemis)の依頼を受け、海底300フィートに沈むルシタニア号を調査した。すると、マクゲリーのチームは驚くべき「遺品」を発見したという。彼らは沈没船の中から「レミントン社製の弾丸カートリッジ(Remington .303 caliber bullets)」を引き揚げていたのだ。(Erin Mullally, 'Lusitania's Secret Cargo', Archaeology, Vol. 62, Number 1, January / Fevruary 2009.)


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(左 : ルシタニア号の沈没を伝える「ニューヨーク・タイムズ」紙 / 右 : 沈没船から発見された疑惑の弾丸 )

  撃沈事件が起こった当時、ブリテン政府は「軍事用の武器・弾薬」を搭載していたとは認めず、米国からの“密輸”を否定していた。しかし、この秘密に関しては、マーセイ卿のジョン・チャールズ・ビガム(Lord Mersey / Viscount John Charles Bigham)だけでなく、海軍大臣だったウィンストン・チャーチルも知っていたはずだ。むしろ、彼らが仕組んでいた可能性の方が高い。そして、この偽装工作にはウッドロー・ウィルソン大統領も一枚噛んでいたはずだ。となれば、彼の背後には師匠である「ハウス大佐」こと、エドワード・マンデル・ハウス(Edward Mandell House)が控えていた、と考えるべきで、アメリカを参戦させるための陰謀と結論づけてもおかしくはない。

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(左 : ジョン・チャールズ・ビガム / ウィンストン・チャーチル / ウッドロー・ウィルソン / 右 : エドワード・マンデル・ハウス )

  アメリカの対外戦争は、たいてい「八百長事件」が引き金となっている。第一次大戦でも、合衆国政府は中立を言いながら、裏で中立違反をしていた。しかも、ジェイムズ・ブライス卿(Lord James Bryce)が拵えたプロパガンダを広め、敵国ドイツを「極悪非道のケダモノ」にしていたのだ。米国のマスコミが政府とグルになるのは、いつもの通り。正義を振りかざす米国のジャーナリストは、「卑劣な攻撃によってアメリカ国民が殺された !」と宣伝し、好戦的な世論を形成しようとする。英国のマスコミも政治プロパガンダの達人で、予め「決め台詞」が用意されていた。「ルシタニア号を忘れるな(Remember the Lusitania)」とか、「正義の剣を取ってルシタニアの敵討ちだ (Take Up the sword of justice, avenge the Lusitania.)」というポスターを見れば直ぐ判る。

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(左 :「剣を取れ」と呼びかけるポスター / 「ルシタニアを忘れるな」のチラシ / 「パール・ハーバーを忘れるな」のポスター / 右 : 「卑劣な日本軍による奇襲」を示す宣伝ポスター)

  これって、真珠湾攻撃の時に作られた「パール・ハーバーを忘れるな(Remember Pearl Harbor)」や「パール・ハーバーの仇討ちだ(Avenge Pearl Harbor)」というスローガンの原型じゃないのか? 早くから「大衆社会」となっていたアメリカでは、政治プロパガンダの研究が進んでいた。例えば、ユダヤ人ジャーナリストのウォルター・リップマン(Walter Lippmann)は日本でも有名で、『世論』という著書は岩波文庫に収められている。

  心理戦や宣伝効果を研究したエドワード・バーネイズ(Edward Louis Bernays)も先駆的エキスパートで、第一次世界大戦が始まると合衆国政府に傭われた。彼は「広報委員会(Committee on Public Information)」に配属されたそうだ。ちなみに、バーネイズの母親アナ(Anna)は、ユダヤ人の心理学者ジクムント・フロイト(Sigismund Schlomo Freud)の妹で、エドワードはジクムントの甥に当たる。日本人は「プロパガンダ」という言葉を耳にすれば、直ぐに宣伝大臣のヨセフ・ゲッペルスを思い出してしまうが、本当に恐ろしいプロパガンディストとは、正体を隠しながら印象操作を行う宣伝係であり、諜報組織のスパイだけじゃなく、娯楽産業に潜む映画制作者も立派な工作員となり得る。

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(左 : ウォルター・リップマン / エドワード・バーネイズ / ジクムント・フロイト / 右 : ヨセフ・ゲッペルス )

  歴史を振り返ってみると、アメリカ人は「防衛戦争」の名目で侵略戦争ばかりしている。第二次世界大戦は日本による真珠湾攻撃が引き金となったが、実際はフランクリン・ローズヴェルト大統領の陰謀であり、共犯者はウィンストン・チャーチル首相だ。通説と違って、アドルフ・ヒトラーはアングロ・サクソン国との戦争を望んでおらず、全面戦争を望んだのは「戦争屋(war monger)」と呼ばれたチャーチルの方であった。

  もちろん、共産主義者を利用して敗戦革命を望んだ近衛文麿や、対米戦争という博打をしたかった山本五十六も極悪人だ。こうした国賊を美化して『連合艦隊司令長官 山本五十六』という映画を連中は、単なる馬鹿なのか意図的な左翼なのか、よく分からない。映画のキャッチコピーは、「誰よりも開戦に反対した男がいた」という驚愕の一文だが、いったい誰が提案したのか、その本意を知りたい。まぁ、原作があの半藤一利というから、「歴史活劇の迷作」となっても当然だ。そもそも、「絶対に米国とは闘わない」という国防方針に背いたのが山本五十六じゃないか。

  しかも、真珠湾攻撃を南雲忠一(なぐも・ちゅういち)海軍中将に任せて、山本は広島湾に停泊中の旗艦「長門」に隠れていた。建前上、「長門」の作戦室で戦況を伝える電報を目にしていたというが、どうして自分が最前線に立って指揮をしなかったのか? ハワイの奇襲で生死を賭ける下っ端には「命懸けで闘え !」と発破を掛けていたくせに、自分は安全な戦艦の中で勇ましくしていたんだから、捨て駒にされた水平は呆れてしまうだろう。

  話を戻す。アメリカ人は「デモクラシーvsファシズム」という図式で第二次世界大戦を考えるが、共産主義国のソ連が「仲間」になっているのに、どうして全体主義国との闘いになるのか? 共産主義を蛇蠍の如く嫌うアメリカ国民やブリテン国民、そして革命を憎むイギリス貴族がソ連を手助けするなんて滑稽だ。だいたい、ヒトラーの手からポーランドを助けようとしたのに、戦争が終わってみると、スターリンの掌中に落ちていたんだから、何のために闘ったのか分からなくなる。

  ベトナム戦争も“アメリカン・デモクラシー”や“共和政体”に反する対外戦争であった。最初からジョン・F・ケネディー大統領は、米軍の介入に反対だったし、陸軍大将のアイゼンハワー元大統領もインドシナ半島での地上戦に反対であったという。しかし、ケネディー大統領が暗殺されるとリンドン・B・ジョンソンが後釜に昇進し、ベトナムへの軍事介入は本格的な戦争へと発展する。CIAが率いる軍事顧問団は1963年の時点で1万6千人もいたというから、泥沼への“錘(おもり)”みたいな存在だった。

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( 左 : ジョン・F・ケネディー大統領 / 右 : 大統領に昇格したリンドン・B・ジョンソン)

  しかし、開戦を決めるはずの議会では、ベトナム戦争を始めるべきかどうかの論争は無かった。本来、元老院で様々な点が討論され、最終的に開戦の議決となれば、執政官たる大統領に最高指揮権が授与される、というのが共和政体の原理原則だったはず。それなのに、準軍事組織を送っているうちに大々的な長期戦になってしまったんだから、アメリカ人じゃなくても驚きだ。ジョンソン政権は大勢の若者を戦地に送り、膨大な公金を浪費した。

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( 左 : 米軍の助けで脱出したベトナム難民 / 右 : 個人で逃れてきたベトナム難民 )

  共産主義のドミノ現象を食い止めるはずだった戦争は、惨憺たる結果に終わり、アメリカ社会の凋落を招くだけだった。血と汗と涙を流したアメリカ軍は、執拗なベトコンの攻勢を防ぎきれず、南ベトナムは共産主義の津波に飲み込まれる破目に。しかも不幸なことに、アメリカは戦争をする度に難民を受け容れ、国内を異質な坩堝(るつぼ)に変えてゆく。サイゴン陥落でインドシナ難民が発生すると、彼らは米国に押し寄せ、アメリカの都市部にはリトル・サイゴンが出来てしまった。

徴兵逃れの権力者

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(上写真 / ベトナム戦争で負傷するアメリカ兵)

  繁栄と愛国心に満ちた1950年代の古き良きアメリカ社会は、怒りに燃えた反戦運動で崩れ始め、精神異常をきたした帰還兵と無惨な姿に変わり果てた負傷兵を抱えることになった。その一方で、徴兵を拒むフラワー・チルドレンは、フランクフルト学派の頽廃思想に靡き、フリーセックスとマリファナに溺れる始末。大学のキャンパスは反戦を叫ぶ学生で溢れていた。しかし、アメリカの世間にも「裏と表の世界」がある。真面目な青年はベトナムのジャングルで死んでいったが、卑怯者と金持ちは安全地帯で生き延び、やがて出世を遂げてゆく。偽善大国のアメリカには、蛇の道だけじゃなく色々な裏口・抜け道もある。

  例えば、「ハノイ・ジェーン」と呼ばれたジェーン・フォンダ(Jane Fonda)は、トム・ヘイデンやテッド・タナーと結婚し、1980年代になるとエアロビックスで稼いでいた。海軍士官のジョン・ケリー(John Kerry)は、反戦運動のヒーローになって、後に上院議員や国務長官となる。以前、当部ログで述べたように、このユダヤ人は自作自演で負傷し、「Silver Star」や「Bronze Star」「Purple Heart」といった勲章をもらっていた。ケリーが大統領選挙に出馬した時、「Swift Boat Veterans for Truth」の退役軍人達は激怒し、ケリーの軍歴に異議を唱え、彼の武勇伝を否定していたという。

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(左 : 北ベトナムを支援する ジェーン・フォンダ / 過去を捨てて上流社会に入ったジェーン・フォンダ / 日本に留学したジェイ・ロックフェラー4世 / 右 : 反戦運動に勤しむジョン・ケリー )

  大財閥の御曹司であるジェイ・ロックフェラー4世(John Davison Rockefeller IV)は、もっと悧巧で、国際基督教大学に留学し、英語を教えながら奇妙な極東民族と付き合っていた。大富豪は様々な回避ルートを持っている。日本を去ったジェイは、ハーバード大学に戻って東洋言語と歴史を勉強し、ここを卒業すると、イェール大学で支那語を学んだそうだ。しかし、彼はベトナム戦争に従軍せず、安全な「平和部隊(Peace Corp)」に入って人道支援に勤しんでいた。

  アーカンソーの州知事から大統領になったビル・クリントンは、もっと酷い。彼は地元の人脈と大学生の身分を巧みに利用し、庶民が逃れられない徴兵を免れていた。クリントンは1964年9月8日に選抜徴兵制度(Selectiev Service System)に登録し、同年11月17日に「2-S(学生免除)」の身分を得たという。当時、大学生は卒業するまでの間、徴兵を免除されていたから、高卒で戦地へ送られる若者とは違う扱いを受けていた。まぁ、政治家や経営者といった上層階級の紳士は、自分の子供だけは可愛いから、大学生に猶予を与えることで抜け道を作っていたのだろう。お金持ちの子弟は、大学院にまで進んで修士号や博士号を取得するから、労働者階級のボンクラ供とは違った世界に住んでいる。

Bill Clinton 324Bill Clinton & JFK 003William Fulbright 001
(左 : 学生時代のビル・クリントン / 中央 : ケネディー大統領と握手する若きビル・クリントン / 右 : ウィリアム・フルブライト上院議員 )

  しかし、戦況が悪化してくると、「銀のスプーン」をくわえた御曹司にも“特権”の消滅が迫ってきた。1968年2月16日、連邦政府は大学院生に対する徴兵免除を廃止する。これにより、ジョージタウン大学を卒業したビル・クリントンは、もはや徴兵免除の対象ではなくなっていた。徴兵選考委員会は彼を「1-A(即座に兵役の対象になる者)」の身分にしていたそうだ。

  ところが、アメリカのテーミス(掟の神)は、ヤヌス(双面の神)の性質を持っていた。この女神は一般家庭の子供には厳しく、上流階級の子弟に対しては、チョコレートよりも甘くなる。徴兵の影が差し迫ったビル・クリントは、何とかしてベトナム行きを免れようとした。そこで、彼は亡き父親ロジャー・クリントン(Roger Clinton, Sr.)の兄である、伯父のレイモンド・クリントン(Raymond Garland Clinton)に助けを求めることにした。頼りにされたレイモンドは、元判事で弁護士を務めるヘンリー・ブリット(Henry Britt)に相談を持ちかけ、二人は地元で海軍の予備役を監督するトリス・エリス(Trice Ellis)に働きかけた。依怙贔屓を承諾したエリスは、ビル・クリントンに海軍予備役の身分を確保し、この弱虫が軍事訓練を受けるものと勘違いしたらしい。(David Mikkelson, 'Was Bill Clinton a Felonious Draft Dodger ?', Snopes, January 6, 2003.)

  依頼者に便宜を図ったエリスは、大卒の若者を得たことで喜んでいたが、狡賢いビル・クリントンは他の抜け道を探していた。法の網に詳しいブリットは、ガーランド郡の徴兵委員会で議長を務めるウィリアム・S・アームストロング(William S. Armstrong)に一肌脱いでもらうことにした。ブリットの親友であるアームストロング議長は、ビル・クリントンへの招集令状を引き出しの中に閉まって、しばらくの間“そっと”していたそうだ。

Cecil Rhodes 1111( 左 / セシル・ローズ )
  口説き文句が得意なクリントンには、運命の女神も微笑んでいたようで、彼は幸運にも「ローズ奨学金(Rhodes Scholarship)」を得ることができた。セシル・ローズの名を冠した奨学金は、菊の御紋や葵の御紋よりも凄い。ローズ奨学生になればエリート街道へのキップを手にしたのも同然で、オックスフォード大学へ留学した者は、将来、様々な恩恵に与ることができる。先輩や有力者のネットワークを使えば、トントン拍子に出世間違いなし。ちなみに、オックスフォード留学組の同期には、後に労働長官となるロバート・ライシュ(Robert B. Reich)や、国務次官になるストロブ・タルボット(Nelson Strobridge Talbot Ⅲ)がいた。ロシアの専門家として有名なタルボットは、退官後、ブルッキングス研究所に天下って所長となっている。

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(左 : 知事になったビル・クリントン / 中央 : ロバート・ライシュ / 右 : ストロブ・タルボット )

  ローズ奨学金をもらってオックスフォード大学へ留学したものの、クリントンには選抜委員会からの通知が届き、軍隊用の身体検査が要求されていた。しかし、小賢しいクリントンはアーカンソー大学の予備役制度(ROTC program)に目を附け、ベトナム派遣への召集令状を免れようと謀った。彼は地元選考委員会のウィリアム・ホーキンス(William Hawkins)に助けを求め、地元の予備役に潜り込むことができた。この時、クリントンは民衆党の上院議員(アーカンソー州の選出)であるウィリアム・フルブライト(J. William Fullbright)に仕えたリー・ウィリアムズ(Lee Williams)やユージン・ホームズ(Eugene J. Holmes)大佐の“根回しも”取り付けたそうだ。

  こうした「回避手段」を駆使しているうちに、ベトナム戦争は段々と終結に向かってしまい、楽しい日々を過ごすビル・クリントンは、とうとう派遣されることなく、安全地帯で青春を謳歌することができた。この卑怯者は英国に留学しても、それほど真剣な勉強はせず、オックスフォード大学での勉強は、ジョージタウン大学とイェール大学のと間に存在する休暇みたいなものだった。ビル・クリントンが英国留学でした事と言えば、反戦運動に参加した事やマリファナを吸った事くらい。(Olivia B. Waxman, 'Bill Clinton Said He Didn't Inhale 25 Years Ago --- But the History of U.S. Presidents and Drugs Is Much Older', Time magazine, March 29, 2017.)

  女たらしのクリントンは、留学先の英国でキャサリン・ジーヴ(Katherine Gieve)と恋仲になり、いつも通りのデートを楽しんでいたが、親友のフランク・アラー(Frank Aller)は違っていた。彼は徴兵を拒否したことで訴追され、色々と悩んだ末に自殺してしまった。せっかくローズ奨学金をもらえたのに、この青年は1971年に自ら命を絶つ。(Matthew Hoffman, 'The Bill Clinton we knew at Oxford from smoking dope, what else did he learn over,' The Independent, 11 October 1992.) 精神的に弱い者は、賢い「ズル」を考えることが出来ないんだろうなぁ~。

  一方、イェール大学で法律を学んだクリントンは、さすが世渡り上手。大統領になると急に好戦的になり、米軍をソマリアに派遣するし、ボスニアやヘルツェゴヴィナといったバルカン半島で紛争が起こればNATOをも動かす。しかし、一番ハッスルしたのは不倫である。日本でもクリントンの愛人スキャンダルは報道され、ジェニファー・フラワーズ(Gennifer Flowers)やエリザベス・グレイス・ワード(Elizabeth Grace Ward or Gracen)、サリー・パデュー(Sally Perdue)、ドリー・カイル・ブラウニング(Dolly Kyle Browning)が紹介された。(それにしても、なぜ黒人贔屓のビル・クリントンは、白人の愛人ばかりなのか? とても不思議だ。)

  ついでに言うと、ドイツ人のマリア・フェルトウェングラー(Maria Furtwängler)やカナダ人のベリンダ・ストロナッハ(Belinda Stronach)、アメリカ人のマジョリー・アームストロング・ポスト(Majorie Armstrong Post)やパトリシア・ダフ(Patricia Duff)とも肉体関係を持っていたそうだ。もう、「精力絶倫」としか言い様がない。

Gennifer Flowers 1Elizabeth Gracen 2Sally Perdue 11Dolly Kyle Browning 1
(左 : ジェニファー・フラワーズ / エリザベス・グレイス・ワード / サリー・パデュー / 右 : ドリー・カイル・ブラウニング)

Maria FurtwanglerBelinda StronachMajorie Armstrong PostPatricia Duff
(左 : マリア・フェルトウェングラー / ベリンダ・ストロナッハ / マジョリー・アームストロング・ポスト / 右 : パトリシア・ダフ )

  でも、アメリカの軍人が一番激怒したのは、ホワイトハウスに研修生のモニカ・ルインスキー(Monica Lewinsky)を連れ込み、「尺八(blow job)」行為をさせたことだ。後に、国務長官になったヒラリー夫人は、アフリカのベンガジ事件でヘマをやらかしたけど、元々彼女は「灯台もと暗し」なんだからしょうがない。才女と呼ばれるヒラリー・ロダム・クリントンは、アメリカ人を殺害したテロリストを捕まえようとしたが、ついに発見できなかった。まぁ、白亜館に住んでいて、亭主のペニスが何処にあるのか分からなかったんだから当然だ。

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(左 : モニカ・ルインスキー / 中央 : クリントン大統領とモニカ / 右 : 謝罪会見で夫を睨み付けるヒラリー夫人)

  元CIA長官のジョージ・H・W・ブッシュは、第二次世界大戦で日本海軍と戦ったが、息子のジョージはベトナム戦争に行かなかった。名門家庭の父親はこの馬鹿息子を徴兵制度から守るべく、ジョージ・ウォーカーをテキサス州の空軍に入れて身の安全を図った。この「出来損ない」は秀才が集まるハーヴァード大学でMBAを取ったが、アルコール中毒に陥って家族の厄介者になっていた。おそらく、父親の仲間がお膳立てをしたから、「テキサス・レンジャー」の所有者になれ、テキサス州の知事選に出馬できたのだろう。さらに言えば、9/11テロを企画した闇組織が、ジョージ・ウォーカーを大統領に据えたのかも知れない。

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( 左 : 軍人になった息子のジョージ・ウォーカーと父親のハーバート・ブッシュ / 右 : 華麗なるブッシュ・ファミリー)

  ブッシュ家に仕えたディック・チェイニー(Richard Cheney)も、徴兵逃れで出世した政治家だ。国防長官や副大統領になったチェイニーは、戦争が始まる前の1962年、徴兵可能な年齢に達していたが、年齢的に若かったので徴兵されずに済んだという。1964年になると戦争が本格化となり、徴兵が拡大されたが、チェイニーは恋人のリンと結婚したばかりなので、三回目の学生猶予措置を求めた。1965年5月、ワイオミング大学を卒業したチェイニーは大学院に進んだので、四回目の猶予措置を得ることもできた。

  1965年10月になると、徴兵選考委員会は既婚者にも徴兵を拡大したが、これには「子供を持たない者」という規定があったので、妊娠中の妻を持つチェイニーは、またもや徴兵猶予を得ることができたのだ。9ヶ月後の1966年1月19日、長女のエリザベスが誕生する。この娘はやがて下院議員となり、ドナルド・トランプ大統領を攻撃する民衆党員に協力し、弾劾委員会に賛成する共和党員になっていた。

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( 左 : ディック・チェイニー / 中央 : 新婚時代のリチャードとリン・チェイニー / 右 : 娘のエリザベス・チェイニー下院議員 )

  1966年1月、リン・チェイニーは再び妊婦となり、夫のディックは「3-Astatus」という身分を得て徴兵免除となる。家族を養うのが大変だから「除外」してくれという訳だ。選考委員会は彼の申請を承認する。それにしても、子供を作って徴兵を逃れようとするなんて卑怯じゃないか。ネオコンの代表格となったチェイニーは、イラク戦争で多くの若者を戦地に送ったが、自分自身は何度も徴兵を逃れていたなんてズルい。おそらく、リン夫人と相談して計画的な妊娠を実行したんだろう。しかし、「時」を稼いで生き延びるのは賢い方法だった。1967年1月になると、チェイニーは26歳となっており、もはや徴兵の対象ではなくなっていたのだ。(Katharine Q. Seelye, 'The 2004 Campaign : Military Service ; Cheney's Draft Deferments during the Vietnam Era Emerges as a Campaign Issue', The New York Times, May 1, 2004.)

Al Gore Jr 9991(左 / アルバート・ゴア・ジュニア副大統領)
  「巧妙な徴兵逃れ」は副大統領になったアルバート・ゴア・ジュニア(Albert Gore, Jr.)もやっていて、彼は陸軍に志願したというが、その職務は戦闘員じゃなく、「The Castle Courier」に記事を書く戦場ジャーナリストであった。アル・ゴアは政治家になっても従軍体験を自慢していたというが、危険な銃撃戦には一度も参加したことはなく、「戦争体験」といえば、現地の兵卒と一緒に酒を飲んだり、ポーカーをしたりといった「息抜き」だけだった。(Richard A. Serrano, 'Struggle With Conscience Was Gore’s Biggest Vietnam Battle', The Los Angeles Times, October 15, 1999.)

Al Gore Sr 00213Al Gore 1121Al Gore 232Albert Gore & Topper 111
(左 : アルバート・ゴア・シニア / 戦場に赴いたアル・ゴア・ジュニア / 右 : 妻となるティパーと一緒のアル・ゴア)

  テネシー州の上院議員をしていた父親のアル・ゴア・シニアが政敵から非難されないように、息子のジュニアはベトナム戦争に赴いたと言うけど、現地でやったのは、せいぜいタバコとマリファナを吸ったくらい。戦闘服だけは立派に着こなしていたゴアは、一度も負傷せず、「帰還兵」のフリをして祖国に舞い戻っていた。当時、彼はまだ大学生だったから、ハーヴァード大学に復学したが、戦争反対の声明文に署名したそうだ。こんな奴が後に「地球温暖化」を叫び、二酸化炭素排出量の問題を云々するなんて冗談じゃない。

  民衆党に支配された連邦議会は、莫大なウクライナ支援を決めてしまったが、本当に議員達はウクライナの国防を考えているのか? 民衆党や共和党の大物議員達は、「極悪非道のロシア軍からウクライナを守れ !」と叫んで、武器や資金を提供するが、本当は別の「利益」があるから応援しているんじゃないか? もし、心から支援したければ、先ず自分の子供や孫をウクライナに派遣しろ ! ベトナム戦争を「不毛な遠征」と見抜いていたエリートは、ウクライナを「第二のベトナム」と思っているはずだ。「ロシア懲罰」という聖戦の裏には、巨大な利権が渦巻いている。

  後編に続く。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68918418.html
18:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/08 (Sun) 05:24:44

2023.01.08XML
第2次世界大戦の終盤から始まる米英情報機関による対ロシア/ソ連戦争
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301080000/

 ロシア軍が新たな軍事作戦を始める時期を見計らっているのに対し、アメリカ/NATOは天然ガスのパイプライン「ノードストリーム」やクリミア橋(ケルチ橋)を爆破、ロシア領内へ深く入った場所にあるディアギレボ基地とエンゲルス基地を攻撃するなど破壊活動を活発化させている。

 ディアギレボ基地やエンゲルス基地の攻撃には一種の巡航ミサイルが使われた。1970年代にソ連で製造された偵察用ドローンのTu-141へ新しい誘導システムを取り付けたもので、アメリカの衛星に誘導さたと見られている。基地攻撃をアメリカ政府が許可した可能性は高い。

 ウクライナとの国境からディアギレボ基地は450キロメートル、エンゲルス基地は550キロメートルある。それだけの距離を改造ドローンが飛行したとは考えにくく、国境を越えた攻撃にともなうリスクをアメリカ政府が冒すとも思えない。以前から潜入していたエージェント、いわゆる「スリーパー」による攻撃だろう。ジャーナリストの​ジャック・マーフィー​も、CIAはNATO加盟国の情報機関を利用し、ロシアで破壊活動を続けていると書いている。

 全てのNATO加盟国に破壊活動を目的とする秘密部隊が存在することは本ブログでも繰り返し書いてきた。その秘密部隊はアメリカのCIAとイギリスのMI6を中心にネットワークを作っている。アメリカやイギリスの巨大資本にとって都合の悪い個人や組織を潰し、支配システムを守り、強化しようというわけだ。

 このネットワークの中で最も活発に動いてきたのは、イタリアのグラディオ。その存在自体が秘密にされていたが、1972年2月にイタリア北東部の森に設置していた兵器庫を子供が偶然見つけ、捜査が始まった。

 その翌月、ペテアノ近くの森で不審な自動車が見つかる。その自動車をカラビニエッリ(準軍事警察)の捜査官が調べはじめたところ爆発、3名が死亡した。その2日後に匿名の電話が警察にあり、「赤い旅団の犯行だ」と告げたが、勿論、これは嘘だった。

 そうしたこともあり、捜査は途中で止まる。その事実にフェリチェ・カッソン判事が気づいたのは1984年のことだ。判事は捜査の再開、捜査の過程で引き起こされた爆破事件で使われた爆薬がアメリカ/NATO軍が使うプラスチック爆弾C4だということが明らかになり、イタリアの情報機関SIDが事件に関係したことも判明した。なお、SIDは1977年に国内を担当するSISDEと国外を担当するSISMIに分割され、情報の分析を担当するCESISが創設されていた。

 ジュリオ・アンドレオッチ首相は1990年7月、SISMIの公文書保管庫の捜査を許可、その保管庫でグラディオという秘密部隊が存在していることを示す文書をカッソン判事は見つけた。

 証拠が出てきた以上、アンドレオッチ首相はグラディオの存在を認めざるをえない。そして1990年10月、首相は報告書を公表し、この組織が活動中だということも認めた。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 アンドレオッティ内閣の報告書によると、グラディオが正式な組織に昇格したのは1956年。幹部はイギリスの情報機関で訓練を受け、軍事行動に必要な武器弾薬は139カ所の保管場所に隠されていた。そのひとつが偶然、見つかってしまったわけだ。

 秘密工作を実行するのは独立した部隊で、主要グループの数は40。これらを統括していたのはサルディニア島を拠点としていたCIAで、活動資金を提供していたのもCIAだという。サルディニアの基地が設置されたのは1963年のことだ。

 イタリア政府がこの報告書を提出すると、NATOの広報担当はそうした種類の組織の存在を否定するのだが、翌日には別のスポークスパーソンが前の発言を撤回し、NATOはこうした種類の話にはコメントしないと言い直している。(Philip Willan, “Puppetmasters,” Constable, 1991)

 報告書が出た後、ギリシャのアンドレア・パパンドレウ元首相もNATOの秘密部隊が自国にも存在したことを確認、ドイツでは秘密部隊にナチスの親衛隊に所属していた人間が参加していることも判明した。またオランダやルクセンブルグでは首相が、またノルウェーでは国防大臣が、トルコでは軍の幹部がそれぞれ秘密部隊の存在を認めている。

 スペインの場合、「グラディオは国家だった」と1980年代の前半に国防大臣を務めたアルベルト・オリアルトは言っている。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 このネットワークの起源は1944年に編成された「ジェドバラ」。ドイツ軍の主力は1943年1月にスターリングラードでの戦いでソ連軍に降伏、事実上、戦争の帰趨は決していた。イギリスとアメリカがヨーロッパでの戦争に介入してくるのは事実上、それからだ。

 その流れの中でジェドバラは作られたのだが、目的はレジスタンス対策。レジスタンスの主力はコミュニストだった。イギリスはアメリカを巻き込み、ソ連とレジスタンスに対する戦争を始めたのだ。

 大戦後にOSSが廃止されると分析担当者は国務省へ、諜報/防諜担当者は陸軍省へ所属することになる。ゲリラ戦部隊のジェドバラの一部メンバーは軍へ移動してグリーン・ベレーをはじめとする特殊部隊の創設に関わった。(William Colby, “Honorable Men”, Simon and Schuster, 1978)

 ジェドバラ人脈は大戦後、アメリカのOPCにつながる。この機関は1950年10月にCIAへ吸収され、翌年1月にはアレン・ダレスがOPCとOSOを統括する副長官としてCIAへ乗り込んできた。1952年8月にはOPCが中心になり、CIAの内部に「計画局」が設置される。その存在は秘密にされたが、1970年代に存在と活動が明らかになって非難の声が巻き起こると、73年3月に「作戦局」へ名称が変更された。その後、これはすでに書いたことだが、2005年10月に「NCS(国家秘密局)」へ衣替えし、15年3月に再び「作戦局」へ戻っている。ベトナム戦争で住民を大量殺戮した「フェニックス・プログラム」もこの人脈が実行している。

 この作戦を始めたのはNSC(国家安全保障会議)のメンバーでCIAの分析官だったロバート・コマー。コマーはCIAの分析官で、秘密工作を東南アジアで始めることになる。1967年5月に彼はDEPCORDS(民間工作と革命的開発支援担当のMACV副官)としてサイゴン入りし、6月には彼の提案に基づいてMACVとCIAの合同プログラム「ICEX(情報の調整と利用)」を始動させた。

 ICEXはすぐに「フェニックス・プログラム」へ名称を変更。この作戦に参加していた将校や下士官は合わせて126名、殺人部隊は軍の特殊部隊から引き抜いて編成され、命令はCIAから出ていた。

 秘密工作の実働チームとして動いていたのは、CIAが1967年7月に組織した傭兵部隊のPRU(地域偵察部隊)。フェニックスは「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」だ。

 1968年3月にMACV司令官は ウィリアム・ウエストモーランド将軍からクレイトン・エイブラムズ将軍へ交代、その月にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で農民が虐殺されている。いわゆる「ソンミ事件」だが、これはフェニックス・プログラムの一環だった。

 こうしたアメリカ/NATOの秘密部隊ネットワークが対ロシア戦争を始めたということだ。その中心には米英両国の情報機関、つまりCIAとMI6が存在しているだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301080000/
19:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/01/25 (Wed) 12:14:36

2023.01.24XML
米英の支配者やその従者が主張する「共通の価値観」とは侵略、破壊、殺戮、略奪
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301240000/

 アメリカの歴史は先住の「アメリカ・インディアン」を殲滅、土地を奪い、奴隷に働かせるところから始まる。そのアメリカはイギリスから独立するが、人権を否定するという点で両者に大差はない。アメリカのいわゆる「独立宣言」は「すべての人間は平等」としているが、その人間の中に先住民や奴隷が含まれていないことは歴史が示している。

 西側の支配層やその従者たちは「共通の価値観」なる用語をしばしば使う。彼らが行っていることは侵略、破壊、殺戮、略奪であり、民主的な体制を倒し、民主主義を実現しようとする人びとを排除してきた。それが彼らの真の価値観であり、かつて彼らは「帝国主義者」と呼ばれていた。そうした事実が語られることを嫌い、最近では言論の弾圧を強めている。

 そうした帝国主義的な行為を正当化するため、彼らはしばしば「神」を持ち出す。アメリカを「自由と民主主義」に基づく「正義の国」だと主張する人は、虐殺されたアメリカ・インディアンを「悪魔の創造物」だと考えているのかもしれない。特定の人以外は劣等だとする優生学がイギリスやアメリカで生まれ、発展したことは本ブログでも書いてきた。

 優生学の創始者とされているフランシス・ゴールトンは『種の起源』で知られているチャールズ・ダーウィンの従兄弟にあたる。ダーウィンはトーマス・マルサスの『人口論』から影響を受け、「自然淘汰」を主張していた。当時、イギリスの支配階級に広まっていた信仰だが、その信者にはセシル・ローズも含まれていた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会、その直後に『信仰告白』を書いている。

 その中で彼はアングロ・サクソンを最も優秀な人種だと位置づけ、その領土が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張している。大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するというのだ。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 イギリスで生まれた優生学はアメリカの支配層へ広まり、イギリス以上に社会へ大きな影響を与えることになる。支援者の中心はカーネギー財団、ロックフェラー財団、そしてマリー・ハリマンで、優生学に基づく法律も作られた。

 マリーは鉄道で有名なE・H・ハリマンの妻だが、ハリマン家は金融の世界でも有名。ハリマン家の銀行で重役を務めていたジョージ・ハーバート・ウォーカーの娘と結婚したのがプレスコット・ブッシュだ。プレスコットはウォーカーの下でブラウン・ブラザーズ・ハリマンやユニオン・バンキング・コーポレーションの重役を務めていたが、いずれもウォール街からナチスへ資金を供給する重要なルートだ。同僚のひとりにW・アベレル・ハリマンがいる。

 優生学の信奉者はアングロ・サクソン、ドイツ系、北方系の人種が優秀だと主張、劣等な種を「淘汰」するべきだと考える。そうした考えに引き寄せられたひとりがアドルフ・ヒトラーであり、ウクライナを支配しているネオ・ナチもその神話を信奉している。

 いわゆる『新約聖書』にもそうした思想が書き込まれている。例えば「ヨハネの黙示録」の第7章には天使が「我々の神の僕たちの額の上に我々が印をつけるまでは、地と海と木を害してはならぬ」と語ったとしてある。その僕とは「イスラエルの各支族の中から印をつけられた者」で、その印を付けられた人だけが殺されるのを免れるのだという。(田川健三訳著『新約聖書 訳と註 7 ヨハネの黙示録』作品社、2017年)

 田川健三によると「民族伝説の趣旨からすれば「ユダヤ人」 は十二支族の中の二支族にすぎない」のだが、これは無視されている。勿論、「十二支族」は歴史的な事実に裏付けられていない。(前掲書)

 田川は「黙示録」の中にギリシャ語の文法を理解している人物と初歩の知識もない人物の文章が混在していると指摘、少なくともふたりの人物によって書かれているとしている。大量殺戮に関する記述は後で文法的な知識のない人物によって書き加えられた部分だ。(前掲書)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301240000/
20:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/20 (Mon) 02:22:23

2023.03.20XML
米国政府は20年前の3月20日にイラク侵略を始め、戦乱を世界へ拡大してきた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202303200000/

 アメリカ主導軍がイラクを先制攻撃したのは2003年3月20日早朝のこと。今から20年前のことだ。

 作戦に参加したのは事前にクウェートへ送り込まれていたアメリカ軍兵士24万8000人、イギリス軍兵士4万5000人、オーストラリア軍兵士2000人、ポーランドの特殊部隊GROMの隊員194名、そしてクルドの武装集団ペシュメルガから7万人だという。ここでもポーランドはアングロ・サクソンの補完国として動いている。なおGROMはアメリカ陸軍の特殊部隊デルタフォースとイギリスのSAS(特殊空挺部隊)が1990年台に組織、訓練した軍事組織だ。

 イラクが「大量破壊兵器」を保有しているとアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権は主張していたが、これは嘘だった。2001年9月11日に実行されたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃(9/11)にも無関係。そこで統合参謀本部の内部にはイラクへの軍事作戦に反対する声が存在、実施時期が半年から1年延びたと言われている。

 イラクのサダム・フセイン体制を破壊することは1980年代からネオコンが計画していたこと。フセイン政権を倒して親イスラエル体制を樹立してイランとシリアを分断、それぞれを破壊しようと考えていた。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、1991年に国防次官だったポール・ウォルフォウィッツはイラク、イラン、シリアを殲滅すると口にしていた。9/11から10日ほど後には統合参謀本部で見た攻撃予定国のリストにはイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが載っていたという。(​3月​、​10月​)

 ネオコンは1992年2月、ソ連が消滅した直後に国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成している。作成の中心がポール・ウォルフォウィッツ国防次官だったことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。このドクトリンをベースにしてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」を発表、それに基づき、ジョージ・W・ブッシュ政権は軍事政策を作成している。

 CIAは2002年に対イラク工作を始めているが、その年の11月に中東全域のCIA支局長がロンドンのアメリカ大使館に集められ、IOG(イラク作戦グループ)から対イラク戦争は決定済みであり、嫌なら辞めろと脅されたという。(James Risen, “State of War,” Free Press, 2006)

 大量破壊兵器に関する偽情報をコリン・パウエル国務長官は国連で主張している。パウエルは2003年2月、国連でサダム・フセイン政権が間違いなく生物兵器を開発、生産能力もあると発言しているのだ。パウエルの次官だったシャルロット・ビアーズは「マディソン街の女王」と呼ばれる人物で、大手広告会社の会長兼CEOを務めていた。

 ビアーズの手法は単純化と浅薄化。イメージが問題なのであり、詳しく丁寧には説明しない。イラクへの先制攻撃をアメリカ政府は「イラクの自由作戦」と命名したが、これもビアーズのアドバイスに従ってのことだという。ブッシュ大統領が「この戦争は平和のため」と発言したのも彼女のアドバイスによる。(Alexander Cockburn & Jeffrey St. Clair, “End Times”, CounterPunch, 2007)

 イラクに軍事侵攻したアメリカ軍は破壊と殺戮を繰り広げ、捕虜に対する拷問も明らかになっている。戦争で死亡したイラク人の数を西側の政府やメディアは小さく見積もっているが、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると、2003年の開戦から06年7月までに約65万人のイラク人が殺されたとされている。またイギリスのORBは2007年夏までに94万6000名から112万人、NGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。

 イギリスのトニー・ブレア政権は戦争を支援している。​2015年10月に判明したコリン・パウエルの書いたメモによると、2002年3月28日にブレア首相はパウエルに対し、アメリカの軍事行動に加わると書き送っている。​CIAの動きを見てもブッシュ政権は2002年の段階でイラクを攻撃しようとしていたように見えるが、実行しなかった。統合参謀本部の内部に反対意見があったからだと言われている。イラクへの軍事侵攻に「大義」がなく作戦が無謀だと反対していたというのだ。

 そうした中、ブレア首相はブッシュ大統領に助け船を出す。2002年9月にブレア政権は「イラク大量破壊兵器、イギリス政府の評価」というタイトルの報告書、いわゆる「9月文書」を作成している。これは有力メディアにリークされ、サン紙は「破滅から45分のイギリス人」というセンセーショナルなタイトルの記事を掲載している。

 この報告書をパウエル国務長官は絶賛したが、大学院生の論文を無断引用した代物。別に執筆者がいるとも噂されているが、信頼できるものではなかった。その文書をイギリス政府はイラクの脅威を強調するため改竄する。

 2003年5月にBBCの記者だったアンドリュー・ギリガンはラジオ番組で「9月文書」を取り上げ、内容が粉飾されていると語る。サンデー・オン・メール紙で彼はアラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切って「45分話」を挿入したと主張した。

 ギリガンが「45分話」を語った直後、デイビッド・ケリーが情報源だということをブレア政権は突き止める。ケリーは国防省で生物兵器防衛部門の責任者を務める専門家で、イギリスの情報機関から尋問を受けている。

 ケリーの名前は7月9日にリークされ、7月15に地下要塞に彼は外務特別委員会へ呼び出される。そして7月17日に変死した。公式発表では手首の傷からの大量出血や鎮痛剤の注入が原因で、自殺だとされているのだが、手首の傷は小さく、死に至るほど出血したとは考えにくい。

 ケリーと親しい言語学者のマイ・ペダーソンによると、ケリーは古傷のため、右手でブリーフケースを持ったりドアを開けたりすることができなかった。右肘に障害があったのだ。(Miles Goslett, “An Inconvenient Death,” Head of Zeus, 2018)

 ステーキを切ることもできなかったとも言われ、その右手で左手の手首を切ったという主張には無理がある。救急救命士のバネッサ・ハントによると、ケリーの左の手首には乾いた血がこびりついているだけで傷は見えなかったという。ハントの同僚であるデイビッド・バートレットはケリーの服についていた血痕は、ジーンズの膝についていた直径4分の1インチ(6ミリメートル)程度のものだけだったと証言している。(前掲書)

 しかも手首を切ったとされるナイフから指紋が検出されていない。死体の横には錠剤が入った瓶が転がっていたのだが、その瓶からもケリーの指紋は検出されていない。

 また、最初に発見されたときには木によりかかっていたとされているが、救急救命士と救急隊員は仰向けになっていたと証言、ふたりの救急関係者が現場へ到着したとき、ふたりの警官だけでなく「第3の男」の男がいたともしている。これ以外にもケリーの死には謎が多い。

 ケリーはイラクの大量破壊兵器がないとブレア首相に説明していたのだが、そのブレアは偽情報で世論を戦争へと誘導しようとしていた。それに恐怖したケリーはギリガンに事実を伝え、それから間もなく死亡した。その後、BBCはブレア政権から激しく攻撃された。執行役員会会長とBBC会長は辞任に追い込まれ、ギリガンもBBCを離れることになる。現在のBBCはそうしたトラブルに巻き込まれることはなさそうだ。

 ブッシュ大統領は2003年の一般教書演説の中でサダム・フセインがアフリカから相当量のウラニウムを入手しようとしていると主張しているが、イラクがニジェールからイエローケーキを購入することで合意したという覚書を調査したジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使は大統領の発言が事実に反すると2003年7月6日付けニューヨーク・タイムズ紙に書いている。

 IAEA(国際原子力機関)もその文書を入手、文書をチェックしたところ、基礎的な事実関係を間違えている稚拙な代物で、すぐに偽物だと見抜いている。

 ウィルソンの告発記事が出た8日後、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ロバート・ノバクはコラムの中で、ウィルソンの妻であるバレリー・ウィルソン(通称、バベリー・プレイム)がCIAの非公然オフィサーだという事実を暴露した。

 アメリカ主導軍がイラクを先制攻撃した後、中東から北アフリカにかけての地域は戦乱で破壊され、人びとは塗炭を舐めさせられている。ネオコンは戦乱をウクライナへも飛び火させ、現在、東アジアの破壊を目論んでいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202303200000/
21:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/03/26 (Sun) 08:09:19

2023.03.26XML
シリアで不法占領を続けるアメリカ軍の基地に対する攻撃が続いている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202303260000/

 シリア北部にあるアメリカ軍の基地が3月23日に無人機で攻撃され、ひとりが死亡したと伝えられている。ジョー・バイデン米大統領は報復攻撃をロイド・オースチン国防長官に命令、アメリカ中央軍はシリア東部の施設を空爆したが、それに対する報復で24日にはアル・オマール近くにある別の基地がロケット攻撃を受けた。イランのネットワーク局アル・アラムによると、25日には20機以上のロケットでふたつのアメリカ軍基地が攻撃されたという。

 ジョージ・W・ブッシュ米大統領はネオコンの戦略に基づき、「大量破壊兵器」に関する偽情報を流して環境作りをした上でアメリカ主導軍にイラクを先制攻撃させ、サダム・フセイン体制を破壊した。2003年3月20日早朝のことだ。

 しかし、イラクに親イスラエル政権を築くことに失敗、アメリカ軍による占領は今も続いている。この軍事作戦で殺されたイラク人は100万人程度とも言われている。

 例えば、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると、2003年の開戦から06年7月までに約65万人のイラク人が殺され、イギリスのORBによると、07年夏までに94万6000名から112万人が死亡、またNGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたと推測している。

 正規軍の投入は機能しないと考えたのか、バラク・オバマ米大統領は2010年8月にPSD-11を承認してムスリム同胞団を使った体制転覆作戦を始動させる。そして始まるのが「アラブの春」だ。その流れの中で​アメリカ、イギリス、フランスを含む国々がリビアやシリアに対する軍事侵略を始めた​。この戦術はオバマの師にあたるズビグネフ・ブレジンスキーが1970年代に始めたもので、​「アル・カイダ」の仕組み​はその時に作られた。


 リビアでは2011年10月にムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィ本人はその際に惨殺された。その際、アル・カイダ系武装集団とNATO軍の連携が明らかになり、​反カダフィ勢力の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられている​。

 アル・カイダはCIAが訓練した戦闘員の登録リストで、戦闘員の募集活動をしていたのがオサマ・ビン・ラディンだと言われている。一般的にアル・カイダのリーダーだと言われ、イコンとして扱われていた人物だ。このビン・ラディンは2011年5月、アメリカ海軍の特殊部隊によって殺害されたとされている。イコンを消したとも言えるだろう。

 2012年からオバマ政権はシリア侵略に集中する。リビアから戦闘員や武器をNATO軍がシリアへ運び、軍事支援を強化するのだが、そうした行為を正当化するためにシリア政府を悪魔化するための偽情報を流した。

 例えば、シリア北部ホムスで2012年5月に住民が虐殺されると、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと宣伝した。イギリスのBBCはシリアで殺された子どもの遺体だとする写真を掲載しているが、この写真は2003年3月にイラクで撮影されたもの。オーストリアのメディアは写真を改竄し、背景を普通の街中でなく廃墟に変えて掲載していた。

 こうした西側有力メディアの偽報道をローマ教皇庁の通信社が伝えている。例えば、メルキト東方典礼カトリック教会の修道院長を務めていたフィリップ・トルニョル・クロはホムスでの住民虐殺事件を調べるために現地へ入って調査、西側の宣伝が嘘だという結論に達し、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている」と2012年6月に報告している。

 西側の有力メディアは当初、現地の情報源としてシリア系イギリス人のダニー・デイエムなる人物を使っていた。ところがデイエムが撮影スタッフと演出の打ち合わせをしている場面が2013年3月にインターネット上へ流出、中継はフィクションだということが明らかになる。

 2012年8月にはアメリカ軍の情報機関​DIAが反シリア政府軍の主力はアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)であり、その中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だと指摘​、アル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだとしている)の名前も報告書の中に出している。オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないということだ。

 オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していたが、これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形で現実になった。

 その2012年8月にオバマ政権は軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めた。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言したのだ。シリア軍が予想外に強く、アメリカ軍、あるいはNATO軍が介入しなければならないと判断したようだ。

 2012年12月になると、ヒラリー・クリントン国務長官がシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールにシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)

 そして2013年3月にアレッポで爆発があり、26名が死亡したのだが、そのときに化学兵器が使われたという話が流れる。シリア政府は侵略軍であるジハード傭兵が使用したとして国際的な調査を要請するが、イギリス、フランス、イスラエル、そしてアメリカは政府軍が使ったという宣伝を展開する。

 しかし、​攻撃されたのがシリア政府軍の検問所であり、死亡したのはシリア軍の兵士だということをイスラエルのハーレツ紙が指摘​、​国連独立調査委員会メンバーのカーラ・デル・ポンテも反政府軍が化学兵器を使用した疑いは濃厚だと発言​している。

 2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧される。ダーイッシュの登場だ。モスル制圧の際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられたのだが、こうした戦闘集団の動きをアメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで知っていたはず。そうしたパレードは格好の攻撃目標だが、アメリカ軍は動かなかった。

 アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示し、クリントン国務長官らと対立していたが、ダーイッシュは残酷さをアピール、アメリカ/NATO軍の介入を誘う。

 オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとする報告を出したDIAの局長、マイケル・フリンは2014年8月に退役を強いられていたが、それだけでなくヘーゲルは2015年2月に解任、デンプシーは同年9月に再任を拒否されている。オバマ大統領は戦争体制を整えた。そこでロシアはシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団を敗走させた。

 そこでアメリカはクルドと手を組むのだが、これによってアメリカとトルコの関係が悪化する。現在、アメリカ軍はシリア領内に900名程度の部隊を侵攻させ、10カ所とも20カ所とも言われる数の軍事基地をシリアに建設、不法占領を続けている。

 そうした基地のひとつであるアル・タンフではアメリカとイギリスの特殊部隊が反シリア政府軍を訓練、2018年9月にはアメリカ軍が軍事演習を実施、最近ではウクライナでロシア軍と戦わせるために戦闘員を訓練しているとも言われている。

 シリア領内のアメリカ軍は侵略者以外の何ものでもない。アメリカ軍に対する攻撃はシリア人の権利である。


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22:保守保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/04/04 (Tue) 05:55:55



2023.04.04XML
日本に中露との戦争を準備させているのは米国を支配する私的権力
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304040000/

 東アジアでの軍事的な緊張が急速に高まっているが、そうした状況を作り出しているのはネオコンをはじめとするアメリカの好戦派にほかならない。岸田文雄、菅義偉、安倍晋三、野田佳彦、菅直人・・・いずれの内閣ともネオコンの操り人形にすぎない。日本の政治家に焦点を合わせた議論は無意味だ。

 日本は中国やロシアと戦争する準備を進めているが、それはアメリカの支配層から命令されてのこと。アメリカ政府も背後の強大な私的権力に操られている。その私的権力は19世紀に作成した世界制覇計画に基づいて動いてきた。「軍産複合体の利益」の利益は副産物にすぎない。





 日本は明治維新以来、イギリスとアメリカの私的権力、より具体的に言うならば米英金融資本に支配されてきた。その支配システムが天皇制官僚体制であり、この構図は第2次世界大戦の前も後も基本的に変化していない。明治体制が続いているのだ。

 勿論、そうした流れの中にも波はある。直近の波は1991年12月にソ連が消滅した時に始まった。その波の性格は1992年2月に国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)草案に書かれている。

 20世紀の前半からアメリカの国務省はファシストの巣窟だったが、その背後には金融資本が存在していた。ナチスの資金源がウォール街やシティ、つまりアメリカやイギリスの金融資本だということは本ブログでも繰り返し書いてきた通り。

 近代ヨーロッパは南北アメリカ大陸、アフリカ、アジア、オーストラリアなどから資源、財宝、知識を略奪して始まった。

 まず、11世紀から15世紀にかけて中東を軍事侵略(十字軍)、財宝や知識を手に入れ、スペインやポルトガルは15世紀になると世界各地で略奪を開始する。1521年にはエルナン・コルテスが武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、それ以降、金、銀、エメラルドなどを略奪、先住民を使って鉱山を開発した。

 そうして手に入れた財宝を海賊に奪わせていたのがイギリス。14世紀から16世紀にかけて起こったルネサンスはそうした略奪と殺戮の上に成り立っている。

 インドへの侵略と略奪で大儲けしたイギリスは中国(清)に手を伸ばすが、経済力では太刀打ちできない。そこで中国にアヘンを売りつけ、1839年から42年にかけて「アヘン戦争」を仕掛けた。1856年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」。この戦争でイギリスが手に入れた香港はその後、秘密工作や麻薬取引の拠点になる。犯罪都市になったとも言える。

 こうした戦争でイギリスは勝利したものの、征服はできなかった。戦力が足りなかったからだ。そこで目をつけたのが侵略拠点としての日本列島であり、傭兵としての日本人だ。イギリスは長州と薩摩を利用して徳川体制を倒す。これが明治維新であり、天皇制官僚体制の始まりだ。

 こうした仕組みを揺るがす出来事が1932年にアメリカで起こる。巨大資本の意向通りに動かないニューディール派のフランクリン・ルーズベルト(FDR)が大統領に選ばれたのだ。そこでウォール街の大物たちがクーデターを計画したことは本ブログでも繰り返し書いてきた。FDRの立場は反ファシズム、そして反帝国主義でもあり、そのために帝国主義者のウィンストン・チャーチルとは関係が良くなかった。

 ウォール街やシティはナチスへ資金を提供、ナチスが実権を握るとドイツとロシアとの関係は悪化する。1941年5月にはアドルフ・ヒトラーの忠実な部下だったルドルフ・ヘスが単身飛行機でスコットランドへ飛んび、イギリス政府と何らかの話し合いを持つ。ドイツ軍がソ連に対する侵攻作戦を始めたのはその翌月だ。この侵攻作戦はバルバロッサ作戦と呼ばれているが、この時に東へ向かったドイツ兵は約300万人、西部戦線に残ったドイツ軍は90万人だけだと言われている。

 これだけの作戦を実行するためには半年から1年の準備期間が必要であり、1940年夏から41年初頭から準備を始めていたと推測できる。その時期、つまり1940年9月7日から41年5月11日にかけてドイツ軍はロンドンを空襲していた。4万人から4万3000名のロンドン市民が死亡したという。ドイツ軍によるロンドン空襲は陽動作戦と考えることができる。

 ソ連の外交官や情報機関は1941年1月の段階でドイツ軍がその年の6月からソ連侵攻作戦を始めるとクレムリンに警告していたが、ヨシフ・スターリンは動かなかった。ロシア革命以降、ソ連軍とドイツ軍の関係は良く、スターリンはその関係を警戒していたとも言われている。

 実際、ドイツ軍は1941年6月にソ連に対する軍事侵略を開始、7月にはレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫った。イギリスは動かない。

 アドルフ・ヒトラーは10月3日、ソ連軍は敗北して再び立ち上がることはないとベルリンで語り、またチャーチル英首相の軍事首席補佐官を務めていたヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測していた。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015)

 1941年12月に日本軍はマレー半島と真珠湾を奇襲攻撃してイギリスだけでなくアメリカとも戦争を始めるが、その翌月、1942年1月にドイツ軍はモスクワでソ連軍に降伏する。この段階でドイツの敗北は決定的だった。アメリカが参戦しなくてもヨーロッパではドイツが敗北し、ソ連が勝利することは確定的だった。

 ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まる。当初はドイツ軍が優勢に見えたが、11月になるとソ連軍が猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲された。そして1943年1月にドイツ軍は降伏。その月にFDRとチャーチルはモロッコのカサブランカで協議、シチリア島上陸作戦が決まる。この作戦は1943年7月に実行されるが、これは対ソ連戦の始まりだ。ハリウッド映画で有名なノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月になってからである。

 この年の11月にアメリカでは大統領選挙があり、FDRが勝利した。すでにドイツの敗北は決定的であり、必然的に日本の敗北も視野に入っていた。戦争終結後にもFDRが大統領を務めるということは、ウォール街とファシズムとの関係が追及される。

 金融資本にとって危機的な状況だと言えるが、こうした事態にはならなかった。FDRが1945年4月12日に急死したからだ。中心人物を失ったニューディール派の影響力は急速に弱まり、「赤狩り」もあってホワイトハウスの政策が帝国主義に戻る。

 ドイツはFDRが死亡した翌月の1945年5月に降伏、チャーチルをすぐにソ連への奇襲攻撃を目論み、JPS(合同作戦本部)に対して作戦を立案を命令、5月22日に提出された案が「アンシンカブル作戦」だ。

 その作戦によると、攻撃を始めるのは1945年7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦は発動しなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからである。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 この作戦を無用にした別の理由が7月16日にニューメキシコ州のトリニティ実験場で実施されたプルトニウム原爆の爆発実験。この実験の成功で原爆製造への道が開け、正規軍による奇襲攻撃の必要がなくなったのである。爆発実験の実施日は当初、7月18日と21日の間とされていたが、ハリー・トルーマン大統領の意向でポツダム会談が始まる前日に行われた。

 トリニティでの実験成功を受けてトルーマン大統領は原子爆弾の投下を7月24日に許可。そして26日にアメリカ、イギリス、中国はポツダム宣言を発表、8月6日に広島へウラン型を投下、その3日後に長崎へプルトニウム型を落としている。

 原子爆弾の研究開発プロジェクトはマンハッタン計画と呼ばれているが、その計画を統括していた陸軍のレスニー・グルーブス少将(当時)は1944年、同計画に参加していたポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、その計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017)

 8月6日に広島へ原爆を投下しなければならない理由もあった。1945年2月、クリミアのヤルタ近くで開かれたアメリカ、イギリス、ソ連の首脳による話し合いでソ連の参戦が決まっていたのだ。ドイツが降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結してから2カ月から3カ月後にソ連が日本に宣戦布告するという取り決めがあった。

 この時のアメリカ大統領はルーズベルト。ソ連が参戦して中国東北部へ軍事侵攻、そのまま居座る事態をトルーマン政権は避けたい。中国を国民党に支配させようとしていたからだ。ソ連に撤退させる「何か」が必要だった。

 ナチスによるソ連征服が失敗し、大戦は終結、チャーチルは1946年3月にアメリカのフルトンで「鉄のカーテン演説」を行い、「冷戦」の幕開けを宣言した。公開されたFBIの文書によると、チャーチルは1947年にアメリカのスタイルズ・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得してほしいと求めている。(Daniel Bates, “Winston Churchill’s ‘bid to nuke Russia’ to win Cold War - uncovered in secret FBI files,” Daily Mail, 8 November 2014)

 このチャーチルを「最初のネオコン」と呼ぶ人もいるが、ネオコンは1992年2月にDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成した。「唯一の超大国」になったアメリカは他国に配慮することなく単独で好き勝手に行動できる時代が来たと考えたのだ。

 そのドクトリンは第1の目的を「新たなライバル」の出現を阻止することだとしている。旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、東南アジアにアメリカを敵視する勢力が現れることを許さないというわけだ。言うまでもなく、日本がアメリカのライバルになることも許されない。その上でアメリカの戦争マシーンの一部になるということだ。

 その時の国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツだ。そのウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、DPGは「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 そのドクトリンに基づき、ジョセイフ・ナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。日本に対し、アメリカの戦争マシーンの一部になれという命令だろうが、当時の日本にはその道を歩こうとしない政治家もいたようだ。

 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)た。その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。

 結局、日本は戦争への道を歩み始め、自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作り、23年には石垣島でも完成させた。

 アメリカの国防総省系シンクタンク​「RANDコーポレーション」が昨年に発表した報告書​によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。

 岸田政権は昨年12月16日に 「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定し、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額し、「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。日本政府が言う「敵基地」には軍事基地のほか工業地帯やインフラも含まれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304040000/
23:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/04/09 (Sun) 08:11:11

2023.04.09XML
日米の対中露戦の最前線で陸上自衛隊のヘリコプターが墜落
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304080000/

 陸上自衛隊のUH-60JAヘリコプターが宮古島の北西海域でレーダーから機影が消え、胴体前方下部や側面ドア、回転翼の羽根などが見つかったという。墜落したと見られているが、原因は不明のようだ。パイロットが空間識失調、あるいは心臓発作で操縦できなくなったのかもしれない。

 宮古島には2019年に陸上自衛隊の駐屯地が建設されている。同じ年に奄美大島で、また2016年には与那国島、そして今年3月16日には石垣島でも自衛隊の施設ができている。

 これらの軍事施設がアメリカの戦略と深く関係していることはアメリカ国防総省系のシンクタンク​「RANDコーポレーション」が昨年に発表​している。アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされている。

 アメリカは中国だけでなくロシアとの国境沿いにミサイルを配備してきた。両国を軍事的に威圧し、場合によっては先制攻撃することが目的である。「防衛」というタグを付けようと意味はない。

 アメリカの偵察機U2がキューバで8カ所の対空ミサイルSA2の発射施設を発見、9月には3カ所の地対空ミサイル発射装置を確認(Jeffrey T. Richelson, "The Wizards of Langley," Westview Press, 2001)、10月には戦艦と戦闘機でキューバを海上封鎖した。「キューバ危機」だ。

 ソ連がキューバへミサイルを運び込んだ理由はアメリカの核攻撃計画にあったと見られている。SAC(戦略空軍総司令部)は1954年、600発から700発の核爆弾をソ連に投下して118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという作戦を作成、さらに300発の核爆弾をソ連の100都市で使うという「ドロップショット作戦」も計画していたのだ。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、​統合参謀本部のライマン・レムニッツァー議長やSAC(戦略空軍総司令部)の司令官だったカーティス・ルメイなど好戦派は1963年の後半にソ連を奇襲攻撃る予定だった​という。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていた。ソ連が反撃するためにはアメリカの近くから中距離ミサイルを発射するしかない。


 キューバ危機でケネディ大統領は10月22日キューバの海上封鎖を宣言したが、ライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長やカーティス・ルメイ空軍参謀長など統合参謀本部の好戦派は即日ソ連を攻撃するべきだと詰め寄っていたという。

 その好戦派はソ連の反撃能力を過小評価、SACはDEFCON3(通常より高度な防衛準備態勢)へ引き上げ、22日には一段階上のDEFCON2にする一方、ソ連を空爆する準備をしている。

 その一方、10月27日にはアメリカ海軍の空母ランドルフを中心とする艦隊の駆逐艦ビールがソ連の潜水艦をカリブ海で発見、対潜爆雷を投下している。攻撃を受けて潜水艦の副長は参謀へ連絡しようとするが失敗、アメリカとソ連の戦争が始まったと判断した艦長はふたりの将校に核魚雷の発射準備への同意を求めた。

 核魚雷は発射されなかったのは、 たまたま乗り合わせていた旅団参謀が発射の同意を拒否したからだ。この核魚雷の威力は広島に落とされた原子爆弾と同程度で、もし発射されていたなら、現場にいたアメリカの艦隊は全滅、核戦争に突入した可能性が高い。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012 / Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury USA, 2017)

 アメリカ軍がヨーロッパや日本で行っていることは、キューバ危機においてソ連が行ったことよりも挑発的だ。なぜ陸上自衛隊のヘリコプターが宮古島の周辺を飛行していたのかを考えなければならない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202304080000/
24:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/03 (Wed) 19:43:09

2023年05月03日
リビアが仕置きされた理由 / 正義の利益戦争(2)
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石油を求めて戦う米国/ 資源掠奪闘争

George Bush 5523Obama 24

 アメリカ合衆国は「世界の警察官」を気取り、「自由」や「人権」あるいは「デモクラシー」を掲げて外国、とりわけ非西歐世界の“独裁国”に対して内政干渉を行うが、いざ本気で戦争に突入する時には、いつも「実利」や「掠奪」がその動機となっている。今回のウクライナ紛争だって、侵掠を受けたウクライナ国民を支援し、ロシア軍をたたき出すための軍事支援なんて嘘。本丸はプーチン政権の打倒で、他にどんな目的があるのか判らないけど、何となく察しがつくのは、石油利権の獲得やロシア帝国の解体などが軍事介入の動機になっていることだ。

  アメリカは自国を棚に上げて外国の独裁者を非難する。北鮮と如何なる裏取引をしているのか判らないが、一応、金王朝を譴責し、イランの独裁体制も咎めている。親子二代で合衆国大統領になったブッシュ家は、イラクのサダム・フセイン大統領を標的にし、奸計を用いてイラクを叩き潰してしまった。息子のジョージ・ウォーカーは、9/11同時テロの真犯人を追及せずに、「アルカイダのテロリスト」が実行犯と決めつけ、まともな科学捜査をせずにイラク戦争へとアメリカ国民を駆り立てた。

  標的にされた独裁者の末路は本当に惨めだ。2003年、ティクリートにある農家に隠れていたサダム・フセインは、「暁作戦(Operation Red Down)」の襲撃を喰らい、バグダードにある米軍基地(Camp Copper)へと輸送された。この囚人はホワイトハウスが裏で操る「イラク特別法廷」に引きずり出され、イラクの元大統領は、「人道に対する罪(crimes against humanity)」とやらで絞首刑の判決を受けた。

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(左 : 襲撃を受けたサダム・フセイン / 中央 : 囚人となったサダム・フセイン / 右 : 大統領時代のサダム・フセイン)

  2006年12月30日、サダム・フセインは首にロープを巻き付けられ、吊るし首の刑に処せられた。絞首刑の間際、ある傍観者が「地獄へ落ちろ!」と叫ぶと、それを聞いたサダムは「イラクのことか?」と言い返したそうだ。(Claudia Parsons, 'Fallen Tyrant taunted in Saddam video', Reuters, January 1, 2007.) サダムの側に居た覆面の衛兵は、この死刑囚に向かって「お前は俺達を滅茶苦茶にし、俺達を殺した。そして、俺達は破壊された土地に暮らす破目になったんだ!」と罵倒したそうである。

  しかし、サダムはちっとも頷かず、こう言い放った。「私はお前達を破壊と窮乏から救ってやったんだぞ。そして、お前達の敵であるペルシア人とアメリカ人をやっつけたんだからな !」と反論したそうである。(Marc Santora, 'On the Gallows, Curses for U.S. and Traitors', The New York Times, December 31, 2006. )ここでちょっと不思議なんだけど、死を悟ったサダムは、心底憎んでいるはずのイスラエルやアメリカのユダヤ人に言及しなかったのか? この政治指導者が「グレーター・イスラエル計画」を知らなかったとは思えないのだが・・・。

  欲望に駆られたアメリカよる“鉄拳制裁”には容赦がない。「アルカイーダ」の首領と目されたウサマ・ビン=ラディン(Osama bin Mohammed bin Awad Laden)も仕置きに掛けられ、「ネプチューの槍作戦(Operation Neptune Spear)」で殺されてしまった。

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(左: 処刑されるサダム・フセイン / 右 : 中東アジア地域を逃亡中のウサマ・ビン・ラディン )

2011年、5月2日、バラク・フセイン・オバマ大統領の「暗殺命令」を受けた「海軍特殊部隊(SEAL Team Six)」は、第160特殊空挺部隊(DEVGRU / Night Stalkers)と共にパキスタンのアボッタードへ向かい、ビン=ラディンが潜んでいる建物に侵入すると、中に居た標的を射殺した。サダムの遺体はティクリットに埋葬されたが、ウサマの遺体は故郷での埋葬を許されず、空母カール・ヴスンソンで葬儀が執り行われ、遺体は海に沈められたという。射殺された者が、本当にオサマかどうか判らないけど、一応、テロリストの主犯は抹殺されたことになっている。

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(左 : ビン・ラデスンを射殺した海軍特殊部隊のロバート・オニール / 右 : SEALSの襲撃現場を目にするオバマとバイデン、ヒラリー・クリントン、ロバート・ゲイツ )

  レーガン政権の頃から“目障り”だったリビアの“狂犬”、ムアマール・カダフィー大佐(Col. Muammar Muhammad Abu Minyar al-Gaddafi)も抹殺されてしまった。2011年、隣国のチュニジアで「ジャスミン革命」が起こると、その余波がリビアに飛び火し、リビアではカダフィーの退陣を求めるデモが巻き起こったそうだ。歐米諸国の悪党に嗾(けしか)けられたリビア国民は、「反カダフィー政権」の御旗を翻し、憎い“独裁者”を倒そうとした。民衆の蜂起によってカダフー政権は崩壊し、権力の座を失ったカダフィー大佐は、抵抗しながら退却をしていたそうだ。

Gaddafi 743(左 / 若い頃のカダフィー大佐 )
  しかし、この独裁者も運が尽きてしまう。反カダフィーの国民評議会によってリビアは内乱に陥り、そこへNATOの空爆も加わったから、カダフィーの拠点は難なく制圧されてしまった。攻撃を喰らったカダフィー大佐は、護衛に伴われながら逃亡を試みるが、反政府勢力によって身柄を拘束されてしまう。実際に、どのような死を迎えたのか判らないが、拘束され輸送される途中で民兵のリンチに遭ってしまい、暴行されたカダフィーは血塗れだった。(この私刑は携帯電話で撮影され、凄まじい光景を撮した動画は世界中に配信された。)

  独裁者の末路は本当に惨めなもので、殴る蹴るの暴行を受けたカダフィーは、命乞いをしたそうで「こんなのは主が赦さないぞ!」と叫んだが、民兵の一人は構わず、「これはミスラタの分だ、犬野郎!」と大佐の頬をビンタした。カダフィーは「お前、善悪の区別が無いのか?!」と言い返したが、別の民兵は「うるせぇ! この犬野郎!」と罵ったそうだ。(Rania El Gawal, Clues to Gaddafi's death concealed from public view,' Reuters, October 23, 2011.)ちなみに、「ミスラタ」とは、反カダフィー勢力が拠点した土地の一つで、カダフィー軍の攻撃により大勢の人々が殺されていた。

Gaddafi 001Gaddafi 002
(上写真 / 民兵からのリンチを受け、血塗れになったカダフィー)

  リンチの動画は手ぶれが酷かったけど、その残酷さはひしひしと伝わっていた。トラックのボンネットに押しつけられたカダフィーは血塗れで、彼の周囲では歓喜の声と祝杯の銃声が鳴り響いていた。どのように処刑されたのか定かではないが、捕らえられた元国家指導者が嬲(なぶ)り殺しの目に遭ったことは確かだ。服を引きちぎられ、髪を捕まれてうめき声を上げるカダフィーの姿は誠に惨めで、これはアフリカの独裁者にとっては決して「他人事」ではない。

  「アムネスティー・インターナショナル」のハト派やボンクラ左翼は、こうしたリンチを「人権違反である!」と批判したが、それなら暗殺命令を次々と出したオバマ大統領に言ってやればいいじゃないか! 日本人はオバマをリベラル派の希望と見なしていたが、実際は、白いアメリカを憎む赤い黒人で、「邪魔者は容赦なく始末する」という信条を持っていた。地上波テレビは報道しなかったけど、オバマ政権には秘密の「抹殺リスト(kill list)」があったそうだ。(Ian Cobain,‘Obama's secret kill list – the disposition matrix,’The Guardian , 14 July 2013.)

Hillary Clinton 324Sidney Bloomenthal 11(左 : ヒラリー・クリントン / 右 : シドニー・ブルーメンタール )
  日本の保守系雑誌も言及しなかったが、リビアでの政変はデモクラシーの問題じゃなく、米国の石油支配と金融システムが絡んでいた。当時、国務長官だったヒラリー・クリントンは、顧問弁護士で側近のシドニー・ブルーメンタール(Sidney Bloomenthal)と電子メールの遣り取りをしていたが、二人の思惑は後にバラされることになる。2011年4月2日の電子メールで、ブルーメンタールはヒラリーに対し、以下のように伝えていた。

  カダフィーは143トンのゴールドを持っており、シルバーも同じくらい持っているぞ。・・・この金(gold)は反乱の前から貯め込まれていて、全アフリカで流通させるつもりの通貨、すなわち、金で裏付けされたディナール(Dinar)を確立させる魂胆なんだ。この計画によれば、ディナールはフランス語圏のアフリカ諸国で供給され、フランスがアフリカで用いているCFAに取って代わる貨幣となるだろう。 (Ellen Brown,'Why Qaddafi had to go: African gold, oil and the challenge to monetary imperialism', Ecologist, 14th March 2016.)

CFA francCFA franc 212
(上写真 / CFA francの紙幣と硬貨 )

  この「CFA franc」とは、アフリカ大陸で流通する通貨のことで、「アフリカ金融共同体フラン(Communauté Financière Africaine franc)」の略である。フランス政府はアフリカ大陸にある旧植民地を手放さず、経済や金融の面で支配を続けようと謀った。そこで、貿易の決済をCFA francで行うことにし、いつまでもフランスに頼る構造を築き上げたのである。この通貨が使用される地域というのは、「西アフリカ経済・通貨同盟(WAEMU)」や「中央アフリカ経済・通貨同盟(CAEMC)」に属する国々で、具体的に言えば、ベニン、ブルキナ・ファソ、コート・ジヴォアール、ギニア・ビサウ、マリ、ニジェール、セネガル、トーゴーならびに、チャド、カメルーン、コンゴ、赤道ギニア、ガボンなどである。

  リビアはカダフィーが有していた金銀だけじゃなく、石油の生産量や埋蔵量もこれまた凄い。2008年から2010年の頃だと、確認された石油の埋蔵量は約443億バレルで、これは世界第8位。アフリカのみだと第1位となる。天然ガスの確認埋蔵量もかなりのもので、1.54兆立方フィートもあるらしい。近年は石油の生産量も増加し、2015年だと2,050万トンであったが、2018年には4,750万トンへと増えていた。

Gaddafi 7409Susan Rice 213(左 : 退陣前のカダフィー / 右 : スーザン・ライス)
  となれば、もしもカダフィーが金を背景にしたディナールを流通させ、USドルの代わりにアフリカの共通通貨で石油の取引を開始したら、米国のドル支配体制にヒビが入ってしまうだろう。サダム・フセインもUSドルでの決済を止め、EUのユーロで石油の取引を行おうと考えたから、歐米の逆鱗に触れ、石油業界の大御所に“しばかれた”という訳だ。また、ニコラ・サルコジ大統領もフランスの支配を危うくするカダフィーの存在を忌々しく思っていた。フランスがリビアの仕置きに賛成したのも当然だ。

  ちょっと考えれば判るけど、歐米諸国がリビアの政治に介入した理由が、そもそも馬鹿らしい。例えば、アメリカはカダフィーの「レイプ政策」を咎めていた。聞くところによれば、カダフィー大佐は部下(兵隊)にヴァイアグラ(Viagra)を配り、ボーナスみたいに女を強姦させようとしたらしい。本当かどうか知らないけど、この卑劣な計画に対し、米国の国連大使を務めるスーザン・ライス(Susan Rice)はカンカンだった。彼女は国連総会の場で抗議の書簡を叩きつけたというのだ。でも本音では、ペトロ・ダラー(perto-dollar)の駆逐とアフリカ連合(African Union)の解体が目的だったんじゃないか? カダフィーはゴールドを基にした独自通貨を発行し、天然資源の豊富なアフリカ諸国を結束させようとしたから、アメリカの石油マフィアが激怒したんだろう。

  次回へ続く。
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25:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/11 (Thu) 18:19:25

台湾をめぐる戦争を始めるのは 中国ではなくアメリカ
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14111986
26:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/19 (Fri) 16:41:55

2023.05.19XML
侵略と略奪で築かれた近代ヨーロッパ文明が崩れ始め、新しい時代へ入りつつある
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202305190000/

 イギリスの支配者は19世紀から世界制覇を目指している。ユーラシア大陸の周辺を海軍力で支配し、内陸部を締め上げるという戦略を立てたのだが、それを可能にしたのはスエズ運河の完成だと言えるだろう。その戦略をアメリカは引き継ぎ、ロシアや中国と戦争を始めた。

 アメリカとイギリスによる海上封鎖戦略に対抗するため、中国は海上ルート(海のシルクロード)と陸上ルート(陸のシルクロード)を合わせた「一帯一路(BRI)」を計画、2015年にはロシアが進めてきたユーラシア経済連合(アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア)と連結させると宣言している。

 海上ルートの支配力を強化するため、アメリカ軍は2018年5月に「太平洋軍」を「インド・太平洋軍」へ作り替え、日本を太平洋側の拠点に、またインドをインド洋側の拠点と位置付けた。インドネシアは両海域をつなぐ場所だしている。

 日本に続き、韓国、台湾、フィリピンへの支配力を強め、最近ではタイに従属政権を作る道筋ができたが、インドとインドネシアはアメリカと一線を画している。海のシルクロードはアメリカの脅威にさらされているわけだ。

 そうしたこともあり、インドのムンバイからイラン、アゼルバイジャンを経由し、ロシアのサンクトペテルブルグを鉄道、道路、船でつなぐ「南北輸送回廊」が作られている。​5月17日にロシア政府とイラン政府はイランのラシュトとアスタラを結ぶ鉄道の建設に関する調印式を催した​。すでにアスタラとアゼルバイジャンのサリヤンを結ぶ道路は開通している。

 ロシアや中国は交易で世界を安定化させ、ビジネスにつなげようとしているが、近代ヨーロッパは11世紀から15世紀にかけて中東を「十字軍」で侵略し、財宝や知識を手に入れるところから始まっている。

 スペインやポルトガルは15世紀に世界各地で略奪を開始、1521年にはエルナン・コルテスが武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪う。それ以降、金、銀、エメラルドなどを略奪、先住民を使って鉱山を開発した。この時に略奪した財宝の総額は明確でないが、「近代ヨーロッパ文明」の基礎になったことは間違いないだろう。イギリスはスペインやポルトガルが盗んだ財宝を海賊に襲わせ、奪っていた。

 南部アフリカの侵略でもイギリスは富を築いた。1866年にアフリカの南部地域でダイヤモンドが発見され、86年にはトランスバール(南アフリカ北東部)で大量の金が発見される。それを知ったセシル・ローズは南アフリカへ移住、ダイヤモンド取引で財をなし、デ・ビアスを創設した。ローズに融資していた金融機関はNMロスチャイルド&サンである。

 その後、トランスバールへの侵略に失敗したローズはイギリスへ戻ってナサニエル・ロスチャイルドと会う。ロスチャイルドはウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてアルフレッド・ミルナーと緊急会談を開いて対策を練る。このグループの人脈は今でも大きな支配力を維持している。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 ロスチャイルドは金融界に君臨する大物であり、ステッドは多くのメディアを支配して情報操作を行っている。ブレッドは心霊主義の信者としても知られているビクトリア女王の相談相手で、後にエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めた。(前掲書)

 1899年から1902年にかけての南アフリカ戦争でトランスバールとオレンジは併合され、イギリス領になっていたケープ植民地とナタールに新しく併合した2領地を合わせてできたのが南アフリカ連邦だ。その後オランダ系のボーア人とイギリス系の白人は手を組んでアパルトヘイト(人種隔離政策)を推進、有色人種を支配するシステムを作り上げていく。

 一連の動きで重要な役割を果たしたローズは優生学を信奉していた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会、その直後に書いた『信仰告白』の中でアングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張している。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するとしている。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 そのアングロ・サクソンはアメリカ、オーストラリア、フィリピンなど世界各地で先住民を虐殺しているが、優生学を信奉する彼らは良心の呵責に悩むことがなかった。そうした侵略の手先として選ばれたのが日本人だ。

 近代ヨーロッパの支配者は略奪した財宝や軍事力を使い、世界を荒らし回ってきたのだが、すでに経済力も軍事力が衰え、支配システムが揺らいでいる。そのシステムを支えるため、彼らは教育、情報の厳しい統制、支配層にとって都合の良い幻影の刷り込みなどで一般大衆を洗脳、人びとの心理を操る一方、各国のエリート層をコントロールするために買収と恫喝を駆使、それが通用しない場合、暗殺やクーデター、場合によっては軍事侵略を使う。ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権もクーデターで倒された。

 ジェフリー・エプスタインが行なっていた未成年の男女を世界の有力者に提供する工作には買収と恫喝が含まれている。この工作は有力者の歓心を買う手段であると同時に、隠し撮りすることで恫喝の材料にも使われる。エプスタインの事実上の妻だったと言われている女性はギスレイン・マクスウェル。彼女の父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。この3名はいずれもイスラエル軍の情報機関(AMAM)に所属していたと言われているが、ロバートは1991年11月にカナリア諸島沖で死体となって発見された。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202305190000/
27:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/20 (Sat) 22:06:46

 世界は大きな歴史の転換点を通過中です。第2次世界大戦後に始まった「アメリカの時代」が終わりつつあるのですが、アメリカの支配者は新たな時代でも覇権を維持しようともがき、戦乱を世界に広げていると言えるでしょう。

 第2次世界大戦でユーラシア大陸は主要な戦場になり、西のヨーロッパから東の中国まで破壊、殺戮、略奪の場になったのですが、アメリカは事実上戦場にならず、兵器ビジネスが成長し、ドイツや日本が占領地で略奪した財宝を手に入れたと考えられています。そして「アメリカの時代」が始まりますが、今、その時代が終焉を迎えようと言えるでしょう。

 そうした変化の時代には正確な情報の入手と正しい分析が特に必要です。ところが多くの人が情報源にしている有力メディアは支配者のプロパガンダ機関にすぎません。1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会でジャーナリストのむのたけじが話したように、「ジャーナリズムはとうにくたばった」のです。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)

 1980年代の状態を言っているのでしょうが、当時に比べて現状は遥かに悪いと言えるでしょう。いわゆる「バブル」の時代に入り、記事や番組の質に関係なく広告収入が入るようになり、裏では優秀な記者が排除されてマスコミは劣化していきました。

 1987年5月3日には朝日新聞阪神支局の編集室に覆面をしたふたりが押し入り、散弾銃を発射して小尻知博記者を殺害、犬飼兵衛記者に重傷を負わせていますが、この事件もマスコミを沈黙させる要因になっているように見えます。カネと地位を求めるなら、支配システムの一員としてプロパガンダに徹していた方が良いと考えたマスコミ人が少なくないようです。

 「記者は自分の頭の中で描いた“架空の真実”に執着しがちであり、そこから自分でも想像しなかった虚像づくりが始まってしまう」と斎藤茂男は1990年1月に書いています。その“架空の真実”は官庁、企業、団体などが加工した情報に多少の手を加えた代物にすぎません。記者たちは「教育」で刷り込まれた先入観に基づき、手を加えます。

 斎藤茂男が共同通信に入社した1952年に大分県直入郡菅生村(現竹田市菅生)で駐在所が爆破されるという事件があり、近くにいた共産党員ふたりが逮捕され、3人が別件逮捕されました。

 この事件でカギを握る人物だと見られた市木春秋は事件後に姿を消すのですが、共同通信の特捜班が見つけ出します。その証言から彼は国家地方警察大分県本部警備課の警察官、戸高公徳であり、ダイナマイトを入手し、駐在所に運んだのも彼だと言うことがわかります。この警官を東京都新宿区のアパートで発見、証言させた取材チームのひとりが斎藤でした。

 ちなみに、戸高は有罪が言い渡されたものの刑は免除され、判決から3カ月後に警察庁は戸高を巡査部長から警部補に昇任させ、しかも復職させています。最終的に彼は警視長まで出世、警察大学の術科教養部長にもなり、退職後も天下りで厚遇されました。それほどのことを警察組織がしなければならない背景がこの事件にはあるということでしょう。

 松橋忠光元警視監によると、アメリカは1959年から「1年に2人づつ警視庁に有資格者の中から選ばせて、往復旅費及び生活費と家賃を負担し、約5か月の特殊情報要員教育を始めた」そうです。(松橋忠光著『わが罪はつねにわが前にあり』オリジン出版センター、1984年)

 公式文書に記載された渡航目的は「警察制度の視察・研究」ですが、実際はCIAから特殊訓練を受けたのだといいます。またCIAから受けた講習の中でハリウッドのスパイ映画を何本か見せられ、「その製作に相当関与」していることをそれとなく教えてもらったとも書いています。

 その後、こうした仕組みがなくたったとは思えません。公安警察の背後にはCIAが存在していると考えなければならないでしょう。同じことが検察の特捜部についても言えそうです。有力メディア、特に国際問題を担当している人びとの中もCIAと関係している記者や編集者がいるという噂は以前からあります。

 リチャード・ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」の取材で中心的な役割を果たしたカール・バーンスタインはワシントン・ポスト紙を1977年に辞め、ローリング・ストーン誌に「CIAとメディア」というタイトルでCIAと有力メディアの癒着を明らかにしました。

 また、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出版、その中で多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発しています。

 新聞、雑誌、放送、出版、いわゆる「言論」を生業にしているはずの人びとの大半は言論を放棄しました。情報の入手と分析を有力メディアやそこに登場する専門家などに頼ることはできません。自分自身で調べ、考える必要があるのですが、本ブログがその一助になればと願っています。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202305200000/
28:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/21 (Sun) 14:05:18

軍産複合体が世界を支配する世界を作ったバーナード・バルーク
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14114782
29:保守や右翼には馬鹿しかいない :

2023/05/22 (Mon) 10:38:07

2023.05.22XML
急速にまとまりつつある中東はアメリカ離れも加速させている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202305220000/

 アラブ連盟の首脳会議が5月19日にサウジアラビアのジッダで開かれた。22カ国が参加、ウクライナもゲストとして参加しているのだが、最も注目されたのはシリアの復帰だ。

 シリアが参加できなくなったのは2011年。中東の完全支配を目論んでいたアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3国同盟のほか、フランスとイギリスのサイクス-ピコ協定コンビ、パイプラインの建設でシリアと対立したカタール、オスマントルコの復活を目論んでいたと言われるトルコなどがムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を使い、この年の3月からシリアに対する軍事侵略を始めたのだ。

 当時のアメリカ大統領はバラク・オバマ。彼も大多数のアメリカ大統領と同じように、国際問題についてはネオコンの戦略に従っていた。ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン政権を倒して新イスラエル体制を築き、シリアとイランを分断しようとしていた。

 当時、アメリカの支配層内にはフセイン政権をペルシャ湾岸の産油国を守る防波堤と位置付ける勢力が存在、ネオコンと対立する。その勢力にはジョージ・H・W・ブッシュも含まれていた。この当時、イラン・コントラ事件やイラクゲート事件が浮上したが、その理由は支配層内部の対立にあった。ネオコンが実権を握ったのは2001年9月11日以降である。

 ジョージ・H・W・ブッシュの息子、ジョージ・W・ブッシュはネオコンに担がれていた人物で、2003年3月にイラクを先制攻撃してフセイン政権を倒したが、新イスラエル体制を築くことには失敗した。

 そこでブッシュ・ジュニア政権は戦術を変更する。フセインの残党を含むスンニ派の戦闘集団を編成し、手先として使い始めたのだ。​シーモア・ハーシュが2007年3月にニューヨーカー誌で書いた記事​によると、ブッシュ政権はイスラエルやサウジアラビアと手を組み、シリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラを叩き潰そうと考えた。そこでアル・カイダ系の武装集団、あるいはダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)が生み出されるわけである。

 これはズビグネフ・ブレジンスキーが1970年代に始めた戦術。2009年にアメリカ大統領となったオバマの師はそのブレジンスキーだ。オバマ政権は2011年3月からアル・カイダ系の武装集団を傭兵として使ってシリアに対する侵略戦争をはじめたのである。なお、その前月にはリビアに対しても同じように侵略戦争を開始した。

 オバマ政権は公然とアル・カイダ系武装集団を支援。それに対し、​マイケル・フリンが局長を務めていたDIA(国防情報局)は2012年8月、オバマ政権が支援している武装勢力の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告​していた。

 その警告が2014年にダーイッシュという形で現実になるとオバマ政権ないで対立が激しくなったようで、フリンは2014年8月に退役を強いられている。

 しかし、シリア軍は潰れない。そこでリビアと同じようにアメリカ/NATO軍を投入しようと考えたようで、2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させる。

 ヘーゲル国防長官やデンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示し、好戦派のヒラリー・クリントン国務長官らと対立していた。

 デンプシーが退任した数日後にロシア軍がシリア政府の要請で介入、ダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団を敗走させた。軍事介入した直後にロシア軍はカスピ海に浮かべた艦船から26基の巡航ミサイルを発射、全てのミサイルが約1500キロメートル離れた場所にあるターゲットに2.5メートル以内の誤差で命中したとされている。保有する兵器の優秀さを世界に示したのだ。

 ドナルド・トランプは大統領に就任して間もない2017年4月、地中海に配備されていたアメリカ海軍の2隻の駆逐艦、ポーターとロスから巡航ミサイル(トマホーク)59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射したものの、6割が無力化されてしまう。ロシア軍の防空システムはアメリカ軍より優秀だということだ。

 そのためか、2017年10月5日にサウジアラビアのサルマン・ビン・アブドル・アジズ国王はロシアを訪問、ロシアの防空システムS-400を含む兵器/武器の購入を持ちかけたようだ。これはアメリカ政府の圧力で実現しなかったが、これは始まりにすぎなかった。

 トランプ大統領は翌年、リベンジを図る。2018年4月にイギリスやフランスを巻き込み、100機以上の巡航ミサイルをシリアに対して発射したのだ。ところが今度は7割が無力化されてしまう。前年には配備されていなかった短距離用の防空システムのパーンツィリ-S1が効果的だったと言われている。

 シリアでの戦闘で世界はロシア軍の強さを認識したが、それはウクライナでの戦闘でも再確認されている。各国政府は西側有力メディアの宣伝に騙されない。

 今年3月10日、中国、サウジアラビア、イランは共同声明を発表、​中国の仲介でサウジアラビアとイランが国交を正常化させ、それぞれ大使館を再開させることを明らかにした​。そしてシリアがアラブ連盟首脳会議へ復帰した。中東はひとつにまとまり、アメリカ離れを始めた。

 アメリカ/NATOがウクライナへ供給した武器弾薬の相当部分は闇市場を通じて中東へ流れていると言われている。イスラム世界がまとまらないよう戦乱を引き起こそうとしているのかもしれない。

 ウクライナにしろ中東にしろ東アジアにしろ、アメリカは戦争を引き起こそうとしている。そのアメリカに従属している国が「平和国家」であるはずがない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202305220000/
30:777 :

2023/05/26 (Fri) 10:10:07

崩れ始めたアメリカ 帝国
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14116245
31:777 :

2023/06/05 (Mon) 09:51:49

2023.06.05XML
COVID-19騒動と同様、西側メディアは天安門事件でも宣伝機関に徹していた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306050000/

 中国では1989年4月15日から6月4日までの期間、新自由主義を支持する学生らが中国政府に対する抗議活動を天安門広場で行っている。この活動を指揮していたのはジーン・シャープで、背後にはジョージ・ソロスもいたとされている。学生たちと結びついていた趙紫陽の後ろ盾は鄧小平だ。

 その趙紫陽は1984年にロナルド・レーガン米大統領とホワイトハウスで会談、新自由主義化を推進したのだが、この政策は深刻なインフレを招き、社会は不安定化して胡耀邦や趙紫陽は窮地に陥った。胡耀邦は1987年1月に総書記を辞任せざるをえなくなる。

 そうした中、1988年に新自由主義の教祖的な存在であるミルトン・フリードマンは妻を伴って再び中国を訪問、趙紫陽や江沢民と会談しているが、中国政府はその年に「経済改革」を実施した。労働者などからの不満に答えるかたちで軌道修正したと言えるだろう。

 こうした軌道修正に学生は反発。そうした中、1989年4月15日に胡耀邦は死亡した。その死を切っ掛けに天安門広場で大規模な抗議活動が始まり、5月に戒厳令が敷かれることになる。

 1989年1月にはジョージ・H・W・ブッシュがアメリカ大統領となっている。この出来事も中国で反政府活動が激しくなる大きな要因だ。大統領に就任した直後にブッシュはイギリスのマーガレット・サッチャー首相とソ連を崩壊させることで合意している。

 ネオコンが台頭したジェラルド・フォード政権時代の1976年1月から77年1月にかけてブッシュはCIA長官を、また81年1月から89年1月まで務めている。副大統領時代にイランやニカラグアに対する秘密工作でも重要な役割を果たしたが、エール大学時代にCIAからリクルートされたと言われている。

 エール大学でCIAのリクルート担当はボート部のコーチを務めていたアレン・ウォルツだと言われているが、そのウォルツとブッシュは親しかった。しかもブッシュの父親であるプレスコットは銀行家から上院議員へ転身した人物だ。

 ウォール街時代、プレスコットはナチスへ資金を流す役割を負っていたひとりで、ウォール街の弁護士だったアレン・ダレスと親しい。言うまでもなく、ダレスはOSSからCIAまで秘密工作を指揮していた人物である。ブッシュはカリブ海で活動した後、1974年から75年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めている。

 大学時代にジョージ・H・W・ブッシュと親しかったジェームズ・リリーは1951年にCIA入りしたと言われているが、そのリリーをブッシュ大統領は中国駐在アメリカ大使に据えた。リリーは中国山東省の青島生まれで中国語は堪能だ。

 1980年代にソ連共産党の書記長を務めていたミハイル・ゴルバチョフはニコライ・ブハーリンを研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じていた人物。そのゴルバチョフをブッシュやサッチャーは1991年7月にロンドンで開催されたG7首脳会談へ呼び出し、そこで新自由主義の導入を求めている。その要求を拒否したところでゴルバチョフの失脚を西側は決めたのだろう。

 そして1991年8月にソ連では「クーデター未遂」があり、それが切っ掛けになってゴルバチョフは実権を失う。そして西側支配層の操り人形だったボリス・エリツィンが実権を握り、ソ連を解体へと導くことになるわけだ。エリツィンは12月にベラルーシのベロベーシで勝手にソ連の解体を決めた。

 この出来事と並行する形で中国の反政府活動は激しくなった。西側の政府や有力メディアは6月4日に軍隊が学生らに発砲して数百名を殺したと主張している。広場から引き上げる戦車をクローズアップした写真を使い、「広場へ入ろうとする戦車を止める英雄」を作り上げているが、この写真が撮影されたのは6月5日のことだ。

 西側では6月4日に軍隊が学生らに発砲して数百名が殺されたとされているのだが、これを裏付ける証拠はなく、逆に広場での虐殺を否定する証言や証拠写真がある。

 例えば、当日に天安門広場での抗議活動を取材していたワシントン・ポスト紙のジェイ・マシューズは問題になった日に広場で誰も死んでいないとしている。広場に派遣された治安部隊は学生が平和的に引き上げることを許していたという。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010)

 学生の指導グループに属していた吾爾開希は学生200名が殺されたと主張しているが、マシューズによると、虐殺があったとされる数時間前に吾爾開希らは広場を離れていたことが確認されている。北京ホテルから広場の真ん中で兵士が学生を撃つのを見たと主張するBBCの記者もいたが、記者がいた場所から広場の中心部は見えないことも判明している。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010)

 西側の有力メディアは2017年12月、天安門広場で装甲兵員輸送車の銃撃によって1万人以上の市民が殺されたという話を伝えた。北京駐在のイギリス大使だったアラン・ドナルドが1989年6月5日にロンドンへ送った電信を見たというAFPの話を流したのだ。

 しかし、これはドナルド大使自身が目撃したのではなく、「信頼できる情報源」の話の引用。その情報源が誰かは明らかにされていないが、そのほかの虐殺話は学生のリーダーから出ていた。当時、イギリスやアメリカは学生指導者と緊密な関係にあった。ドナルド大使の話も学生指導者から出たことが推測できる。

 また、内部告発を支援しているウィキリークスが公表した北京のアメリカ大使館が出した1989年7月12日付けの通信文によると、広場へ入った兵士が手にしていたのは棍棒だけで群集への一斉射撃はなかったとチリの2等書記官だったカルロス・ギャロは話している。銃撃があったのは広場から少し離れた場所だったという。(WikiLeaks, “LATIN AMERICAN DIPLOMAT EYEWITNESS ACCOUNT O JUNE 3-4 EVENTS ON TIANANMEN SQUARE”)

 イギリスのデイリー・テレグラム紙が2011年6月4日に伝えた記事によると、BBCの北京特派員だったジェームズ・マイルズは2009年に天安門広場で虐殺はなかったと認めている。軍隊が広場へ入ったときに抗議活動の参加者はまだいたが、治安部隊と学生側が話し合った後、広場から立ち去ることが許されたという。マイルズも天安門広場で虐殺はなかったと話している。(The Daily Telegraph, 4 June 2011)

 治安部隊とデモ隊が激しく衝突したのは広場から8キロメートル近く離れている木樨地站で、黒焦げになった複数の治安部隊員の死体が撮影されている。このデモ隊は反自由主義を主張していたともいう。

 吾爾開希をはじめとする反政府活動の学生指導者たちはイエローバード作戦(黄雀行動)と呼ばれる逃走ルートを使い、香港とフランスを経由してアメリカへ逃れた。このルートを運営していたのは米英の情報機関、つまりCIAとMI6だ。吾爾開希はハーバード大学で学んだ後、台湾へ渡って独立運動に参加、つまり台湾で軍事的な緊張を高める仕事を始めた。

 先日、 NHKはニュース番組の中でCOVID-19を取り上げた際、「ワクチン」の危険性を訴える遺族の発言を「編集」、「ワクチン」でなくウイルスによって死んだと語っているように伝えていた。

 こうした手法はウクライナでの戦闘でロシアを中傷するために使っている方法と基本的に同じだ。こうした偽情報の流布は1990年代から激しくなり、2011年春のシリアやリビアへの軍事侵略以降、事実を探し出すことが困難になったが、「天安門事件」でもそうした偽情報の流布があったわけだ。
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32:777 :

2023/06/11 (Sun) 08:05:21

2023.06.11XML
同盟国の離反で孤立する米国だが、その米国にへばりつくしか脳がない日本
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306110000/

 アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官が6月6日にサウジアラビアを訪問、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子と会談した際に撮影された写真が話題になっている。ブリンケンの後ろにアメリカの国旗が飾られていないのだ。





 サウジアラビアはアメリカの支配体制にとって重要な国だった。石油支配のパートナーであり、ドル体制を維持する仕組みの重要な役割を果たしてきたのだ。そのサウジアラビアがアメリカから離れ、ロシア、中国、イラン、シリアなどとの関係を強めていることはアメリカの支配システムを揺るがす事態だ。いや、アメリカの支配システムが揺らいでいるのでサウジアラビアはアメリカから離れ始めたのだろう。

 1991年12月にソ連が消滅するとアメリカの支配層、特にネオコンのような好戦派は冷戦に勝ったアメリカは「唯一の超大国」になったと考え、他国を配慮することなく自らの都合だけで好き勝手に行動できる時代が来たと浮かれた。そして1992年2月には国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇プランが作成された。

 ネオコンは1990年代からこのプランに基づいて動き始めるが、まだ国内に抵抗はあった。そうした抵抗を一掃したのが2001年9月11日の出来事だ。その出来事を利用してネオコンは国内を収容所化、国外で侵略戦争を始める。手始めに行われたのがイラクへの侵略戦争だった。

 しかし、その一方で世界は多極化へ向かい始める。本性を表したアメリカに愛想をつかしたのかもしれないが、アメリカの衰退を世界が認識したこともあるだろう。

 イスラエルやアメリカの軍事的な支援を受けていたジョージアが2008年8月に南オセチアを奇襲攻撃するが、ロシア軍の反撃で惨敗している。この軍事衝突でロシア軍の強さを世界は知った。

 その翌月には大手投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請、世界を震撼させた。いわゆる「リーマン・ショック」だが、破綻していたのはこの会社だけでなく、金融システム全体だった。つまり米英金融資本の時代が終焉を迎えようとしていることを隠しきれなくなった。

 それ以上にアメリカ帝国の衰退を世界に印象付けたのはシリアでの戦闘だろう。アメリカはイスラエルやサウジアラビアという同盟国のほかにイギリスとフランスのサイクス・ピコ協定コンビ、さらにカタールやトルコと手を組み、2011年3月から軍事侵攻を始めたのだ。

 その手先に使われたのがムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を中心とする戦闘員。その戦闘員の登録リストがアル・カイダであり、そのリストを利用して部隊が編成された。この作戦が行き詰まると、サダム・フセイン政権の軍人を合流させて新たの武装集団ダーイッシュ(ISIS、ISIL、IS、イスラム国などとも表記)を作っている。

 バラク・オバマ政権はダーイッシュを売り出すと同時にアメリカ/NATO軍の介入を目論む。そのため、好戦的な政策に反対していた人びとが排除される。オバマ政権のアル・カイダ支援を批判したマイケル・フリンDIA局長を2014年8月に追い出し、戦争に慎重な姿勢を見せていたチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長も解任している。

 デンプシーは2015年9月25日に退役するが、その5日後の30日にロシア軍がシリア政府の要請で介入、ダーイッシュを敗走させた。その結果、ロシア軍の強さとロシア製兵器の優秀さを世界は見ることになる。

 2017年4月にドナルド・トランプ政権は地中海に配備されていたアメリカ海軍の2隻の駆逐艦、ポーターとロスから巡航ミサイル(トマホーク)59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射したものの、6割が無力化されてしまう。2018年4月にアメリカはイギリスやフランスを巻き込み、100機以上の巡航ミサイルをシリアに対して発射したが、今度は7割が無力化されてしまう。ロシア軍を脅すつもりだったのだろうが、裏目に出た。

 サウジアラビアのサルマン国王は2017年10月5日にロシアを訪問、ロシア製防空システムS-400を含む兵器/武器の供給をサウジアラビアは購入する意向だと伝えられたが、アメリカの圧力で実現しなかった。当然、サウジアラビアはアメリカによるミサイル攻撃に対し、ロシアの防空システムが有効だという事実を見ている。

 その後、サウジアラビアはイランとイラクを介し、秘密裏に接触しはじめる。イラン側のメッセンジャーがガーセム・ソレイマーニー。イスラム革命防衛隊の特殊部隊とも言われるコッズ軍を指揮していた人物だが、2020年1月3日、バグダッド国際空港でアメリカ軍によって暗殺されてしまう。イスラエルが協力したと言われている。イラクの首相だったアディル・アブドゥル-マフディによると、その時、緊張緩和に関するサウジアラビアからのメッセージに対するイランの返書を携えていた。

 アメリカの恫喝だが、それでもサウジアラビアはイランとの国交修復をやめない。ロシア、中国、イランといった国々だけでなく、サウジアラビアも脅しに屈しなかった。

 ところが、日本は政治家も官僚も学者も記者もアメリカが掲げる旗を必死に追いかけている。大多数の国民も同じだ。明治維新は中国を侵略したいイギリスの私的権力が仕掛けた。明治政権はイギリスやアメリカの外交官に焚き付けられて琉球、台湾、朝鮮半島、そして中国へと攻め込む。

 1904年2月に日本軍は仁川沖と旅順港を奇襲攻撃して日露戦争が始まるが、日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。関東大震災の後はアメリカの巨大金融機関JPモルガンが日本の政治経済に大きな影響力を持つようになるが、この金融機関はロスチャイルドの銀行からスピンオフしたものだ。

 1932年のアメリカ大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが勝利するとウォール街の大物たちはファシズム体制を樹立するためにクーデターを計画した。その中心的な存在がJPモルガンだ。この米英金融資本による日本支配の仕組みが天皇制官僚体制にほかならない。この体制は現在も続いている。この枠組みから日本人は抜け出せないでいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306110000/
33:777 :

2023/06/13 (Tue) 23:21:46

ううう
34:777 :

2023/06/16 (Fri) 01:03:40

2023.06.16XML
ロシアや中国を侮り、自分たちは驕るアメリカの未来は暗い
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306160000/

 アメリカは自国で行われている野球のリーグ戦における優勝決定戦を「ワールド・シリーズ」と称している。また自国の略称を「US」とも表記する。アメリカ人にとって「世界」とはアメリカであり、アメリカは「我々」だということなのだろう。

 その傲慢なアメリカだが、1970年代から「衰退」が言われるようになった。その衰退を誤魔化すために始められたのが新自由主義、つまり金融マジックだ。

 1970年代にCIAはアフガニスタンでソ連をトラップにかける計画が始まる。その中心がズビグネフ・ブレジンスキー。ジミー・カーター大統領がブレジンスキーの考えた秘密工作を承認したのは1979年7月だが、その月の2日から5日にかけてエルサレムでアメリカとイスラエルの情報機関に関係する人びとが「国際テロリズム」に関する会議を開いた。

 イスラエルからは軍の情報機関で長官を務めた4名を含む多くの軍や情報機関の関係者が参加、アメリカからもジョージ・H・W・ブッシュ元CIA長官(後の大統領)やレイ・クライン元CIA副長官など情報機関の関係者が参加していた。そこから「テロの黒幕はソ連」というプロパガンダが始まる。

 カール・バーンスタインによると、1982年6月7日にロナルド・レーガン米大統領とローマ教皇のヨハネ・パウロ2世はバチカンで50分間にわたって会談、ソ連圏の解体を早めるための秘密工作を実行することで合意した。バチカンを舞台にしたポーランド工作にはポーランド出身のズビグネフ・ブレジンスキーが重要な役割を果たしたとされている。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992)

 この会談の3週間ほど前、レーガン大統領はNSDD 32を出し、ソ連を「無力化」するために経済的、外交的、そして秘密工作を使うことを承認している。(Robert Parry, “Secrecy & Privilege”, The Media Consortium, 2004)

 ポーランドでは1980年9月に反体制労組の「連帯」が創設された。この組織はアメリカの情報機関CIAの支援を受けていたが、その事実を労組側も隠していなかった。

 NEDなどを経由してCIAの資金が流れ込んでいたほか、当時のポーランドでは入手が困難だったファクシミリのほか、印刷機械、送信機、電話、短波ラジオ、ビデオ・カメラ、コピー機、テレックス、コンピュータ、ワープロなどが数トン、ポーランドへアメリカ側から密輸されたという。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992)

 連帯の指導者だったレフ・ワレサも自伝の中で、戒厳令布告後に「書籍・新聞の自立出版所のネットワークが一気に拡大」したと認めている。(レフ・ワレサ著、筑紫哲也、水谷驍訳『ワレサ自伝』社会思想社、1988年)

 工作資金を送る重要なルートとして、イタリアの大手金融機関であるアンブロシアーノ銀行、そしてバチカン銀行(IOR/宗教活動協会)も知られている。送金にはローマ教皇庁や西側の労働組合が持つ銀行口座も利用されていた。

 しかし、こうした不正融資の実態が発覚、アンブロシアーノ銀行は倒産し、ロベルト・カルビ頭取は1980年5月に逮捕され、翌年の6月にロンドンのブラックフライアーズ橋で変死体として発見された。

 バチカン銀行の不正融資で中心的な役割を果たしたのはシカゴ出身のポール・マルチンクス頭取。ローマ教皇パウロ6世(ジョバンニ・バティスタ・モンティニ)の側近として知られている。

 パウロ6世はモンティニ時代からCIAと緊密な関係にあった。CIAでパウロ6世/モンティニと最も強く結びついていた人物はジェームズ・アングルトン。この人物は父親の代からアレン・ダレスの側近だ。

 そのパウロ6世は1978年8月に死亡、アルビーノ・ルチャーニが新教皇に選ばれ、ヨハネ・パウロ1世を名乗った。若い頃から社会的な弱者に目を向けていた人物で、CIAとの関係はなかったと見られているが、1978年9月、つまり在位1カ月余りで急死してしまう。

 そして登場してくるのがポーランド出身のカロル・ユゼフ・ボイティワだった。1978年10月に次の教皇となり、ヨハネ・パウロ2世と呼ばれるようになる。そしてポーランド工作に深く関与していく。

 このヨハネ・パウロ2世は1981年5月に銃撃されている。引き金を引いたモハメト・アリ・アジャはトルコの右翼団体「灰色の狼」に所属していたが、この団体はトルコにおける「NATOの秘密部隊」の一部と言われている。この事件では3名のブルガリアが起訴されたが、1986年3月に無罪の判決が言い渡された。

 1989年1月にはジョージ・H・W・ブッシュがアメリカ大統領に就任し、91年12月にソ連は消滅する。ブッシュたちはソ連を崩壊させるために「ハンマー作戦」を実行したと言われている。

 1991年12月にソ連が消滅するとネオコンはアメリカが「唯一の超外国」になったと認識、92年2月にDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇計画を作成。その時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。DPG草案はウォルフォウィッツが中心になって書き上げられた。そこでこの世界制覇計画は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 目的のひとつは新たなライバルの出現を防ぐことにあり、警戒する地域には旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジア、西南アジアが含まれる。ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、「民主的な平和地域」を創設するともしている。

 ネオコンは1992年2月に国防総省のDPG草案という形で世界制覇プラン、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」が作成する。他国や庶民を無視して行動できると思い込んだのである。日本をこのドクトリンに従わせ、アメリカの戦争マシーンに組み込むため、ジョセイフ・ナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。

 このドクトリンをベースにしてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」を発表、それに基づき、ジョージ・W・ブッシュ政権は軍事政策を作成している。

 その政策が現実になるのは2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてからだ。

 CIAは2002年に対イラク工作を始めているが、その年の11月に中東全域のCIA支局長がロンドンのアメリカ大使館に集められ、IOG(イラク作戦グループ)から対イラク戦争は決定済みであり、嫌なら辞めろと脅されたという。そして2003年3月にアメリカ主導軍がイラクを先制攻撃した。(James Risen, “State of War,” Free Press, 2006)

 イラク戦争はネオコンの思惑通りに進まず、泥沼化するが、まだアメリカが「唯一の超大国」だと信じていた。フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載された論文はそうした心情を表していると言えるだろう。この雑誌は外交問題評議会(CFR)が発行している定期刊行物で、記事には支配層内部の雰囲気が影響している。

 キアー・リーバーとダリル・プレスはその論文の中で、​アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てる​としている。ロシアと中国は取るに足りない存在だと信じていたわけだ。

 その後、アメリカは侵略戦争を続ける。リビア、ウクライナの体制も軍事的に倒されたが、シリアは倒されていない。ウクライナでは東部や南部の反クーデター派が抵抗、ロシア軍の支援を受けてキエフのクーデター体制やアメリカ/NATOを窮地に追い込んでいる。

 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動を利用、 「ワクチン」というタグの付けられた遺伝子操作薬で人類を改造、さらに管理する計画が進められていると考える人もいる。

 これもアメリカ/NATOが簡単にロシアや中国を倒せるという前提で成り立っているが、その前提が崩れている。アメリカ/NATOの権力者が今後も世界を支配できるなら自分たちが行ってきた犯罪的な行為を封印できるだろうが、支配者の座から陥落した場合、資産や地位を失うだけでなく責任を問われることになるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306160000/
35:777 :

2023/06/17 (Sat) 07:15:49

2023.06.17XML
シャーマン国務副長官の後任がヌランド次官になり、核戦争へ向かうと懸念する声
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306170000/

 ​ウェンディ・シャーマン国務副長官が6月末に退任する予定​だ。その後任としてビクトリア・ヌランド国務次官が昇格するのではないかと言われている。シャーマンだけでなくNSC(国家安全保障会議)で中国担当シニアディレクターを務めてきたローラ・ローゼンバーガー、そして国務副次官補として中国と台湾の問題を担当するリック・ウォーターズも退任すると言われ、ジョー・バイデン政権の好戦的な色彩は強まると可能性が高い。

 ヌランドは父方の祖父母がウクライナからの移民で、夫はネオコンの重鎮であるロバート・ケーガン、義理の弟はフレデリック・ケーガン、フレデリックの妻はISW(戦争研究所)を設立したキンベリー・ケーガン。ヒラリー・クリントンは友人のひとりだという。アメリカ中央軍、ISAF(国際治安支援部隊)司令官、そしてCIA長官を務めたデイビッド・ペトレイアスとキンバリーは親しい。





 2013年11月から14年2月にかけてバラク・オバマ政権はネオ・ナチを使ってウクライナでクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。このクーデターで中心的な役割を果たしたのはジョー・バイデン副大統領、ビクトリア・ヌランド国務次官補、副大統領の国家安全保障補佐官を務めていたジェイク・サリバンだ。

 現在バイデンは大統領、ヌランドは国務次官、サリバンは国家安全保障問題担当の大統領補佐官。この3人にアントニー・ブリンケン国務長官が好戦的な政策を推進している。そうした中、シャーマンが排除されてヌランドが昇格した場合、その好戦性は強まる。

 シャーマンはビル・クリントン政権時代、1993年5月から96年3月までウォレン・クリストファー国務長官の下で国務次官補を務めていた。1997年1月に国務長官がクリストファーからマデリーン・オルブライトに交代するとクリントン政権はユーゴスラビアへ軍事侵攻する方向へ舵を切った。1997年8月、シャーマンは参事官として国務省へ復帰している。

 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、99年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施した。4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された後、03年3月にジョージ・W・ブッシュ政権はイラクを先制攻撃するが、泥沼化。そこでバラク・オバマ米大統領は2010年8月にPSD-11を承認してムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を使った体制転覆作戦を始動させ、「アラブの春」が始まる。

 しかし、シリアやリビアに対してはズビグネフ・ブレジンスキーが作り上げた「アル・カイダ」の仕組みが使われる。2011年春に両国に対する攻撃が始まり、同年10月にはムアンマル・アル・カダフィ体制が倒された。カダフィ本人はその際に惨殺されている。

 そこで戦力をシリアへ集中させるのだが、バシャール・アル・アサド政権は倒れない。そこで軍事支援を強化、登場してきた戦闘集団がダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)。2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧される。ダーイッシュは残虐さを演出、アメリカに軍事介入させる道を作ろうとしていると考える人もいた。

 その当時、オバマ政権には戦争に消極的な人物がいた。例えばチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示し、ヒラリー・クリントン国務長官らと対立している。

 オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとする報告を出したDIAの局長、マイケル・フリンは2014年8月に退役を強いられていたが、それだけでなくヘーゲルは2015年2月に解任、デンプシーは同年9月に再任を拒否されている。オバマ大統領は戦争体制を整えた。

 デンプシーが退役した直後の2015年9月30日にロシアはシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団を敗走させる。

 そこでアメリカはクルドと手を組むのだが、これによってアメリカとトルコの関係が悪化する。現在、アメリカ軍はシリア領内に900名程度の部隊を侵攻させ、10カ所とも20カ所とも言われる数の軍事基地をシリアに建設、不法占領を続けている。

 そして今、バイデン政権はまたホワイトハウスを好戦的な布陣にしようとしている可能性がある。簡単に勝てるという思い込みで始めたロシアや中国に対する戦争だが、ネオコンの思惑は外れた。窮地に陥ったバイデン政権は暴走し始めた。6月12日から23日まで実施されるNATOの軍事演習「エア・ディフェンダー23」が注目されたのはそのためだ。

 ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は6月13日、ロシアから戦術核兵器をすでに受け取っていると語った。自国が攻撃にさらされれば躊躇なく核兵器を使用するとしている。ルカシェンコの要請に基づくとされているが、少なくともロシアは同意している。ネオコンが攻撃してくれば受けて立つという意思表示だろう。

 そうした国際環境の中、 日本は夢遊病者のように戦争へと向かっている。すでにアメリカ/NATOはウクライナへ供給する武器弾薬が枯渇、5月には韓国がアメリカ経由でウクライナへ砲弾を提供したと伝えられてるが、ここにきて​アメリカ政府は日本政府と155mm榴弾のウクライナへの供給することで話し合った​という。数少なくなったアメリカ支援国として日本に対する要求は強まってくるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306170000/
36:777 :

2023/06/18 (Sun) 14:20:10

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国防総省の機密文書を明るみに出し、米政府の嘘を暴いたエルズバーグが死亡
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306180000/

 1971年に国防総省の機密文書、「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年(ペンタゴン・ペーパーズ)」を有力メディアへ渡した内部告発者のダニエル・エルズバーグが6月16日に死亡した。エルズバーグは1973年1月に「1917年スパイ法」などで起訴されたが、同年5月にウィリアム・マシュー・バーン・ジュニア判事はすべての告訴を棄却している。

 1964年8月に国防総省へ入ったエルズバーグはベトナムで2年間働いた後、1967年から68年にかけてベトナム戦争に関する機密報告書の執筆に加わった。その文書を1969年に写真撮影、何人かに渡している。そのひとりがニューヨーク・タイムズ紙の特派員ニール・シーハンだ。1971年6月13日に同紙は最初の部分を掲載した。

 ベトナム時代、エルズバーグはエドワード・ランズデールの部下だったが、ランズデールは第2次世界大戦中、OSSに所属し、戦後はCIAの秘密工作に参加している。日本軍がフィリピンに隠した財宝の捜索を指揮し、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺にも名前が出てくる。エルズバーグはCIAの秘密工作を知っていたはずだ。

 エルズバーグが機密文書の執筆に参加し始めた1967年にベトナム戦争は泥沼化、CIAは軍の特殊部隊と共同で住民皆殺し作戦のフェニックス・プログラムを始動させている。ランズデールはこの秘密作戦にも参加していた。1968年から71年までフェニックス・プログラムを指揮していたのはウィリアム・コルビーだ。

 コルビーはフランク・チャーチ上院議員が委員長を務める「情報活動に関する政府による作戦を調査する特別委員会」でCIAの秘密工作について証言、かつての仲間を慌てさせた。議会の公聴会では「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」とも証言している。(Tom O’Neill, “Chaos,” William Heinemann, 2019)

 1968年3月にミ・ライ(ソンミ村)で村民が虐殺される事件が引き起こされているが、これもフェニックス・プログラムの一環だった。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990)この年の7月に少佐だったコリン・パウエルがベトナムへ入り、第23歩兵師団に配属されている。彼自身、事件後に現場を訪れて衝撃を受けたと2004年5月4日に放送されたCNNのラリー・キング・ライブで語っている。ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官に就任したあのパウエルだ。

 こうした大量殺戮作戦だけでなく、CIAは「黄金の三角地帯」で製造されるヘロインをアメリカの犯罪組織にさばかせ、資金を稼いでいた。そのために作られた銀行のひとつがナガン・ハンド銀行。そのほかバハマ諸島ナッソーのキャッスル銀行、ユダヤ系ギャングのメイヤー・ランスキーが違法資金のロンダリングに使っていたことでも知られているマイアミ・ナショナル銀行、あるいはペリーン銀行、BWC(世界商業銀行)、アフガン工作のBCCIなどだ。

 こうした秘密作戦には触れなかったが、エルズバーグの報告書はリンドン・ジョンソン政権が議会や国民に対し、ベトナム戦争について嘘を言い続けていたことを明らかにした。今のウクライナ戦争と同じように「勝っている」と宣伝していたのだが、今は議会と有力メディアが共犯者だ。

 ジョージ・W・ブッシュ政権は自分たちが始めたイラク戦争について嘘をついていた。イラク戦争において​アメリカ軍のAH-64アパッチ・ヘリコプターが2007年7月、ロイターの特派員2名を含む非武装の一団を銃撃して十数名を殺害する場面を撮影した映像​をWikiLeaksが公開している。

 WikiLeaksの象徴的な存在であるジュリアン・アッサンジは2019年4月11日、イギリスのエクアドル大使館内でロンドン警視庁の捜査官に逮捕された。イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所に収監されている。アメリカの当局はアッサンジをハッキングのほか「1917年スパイ法」で起訴している。本ブログでは繰り返し書いてきたが、ハッキング容疑はでっち上げだ。アッサンジがアメリカへ引き渡された場合、懲役175年が言い渡される可能性がある。

 1973年より今のアメリカは言論統制が厳しくなっている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306180000/
37:777 :

2023/06/24 (Sat) 21:26:51

【伊藤貫の真剣な雑談】第15回 伊藤貫×水島総特別対談「米ランド研究所も止めるウクライナ戦争、世界大戦を招くネオコンの愚行と卑しさ極まる拝米保守」[桜R5/6/24]
https://www.youtube.com/watch?v=Afu8QgvzWQI

この番組は、米ワシントンに30年以上在住で、外交・国際関係・金融問題に定評のある国際政治アナリストの伊藤貫氏が、月並みな時事解説とは一線を画す真剣な雑談を、毎月1回のペースでお送りいたします。
今回は、久しぶりに 日本に帰国された伊藤貫氏をスタジオにお招きし、水島との対談形式でお送りします。

出演:伊藤貫(国際政治アナリスト)
38:777 :

2023/06/26 (Mon) 07:42:05

2023.06.26XML
河野太郎とオルブライト
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306260000/

 マデリーン・オルブライトは1996年5月12日に放送されたCBSの番組「60ミニッツ」の中で、レスリー・スタールからアメリカの「制裁」でイラクの子ども50万人が死亡したことを問われ、「その代償に見合う価値がある」と答えている。目的のためなら大量殺戮を厭わないということだ。

 その翌年の1月にオルブライトは国務長官に就任、1998年秋にはユーゴスラビアに対する空爆を支持すると表明した。1999年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施している。

 人権擁護を看板に掲げるアムネスティ・インターナショナル(AI)は2012年5月、「アフガン女性の権利に関する陰のサミット」を開催した。その際、街頭に張られたAIのポスターには、「NATO:前進し続けろ」と書かれていた。その催しのパネル・ディスカッションにオルブライトは呼ばれている。「アフガン女性の権利」という名目で女性を含むアフガニスタンの人びとをNATO軍は虐殺するわけだ。

 オルブライトはコロンビア大学でズビグネフ・ブレジンスキーから学んでいる。ブレジンスキーは1979年4月、NSC(国家安全保障会議)でアフガニスタンの「未熟な抵抗グループ」に対する「同情」を訴え、CIAはゲリラへの支援プログラムを開始する。ブレジンスキーはCIAと緊密な関係にあった。

 ブレジンスキーは1977年1月にジミー・カーター大統領の国家安全保障補佐官に就任しているが、その年にパキスタンでは軍事クーデターがあり、ベナジル・ブットの父親であるズルフィカル・アリ・ブットの政権が倒され、陸軍参謀長だったムハンマド・ジア・ウル・ハクが実権を握った。ハクはアメリカのノースカロライナ州にあるフォート・ブラグで訓練を受けた軍人で、ムスリム同胞団系の団体に所属していた。(Thierry Meyssan, “Before Our Very Eyes,” Pregressivepress, 2019)

 ベナジル・ブット首相の特別補佐官を務めていたナシルラー・ババールによると、アメリカは1973年からアフガニスタンの反体制派へ資金援助しはじめている。反体制派の選定はパキスタンの情報機関ISIのアドバイスに従った。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)

 アフガニスタンにおける工作ではソ連との戦闘を想定、武装集団を編成している。イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが2005年7月に明かしたように、​「アル・カイダ」はCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リスト​。アラビア語でアル・カイダはベースを意味、データベースの訳語としても使われる。このリストを利用して武装集団は組織されてきた。

 オルブライトはバラク・オバマ政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めたスーザン・ライスを子どもの頃から知っていた。スーザンの母親、ロイスはブルッキングス研究所の研究員で、自宅にオルブライトも訪れるほど親しくしていたのだ。オルブライトはビクトリア・ヌランドやヒラリー・クリントンと親しい。

 1980年にオルブライトはスミソニアン博物館のウッドロー・ウィルソン国際学術センターで研究を始める。そこでポーランドの「連帯」運動をテーマにし、ポーランドを訪問、グダニスク、ワルシャワ、クラクフで反体制派にインタビューしている。

 1982年に彼女はジョージタウン大学で教え始める。その年に河野太郎が同大学へ入学、オルブライトのゼミに参加している。1984年に河野はポーランドの中央計画統計大学へ留学、反体制派の神学生と一緒に連帯書記長のレフ・ワレサの自宅を訪問、ポーランド警察に逮捕され、留置所に連行されたという。当時、すでに連帯とCIAとの関係は知られていた。

 1982年6月7日にはロナルド・レーガン大統領が教皇ヨハネ・パウロ2世とローマ教皇庁の図書館で50分にわたり、密談している。同じ時、別の場所でアレキサンダー・ヘイグ国務長官とウィリアム・クラーク国家安全保障補佐官が教皇庁の要人と会っていた。カール・バーンスタインによると、レーガンと教皇は大半の時間をソ連の東ヨーロッパ支配の問題に費やされ、ソ連を早急に解体するための秘密工作を実行することで合意したという。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992)

 1991年12月にソ連は消滅、アメリカが「唯一の超大国」になったと認識したネオコンが92年2月に世界制覇プランを作成、アメリカ国内を収容所化、国外で侵略戦争を本格化させていく。その手始めがユーゴスラビアへの軍事侵略だった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306260000/
39:777 :

2023/06/29 (Thu) 18:55:59

アメリカは戦争で食っている軍事国家なので、かならず中国に戦争を仕掛けて戦う │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=14217
40:777 :

2023/06/30 (Fri) 04:31:13

2023.06.30XML
ソロスの傀儡だったティモシェンコは2014年3月に核兵器の使用を口にしていた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306300000/

 アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでクーデターを実行した。その時に手先として使ったのはネオ・ナチ。その時のため、彼らはNATOの軍事訓練を受けている。そのクーデターを東部や南部の住民は拒否、南部のクリミアはロシアと一体化し、東部のドンバスでは内戦が始まった。

 クーデターの目的は、2010年の大統領選挙で当選したビクトル・ヤヌコビッチを排除すること。西側の私的権力はウクライナを植民地化、ドイツとロシアを分断し、NATO軍を入れてロシアへ軍事侵攻できる態勢を整えようとしていた。これは1991年12月のソ連が消滅した直後からネオコンが目論んできたことだ。

 2010年の大統領選挙でヤヌコビッチと争ったユリア・ティモシェンコは2005年1月から9月まで、そして07年12月から10年3月までウクライナの首相を務めた人物。その当時の大統領は西側が支援していたビクトル・ユシチェンコだ。ユシチェンコを大統領にするため、アメリカの支配層は「オレンジ革命」を実行、ヤヌコビッチを引き摺り下ろした。

 しかし、ユシチェンコ政権が実行した新自由主義的政策によって大多数の国民は貧困化、一部の腐敗勢力が巨万と富を築いてオリガルヒと呼ばれるようになる。ティモシェンコもそうしたオリガルヒのひとりだ。2008年に彼女はジョージ・ソロスからのアドバイスに基づく政策を実行すると発言している。

 ユシチェンコ時代に新自由主義の実態を知ったウクライナの有権者は2010年の選挙でヤヌコビッチを選んだのだが、投票行動は地域によって大きな違いがある。東部と南部は圧倒的にヤヌコビッチであり、西部はティモシェンコ。西側の私的権力や有力メディアが大統領に据えようとしたティモシェンコが負けたため、オバマ政権はクーデターを実行したわけだ。

 アメリカ/NATOやティモシェンコたちはクーデターでウクライナ全土を制圧するつもりだったのだろうが、ソ連時代から自分たちをロシア人だと考えていた東部や南部の住民は抵抗、全土制圧はできず、ティモシェンコは怒る。その怒りを彼女は電話で爆発させた。その電話による会話は2014年3月18日に行われたと言われている。

 その会話を録音、3月24日にインターネットで公開した人物がいる。会話の相手は国家安全保障国防評議会のネストル・シュフリチ元次官。その中で​ティモシェンコはウラジミル・プーチンだけでなく、ウクライナに住む800万人のロシア人を核兵器で殺すべきだと語っている​。ティモシェンコはツイッターで電話が本物であることを認めたが、編集されていると弁明している。

 クーデター後、ネオ・ナチのグループは街を威圧して歩き、 暴力的に脅し回っている。そうした中には議会や検察事務所も含まれていた。そうした中、「選挙」が実施されるが、その直前の5月24日、​マデリーン・オルブライト元国務長官がティモシェンコと会談​している。それだけアメリカの支配層には好かれているティモシェンコだが、その悪事が広く知られていることもあり、西部地域でも嫌われていたようで、選挙では惨敗した。

 しかし、その後もウクライナにおけるネオ・ナチの影響力は弱まらないまま現在に至っている。国民の意思には関係なく、アメリカ/NATOを後ろ盾とするウクライナの権力者はティモシェンコと同じ精神構造をしているようだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202306300000/
41:777 :

2023/06/30 (Fri) 11:44:28

『ロシアとシリア』 著・青山弘之
2023年6月29日
https://www.chosyu-journal.jp/review/26975

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%81%A8%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A2-%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E4%BE%B5%E6%94%BB%E3%81%AE%E8%AB%96%E7%90%86-%E9%9D%92%E5%B1%B1-%E5%BC%98%E4%B9%8B/dp/4000026089


 ロシアのウクライナ侵攻後、「ウクライナは第二のシリア」という言葉が飛びかうようになった。欧米と日本の政府・メディアは、ウクライナ危機の経緯を顧みることなく、「ロシアは悪、ウクライナは正義」の図式で、ロシア軍による無辜の市民、とくに子どもや母親、病院への無差別攻撃、さらには生物・化学兵器、核攻撃、クラスター爆弾、白燐弾などの使用をためらわない残忍さを喧伝してきた。そして、ロシアのこうしたやり方は、シリアの内戦時とまったく同じだと吹聴している。



 東アラブ地域研究、シリア問題の専門家として知られる著者(東京外国語大学大学院教授)は、ロシアの侵攻を「暴挙」ととらえウクライナの惨状に胸を痛めつつ、こうした西側の一方的で排他的な宣伝こそがシリア内戦当時と酷似していると断じている。シリア内戦も、事実はより複雑で流動的であったにもかかわらず、「勧善懲悪と予定調和の物語」として語られた。「独裁者、独裁体制、拷問、弾圧、無差別攻撃、化学兵器、虐殺」といった紋切り型の言葉が、アサド大統領やシリア政府に浴びせられた。



 そして、アサド独裁政権の打倒をめざす反体制派を、か弱い幼子や女性、罪のない市民を守る「革命家」「自由の戦士」として美化する一方で、これと異なる情報や見解は「フェイク・ニュース」「プロパガンダ」と一蹴され、排除されていった。しかし、欧米諸国がおこなってきたシリア内戦での干渉こそ、ウソと誤認にまみれたものであった。シリアの「化学兵器使用」がねつ造であることが機密文書から発覚したように。



 また、欧米諸国が直接干渉したにもかかわらず、シリア内戦への西側メディアの迫り方は「中東の内部問題」としてなすがままにするなど冷淡を極めた。それは「ウクライナは可哀想だ」と感情移入をまじえた連日の過剰なウクライナ報道とはまったく対照的だった。ここで浮かび上がるのは「青い目をしたウクライナの人々が戦争で悲惨な目にあっている」というヨーロッパ、白人中心のレイシズムと二重基準である。



 事実、シリアでの諸外国の軍事的威嚇はそのほとんどが国際法にふれる違法行為であったが、西側諸国はそれを問題にしなかった。ウクライナ侵攻を前後したシリアで起こったさまざまな爆撃や住民虐殺についても報じないでいる。そして、シリア・中東の難民を煙たがり、無関心と抑圧で対応する一方で、ウクライナの難民には手厚く保護するという具合である。こうした二重基準への反発が、アジア、中東、アフリカ、中南米の多くの国々が西側のロシア制裁、ウクライナ支援になびかない重要な要因となっている。



 そのような制約のもとで、「今世紀最悪の人道的危機」といわれたにもかかわらず、シリア内戦の内実は覆い隠されてきたといえる。また、そのことがロシアのウクライナ侵攻についてありのままに見ることを妨げてきたことがわかる。著者はウクライナへの軍事支援やロシアへの制裁が「集団ヒステリー」のように進められてきたのは、あまり知らないシリアよりも身近に接するウクライナへの感情移入が容易であったこと、さらにシリアへの無知がそれを支えることになったと指摘する。



諸外国の干渉で重層的混乱 シリア内戦の経緯



 本書はシリアが古くから中国とヨーロッパを結ぶ東西交易路(シルクロード)の要衝にあり、多くの国から侵略を受けてきたこと、19世紀の「東方問題」からシオニズムによるイスラエルのゴラン高原占領、ロシア・ソ連との関係などを歴史的にたどっている。そこから、シリア内戦が2,011年の「アラブの春」と呼ばれる一連の政変の波及であったことを浮き彫りにしている。



 シリア内戦では、反体制派を支援する形で「人権」「テロとの戦い」を掲げた欧米諸国が干渉し、それに対抗するアサド政府の支援要請を受けて「主権尊重」「内政不干渉」を掲げたロシアとイランが加わった。本書では、さらにアルカイダ系やイスラム国などのテロ組織、外国の活動家が大挙して押しかけることで、重層的に混乱を極めていった事情をくわしく展開している。



 19世紀半ばのクリミア戦争の発端がシリアでの「聖地管理権問題」であったように、シリアとウクライナは歴史的にイギリス、フランス、アメリカ、そしてロシアの勢力争いや代理戦争の主戦場となってきた。イスラエルの建国をめぐる「パレスチナ問題」や「中東和平」も、西側は中東の内部問題のように扱っているが、欧米列強が引き起こした「力による現状変更」に起因している。



 著者は「ウクライナ侵攻が二国間の戦争というよりはむしろ代理戦争として推移しているという事実は、10年以上におよぶ紛争と混乱の末に、分断と占領を特徴とする“膠着という終わり”を迎えたシリアがたどった悲劇の再来を想起させる」とのべている。西側諸国がウクライナでの戦闘を和平に向けた交渉に向かわせず、意図的に長引かせているのは、「“燃えるがままにせよ”戦略」で火種を残したまま「分断と占領(駐留)という二重苦」を強いたシリアの前例を踏まえたものだという。



 欧米諸国と日本の為政者の言動が示すことはとどのつまり、ウクライナでの戦闘でウクライナの人命がどれだけ奪われ、国土が廃墟と化そうがかまわないというものだ。そのもとで、欧米諸国に直接的な被害が及ばないまま、ロシアを消耗させ弱体化できれば良いのである。



 著者は、ウクライナの「徹底抗戦」を煽り破滅に追いやる狂乱的な風潮は、第二次大戦で日本を覆った「一億玉砕」の空気と酷似していると指摘している。その意味からも、アメリカと中国の狭間に位置する日本を「第二のウクライナ」にする策動がうごめく今、国民が肌身で体験した戦時の苦難と怒りを共有する意義を、本書からくみとることができる。


 (岩波書店発行、 四六判・214ページ、2,000円+税)
https://www.chosyu-journal.jp/review/26975
42:777 :

2023/07/02 (Sun) 04:50:03

2023.07.02XML
問題は邪悪な勢力ではなくアメリカという国の仕組みにある
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307020000/

 ウクライナではGUR(国防省情報総局)キリーロ・ブダノフ局長や陸軍のオレクサンドル・シルスキー司令官と同様、バレリー・ザルジニー総司令官が姿を消していた。そのうち​ザルジニーとワシントン・ポスト紙は参謀本部で会い、インタビューした​という。その中でザルジニーはアメリカ/NATOに対し、武器弾薬をよこせと語っている。

 6月にはウィリアム・バーンズCIA長官がウクライナを訪問、ヴォロディミル・ゼレンスキー大統領や「情報当局トップ」と会談したとも伝えられている。その「トップ」がブダノフなのかどうかは不明だ。

 ブダノフの場合、​5月6日に「この世界のどこにいてもロシア人を狙い殺し続ける」と語っている​。それに対し、ロシア軍は5月28日からキエフに対する大規模な攻撃を実施、GUR本部も破壊され、29日からブダノフは姿を見せていない。

 攻撃があった夜、2機のヘリコプターがキエフからポーランドへ向かい、ポーランドからドイツへ第86航空医療後送中隊のC-21Aが重傷者を乗せて飛んだと言われているが、その重傷者がブダノフではないかと噂されている。

 ウクライナ側はバーンズに対し、秋までに大砲とミサイル・システムをクリミアとの境界線近くへ移動させ、ウクライナ東部へさらに押し進めることを目指していると語ったというが、難しいだろう。現在、ウクライナ軍は「玉砕戦法」で攻撃を続けているが、地雷原の中で戦闘車両が破壊され、多くの死傷者を出している。こうした状況はアメリカ統合参謀本部のマーク・ミリー議長も認めている。

 すでに武器弾薬はウクライナ軍だけでなくアメリカ/NATOの兵器庫からも消えているようだが、それ以上に深刻なのは膨大な数の兵士が死傷している現実。周辺国から雇い入れ、ウクライナ国籍を与えても追いつかない。最後のウクライナ人が死ぬまで戦争を続けるというが、結局のところ、外国人傭兵に頼らざるをえない。

 要するに、アメリカやイギリスを支配する私的権力、つまり金融資本はロシアの現体制を倒し、制圧するためにウクライナの国土を破壊し、人間を死滅させようとしている。その目論みにウクライナのエリートは協力してきたわけだ。

 こうした仕組みは遅くとも19世紀には出来上がっている。

 経済競争で中国(清)に敗れたイギリスの私的権力はアヘンを売りつけることで形勢を逆転させようとし、中国の反発を招いた。そしてイギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、そして1856年から60年にかけて「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を仕掛けている。

 2度のアヘン戦争でイギリスは勝利、同国とアメリカの貿易商は大儲けしたものの、征服はできなかった。戦力が足りなかったからだ。そこで目をつけたのが侵略拠点としての日本列島であり、傭兵としての日本人だ。イギリスは長州と薩摩を利用して徳川体制を倒す。これが明治維新であり、天皇制官僚体制の始まりだ。

 しかし、イギリスが侵略戦争を本格化させるのは19世紀の終わり。その中心にはセシル・ローズやジョゼフ・チェンバレンがいた。帝国主義の時代への突入だ。

 1866年にアフリカの南部地域でダイヤモンドが発見され、86年にはトランスバール(南アフリカ北東部)で大量の金が発見されるとローズは南アフリカへ移住、ダイヤモンド取引で財をなす。ローズに融資していた金融機関はNMロスチャイルド&サンである。イギリスにおけるローズの仲間にはナサニエル・ロスチャイルドのほか、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット、そしてアルフレッド・ミルナーらがいる。

 ロスチャイルドは金融界に君臨する大物であり、ステッドは多くのメディアを支配して情報操作を行っている。ブレッドは心霊主義の信者としても知られているビクトリア女王の相談相手で、後にエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013)

 一連の動きで重要な役割を果たしたローズは優生学を信奉していた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会し、その直後に書いた『信仰告白』の中でアングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張している。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務であり、領土の拡大はアングロ・サクソンが増えることを意味するとしている。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 イギリスにおける帝国主義は優生学と密接な関係にあると言える。実際、アングロ・サクソンはアメリカやオーストラリアで先住民を虐殺しているが、東アジアでは中国に照準を定め、最終的にはスラブ民族が支配するロシアを征服しようと計画する。ウクライナへの工作もその一環だ。

 南北アメリカ大陸における先住民虐殺は「大航海時代」までさかのぼることができる。16世紀にはエルナン・コルテスがアステカ王国(現在のメキシコ周辺)に攻め込んで莫大な金銀を奪い、フランシスコ・ピサロはインカ帝国(現在のペルー周辺)で金、銀、エメラルドなどを略奪した。

 こうしたヨーロッパからの侵略者は莫大な量の貴金属品を盗んだだけでなく、先住民を酷使して鉱山開発も行っている。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山だ。

 アメリカ合州国の場合、1620年11月が大きな節目になっている。オランダを出航した「メイフラワー」が現在のマサチューセッツ州プリマスにたどり着き、上陸した。

 そこには先住の「アメリカ・インディアン」が住んでいたのだが、メイフラワーが到着した時には腺ペストで皆死んでいた。ペストは1617年にイギリス人が持ち込んだのだという。

 この当時、アメリカ大陸で「失われた十支族」を特定したという話が流れ、それに基づいて1650年にオランダのラビ、メナセ・ベン・イスラエルは『イスラエルの希望』という本を出版している。イスラエルはイギリスのオリバー・クロムウェルに対し、アメリカ先住民のスー族とコマンチ族を再ユダヤ化するためにユダヤ人を派遣するように求めた。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018)

 ヨーロッパからの移民はアメリカ・インディアンの助けで生き延びることができたのだが、そうしたことに感謝せず、侵略を本格化させて千住民を虐殺していく。先住民を殺した後には「自由になる土地」が残されたのだが、富裕層や植民会社は働き手をイギリスから運んでくる。アヘン戦争の後、中国からイギリスの植民地などへ運ばれた「苦力」も一種の奴隷だと言えるだろう。

 イギリスではエンクロージャーによって共有地が私有化され、土地を追われた農民は浮浪者や賃金労働者になっている。そうした人びとを年季奉公人、つまり期間奴隷として使ったのだ。1776年にアメリカではトーマス・ジェファーソンが起草した「独立宣言」が可決されたが、先住民や奴隷は「人間」から排除されている。この欺瞞性がアメリカの本質であるように思える。

 アメリカの「開拓」は先住民を虐殺することで成り立った。中でも悪名高い虐殺は1864年に引き起こされた。約700名のシャイエン族の集団が講和を結ぶためにコロラドのフォート・リオンへ向かうのだが、その途中、サンド・クリークで白人側の示唆に従ってキャンプ、そこを約750名のアメリカ兵が襲撃したのだ。シェイエン族を率いていたふたりの長老は白人が攻撃してくることはないと部族民を説得していたが、判断を誤り、多くの仲間を殺すことになった。

 フロンティアの消滅が宣言された1890年12月にはサウスダコタのウンデッド・ニー・クリークにいたスー族を騎兵隊が襲撃し、150名から300名を虐殺した。これも歴史に残る残虐な出来事のひとつで、アメリカという国の本質を示している。

 その前、1845年に侵略者は太平洋岸に到達したが、その翌年にはメキシコと戦争をはじめ、テキサス、ニュー・メキシコ、カリフォルニアを奪う。

 1904年にはセントルイスでオリンピックが開催されたが、その際、並行して「万国博覧会」も開かれた。1903年までアメリカの民族学局に所属していたウィリアム・マギーは「特別オリンピック」を企画、人種の序列を示している。それによると、トップは北ヨーロッパの人びとで、最下位はアメリカ・インディアンだ。アパッチ族のジェロにもが「展示」されたのもその時である。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021)

 アラバマ州モントゴメリーで人種差別に抗議する「バス・ボイコット運動」が始まり、「公民権運動」に発展するが、そのボイコットが始まったのは1955年のことである。

 この運動の指導者だったマーチン・ルーサー・キング牧師はベトナム戦争が人種差別と本質が同じだと理解、ベトナム戦争に反対する意思を明確にしたが、その1年後に暗殺された。

 今では債務によって「新奴隷」が生み出されていると言われている。アメリカでは医療費や教育費で債務奴隷状態になる人が少なくない。その経済的な境遇のため、さまざまな権利を放棄せざるをえない状況に追い込まれている。「債務奴隷」に近い人たちが存在するのだ。

 アメリカの医療システムは貧弱で、経済的な弱者は適切な医療を受ける権利が奪われ、大きな病気や怪我をして破産するケースが珍しくない。公立学校が崩壊状態のアメリカで少しでもまともや教育を望むなら家賃の高い地域に住まなければならない。不動産による倒産の大半は教育問題だとエリザベス・ウォーレンが説明していた。

 アメリカという仕組みは民主主義から程遠い。フランクリン・ルーズベルトは1938年4月、議会へのメッセージで、ファシズムとは個人、グループ、あるいは何らかの支配力をもつ私的権力による政府の所有だと指摘しているが、これは1970年代からアメリカ主導で進められた新自由主義政策そのものだ。その政策を進めたのは米英の金融資本だが、「独立宣言」を起草した勢力も大同小異である。「アメリカという仕組みは健全だが、悪いグループに支配されているので、その悪いグループを排除すれば、素晴らしいアメリカが達成できる」という主張はナンセンスなのだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307020000/
43:777 :

2023/07/07 (Fri) 10:48:36

2023.07.07XML
米国の「独立記念日」に米国の凋落を示す出来事
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307070000/

 アメリカでは7月4日を「独立記念日」と定めている。「アメリカ・インディアン」と呼ばれる先住民を虐殺、土地を奪い、奴隷を使うことを肯定する人びとが「独立」を宣言した日だという。奴隷はアフリカのみから連れてこられたわけではない。ヨーロッパやアジアからも連れてこられている。

SCO

 その7月4日にSCO(上海協力機構)の首脳会議が開かれ、イランが正式に加盟した。ロシア、中国、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンの5カ国でスタート、その後ウズベキスタン、インド、パキスタン、そしてイランが9番目の加盟国になったわけだ。さらにモンゴル、アフガニスタン、ベラルーシがオブザーバーになっている。ここにきて注目されているのは中東諸国が興味を示していること。エジプト、カタール、サウジアラビア、クウェート、アラブ首長国連邦だ。経済的なつながりは安定をもたらす。

 第2次世界大戦後、世界の経済はアメリカが発行するドルを基軸通貨として動いてきた。当初、金1オンス35ドルとされたが、1971年8月にリチャード・ニクソン政権がドルと金の交換を停止すると発表、変動相場制に移行したが、ドルが中心にあることに変化はなかった。このシステムはアメリカにとって極めて有利で、アメリカによる世界支配の柱とも言えるが、その支配体制が揺らいでいる。

 支配体制の揺らぎを抑えようとアメリカの支配層はドルを武器として使い始めた。通貨戦争を仕掛け、預金口座の封鎖も行っている。ドルは信用できなくなった。そうした中、新たな金融システムがロシアと中国を軸に生まれつつある。そのシステムはSCOやBRICSと深く結びついているのだ。

 アメリカにとってドルは他国を脅し、破壊できる有効な武器であることは確かだが、その武器を公然と使い始めた結果、ドルは警戒され、拒絶され始めた。支配体制の崩壊を早めているとも言える。

モスクワ攻撃

 同じ7月4日にモスクワの空港が5機のドローン(無人機)に攻撃された。4機は防空軍によって撃墜され、1機はECM(電子対抗手段)で無力化されたようだ。

 ロシア側の認識は、アメリカ/NATOの助けなしにこうした攻撃は不可能だというもの。キエフ政権にドローンを提供、その操縦技術を訓練し、民間衛星や軍事衛星の助けを借りて得られた地表の画像などの情報を提供しなければ攻撃は不可能だとしている。ウォロディミル・ゼレンスキー政権は事件への関与を否定したようだが、いつもの戯言だ。

 ロシアの連邦保安庁(FSB)はNATOの軍事演習「エア・ディフェンダー23」が終了した6月23日、武装反乱を呼びかけた容疑によるエフゲニー・プリゴジンの捜査開始を発表した。プリゴジンは傭兵会社のワーグナー・グループの経営者だった。

 ワーグナー・グループがバフムート(アルチョモフスク)で勝利した直後の5月20日、プリゴジンは「解放」を宣言し、25日から部隊を撤退させると発表した。その際、セルゲイ・スロビキン上級大将とミハイル・ミジンチェフ上級大将に謝意を表している。

 スロビキンは昨年10月からドンバス、ヘルソン、ザポリージャの戦闘を指揮している軍人。ミジンチェフはマリウポリを解放した作戦の指揮官だった。今年5月4日からミジンチェフはワグナー・グループの「副司令官」を務めているが、料理人のプリゴジンではなくミジンチェフが本当の司令官だと考える人もいた。

 プリゴジンは25,000人の兵士が行動を共にすると主張したが、実際は8000名程度で、将校は動かなかったという。ロストフ・オン・ドンへ入り、ロストフ・オン・ドンからモスクワへ向かうように彼は命令したと言われているが、ロシアの軍や治安機関に目立った動きは見られなかった。アメリカなど西側の「専門家」はプーチン政権の崩壊を妄想、有力メディアも内戦と殺戮を期待していたようだが、そうしたことは起こらなかった。

 24日の午後にはロシアにおけるワグナー・グループの行動を中止することでベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領とプリゴジンが合意し、ロシア政府はワーグナー・グループの幹部に対する訴追を取り下げると発表した。プリゴジンはベラルーシに「追放」される。

 プリゴジンはどこかの時点で西側の情報機関に買収されたと考える人もいる。1980年代にアメリカのCIA人脈はソ連のKGB幹部を買収したと言われているので、ありえないことではないが、買収されたふりをしたという見方もできる。軍事力が強くないベラルーシに戦闘部隊を送り込む演出と推測する人もいる。アメリカ/NATOがロシア国内で内乱が起こると考えていたなら、そのタイミングでドローンによるモスクワ攻撃を計画していたかもしれない。

ECM

 ロシアのECMが注目されたのは2013年9月。バラク・オバマ政権はシリアへの直接的な軍事侵略を正当化させるために「化学兵器話」を宣伝していたが、その話が嘘だということが明らかになる。オバマ政権の主張を否定する証拠や証言が次々と出てきたのだ。

 そうした中、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射された。リビアに対して行ったような軍事侵攻をシリアに対しても始めたと言われたのだが、そのミサイルは途中で海中へ落下してしまった。

 後にイスラエル国防省はアメリカと合同で行ったミサイル発射実験だったと主張したが、実際に攻撃を始めたと見られている。周辺国に対する事前の通告はなく、発射実験だとする主張に説得力がないからだ。その際、ロシア軍がECMを使ったと言われたのだ。数機のミサイルでは撃墜されてしまうことをアメリカ政府は悟っただろう。

 オバマ政権は2012年からアル・カイダ系武装集団に替わる新たな武装集団を作る工作を進めていた。それに対し、マイケル・フリンが局長を務めていたアメリカの​DIA(国防情報局)は2012年8月、オバマ政権が支援している武装勢力の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告​した。その警告が2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になる。フリンは2014年8月に退役を強いられた。

 それでもシリア軍は潰れないため、オバマ政権はアメリカ/NATO軍を投入しようと考えたようで、2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させる。

 ヘーゲル国防長官やデンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示し、好戦派のヒラリー・クリントン国務長官らと対立していた。

 デンプシーは2015年9月25日に退任、9月28日にウラジミル・プーチン露大統領は国連の安全保障理事会でアメリカを強く批判する。民主主義や進歩の勝利でなく、暴力、貧困、そして社会的惨事を招き、生きる権利を含む人権を少しも気にかけない状況を作り上げた人びとへのメッセージを口にしたのだ。「あなたは自分たちがしでかしたこと理解しているのか」と問いかけ、「うぬぼれや自分は特別で何をしても許されるという信念に基づく政策」を批判したのだ。勿論、アメリカに向けての発言だ。

 そして9月30日、ロシア軍はシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュを含むアル・カイダ系武装集団を敗走させた。軍事作戦を始めた直後、ロシア軍はカスピ海に浮かべた艦船から26基の巡航ミサイルを発射した。全てのミサイルが約1500キロメートル離れた場所にあるターゲットに2.5メートル以内の誤差で命中したとされている。ロシアが保有する兵器の優秀さにアメリカ軍は驚いたと言われている。

 ドナルド・トランプは大統領に就任して間もない2017年4月、地中海に配備されていたアメリカ海軍の2隻の駆逐艦、ポーターとロスから巡航ミサイル(トマホーク)59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射したものの、6割が無力化されてしまう。ロシア軍の防空システムはアメリカ軍より優秀だということだ。

 トランプ大統領は翌年、リベンジを図る。2018年4月にイギリスやフランスを巻き込み、100機以上の巡航ミサイルをシリアに対して発射したのだ。ところが今度は7割が無力化されてしまう。前年には配備されていなかった短距離用の防空システムのパーンツィリ-S1が効果的だったと言われている。

 ロシア軍はウクライナでも兵器の優秀さや生産力の高さを示し、しかもPGM(精密誘導爆弾)や長距離高精度兵器を使い果たす可能性は小さい。そうした兆候は全く見られない。ウクライナのアレクセイ・レズニコフ国防相はHIMARS多連装ロケットランチャー用の弾薬を含むGPS誘導砲弾を妨害する方法をロシア軍は知っているとしている。つまり、西側の「報道」は間違い、または嘘だった。

 EUや日本などアメリカに従属している国々のエリートはロシアの戦闘力や生産力を低いと教えられ、すぐにマイクロチップは枯渇し、兵器庫が空になると信じ込まされていたのかもしれないが、そうだとすると、動揺しているだろう。「経済封鎖」は機能していない。自分たちの判断ミスを誤魔化すため、中国や朝鮮を持ち出しているようだが、説得力はない。

 1991年12月にソ連が消滅した後、世界制覇戦争を始めたネオコンは追い詰められた。ジョー・バイデン親子がホワイトハウスでコカインを使っていたことが発覚したそうだが、幻覚の中でロシアと核戦争を始めないとは言い切れない。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202307070000/
44:777 :

2023/07/12 (Wed) 12:34:30

「仕組まれたジェンダークライシス! アメリカのLGBT問題は金と政治が絡む利権の巣窟と化した」西田昌司×伊藤貫 シン・外交安保対談Ⅱ VOL.1
配信日: 2023年7月4日
https://www.youtube.com/watch?v=m93K7uu43Uc

「酷すぎる汚職の実態…ウクライナ戦争を煽った2人の人物と、金で法案すら変えてしまうアメリカ政治の腐敗」西田昌司×伊藤貫 シン・外交安保対談Ⅱ VOL.2
配信日:2023年7月11日
https://www.youtube.com/watch?v=VD3-YMq0e1k
45:777 :

2023/07/19 (Wed) 01:22:38

「歴史の真実が公になる時代に…次期大統領候補が危険を伴いながら 言及し続けるアメリカの裏側」西田昌司×伊藤貫 シン・外交安保対談Ⅱ VOL.3
2023/07/18
https://www.youtube.com/watch?v=UuzxIgt6TZU
46:777 :

2023/07/19 (Wed) 22:58:26

【アメリカを中心に見る世界情勢①】大手メディアでは報道されないウクライナ戦争|伊藤貫
2023/07/13
https://www.youtube.com/watch?v=JkENcgtXS4w

【アメリカを中心に見る世界情勢②】大手メディアでは報道されない民主党の闇 |伊藤貫
2023/07/17
https://www.youtube.com/watch?v=qRzjjW0l730

【アメリカを中心に見る世界情勢③】大手メディアでは報道されない崩壊するアメリカの現状|伊藤貫
2023/07/19
https://www.youtube.com/watch?v=z_55h1wCMec
47:777 :

2023/07/19 (Wed) 23:14:38

「そりゃあ、ロシアも戦争するわ」 (伊藤貫先生オンライン講演会)
2023/07/14
https://www.youtube.com/watch?v=BimDXef10D0

【ガイド】
 01:02 レーガンとゴルバチョフ
 02:03「NATOを1インチたりとも東に拡大しない」
 03:32 ウクライナから5分で核がモスクワ直撃
 04:08 オリガルヒと銭ゲバがロシアの宝を盗んだ
 07:03 ロシアでの腐敗が報じられなかった理由
 07:36 クリントン政権はロシア人に絶望をもたらした



「ウクライナは勝てない!そして、アメリカは...」 (伊藤貫先生オンライン講演会)
2023/07/19
https://www.youtube.com/watch?v=DXl8q_8Iypc

【ガイド】
 01:02 西ウクライナと東ウクライナ
 02:21 レーニンとスターリンの罪
 03:16 ウクライナ敗戦を実感する時期は?
 04:20 弾が無い
 05:02 ウクライナの勝機に必要な兵力は?
 05:34 親米保守の過信、“however”...
 07:13 米軍は二正面作戦に対応できず
48:777 :

2023/07/26 (Wed) 15:18:21

【最終回】「プーチンは分かっている…執拗にロシアを 虐げてきたアメリカが迎えるこの戦争の終着点」西田昌司×伊藤貫 シン・外交安保対談Ⅱ VOL.4
2023/07/25
https://www.youtube.com/watch?v=9AuneFH0OfI
49:777 :

2023/08/04 (Fri) 08:55:37

米極秘文書から紐解く 原爆投下の真実|林千勝
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14136503



日本人への原爆投下はこうやって決められた
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14073546

原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html

鬼塚英昭著『原爆の秘密〔国内編〕~昭和天皇は知っていた』
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1051.html

鬼塚英昭 戦争はすべて八百長 『日本の真相』 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=eUIhcvcSmrA    

鬼塚英昭 戦争はすべて八百長 『日本の真相』
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1052.html

大東亜共栄圏というのは中国・東南アジアで麻薬を売ってぼろ儲けする体制の事だった
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14006701

ディビット・バーガミニ _ 天皇の陰謀 天皇裕仁はかく日本を対西洋戦争に導いた
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/760.html

アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007480

アメリカ合衆国が関与した戦争一覧 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7

「双方に戦争させて、一方を軍事支援し、金は同盟国に出させる」アメリカの戦略 │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=14127

明治維新以降、日本はイギリスやアメリカの手先として 動いてきた。
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14058621

ウォール街と戦った共産主義者 ルーズベルト大統領
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戦前の日本陸軍軍人は共産主義者ばかりだった
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太平洋戦争は共産革命を恐れた昭和天皇が英米支配層と組んで起こした八百長戦争だった
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昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A

ジェームズ斉藤 : GHQ は帝政ロシアやソ連からアメリカへ亡命した極左ユダヤ人だった
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14014859

戦後日本のバブル崩壊以前の一億総中流社会は共産主義者ばかりの GHQ が意図的に作ったものだった
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/830.html

ウォール街やシティと戦った共産主義者のフランクリン・ルーズベルト
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1037.html

GHQに君臨した"マッカーサー"の愚将ぶり
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/748.html

アメリカ軍は日本国内のクーデターや共産革命を鎮圧する為に日本に駐留している
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ジェームズ斉藤 : 日本のゴールド「天皇の金塊」
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14006705

【田布施システム】朝鮮系に乗っ取られた日本の裏歴史! 歴代首相を生み出す謎の村「田布施」を専門家が徹底解説!
https://tocana.jp/2019/12/post_130392_entry.html
https://tocana.jp/2020/09/post_171763_entry.html


日本の有名政治家の出自が集中する「田布施」_ 戦後の総理大臣の75%が世襲政治家
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14071870

みんな大好きな白洲次郎さんの正体
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14103660

君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

昭和天皇が戦争狂になった訳
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/321.html

漢民族系朝鮮人の天皇一族による極悪非道の世界侵略の歴史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14003198
50:777 :

2023/08/08 (Tue) 18:31:27

「法に基づく支配」は米英金融資本による支配を正当化するための戯言
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14138033



氷河時代以降、殆どの劣等民族は皆殺しにされ絶滅した。
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14008921

コーカソイドは人格障害者集団 中川隆
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/380.html

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

アングロサクソンの文化
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007474

世界最大のヘッジファンド: オランダ海洋帝国が繁栄した理由 2020年5月22日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10891

世界最大のヘッジファンド: 量的緩和で暴落した世界初の基軸通貨 2020年5月23日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10903

世界最大のヘッジファンド: 大英帝国の繁栄と衰退 2020年5月25日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10922

世界最大のヘッジファンド: 大英帝国の基軸通貨ポンドはいかに暴落したか
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/10953

世界最大のヘッジファンド: 豊かな国ほど借金まみれになる理由
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/36175#more-36175

南海泡沫事件 : バブル経済の語源となった近世イギリスの株式バブルを振り返る
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/3199

イギリスはどうやってインドの綿工業を壊滅させたのか
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/715.html

グローバリズムとは思想やイデオロギーではなく、単に労働者の賃金を下げるコスト削減の事
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14121597

分割統治 _ 支配下においた国が自分たちに刃向かわないようにする仕掛け
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14120376

コロンブスとユダヤの意外な関係|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=l4XEUj2_b4E&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=21

ユダヤ人の避難所 ニューヨークのはじまり|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=noZBGbxgiwI&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=22

北米植民地戦争とアメリカ独立/ロスチャイルド家のはじまり|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=-lDkXUiZcJA&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=23

19世紀アメリカへのユダヤ移民/名前でわかるユダヤ人|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=JjN31hHSuOI&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=24

アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14007480

ジョージ・W・ブッシュ大統領 (アホ息子の方)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/814.html

アメリカ合衆国が関与した戦争一覧 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7

「双方に戦争させて、一方を軍事支援し、金は同盟国に出させる」アメリカの戦略 │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=14127

アメリカは戦争で食っている軍事国家なので、かならず中国に戦争を仕掛けて戦う │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=14217

明治維新以降、日本はイギリスやアメリカの手先として 動いてきた。
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14058621
51:777 :

2023/08/09 (Wed) 01:36:49

中露同盟VS米国の実態! アメリカに従属しているだけでは日本は終わる〜前編〜|神谷宗幣×伊藤貫×山岡鉄秀
2023/08/08
https://www.youtube.com/watch?v=IpK8qqA96eo
52:777 :

2023/08/11 (Fri) 04:22:14

非ユダヤ系アメリカ人にはバカしかいない
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14138805



コーカソイドは人格障害者集団 中川隆
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/380.html

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

アングロサクソンの文化
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アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史
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コロンブスとユダヤの意外な関係|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=l4XEUj2_b4E&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=21

ユダヤ人の避難所 ニューヨークのはじまり|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=noZBGbxgiwI&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=22

北米植民地戦争とアメリカ独立/ロスチャイルド家のはじまり|茂木誠
https://www.youtube.com/watch?v=-lDkXUiZcJA&list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE&index=23

19世紀アメリカへのユダヤ移民/名前でわかるユダヤ人|茂木誠
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茂木誠 ユダヤの歴史 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=PLGqoPsu9icDYmqlUflf_TmVklScqHwoQE

吉岡孝浩×茂木誠 - YouTube
https://www.youtube.com/playlist?list=PLIFjTpVDXkJmF-oB8nr1Ap0kjfBnnHWCZ

茂木誠 _ ゼロからわかる旧約聖書
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茂木誠 _ ユダヤの古代史&世界史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14130919

アシュケナージ系ユダヤ人の歴史
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14043502

ユダヤ人は白人美女が大好きで、 非白人は人間だと思っていない
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=14077515
53:777 :

2023/08/27 (Sun) 08:26:31

イラク戦争の背景

東北学院大学講師・世界キリスト協議会前中央委員
川端 純四郎

 ご紹介いたします。

 先生は1934年のお生まれです。東北大学文学部に学ばれ、博士課程を終えられてから、ドイツのマールブルグ大学に入学されました。帰国後、東北学院大学教員として35年間お勤めになりました。その後ひきつづき講師として、現在も勤務されています。一貫して平和、人権、政治改革の活動に積極的に関わっておいでになりました。

 「9条の会」の講師団メンバーとしても、全国を股にかけて講演なさっており、昨年は1年間で80回以上の講演会を開いておられます。

 先生は今朝8時前に仙台を発ち、はるばる鋸南町においで下さいました。今日の講師としてほんとうにふさわしく、よいお話をうかがえると思います。早速、先生からお話をうかがいたいと思います。 先生、どうぞよろしくお願いいいたします。
                                        安藤

 みなさん、こんにちは。 安房郡の水清き鋸南町に伺って、こうしてお話できることをありがたいと思っています。初めておうかがいしました。木更津まで来たことはあるのですが、今日、電車で君津を過ぎたらとたんに山が美しくなり、あそこまでは東京郊外のなんとまあみっともない風景でしたけれど、あそこから南に来ると一気にほんとうに昔のよき日本の風景がよみがえってくるようでした。ほんとうに嬉しく思いました。

 いま、「さとうきび畑」の朗読と、合唱団のコーラスをお聞きしたのですが、どちらも聞いていて涙が出ました。

 私は、戦争に負けた時小学校6年生でした。仙台で敗戦を迎えましたが、仙台も空襲で全滅いたしました。街の真ん中にいましたから、もちろんわが家も丸焼けでした。忘れられない思い出があります。街の真ん中の小学校でしたから、同級生が一晩で8人焼け死にました。隣の家の、6年間毎日いっしょに学校へ適っていた一番仲の良かった友達も、直撃弾で死にました。今でも時々思い出します。

 今このような歌を聞くと、どうしてもその人のことを思い出します。思い出す私の方はもう70になりますが、記憶に出てくるその三浦君という友達は、小学校6年生のまま出てきます。どうして小学校6年で人生を終わらなければいけなかったのか、生きていてくれたらいろんな事があったのに、と思います。戦争なんて二度としてはいけない、というのが一貫した私の願いです。

 私は牧師の家に生まれました。父はキリスト教の牧師で、教会で生まれ教会で育って、讃美歌が子守歌でした。牧師の中には戦争に反対した立派な牧師さんもおられたのですが、私の父のような多くの普通の牧師は、政治や社会に無関心で魂の救いということしか考えていませんでした。で、私もその親父に育てられましたから、大学を出、大学院に入って博士課程までいって、ずっとキルケゴールや実存哲学という、魂だけ見つめているような学問をやっていて、政治とか経済、社会とかは25歳までいっさい関心がありませんでした。

 25歳の時チャンスがあって、ドイツ政府の招待留学生となってドイツヘ勉強に行くことになりました。1960年のことでした。1960年にドイツへ行ったというだけで、どんなにノンポリだったか分かります。安保改訂問題で日本中が大騒ぎの時、それを尻目に悠々とドイツ留学に行ったのです。幸か不幸かまだ世界は貧しくて、飛行機などというものは贅沢な乗り物で、まだジェット旅客機機はありませんでした。プロペラ機でヨーロッパヘ行くには途中で何遍も何遍も着地し、給油して、今のようにノンストップでシベリヤを越えて、などというのは夢のような話でした。しかもベラ棒に高いのです。船の方があの頃はずっと安かったのです。特に貨物船に乗せてもらうと飛行機よりずっと安いのです。そこで一番安いのを探して、5人だけ客を乗せるという貨物船をみつけました。

 その船で神戸を出航し、インド洋からスエズ運河をぬけ、地中海を渡ってイタリアのジェノバに上陸。そこから煙を吐く蒸気機関車でアルプスを越えて、ドイツのマールブルクという町に着きました。

 実は、飛行機をやめて船で行ったということが、私の人生を大きく変えることになりました。あの時もし飛行機で行ったなら、私は一生、世間知らずの大学に閉じこもって勉強だけしている人間で終わった、と思います。

 ところが船で行ったおかげで、しかも貨物船に乗ったおかげで、私は途中のアジア・インド・アラブの国々をくわしく見ることができました。まっすぐ行けば船でも二週間で行くそうですが、何しろ貨物船ですから、途中港、港に寄って荷物を下ろし、また積んで、一つの港に4日から5日泊まっているのです。おかげでその間、昼間は上陸してそのあたりを見て歩き、夜は船に帰って寝ればいいのですから、東南アジアからアラブ諸国をくまなく見て歩きました。

 1ヵ月かかりました。神戸からジェノバまでのこの船旅。その時見たものが、私の人生を変えたのです。何を見たかはお解りですね。アジアの飢えと貧困という厳しい現実にぶつかったのです。

 降りる港、港で、ほんとうに骨と皮とに痩せせこけた、裸足でボロボロの服を着た子供達が、行く港も行く港、集まって来るのです。船の事務長さんに、「可哀想だが、何もやっては駄目だよ。1人にやると収拾がつかなくなるよ」と言われていました。だから心を鬼にして払いのけて通り過ぎるのですが、その払いのけて通り抜ける時に触った子供の肩、肉などなんにもない、ただ骨と皮だけのあの肩、あの感触が、今でも時々蘇ってきます。

 船に帰って、眠れないのです。明日も、あの子供たちに会う。どうするか。私が考えたことは、「神様を信じなさい。そうすれば救われます」と言えるか、ということでした。

どんなに考えたって、言えるわけがありません。飢えて捨てられた孤児たちに、こちらは着るものを看て、食うものを食っておいて、「神様を信じなさい、そうすれば救われます」などとは、口が裂けても言えないと思いました。牧師館で生まれて、キリスト教しか知らずに育って、キリスト教の学問をして来て、それではお前キリスト教って何なのか、25年お前が信じてきたキリスト教とは、飢えた子供たちに言えないようなキリスト教なのか。とれが私の考えたことでした。

 もし言えるとしたら、ただ一つしかない。そこで船を降りて、服を脱いで、子供たちに分けてやって、食っているものを分けてやって、そこで一緒に暮らす、それなら言える。言えるとしたら、それしかありません。言えるじゃないか、と自分に言い聞かせました。

 それなら、船を降りるか──。くやしいけど、降りる勇気がありませんでした。折角これからドイツヘ勉強に行くという時、ここで降りて、一生インドで暮らすのか、一生アジアで暮らすのか、どうしてもその気にならないのです。
 ですから理屈をこねました。

 「降りたって無駄だ。お前が降りて背広一着脱いだって、何百人人もいる乞食の子に、ほんの布切れ一切れしかゆきわたらないではないか。自分の食うものを分けてやったって、何百人もの子供が1秒だって、ひもじさを満たされる訳がないじゃないか。お前が降りたって無駄だ。それは降りたという自己満足だけで、客観的にはあの子らはなんにも救われない。」

 「だから降りない、勇気がないのではなく、無駄だから降りない。」と自分に言い聞かせるのです。でも、降りなければ「神様を信じなさい」とは言えません。言えるためには降りなければならない、しかし降りても無駄なのだ。

 堂々巡りです。寄る港、寄る港でこの間題に直面しました。毎晩毎晩同じ問題を考え続けて、結局、答えが見つからないまま、閑々として港を後にしました。、出港の時、あの子たちを見捨て自分だけドイツへ行くことに、強い痛みを感じました。これは永く私の心の傷になって残りました。

 このようにして初めて、世の中には飢えた仲間がいるという、当然分かっていなくてはいけない事実に、何ということでしょう、25にもなってやっと気づいたのです。飢えた子供たちがいる、それを知らんぷりしてドイツに行くのか、お前が降りてあの子たちと一緒に暮らすことはあまり意味ないかも知れない、しかしやっぱり船を降りないのだとしたら、せめて世の中に飢えた子供なんか生まれないような社会を作るために、自分で何かしなければいけないのではないか。ただ魂の中だけに閉じこもっていていいのか。

 これが、私がヨーロッパヘ行く1ヵ月の旅で考えたことでした。

 ドイツヘ行って、宗教の勉強をしました。ブルトマンというドイツの大変偉い先生の所に1年いて、いろいろ教わりましたが、結局、私の結論としては、実存哲学だけではだめだということでした。自分が自分に誠実に生きる──これが実存的、ということですが、それだけでは駄目だ。自分が生きるだけでなく、みんなが人間らしく生ることができるような世の中になるために、自分にできる何か小さなことでもしなければいけない。

 こう思うようになって、日本に帰ってきたのです。

 それじゃあ、世の中で、そのように飢えて死ぬような子がいなくなるような社会とは、どうすれば出来るのか。これはやっぱり、飢え、貧困、戦争、差別、そういうものが生まれる原因が分からなければ、除きようがありません。原因を勉強しなければいけない。そのためには社会科学を勉強しなければいけない。特に経済学を勉強しなければいけない──。

 ドイツヘの留学は、大学院の途中で行きましたので、帰国して大学院に復学しました。幸い東北大学は総合大学ですから、中庭をへだてて向こう側が経済学部でした。帰ってきた次の日から、私は、経済学部の講義を経済原論から、授業料を払わずにもぐりで、後ろの方にそっと隠れてずっと聞きました。

 それからもう45年になりますが、ずっと宗教哲学と経済学と2股かけて勉強してきています。今日も、多少経済の話を申し上げるわけですが、やっぱり自分がクリスチャンとして、今もクリスチャンであり続けていますが、同時に、自分の救いということだけ考えていたのでは申し訳ないと思うのです。現実に飢えて死ぬ子がいるのです。ユネスコの統計によると、毎日2万人の子が栄養不足で死んでいるそういう世の中、このままにしておくわけにはいかない、自分でできることは本当に小さいけど、その小さなことをやらなかったら、生きていることにならない──。そう思って45年過ごしてきたわけです。

 キリスト教の中でずっと生きていますので、一般の日本の人よりは外国に出る機会が多いと思います。特に世界キリスト教協議会という全世界のキリスト教の集まりがあります。その中央委員をしていましたので、毎年1回中央委員会に出かけて、1週間か2週間会議に参加しました。世界中のキリスト教の代表者と一つのホテルに缶詰になり、朝から晩までいろいろと情報交換したり論議したりします。そのようなことを7年間やりましたので、世界のことを知るチャンスが多かったと思います。それを辞めてからも、自分の仕事や勉強の都合で、今でも毎年二週間ぐらいはドイツで暮らしています。そうしていると、日本ってほんとうに不思議な国だということが分かってきました。

 日本にいるとなかなか分からないのです。島国ですし、おまけに日本語という特別な言葉を使っています。他の国との共通性がない言葉です。ヨーロッパの言葉はみんな親戚のようなものですから、ちょっと勉強するとすぐ分かります。一つの言葉の、ドイツ弁とフランス弁、ベルギー弁、オランダ弁というようなものです。日本で言えば津軽弁と薩摩弁の違い程度のものです。津軽と薩摩では、お互いに全然通じないとは思いますが、それでも同じ日本語なのです。ヨーロッパの言葉とはそういうものです。ですからお互いに何と無く外国語が理解できるというのは、別に不思議なことではないのですね。ですから、自分の国のことしか知らないという人は、非常に少ないのです。

 新聞も、駅に行けばどんな町でも、ヨーロッパ中の新聞が置いてあります。ドイツのどんな田舎町へ行っても、駅にいけばフランスの新聞もイタリアの新聞も売っていますし、それを読める人がたくさんいるのです。そういう社会ですから、日本人とはずいぶん違います。自分の国を客観的に見られる。他の国と比べて見ることができるのです。

 日本にいると比べられません。そのうえ、日本はマスコミが異常です。ワンパターンのニュースしか流しません。ヨーロッパではいろんなテレビがあって、テレビごとに自由な報道をやっています。バラエティー番組のようなものがなくて、ニューハ番組が充実しています。きちんとした議論をテレビでやっています。ですから日本にいるよりは、比較的自分の国の様子を客観的に見られることになります。ドイツに行く度に、日本とは不思議な国だなあと思うのです。

 例えば、もうだいぶ前、バブルの頃です。日本のある有名なモード会社がミラノに支店を出しました。そしてマーケティング調査をしました。どんな柄が流行っているか、アンケートを集めそれを整理するために、イタリア人女性3人雇ったそうです。アンケートの整理をしていたら5時になりました。あと少ししか残っていなかったので、日本ならの常識ですから、「あと少しだからやってしまおう」と日本人支店長は声をかけました。ところがイタリア人女性3人は、すっと立って「5時ですから帰ります」と言って出て行こうとしました。思わず日本人支店長は怒鳴ったのだそうです。「たったこれだけだからやってしまえ」と。途端にこの日本人支店長は訴えられました。そして「労働者の意志に反する労働を強制した」ということで、即決裁判で数万円の罰金をとられました。

 これがヨーロッパの常識です。つまり9時から5時までしか契約していないからです。5時以後は命令する権利はないのです。9時から5時までの時間を労働者は売ったんであって、5時以降は売っていないのですから、自分のものなんです。会社が使う権利はありません。当たり前の話です。

 その当たり前の話が日本では当たり前ではないのです。残業、課長に言われたので黙ってやる。しかもこの頃は「タダ残業」ですからネ。本当にひどい話です。常識がまるで違うのです。あるいは有給休暇。ドイツのサラリーマンは年間3週間とらねば「ならない」のです。3週間休まなければ罰せられます。日本は有給休暇など殆どとれません。ドイツでは取らないと罰せられます。ですからどんな労働者でも3週間、夏はちゃんと休んで、家族ぐるみイタリアへ行ってゆっくり過ごしてきます。有給になっているからです。或いは日本では1週間40時間労働です。ドイツはもう随分前から36時間です。土日出勤などありえない話で、日本のように表向き40時間労働でも、毎日毎日残業で、その上休日出勤、日曜日には接待ゴルフなど馬鹿なことをやっています。接待ゴルフなど、ドイツには絶対ありません。日曜日は各自が自由に使う時間で、会社が使う権利はないのです。

 そういうところもまるで常識が違います。或いは、50人以上だったと思うのですが、50人以上従業員がいる会社、工場は必ず、労働組合代表が経営会議に参加しなければいけないことになっています。そんなことも、日本では考えられないことです。ですから配置転換とかもとても難しいし、労働者の代表が入っているから、簡単に首は切れません。

 そういういろんな面で、日本の外に出てみるとびっくりするようなことが山ほどあります。日本という国は、高度に発達した資本主義国の中で例外的な国なのです。資本主義が発達した点では、アメリカにもフランスにもドイツにも負けないのですが、資本主義が発達したにしては、労働者が守られていない。或いは市民の権利が守られていない。会社の権利ばかりドンドンドンドン大きくなっているのです。それが日本にいると当たり前のように思われています。外国で暮らしていると、日本は不思議な国だと分かります。特にこの数年それがひどくなってきているのではないでしょうか。

 私たちの暮らしは、戦後50何年かけて、少しずつよくなってきました。例えば年金なんかも少しずつ整備されてきた。健康保険制度も整備されてきた。介護保険も生まれてきた。或いは、労働者も土曜日チャンと休めるようになってきた。ところがこの数年、それが逆に悪くなつてきています。年金は削られる一方、介護保険料は値上がりする、労働者は首切り自由でいくらでも解雇できる。労働者を減らすと政府から奨励金が出る。タダ残業はもう当たり前・・・。

 特にこの数年、構造改革という名前で、日本の仕組みが変わってきています。いま申し上げたように、戦後50年かけてみんなで、少しずつ少しずつ作ってきた、いわば生活の安心と安全を守る仕組み、そういうものが今はっきり壊されかかっているのではないでしょうか。

 小泉首相という人は「自民党をぶっ壊す」といって当選したのですが、この4年間を見ていると、あの人は自民党を壊したのではなく「日本を壊した」のではないかと思われます。これまで日本が戦後50年かけて作ってきた社会の仕組みが、バラバラにされているのです。フリーターとかニートがもう30%でしょう。そうなると当然、この人たちは生きる希望がありません。お先真っ暗。いまさえよければ、ということになる。ですから若者が当然刹那的になる。人生の計画なんて立たない。今さえよければということになっていきます。

 昔なら10年に1回あるかないかのような犯罪が、いま毎日のように起きています。私は仙台にいますが、この正月には赤ん坊の誘拐事件で一躍有名になってしまいました。あんなことが日常茶飯事として起こっています。栃木県で女の子が山の中で殺された事件は、まだ解決されていませんが、こんな事件が今は「当たり前」なのです。世の中がすさんできて、何が善で何が悪なのか、みんなに共通な物差しというものがなくなったというふうに思われます。

 そのような世の中の変化、私は多分、「構造改革」というものがその犯人なのだ、と思っています。

《逆戻りの原因はアメリカの変化》

 その構造改革というのは、どこから来たのか。もちろんアメリカから来たのです。アメリカが変化した、日本はそのアメリカに右ならえをした、それが構造改革です。

 それでは何が変わったのか、これが一番の問題です。この変化の行き着くところが、憲法改悪です。

 社会の仕組み全体がいま変わろうとしているのです。憲法も含めて。いったい何がどう変わるのか。いったいどういう構造をどういう構造に変えるということが構造改革なのか。そこのところがアメリカを見ればよく分かってきます。アメリカがお手本なのですから。

 アメリカはソ連崩壊後変わりました。ソ連とか東ドイツは自由のないいやな国でした。昔1960年に西ドイツヘ留学した折、東ドイツへ何回か行く機会がありました。ふつうはなかなか行けないのですが、幸いキリスト教国なので、ドイツのキリスト教はしっかりしていまして、東ドイツと西ドイツに分裂しても、教会は分裂しなかったのです。東西教会一つのまんまです。ですから、教会の年1回の大会には、西で開く時は東の代表がちゃんと来たし、東で開く時は西の代表が行けたのです。ですから一般の人の東西の往来が難しかった時でも、キリスト教の人だけはかなり自由に行き来ができました。

 私も連れていってもらって、何回か東ドイツへ行って見ました。ご存じのように自由のないいやな国でした。ですからソ連や東ドイツが崩壊したのは当然だし、いいことだと思います。しかしソ連や東ドイツが100%悪かったかというとそんなことはありません。良い部分もありました。何から何まで全部ひっくるめて悪だったというのも間違いです。基本的に自由がない。ですから、ああいう国は長くは続かない。これは当然そうだと思います。滅びたのは当然だと私は思います。

 しかし同時に、良い面はなくしては困るのです。良い面は受け継がなければいけません。最も目につくのは女性の地位でした。これは立派なものでした。いまの日本なんかより遥かに進んでいました。男女の平等が徹底的に保障されていました。専業主婦などほとんど見たことがありません。だれでも自由に外に出て、能力に応じて働いていました。それができるような保障が社会にあるのです。文字通りポストの数ほど保育所があって、子供を預け安心して働きに出られるようになっていました。同一労働同一貸金の原則はきちんと守られていて、女性だから賃金が低い、女性だからお茶汲みだけなどというようなことは一切ありませんでした。これは凄いなと思いました。あれは、日本はまだまだ見習わなければいけないことです。

 もう一つ私がびっくりしたのは、社会保障です。私が初めて東の世界を見たのは、何しろ1960年の頃のことです。日本はまだ社会保障がない時代でした。いま若い方は、社会保障はあるのが当たり前と思っておられる方も多いと思いますが、そんなことはないのです。日本は1972年が「福祉元年」といわれた年です。それまでは、福祉はなかったのです。大企業とか公務員だけは恩給がありましたが、商店の経営者とか家庭の主婦なんか何もありませんでした。健康保険も年金も何もありませんでした。72年からようやく国民皆年金、国民皆保険という仕組みが育ってきたのです。

 もともと資本主義という仕組みには、社会保障という考えは無いのです。自由競争が原則ですから、自己責任が原則です。老後が心配なら、自分で貯めておきなさい。能力がなくて貯められなかったら自業自得でしょうがない。こういうのが資本主義の考え方です。労働者が、そんなことはない、我々だって人間だ、人間らしく生きていく権利がある。だから我々の老後をちゃんと保障しろと闘って、社会保障というものが生まれてくるのです。自然に生まれたのではありません。

 労働者が団結して闘って、止むを得ず譲歩して社会保障が生まれてくるのです。資本主義の世界で最初の社会保障を行ったのはビスマルクという人です。ドイツの傑物の大首相といわれた人です。ドイツの土台を作った人ですが、この首相の頃、何しろマルクス、エンゲルスの生まれた故郷ですから、強大な共産党があり、国会で100議席くらいもっていました。そこで、ビスマルクが大弾圧をやるのです。社会主義取り締まり法という法律を作って共産党の大弾圧をし、片方では飴として労働者保険法という法律で、労働者に年金を作ります。世界で初めてです。辞めた後年金がもらえる仕組み、病気になったら安く治してもらえる仕組みを作った。こうやって鞭と飴で労働運動を抑えこんでいったのです。

 社会保障というのは、そうやって労働者の力に押されてやむを得ず、譲歩として生まれてくるのです。放っておいて自然に生まれてくるものではありません。

 そこへ拍車をかけたのが、ソ連や東ドイツです。ソ連や東ドイツヘいってみて、1960年の時点なのですから、日本にまだ社会保障などなかった時、そう豊かではなかったのですけれども、老後みながきちんと年金をだれでも貰える、そして、病気になればだれでも、医者に行って診察を受けて治療を受けられる。これにはほんとうに驚きました。これが社会主義というものかと、その時は思いました。ただ自由がないのです。例えば、牧師さんの家に泊めてもらうと、こちらがキリスト教徒ということが分かっていますから、牧師さんも信用して内緒話をしてくれるわけです。

外国から来る手紙はみな開封されていると言っていました。政府が検閲して開封されてくる。だから、「日本へ帰って手紙をくれる時は、気をつけて書いてください。政府の悪口など書かれると私の立場が悪くなるから。手紙書くときは開封されることを頭に入れて書いてくれ。」というふうに言われました。こんな国には住みたくないなと思いましたけれど、同時に社会保障という点では驚きました。こういうことが可能な社会の仕組みというのがあるんだなあ、とこう思ったのです。

 その後、スターリン主義というものによって目茶苦茶にされていくのですが、私の行った頃はまだ、東側の社会保障がある程度きちっと生きていた時代です。こうして、ソ連や東ドイツが社会保障というものを始めると、資本主義の国もやらざるをえなくなってきます。そうでないと労働者が、あっちの方がいいと逃げ出してしまいます。ですから西ドイツが一番困りました。地続きですから、何しろ。ですから、東に負けないだけの社会保障をしなければならなかったのです。そうすると、自由があって社会保障があるのですから、こっちの方がいいということになります。いくら向こうは社会保障があっても自由がないのです。こうして西ドイツは大変な犠牲を払って、社会保障先進国になってきました。そのことによって、東ドイツに勝ったのです。

 実際西ドイツの労働者は、別に強制されたわけではありません。自主的に西ドイツを選んだのです。ですからあのような東西ドイツの統一も生まれてきたのです。

 つまり資本主義の国は、ひとつは自分の国の労働者の闘いに押されて。そこへもってきて、ソ連、東ドイツの社会保障という仕組みの外圧で、それに負けるわけにいかないものですから、そういう力があって、社会保障というものを造り出していくのです。しかし社会保障というものは莫大な財源がかかります。


《社会保障をやめて小さな政府へ──構造改革の中身(1)》

 いま日本政府は社会保障をどんどん削っていますけど、それでも国家予算の中で一番多い費目は社会保障です。大変な財源が必要なのです。そこで資本主義の国は、新しい財源を見つける必要ができてきます。

 そこで見つけたのが2つ。1つは累進課税です。それまでの資本主義にはなかった、累進課税という新しい仕組みです。つまり収入の多い人ほど税率が高くなるという仕組みです。日本でも1番高い時は1980年代、1番大金持ちはの税率75%でした。ですから、年収10億あれば7億絵5千万円税金にとられたのです。今から考えれば良く取ったものです。今は35%です。大金持ちは今ほんとうに楽なのです。35%ですむのですから。年収10億の人は3億5千万払えばいいのです。昔なら7億5千万取られたのです、税金で。「あんまり取りすぎではないか、これは俺の甲斐性で俺が稼いだ金。それを取り上げて怠け者のために配るのか。」と彼らはいいました。

 そうすると政府は、「いやそういわないでくれ。そうしないと、資本主義という仕組みがもたない。だから体制維持費だと思って出してくれ。そうでないと社会主義に負けてしまう」と言って、大金持ちからたくさん取ったのです。大企業も儲かっている会社からたくさん税金取った。法人税もずっと高かったのです、以前は。こうやって大金持ち、大企業からたくさん取る累進課税で一つ財源を作ったのです。

 もうひとつは、企業負担です。サラリーマンの方はすぐお分かりですが、給料から社会保障で差し引かれますね。そうすると、差し引かれた分と同額だけ会社が上乗せするわけです。自分が積み立てたものが戻ってくるだけなら、貯金したのと同じです。労働者の負担する社会保障費と同額だけ会社も負担しているのです。倍になって戻ってくるから、社会保障が成り立つわけです。

 これも資本主義の原則からいえば、おかしいことです。いまいる労働者の面倒を見るのは当たり前です。会社は労働者がいるから成り立っているのですから。だけど、辞めてからは関係ないはずです。契約関係がないのですから。辞めた人が飢え死にしようがのたれ死にしょうが、会社の責任ではないはずです。

 だけども一歩ふみこんで、それでは資本主義の仕組みがもたないから、労働者が辞めた後まで面倒みてくれ、そこまで企業負担してくれ、そうしないと資本主義がもたないから、ということになります。

 こうやって、社会保障というものが資本主義の国で成り立っているのです。これは、ただの資本主義ではありません。資本主義の原則に反するような累進課税とか、企業負担というものを持ち込んで、社会主義のよいところを取り入れた資本主義です。これを「修正資本主義」と呼びました。

 資本主義の欠点を修正して、社会主義に負けないようないい仕組みに造り直した資本主義ということです。学者によっては、資本主義の経済の仕組みと社会主義経済を混ぜ合わせた「混合経済」と呼ぶ人もいます。所得再配分機能を政府が果たすということです。もちろん修正資本主義というものは、このような良い面だけではなくて、公共事業という名前で国民の税金を大企業の利益のために大々的に流用するというようなマイナスの面もあることも忘れてはなりません。

 しかし、ともかくこうやって、西側の世界は、自由があって社会保障がある、そういう社会に変わっていくのです。そのことで東に勝ったのです。ところが、そのソ連と東ドイツが居なくなったのです。

 その前にもうひとつ。先進資本主義国というのは或る一種の傾向として、労働者が闘わなくなってきます。これは先進資本主義国の宿命のようなものです。つまり資本主義国というのはご存じのように、地球上の大部分を占めている低開発諸国、貧しい第3世界といわれた世界から、安い原料を買ってきてそれを製品にして高く売っています。そして差額、莫大な差額を儲けている。超過利潤と呼ばれています。だから遅れた国は働けば働くはど貧しくなるのです。一生懸命働いてコーヒー豆作っても、それを安く買われてチョコレートやインスタントコーヒーなどの製品を高く買わされるのですから、結局差額だけ損をすることになります。

 この20年、先進国と遅れた国の格差は開く一方、全然縮まらない。地球上の富を先進国が全部集めちゃって、とびきりぜいたくな生活をやっています。ですから先進国の労働者にも、当然そのおこぼれの分け前に預かるので、低開発国の労働者にくらべれば、ずっと豊かになります。豊かにれば闘わなくなってしまいます。その上、それを推し進めるようなありとあらゆる謀策が講じられているのです。

 資本主義というのは、物を売り続けなければなりたたちません。売ったものをいつまでも使われていたのでは、資本主義は成り立たないのです。早く買い換えてもらわなければなりません。いま、日本の車はよく出来ているので、30年は楽に乗れるのに、30年乗られたら日本の自動車会社はみな潰れます。3年か5年で買換えてもらわなれりばいけません。買い替えてもらうには、自分の車は古いと思ってもらう必要があります。ですからコマーシャルで、朝から晩まで何回も、「あんたは古い、あんたは古い。こんないい車ができてます。こんな新しい車が出ましたよ。もっといいのが出ましたよ」と宣伝して洗脳しいるのです。だから3年も乗ると、どうしても買換えざるをえない心境に引き込まれてしまいます。全てのものがそうです。まだまだ使えるのに新しいものに換えてしまう。そういう仕組みができているのです。

 そうしないと、資本主義はもちません。ですから労働者はどうなるかというと、「次、この車に買換えよう、次、パソコンこっちに買換えよう、次、今度はデジタルテレビに買換えよう、じゃあセカンドハウス、つぎは海外旅行・・・」。無限に欲望を刺激され、自分の欲望を満たす方に夢中になって、社会正義とか人権とか考えている暇がなくなっていくのです。

 いま日本の大部分がそうですね。「もっといい生活を」ということだけ考えています。ほかの人の人権だの社会正義なんて見向きもしない。見事に資本の誘惑にひっかかってしまいます。

 もちろん、欲しいからって、お金がなければ買えません。家がほしい、車がほしい、パソコンほしい・・・。それが、実はお金がなくても買える、なんとも不思議な世の中です。ローンというものがあるのですね。

 フォードという人が見つけたのです。それまでは、「つけ」で何か買うなどということは、労働者にはありませんでした。労働者が「つけ」で買ったのはお酒だけです。酒飲みはお金がなくても飲みたいのです。だから酒屋だけは「つけ」がありました。大晦日に払うか払わないかで夜逃げするかどうかもあったでしょうが、今は家を「つけ」で買う、車を「つけ」で買う、なんとも奇妙な世界になってきました。これをフォードが始めたのです。それまでは、自動車というのは大金持ちのものでした。フォードが、あのベルトコンベアーというのも発明して、大量生産を始めたのです。そうなれば、大量に売らなれりばなりません。大量に売るためには労働者に買ってもらわなくてはなりません。でも労働者にはお金がないのです。そこで、ローンという、とんでもないものを考え出したのです。ローンなら金がなくても買えるんですから、みんな買う。当然な話です。

 そりゃあ豊かなのに越したことはありません。マイホームが欲しくなる。ですからみんなローンで買う。そして「マイホーム」という感じになるのです。でも本当はマイホームではありません。あれは銀行のものです。払い終わるまでは、所有権は銀行のものです。銀行から借りてローン組んだだけなんです。こうして次々と新しいものを買わされていく。そのローンは多くの場合退職金を担保に組みます。一度退職金を担保にローンを組んでしまったら、ストライキはできなくなります。会社と闘って退職金がすっとんだら終わりなのです。家も途中でおしまいになってしまいます。ですから、ローンでマイホームが変えるようになってから労働運動は一気に駄目になりました。みんな闘わない、会社と喧嘩したくない、というふうになります。これはもちろん、向こうは計算済みのことです。

 ですから、高度に発達した資本主義社会というのは、労働者が、ある程度ですが、豊かになり、そして、このような消費社会に組み込まれてしまって、身動きができなくなるのです。

 こうして、いま日本では労働組合も、労働運動もストライキもほとんど力を失いました。そうなれば、政府は社会保障なんて、何も譲歩する必要がはありません。労働者が必死になって運動するから、止むを得ず健康保険とか年金制度とかやってきたのであって、労働者が闘わなければ、その必要はないのです。いま、どんどん社会保障が悪くなってきています。次から次から悪くなる。20年前だったら、いまのように社会保障が悪くなったらたちまち、大ストライキが起こりました。しかし今は何も起きません。労働組合が弱体化している、労働運動が骨抜きという状態です。

 そこへもってきて、ソ連や東ドイツがいなくなったのです。こうなればもう社会保障をやる必要はありません。社会保障は止めます、修正資本主義は止めます、ということになるわけです。修正資本主義にはいろいろな意味があるのですけど、一つの特徴は、大金持ちや大企業からお金を取って、弱い立場の人たちに配るところにあります。所得再分配と言われる働きです。だから政府は大きな政府になります。こういう仕組みが修正資本主義で、いろんなマイナス面もあるのですが、プラスの面も大いにあります。

 この仕組みをやめる、というのが今のアメリカです。もう政府は面倒みません、自分でやりなさい、と自由競争に戻る。自由競争一筋。これが、ソ連が崩壊した後に新しくなったアメリカの仕組みなのです。そして、それに日本が「右へならえ」ということなのです。

 それに対してヨーロッパは、アメリカのいうことを聞かず、「われわれはこれからも、社会保障のある資本主義でいきます。むき出しの裸の自由競争には戻りません」。これがヨーロッパなのです。なぜヨーロッパがそういえるかというと、労働運動が強いからです。先進資本主義国なのになぜ労働運動が弱くならないのか。これはこれで時間をかけて考えなければならない問題なのですが──。

 現実の問題として強い。ヨーロッパだって大企業は社会保障を止めたいにきまっています。しかし止めると大騒ぎになります。労働者が絶対に言うことを聞きません。だからやむを得ず守っているのです。企業負担もうんと高いです。日本の会社の倍以上払っています。ですからトヨタ自動車もフランスに、フランス・トヨタを作っていますけど、日本トヨタの倍以上払っています。それでも儲かっているのです。

 ですから、ヨーロッパでも、社会保障は少しずつ悪くなってきてはいますが、日本に比べれば遥かに違います。このようにして、ヨーロッパはアメリカと別の道を進み始めました。アメリカは剥き出しの資本主義に戻りますが、ヨーロッパは修正資本主義のままでいこうとしています。

 しかし、それでは競争で負けます。アメリカや日本は企業の社会保障負担がうんと減っていますから、利潤が増えています。ヨーロッパは高い社会保障負担でやっていますから、儲けが少ないのです。そこで競争しなくてすむようにEUいうものを作って、枠を閉ざしちゃいました。アメリカや日本の会社がヨーロッパに来るときは、ヨーロッパ並みの負担をしなければ、EUには入れません。だからEUの中でやっている時には、日本にもアメリカにも負ける心配はないのです。

 そういう仕組みを作って、アメリカとは別の道を進み始めました。そのためにユーロという別のお金も作りました。イラク戦争で表面に出てきたのですが、イラク戦争がなくても、ヨーロッパはアメリカとは別の道を進み出していました。もう2度とアメリカとは一緒にならないでしょう。

《規制緩和とグローバリゼーション - 構造改革の中身(2)》

 もう一つ、ソ連、東ドイツ崩壊の結果、アメリカが大きく変化したことがあります。それは何かというと、大企業・大資本を野放しにしたことです。

 ソ連がいる間は、大企業や大資本に、「あなた達は資本主義なんだから儲けたい放題儲けたいだろうけど、それをがまんしてください。あなたたちがやりたい放題にやったら、他の資本主義国はみんな負けてつぶれてしまう。アメリカの資本と競争できるような資本などどこにもありませんから。そうなれば、ソ連の方がましだということになる。だから、やりたい放題は抑えてほしい」と言ってその活動を制限してきました。

 具体的に何を抑えたかというと、為替取引を規制したのです。これが一番大きな規制です。いまではもう、中央郵便局へ行って「ドル下さい」といえば、すぐドルをくれます。「100ドル下さい」といえば「ハイこれ1万2千円」。ユーロでも、「下さい」といえば「100ユーロ・ハイ1万4千円」とすぐくれます。でもこれはごく最近のことです。それまでは、外貨・外国のお金は、日本では勝手に手に入りませんでした。お金を外国のお金と取り替える、つまり為替取引は厳重に規制されていて、個人が勝手にはできなませんでした。外国旅行に行くとか、何か特別な理由が認められた時しか、外国のお金は手に入りません。

いまは何も制限ありません。自由にだれでもいつでもできます。理由など聞きませんから、100ユーロとか千ドルくださいと言えば、そのままくれます。これが為替取引の自由化というものです。これがなかったのです。ソ連が崩壊するまでは、アメリカも厳重に規制していました。それをとっぱらったのです。理屈っぽく言えば、資本の国際移動が自由にできるようになったということです。こうして、アメリカの巨大な金融資本が、世界中を我が物顔にのし歩く時代が来るのです。

 もうソ連も東ドイツもなくなったのですから、「いや永いことお待たせしました。今日からもう儲けたい放題儲けていいですよ。やりたい放題やっていいですよ」ということになったのです。これが規制緩和とことです。規制緩和ということは要するに、大資本が野放しになったということです。そうなったらどうなるか、世界第2の経済大国といわれる日本でさえ、全然太刀打ちできません。アメリカの巨大資本、金融資本・銀行ですね。日本の銀行とは勝負になりません。ボブサップと私が裸で殴り合ぅようなもので、一コロで殺されてしまいます。

 それでもやれというなら、ボブサプは手と足を縛ってもらって、目隠ししてもらって、こちらは金槌でも持たしてもらって、それでやっと勝負になるのです。今まではそうだったのです。それを全部外して自由にする、無条件で自由競争にするというのです。負けないためには、相手に負けない位大きくなるしかないですから、合併、合併、合併。あっという間に30ほどあった都市銀行が3つになってしまったのです。UFJとか「みずほ」とか、元何銀行だったか覚えておられる方おられますか。すぐ言えたら賞金をさし上げてもよろしいのですが、まず、言える方おられないでしょう。合併、合併であっという間に3つになりました。3つにになってやっとなんとか対抗できるというくらいにアメリカの巨大銀行というのは大きいものなのです。それでもダメで、長銀はのっとられてしまいました。北海道拓殖銀行も山一証券ものっとられてしまいました。次々とのっとられています。

 ついこの間は青森県の古牧という温泉がのっとられまし。広くていい温泉なんですけど、驚いたことにゴールドマンサックスでした。世界最大のアメリカの金融投資会社、ハゲタカファンドの代表のようなものです。これがどうして古牧温泉なのかと思ったのですが、テレビで放送していました。古牧だけではありません。他に28ケ所、超有名温泉みんな買い占めちゃったのです、ゴールドマンサックスが。

どうするかというと、従業員みんな首切っちゃってパートにして、腕利きのマネージャーを送り込み、部屋をヨーロッパ、アメリカ向きに整備しなおして、欧米からの観光客をワーツと呼ぼうという作戦なんですね。儲かるようにして高く売るのです。ゴールドマンサックスが経営するのではありません。いま赤字の会社を買い取って、儲かるように造り直してすぐに売っちゃうのです。これが投資銀行のやっていることです。確かに、いわれてみればそのとおりで、日本の温泉ほどいいものはありません。知らないだけで、こんないいものは世界中どこにもありません。だから日本の温泉の良さが分かったら、おそらくヨーロッパ、アメリカからごっそり観光客が来ると思います。そこにゴールドマンサックスが目をつけたのですね。そして近代経営やって外国人が来て楽しめるような設備に変えて、世界中にジャパニーズスパーなんていって売り出す気なのですね。ですから、そのうち皆さんも温泉にいらっしやるとみんな英語で案内され、アメリカのお湯の中に入ることになってしまいます。

 アッという間に日本はアメリカ資本に乗っ取られようとしています。去年のホリエモン合併もそうです。今年から商法改正(改悪)して、乗っ取りを認めるということになったのです。株の等価交換、面倒な仕組みですから詳しいことは申し上げませんが、アメリカ株1億ドル分と日本の株1億ドル分を、等価父換していい、こういっているんです。ところが、アメリカの株の値段が高いのです。ですから1億ドルといっても、株の数からすると、例えば千株位しかない。日本は株が安いですから、同じ1億ドルで1万株位あるのですね。そうすると、千株と1万株で取り替えますから、あっという間にアメリカは大株主になってしまう。この等価父換を認めると、日本の大企業全部乗っ取られてしまう。

 そこで、日本の優良企業が狙われています。超優良企業を株式等価交換で、簡単にアメリカが乗っ取ることができる。今年からそれが可能になるはずだったです。それで去年、実験をやったのですね。ホリエモンにやらせてみたのです。ホリエモンはアメリカのリーマン・ブラザースから借りてやったのです。で、出来そうだなと分かったので、アメリカはお金を引き上げてしまいました。ホリエモンに乗っ取られては困る、いずれ自分が乗っ取るのですからネ。最後の段階で資金引き上げましたたから、ホリエモン降りる外なかった、多分そういう仕組みだったのではないかと思います。

 今年から自由に、日本中の会社をアメリカが乗っ取れるはずだったのですが、あのホリエモン騒動のおかげで日本の大企業が震え上がり、政府に泣きついて、「なんとか商法改正を見送ってくれ」と。それで見送りになりました。ですから、ちょっと一息ついているのです。今年すぐ、乗っ取られるというわけではありません。でも、いつまでも見送りというわけにはいかないでしょう。2・3年後には解禁。そうなれば、日本はほぼアメリカ資本に支配される、ということになるでしょう。

 日本ですらそうなのですから、まして、フィリピンとかタイとかいう国はたまったものではありません。あっという間に乗っ取られてしまいます。アメリカに勝手に経済的属国にされてしまう。それに対して、いやそんなの困るから、アメリカ資本が自分の国の株を買うことを法律で禁止する、というようなことをやろうとすると、アメリカはそれを認めないのです。グローバリゼーションだから地球はは「一つ」だというのです。いくら規制緩和しても相手国が法律で規制してしまったら終わりです。ですから、自分の国だけ勝手に現制することは認めません、地球はひとつですよ、グローバリゼーションですよ、ときます。フメリカの大資本が地球上のどこの国でもアメリカ国内と同じ条件で商売できるようにする、これがグローバリゼーションです。いやだと断ると制裁を加えられます。

 クリントン大統領の時は経済的制裁だけですんだのですが、ブッシュになってから、軍事的制裁になりました。いうことを聞かないと軍事制裁だぞという、これがネオコンという人たちの主張です。イラクを見ればみな震え上がるでしょう。ですから、アメリカの言いなりにグローバリゼーションで国内マーケットを開放して、アメリカ資本に全部乗っ取られてしまう、というのがいま着々と進行しているのです。

《アメリカの孤立》

 そこでどうなったかというと、ヨーロッパと同じように、「そんなの困る。自分の国の経済の独立は自分たちで守りたい」という人たちが手を繋いで、「アメリカに支配され引きずり回されないように、防波堤を作ろう」という動きが始まりました。だいたい5・6年前からです。アセアン(ASEAN東南アジア諸国連合)の動きが始まりました。5つの国です。インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポール、フィリピン。元来はアメリカが造らせた組織だったのですが、いつのまにか自主独立を目指す組織に成長しました。

 手を繋ぎ、アメリカに引きずり回されないように、アメリカの資本が勝手に入ってこないように、自分たちの経済は自分たちでやりましょう、と。ところが、ASEANが束になったってアメリカにはとてもかないません。そこで、知恵者がいました。アセアンだけではかなわないので、中国と手を繋いだのです。「アセアン、プラス中国で、アジアマーケットを作り、アメリカにかき回されないようにしよう」しようというのです。確かに、中国が入ったらアメリカはうかつに手が出せません。しかし中国だけ入れると、反米色があまりにも露骨ですから、「アセアン、プラス・スリーでいきましょう。アセアン+日本+韓国+中国、でいきましょう」ということになります。日本はアメリカの51番目の州だといわれているのですから、日本が入れば、アメリカも安心します。

 EUのように、アセアン+スリーで、自分たちの経済は自分たちでやれるように、アメリカに引きずり回されないような自立したアジアマーケットを形成することが目標です

 ただひとつ、日本が具合が悪いのです。日本はそのスリーに入っているのですが、(アセアンの会議に)行く度に「アメリカも入れろ、アメリカも入れろ」というのです。アセアン諸国はアメリカから自立するために作っているのですから、「アメリカを入れろ」といわれたんじゃあ困るので、結局日本は棚上げになってしまいます。実際にはアセアン+中国で、経済交流が進んでいます。いずれ2010年には、東アジア共同体・EACというものを立ち上げる、という動きになっています。

 そうなってくると韓国が困りました。日本・アメリカ側につくのか、中国・アセアン側につくのかで、2・3年前から中国側に大きく傾いています。留学生の数を見ると分かります。中国の北京大学には世界中の留学生が集まります。21世紀は中国と商売しなければメシが食えなくなることが分かっていますから、将釆、中国語がしゃべれる人が自国のリーダーになり、中国の指導者に友達がいないと困ります。それには北京大学に留学するのが一番いいのです。あそこはエリート養成学校です。この前行った時聞いてみたのですが、入学試験競争率5千倍だそうです。超難関です。大学の構内を歩いて見たのですが、広い敷地に6階建てのアパートが36棟ぐらい建っていて、みな学生寮です。全寮制。そばに教職員住宅があって、朝から晩まで共に暮らしながら勉強しています。授業は朝7時からです。ものすごく勤勉に勉強しています。

35年間私は大学の教員でしたが、愛すべき怠け者の学生諸君を教えてきたわが身としては、「あ、これはかなわないなァ、20年もしたら──」と思いました。向こうは国の総力を上げて次の時代の指導者を養成しているのです。日本はもう全然、ニートとかフリーターとかいって、若者の気迫がまるでレベルが違います。これは置いていかれるな、という気持ちになりました。このように世界中の国が、いま一流の学生を北京大学に送り込んでいるのですが、去年、北京大学留学生の中で一番数が多いのが韓国なのです。

 おととしまで韓国の学生は殆どアメリカヘ行っていました。去年あたりから中国へ変わったようです。つまり韓国は、21世紀の自国は、アメリカ・日本ではなく、中国・アセアンと組むことで繁栄を図りたい、と向きを変えたということです。

 それに拍車をかけたのが小泉首相の靖国参拝。これで韓国は怒っちゃってあちらを向いた。そうなると、アセアン、中国、韓国と繋がって、日本だけはずされてしまった、という状況がいま生まれつつあります。

 さらに中国は、数年前からいま、「ふりん政策」を国の方針としています。フリンといっても男女の不倫ではありません。富、隣。隣の国を富ます、隣の国を豊かにする──富隣政策です。隣の国と仲良くする。中国だけ儲けたのでは相手に恨まれてしまいます。英語では「ウィン、ウィン」(win-win)というようです。どっちも勝つ、中国も儲けるけど相手も儲けるような関係を必ず作っておく、ということが基本政策です。

 つまりアメリカは、やっとソ連を倒したと思ったら、今度は中国が出てきたのですから、中国を目の敵にしているのは当然です。中国にすれば、アメリカにやられないためには、単独では対抗できませんから、周りの国と手をつなぐ、ということです。

 アメリカは修正資本主義を止めて自由競争の資本主義に戻りました。その結果大企業・大資本は野放しになりました。そのためにアジアにそっぽを向かれることになりました。アメリカにはついていけない。アメリカに勝手にされては困る。もちろんアメリカと喧嘩をしては駄目ですが、自分の国は自分の国でやれるようにしなければならない──、というふうに変わったのです。

 そして最後に、3年前から南米が変わりました。ようやく日本でも報道されるようになりましたからご存じと思います。ただ日本のマスコミはちょっとしか書きませんから、気づいておられない方もおありかと思います。南米がものすごい勢いでアメリカ離れを始めたのです。

 今まで200年、南米はアメリカの裏庭といわれていました。アメリカはやりたい放題やっていました。チリは世界一の銅の産出国ですが、このチリの銅はすべて、アナコンダというアメリカの銅会社が一手で採掘していました。だからいくら掘ってもチリは豊かにならない。アメリカのアナコンダだけが儲かるのです。

 ブラジルは世界一の鉄の産地です。これもみな掘っているのは欧米の会社で、いくら掘ってもブラジルは豊かにならない。ベネズエラは世界第五位の産油国です。これもみなアメリカの石油資本が持っていく。

 こういう国はこれまで軍事独裁政権でした。政治家は、自分の国の資源をアメリカに売り渡し、自国の国民の反発は力で抑えつけ、莫大なリベートを貰って自分たちだけベラボウな贅沢をしてきました。これがアメリカと南米のパターンだったのです。

 それが、3年ほど前から、「おかしいではないか。やっぱりベネズエラの石油はベネズエラ人のものだ。石油を掘ったら、ベネズエラが豊かにならないとおかしいではないか。いくら掘ってもアメリカだけ儲けるのはおかしい。石油をアメリカの石油会社から取り上げて、ベネズエラで掘ることにしよう。国有化しよう」というような政策を訴える大統領が、当選するようになりまし。この3年間で、南アメリカは80%が、このような自主独立派の大統領になりました。アメリカ資本に任せず、自国の経済は自分でやろうという政策を掲げた大統領が、次々と当選したのです。
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2023/08/27 (Sun) 08:37:21

いまでは、南アメリカでアリカの言いなりというのは、多分コロンビアしかないと思います。あとは殆どみな、自分の国は自分でやりましょというふうに変わってきました。ベネズエラのウゴ・チャベスという人がそのチャンピオンです。ご存じですね、時の人です。アメリカはそのチャベスの当選を必死になって妨害したのですが、結局ダメでした。チャベスが圧倒的多数で選出されました。その彼の言い分がふるっているのです。

 「失礼にならないようにアメリカから遠ざかりましょう」というのです。いきなり遠ざかったのではゴツンとやられますから、アメリカを怒らせないように、喧嘩しないように、少しずつ「小笠原流」で遠ざかって自主独立に向かいましょうというのです。

 これがいま世界の合言葉です。「失礼にならないようにアメリカから遠ざかる。」日本もそうしなければいけない、と私は思っているのですが。絶対にやりません。

 こうやってアメリカは、ソ連や東ドイツがなくなってから、修正資本主義をやめて、いまの言葉でいえば「新自由主義」という仕組みに代わりました。日本はそれに右ならえしたのです。いま申し上げたように、このアメリカの新自由主義経済に無条件で追随しているのは、日本しかありません。あとはみな、「失礼にならないように」距離をおきました。

日本だけが無条件でついていきました。だから「ポチ」だといわれるのですネ、確かにポチと言われてもしょうがないほど、無条件でついていきます。それは恥ずかしいことですが、日本が追随していく。これが構造改革なのです。修正資本主義経済から新自由主義経済に変わるということです。簡単にいえば、弱い人の面倒を政府が見るような仕組みから、もう弱い人の面倒は見ませんという仕組みに、変わっていく──。これが構造改革です。

 だから、社会保障はどんどん悪くなる。自由競争で勝ち組と負け組がある。中には1千万ぐらいのマンション買って落ち着いているのもいる。片方には、国民健康保険料さえ払えなくて医者にも行けない。そういう人がもう全国で膨大な人数出てきている。まさに格差社会です。

 どんどんその格差が広がっています。金持ちからお金を取って弱い人の面倒を見る、というのが修正資本主義なのですが、それを止めてしまいました。野放しなのです。強い人はますます強くなり、弱いものは負けたら自己責任なんですよ。こういう仕組みにいま変わったのですね。

 それがいいか悪いか、止むを得ないのかどうかは、いろいろな立場によって考えが違うのですが、事実はそうなったのです。

 しかしヨーロッパは別の道をとっています。このように別の道もありうるというのも事実なのです。ヨーロッパのように社会保障を止めない資本主義もあり得るのです。

 日本の場合、アメリカほど徹底していませんが、流れとしては「政府はもう弱い人の面倒は見ません」、という方向に大きく動いています。


《憲法改悪の要求》

 こうして、アメリカは新自由主義経済で自国の企業を野放しにして、それを世界中に押しつけようとしたのですが、意外に抵抗が大きかった。ヨーロッパはいうことを聞かない。アジアも聞かない、南米も聞かない。これでは困るので力づくで押しつける。こういうことになるのですね。力づくで押しつける時に、最大の目標・ターゲットはもちろん中国です。やっとソ連を倒して、21世紀はアメリカが王様になれると思ったら、中国が巨大な国になってきて、アレリカの前に立ふさがっいます。このままではアメリカは王様ではいられません。中国を抑え込むことが21世紀へ向けてのアメリカの最大の長期的課題になっています。しかし戦争はできません。中国と戦争したのでは共倒れになります。唯一の道はエネルギーを抑えることです。

 ネオコンという人たちの書いた文章を読むと、非常にはっきり書いてあります。21世紀にアメリカが世界の支配権を握るには、中近東の石油を抑えなければならないというのです。中国は石油の自給ができません。どんどん石油を輸入していますが、殆どいま中近東から輸入しています。アメリカが中近東の石油を抑えれば、中国はアメリカのいうことを聞かざるをえなくなる。当然でしょうね。

 世界一の産油国サウジ・アラビアはすでにアメリカ側の国です。そこで第二の産油国であるイラクをアメリカは分捕りたいのですが、その理由がありません。そこでアメリカは「大量破壊兵器、テロ応援」という嘘をつきました。プッシュ大統領も、ついにウソであったことを認めました。

 ではなぜイラク戦争をやったのか。本当の理由はまだ公表されていません。しかしネオコンという人たちの文章を読むと、明らかに「石油を抑える。抑えてしまえば中国は言うことを聞かざるをえない」。ここに本当の理由があったことは明白です。そうだとすれば、恐ろしい話ですが、(次に)絶対にイランが狙われます。

 世界第1の産油国サウジアラビアは、昔からアメリカの同盟国です。第2位のイラクは抑えてしまいました。そしてイランは第3位の産油国です。ここを放っておいたのでは意味がないのです。中国はいくらでもイランから石油の輸入ができます。どうしてもイランまで抑えなければならないというのは、アメリカでは、いわば常識です。どんな新聞雑誌でも次はイランだということが堂々と語られています。

 ライス国務長官も3日前、「今イランに対するは軍事力行使の予定はない」と言っていました。「今は」です。イランは核開発やっているというのが理由です。たしかに妙な国ですが、しかし別に悪い国ではありません。あのあたりでは1番民主的な国です。曲がりなりにも選挙で大統領を選んでいますから。女性はみな顔を出していますし、大学へもいっています。イランは近代化した国なのです。サウジアラビアなどの国に比べたら、ずっと民主的な近代国家です。イスラム教のお妨さんが、選挙で選ばれた大統領より偉い、というのだけが変ですが、全員がイスラムですから、他国がとやかく言うことではないです。

 ですから、イランが悪魔の国というのは嘘なのです。イラクがそういわれたのも同じで、要するに悪魔の国と誤解させて、戦争しかけてもやむを得ないと思わせるための宣伝が行われているのです。

 イランはイランで、自分で自分他ちの国を近代化していけばいいのであって、核兵器持つなといっても、隣のパキスタンもインドも持っているのです。こちらのイスラエルもです。イランだけ持つなといっても、聞くわけありません。イランに持たせたくないのなら、「俺も止めるからあんたも」と言わなければなりません。「俺は持っている。お前だけ止めろ」と言ったってイランが聞くわけありません。そんな理屈が通るはずがないのです。実に馬鹿な理屈です。

本当にイラクに核開発をやめさせたいのなら、イギリスもフランスもアメリカも 「先ず自分が止める、だからお前も止めろ」と言うしかありません。お前だけ持つなと言って、聞くと思う方がどうかしています。核開発は現在の大国の論理では抑えられません。イランに言わせれば、「イラクがなぜあんなに簡単に戦争しかけられたかといえば、核兵器を持っていなかったからだ。持っていたら恐ろしくてとても戦争なんか仕掛けられない」ということになります。だからイランはいま核開発を急いでいるのです。核兵器を持たないとアメリカに攻められるから。そう思い込んでいるのです。

 そう思わせるようなことをアメリカはやってきたのですから、イランに核兵器開発を止めさせるためには、イラクから撤収して、中東の平和は中東に任せる、という姿勢を示すしかありません。自分がイラクを分捕って居座ったままで、イスラエルやパキスタンやインドの核兵器には文句をいわずイランにだけ、というのは通じない理屈です。実にゆがんだ国際常識というものが罷り通っている、と思います。

 もしアメリカがイランまで分捕ってしまえば、サウジアラビア、イラン、イラクと合わせて、世界の石油の70%ぐらいになるはずですから、中国はアメリカのいうことを聞かざるをえなくなります。だからつぎはイランだというのが、ネオコンの論理です。

 ただ問題は、イランに戦争を仕掛けるとしても単独ではできなません。兵隊がたりない。徴兵制ではなく志願兵制度ですから。いま、ありったけの兵隊さんがイラクに行っています。あれ以上いないのです。だからハリケーンが来ても出せなかったのですね。そうすると、イランに出す兵隊なんていないのです。そこで、アメリカの右翼新聞の社説など、堂々と書いています。「イラクにいるアメリカ軍でイランを乗っ取れ。カラッポになったイラクの治安維持は、日本にやらせろ」と。
 アメリカの論理から言えばそうなるのでしょう。自衛隊にイラクの治安維持をといいますが、実際は内乱状態ですから、今も毎日アメリカ兵は毎日5人位殺されています。そんなこと引き受けたら、自衛隊員何人死ぬか分かりません。第一そんなことは、憲法9条があるかぎりできないのです、絶対に。憲法があるおかげで、自衛隊はイラクにいますけれども、ピストル1発撃つことができないのです。憲法9条第2項というのがあるのです。自衛隊は戦力ではない・交戦権はないとなっていますから、不可能なのです。だから給水設備備を作るとか、学校修理とか、そういうことしか出来ません。これじゃあアメリカから見れば役に立たないのです。


《平和憲法こそ 日本生存の大前提》

 そこで、「9条2項を変えて、戦争ができる自衛隊になってくれ」というのがアメリカの強い要求なのです。みんな分かっています。言わないだけです。日本の新聞記者も知っています。しかし、「9条変えろ」がアメリカからの圧力、と書くと首になるから書かないだけです。でも誰も知っています。アメリカのに戦争に参加しなさい、という強い圧力がかかっているのです。

 ここのところをよく見極めておくことが必要です、「9条を守る」ということは、「アメリカの言いなりにならぬ」ということと一つ、なのです。

 アメリカと喧嘩しては駄目ですから、「失礼にならないようにアメリカから遠ざかる」のが何よりも大切です。仲良くするけれども言いなりにはならない、ということです。ところが、憲法が危ないという、この危機的な状況にもかかわらず、国内で労働運動が弱体化していますから、ストライキも起きない。大きなデモも起きない。大反対運動も起きない──。という状況です。

 ではもう駄目なのでしょうか。そうではないと思います。それには日本の国内だけではなく、世界に目を向ける、アジアに目を向けるこちとが必要のです。ご存じのように、これからの日本は、中国と商売せずには、生きていけなくなりま。いま、大企業だけですけど、多少景気がよくなってきています。全部中国への輸出で持ち直したのです。中国マーケットがなくなったら日本経済はおしまいだ、ということは誰も分かってきています。

 お手元の資料の中の(貿易額の)丸い円グラフは、2003年のもので少し古いのですが、アメリカ20.5%、アジア全体で44.7%、つまり日本にとって一番大事な商売の相手は、アメリカではなくてアジアなのです。

 アジアと仲良くしなかったら、経済が成り立たないところへ、いま既にさしかかっているのです。左隣の棒グラフは2004年ですが、左上から右に折れ線がずうっと下がってくる。これが日本とアメリカの貿易です。点線で右へずうっと上がっていくのが中国との貿易。遂に去年(2つの折れ線が)交差し、中国との貿易の方がアメリカとの貿易額より多くなりました。しかも鋏状に交差していますから、今後この2つは開く一方になってきています。

 つまり、あと2・3年もすれば、日本は中国との商売なしには生きていけない、ということが国民の常識になるということです。いま既に、中国を含めたアジアが、日本の一番大事なお客さんなんです。仲良くしなければいけません。一番大切なお客さんの横っ面ひっぱたいたんじゃ商売は成り立ちません。

 靖国参拝などというものは、一番大事なお客さんの横面ひっぱたくと同じことなのですから、個人の信念とは別の問題です。小泉首相は総理大臣なのですから、個人の心情とは別に日本の国全体の利益を考えて行動しなければいけません。それは総理大臣の責任だと思います。その意味でアジアと仲良ぐできるような振舞いをしてもらわなければ困るのです。

 もう一つ。アメリカとの商売はこれからどんどん縮小していきます。それは、ドルというものの値打ちがどんどん下がっていくからです。これはもう避けられません。

 昔はドルは純金だったのです。1971年まで、35ドルで純金1オンスと取り換えてくれました。だからドルは紙屑ではありませんでした。本当の金だったのです。

 われわれのお札はみな紙屑です。1万円なんて新しくて随分きれいになりましたけど、綺麗にしただけちょっとお金がかかって、印刷費に1枚27円とかかかると聞きました。27円の紙がなぜ1万円なのか。これは手品みたいなものです。あれが5枚もあるとなかなか気が大きくなるのですが、本当は135円しかないのです。それが5万円になるのは、法律で決めているのです。日銀法という法律で、こういう模様のこういう紙質のこういう紙切れは1万円、と決められている。だから、あれを1万円で受け取らないと刑務所に入れられます。法律で決まっているからです。ですから日本の法律の及ぶ範囲でだけ、あれは1万円なのです。その外へ出ると27円に戻ってしまいます。

 金と取り換わらないお札というのは、簡単にいえばその国の中でしか通用しません。他の国へ行ったら、その国の紙屑と取り換えなければ通用しません。ところが、ドルだけは世界で通用しました。純金だからです。

 ところが、1971年にアメリカはドルを金と取り換える能力を失いました。ベトナム戦争という馬鹿な戦争をやって莫大な軍事費を使ったのです。背に腹は代えられなくてお札を印刷し、航空母艦を造ったりミサイル、ジェット機を作ったりしたのです。そのために、手持ちの金より沢山のお札を印刷しちゃったのです。

 その結果、アメリカは、ドルを金と取り換える能力を失ったのです。そこで、71年8月15日、ニクソン声明が出されました。「金、ドル交換停止声明」です。あの瞬間にドルも紙屑になったのです。ドルが紙屑になったということは、ドルがアメリカの国内通貨になったということです。

 ところが、問題はそれ以後なのです。世界で相変わらずドルが適用したのです。皆さんも海外旅行へ行かれる時は、大体ドルを持って行かれますね。どこの国へ行っても大丈夫なのです。金と取り換えられないお札が何故世界で適用するかは本当に不思議で、経済学者にとって最大の難問なのです。いろんな人がいろんな答を言っていますけど、あらゆる答に共通しているのは、ひとつは「アメリカの力の反映」だから、ということです。

 つまり、日本が自動車を作ってアメリカヘ売ります、ドルを貰いますネ。日本は損をしているのです。自動車という貴重なな物質がアメリカへ行って、紙屑が返ってくるのですから。物が減ってお札だけ増えると必ずバブルになります。

 バブルの犯人はそこにあるのです。日本が輸出し過ぎて貿易黒字を作り過ぎているのです。だから日本は、アメリカに自動車を売ったら、「純金で払ってください」と言わなければなりません。ところがそう言うと、ジロッと睨まれてお預けになってしまいます。日本には米軍が5万人います。「アメリカのドルを受け取らないとは、そんな失礼なこと言うなら、在日米軍クーデター起こしますよ」、これで終わりなのです。黙って受け取ってしまう。だから日本は無限に物を提供し、無限に紙屑をもらう。こうしていくら働いても日本人の生活はよくならないのです。しかもその紙屑でアメリカの国債を買っています。アメリカに物を売って、払ってもらった代金をアメリカに貸している。言ってみればツケで輸出しているようなものです、現実に。アメリカにいくら輸出しても日本は豊かにならない仕組みになつています。

 2週間前に『黒字貿易亡国論』という本が出ました。有名な格付け会社の社長さんですが、「貿易黒字を作るから日本は駄目なのだ」、ということを詳しく論じたたいへん面白い(文芸春秋社の)本です。確かにそうだと思います。だからドルは、本当は受取りたくないのです。みんな紙屑なんです。だけど受け取らないと睨まれる。アメリカの軍事力が背景にあるのです。

 その力をバックにして、紙切れのお札を世界に通用させている。例えていえば──餓鬼大将が画用紙に絵をかき1万円と書いて鋏で切り、これ1万円だからお前のファミコンよこせ、とこれを取り上げる──のと同じです。いやだと言ったらぶん殴るのです。怖いから黙って渡して紙屑もらうことになります。その紙屑で、他の人から取り上げればよいのです。「お前のバイクよこせ、よこさなかったらいいつける」。「あの人、あんたの紙屑受け取らない」、するとガキ大将が釆て、ゴツンとやってくれる──。餓鬼大将の力の及ぶ範囲ではそれが通用するのです。

露骨にいえば、ドルがいま世界に適用しているのは、そういう仕組みが一つあります。

 もう一つは、ソ連の存在です。もし紙屑だからアメリカのドルを受け取らないといったら、アメリカ経済は潰れます。アメリカが潰れたらソ連が喜ぶ。だから紙屑と分かっていても受け取ってきた。ソ連に勝たれては困るから──。

 これも確かに一理あります。ということは、ソ連がいなくなって、紙屑は紙屑だということがはっきりしてきたのです。今まではソ連がいるために、紙屑なのに金のように適用したが、今や「王様は裸だ」というのと同じで、「ドルは紙屑だ」といっても構わない時代です。

 ともかくドルが危ないのです。私が言ってもなかなか信用してもらえませんが、経済誌『エコノミスト』、一流企業のサラリーマンなら必ず読んでいる雑誌すが、これの去年9月号が中国“元”の特集でした。その真ん中へんに「プラザ合意20年」という対談がありました。その中で、榊原英資さんは「5年以内にドル暴落」と言っています。

 榊原さんは大蔵省の元高級官僚で日米為替交渉の責任者を10年やりました。円・ドル問題の最高責任者だった人です。「ミスター円」といわれていました。通貨問題に最も詳しい現場の責任者です。停年で大蔵省をやめて今は慶應大学の先生になっています。この人が「5年以内にドルが暴落する」、つまりドルが紙屑だということが明らかになる日が近いと言っているのです。

 ソ連がいる間は隠されていたのですが、いまはもう、ドルは紙屑だから受取りたくないという人たちが増えてきています。これまでは世界通貨はドルしかなかったので、受け取らなければ商売ができなかったのですが、今ではユーロという代わりが出来てしまいました。ドルでなくてユーロで取引する国が増えてきています。そしてユーロの方が下がりにくい仕組みになっています。ドルは下がるのです。

 なにしろアメリカは、永いことドルが世界通貨ということに慣れてきました。だから自動車が欲しければ日本から自動車買って、アメリカは輪転機を回せばよいのです。紙とインクがあればいいのですから。ほかの国はこんなことできません。自動車が欲しければ、一生懸命働いて何か輸出し、その代金で輸入しなければならないのです。アメリカ以外の国は全部そうやっているのです。

 輸入は輸出と一緒です。輸入するためには輸出しなければなりません。ところがアメリカだけは輸出しないで輸入ができるのです。ドルという紙切れが世界通貨ですから。極端に言えば、欲しい自動車や石油を日本やアフリカなどから買って、紙とインクで支払う。実際そうして世界の富がアメリカに集まったわけです。

 71年以降の30年間、この仕組みのために、世界中にドルが溢れ出ました。ドルがどんどん増えますから、当然値打が下がります。こうしてドル下落傾向。(資料の一番下のグラフがそうです。円が上がっていく様子、為替取引だから短期的には上下しますが、長期的には間違いなく円高。ドルがドンドン下がるのは確かです。)これがあるところまでいくと、ガクッと下がります。

 あるところまでいくと、「ドルは信用できない、下がる通貨は持っていたくない」となります。ですからドルを受け取らない、ユーロか何か、別な、下落しない通貨でなければ受け取らないということが出てくる。そうなるとドルは暴落します──。榊原氏がそういっているのです。

 ヨーロッパはユーロでいくでしょう。アジア経済圏はなんといったって元です、中国の。中国は賢いですから、元を押しつけないで、何かアジアの新しい通貨を作るかもしれません。しかし元が中心になることは間違いないでしょう。ドルはアメリカでしか使われなくなる。そうすると、今まで全世界で使われていたドルが、みんなアメリカに集まって来るわけですから、アジア、ヨーロッパで使われいていたドルがみな戻ってきて、簡単にいえばドルの値打が3分の1に下がることになります。

 アメリカの生活は大きく収縮します。一家で3台自動車持っていた家は1台に。1台持っていた家は止めなくればならなくなる、ということです。

 アメリカ経済の収縮。これは大変恐ろしい話なのです。世界経済が大きく収縮し、日本経済は大きな打撃を受けます。しかし避けられない動きなのです。いつのことか分からないが、そう遠くない将来にドルの信用がドンと落ちていく。結果として日本がアメリカにだけ頼っていたら、大変なことになります。

 いまのうちに、アメリカに輸出してドルをもらったらユーロに代えておいた方がいい。ユーロの方は下がらないからです。EUという所は、国家財政が赤字だと加盟できないことになっています。赤字だと穴埋めにお札を出すので乱発ということになって下がるのです。だからユーロは一応下がらない仕組みになっています。乱発できないようになっているのです。ドルは短期的に持つのはかまわないが、3年、4年と長期的に持っていると下がってしまいます。それならユーロにしておいた方がいいとか、これから生まれるかもしれないアジア通貨にしておいた方がよいとかいうことになります。世界の大企業や国家が、決済のために多額のドルを持っていますが、これがユーロに切り替えられるとなると、ドルはもう世界通貨ではなくなります。

 そうなると、アメリカだけに依存している国は、大変苦しくなります。21世紀の日本を考えた時、アメリカと仲良くするのは大切ですが、しかしアメリカ一辺倒では駄目な時代になっているのです。アジアと仲良くしなければいけません。

 しかしアジアと仲良くするのには、無条件ではできません。なぜなら、60年前、アジアに戦争を仕掛けて大変な迷惑をかけた。その後始末がちゃんとできていないのです。仲良くするするためには、60年前のマイナスを埋めるところから始めなければいけません。別に難しいことではないのです。「あの時はごめんなさい。2度とやりませんから、勘弁してください」。これで済むわけです。

 問題は、「2度とやりません」が、信用してもらえるかどうかです。信用してもらうための最大の決め手が「憲法第9条」です。憲法9条第1項、第2項がある限り、日本は2度と戦争はできません。イラクの状態を見ても、自衛隊は鉄砲一発撃てない。(世界中)みんなが見ています。この憲法9条第1、第2項がある限り、日本は戦争はできません。だから安心して日本と付き合うのです。

 もし日本が憲法9条を変えて、もう1回戦争やりますということになったら、アジアの国々は日本を警戒して、日本との付き合いが薄くなってしまいます。いま既にそうなりつつあります。小泉首相は靖国に何度も行く。自民党は憲法9条を変えることを決め、改憲構想まで発表した。アジアの国々は用心します。「そういう国とは、あまり深入りしたくない」。

 小泉首相は「政冷、経熱」でいいじゃないか、といいます。政治は冷たくても経済では熱い関係というのでしょうが、そんなことはできません。中国と日本の経済関係はじわっと縮小しています。統計でもそれははっきり出ている。

 おととしまで中国の貿易のトップはアメリカでした。次が日本、3位はEU。これがひっくり返ってしまいました。去年はトップはEU、2位アメリカ、3位日本です。明らかに中国は日本との商売を少しずつ縮小させている。その分EUに振り替えています。

 去年5月、ショッキングなことがありました。北京・上海新幹線という大計画をEUに取られました。北京~上海って何キロあるのでしょう。日本の本州より長いのではないでしょうか。このとてつもない計画があって、去年、まだ予備調査の段階すが、日本は負けました。ドイツ、フランスの連合に取られました。予備調査で取られたということは、本工事は駄目ということです。中国にすれば、日本にやらせるのが一番便利なのです。近いですし、新幹線技術も進んでいます。まだ1度も大事故を起こしたことがありません。ドイツもフランスも、1回ずつ大事故を起こしたことがあります。技術からいっても資本からいっても、日本にやらせれば一番いいのに、日本が負けました。明らかに政治的意図が働いたと思われます。日本との関係を深くしたくない。いざという時、いつでも切れるようにしておく。いざというとき、切れないようでは困る。そういうことではないでしょうか。

 いまのままアメリカ一辺倒でいいのでしょうか。私は長島さんをよく思い出します。後楽園での引退試合の時、最後に「読売ジャイアンツは永久に不滅です」といったのです。永久に不滅どころか、去年のジャイアンツのサマといったらもう、見ていられない。アメリカもそうなるのではないでしょうか。小泉首相は「アメリカは永久に不滅です」と、いまもいっているのですが、そうではないのではないでしょうか。

 アメリカにさえ付いていれば、絶対大丈夫という時代は終わったのです。アメリカとも仲良くしなければいけませんが、しかしアジアとも仲良くしなければいけない、そういう時代がいま来ているのです。仲良くするのには、憲法9条を守ることが大前提です。これを止めてしまったら、アジアとは仲良くできません。

 憲法9条は、日本にとって“命綱”です。いままでは、憲法9条というと、「理想に過ぎない。現実は9条で飯食えないよ」という人が多く、中には鼻で笑う人もいました。しかしいまは逆です。9条でこそ食える。9条を変えたら、21世紀日本の経済は危ないのです。

 憲法9条を守ってこそ、この世紀の日本とアジアとの友好関係を守り、日本も安心して生きていけるのです。こういう世の中をつくる大前提が憲法9条です。憲法9条は美しいだけではなく、現実に儲かるものでもあります。そのことがやっと分かってきました。

 奥田経団連会長は、去年までは小泉首相を応援して靖国参拝も賛成だったのですが、そんなこといってたらトヨタは中国で売れなくなります。そこで今年の正月の挨拶でついに、「中国との関係を大事にしてほしい」と、向きが変わりました。
 財界が、中国と仲良くしなければ自分たちは商売ができない、となってくれば、日本の政治の向きも変わるだろうと思います。あと3年たてば多分、これは日本の国民の常識になってきます。中国と仲良くしないと経済が駄目になる。それは中国のいいなりになることではないのです。良くないことはきちんという。だけど敵にするのではなく、仲良くする。でなければ、日本の経済は成り立たない。これがみんなの常識になってくるでしょう。

 これまで60年、アメリカベったりだったから、アメリカから離れたら生きていけないと皆思ってきました。しかし現実の数字はそうでなくなっています。一番大事な経済の相手は、もうアメリカではなくアジアなのです。これに気づくのにあと2・3年かかるでしょう。これが世論になれば、もう、憲法を変えるなどということは、絶対にできません。

 しかし、この3年の間に、国民の世論がそのように変わる前に、憲法が変えられてしまったら、どうにもなりません。

 あと3年、必死の思いでがんばって、子供たちに平和な日本を残してやるのが、私たちの務めだと思います。そう思って、私も必死になってかけ回っています。あと3年ぐらいはまだ生きていけるだろうから、なんとしても3年間は9条を守るために全力をつくしたいと決心しています。

 ありがたいことに、9条を変えるには国民投票が必要です。国会で決めただけでは変えられません。国民投票で過半数をとらないと、憲9条は変えられないのです。逆にいえば、これによってこちらが憲法9条を守る署名を国民の過半数集めてしまえばいいことになります。住民の過半数の「9条を守る」署名を3年間で集めてしまう。そうすればもう、変えることは不可能になります。

 そうすれば、子供たちに憲法9条のある日本を残してやれます。 2度とアジアと戦争する国にならないようにして、そしてもし長生きできれば、新自由主義という方向、つまりアメリカ言いなりではなく、もっと自主的な経済ができるように、せめてヨーロッパのような修正資本主義、ルールのある資本主義の仕組みにもう一度戻すこともできるでしょう。

 日本中で、飢えている人、因っている人、貧しい人が、それでも人間らしく生きていけるような、最低限の保障ができる、生きる希望が出る──。そういう社会にすることが大切なのだ、と思います。これは長期的展望です。簡単にはできません。一度、新自由主義になってしまったので、10年位かかるでしょう。国民が賢くなって、正しい要求を政府につきつけていかなければいけません。その中心になる労働運動の再建が必要です。

 結局国民が主権者なんですから、国民の願いがかなうような、そういう日本に作り替えていきたいなと、そういう道を進んでいきたいなと思います。

 鋸南町は合併を拒否なさったというので、日本でも有数な自覚的な町といえます。合併するとまず住民自治がダメになります。大きくなるということは、住民自治が駄目になることでもあります。住民が主人公になる町こそ大切。ぜひこの美しい山と海と禄のある町で、1人1人が主人公であるような地域共同体というものを、みんなが助け合える町になることを私も希望して、講演を終わらせていただきます。
http://kyonannet.awa.or.jp/mikuni/siryo/2006/kawabata-kouen060114.htm
55:777 :

2023/09/03 (Sun) 02:11:54

戦争が起これば景気が良くなる?大恐慌から抜け出すために勃発した第二次世界大戦【茂木誠vs佐藤敏弘】
2023/09/02
https://www.youtube.com/watch?v=xXGhrvlOuok
56:777 :

2023/09/06 (Wed) 04:29:17

2023.09.05XML
2001年9月11日の出来事でネオコンに抵抗する勢力は弱体化した
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309050000/

 ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された。いわゆる「9/11」である。

 その前日、国防長官だったドナルド・ラムズフェルドは軍事予算のうち2兆3000億ドルが行方不明になっていることを認めていた。これは大スキャンダルだったが、9/11のため、この問題は吹き飛んでしまった。

 また、ネオコンに担がれていたブッシュ大統領の「財布」と言われていたエネルギー投機会社エンロンの破綻が不可避の状態で、経営内容にメスが入れられようとしていた。ところが倒壊した7号館に保管されていた膨大な関連書類は消えている。

 エンロンを生み出した新自由主義的な強者総取りの政策は社会を破壊し、人びとの怒りは高まっていた。2001年7月にイタリアのジェノバではG8サミットが開かれたが、そこへ約20万人が抗議のために集結、取り締まり側は暴力行為をでっち上げる事態になっていた。

 また9月10日から11日にかけて、大統領の父親であるジョージ・H・W・ブッシュ元大統領はフランク・カールッチやジェームズ・ベイカー3世とリッツ・カールトン・ホテルでシャフィク・ビン・ラディンと商談していた。

 ブッシュたちアメリカ人3名は巨大投資会社カーライル・グループの幹部だったが、商談相手が問題。ジョージ・Wは9/11の直後、詳しい調査をしないまま実行責任者をオサマ・ビン・ラディンだと断定したが、シャフィクはオサマの兄弟だからだ。

 ビン・ラディン家はサウジアラビア最大の建設会社を経営、アフガニスタンでCIAは対ソ連戦の主力戦闘員として、サウジアラビアから派遣されたムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を使っていた。その戦闘でビン・ラディン家の会社は建設機械を使い、地下要塞網を建設したと言われている。

 ところが、9/11では複数の旅客機がサウジアラビアなど中東出身の人びとにハイジャックされたとされている。証拠はないのだが、そういうことにされ、人びとの目はサウジアラビアに向けられた。

 当時、サウジアラビアの駐米大使として赴任していたのはバンダル・ビン・スルタン。「バンダル・ブッシュ」と呼ばれるほどブッシュ家と親しい関係にあった。バンダルは後にサウジアラニアの情報機関、総合情報庁を率いることになる。彼の後任大使になるトゥルキ・ビン・ファイサル・アル・サウドは2001年8月31日、つまり9/11の11日前まで総合情報庁の長官を務めていた。

 9/11の直後、ジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査をしないまま「アル・カイダ」が実行したと断定、その「アル・カイダ」を指揮しているオサマ・ビン・ラディンを匿っているという口実でアフガニスタンへの攻撃を始めている。

 その一方、国内では「愛国者法(USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)」が制定された。この法律は340ページを超す文書だが、それを議会は提出されて1週間で承認してしまった。

 この法律によってアメリカ憲法は機能を事実上停止、令状のない盗聴や拘束、拷問が横行することになった。民主主義を放棄したわけだが、この法律のベースになった法案を1995年2月に提出したとバイデンは自慢している。愛国者法の一部は2015年に失効したものの、「自由法」という形で復活。今ではさまざまな形で愛国者法は生き続けている。

 ロナルド・レーガン時代、アメリカでは憲法の機能を停止させる仕掛けをつくっている。「COG」だ。このプロジェクトはロナルド・レーガン大統領が1981年に承認した「NSDD55」から始まる。COGは上部組織と下部組織に分かれ、上部組織は「プロジェクト908」、下部組織は「フラッシュボード」とそれぞれ呼ばれていた。

 COGプロジェクトは極秘にされていたが、1987年7月に開かれたイラン・コントラ事件の公聴会において、ジャック・ブルックス下院議員が触れている。オリバー・ノース中佐に対し、「NSCで一時期、大災害時に政府を継続させる計画に関係した仕事を担当したことはないか?」と質問したのだ。この計画とはCOGプロジェクトにほかならない。

 ノースに付き添っていた弁護士のブレンダン・サリバンは質問に動揺し、委員長のダニエル・イノウエ上院議員は「高度の秘密性」を理由にして、質問を打ち切ってしまう。イノウエ議員はCOGについて知っていたということだ。

 ブルックス議員が取り上げた当時、COGは核戦争を前提にしていたのだが、1988年に変質する。大統領令12656が出され、その対象は「国家安全保障上の緊急事態」に変更されたのだ。そして2001年9月11日、「国家安全保障上の緊急事態」が起こった。9/11だ。

 ジョージ・H・W・ブッシュ、フランク・カールッチ、ジェームズ・ベイカー3世、バンダル・ビン・スルタン、オサマ・ビン・ラディンたちを平和的だと表現することはできない。CIAと関係が深いことも事実だ。

 しかし、H・W・ブッシュやベイカーは1980年代からネオコンと対立していた。当時、ブッシュやベイカーたちはイラクのサダム・フセイン体制をペルシャ湾岸の産油国を守る防波堤と認識していたのだが、ネオコンはフセインを倒して親イスラエル体制を樹立、シリアとイランを分断して両国を制圧しようと目論んでいた。最終的に「大イスラエル」を樹立、つまり中東全域をイスラエルに支配させようとしていたと言われている。

 また、ソ連消滅後、H・W・ブッシュやベイカーはNATOを東へ拡大するつもりはなかったようだが、ネオコンは拡大させてロシアを制圧しようとしていた。ジョージ・H・W・ブッシュが再選されなかった理由はこの対立にあったとも言われている。

 選挙でブッシュに勝ったビル・クリントンもCIAと関係が深く、 第1期目は旧ソ連圏への軍事作戦に消極的だった。そのクリントンはスキャンダル攻勢にあう。スキャンダルが沈静化するのは1997年に国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代してからだ。その後、NATOは東へ拡大、2014年2月にはクーデターでウクライナにネオ・ナチ体制を樹立した。

 こうしてみると、ジョージ・H・W・ブッシュ、ジェームズ・ベイカー3世、バンダル・ビン・スルタン、オサマ・ビン・ラディンなどは9/11の実行グループではない可能性があるように見える。一種の予防措置として実行グループが秘密工作に引き摺り込んだのかもしれない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309050000/
57:777 :

2023/09/09 (Sat) 10:46:38

2023.09.09XML
2001年だけでなく1973年の9/11もアメリカ支配層の世界支配戦略で重要な役割
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309090000/

 ニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が2001年9月11日に攻撃された。いわゆる「9/11」だ。その年にスタートしたばかりのジョージ・W・ブッシュ政権は攻撃について詳しい調査をしないまま実行責任者をオサマ・ビン・ラディンだと断定、アメリカ憲法の機能を停止させた。同時にアフガニスタン、そしてイラクを先制攻撃、世界制覇戦争を始めている。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、ポール・ウォルフォウィッツは国防次官時代の1991年にイラク、イラン、シリアを殲滅すると口にし、9/11から10日ほど後にはイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランの名前が記載された攻撃予定国リストを統合参謀本部で見たという。(​3月​、​10月​)

 この9/11の28年前、今から50年前の1973年9月11日に南アメリカのチリで軍事クーデターがあった。1970年の選挙で勝利、大統領に就任したサルバドール・アジェンデはアメリカによる帝国主義的な支配に反対していた政治家で、巨大資本から敵視されていた。そして巨大資本の代理人であるヘンリー・キッシンジャーを後ろ盾とするオーグスト・ピノチェトがアジェンデ政権を倒したのだ。キッシンジャーの手先として動いていたのはCIAの破壊工作部門である。

 クーデターの布石としてCIAはチリ軍参謀総長レネ・シュネイデルを殺害した。この軍人は憲法を遵守する考え方の持ち主で、CIAにとって好ましくない人物だった。さらにアメリカの金融機関やIBRD(国際復興開発銀行、通称「世界銀行」)はチリへの融資をストップして経済面から揺さぶりをかけ、労働組合はストライキで社会を不安定化させていた。チリに限らず、CIAは労働組合を支配下に置いている。

 CIAやイギリスの対外情報機関MI6は1960年代からイタリアで破壊工作を連続して実行していた。第2次世界大戦中、西ヨーロッパでドイツ軍と戦ったのは事実上、レジスタンスだけ。そのレジスタンスの主力がコミュニストだったことから大戦後もイタリアやフランスはコミュニストが強く、米英の支配層はレジスタンス人脈を嫌っていた。コミュニストではないが、レジスタンスに参加していたフランスのシャルル・ド・ゴールの命が狙われた理由もここにある。

 例えば、イタリアでは1969年にパドゥア大学とミラノの産業フェアで爆弾テロ、そしてミラノのフォンタナ広場にある国立農業銀行が爆破された。1970年にクーデターが試みられ、74年にはボローニャ近くで列車が爆破され、80年にはボローニャ駅が爆破されている。

 国立農業銀行を爆破したひとりとされているステファノ・デレ・キアイエは1970年のクーデター未遂の後にスペインへ逃げ込み、その後はイタリアとスペインとの間を自由に行き来している。1974年4月には有力貴族でファイスストやCIAとの関係が深いバレリオ・ボルゲーゼとチリを訪問、ピノチェトと会談した。

 1975年春にはチリの情報機関DINAのオフィサーだったマイケル・タウンレイが西ヨーロッパへ派遣され、現地の右翼活動家をリクルート、亡命している反体制派を「無力化」する手配をしている。そして1975年10月、ピノチェト体制に反対する運動を組織していたベルナルド・レイトンがローマで銃撃され、重傷を負った。デレ・キアイエの協力を得ての作戦だった。(effrey M. Bale, “The Darkest Sides Of Politics, I,” Routledge, 2018)

 1976年9月にはアジェンデ政権で外務大臣などを務めたオルランド・レテリエールがワシントンDCで暗殺された。CIAが暗殺計画を知らなかったとは思えないが、その時のCIA長官はジョージ・H・W・ブッシュにほかならない。

 チリのクーデターはオーストラリアの情報機関も協力していた。この事実を知ったゴウ・ウイットラム首相はASISに対してCIAとの協力関係を断つように命令した。

 ASIS以外にもオーストラリアには情報機関があり、いずれもアメリカの指令で動いていた。その仕組みをウイットラム政権が揺るがすことを恐れたアメリカ政府はウイットラムの排除を目論む。CIAは1975年11月、イギリス女王エリザベス2世の総督であるジョン・カー卿を動かしてウイットラム首相を解任している。

 カーは第2次世界大戦中の1944年、オーストラリア政府の命令でアメリカへ派遣されてCIAの前身であるOSS(戦略事務局)と一緒に仕事をし、大戦後はCIAときわめて深い関係にあった。(onathan Kwitny, "The Crimes of Patriots," Norton, 1987)

 ウイットラムが解任された後、オーストラリア政府が米英支配層の政策に逆らうことはなくなった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309090000/
58:777 :

2023/09/11 (Mon) 06:41:17

【そうきチャンネル】『戦争屋』 ビクトリア・ヌーランド・ニジェール訪問の屈辱 日米近現代史研究家 渡辺 惣樹(わたなべ そうき)
渡辺 惣樹
2023/08/30
https://www.youtube.com/watch?v=QYFvMOGf168
59:777 :

2023/09/12 (Tue) 02:35:42

大手メディアでは報道されない米露関係の今【混乱する国際政治と日本①】 |伊藤貫
2023/09/11
https://www.youtube.com/watch?v=-lgss-YOuKE
60:777 :

2023/09/12 (Tue) 22:39:25

大手メディアでは報道されないウクライナ戦争【混乱する国際政治と日本②】 | 伊藤貫
C2023/09/12
https://www.youtube.com/watch?v=N8a-w7S3s8A
61:777 :

2023/09/13 (Wed) 11:39:17

いいいいい
62:777 :

2023/09/15 (Fri) 03:53:16

2023.09.15XML
米国政府の圧力があってもロシアの天然ガスがなければ社会を維持できないEU
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309150000/

 天然資源に関する問題を調査し、キャンペーンを実施しているNGOの「グローバル・ウィットネス」の発表によると、​今年1月から7月までの間にEU諸国がタンカーで輸入したロシア産LNGは昨年の同時期に比べて40%増加した​という。スペインはロシア産LNGの世界第2位の買い手であり、ベルギーがそれに続く。勿論、第1位は中国だ。





 アメリカはウクライナをクーデターで手に入れ、ロシアからEUへ天然ガスを運ぶパイプラインをおさえた。昨年9月26日にはウクライナを迂回する「ノード・ストリーム」と「ノード・ストリーム2」が爆破されたが、アメリカ政府が実行した可能性が高い。スペインのテレサ・リベラ・エネルギー相は4月、EUの制裁協議にロシアのLNGも加わるべきだと語ったようだが、EU市場を必要としないロシアは傷付かず、ロシアの天然資源が必要なEUは壊滅する。

 アメリカのバラク・オバマ政権は2013年11月から翌年の2月にかけてウクライナでネオ・ナチを利用したクーデターを実行、10年の選挙で当選したビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除した。

 しかし、クーデターではヤヌコビッチの支持基盤でロシア語を話し、 東方正教会の文化圏にあるクリミアや東部ドンバスを制圧に失敗した。アメリカ/NATO/ウクライナ西部の支配層はかつてパレスチナやユーゴスラビアで行ったように住民を虐殺し、追い出し、自分たちにとって都合の良い人々を移住させるつもりだったようだが、成功していない。ロシアにとってウクライナがNATOの支配地になるということは、ナチスが始めたソ連に対する軍事侵略、「バルバロッサ作戦」の新たなバージョンにほかならない。

 ウクライナのクーデターには別の目的もあった。ロシアとEUを分断し、双方を弱体化させようということだ。ロシアとEUの接近はアメリカやイギリスの支配層にとって脅威である。

 ロシアとEUを結びつける最大の要因は石油や天然ガス。EUの経済はロシアが供給していた天然資源なしには維持できない。つまり、ロシアの天然資源をEUから取り上げてしまえば、EUは米英資本に従属せざるをえない。

 アメリカでは1970年代から新自由主義を導入、商品の製造を放棄して金融を軸に据えた。金融マジックだが、このマジックは人びとがドルを信仰することで成立する。その信仰を支えてきたのが軍事力と情報力にほかならない。

 1991年12月のソ連消滅で新自由主義を推進していた勢力はアメリカが「唯一の超大国」になったと考え、世界制覇プロジェクトを本格化させた。そのベースが1992年2月に作成された「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。ウォルフォウィッツの仲間であるネオコンはNATOを東へ拡大、旧世代の「タカ派」も懸念する事態になる。そうした旧世代のひとりがリチャード・ニクソンだ。

 ニクソンは1994年の段階でアメリカの傀儡だったボリス・エリツィンの政治的な影響力が低下していると指摘、ロシア議会で反米機運が高まっていると警鐘を鳴らし、そうした機運の高まりはエリツィンの後継者として反欧米の大統領候補を連れてくる可能性があるとしている。そして登場してきたのがウラジミル・プーチンにほかならない。

 2001年9月11日の出来事でアメリカにはそのドクトリンに抵抗する勢力が消滅するのだが、プーチンを中心とする勢力はロシアを再独立させることに成功、状況は一変した。

 アメリカの政策はドイツをはじめとするEUの経済を破壊し、人びとの生活は成り立たなくなる。生産活動を維持できなくなる企業に対し、アメリカは拠点の移動を働きかけているようだ。新自由主義で破壊した自国の製造業をEUの企業で補填しようというのだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309150000/
63:777 :

2023/09/19 (Tue) 03:20:42

2023.09.19XML
「土壇場を迎えたアメリカ帝国主義」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309190000/


 アメリカの支配層は自由、人権、民主主義という看板を掲げながら国外で侵略戦争を仕掛け、国内では管理体制を強化し、富を独占するための支配システムを世界に広げようとし、その切っ先をロシアや中国の喉元に突きつけています。1991年12月にソ連が消滅、「唯一の超大国」になったアメリカは好き勝手に行動できると考えるようになった結果だと言えるでしょう。その帝国主義的な姿勢が中露の反撃を招き、アメリカの支配層は窮地に陥りました。次回の「櫻井ジャーナルトーク」ではそうした状況について考えたいと思います。

 アメリカにも憲法があり、人びとの権利が定められていますが、憲法の規定を無効にするためのプロジェクトCOGが1982年にスタートしました。ソ連が消滅した直後の1992年にはアメリカが「唯一の超大国」になったという前提で世界制覇プロジェクトが国防総省の「DPG草案」という形で作成され、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれています。

 そのCOGとウォルフォウィッツ・ドクトリンは2001年9月11日から本格的に始動、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナというように火をつけ、今、東アジアの軍事的な緊張を高めています。アメリカはイギリスやオーストラリアとAUKUSなる軍事同盟を組織しましたが、彼らは相手が弱小国でない限り、基本的に自分たちが最前線に出て来ることはなくなっています。ロシアや中国との戦争では日本や韓国が矢面に立たされそうです。

 ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」にしろ、ズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」にしろ、ハルフォード・マッキンダーが1904年に発表した理論に基づいていますが、その理論のベースはイギリスが19世紀に始めた「グレート・ゲーム」、つまりロシア制圧プロジェクトです。

 19世紀の終盤、イギリスは1899年から1902年にかけてのボーア戦争(南アフリカ戦争)で金やダイヤモンドを産出する南アフリカを奪い取ることに成功、アメリカは先住民を虐殺しながら西海岸に到達、1898年のアメリカ・スペイン戦争で南アメリカやフィリピンを奪いました。

 イギリスは1839年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」で中国(清)に勝利しますが、内陸部を占領する戦力がありません。イギリスが日本で明治維新を仕掛けた理由はそこにあるのでしょう。

 1853年にマシュー・ペリーが指揮する艦隊を江戸湾に送り込んだアメリカは67年にアラスカを手に入れ、ハワイも占領していますが、アメリカ支配層が最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だったと言われています。

 ボーア戦争で重要な役割を果たしていたセシル・ローズは1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出し、大儲けした人物。そのローズはネイサン・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレットらと支配者グループを形成、アルフレッド・ミルナーはその後継者です。

 ローズは優生学を信奉していました。1877年6月にフリーメーソンへ入会、その直後に書いた『信仰告白』で彼はアングロ・サクソンは最も優秀な人種であり、その居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことだと主張してます。領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務だというのです。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877)

 イギリスでは19世紀にハーバート・スペンサーが適者生存を主張、競争で強者が生き残ってその才能が開発され、その一方で弱者は駆逐されるとしています。弱者に無慈悲であればあるほど社会にとっては「優しい」のだというのです。イギリスの人類学者、フランシス・ゴルトンは「遺伝的価値の高い者を増やし、遺伝的価値の低い者を減らす」ことで社会を改善できると主張していました。このゴルトンは優生学の創始者とされていますが、彼の従兄弟は『種の起源』で知られているチャールズ・ダーウィンです。

 こうした思想はローズなどイギリスの支配者グループに影響を与え、アメリカの支配層にも影響を及ぼし、カーネギー研究所、ロックフェラー財団、ハリマン家のマリー・ハリマンらの支援を受けて優生学を広める運動が展開されました。そうした運動に感銘を受け、自国で実践したのがアドルフ・ヒトラーにほかなりません。

 アメリカが掲げる自由、人権、民主主義という看板を支えているのはそうした思想なのです。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202309190000/
64:777 :

2023/10/16 (Mon) 06:50:46

日本はなぜ世界の国際政治のリアリズムを理解できないのか② |伊藤貫×室伏謙一
2023/10/15
https://www.youtube.com/watch?v=AT3H75BaqOU
65:777 :

2023/10/17 (Tue) 14:09:44

2023.10.17XML
イスラエル建国から続くパレスチナ人に対するアパルトヘイト政策への怒り
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202310170000/

 ハマス(イスラム抵抗運動)が10月7日にイスラエルを陸海空から奇襲攻撃、イスラエルはガザに対する激しい攻撃を開始した。イスラエル軍はハマスへの報復と言いながらパレスチナの市民を虐殺している。イギリスやフランスでもイスラエルを批判する抗議活動が展開され、フランスではパレスチナ支持のデモが禁止された。イスラム世界ではイスラエルへの怒りが高まり、ガザで地上戦が始まったなら、怒りが燃え上がると見られている。

 ハマスは1987年12月、シーク・アーメド・ヤシンによって創設された。ヤシンはムスリム同胞団の一員としてパレスチナで活動していた人物で、ガザにおける同胞団の責任者。シン・ベト(イスラエルの治安機関)の監視下、彼はムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を1973年に創設、76年にはイスラム協会を設立している。

 シーモア・ハーシュによると、前回、つまり​2009年に返り咲いた時、ベンヤミン・ネタニヤフはPLOでなくハマスにパレスチナを支配させようとした​。そのため、ネタニヤフはカタールと協定を結び、カタールは協定に基づいてハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたという。

 こうした経緯があるため、今回のハマスによる攻撃はネタニヤフの偽旗作戦ではないかと推測する人も少なくない。ウクライナでロシアに敗北したアメリカ/NATOも、人びとの目を逸らさせる必要があった。

 ウクライナがロシアに敗北したのは昨年2月末のことである。ドンバスに対する大規模な軍事作戦を始めようとしていたウクライナ軍をロシア軍は昨年2月24日にミサイルで攻撃した。ドンバス周辺に集まっていた部隊を一気に叩いたほか、ウクライナ側の航空基地やレーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊しているのだ。その直後、​イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役とする停戦交渉が始まり、停戦はほぼ合意に達した​。

 3月5日にベネットはモスクワでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけた。ベネットはその足でドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会っている。​ゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフがウクライナの治安機関SBUのメンバーに射殺されたのはその3月5日​だ。その後、トルコを仲介役とする停戦交渉も行われ、仮調印まで漕ぎ着けている。

 4月9日にはイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んで停戦交渉の中止と戦争の継続を命令、4月21日にはウクライナ南部のミコライフ州のビタリー・キム知事は「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と国民を脅し、4月30日になるとナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪れ、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めたのだ。

 この後、ロシアの戦闘相手はアメリカ/NATOになったのだが、この戦闘もロシアが勝った。「ウクライナが勝っている」というプロパガンダを続けていた西側の有力メディアも今年に入り、ウクライナの敗北を認める報道を始めた。​ニューヨーク・タイムズ紙は今年8月、記事の中で約50万人のウクライナ兵が戦死したと書いている​。この数字はほぼ正しいと見られている。なお、ロシア側の推計戦死者はその1割、つまり5万人程度だ。

 ​ベン・ウォレス前英国防相は今年10月1日、テレグラフ紙でウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると書いている​。そのうえでウクライナ政府に対し、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。つまり学徒動員、あるいは少年兵の投入を求めている。

 膨大な兵器や資金を投入してきたジョー・バイデン政権に対する批判はアメリカ国内でも高まってきた。これまで「戦意高揚」を目的とするプロパガンダを続けてきたメディアとしても都合の悪い状況だ。もっとも、それでも平然と嘘をついているマスコミも存在するようだが。

 バイデンにとってもネタニヤフにとっても、個人的にはハマスが始めた戦争で助かるだろうが、イスラエルに対する批判は高まっている。イスラエル建国以来、パレスチナ人が歩まされた苦難の道を世界の人びとは知っている。今回の戦闘でもパレスチナの周辺にイスラム世界だけでなく、ロシア、中国、あるいは「グローバル・サウス」が集まりつつある。アメリカに従ったヨーロッパや日本は厳しい状況に陥った。

 ジョージ・H・W・ブッシュ政権は1991年1月、イラクを攻撃した。アメリカ政府の罠に引っかかり、サダム・フセイン政権はクウェートへ軍事侵攻、その報復という名目だった。

 ネオコンはそのままフセイン体制を破壊するつもりだったが、イラクをペルシャ湾岸産油国の防波堤と考えていたブッシュ大統領はフセインを排除しないまま停戦、ネオコンは激怒した。ブッシュが再選されなかった理由のひとつはここにある。

 その年の5月に国防総省を訪れたウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツから、シリア、イラン、イラクを5年から10年で殲滅すると聞かされたという。2001年9月11日から10日ほど後に統合参謀本部で攻撃予定国のリストが存在していたともいう。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていた。(​3月​、​10月​)

 ソ連が消滅した1991年12月頃にはアメリカの外交や軍事はネオコンが主導権を握り、旧ソ連圏の解体工作をはじめ、ユーゴスラビアを軍事攻撃する。ソ連消滅後、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと考え、ロシアや中国にも簡単に勝てると思い込んでいた。

 フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載された論文はそうした心情を表している。​キアー・リーバーとダリル・プレスはその論文​の中で、アメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てるとしている。

 日米欧のエリートたちは今でもそう考えているかもしれないが、2008年8月、ジョージア軍は南オセチアを奇襲攻撃、ロシア軍の反撃で惨敗している。ジョージアの背後にはイスラエルとアメリカが存在、イスラエルは2001年からジョージアへ武器/兵器を含む軍事物資を提供し、将兵を訓練している。アメリカの傭兵会社も教官を派遣していた。奇襲攻撃が行われる前の月にアメリカの国務長官だったコンドリーサ・ライスがジョージアを訪問している。

 その後、シリアでロシア軍は戦闘能力の高さ、 兵器の優秀さを世界に示したが、それでもアメリカ/NATO軍はロシア軍を軽く見ていた。その見方はウクライナでも変化していない。そして窮地に陥ったのだ。
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66:777 :

2023/10/20 (Fri) 21:28:41

2023.10.20XML
シオニストはパレスチナ人を「人間獣」と考え、ガザで民族浄化を目論んでいる
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202310200000/

 ​イスラエルのギラド・エルダン国連大使は10月8日、国連安全保障理事会で「これはイスラエルの9/11だ」と演説​、​ヨアブ・ギャラント国防相はガザを完全包囲するように命じた​と語った。ギャラントによるとパレスチナ人は「人間獣」、つまり人間ではない。躊躇なく殺せるということだろう。彼らにとって病院に対する爆撃は問題なく、「人道的支援」は受け入れ難いはずだ。

 今から50年前の1973年9月11日、チリで軍事クーデターがあった。1970年の選挙で勝利、大統領に就任したサルバドール・アジェンデはアメリカによる帝国主義的な支配に反対していた政治家で、アメリカの巨大資本から敵視されていた。

 その意向を受け、巨大資本の代理人であるヘンリー・キッシンジャーが動く。当時、国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めていたキッシンジャーはアジェンデを排除するための工作をCIAの破壊工作部門に命じた。そして実行されたのがオーグスト・ピノチェトによる軍事クーデターだ。

 これが最初の9/11だが、勿論、エルダン大使が口にした9/11は2001年9月11日の出来事。この日、ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃があったのだ。

 攻撃の直後、ジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査をしないまま「アル・カイダ」が実行したと断定、その「アル・カイダ」を指揮しているオサマ・ビン・ラディンを匿っているという口実でアフガニスタンへの攻撃を始めた。

 その一方、アメリカ国内では「愛国者法」が制定され、基本的人権を報奨した憲法の条項を無力化させ、収容所化を進めた。この法律は340ページを超す文書だが、それを議会は提出されて1週間で承認。つまり議員の大半は内容を読まずに賛成している。

 ブッシュ政権はアフガニスタンだけでなくイラクへ軍事侵攻する計画を立てる。CIAは2002年に対イラク工作を開始、その年の11月に中東全域のCIA支局長がロンドンのアメリカ大使館に集められ、IOG(イラク作戦グループ)から対イラク戦争は決定済みであり、嫌なら辞めろと脅されたという。(James Risen, “State of War,” Free Press, 2006)

 イラクへの先制攻撃を正当化するため、コリン・パウエル国務長官は大量破壊兵器に関する偽情報を国連で宣伝している。パウエルは2003年2月、国連でサダム・フセイン政権が間違いなく生物兵器を開発、生産能力もあると発言しているのだ。

 パウエルの次官だったシャルロット・ビアーズは「マディソン街の女王」と呼ばれる人物で、大手広告会社の会長兼CEOを務めていた。彼女の手法は単純化と浅薄化。イメージが問題なのであり、詳しく丁寧には説明しない。イラクへの先制攻撃をアメリカ政府は「イラクの自由作戦」と命名したが、これもビアーズのアドバイスに従ってのことだという。ブッシュ大統領が「この戦争は平和のため」と発言したのも彼女のアドバイスによる。(Alexander Cockburn & Jeffrey St. Clair, “End Times”, CounterPunch, 2007)

 イラクへの軍事侵攻は1991年、国防次官だったポール・ウォルフォウィッツが口にしている。ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン政権を倒し、親イスラエル体制を樹立させ、シリアとイランを分断、個別撃破する計画を立てていた。

 9/11から10日ほど後、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官は統合参謀本部で攻撃予定国のリストを見ている。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが載っていたという。(​3月​、​10月​)

 アメリカ主導軍がイラクを先制攻撃したのは2003年3月20日早朝のこと。作戦に参加したのは事前にクウェートへ送り込まれていたアメリカ軍兵士24万8000人、イギリス軍兵士4万5000人、オーストラリア軍兵士2000人、ポーランドの特殊部隊GROMの隊員194名、そしてクルドの武装集団ペシュメルガから7万人だという。なお、GROMはアメリカ陸軍の特殊部隊デルタフォースとイギリスのSAS(特殊空挺部隊)が1990年代に組織、訓練した軍事組織だ。

 イラクに軍事侵攻したアメリカ主導軍は破壊と殺戮を繰り広げ、捕虜に対する拷問も明らかになっている。戦争で死亡したイラク人の数を西側は小さく見積もっているが、100万人程度にはなっている可能性がある。

 例えば、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると、2003年の開戦から06年7月までに約65万人のイラク人が殺されたとされている。またイギリスのORBは2007年夏までに94万6000名から112万人、NGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。

 ウクライナの政治家​オレグ・ツァロフは昨年2月19日に緊急アピール「大虐殺が準備されている」を出し、キエフ政権の軍や親衛隊はこの地域を制圧、自分たちに従わない住民を「浄化」しようとしていると警鐘を鳴らしている​。ドンバスを制圧し、キエフ体制に従わない住民(ロシア語系住民)を「浄化」、CIAの下部機関と化しているSBU(ウクライナ保安庁)はネオ・ナチと共同で「親ロシア派」の粛清を実行することにもなっていたという。

 ​ロシア軍がウクライナ側で回収した文書によると、ゼレンスキーが1月18日に出した指示に基づいて親衛隊のニコライ・バラン上級大将が1月22日に攻撃の指令書へ署名している​。2月中には攻撃の準備が終わり、3月に作戦を実行することになっていたという。

 ドンバスで住民が大量虐殺された場合、 ロシア軍が介入してくる可能性が高い。アメリカ/NATO/ウクライナは2014年から8年かけてドンバス周辺にに要塞線を築いていた。ネオ・ナチを中心に編成されたアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリ、あるいは岩塩の採掘場があるソレダルにはソ連時代に建設された地下施設、つまり地下要塞が存在している。地下要塞は全長200キロメートルだという。その要塞線の中へロシア軍を誘い込んで足止めし、その間に別の部隊がクリミアを攻撃するというプランだったと推測する人もいる。

 しかし、ロシア軍はウクライナ軍が動く直前の2022年2月24日にミサイル攻撃を開始、ウクライナ側の航空基地、レーダー施設、生物化学兵器の研究開発施設などを破壊したほか、ドンバスに対する大規模な攻撃を始めるために集結していたウクライナの軍や親衛隊などを壊滅させている。この段階でウクライナ軍はロシア軍に負けていたのだ。その後も戦闘が続いているのはアメリカ/NATOの命令のため。武器弾薬や資金を提供する一方、ウクライナ人に玉砕攻撃させている。

 ガザで虐殺を行なわれた場合、以前とは違い、イスラム諸国が軍事介入する可能性がある。そうなると中東は戦乱で燃え上がるが、それを利用して「大イスラエル」を実現しようと考えているかもしれない。
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67:777 :

2023/10/22 (Sun) 18:00:26

【今、世界はどうなっている? 特別版】主権回復記念国民集会 林千勝 特別講演より[桜R5/10/21]
https://www.youtube.com/watch?v=5D68AdBwWYU
68:777 :

2023/11/01 (Wed) 07:54:27

2023.11.01XML
ハマスがイスラエルを攻撃する2カ月前、米軍はイスラエル内の同軍基地を強化
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311010000/

 10月7日にハマスはイスラエルを陸海空から攻撃、数百人の戦闘員がイスラエル領へ侵入し、ガザからイスラエルに向かって5000発以上のロケット弾がテルアビブの北まで撃ち込んだ。​その攻撃の2カ月前、アメリカの国防総省はネゲブ砂漠のハルケレン山頂にある基地にアメリカ軍人の「生命維持エリア」を建設する契約をコロラド州に拠点を置く企業と結んでいる​。



 ​この基地は「サイト512」と呼ばれ、イスラエルを攻撃するイランのミサイルを監視するレーダー施設がある​。ガザから30キロメートル余りの場所にあり、その存在は秘密にされていた。ハマスのミサイルはガザから発射されたため、このレーダーは探知できなかったようだ。

 アメリカは中東や北東アジアにAN/TPY-2レーダーを配備、そのひとつがサイト512。残りはトルコのサイトK、そして日本の青森県車力と京都府京丹後にある。ロシアがアメリカをミサイル攻撃する場合、北極を挟んでの撃ち合いになる。トルコや日本はアメリカがロシアや中国を攻撃するための拠点だ。

 イスラエルにアメリカ軍の基地が存在することだけは以前から知られていて、その基地には少なからぬ武器弾薬が保管されている。​アメリカとイスラエルがアメリカ軍の恒久的な基地の存在を初めて明らかにしたのは2017年9月18日のこと​だ。

 アメリカにとってイスラエルは中東を支配するための「不沈空母」であり、その「不沈空母」を建造したのはイギリスだ。1982年11月に内閣総理大臣となった中曽根康弘は翌年の1月にアメリカを訪問、ワシントン・ポスト紙の編集者や記者たちと朝食をとる。その際に彼はソ連のバックファイア爆撃機の侵入を防ぐため、日本は「不沈空母」になるべきだと言ったと報道された。イスラエルの一部政治家は自国をアメリカの「不沈空母」だと表現していたので、それが記者の頭にあったのかもしれない。

 中曽根はすぐに空母発言を否定するが、インタビューが録音されていたことが判明すると、「不沈空母」ではなく、ロシア機を阻止する「大きな空母」だと主張を変えている。「大きな空母」と「不沈空母」に本質的な差はない。中曽根は日本がアメリカの「空母」だと表現したことを否定しようとしたのだろうが、それが不可能だとわかると「大きな」と「不沈」の問題にすり替えた。いわゆるダメージ・コントロールだ。

 アメリカ軍は第2次世界大戦が終わった直後からソ連に対する先制核攻撃プランを作成、JCS(統合参謀本部)が1949年に出した研究報告にはソ連の70都市へ133発の原爆を落とすと書かれている。

 1954年にSAC(戦略空軍総司令部)は600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという計画を作成、57年初頭には300発の核爆弾でソ連の100都市を破壊するという「ドロップショット作戦」を作成した。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 こうしたアメリカの戦略に合わせ、沖縄では1953年に布令109号「土地収用令」が公布/施行され、暴力的な土地接収が始まる。1955年の段階で「沖縄本島の面積の約13%が軍用地」になっていた。

 1955年から57年にかけてライマン・レムニッツァーが琉球民政長官を務めているが、その間、56年6月に「プライス勧告」が公表された。この勧告の中で沖縄は制約なき核兵器基地として、アメリカの極東戦略の拠点として、そして日本やフィリピンの親米政権が倒れたときのよりどころとして位置づけられている。なお、レムニッツァーはドワイト・アイゼンハワー時代の1960年にJCSの議長に就任する。

 この勧告が伝えられると沖縄の住民は激怒、「島ぐるみ闘争」が始まるのだが、それに対して民政府は琉球政府の比嘉秀平主席の更迭を含む事態収拾策を画策している。そうした混乱の中、1956年10月25日に比嘉長官は55歳の若さで急死した。(中野好夫、新崎盛暉著『沖縄戦後史』岩波書店、1976年)

 ​テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、JCSのライマン・レムニッツァー議長やSACの司令官だったカーティス・ルメイなど好戦派は1963年の後半にソ連を奇襲攻撃る予定だった​という。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていた。ソ連が反撃するためにはアメリカの近くから中距離ミサイルを発射するしかない。そこでソ連はキューバへ中距離ミサイルを運び込んだ。

 本ブログでも繰り返し書いてきたが、ハマスによる10月7日の攻撃をイスラエル政府やアメリカ政府は事前に知っていた可能性が高い。イスラムの聖地であるアル・アクサ・モスクに対して冒涜的な行為を繰り返しているが、これは挑発としか言いようがない。

 例えば今年4月1日、イスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺。4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクに突入、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/今年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃、そしてユダヤ教の「仮庵の祭り」(今年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入している。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は新たな戦争を目論んでいるのではないかと言われていた。そしてネタニヤフと関係の深いハマスによる攻撃だ。

 ハマスによる攻撃を口実にしてイスラエル軍はガザを攻撃、街は瓦礫の山になり、8300人以上の住民を殺した。大半は女性と子どもだと言われている。ある程度の住民を虐殺すれば残りはエジプトへ逃げ、難民化するとアメリカやイスラエルは予測していたかもしれないが、イスラエル「建国」時のような展開にはならなかった。民族浄化に失敗したのだ。ガザやヨルダン川西岸からパレスチナ人を一掃することはできなかった。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、1991年に国防次官だったポール・ウォルフォウィッツはイラク、イラン、シリアを殲滅すると口にしていた。イラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を築き、シリアとイランを分断した上でシリアを破壊、最後にイランを壊滅させる予定だったようだ。また2001年9月11日から10日ほど後には統合参謀本部でクラークが見た攻撃予定国のリストには、イラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたという。(​3月​、​10月​)

 ガザに対する攻撃を続けならが、イスラエルやアメリカはイランの打倒を意識しているのだが、すでに中国やロシアがイランを支援するための手を打っている。イランはサウジアラビアとの関係を改善、この点でもアメリカの計算は狂っている。アメリカとイスラエルは世界で孤立しつつある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311010000/
69:777 :

2023/11/03 (Fri) 04:08:56

ハマス・イスラエル戦争でメッキが剥がれかけている欧米諸国のメディア戦略
2023年11月1日 GLOBALMACRORESEARCH
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/41242#more-41242

パレスチナのガザ地区を支配するハマスによるイスラエル攻撃と、その後のイスラエルによるガザ攻撃で民間人に多くの死傷者が出ている。だがこう書き始めると既に報道はバイアスに囚われてしまう。何故ならば、パレスチナとイスラエルの紛争は今年の10月に突如始まったものではないからだ。

切り抜き報道とバイアス

イスラエル側は当然ながらこの戦争はハマスが始めたものだという立場に立っている。日本を含む西側諸国の政府もそれを支持している。それは10月に始まった「この戦争」に関して言えば正しい。しかしロシア・ウクライナ戦争の時にも言ったように、戦争が何もないところから突如始まることはない。突如始まったように見えるならば、単にそれまでの経緯が意図的に報じられていないだけの話である。

ロシアとウクライナの紛争を例に取ろう。一番最初の始まりは恐らくベルリンの壁崩壊だろう。この時ドイツは東ドイツが西ドイツに吸収される形で統一を果たした。ソ連はヨーロッパにおける西側と東側の境界がこれ以上東側には寄らないという欧米諸国との口約束のもとにこれに同意した。

だがその口約束は果たされなかった。その後ロシアを仮想敵国とするNATOは東側に勢力を拡大し、ロシア国境沿いのウクライナを勢力下に取り込むことが検討され始めた。大きな転換点は2014年のマイダン革命である。元々ウクライナには親露政権が立っていたが、これを欧米が支持する暴力デモ隊が追い出し、その後親米政権が打ち立てられた。現在のゼレンスキー政権はこの流れの上に成り立っている。

真珠湾攻撃に言及したゼレンスキー大統領が広島の原爆には言及できない理由
その後、ウクライナのゼレンスキー大統領はミュンヘン会議でブダペスト覚書の破棄を仄めかした。ブダペスト覚書とは、ウクライナが核兵器を放棄する代わりにアメリカやイギリスがウクライナの安全保障を担保するという「口約束」である。マイダン革命以降に米国の補助金漬けとなったウクライナ政権が核兵器を保有するとすれば、その矛先はロシアだろう。

その数日後にロシアはウクライナに侵攻した。これが2022年のことである。ロシアのプーチン大統領は侵攻の理由について「これ以上待ったとしても、よりわれわれに不利な形で同じことをやらなければならなくなっただろう」ということを挙げている。NATOがもはや国境まで迫って核兵器を自国に向けようとしているという事実に言及していると見られる。

ちなみにブダペスト覚書は「口約束」だったので、アメリカやイギリスには参戦の法的義務はなく、自国民を犠牲にせずウクライナに武器を供給し、念願通りウクライナ人にロシアを攻撃させている。そして日本人の多くはそれを支持している。

ウクライナ情勢における西側諸国の報道

侵攻までのロシアの判断と行動をどう考えるかは別として、ここまでが西側メディアではほとんど報道されていないウクライナ情勢の経緯である。だがこうした経緯から実際、世界各国は西側諸国とは異なりウクライナ支持一辺倒ではない。

サマーズ氏: 世界人口の半分以上が国連総会でロシア非難を拒否したことを覚えておくべき
この経緯を知った後で西側の国民がウクライナ情勢をどう判断するかは西側の国民の自由である。ちなみに筆者はウクライナ人は被害者だがウクライナ政府は加害者だと考えている。だがそれよりも問題は、彼らのほとんどがこうした経緯を知らずにウクライナ情勢に意見を持っていることである。

彼らのほとんどはマイダン革命もブダペスト覚書も知らないだろう。2022年にロシアが唐突にウクライナに侵攻した。それが西側の国民が報道によって知らされているストーリーである。だが他人が意図的に切り抜いた情報だけで判断している人間は、実質的に自分の頭の操作を他人に任せているに等しい。

ウクライナのようには行かなかったパレスチナ情勢

それでもウクライナ情勢に関してはこの切り抜き報道戦略は機能した。誰も2022年以前のウクライナの歴史など知らなかったし、ほとんどの人が2014年から2022年までの高々10年以下のウクライナ現代史さえ調べようとしなかったからである。

なので欧米諸国はハマスのイスラエル攻撃に対しても同じ戦略を取ろうとした。「先にハマスが攻撃したことが原因」ということである。だが現状を見る限り、パレスチナ情勢に関してこの戦略は上手く行っていないように見える。パレスチナとイスラエルの紛争の歴史は多くの人が知っていたからである。

特に中東諸国の反発は大きい。ヨルダンのラニア王妃は10月7日のハマスの攻撃でイスラエルの民間人が犠牲になったこと、そしてその後のイスラエルによるガザ空爆でより多くのガザ市民(その多くが子供である)が犠牲になっていることについて、次のように述べている。

10月7日の出来事で、世界は即座に明確にイスラエルの側に立ってイスラエルの自衛権を支持し、攻撃を非難しました。しかしここ数週間の出来事について世界は沈黙しています。

これだけの人的被害がありながら世界が停戦の呼びかけすらしないのは現代史で初めてのことです。

家族に銃を向けて皆殺しにすることが間違っている一方で、空爆ならば殺しても良いと言うのでしょうか? ここには明らかなダブルスタンダードがあると言いたいのです。この事実にアラブ世界は衝撃を受けています。

欧米諸国の理屈は、これはハマスが先に始めたことだというものである。しかしその切り抜き戦略から排除されている事実は、パレスチナとイスラエルの紛争はハマスが始めたものではないということだ。イスラエルは元々人口の大半がアラブ人だった土地にイギリスとアメリカの支援によってユダヤ人が建国し、その領土は月日を経て広がり、元々住んでいたアラブ人は追い出され、今ではガザを含め飛び地のような場所に、今なおパレスチナに残っているアラブ人がイスラエルに管理されながら生きている。

そしてイスラエルによる空爆は今に始まった話でも、ハマスが10月7日にイスラエルを攻撃したから始まった話でもない。パレスチナはこれまでイスラエルによって何度も空爆されている。そして今のように多くのパレスチナの子供が死ぬのも今回が初めてではない。

だがイスラエルによる空爆は欧米メディアでは大したニュースにならない。一方でハマスがイスラエルを攻撃すれば、それは世界的なニュースになる。ラニア王妃が言っているのはそういうことである。

そして欧米諸国はイスラエルがパレスチナの子供を殺そうが大した注意を払っていない。「イスラエルは国際法を守るように」と口では言うが、行動では示さずにイスラエルへの軍事支援を続けている。

それに対してカタールの首長が次のように言っている。

もうこんなことは十分だと言っているのだ。イスラエルに無条件の殺人許可証が発行されるのは不条理だ。イスラエルによる占領やガザ完全封鎖、入植などの現実が無視され続けるのも不条理だ。

カタール首長はハマスとイスラエル両方の民間人攻撃を非難しているが、同時にこうも言っている。

国際社会は、パレスチナの子供たちがまるで名無し顔無しであり、その命には考慮する価値などないかのように振る舞っている。

中東の人々の命の価値

カタール首長の言葉には中東の人々の欧米人への感情が要約されている。欧米人は、中東人の命など大したものだとは思っていない。だからイラクやリビアやシリアが原油目的で平気で戦場になる。

イラク戦争を思い出してもらいたい。当時のブッシュ大統領はイラクが大量破壊兵器を持っているという口実でイラクを侵略した。だが蓋を開けてみればイラクに大量破壊兵器などなかった。しかしそれでも欧米人にとってその程度のことは、何の理由もなく中東人を殺した程度のことは、「間違ったごめん」で済んでしまうのである。しかし本当は間違ってなどいない。彼らは故意でやっている。

ここに潜んでいるのは欧米人の修正しがたい人種差別意識である。その差別意識には日本人もしっかり対象になっているのだということだけははっきりと言っておこう。それが例えばバービーの映画を原爆のキノコ雲とコラボさせて大喜びする欧米人の感覚などにたまに顔を出すのだが、日本人はそれに気づいていない。

だが中東の人々は欧米人が自分たちの命をどのように見ているかということを嫌でも認識させられてきた。だから「もう十分だ」と言っているのである。

物事を大局的に見るためには、紛争の両側の人々の観点を理解する必要がある。そしてこうした中東の人々の観点を理解していないことは、日本の外交に致命的な失敗をもたらす可能性がある。

この状況でハマスを非難しイスラエルを非難しない日本政府の立場が、中東の国々にどのように受け止められるかを日本政府は理解していない。筆者は世界中に交友関係があるが、この件で中東の友人たちから日本政府の姿勢は残念だというコメントを多くもらっている。全くもってもっともだと思う。彼らの目には、日本がパレスチナの子供に対するイスラエルの空爆に加担しているように映っている。

弾圧しきれていない言論

だがパレスチナ情勢に関して、欧米の報道切り抜き戦略は日本政府や欧米政府が思うほどに機能していない。

欧米諸国でもドイツやフランスのような国は露骨であり、親パレスチナのデモが禁じられている。普段民主主義や言論の自由ということを声高に叫ぶ人々ほど、こういうことを平気でやる。言論弾圧をやるのであれば言論の自由を叫ぶのを止めるか、言論の自由を叫ぶ代わりに言論弾圧をやらないのか、どちらかにしてもらいたいものである。

だがそれでもデモは起きている。そしてデモ隊は警察によって弾圧されている。これは中国の話ではない。ドイツとフランスである。

アメリカではイスラエルの在り方に同意しないユダヤ人の集まりがイスラエルのガザ攻撃を非難するデモをやっている。この問題はイスラエルの問題であり、ユダヤ人の問題ではないことは明確にしておきたい。

自分たちの作り上げたイスラエルを一方的によく見せたい欧米の政治家の願望は残念ながら欧米の人々の心に届いていないようだ。それにいわば加担しているのがイスラエル政府自身の言動である。イスラエルの防衛相は自国が支配するガザ地区の全市民に対する電気やエネルギーの供給を止めるにあたって、「われわれは獣人と戦っており、そのように処理する」と言っている。皮肉なことに、こうした考え方に一番近い国は歴史上1つしかない。それはユダヤ人を弾圧した国である。そして上で書いたようにその国は今も言論弾圧をやっている。

パレスチナ情勢に関して言えば、欧米の情報統制願望は完全に崩壊している。この状況でイスラエルを一方的によく見せるのは無理がある。

そしてそれは単にイスラエルの失敗であるだけでなく、 第2次世界大戦後に欧米諸国が自分に都合の良いように作った世界秩序が崩壊しつつあることを意味している。以下の記事で説明したように、このトレンドは止まることはないだろう。

移民危機からウクライナまで: 西洋文明は自殺しようとしている

https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/41242#more-41242
70:777 :

2023/11/03 (Fri) 10:10:12

2023.11.03XML
状況の悪化に伴って正気でなくなり、神懸かってきたイスラエル政府
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311030000/

 イスラエルの首相を務めている​ベンヤミン・ネタニヤフはパレスチナ人虐殺を正当化するため、「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出した​。

 聖書の中でユダヤ人の敵だとされている「アマレク人」を持ち出し、「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を引用、この「アマレク人」をイスラエルが敵視している勢力に重ねて見せた。アマレク人は歴史の上で存在が確認されていない民族だが、ネタニヤフの頭には存在しているようだ。

 「アマレク人」を家畜ともども殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神に命じられたという。ネタニヤフはパレスチナ人が生活していた歴史を破壊で消し去ると言いたいのだろう。​インターネットには、95歳になるイスラエル陸軍の退役兵、エズラ・ヤチンがユダヤ人に対してパレスチナ人を殺して彼らの記憶を消し去れと呼びかけている映像が流れている​。

 こうした主張をするということは「約束の地」を想定しているのだろう。ナイル川とユーフラテス川に挟まれた地域、つまりパレスチナのほかレバノン、ヨルダン、クウェート、シリア、さらにイラクの大半、エジプトやサウジアラビアの一部を自分たちの領土にしようとしている。「大イスラエル構想」だ。

 そしてサムエル記上15章3節の話を彼は持ち出す。そこには「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」ということが書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだというのだ。

 ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民だ」としたうえで、イザヤの預言を理解しなければならないと主張する。「われわれ」とはイスラエル人、「彼ら」とはパレスチナ人、イスラム教徒、あるいはイスラエル以外の人びとを指しているのだろう。

 ネタニヤフはリクードの政治家だが、同じようにこの政党に所属する元国会議員の​モシェ・ファイグリンはガザをドレスデンや広島のように破壊するべきだと主張​している。実際、破壊されたガザの様子は両都市を彷彿とさせるものがある。

 ファイグリンは議員時代の2014年、ガザ問題の「解決策」を発表している。

 まずイスラエルはガザの軍事目標を攻撃しようとしていると発表し、危害を加えられたくなければ直ちにガザからシナイ半島へ立ち去るように警告、そのうえでイスラエル軍はガザ全域を攻撃するが、その際、「人間の盾」や「環境へのダメージ」を考慮しない。

 この攻撃と並行してガザを完全に包囲して兵糧攻めにし、攻撃で敵を弱体化させた後にガザへ地上部隊を侵攻させる。この際、考慮するのは兵士への被害を最小限に抑えることだけ。非武装の市民は「撤退が許可され」、ガザから離れることを望む人びとを援助する。

 ガザはイスラエルの領土であり、イスラエルの一部になり未来永劫、ユダヤ人がそこに住むことになる。

 ネタニヤフ政権はアメリカの支援を受けながらガザを攻撃しているようだが、パレスチナ人虐殺への反発は強い。シオニストに支配されている日米欧のエリートはイスラエルの軍事攻撃に沈黙しているが、市民の間で怒りが高まっている。「グローバル・サウス」では怒りを隠さないエリートもいる。イスラエルとアメリカという悪役の登場でイスラム世界が団結、スンニ派とシーア派の対立が弱まった。すでにアメリカ軍への攻撃も始まっている。

 ファイグリンが「解決策」を発表した2014年、アメリカのバラク・オバマ政権はウクライナでクーデターを成功させた。ホワイトハウスでクーデターを指揮していたのはジョー・バイデン副大統領、バイデン副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めていた人物がジェイク・サリバン、現場で指示を出していたのがビクトリア・ヌランド国務次官補だ。

 1941年6月、アドルフ・ヒトラーに率いられたドイツ軍がソ連に対する奇襲攻撃「バルバロッサ作戦」を開始した。主な侵入ルートはウクライナとベラルーシだった。オバマ政権はこのふたつのルートを通ってロシアへ迫ろうとしたのである。

 ソ連軍はドイツ軍を撃退したが、その時にソ連がおったダメージは大きかった。いわゆる「惨勝」だ。結局、ソ連は消滅するまでそのダメージから立ち直れなかった。皮肉だが、ソ連が消滅して衛星国やソ連構成国という重荷が取れたロシアは国力を急回復させることができたのだ。

 ソ連が消滅する前年に東西ドイツが統一されたが、その際、アメリカ政府はソ連大統領のミハイル・ゴルバチョフに対し、NATOを東へ拡大させないと約束していたとロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックが語っている。ドイツの外相だったハンス-ディートリヒ・ゲンシャーは1990年にエドゥアルド・シェワルナゼと会った際、「NATOは東へ拡大しない」と確約し、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009)

 それだけでなく、アメリカのジェームズ・ベイカー国務長官がソ連側に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、NATO軍の支配地域は1インチたりとも東へ拡大させないと1990年に語ったとする記録が公開されている。イギリスやフランスもNATOを東へ拡大させないと保証した。ソ連の防衛を西側の「善意」に頼ったわけだが、言うまでもなく、こうした約束を守られなかった。1000キロメートル近くNATOは東へ拡大、ロシアとの国境は目前に迫る。そして2014年のウクライナにおけるクーデターだ。これはゆっくりしたバルバロッサ作戦にほかならない。ウクライナでのクーデターは「新バルバロッサ作戦」の決定的瞬間だと言える。

 ロシアにとって深刻な事態だが、2014年にウラジミル・プーチン大統領は動かなかったが、クーデター後、クーデター軍の戦力は反クーデター軍より劣っていた。ネオ・ナチ体制を嫌い、ウクライナ軍の将兵や治安組織の隊員のうち約7割が離脱、一部は反クーデター軍に合流したと言われている。

 残った将兵の戦闘能力は低く、西側諸国が特殊部隊や情報機関員、あるいは傭兵を送り込んでもドンバスで勝利することは難しい状況。そこで内務省にネオ・ナチを中心とする親衛隊を組織、傭兵を集め、年少者に対する軍事訓練を開始、要塞線も作り始めた。そうした準備のために8年間が必要だった。

 その時間稼ぎに使われたのがミンスク合意だということを仲介役を務めた​ドイツのアンゲラ・メルケル(当時の首相)は昨年12月7日、ツァイトのインタビューでミンスク合意は軍事力を強化するための時間稼ぎだったと認めている​。その直後に​フランソワ・オランド(当時の仏大統領)はメルケルの発言を事実だと語った​。

 それに対し、プーチン大統領はアメリカ/NATOの「善意」に期待した。NATOを東へ拡大させず、1997年からNATOに加盟したすべての同盟国から軍事インフラを撤去することを定めた条約の草案をプーチンがNATOへ送ったのは2021年秋。それがロシア軍がウクライナへ軍事侵攻しないための条件だったが、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長は署名しない。​こうした事情をストルテンベルグは認めている​。

 2023年に入ると、ウクライナ軍がアメリカ/NATOの下でドンバスに対する大規模な攻撃を始める動きが見られた。後にロシア軍が回収した文書によると、昨年3月にウクライナ軍は本格的な軍事侵攻を始める予定だった。

 その直前、2022年2月24日にロシア軍はドンバスで軍事作戦を開始する。ミサイルでドンバス周辺に集まっていたウクライナ軍を一気に叩いき、ウクライナ各地の軍事施設や生物兵器の研究開発施設を破壊している。

 アメリカ/NATOは8年かけてドンバスの周辺に要塞線を築いたが、ネオ・ナチを中心に編成されたアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリ、あるいは岩塩の採掘場があるソレダルにはソ連時代に建設された地下施設、つまり地下要塞が存在している。それを利用して要塞線は作られたのだ。

 アメリカ/NATOはウクライン軍にドンバスで住民を虐殺させ、ロシア軍を要塞線の中へ誘い込む作戦だったとも言われているが、ロシア軍は大規模な地上部隊を送り込むことはなかった。地上部隊の中心は現地軍、チェチェン軍、あるいはワグナー・グループで、戦力を比較するとドンバス側はキエフ側の数分の1だったと言われている。

 ロシア軍が攻撃を始めて間もなく、ウクライナ政府はロシア政府と停戦交渉を開始した。停戦交渉を仲介したひとりはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネット。​彼によると、話し合いで双方は妥協に応じ、停戦は実現しそうに見えた​。

 3月5日にベネットはモスクワでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけ、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・シュルツ首相と会っている。​ゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフがウクライナの治安機関SBUのメンバーに射殺されたのはその3月5日​だ。クーデター直後からSBUはCIAにコントロールされていた。

 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。​アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と今年6月17日に会談している​が、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。

 そうした停戦合意を潰したのはアメリカ政府やイギリス政府。アメリカ/NATOはウクライナへ武器弾薬を供給、軍事情報を提供、昨年夏頃にはNATOが指揮していたとも言われているが、十分な訓練をしないまま前線へ送り出され、「玉砕戦法」を強いられた。アメリカ/NATOはウクライナ人の命を軽視しているので可能な戦法だ。結局、要塞線は突破される。

 今年6月4日にウクライナ軍は「反転攻勢」を始めたが、フォーブス誌によると、6月8日にウクライナ軍の第47突撃旅団と第33機械化旅団が南部の地雷原を横断しようとして壊滅的なダメージを受けた。その後も無謀な攻撃を繰り返し、反転攻勢の失敗は明確になる。

 ウクライナに「玉砕攻撃」を強いたアメリカ/NATOは武器弾薬が枯渇、イスラエルにはアメリカ軍の兵器がストックされているはずだが、支障が出るだろう。

 アメリカでイスラエルを無条件に支持している勢力はキリスト教の福音主義者(聖書根本主義者)。この宗教勢力の支援でネオコンは1970年代の半ば、ジェラルド・フォード政権の時代に台頭した。

 福音主義者はアメリカを「神の国」、アメリカ軍を「神軍」だと信じていたのだが、ベトナム戦争で勝てないことに苛立つ。そうした中、イスラエル軍は1967年の第3次中東戦争で圧勝、新たな彼らの「神軍」になったのだ。

 ここにきて神懸った発言をしているネタニヤフ首相。彼の父親であるベンシオン・ネタニヤフは1910年3月にワルシャワで生まれ、40年にアメリカへ渡った人物。そこで「修正主義シオニズム」の祖であるウラジミル・ヤボチンスキーの秘書を務めている。

 ヤボチンスキーに接近したひとりにレオ・ストラウスという人物がいる。1899年にドイツの熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃にヤボチンスキーのシオニスト運動に加わったのだ。このストラウスは後にネオコンの思想的な支柱と言われるようになる。カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、ストラウスの思想は一種のエリート独裁主義で、「ユダヤ系ナチ」だ。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997)

 ストラウスは1932年にロックフェラー財団の奨学金でフランスへ留学し、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学について学ぶ。その後、プラトンやアリストテレスの研究を始めた。(The Boston Globe, May 11, 2003)

 1934年にストラウスはイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になり、44年にはアメリカの市民権を獲得、49年にはシカゴ大学の教授になった。

 アメリカとイスラエルの神懸かった人たちは状況が悪化するにつれ、 自分たちの本性をあらわにしはじめた。彼らは正気でない。そうした彼らに世界の人びとはうんざりし、同時に危機感を強めている。​国連総会でパレスチナとイスラエルの大使が演説した後の議場の反応​がそうした世界の雰囲気を示している。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311030000/
71:777 :

2023/11/10 (Fri) 21:59:44

【イスラエル・ハマス戦争状態①】報道されない各国の動きと減衰するアメリカ|伊藤貫×室伏謙一
2023/11/05
https://www.youtube.com/watch?v=upp-595yMVI&t=0s

【イスラエル・ハマス戦争状態②】報道されないパレスチナ問題の歴史| 伊藤貫×室伏謙一
https://www.youtube.com/watch?v=bLHcs53SP2U
72:777 :

2023/11/16 (Thu) 16:49:28

2023.11.16XML
ガザでパレスチナ人を虐殺しているイスラエルは米国の「不沈空母」として戦争
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311160000/

 イスラエル軍はアル・シファ病院に対する攻撃を始めたという。その地下にハマスの軍事施設があると主張してのことだが、ハマス側は否定している。イスラエル政府がそう確信しているのは、かつて自分たちが病院の地下に施設を作ったからだが、そうした場所にハマスの戦闘員がいる可能性は小さいと考えられている。

 真相は不明だが、その病院に少なからぬ患者や避難民がいることは間違いなく、入院患者は簡単に移動できない。こうしたガザでの住民虐殺が注目されているが、​ヨルダン川西岸ではイスラエル人入植者によるパレスチナ人殺害も引き起こされている​。

 ハマスを含むパレスチナ系武装グループが10月7日にイスラエルへ攻め込んだ際、約1400名のイスラエル人が死亡したとされているが、イスラエルの新聞ハーレツによると、​イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊した​という。イスラエル軍は自国民を殺害したということだ。​ハーレツの記事を補充した報道​もある。

 ガザはイスラエルが建設した一種の強制収容所化であり、その収容所を取り囲む壁には電子的な監視システムが設置されている。人が近づけば警報がなり、地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっているのだが、10月7日にはそうした動きが見られなかった。

 また、アメリカ軍は10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した数時間後、2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動させていることから、事前にアメリカはハマスの攻撃を知っていたのではないかと言われている。

 アメリカ軍はイスラエルに基地を保有している。​そのひとつがネゲブ砂漠のハルケレン山頂にある「サイト512」​。そこにはレーダー施設があり、イランの動きを監視している。

 ​オーストラリアにあるCIAのパイン・ギャップ基地もガザに関する電子情報を収集、そのデータをイスラエル国防軍に提供している​。この基地は通信傍受基地は1966年12月にアメリカとオーストラリアとの間で結ばれた秘密協定に基づいて建設された。協定の期限は10年で、1976年までに更新しないと基地を閉鎖しなければならなかったのだが、アメリカ側は首相だったゴフ・ホイットラムが更新を拒否するのではないかと懸念していた。

 ホイットラムは1972年12月の総選挙で勝利して首相に就任すると、自国の対外情報機関ASISに対してCIAとの協力関係を断つように命令している。チリのクーデターに関する情報を入手、チリでASISがCIAと共同でサルバドール・アジェンデ政権を崩壊させる工作を実行していたことを知っていたからだという。(David Leigh, "The Wilson Plot," Pantheon, 1988)

 そこでCIAは1975年11月、イギリス女王エリザベス2世の総督だったジョン・カーにホイットラム首相を解任させる。実際に動いたのはアメリカのCIAやイギリスのMI6だが、総督がいなければ解任できない。総督は名誉職だと考えられていたが、そうではなかったのである。

 カーは第2次世界大戦中の1944年、オーストラリア政府の命令でアメリカへ派遣されてCIAの前身であるOSS(戦略事務局)と一緒に仕事をしている。大戦後もCIAと深い関係にあった。(Jonathan Kwitny, "The Crimes of Patriots," Norton, 1987)

 アメリカの電子情報機関NSAの基地はキプロスにもあり、中東も監視の対象だ。1961年9月、コンゴの動乱を停戦させるために動いていたダグ・ハマーショルド国連事務総長が乗っていたDC-6は何者かによって撃墜された。この時、​キプロスの担当官はDC-6を撃墜した飛行機を操縦していたパイロットの通信を傍受していた​という。

 コンゴは1960年にベルギーから独立、選挙で勝利したパトリス・ルムンバが初代首相に就任したが、資源の豊富なカタンガをベルギーは分離独立させようとしていた。

 アメリカのアレン・ダレスCIA長官もルムンバを危険視、コンゴ駐在のクレアー・ティムバーレーク大使はクーデターでの排除を提案したという。CIA支局長はローレンス・デブリン。このとき、ティムバーレーク大使の下には後の国防長官、フランク・カールッチもいた。当時のアメリカ大統領、ドワイト・アイゼンハワーは同年8月にルムンバ排除の許可を出している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

 アメリカ支配層に選ばれたモブツ・セセ・セコが1960年9月にクーデターを成功させ、12月にルムンバは拘束された。1961年1月17日にアメリカでジョン・F・ケネディが大統領に就任する3日前、ルムンバは刑務所から引き出され、ルムンバの敵が支配する地域へ運ばれて死刑を言い渡された。そしてアメリカやベルギーの情報機関とつながっている集団によって殴り殺されている。









 ガザでの戦闘も利権が関係していると見られている。ひとつは地中海東部、エジプトからギリシャにかけての海域で発見された天然ガスや石油。この海域に9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っていて、ガザ沖にも天然ガス田がある。

 また、イスラエルはアカバ湾と地中海をつなぐ「ベン・グリオン運河」を計画している。スエズ運河はエジプト領にあるが、新運河はエーラト港からヨルダンとの国境沿いを進み、ガザの北側から地中海へ出るルートだ。

 インドのナレンドラ・モディ首相は9月8日、ニューデリーで開催されたG20サミットの席上、IMEC(インド・中東・欧州経済回廊)プロジェクトを発表した。アメリカとロシアを両天秤にかけていたインドだが、ここにきてアメリカやイスラエルに接近していることを明らかにしている。

 IMECはインド、UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア、イスラエルを結び、さらにギリシャからEUへ伸びるルート。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相によると、アメリカがイスラエルにこの計画を持ちかけたというのだが、これはガザでのパレスチナ人虐殺で雲行きが怪しくなった。

 こうした利権を包括したような大きな利権をネオコンは考えている。欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、国防総省本部庁舎(ペンタゴン)やニューヨークの世界貿易センターが攻撃された2001年9月11日から10日ほど後、統合参謀本部でクラークは攻撃予定国リストを見たと語っている。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたという。(​3月​、​10月​)

 ネオコンは最終的にイランを制圧し、中東の石油利権や海洋ルートを自らの管理下に置こうとしている。そのための拠点がイスラエルにほかならない。

 中東で石油が発見された後、1916年にイギリスはフランスと協定を結ぶ。フランスのフランソワ・ジョルジュ・ピコとイギリスのマーク・サイクスが中心的な役割を果たしたことからサイクス-ピコ協定と呼ばれている。その結果、トルコ東南部、イラク北部、シリア、レバノンをフランスが、ヨルダン、イラク南部、クウェートなどペルシャ湾西岸の石油地帯をイギリスがそれぞれ支配することになっていた。

 協定が結ばれた直後、イギリスはオスマン帝国を分解するためにアラブ人の反乱を支援しはじめる。工作の中心的な役割を果たしたのはイギリス外務省のアラブ局で、そこにサイクスやトーマス・ローレンスもいた。「アラビアのロレンス」とも呼ばれている、あのローレンスだ。そしてサウジアラビアを作り上げる。

 イギリス外相だったアーサー・バルフォアは1917年11月2日、ウォルター・ロスチャイルドに書簡を出し、その中で「ユダヤ人の国」を建設することに同意すると書いた。

 そうした動きに対し、長い間そこに住んでいたアラブ人は反発、それを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成。そしてアイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを送り込むことになる。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、違法な殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1948年5月にイスラエルの「建国」が宣言された。パレスチナ問題はここから始まる。

 1983年1月、中曽根康弘は内閣総理大臣としてアメリカを訪問、ワシントン・ポスト紙の編集者や記者たちと朝食をとった。その際、彼はソ連のバックファイア爆撃機の侵入を防ぐため、日本は「不沈空母」になるべきだと言ったと報道されている。

 中曽根はそれをすぐに否定するが、発言が録音されていたことが判明すると、「不沈空母」ではなく、ロシア機を阻止する「大きな空母」だと主張を変えた。このふたつの表現に本質的な差はない。日本列島はアメリカ軍がロシア軍を攻撃するための軍事拠点だと中曽根は認めたのである。

 ワシントン・ポスト紙は「大きな空母」発言以外に、「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」と主張し、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語っている。こうした発言はソ連を刺激した。

 実は、その前にイスラエルは自国についてアメリカの不沈空母だと表現していた。 だからこそ、アメリカはイスラエルを大事にしろということだろう。今でもイスラエルはアメリカにとって「不沈空母」だ。アメリカはイランを狙っている。

 そのイランもガザにおけるイスラエルの虐殺を批判、状況によってはなんらかの形で介入することを匂わせている。ガザでの虐殺を続ければイランが軍事介入、それを口実にしてアメリカ軍がイランを攻撃するというシナリオをジョー・バイデン政権は考えているかもしれない。無謀だが、ネオコンは無謀なことを繰り返してきた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311160000/
73:777 :

2023/11/16 (Thu) 16:50:53

世界は現在、歴史の大きな節目に差し掛かっています。それを理解している米英を中心とする現在の支配者たちは新たない時代にも覇権を握ろうと画策してきました。彼らは「リセット」をその総仕上げだと考えているのでしょう。2024年は勝敗を決する年です。

 ネオコンは1991年12月にソ連が消滅した直後、アメリカが唯一の超大国になったと認識し、他者を配慮することなく好き勝手に行動できる時代になったと考えました。そして作成された世界制覇計画が「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」にほかなりません。

 この計画を作成したのは国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツですが、アイデアを考えた人物は国防総省のONA(ネット評価室)で室長を務めていたネオコンのアンドリュー・マーシャルだと言われています。

 手始めに行われたのがユーゴスラビアに対する侵略戦争で、21世紀に入るとアメリカ政府は2001年9月11日の「9/11」を利用し、国内の収容所化を進め、国外で侵略戦争を本格化させました。すでにソ連を消滅させ、中国を支配下に置いたと信じていた彼らが侵略のターゲットとしてイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランを考えていたことは欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによって明らかにされました。(​3月​、​10月​)

 ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づき、ネオコン系シンクタンクのPNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)は2000年9月に「アメリカの国防再構築」と題する報告書を発表、その中で根本的な再構築を実現するためには「新たなパール・ハーバー」が必要だと主張します。その翌年の5月にアメリカで「パール・ハーバー」という映画が公開され、その4カ月後に9/11はありました。興味深い「偶然」です。

 9/11の直前、2001年6月にアメリカ軍はアンドリュース空軍基地で天然痘による攻撃を受けたと言う想定の軍事演習「ダーク・ウィンター」を実施しています。演習はジョンズ・ホプキンス市民生物防衛戦略センター、CSIS(戦略国際問題研究所)、国家安全保障ANSER研究所、そしてMIPT(国立テロリズム防止オクラホマシティ記念研究所)が主体になっています。この延長線上に「COVID-19パンデミック」があると疑う人もいます。

 現在、アメリカはこうした計画に沿って世界制覇をめざしていることがわかりますが、計画の前提は壊れているのです。つまりロシアが再独立に成功、国力を急回復させ、中国と戦略的な同盟関係を結びました。アメリカはロシアや中国を力づくで屈服させようとしていますが、全て裏目に出ています。

 アメリカはシリアでの戦争で大きくつまずき、ロシアに直接挑んだウクライナでの戦いでは敗北しました。そして始められたのがイスラエル軍によるガザにおける民族浄化作戦、さらに東アジアでも軍事的な緊張を高めています。

 こうした軍事的な作戦と並行して行われているのが「パンデミック・プロジェクト」。有力メディアだけでなくインターネットで言論統制を強め、ロックダウンで人びとの行動を規制、デジタルIDを推進して全人類を一括管理するシステムを構築しつつあります。その一方、推進された「COVID-19ワクチン」と称する遺伝子操作薬によって人間の免疫システムを破壊、人びとから生殖能力を奪おうとしていると懸念されています。

 その背後にはAIとロボットを融合した世界が描かれているのですが、そうした世界で「無用」になると彼らがみなす人の割合は全人口の大半になるとも考えられています。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202311150000/
74:777 :

2023/11/24 (Fri) 23:45:26

知らないのは日本人だけ。欧米はビジネスの道具として「憎しみ」を操っている=鈴木傾城
2023年7月17日
https://www.mag2.com/p/money/1337107


世界史は意図的に仕掛けた「憎しみ」によって起こっているというのは、小学校の頃から教えておいた方がいい。知らなければ何度でもワナにハマってしまう。戦争の裏側にいる「黒幕」は、今も昔もこの「憎しみ」という強い感情を操り、世界中で金儲けの機会を生み出している。(『 鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編 』)


欧米は「憎しみ」を煽り立てて何をしているのか?
現代の世界が憎しみに溢れているのはなぜか。それは、人間がもともと「憎しみ」という感情を心に持っているからだ。この「憎しみ」に着目した国々があった。広大な植民地を持っていた欧米諸国だ。

全世界を統治した欧米諸国は、支配下においた国が自分たちに刃向かわないように、恐ろしい「仕掛け」を用意した。それが「分割統治」である。

1. ある国を力で征服する
2. 国民を宗教や人種で2つのグループに分ける
3. 互いに相手を憎み合わせて消耗させる
4. そして、統治者に刃向かわないようにする

これはイギリスが得意とした統治である。イギリスが植民地を放棄したあとも、対立と憎悪は消えるわけではないので、それがそのまま現代の紛争となって爆発している。

インド国内のヒンドゥー教徒とイスラム教徒。中東のイスラム教徒とユダヤ教徒。スリランカのタミル人とシンハラ人。香港の中国人とインド人。イギリスの支配下にあった国々は、ほとんどがこの分割統治時代の憎しみに今も揺れ動いている。

これを、そのまま受け継いだのはアメリカだが、アメリカは軍事国家なので「憎しみ」の使い方が違い、自分が邪魔だと思っている国の周辺国に対して「憎しみ」を煽り立て、戦争を起こして軍事に介入して破壊と復興で儲ける仕組みを取っている。

「憎しみ」を煽り立てるのはアメリカだが、アメリカに刃向かって来ないように双方が永遠にいがみ合うようにして互いに消耗させる。

ロシアとウクライナはもともと犬猿の仲だが、その「憎しみ」を煽り立て戦争をさせて、アメリカの敵であるロシアを徹底的に疲弊させているのはアメリカだ。

互いに憎しみ合わせ、そして争わせた
世界史は欧米が仕掛けている「憎しみ」による分断によって起こっていたというのは、小学校の頃から教えておいた方がいいように思う。知らなければ何度でもワナにハマってしまうからだ。

たとえば、インドを見てほしい。

インド人はよく自分たちの国を「バーラト・マーター(Bharat Mata)」と言う。「母なるインド」という意味だが、その巨大な国土はしばしば女神に見立てられる。そのために、イギリスが去った後のインド・パキスタンの「分離独立」は、女神の身体を切断するイメージとして捉えられた。

東西パキスタンはインドの腕と見られていたから、分離独立が決まった1947年には、ネルー首相がバーラト・マーターの腕をナイフで切断しようとする風刺画が描かれていた。パキスタンとバングラデシュは、切断された女神の「片腕」だったのだ。

インドがイスラム教徒を取り込めなかったのはなぜか。1877年にインドがイギリスの植民地になってから、統治者イギリスはインドのヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立を、実に巧みに煽って利用していたからだ。

互いに憎しみ合わせ、そして争わせた。

イギリスは、ヒンドゥー教徒を結束させて反英闘争を行ったガンジーに対抗させるために、イスラム教徒やシーク教徒を支援してヒンドゥー教徒と対立させた。

イスラム教徒やシーク教徒は、インドでは少数派だ。だから、強大なイギリス政府のうしろ盾を得てヒンドゥー教徒と対抗するのは合理的な選択だった。

しかし、精神的指導者であったガンジーの融和をことごとくはねつけるイスラム教徒は、イギリスの思惑通りヒンドゥー教徒の激しい憎しみを買った。それが、ガンジーの推進する非暴力主義とは別に、過激なヒンドゥー至上主義者を生み出す元になった。

分割統治の憎悪がガンジーを抹殺した?
ガンジーはイスラム教徒の敵ではない。実際にパキスタンの分離独立が決まると、インド国内のイスラム教徒がヒンドゥー教徒の猛烈な暴力や差別にさらされた。するとガンジーは、逆にヒンドゥー教徒の狭量さを批判して、さらに融和を推し進めようとした。この政治家は、それほど懐の深さと慈愛心に富んでいた。

しかし、国民の間には憎悪が渦巻いていた。

イスラム教徒の頑なな姿勢がインドに混乱を招き寄せ、破滅的な状況にしてしまったと、ほとんどのインド人は考えていた。義憤に駆られるヒンドゥー至上主義者には、ガンジーの慈愛は、まったく理解できないばかりか、激しい怒りさえ覚えるものだったようだ。

「国を混乱させたのはイスラム教徒ではないか。なぜヒンドゥー教徒の精神的指導者であるガンジーが、そんなイスラム教徒を擁護するのか……」

やり場のないヒンドゥー至上主義者の爆発的な怒りが、やがてガンジー暗殺へとつながっていった。ガンジー暗殺は、まさに彼の慈愛心が生み出した悲劇だった。

イギリスはインドという植民地をマハトマ・ガンジーのせいで失ってしまった。しかし、イギリスが行ったヒンドゥー教徒とイスラム教徒の「分割統治」によって生み出された「憎しみ」が、最後にはガンジーを抹殺した。

ガンジーの暗殺はイギリスがコントロールしたのではない。イギリスが植え付けた「憎しみ」が、あたかもイギリスの意思に沿うように、自動的にガンジーを葬り去ったのである。

イギリスがしたことは簡単だ。

国民を2つに分け、憎悪を作り出し、憎悪の矛先を互いに向けさせたのだ。

ルワンダで起きた大虐殺も分割統治が遠因だった
ルワンダの大虐殺は、フツ族とツチ族との憎悪が生み出した最悪の虐殺だった。実は、この憎悪もまた欧米の植民地統治から生み出されている。ここを統治していたのはドイツだ。イギリスではない。

しかし、植民地統治とは「分割統治」がうまくいくことは知られていたから、ドイツもその手法を使った。ドイツはルワンダの中でも少数派のツチ族に目を付けて、ツチ族を支配者にしてフツ族を統治させたのだ。

少数派が多数派を統治する。

そうすると、憎悪の目は少数派のくせに威張っている少数派に向かって行くのである。猫がねこじゃらしの穂先と戦っているのを見て、人間は笑う。ねこじゃらしの穂先は人間が操っているのに猫はそれに気がついていない。

しかし、分割統治で「憎しみ」が作り出されると、人間もまたそうなるのである。少数派による統治が長らく続くと、憎悪が決定的に固定化していく。操っている黒幕が見えなくなってしまって、当事者同士の憎しみだけがクローズアップされていくのだ。

「憎しみ」がどんどん育って、黒幕のことを考える余裕がなくなる。

そして、その国を収奪し終わった欧州諸国が引き上げた時、いずれ悲劇が訪れるのだ。権力の後ろ盾を失った少数民族は多数派の中にぽつりと取り残され、迫害の対象になり、場合によっては惨殺されていくのである。

それが悲劇的な形で起こったのがルワンダの大虐殺であった。たった100日の間に100万人近くが虐殺されたのだから凄まじい。フツ族過激派によるツチ族大虐殺であった。この虐殺に反対する常識のあるフツ族もまた一緒に虐殺された。

「憎しみ」に着目して統治する恐ろしい仕掛け
少数派は今までちやほやされてきた。我が物顔でそこに君臨していた。税金を取り立て、自分たちは豪勢な生活をしていたのだ。憎悪は充分にある。実は、それが分割統治の神髄だったのだ。

国民の憎しみをすべて、この少数民族に集中させるのである。

だから、虐げられていた多数派は、その少数派の「猫じゃらしの穂先」を目がけて襲いかかる。今まで威張っていた少数派に対して、情けをかける者などいない。そうやって、少数民族は、捨てられたときに皆殺しにされていく。

ルワンダで起きた史上最悪の大虐殺の裏側には、そういった欧米諸国の仕掛けが過剰なまでに効いたのが遠因があった。

「憎しみ」に着目して統治する。恐ろしい仕掛けだ。

憎しみが生まれ、憎しみが育つと、それを仕掛けた「黒幕」は、双方を操ることによって利益が得られる。たとえば、今まさに目の前で起きているロシアとウクライナの戦争は、軍事国家であるアメリアが仕掛けた戦争である。

ロシアはアメリカの敵であり、打倒すべき存在である。そのため、アメリカはウクライナ人とロシア人の元々あった「隣国憎悪」を利用して、双方の憎悪を煽り立てた。欧米をバックにして挑発するウクライナがロシアに侵攻されると、これを機にアメリカはウクライナ側について戦争を勃発させた。

そして、ウクライナを軍事支援して、ウクライナが使うアメリカの兵器の代金は同盟国から徴収して儲ける。この場合、アメリカから見ると、戦争が長引けば長引くほど武器弾薬が売れるので都合がいい。

一方が大勝利を収めてしまえば儲けの機会が減るので、争いは絶妙に膠着するようにできている。そして、膠着すればするほど双方の憎しみが自動的に倍加されて、解決不能になる。

すると、ますます事態は膠着して無限に武器弾薬が売れ続けることになる。欧米諸国は「憎しみ」の扱いに慣れている。しかし、戦争はいずれ終わる。終わったら、負けた国家の権益を奪い取って儲け、双方の復興を引き受けて儲ける。

戦争の裏側にいる「黒幕」は、今も昔もこの「憎しみ」という強い感情を操り、世界中で金儲けの機会を生み出している。「憎しみ」というのは、実は壮大なビジネスの道具だったのである。

お人好しな日本人は気づくこともないだろうが……。
75:777 :

2023/11/25 (Sat) 02:42:32

特番『中東危機とウクライナ戦争で露呈するアメリカの堕落』ゲスト:著作家 宇山卓栄氏
2023/11/24
https://www.youtube.com/watch?v=C7OmH0oSZmQ


特番『メディアが報道しないイラン内情と核問題、中東危機』ゲスト: 著作家 宇山卓栄氏
2023/11/23
https://www.youtube.com/watch?v=Jp3bjMLnPQ0&t=687s
76:777 :

2023/12/03 (Sun) 18:08:06

【そうきチャンネル】『広がる反イスラエル感情』・プロパガンダ報道の敗北 
渡辺 惣樹
2023/12/03
https://www.youtube.com/watch?v=D8wEWqRE7CM


【そうき チャンネル】『醜い』ヨーロッパの美人政治家たち・ヨーロッパの女ネオコン 
渡辺 惣樹
12023/04/28
https://www.youtube.com/watch?v=drqJbwGf_Tk
77:777 :

2023/12/13 (Wed) 20:59:50

2023.12.13XML
ウクライナで無惨な失敗に終わった侵略戦争を米国は東アジアでも試みる兆候
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312130000/

 昨年11月に台湾で実施された地方選挙で蔡英文総統の民主進歩党が馬英九の国民党に大敗した。蔡総統は「独立」という旗を掲げながらアメリカへ接近、中国との軍事的な緊張を高め、経済関係を破壊する政策を推進しているが、そうした政策を台湾の有権者は支持しなかったということだろう。野党陣営は青白連合を結成、勝利が見えたかに思えたが、その後、2大野党勢力の間に対立が生じている。

 年明け直後の1月13日に投票が予定されている台湾の総統選挙は与党である民進党の頼清徳副総統に対し、国民党の侯友宜と民衆党の柯文哲が挑むという構図になっている。アメリカに従属する道を選んだ蔡総統の後継者である頼清徳をワシントンが支援していることは明らかで、今年8月12日に頼はニューヨークを訪れ、パラグアイを訪問し後、台湾へ戻る際にはサンフランシスコに寄った。

 それから間もない8月18日、アメリカのジョー・バイデン大統領は韓国の尹錫悦大統領と日本の岸田文雄首相をキャンプ・デイビッドへ呼びつけ、軍事問題について話し合った。この会談で「鉄の三国同盟」が形成されたという人もいるようだが、日本と韓国がアメリカの戦闘部隊になったということにすぎない。

 この同盟とは別に、アメリカはアングロ・サクソン系国の軍事同盟を太平洋地域に作っている。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成されるAUKUSだ。この地域におけるアメリカの軍事拠点はオーストラリアであり、日本や韓国は前線基地ということになる。

 勿論、こうした軍事同盟のターゲットは中国だ。これは19世紀にイギリスが侵略を試みて以来、アングロ・サクソンが維持している長期戦略に含まれている。

 イギリスを拠点とする東インド会社は1839年から42年にかけて中国(清)を侵略するために「アヘン戦争」を仕掛けた。1856年から60年にかけては「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」で再度侵略を試みる。一応イギリスは勝利したが、それは海戦でのことであり、内陸部を占領するだけの戦力はなかった。そこで目をつけられたのが日本にほかならない。イギリスは日本でクーデターを仕掛け、徳川体制を潰して明治体制を樹立させた。明治体制は琉球併合、台湾派兵、江華島事件、日清戦争、日露戦争へと進んでいく。

 日露戦争で日本に戦費を用立てたのは、ロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。戦争の調停に乗り出したセオドア・ルーズベルト米大統領はハーバード大学の出身だが、その先輩にあたる金子堅太郎と親しかった。

 ちなみに、関東大震災以降、日本に大きな影響力を及ぼすことになった金融機関は親ファシズムのJPモルガン。1932年のアメリカ大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選、33年から34年にかけてJPモルガンをはじめとするアメリカの金融機関はファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していた。それを阻止したのがアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー退役少将だ。

 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説し、同じことをシカゴやニューヨークでも語った。日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びついた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 アラスカ、ハワイ、フィリピンを手に入れ、東アジア侵略を視野に入れていたアメリカにとって日本の韓国併合は願ってもないことだった。アメリカが最も欲しがっていた場所はカリフォルニアのはるか西にある「新たな西部」、つまり中国東北部だった。その場所に日本は「満州国」を建国している。

 アメリカ、イギリス、イスラエルを中心的な構成国とする金融帝国を支配している私的権力は19世紀のイギリスを支配していた私的権力の後継者で、やはり中国、そしてロシアを征服して世界の覇者になろうとしている。

 彼らと関係の深いネオコンは1991年12月にソ連が消滅した直後の92年2月、アメリカ国防総省の「DPG(国防計画指針)草案」という形で世界制覇計画を作成した。当時のディック・チェイニー国防長官、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はいずれもネオコンだ。彼らはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、他国に配慮することなく単独で好き勝手に行動できる時代が来たと考えたのである。

 このドクトリンに日本を従わせようとしたが、日本側はアメリカの戦争マシーンに組み込まれることを嫌がる。そこで1995年2月にジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、それと相前後して奇怪な出来事が相次いだ。

 例えば、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、その10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。その後、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。

 1999年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。勿論、この攻撃で多くの市民が殺され、建造物が破壊された。

 2000年の大統領選挙でジョージ・W・ブッシュが選ばれるが、その前年に次期大統領として最も人気のあった人物はジョン・F・ケネディ・ジュニア。1963年11月22日に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領の息子だ。そのJFKジュニアは1999年7月16日、不可解な「飛行機事故」で死亡した。

 ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されるという衝撃的な出来事が引き起こされた。それを利用、彼らは国外で侵略戦争を本格化させ、国内で収容所化を進めた。その世界制覇計画の前に登場してきたのがロシアのウラジミル・プーチンにほかならない。

 アメリカの戦争マシーンに組み込まれた日本は必然的に戦争への道を歩み始める。そして自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島にも作った。2023年には石垣島でも完成させている。すでに中国と戦争する準備を始めたということだ。

 この軍事施設はアメリカの戦略に基づくもの。アメリカの国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしているが、配備できそうな国は日本だけ。その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。

 ところが、​昨年10月、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった​。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。日本のミサイル開発を待っていられなくなったのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されている。

 このミサイルを使う自衛隊の戦力は約25万人、予備役は約5万6000年、日本と同盟関係にある韓国軍の戦力は約50万人、予備役は310万人ということになる。アメリカ軍はオーストラリアを拠点にし、航空兵力は太平洋の島に分散させると見られている。

 アメリカはユーラシア大陸の東岸で十分の手下を見つけられなかったようで、 AUKUSなる軍事同盟を組織した。オーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)のアングロ・サクソン同盟だ。それと日米韓の軍事同盟が連携する。そうした構図の中での台湾情勢だ。

 日本にとって危険な情勢になっている。抵抗する政治家や官僚がいても不思議ではなく、そうしたグループが現れたなら、スキャンダルで黙らせる可能性がある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202312130000/
78:777 :

2023/12/31 (Sun) 15:15:48

【ニコニコは概要欄】【録画】年末特番「激動の2023年!山口敬之さんと語る、揺れる岸田政権の行方は!?政治経済、外交、戦争、米国大統領選挙」松田政策研究所代表 松田学 × ジャーナリスト 山口敬之氏
https://www.youtube.com/watch?v=YCkuXjSrv1M

<出 演>
 松田政策研究所代表 松田学
 ジャーナリスト  山口敬之氏
79:777 :

2023/12/31 (Sun) 20:38:34

【大晦日討論】日本、地獄の季節か?天国か?[桜R5/12/31]
https://www.youtube.com/watch?v=XkxlhStY5rk

パネリスト:
 掛谷英紀 (筑波大学システム情報系准教授)
 川口マーン惠美(作家)※スカイプ出演
 ジェイソン・モーガン(歴史学者・麗澤大学国際学部准教授)
 平井宏治(経済安全保障アナリスト・株式会社アシスト)
 用田和仁(元陸上自衛隊西部方面総監 陸将)
 ロバート・D・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表)※スカイプ出演
司会:水島総
80:777 :

2024/01/01 (Mon) 11:14:18

2024.01.01XML
ネオコンの世界制覇計画を引き継いだバイデンがアメリカを破綻させつつある
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202401010000/

 ジョー・バイデンはアメリカ大統領に就任した直後、「ルビコン」を渡った。ロシアと中国を力づくで倒し、アメリカが世界の覇者として君臨しようとしたのだが、その計画が破綻、アメリカを中心とする支配システムが崩れ始めている。

 バイデンの周辺にいたのはネオコンと呼ばれるシオニストの一派で、その背後にはシティやウォール街を拠点とする強大な金融資本、古典的な表現を使うならば帝国主義者が存在している。

 ロシアや中国との戦いで簡単に勝てるとネオコンは信じていたようだが、そうした展開にはなっていない。作戦は全て裏目に出て、アメリカは窮地に陥った。ウクライナでロシアに敗北、ガザではパレスチナ人を「浄化」するどころか、手先のイスラエルは厳しい状況にある。西太平洋で戦争を準備、日本と韓国を利用して中国やロシアを新たな戦争へ引き摺り込もうとしているが、東アジアを破壊するだけで終わるだろう。ウクライナやパレスチナでは計算が狂い、東アジアでもバイデン政権の思惑通りには進みそうもない。

 しかし、「ルビコン」を渡ったバイデン政権は後戻りできない。すでにバイデンを支えている勢力はアメリカ国内で強引なことを始めた。国際問題でも形勢を逆転するため、2024年にはギャンブルに出る可能性がある。

 ウクライナの内戦はバイデンが副大統領を務めていたバラク・オバマ政権が始めた。ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒すため、2013年11月から翌年2月にかけてクーデターを仕掛けたのだ。その工作を現地で指揮していたのが国務次官補だったビクトリア・ヌランド、ホワイトハウスで担当していたのがバイデン。当時、バイデン副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めていた人物がジェイク・サリバン、現在の国家安全保障補佐官だ。

 ヤヌコビッチ政権の打倒を目指すクーデターが始まるのは2013年11月のこと。首都キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でカーニバル的な集会が始められ、12月になると集会への参加者は50万人に達したと言われている。

 年明け後、前面に出てきたネオ・ナチはチェーン、ナイフ、棍棒を手にしながら石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーを持ち出す。さらにスナイパーを使って広場にいた警官や住民を射殺するのだが、西側の有力メディアはその責任をヤヌコビッチ政権になすりつけた。

 そうした展開の中、EUは混乱を話し合いで解決しようとしたようだが、これに怒ったアメリカのビクトリア・ヌランド国務次官補はウクライナ駐在アメリカ大使のジェオフリー・パイアットに対し、電話で「EUなんかくそくらえ」と口にしている。アメリカは暴力によって2014年2月22日にヤヌコビッチ政権を倒した。

 こうした強引な方法でロシアとの戦争をネオコンは始めたのだが、その背景には、ソ連の消滅でアメリカが「唯一の超大国」になったという思い込みがあった。

 そうした西側支配層の雰囲気を示す論文がある。米英支配層と深い関係にある外交問題評議会(CFR)が発行している定期刊行物​「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文​では、ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカ軍の先制第1撃で破壊できるようになる日は近いとされている。簡単にロシアや中国に勝てるということだ。

 実は、この分析が間違っていることは2008年8月に判明している。イスラエルやアメリカを後ろ盾とするジョージア軍が北京で夏季オリンピックが開かれていた期間を狙い、南オセチアを奇襲攻撃したのだが、完膚なきまで叩きのめされた。

 イスラエルは2001年からジョージアに武器/兵器を含む軍事物資を提供、将兵を訓練しはじめている。イスラエルから供給された装備には無人飛行機、暗視装置、防空システム、砲弾、ロケット、電子システムなども含まれていた。

 当時のジョージア政府にはヘブライ語を流暢に話す閣僚がふたりいたことも知られている。ひとりは奇襲攻撃の責任者とも言える国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。

 そのほか、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズが元特殊部隊員を2008年1月から4月にかけてジョージアへ派遣して軍事訓練を実施、同年7月にはコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問している。南オセチアへの奇襲攻撃はその翌月だ。アメリカ政府の承認を受けての奇襲攻撃だったのだろう。

 アメリカはアル・カイダ系武装集団を使い、2011年春にリビアやシリアへ軍事侵攻、13年11月から14年2月にかけてウクライナではクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。このクーデターでアメリカ政府はネオ・ナチを使っている。

 ヤヌコビッチの支持基盤だった東部と南部の住民はクーデターを拒否し、南部のクリミアはロシアの保護下に入り、東部のドンバスでは内戦が始まった。オデッサではクーデターに反対していた住民をネオ・ナチの集団が虐殺している。

 内戦ではドンバス軍が優勢で、アメリカ/NATOはキエフ体制の軍事力を強化する時間が必要だった。そこで結ばれたのがミンスク合意。ドイツやフランスが仲介したのだが、​アンゲラ・メルケル元独首相​は昨年12月7日にツァイトのインタビューでミンスク合意は軍事力を強化するための時間稼ぎだったと認め、その直後に​フランソワ・オランド元仏大統領​はメルケルの発言を事実だと語っている。

 その後、8年をかけてアメリカ/NATOはクーデター政権に兵器を供給、兵士を訓練、ドンバスの周辺に要塞線を築いた。アゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)が拠点にしていたマリウポリや岩塩の採掘場があるソレダルの要塞は特に有名だ。ここにはソ連時代、核戦争に備えて地下施設が建設されていたという。

 アメリカ/NATOの支援を受けたウクライナ軍は昨年2月、ドンバスに対する軍事侵攻に備えて部隊をドンバス周辺に集結させていた。その部隊が動く直前にロシア軍は集結していたウクライナ軍や軍事施設、そして生物兵器の研究開発施設を攻撃、破壊した。

 その段階でウクライナ軍の敗北は決定的だったのだが、すでにルビコンを渡っていたジョー・バイデン政権はウクライナで勝たなければならない。そこでウクライナ政府にロシア政府と停戦交渉をするなと命令して戦闘を継続させたが、欧米、特にEUが置かれた状況は厳しくなっている。

 こうした状況を作り出したオバマやバイデンは民主党だが、共和党のジョージ・W・ブッシュ政権も世界制覇を目指していたという点は同じであり、政権を支えていたのはネオコンだった。

 ブッシュ政権におけるネオコンの中心人物は副大統領だったリチャード・チェイニー。この人物は「1パーセントでも攻撃される危険性があれば、先制攻撃で相手をたたいてしまえ」と主張していた。

 軍事侵略で世界を制圧するというのだが、この計画を始動させる出来事が2001年9月11日に引き起こされている。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだ。

 この攻撃についてブッシュ大統領は詳しい調査をせず、「アル・カイダ」が実行したと断定、その「アル・カイダ」を指揮しているオサマ・ビン・ラディンを匿っているという口実でアフガニスタンへの攻撃を始めた。タリバーンはオサマ・ビン・ラディンが攻撃を命令した証拠があれば引き渡すとアメリカ政府に伝えたが、いまだに証拠は示されていない。

 しかも、攻撃の直後、アメリカのネットワーク局CBSは、ビン・ラディンが世界貿易センターやペンタゴンに対するテロを実行していないと主張していると伝えた。

 そもそも「アル・カイダ」なる組織は存在しない。​イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが2005年7月に明かしたように、「アル・カイダ」はCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだ​。アラビア語でアル・カイダはベースを意味、データベースの訳語としても使われる。

 オサマ・ビン・ラディンはサウジアラビアの建設会社を経営する富豪一族に属し、サウジアラビア王室ともつながりが深く、同国の情報機関を動かしていたトゥルキ・ビン・ファイサル・アル・サウド王子の下で活動していた。

 サウジアラビアの情報機関はジミー・カーター政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めていたズビグネフ・ブレジンスキーが始めたアフガニスタンにおける秘密工作に協力していた。イスラム同胞団やワッハーブ派の人間を戦闘員としてアフガニスタンへサウジアラビアが送り込み、CIAが軍事訓練していたのだ。アフガニスタンを不安定化させ、ソ連軍の介入を誘発してソ連本体を疲弊させようというプランだった。この当時、ブレジンスキーが作り上げた武装集団の戦闘員を「自由の戦士」と西側の有力メディアは呼んでいた。

 戦闘員をアフガニスタンへ送り込む仕事をしていたひとりがオサマ・ビン・ラディンにほかならないのだが、この人物をジハード(聖戦)の世界へ引き込んだのはムスリム同胞団のアブドゥラ・アッザムだと言われている。1984年にアッザムとビン・ラディンはパキスタンにMAK(マクタブ・アル・ヒダマト/礼拝事務局)のオフィスを開設した。このMAKがアル・カイダの源流だと言われている。

 1989年2月にソ連軍がアフガニスタンから撤退、91年にはオサマ・ビン・ラディンもアフガニスタンを離れ、サウジアラビアとパキスタンを経由してスーダンに入った。その際、ビン・ラディンをエスコートしたアリ・アブドゥル・サウド・モハメドはアメリカの特殊部隊と関係が深い。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015)

 1992年12月にイエメンの首都でホテルが爆破され、 2名が死亡しているが、その現場を調査したアメリカ国務省の外交治安局のスペシャル・エージェントだったスコット・スチュワートによると、CIAの訓練を受けた何者かによって実行されていたという。(Max Blumenthal, “The Management Of Savagery,” Verso, 2019)

 ビン・ラディンは1993年から94年にかけての時期、サラエボで目撃されている。当時、アメリカを含むNATO加盟国の情報機関はジハード傭兵をボスニア・ヘルツェゴビナへ送り込んでいた。セルビアと戦わせることが目的だ。つまり、オサマ・ビン・ラディンもウクライナのネオ・ナチと同じように、アメリカによる軍事侵略の手先だった。2024年を前にして、この構図が崩れ始めている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202401010000/
81:777 :

2024/01/24 (Wed) 03:23:17

2024.01.24XML
「崩れる『無敵国家米国』神話」について
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202401240000/


 日本に限らないでしょうが、アメリカは無敵だと信じている人が少なくありませんでした。1991年12月にソ連が消滅して以降、そうした信仰は強まったようですが、その神話が崩れ始め、アメリカの求心力は弱まっています。アメリカを中心とする支配システムが崩壊し始めたということです。

 ソ連消滅後、ネオコンと呼ばれるシオニストの好戦派は世界制覇計画を作成して侵略戦争を開始、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されると、そうした動きは加速しました。その結果、ロシア軍部隊がアメリカ支配層の手先として利用している武装勢力と衝突する事態が生じ、ロシア軍の強さを明確にしたのです。

 ソ連の消滅の結果、ロシア文化の影響下にない国々はソ連圏から米英圏へ移動していきました。軍事的に見るとロシアの防衛システムが弱体化したと言えますが、経済的に見るとソ連圏の国々を「養う」必要がなくなったという側面もあります。ロシアは自分たちの稼ぎを自分たちのために使うことができるようになり、早いペースで国力を回復させたと言えるでしょう。

 旧ソ連圏のうち、東ドイツはナチスが台頭してからソ連を攻撃する中核になった国の一部であり、チェコの半分は1939年にナチスドイツに吸収され、スロバキアの半分はドイツの同盟国でした。ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアも同様です。

 カトリック国のポーランドは歴史的に反ロシア感情が強いことで知られています。16世紀から18世紀にかけて同国はリトアニアと「ポーランド・リトアニア連邦」を構成、その領土が最も広かった1600年当時の復活を夢見みる人びとがいました。そうした人びとを率いていたひとりがユゼフ・ピウスツキで、1904年に来日、彼の運動に協力するよう日本側を説得しています。

 1917年に帝政ロシアが崩壊すると、再興されたポーランドは現在のウクライナとベラルーシへ軍事侵攻しました。ロシアの革命政権は反発して反撃、1920年夏までにポーランド軍を押し出してワルシャワ近くまで攻め込みました。ピウスツキは1925年に「プロメテウス同盟」という地下組織を作っています。

 ポーランドは1934年1月、ナチス体制下のドイツと不可侵条約を締結しました。1938年にポーランドはチェコスロバキアの一部を占領しますが、この年、イギリスとフランスはチェコスロバキアに対し、ズデーテン(スデーティ)地方をドイツへ引き渡すように強い圧力を加えています。

 1938年9月に英仏伊独はミュンヘンで首脳会談を開催、ズデーテンの帰属を巡って討議、ドイツへの割譲が認められました。そして1938年10月1日からドイツ軍はズデーテンを占領し始め、ポーランド軍はチェシン・シレジアへ軍事侵攻しています。この時期、ポーランドとドイツとの関係は悪くなかったのです。

 そのドイツは第1次世界大戦の敗北で領土を削られ、ドイツ本国と東プロイセンの間にポーランド領(ポーランド回廊)ができ、東プロイセンは飛び地になっていました。

 この問題でドイツはポーランドに対し、住民投票を実施してドイツへ回廊を返還する意見が多ければ返還、その際にドイツはポーランドに鉄道やバルト海へ通じる高速道路を渡すと提案、その条件で交渉はほぼ合意に達します。

 その調印のため、1939年3月21日にポーランドのジョセフ・ベック外相がドイツの首都ベルリンを訪問することになったのですが、姿を現しませんでした。ロンドンへ向かったのです。その日、ロンドンではアドルフ・ヒトラーをどうするか決めるため、西側各国の指導者が集まっていました。そして26日、ポーランドはドイツに対し、回廊をドイツに返還しないと通告、軍事的な緊張は一気に高まります。

 ドイツの動きを警戒していたソ連に対し、イギリスはこの年の7月23日に交渉を申し入れますが、話し合いが始まったのは8月11日。しかもイギリスは文書に署名できる立場の人間を送り込んでいません。

 この時、ソ連軍の代表だったクリメント・ボロシロフ国防相(国防人民委員)とボリス・シャポシニコフ参謀総長はポーランドの反対が解決されれば、ドイツを封じ込めるために軍隊をドイツとの国境へ派遣する用意があるとイギリスやフランスの代表に提案しました。

 イギリスのテレグラフ紙によると、部隊の規模は120歩兵師団と16騎兵師団。それに対してイギリスの代表だったレジナルド・ドラクス提督は交渉する権限がないという理由から回答を拒否しています。ソ連がドイツを不可侵条約を結んだのはその直後、1939年8月23日のことです。(Nick Holdsworth, “Stalin ‘planned to send a million troops to stop Hitler if Britain and France agreed pact’, the Telegraph, 18 October 2008)

 イギリスのウィンストン・チャーチル政権はシティを後ろ盾とする帝国主義者として知られ、ソ連征服を目指していました。そのチャーチルと同じように、ソ連を敵視、ルーズベルト政権の打倒を目指していたのがウォール街、つまりアメリカの巨大金融機関でした。この辺の事情は本ブログでも繰り返し書いていますので、ここでは割愛します。

 そしてドイツ軍は1939年9月1日にポーランドへ軍事侵攻、9月3日にイギリスとフランスはドイツに宣戦布告しますが、しばらくは目立った戦闘がありません。「奇妙な戦争」です。戦局が動き始めるのは半年ほど後です。

 その当時、ポーランドの反ロシア運動で大きな影響力を持っていたウラジスラフ・シコルスキーはパリへ脱出、1939年9月30日に亡命政権を作り、翌年6月19日にチャーチル首相と会談、ポーランドがイギリスと一緒に戦うことを約束します。そして亡命政権はロンドンへ移動しました。

 ドイツ軍は1941年6月にソ連に対する奇襲攻撃「バルバロッサ作戦」を開始します。西側に約90万人だけを残し、東側に310万人を投入するという非常識なもので、まるで西側から攻撃してこないことを知っていたかのようです。

 大きな軍事作戦では準備のためにそれなりの期間が必要です。バルパロッサ作戦を始める直前、1940年9月から41年5月までの期間、ドイツ軍はイギリスを空爆していました。ドイツは本気でイギリスへ軍事侵攻する意思はなかったと見る人もいます。つまり陽動作戦。

 ドイツ軍は1941年7月にレニングラードを包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点に到達しました。ヒトラーはソ連軍が敗北したと確信、再び立ち上がることはないと10月3日にベルリンで語り、英首相の軍事首席補佐官だったヘイスティングス・イスメイは、3週間以内にモスクワは陥落すると推測しながら傍観していました。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015)

 しかし、ソ連軍の抵抗でこうした予想通りにことは進まず、ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入します。ここでソ連軍に敗北、1943年1月に降伏しました。この段階でドイツの敗北は決定的。ここからアメリカやイギリスは慌てて動き始めたわけで、ナチスに勝ったのはソ連です。

 アメリカはその事実を消し去り、自分たちが勝ったのだというイメージを広めるため、ハリウッド映画を利用しました。ソ連とドイツが不可侵条約を結んだ際に登場する地図の「解釈」もイメージ戦略のひとつだと言えるでしょう。ポーランドを「可哀想な犠牲者」として描くことも同じです。ドイツに占領されていた当時、ポーランドでもユダヤ人をはじめとする少数民族が虐殺されていますが、偶然ではないのです。責任の全てをドイツに押し付けることは正しくありません。

 つまり、かつてソ連圏に含まれていた東ヨーロッパ諸国の相当部分はナチズムを受け入れ、協力関係にあったと言えます。ナチスを米英金融資本が金融支援していたことも知られてきました。こうした国々がロシアから離れたことでロシアは復活できたと言えるでしょう。

 その一方、 アメリカではニューディール派が消えました。大きな節目になったのは1963年11月22日のジョン・F・ケネディ大統領暗殺でしょう。その後、体制の腐敗が進み、アメリカは金融資本を後ろ盾とするネオコンに支配されるようになります。そして1990年代から侵略戦争を本格化させました。

 その腐敗した体制を維持するため、ネオコンを含むアメリカの支配層は自国が「無敵」だとするイメージを世界に人びとに植え付けたのですが、侵略戦争の中でロシア軍と戦う場面が生じ、アメリカは無敵でないということが知られてしまいました。軍事力を行使すればするほど支配システムの崩壊は速まっています。
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82:777 :

2024/02/05 (Mon) 17:05:12

アメリカに排除されたパキスタンの首相
https://a777777.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=16838567
83:777 :

2024/02/20 (Tue) 06:13:23

キッシンジャーの栄光と残虐!!! Part①|伊藤貫×室伏謙一
2024/02/12
https://www.youtube.com/watch?v=Swm4tVzhZZs

キッシンジャーの栄光と残虐!!! Part②|伊藤貫×室伏謙一
2024/02/15
https://www.youtube.com/watch?v=bbTIGT1yiHw

キッシンジャーの栄光と残虐!!! Part③ |伊藤貫×室伏謙一
2024/02/19
https://www.youtube.com/watch?v=4e80xcnKa9A
84:777 :

2024/02/21 (Wed) 20:04:58

キッシンジャーの栄光と残虐!!! Part④|伊藤貫×室伏謙一
2024/02/21
https://www.youtube.com/watch?v=YReQ1f2bSQk
85:777 :

2024/02/23 (Fri) 10:25:42

イギリス映画「アメイジング・グレイス」 奴隷貿易の廃止にとりくんだ政治家
続壺齋閑話 (2024年2月23日 08:19)
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2006年のイギリス映画「アメイジング・グレイス(Amazing Grace マイケル・アプテッド監督)」は、イギリスの奴隷貿易廃止に取り組んだ政治家ウィリアム・ウィルバーフォースの奮闘ぶりを描いた作品。それに、讃美歌「アメイジング・グレイス」を絡ませている。この讃美歌は、ロンドンの教会の牧師ジョン・ニュートンが作詞したものと言われるが、歌詞の内容は神をたたえるものであり、奴隷解放とは関係はない。映画はそのニュートンを登場させて、あたかもこの曲が奴隷解放を呼びかけたもののように描いている。

ウィルバーフォースが、時の宰相ピットと組んで奴隷貿易廃止に取り組んだことは歴史的事実だ。イギリスは、奴隷貿易の最大の受益者で、売買した奴隷の数は300万に及んだ。これに、移送中船中で死んだ黒人がどれくらい含まれているかは、はっきりしないらしい。ともあれ、奴隷貿易から得られる利益が、イギリスの富の大きな部分をしめていた。

その魅力ある奴隷売買を、イギリスがなぜ廃止する気になったか、動機は曖昧だ。人道的な動機が働いた、という説もあるが、眉唾ものだろう。この映画に出てくるウィルバーフォースにしても、かれが奴隷貿易廃止のために取り組んだ動機は曖昧なままだ。かれは当初神職を目指していたから、あるいはキリスト教的な考えに動かされたのかもしれない。

奴隷貿易を始めたイギリスが、その廃止を決めて、一応人道に熱い国というイメージを得たのは、マッチポンプを思わせるようで、嫌味なところもある。人間は、奴隷として生まれてはいないわけで、それを奴隷にするという発想自体が、非人道的である。それを廃止したからと言って、非人道的な行為が帳消しになるわけでもあるまい。

イギリス人の欺瞞的な性格が、 露骨にあらわれた映画である。なお、アメリカが奴隷制を廃止するのは、内戦(いわゆる南北戦争)後のことである。これは、黒人への人道的な配慮というより、リンカーンが、白人までが奴隷となることを恐れたからだと言われる。

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86:777 :

2024/02/24 (Sat) 16:43:32

マックス フォン シュラー 軍事歴史がMAXわかる!
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87:777 :

2024/02/25 (Sun) 15:52:32

我那覇真子 _ グローバリズムの実態
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我那覇真子 - YouTube
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我那覇真子 山中泉 - YouTube
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新春特番「我那覇真子さんと激論!2024年いかにしてグローバリストと戦うか!」
2024/01/09
https://www.youtube.com/watch?v=9Mjr6TExbbg

<出 演>
 松田政策研究所代表 松田学
 ジャーナリスト 我那覇真子氏

前半は、我那覇さんが経験したグローバリズムの実態、 世界各国を回って反グローバリズムの動きをどう見ているかの分析をしていただきます。

トランプ大統領など米国の草の根保守の動きにも触れて頂き、後半はグローバリズム勢力との闘いとWHOの話をたっぷりと。
88:777 :

2024/03/02 (Sat) 08:36:19

2024.03.02XML
配下の国が思い通りに動かなくなり、核戦争で脅すしかなくなったアメリカ政府
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403020000/

 アメリカのロイド・オースチン国防長官は下院軍事委員会の公聴会で追加資金の承認を議員に呼びかけた。ウクライナに対する600億ドルの新たな支援策が議会で通らないため、その資金がないとウクライナでロシアが勝利、NATOとロシアが直接軍事衝突すると主張している。アメリカの支援が続かなければ確実に負けると警告したというが、資金や武器弾薬を供給してもウクライナの敗北は決定的である。

 短期的に見るとウクライナにおける戦闘は2013年11月から14年2月にかけてバラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターから始まるが、その背景には1992年2月にDPG(国防計画指針)草案という形で作成された世界制覇プロジェクトがある。







 その当時、すでに国防総省もネオコンに制圧されていた。国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。ふたりともネオコンだ。そのウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、DPGは「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 そのドクトリンではドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、新たなライバルの出現を防ぐことが謳われている。旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、東南アジアにアメリカを敵視する勢力が現れることを許さないとしているのだ。

 しかし、当時の日本政府はアメリカの戦争マシーンに組み込まれることを嫌がる。細川護煕政権が国連中心主義を主張したのはそのためなのだが、そうした姿勢を見てネオコンは怒る。細川政権は1994年4月に倒され、95年2月にはウォルフォウィッツ・ドクトリンの基づく「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」をジョセイフ・ナイは発表した。

 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、それから10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃された。そして8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載される。

 アメリカではソ連消滅後、有力メディアが旧ソ連圏に対する戦争を煽り始め、その流れに逆らったビル・クリントン大統領はスキャンダル攻勢にあった。

 クリントン政権で戦争を抑える上で重要な役割を果たしていたのは国務長官だったクリストファー・ウォーレンだが、1997年1月にブレジンスキーの教え子でもあるマデリーン・オルブライトへ交代、彼女は98年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明する。

 そして1999年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃された。この空爆を司令部はアメリカ大使館にあり、指揮していたのはブルガリア駐在大使だったリチャード・マイルズだと言われている。






 2000年はアメリカ大統領選挙のある年だったが、1999年の段階で最も人気があった候補者は共和党のジョージ・W・ブッシュでも民主党のアル・ゴアでもなく、立候補を否定していたジョン・F・ケネディ・ジュニア、つまりジョン・F・ケネディ大統領の息子だった。1999年前半に行われた世論調査ではブッシュとゴアが30%程度で拮抗していたのに対し、ケネディ・ジュニアは約35%だったのだ。

 しかし、ケネディが大統領選挙に参加することはなかった。1999年7月、ケネディ・ジュニアを乗せ、マサチューセッツ州マーサズ・ビンヤード島へ向かっていたパイパー・サラトガが目的地へあと約12キロメートルの地点で墜落、ケネディ本人だけでなく、同乗していた妻のキャロラインとその姉、ローレン・ベッセッテも死亡している。

 墜落地点から考えて自動操縦だった可能性が高く、操作ミスだった可能性は小さい。JFKジュニアが乗っていた飛行機にはDVR300iというボイス・レコーダーが搭載され、音声に反応して動き、直前の5分間を記録する仕掛けになっていたが、何も記録されていなかった。また緊急時に位置を通報するためにELTという装置も搭載していたが、墜落から発見までに5日間を要している。

 2000年の上院議員選挙では投票日の3週間前、ブッシュ・ジュニア陣営と対立関係にあったメル・カーナハンが飛行機事故で死んでいる。このカーナハンと議席を争っていたのがジョン・アシュクロフト。ジョージ・W・ブッシュ政権の司法長官だ。ちなみに、選挙では死亡していたカーナハンがアシュクロフトに勝っている。

 選挙の結果、大統領に選ばれたのはブッシュ・ジュニア。大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、アメリカは侵略戦争を始める。

 2002年には中間選挙が行われたが、この段階でイラク攻撃に反対する政治家は極めて少なかった。例外的なひとりがミネソタ州選出のポール・ウェルストン上院議員だが、そのウェストン議員は投票日の直前、2002年10月に飛行機事故で死んでいる。

 メディアは「雪まじりの雨」という悪天候が原因だったと報道さしていたが、同じ頃に近くを飛行していたパイロットは事故を引き起こすような悪天候ではなかったと証言、しかも議員が乗っていた飛行機には防氷装置がついていた。しかも、その飛行機のパイロットは氷の付着を避けるため、飛行高度を1万フィートから4000フィートへ下降すると報告している。その高度では8キロメートル先まで見えたという。

 ブッシュ政権はアメリカ主導軍を使い、2003年3月にイラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を破壊し、100万人を超すと見られるイラク人を殺している。この数字は複数の調査でほぼ一致している。

 例えば、アメリカのジョーンズ・ホプキンス大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究によると2003年の開戦から06年7月までに約65万人のイラク人が殺されたという。イギリスのORBは2007年夏までに94万6000名から112万人が死亡、またNGOのジャスト・フォーリン・ポリシーは133万9000人余りが殺されたとしている。

 ネオコンは1980年代からフセイン体制を倒し、イランとシリアを分断しようとしていた。そのフセイン体制をペルシャ湾岸の産油国を守る防波堤と考えていた勢力、例えばジョージ・H・W・ブッシュやジェームズ・ベイカーらとネオコンは対立、イラン・コントラ事件が発覚する一因になった。

 結局、イラクではフセインを排除したものの、親イスラエル体制を樹立することには失敗。そこで次のオバマ政権は2010年8月にPSD-11を承認してムスリム同胞団を使った体制転覆作戦を始動させる。そして始まるのが「アラブの春」だ。

 その流れの中でアメリカ、イギリス、フランスを含む国々は2011年春からリビアやシリアに対する軍事侵略を始めた。この戦術はオバマの師にあたるズビグネフ・ブレジンスキーが1970年代に始めたものだ。

 リビアに対する攻撃は2011年2月に始まり、3月には国連の安全保障理事会がアメリカなどの要請を受けて飛行禁止空域の導入を承認、5月にはNATO軍機が空爆を開始する。そして10月にムアンマル・アル・カダフィは惨殺された。

 その間、地上ではアル・カイダ系武装集団のLIFGがNATO軍と連携して動いていたのだが、その事実が明らかになってしまう。例えば、​反カダフィの武装勢力が拠点にしていたベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられた​。

 ​イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックは2005年7月、アル・カイダはCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだと指摘している​。アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味、データベースの訳語としても使われる。

 一般的にアル・カイダのリーダーだと言われ、イコンとして扱われていた人物がオサマ・ビン・ラディン。そのビン・ラディンを2011年5月、アメリカ海軍の特殊部隊が殺害したとオバマ大統領は発表している。

 2012年からオバマ政権はシリア侵略に集中、リビアから戦闘員や武器をNATO軍がシリアへ運び、軍事支援を強化するのだが、そうした行為を正当化するためにシリア政府を悪魔化するための偽情報を流した。

 ところがシリア軍は手強く、アル・カイダ系武装勢力では倒せない。そこでオバマ政権は支援を強化するのだが、アメリカ軍の情報機関​DIAは、オバマ政権が支援している武装勢力の危険性を指摘する。その主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団で、アル・ヌスラ(AQIと実態は同じだと指摘されていた)といったタグをつけているとする報告を2012年8月にホワイトハウスへ提出した​のだ。オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していた。2012年当時のDIA局長はマイケル・フリン中将だ。

 この警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)という形で現実なった。この武装勢力は同年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧する。その際にトヨタ製小型トラック「ハイラックス」の新車を連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられ、広く知られるようになった。

 アメリカの軍や情報機関は偵察衛星、通信傍受、人間による情報活動などで武装集団の動きを知っていたはず。つまりパレードは格好の攻撃対象だが、そうした展開にはなっていない。ダーイッシュが売り出された後、フリンDIA局長は退役に追い込まれた。

 オバマ政権は「残虐なダーイッシュ」を口実に使い、シリアへアメリカ/NATO軍を直接投入しようと目論み、戦争体制を整える。2015年2月に国務長官をチャック・ヘイゲルからアシュトン・カーターへ、9月に統合参謀本部議長をマーティン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させたのだ。

 ヘイゲルは戦争に慎重な立場で、デンプシーはサラフィ主義者やムスリム同胞団を危険だと考えていた。それに対し、カーターやダンフォードは好戦派だ。

 統合参謀本部議長が交代になった数日後の9月30日にロシアはシリア政府の要請で軍事介入、ダーイッシュなど武装勢力の支配地域は急速に縮小していく。アメリカ主導軍と違い、ロシア軍は本当にダーイッシュやアル・カイダ系武装勢力を攻撃したのだ。

 シリアでの戦闘でロシア軍は戦闘能力や兵器の優秀さを世界に示し、 歴史の流れを変えた。アメリカを憎悪しながら沈黙していた国々がロシアの周辺に集まり始めた。そしてウクライナでもロシア軍は戦闘能力や兵器の優秀さを示し、アメリカ/NATO軍は惨めな姿を晒すことになったのである。

 そうした中、​ニューヨーク・タイムズ紙は、CIAがウクライナ領内、ロシアとの国境に近い地域に12の秘密基地を作っていたと伝えている​のだが、特に驚くような話は含まれていなかったが、明らかな偽情報も含まれていたことが指摘されている。CIAの優秀さとロシアの邪悪さを宣伝することが目的だと見られている。米英を中心とした支配システムを維持するため、アメリカ/NATO軍は凄いと人びとに思わせなければならない。
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89:777 :

2024/03/03 (Sun) 19:15:14

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ガザで食糧を運んできたトラックの周辺にいた住民をイスラエル軍が銃撃して殺戮
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403030000/

 ​イスラエル軍による住民虐殺が続いているガザで、食糧を運んできた援助トラックの周辺に集まってきた人びとに対してイスラエル兵が銃撃を加え、多くの住民が死傷した​。少なくとも112人が殺害され、数百人以上が負傷した事実が世界に発信されている。イスラエル軍の兵士が自動小銃で銃撃しただけでなく、戦車からも発砲されたという。現場の画像には血のついた小麦粉の袋が映っていることから、この出来事を「小麦粉虐殺」と呼ぶ人がいる。

 虐殺はガザの南西側にあるアル・ラシード通りで起こった。犠牲者の多くは胴体や頭に銃弾を受けた状態で病院へ運ばれていることから、兵士は殺害を目的として銃撃していると言われている。イスラエル軍が公開した映像では銃撃による音声が記録されているが、音響分析から音はイスラエル軍が使用した自動小銃から発せられたものであることが特定されたという。兵士や戦車だけでなく戦闘機も銃撃したとする話が伝えられている。

 ​アルジャジーラによると、援助物資を待っていた人びとに対して銃撃が始まり、発砲後、イスラエル軍の戦車が前進して多くの住民を轢いたとしている​。

 この虐殺をイスラエル側は否定していたが、軍が発砲したことは認めざるをえなくなった。それでも兵士らが住民に「脅威を感じた」からだと弁明、イスラエルのイタマール・ベン・グビル国家安全保障大臣は住民を「撃退」したイスラエル軍を称賛した。今回の虐殺に限らず、西側の有力メディアはイスラエル軍による大量殺戮を擁護、あるいは責任を曖昧にした話を流している。

 イスラエルがガザでこうした虐殺作戦を継続できるのはアメリカやイギリスが支援しているからにほかならない。米英両国は自分たちの軍事拠点があるキプロスから物資をイスラエルへ運び込んでいる。この島にはイギリス空軍のアクロティリ基地があり、イギリス空軍だけでなくアメリカ空軍の偵察航空団も駐留しているのだ。

 イスラエルの​ハーレツ紙によると、10月7日からイスラエルへアメリカ軍の大型輸送機が20機、そしてイスラエルと各国がリースした民間輸送機が約50機、物資を輸送している​。その後、6機以上のイスラエル軍機がイギリスへ飛来しているとする情報が伝えられた。​10月7日からイギリスのグラスゴー、バーミンガム、サフォークとオックスフォードシャーの空軍基地に来ている​という。勿論、こうした動きは氷山の一角に過ぎない。

 イギリスの基地を飛び立ったイスラエルの輸送機はネゲブ砂漠にあるベールシェバに到着している。そこあるネバティム空軍基地は兵站の拠点だ。

 1948年5月に「建国」が宣言されて以来、イスラエルは虐殺を続けてきた。そのイスラエルを作り出したのはイギリスだ。そうした工作の過程でデイビッド・ロイド・ジョージ政権はパレスチナへ送り込む警官隊を創設している。その工作で中心的な役割を果たしたのが植民地大臣に就任していたウィンストン・チャーチルだ。

 この警官隊はアイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーが中心になっている。この武装組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、弾圧の過程で違法な殺人、放火、略奪などを繰り返している。

 イングランドは17世紀にアイルランドを侵略、住民を虐殺した。その時の指揮官がピューリタン革命で台頭したオリバー・クロムウェル。この人物は地主や富裕な商工業者に支持されていた独立派のメンバーで、革命の際に手を組んでいた小農民や職人層に支持されていた水平派を革命後に粛清している。

 クロムウェルの侵略でアイルランドの人口は激減。虐殺前の1641年には147万人だったが、52年には62万人へ減っている。50万人以上は殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」としてアメリカなどに売られたと言われている。

 アイルランド侵略の21年前にピューリタンの一団がメイフラワー号でアメリカへ渡っている。いわゆる「ピルグリム(巡礼者)・ファーザーズ」だ。イギリスが植民した地域でピューリタンは「新イスラエル」を建設していると信じていたという。

 イタリアのジェノバに生まれたクリストバル・コロン(コロンブス)がカリブ海のグアナハニ島に上陸した1492年当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたと推測されているのだが、ウーンデット・ニー・クリークでスー族の女性や子供150名から300名がアメリカ陸軍第7騎兵隊に虐殺された1890年になると、約25万人まで減少していた。そして、生き残った先住民を「保留地」と名づけらた地域に押し込めるために「強制移住法」が施行される。

 これが「自由と民主主義の国」だというアメリカの実態。1904年にアメリカのセントルイスでオリンピックが開催された際、並行して「万国博覧会」も開かれたのだが、その際、「特別オリンピック」で人種の序列が示されている。それによるとトップは北ヨーロッパの人びとで、最下位はアメリカ・インディアンだ。その時、アパッチ族のジェロニモが「展示」されている。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021)

 ところで、パレスチナでは1936年4月に住民は独立を求めてイギリスに対する抵抗運動を開始するのだが、39年8月に鎮圧されて共同体は政治的にも軍事的にも破壊されてしまう。その際、パレスチナ人と戦った勢力には2万5000名から5万名のイギリス兵、2万人のユダヤ人警察官など、そして1万5000名のハガナ(後にイスラエル軍の母体になる)が含まれている。

 シオニストはイスラエルなる国を作り出すため、先住民であるアラブ系の人びとを追い出しにかかる。そして1948年4月4日に「ダーレット作戦」が発動された。この作戦は1936年から39年にかけて行われたパレスチナ人殲滅作戦の詰めだったという見方がある。

 4月8日にハガナはエルサレム近郊のカスタルを占領、ハガナとの打ち合わせ通り、イルグンとスターン・ギャングは9日午前4時半にデイル・ヤシンを襲撃する。マシンガンの銃撃を合図に攻撃は始まり、家から出てきた住民は壁の前に立たされて銃殺され、家の中に隠れていると惨殺、女性は殺される前にレイプされた。

 襲撃の直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官、アラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしなかった。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)

 この虐殺を見て多くのアラブ系住民は恐怖のために逃げ出し、 約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザやトランスヨルダン(現在のヨルダン)へ移住、その後、1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人にすぎなかった。

 国際連合は1948年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。そして同年5月14日にイスラエルの建国が宣言され、パレスチナ人に対する弾圧が始まる。現在、ガザで行われているパレスチナ人虐殺はその流れの中での出来事だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403030000/
90:777 :

2024/03/17 (Sun) 14:30:03

2024.03.15XML
追い詰められたバイデン政権は状況を逆転するギャンブルをするか(その1)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403150000/

 ジョー・バイデンを含むネオコン、つまりアメリカの好戦的なシオニストはウクライナでロシアに敗北、イスラエル軍によるガザでのパレスチナ人虐殺の共謀者として批判されている。この状況を逆転させるためには衝撃的な、ネオコンの表現を借りるならば「新たな真珠湾攻撃のような壊滅的な」出来事が必要だと考える人もいる。「偽旗作戦」だ。

 ベトナムに対する本格的な軍事介入を実現するためにでっち上げられた1964年8月の「トンキン湾事件」も有名である。アメリカの駆逐艦が北ベトナムの魚雷艇に砲撃されたとリンドン・ジョンソン大統領は宣伝して好戦的な雰囲気を高め、1965年2月には「報復」と称して本格的な北爆を始めている。

 ベトナムはフランスの植民地だったが、1954年5月にディエンビエンフーでフランス軍はベトミン軍に降伏しているが、その直前の1月にアメリカの国務長官だったジョン・フォスター・ダレスはNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、国務長官の弟であるアレン・ダレスが率いるCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。

 ところが、ケネディ大統領はアメリカの軍隊をインドシナから撤退させると決断、1963年10月にNSAM(国家安全保障行動覚書)263を出した。1963年末にアメリカの軍事要員1000名を撤退させ、65年12月までに1万1300名を完全撤退させるとされていた。アメリカ軍の準機関紙と言われるパシフィック・スターズ・アンド・ストライプス紙は「米軍、65年末までにベトナムから撤退か」という記事を掲載している。

 言うまでもなく、このNSAM263は実行されていない。ジョンソンは1963年11月26日、つまり前任者が殺されて4日後にNSAM273を、また翌年3月26日にはNSAM288を出して取り消してしまったのだ。(L. Fletcher Prouty, "JFK," Carol Publishing Group, 1996)

 ベトナム駐在のヘンリー・ロッジ大使と「大統領」は11月20日にホノルルで話し合い、「南ベトナムに関する討議」の内容を再検討してNSAM273を作成したとされている。この「大統領」がケネディだということはありえない。

 トンキン湾事件の前にもアメリカ軍は偽旗作戦を計画している。ソ連に対する先制攻撃を国民に容認させる雰囲気を作るために秘密工作を実行しようとしたのだ。

 その計画の中には、キューバのグアンタナモ湾に浮かぶアメリカの艦船を爆破、その責任をキューバに押しつけて非難するほか、マイアミを含むフロリダの都市やワシントンで「爆弾テロ工作」を展開してキューバのエージェントを逮捕、事前に用意していた書類を公表、さらに民間旅客機の撃墜も演出しようとしていた。「ノースウッズ作戦」だ。その先にはソ連に対する先制核攻撃計画が存在している。

 この撃墜作戦で拠点になるのはフロリダ州にあるエグリン空軍基地。CIAが管理している民間機のコピー機をこの基地で作り、本物の航空機は自動操縦できるようにする。その上でコピー機にはCIAの管理下にある人びとをのせて離陸、途中で本物と入れ替え、コピー機はエグリン基地へ降りる。無人機はフライト・プランに従って飛行、キューバ上空で救助信号を出し、キューバのミグ戦闘機に攻撃されていると報告、その途中で自爆するというシナリオになっていた。そのほか、数機のF101戦闘機をキューバに向かって発進させ、そのうち1機が撃墜されたように見せかける計画もあった。(Memorandum for the Secretary of Defense, 13 March 1962)

 この計画をライマン・レムニッツァー統合参謀本部議長は1962年3月に国防長官のオフィスで説明するが、ロバート・マクナマラ長官は拒否(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002)、その数カ月後にレムニッツァーは大統領を説得するため、キューバにアメリカ軍が軍事侵攻してもソ連は動けないと説明するが、これは無視された。

 そして1962年10月にケネディ大統領はレムニッツァー議長の再任を拒否する。その時、レムニッツァーへ欧州連合軍最高司令官にならないかと声をかけてきたのがシチリア島上陸作戦以降、彼を出世街道へ乗せたハロルド・アレグザンダーだ。イギリスの貴族階級に属する軍人で、イギリス女王エリザベス2世の側近として知られている。

 ケネディ大統領だけでなく議会の中にもこうした好戦的な軍人を懸念する人物がいて、上院外交委員会では軍内部の極右グループを調べはじめる。その中心になっていたのがアルバート・ゴア上院議員(アル・ゴアの父親)だ。調査の結果、そのグループにはレムニッツァーのほかエドワード・ウォーカー少将、ウィリアム・クレイグ准将が含まれていることが判明する。

 ケネディ大統領はイスラエルの核兵器開発には厳しい姿勢で臨んでいたことが知られている。イスラエルのダビッド・ベングリオン首相と後任のレビ・エシュコル首相に対し、半年ごとの査察を要求する手紙をケネディ大統領は送付、核兵器開発疑惑が解消されない場合、アメリカ政府のイスラエル支援は危機的な状況になると警告している。(John J. Mearsheimer & Stephen M. Walt, “The Israel Lobby”, Farrar, Straus And Giroux, 2007)

 言うまでもなく、イスラエルはその後も核兵器の開発を進め、1986年10月5日付けのサンデー・タイムズ紙に掲載された内部告発者のモルデカイ・バヌヌの話よると、イスラエルが保有する核弾頭の数は生産のペースから推計して150から200発。水爆の製造に必要なリチウム6やトリチウム(三重水素)の製造を担当していたバヌヌは水爆の写真を撮影している。また中性子爆弾の製造も始めていたとしている。(The Sunday Times, 5 October 1986)

 ケネディ大統領が1963年11月22日に暗殺された後、副大統領から昇格したジョンソンのスポンサーはアブラハム・ファインバーグ。アメリカン・バンク&トラストの頭取を務める親イスラエルの富豪だ。ジョンソンの中東政策はこの人物のアドバイスに従っていたという。この大統領交代でアメリカ政府のイスラエルに対する姿勢は大きく変わった。

 現在のアメリカ大統領、ジョー・バイデンは自らがシオニストだと言うことを公言、世界ユダヤ人会議から政治的シオニズムの創始者にちなんだ賞を授与されている。​昨年10月にはイスラエルでベンヤミン・ネタニヤフ首相らと会談した際、バイデンは「シオニストであるためにユダヤ人でなければならないとは思わないし、私はシオニストだ」と発言していた​。また2007年には「シャロームTV」のインタビューでも自分はシオニストだと主張、息子のボー・バイデンがユダヤ系のハリー・バーガーと結婚したとも語っている。このジョー・バイデンがイスラエル、そしてベンヤミン・ネタニヤフ政権に厳しい姿勢で臨むことは考えにくい。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403150000/




2024.03.16XML
追い詰められたバイデン政権は状況を逆転するギャンブルをするか(その2)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403160000/
 アメリカが中東で侵略戦争を本格化させる切っ掛けは2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃だが、その直前、ジョージ・W・ブッシュを担いでいた勢力は厳しい状況に陥っていた。その状況を9/11が逆転させたのである。

 この攻撃では世界貿易センターの南北ツインタワーだけでなく、攻撃を受けていない7号館(ソロモン・ブラザース・ビル)も爆破解体のように崩壊している。

 このビルで最大のテナントは金融機関のソロモン・スミス・バーニー(1988年にソロモン・ブラザースとスミス・バーニーが合併してこの名称になった)で、47階のうち37階を占めていた。それ以外には国防総省、ニューヨーク市のOEM(緊急事態管理事務所)、シークレット・サービス、CIA、SEC(証券取引委員会)、IRS(内国歳入庁)、FEMA(連邦緊急事態管理局)が入っていた。

 タワーに航空機が激突した直後、7号館の23階に入っていたOEMに人がいないことをニューヨーク市住宅局に勤めるバリー・ジェニングスと弁護士のマイケル・ヘスは確認しているが、その際、ビルの中で正体不明の人物からすぐ立ち去るよう言われたと話している。当日、OEMにいたルドルフ・ジュリアーニ市長によると、南北両タワーが崩壊するという警告が午前8時46分から9時59分の間にあったとABCニュースのインタビューの中で答えている。調査委員会によるとOEMの職員が避難したのは9時30分、NISTによると9時44分頃。ジェニングとヘスの証言が正しいなら、サウス・タワーに旅客機が突入する前にいなくなっていたことになる。

 ジェニングスとヘスのふたりは階段で降り始め、8階にたどり着いたときに大きな爆発があったという。そのとき南北タワーは崩壊していない。その後、ヘスは爆発があったとする当初の証言を取り消し、ジェニングスは2008年9月に直線道路で自損事故を起こして死亡した。

 10時45分にCNNは世界貿易センターで「50階建てビル」が崩壊すると伝え、16時54分になるとBBCのジェーン・スタンドレーは肩越しに7号館が見える状態でそのビルが崩壊したとレポートしている。これは有名な映像で、見たことのある人は少なくないだろう。実際の崩壊は17時20分だ。

 当時、ブッシュ陣営の「財布」的な存在だったエンロンの破綻は不可避の状態で、シティ・グループとワールドコム倒産も表面化していた。そうした問題に関連した文書が7号館で保管されていたのだが、ビルの崩壊で無くなってしまった。金塊も消えたと言われている。

 2001年9月10日にドナルド・ラムズフェルド国防長官は2兆3000億ドルの行方がわからなくなっていると発表しているが、その関連文書はペンタゴンに保管されていた。ラムズフェルドがその発表をした翌日、世界貿易センターとペンタゴンは攻撃されてビルが崩壊、重要資料はなくなっている。

 この頃アメリカでは少なからぬ「イスラエル人美術学生」が逮捕されている。イギリスのテレグラフ紙によると「9/11」の前に140名のイスラエル人が逮捕され(Telegraph, March 7, 2002)、ワシントン・ポスト紙によると事件後にも60名以上が逮捕されている。(Washington Post, November 23, 2001 )合計すると逮捕者は200名に達する。

 捜査が始まる切っ掛けは、2001年1月にDEA(麻薬捜査局)へ送られてきた報告で、イスラエルの「美術学生」がDEAのオフィスへの潜入を試みているとする内容だった。遅くとも2000年にはそうした動きが始まっているとされている。別の報告では、多くのDEA職員の自宅をイスラエル人学生が訪問している事実も指摘されていた。どこかでDEAに関する機密情報がイスラエル側に漏れている疑いが出てきたわけだが、この「美術学生」の正体は不明だ。

 拘束されたイスラエル人の中にはモサドのメンバーも含まれ、ポラード事件以来の重要なスパイ摘発だと言われたが、こうした出来事も9/11によって吹き飛ばされた。

 アメリカのFOXニュースが2001年12月に放送した番組によると、1997年にロサンゼルスで麻薬取引やクレジット・カード詐欺などの捜査が行われた際、捜査官のポケットベル、携帯電話、あるいは自宅の電話が監視されていることが発覚、イスラエル系の電子通信会社アムドクスが疑われた。9/11の後に逮捕されたイスラエル人の1割はアムドクスの社員だったという。

 会社側は情報の漏洩を否定しているものの、1997年にベル・アトランティックがホワイト・ハウスに新しい電話回線を設置した際、アムドクスも協力している。そこで、米政府高官の電話がイスラエルに監視されている可能性がある。

 現在、ガザで繰り広げられている虐殺の序章は昨年4月に始まっている。イスラエルの警察官が4月1日にモスクの入口でパレスチナ人男性を射殺、4月5日には警官隊がそのモスクに突入したのだ。

 ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/昨年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃し、ユダヤ教の「仮庵の祭り」(昨年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入している。

 そして10月7日にハマスを中心とする武装勢力がイスラエルへ攻め込んだのだが、このハマスはイスラエルがPLOのヤセル・アラファト対策で創設した組織だ。

 ムスリム同胞団のメンバーだったシーク・アーメド・ヤシンは1973年にイスラエルの治安機関であるシン・ベトの監視下、ムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を、そして76年にはイスラム協会を設立し、1987年にイスラム協会の軍事部門としてハマスは作られた。

 2004年にヤシンとアラファトは暗殺されているが、​シーモア・ハーシュによると、09年に首相へ返り咲いたネタニヤフはPLOでなくハマスにパレスチナを支配させようとした​。そのため、ネヤニヤフはカタールと協定を結び、カタールはハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたという。

 その後、ハマスの内部に反イスラエル色の濃いグループも誕生し、昨年10月7日の攻撃の数カ月前、ハマスはヒズボラやイスラム聖戦と会議を開いていたと言われている。こうした組織は戦闘情報を交換していたようだ。

 こうした状況の変化はあるが、ハマスの攻撃をアメリカやイスラエルは事前に知っていたことをうかがわせる動きが見られた。

 例えば武装グループが突入した数時間後に2隻の空母、ジェラルド・R・フォードとドワイト・D・アイゼンハワーを含む空母打撃群を地中海東部へ移動しているのだが、事前に情報を持っていなければ、こうした迅速な動きはできなかっただろう。

 また、ガザはイスラエルが建設した事実上の強制収容所。巨大な壁に取り囲まれ、電子的な監視システムが張り巡らされている。人が近づけば警報がなり、地上部隊だけでなく戦闘ヘリも駆けつけることになっている。

 バイデンのシオニスト発言やこうした状況を考えると、10月7日の攻撃の前にバイデン政権とネタニヤフ政権が事前に打ち合わせをしていた可能性も否定できない。彼らには西側の有力メディアという強力なプロパガンダ機関が存在していることもあり、新たな偽旗作戦が用意されているのではないかと推測する人もいるのだ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403160000/
91:777 :

2024/03/22 (Fri) 10:26:03

矢野義昭 超大物(岸田総理の上の上)に重大な動きアリ! いったい何が始まるのですか・・・・・
https://www.youtube.com/watch?v=9XIGo0V5abo&t=613s

【矢野義昭先生】世界の多極化と 日本 グローバリズムの行方 ニコニコ同時配信(全編はニコニコで)2024.03.11.
https://www.youtube.com/watch?v=qXlYp8119Uw
92:777 :

2024/03/25 (Mon) 21:24:35

2024.03.25XML
ゾンビ状態のウクライナを使い続ける米英支配層
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403250000/

 ウクライナは2022年3月の段階で戦闘を自力で続けることは難しい状態になっていた。アメリカ/NATOから兵器や資金を投入することで継続してきた。戦死者が膨れ上がり、外部から傭兵を入れていたが、ここにきてフランス、ドイツ、ポーランドの正規軍がキエフ周辺に到着したと伝えられている。ウクライナ軍はゾンビのようの状況なのだが、それでもビクトリア・ヌランドなどネオコンはロシアとの戦争を継続、エスカレートさせようとしている。ルビコンを渡った彼らは後戻りできないのだろう。

 ところで、ソ連消滅後の1999年3月にアメリカはNATOを利用してユーゴスラビアに対する攻撃を開始、ロシア侵略の突破口を築いた。2008年8月に南オセチアをジョージア軍が奇襲攻撃しているが、ロシア軍の反撃で惨敗している。ジョージアは2001年からイスラエルの軍事支援を受けていた。武器/兵器を含む軍事物資を提供するだけでなく、将兵を訓練している。後にアメリカの傭兵会社も教官を派遣した。事実上、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍に負けたのだが、ここからアメリカはロシアに対する侵略を本格化させ、ウクライナでの戦乱につながった。

 ところで、アメリカは先住の「インディアン」を虐殺し、生き残りを「居留地」へ押し込めて空いたスペースに建設された国だ。1898年にはキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインの爆沈を口実にしてスペインと戦争を始め、勝利してラテン・アメリカを支配下に収め、アラスカ、プエルトリコ、グアム、フィリピンも手に入れている。

 次に狙われた場所は「新たな西部」、つまり中国東北部。その案が実現したなら、中国東北部にウクライナ、あるいはイスラエルのような国が出現しただろう。なお、のちに日本はそこへ「満州国」を建国している。

 スペインとの戦争を主導したセオドア・ルーズベルトは1880年にハーバード大学を卒業しているが、その2年前に同大学を卒業している金子堅太郎は知人の紹介で1890年に知り合い、親しくなったという。スラブ系のロシアを敵視していたセオドアは日露戦争の後、日本はアメリカのために戦ったと書いている。金子は1904年、ハーバード大学でアンゴロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説した。同じことを金子はシカゴやニューヨークでも語っている。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015)

 1923年9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた後、日本はアメリカの金融資本、いわゆるウォール街の影響を強く受けるようになる。復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンに頼ったのだ。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。その後、日本の政治経済はJPモルガンからの影響を強く受けるようになる。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年)

 この支配構造を象徴する人物が1932年から駐日大使を務めたジョセフ・グルーである。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻であり、しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。

 1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入、グルーは翌年の6月に帰国した。離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)

 ニューディール派で反ファシストのフランクリン・ルーズベルト大統領が1945年4月に急死するとホワイトハウスの実権はウォール街が奪還し、豊下楢彦によると、降伏後の日本はウォール街と天皇を両輪として動き始めた。その下で戦後日本の支配構造を作り上げる上で重要な役割を果たしたのがジャパン・ロビーだ。その中核グループであるACJ(アメリカ対日協議会)はウォール街を後ろ盾としてワシントンDCで設立された。その中心人物はジョセフ・グルーにほかならない。戦前も戦後も基本的な支配構造は変化していない。

 大戦後にアメリカではCIAが創設されたが、これは金融資本の強い意向があったからだ。CIAの前身であるOSSはイギリスの情報機関MI6の協力で設立されたが、MI6はイギリスの金融資本と関係が深い。

 1943年1月にドイツ軍がスターリングラードでソ連軍に降伏するとイギリスのウィンストン・チャーチル首相は慌て、その月にフランクリン・ルーズベルト米大統領やフランスのシャルル・ド・ゴールらとカサブランカで会談して善後策を講じた。その際、戦争を引き延ばすために「無条件降伏」が出てきたという。

 そして1944年、イギリスとアメリカの情報機関によって編成されたのがゲリラ戦部隊のジェドバラ。コミュニストを主体とするレジスタンスに対抗するためだった。

 このジェドバラ人脈は大戦後、アメリカでは特殊部隊とOPC(1950年10月にCIAへ吸収された)につながる。OPCは1952年8月にCIAの破壊工作部門「計画局」の中核になった。

 この人脈はヨーロッパに破壊工作機関のネットワークを構築、NATOが創設されると、その秘密部隊として機能し始めた。中でも有名な組織がイタリアのグラディオだ。アメリカ支配層にとって好ましくない勢力を潰すために極左グループを装って1960年代から80年代にかけて爆弾テロを繰り返している。アルド・モロの誘拐殺人、シャルル・ド・ゴールの暗殺未遂、そしてジョン・F・ケネディ暗殺でも名前が出てくる。

 この秘密部隊のネットワークにウクライナのネオ・ナチがつながっていることは本ブログで繰り返し書いてきた。

 ネオ・ナチを率いているひとりのドミトロ・ヤロシュはドロボビチ教育大学でワシル・イワニシン教授の教えを受けたことが切っ掛けになってOUN-B(ステパン・バンデラ派)系のKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)に入る。この人脈はソ連消滅後に国外からウクライナへ戻り、活動を始めている。2007年にヤロシュは指導者になり、そのタイミングでNATOの秘密部隊ネットワークに参加したと言われている。

 ヤロシュはチェチェンやシリアで戦ったサラフィ主義者(ワッハーブ派、 タクフィール主義者)などイスラム系の武装集団と関係、2007年5月にはウクライナのテルノポリで開かれた欧州のネオ・ナチや中東の反ロシア・ジハード主義者を統合するための会議で議長を務めた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202403250000/
93:777 :

2024/03/31 (Sun) 20:39:19

クリントン大統領がエリツィン時代のロシアでやった事

伊藤貫【真剣な雑談】 第17回「アメリカ外交の巨悪と中東の絶望!!!」[桜R6/3/30]
https://www.youtube.com/watch?v=fTXHt0irDKE

特番『伊藤貫先生登場!その1  ~ アメリカ政治の混乱、民主主義という政治イデオロギーの欠陥~』ゲスト:国際政治アナリスト 伊藤貫氏
2024/03/30
https://www.youtube.com/watch?v=QUPANdUBvUA

特番『伊藤貫先生登場! その2 ~冷戦後のアメリカ軍事外交政策の大失敗、今後の国際政治 構造の変化~』ゲスト:国際政治アナリスト 伊藤貫氏
2024/03/31
https://www.youtube.com/watch?v=Kh8-JFSx7So


▲△▽▼


ロシア 聖なる我等が国
ロシア 愛する我等が国
固き意志 偉大な栄光や
永久に汝が富ならん

   讃えよ我等が 自由なる祖国
   いざ集え 兄弟よ
   先人が知恵 我等がもとに
   讃えよ 汝が誇りを

新世紀を間近に控えた2000年。プーチン大統領は、それまでの愛国歌からソ連国歌のメロディーに変えました。

ソ連からの独立後のロシアには未来への希望が満ち溢れていました。共産主義の呪縛からの解放、独立、そして自由。しかしエリツィン政権のもとでは共産主義からは逃げられましたが、安定した生活は得られませんでした。そして独立を境にしロシアからは光が失われつつありました。ロシアの大国としての誇りが失われ、犯罪は多発し、誇りである軍隊はほぼ崩壊に近くなりました。

アメリカには頭が上がらなくなり、西欧との生活環境の落差は広がる一方。これらに追い討ちをかけたのが98年の経済危機。帝政ロシア、ソ連を通じ自らの経済を見つめてきた、またロシア人の誇りのルーブルが紙くず同然となりました。

ロシアの人々は現実に打ちのめされました。しかし。ロシアの人々はこんなことではへこたれません。・・ですが、やっぱり自分達の生活には限界が近づいてくるわけです。

エリツィンは何もせず酒ばかりのんでいる。国民の生活の不満は政治に向けられました。そんな中。1999年の大晦日。ロシアと全世界に衝撃が走りました。エリツィンが突如辞任したのです。

後任は元ペテルブルグ市長プーチン。名も知らぬ若き男に大国ロシアは委ねられたのです。国民はあまり期待をしませんでした。「エリツィンよかましなだけだろう」と。

しかし、そんな国民のさめた目を横目に、「強いロシア」を掲げた大統領は次々と改革を断行。経済はだんだんと回復。生活も苦しいながらも徐々に改善。なんと言っても「強いロシア」が現実に感じられるようになったのです。

もう昔の我々ではない。昔の栄光を取り戻そうじゃないか!

ロシアの人々は沸き立ちます。
http://www.medianetjapan.com/10/travel/vladimir/russian_house/russian_anthem.html



アメリカを心底恐怖させた国ソ連は消滅しました。この時、アメリカ政府は、今後のロシアをどのようにしたらいいだろうかと考えました。

 心優しい日本人であれば、「経済危機に陥っているロシアに支援を送る」とかなんとか善意に基づいた行動をとるでしょう。
 しかし、「普通の国」アメリカはもちろんそのようなことは考えない。これは当然、「ロシアが二度とアメリカに反抗できないよう、この国を破壊し尽くそう」と考えた。

 アメリカは国際通貨基金(IMF)を通して、ロシアに「改革のやり方」を伝授した
 まず「政府による経済管理の廃止」。貿易が自由化され、西側の優れた製品がロシア市場になだれ込み、ロシアの国内産業は壊滅した。

 次に「価格の全面自由化」。国内産業が駆逐され、輸入に頼るしかない状況で、ロシアの通貨ルーブルは急落し、国内はハイパーインフレーションに見舞われた。改革がスタートした92年のインフレ率はなんと2600%、GDP成長率はマイナス14.5%。ロシア経済はアメリカの思惑通り破綻した。

 さらに大規模な「民営化」。国有財産はそれを今、手元に持つ人の所有となった。アパートの住人は、アパートの所有者となった。そして国有石油会社のトップは、その会社をほとんど無料で手に入れた。ここから生まれた新興財閥はエリツィン政権に賄賂を送って、税金をほとんど免除してもらった。当然、国家財政は大幅な赤字に転落した。
http://www.asyura2.com/0502/war67/msg/218.html


ロシアと社会主義

11日に発表された、ロシアの世論調査機関が行った国民意識調査によると、ペレストロイカを失敗と見なした人が56%、「1985年以前の体制を続けていれば生活水準は良くなっていたはず」とした
人が48%、「ペレストロイカがなければ超大国の地位を維持できた」と答えた人は36%に上ったという。

一般の日本人から考えると信じられない数字かもしれない。
西側メディアのプロパガンダによって、旧ソ連も人たちも今の北朝鮮の人のような生活を送っていたと考える人が大半なようだが、実情はそんな悪いものではなかったと思う。

確かにモノ=商品は質が悪く、流通量も少なかったが、きちんと働いていれば、生活に困ることはなかったし、老後も安心して過ごせたのだ。病院も学校もタダだった。
今は、1割のお金がある人は良い生活を、残りの9割の人は食うや食わずで1日中働く。
男性の平均寿命を見ると面白い。
85年には63才ぐらいだったものが、10年後には55才を下回ってしまったのだ。

もともと社会主義は競争を否定し、(成長を犠牲にして)平等と共生を重視する理念だった。
しかし、冷戦構造に巻き込まれ、米国と真っ向から世界対立する路線を進んだために、資本主義と競争する羽目になり、戦時態勢をずっと続けるようなことになってしまった。
本来なら2次大戦が終わった時点で、軍事から民生重視に産業を移行するべきだったものができなかった。その辺にソ連崩壊の最大の理由があるのではないか。

24時間仕事と金のことばかり考え、生き馬の目を抜くような人生しか
送れないのが、資本主義社会の本当の姿だと思う。
http://kenuchka.paslog.jp/article/11458.html
94:777 :

2024/04/02 (Tue) 13:11:22

2024.04.02XML
ウクライナやパレスチナで戦乱を引き起こした米英金融資本は苦境に陥っている
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404020000/

 ウクライナにしろパレスチナにしろ、戦乱の黒幕はシティとウォール街を拠点とする金融資本であり、東アジアで軍事的な緊張を高めているのも構図は同じ。シティとウォール街を拠点とする金融資本は緊密な関係にあるが、そうした構図を生み出しているのは19世紀にイギリスで作成された世界制覇戦略だ。

 ところが、その戦略が大きく揺らいでいる。ウクライナでは金融資本の手先であるネオ・ナチ体制軍の敗北が決定的。ロシア軍は敵の要塞線を突破し、西へ進んでいる。

 ​イギリスのベン・ウォレス前国防相は昨年10月1日、戦場で戦うウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えているとテレグラフ紙に寄稿した記事の中で指摘​している。前線で戦う兵士の平均年齢は42歳だと言われていたので、この話は正しかったのだろうが、今の状況はさらに悪化しているはずだ。

 ガザではイスラエル軍が建物を破壊、住民を虐殺している。アメリカやイスラエルが「建国」する際に行なったようなことを繰り返しているのだが、ハマスとの戦闘は苦戦しているようだ。ウクライナに軍事支援してウラジミル・プーチン政権を倒し、ガザを原爆が投下された長崎や広島のようにして早く軍事作戦を終わらせろとアメリカのティム・ウォルバーグ下院議員は言っている。それだけ苛立っているのだろう。

 アメリカやイスラエルは先住民を虐殺したり追放した後、自分たちの「国」を建設した。パレスチナに「ユダヤ人の国」をでっち上げたイギリスはアイルランドやスコットランドなどでも住民を虐殺している。

 例えば、ピューリタン革命で実権を握ったオリバー・クロムウェルはアイルランドに軍事侵攻しているが、侵攻前の1641年には147万人だった人口が侵攻後の52年には62万人に減少している。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。

 ピューリタンは1620年にメイフラワー号でアメリカへ渡った。この人たちはピルグリム(巡礼者)・ファーザーズと呼ばれているが、北アメリカでイギリスが植民した地域でピューリタンは「新イスラエル」を建設していると信じていたという。

 ピューリタンの前からヨーロッパ人はアメリカ大陸へ移民している。1492年にはイタリアのジェノバに生まれたクリストバル・コロン(コロンブス)がカリブ海に現れ、グアナハニ島に上陸したが、その当時、北アメリカには100万人とも1800万人とも言われる先住民が住んでいたと推測されている。これだけ数字に幅があるのは、ヨーロッパからの移住者が先住民を何人殺したかが不明だからだ。1890年にウーンデット・ニー・クリークで先住民の女性や子供がアメリカ陸軍第7騎兵隊に虐殺された時には約25万人に減少、生き残った先住民は「保留地」と名づけらた地域に押し込められた。それを「合法化」するため、「強制移住法」が施行されている。

 その間、1776年に「独立宣言」、そして81年に「建国」が宣言された。独立宣言では「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と謳っているが、先住民について「年齢・性別・身分を問わない無差別の破壊を戦いの規則とすることで知られる、情け容赦のない野蛮なインディアン」と表現、アメリカ・インディアン虐殺が始まる。

 勿論、先住民でけでなく奴隷も人間として扱われていない。奴隷というとアフリカ系を連想する人が多いだろうが、アイルランドなどから売られてきた奴隷もいる。中国から連れてこられた「苦力」も一種の奴隷だ。アメリカの「民主主義」はその程度の代物だということである。

 アメリカを「建国」していた人びとが敵視していたイギリスの支配層も似たようなもの。19世紀後半のイギリスを動かしていたのは金融の世界に君臨していたナサニエル・ロスチャイルド、その資金を使って南部アフリカを侵略し、ダイヤモンドや金を手にしたセシル・ローズ、そのほかウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)たちだ。

 この中で世界支配の戦略を立てたのはローズだと言われているが、この人物は1877年にオックスフォード大学を拠点とする秘密結社「アポロ・ユニバーシティ・ロッジNo.357」へ入会、その直後に「信仰告白」を書いている。

 それによると、ローズはアングロ・サクソンが「世界で最も優れた種族」だと主張、そのアングロ・サクソンが住む地域が広ければ広いほど人類にとって良いことだとし、そうした戦略を実現するために秘密結社は必要だとしている。ローズは大英帝国を拡大させ、アングロ・サクソンをひとつの帝国にまとめたいと考え、その目標を実現するためにアメリカも支配したかったのだ。おそらく、その帝国の中にイスラエルも含まれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404020000/
95:777 :

2024/04/04 (Thu) 09:19:04

2024.04.04XML
言論統制と教育システムの崩壊で知的水準を低下させた米国の時代は終焉へ向かう
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404040000/

 ウクライナの戦闘で手先のネオ・ナチ体制軍がロシア軍に敗北したアメリカ/NATOは戦闘を継続するため、足掻いている。ロシア国内を不安定化させるためにテロを実行したものの、思惑通りには進んでいないようだ。ロシア人を団結させ、ヨーロッパに憧れていた「エリート層」の発言力をさらに低下させたようだ。

 ロシアでは3月15日から17日にかけて大統領選挙があり、現職のウラジミル・プーチンが88%以上の得票率で勝利した。クロッカス・シティ・ホールに対する襲撃が引き起こされたのは選挙が終わり、ロシア国内の警戒態勢が解かれたと思われる3月22日のことだ。銃撃と放火で140名以上が殺され、約200名が負傷している。

 4人の実行犯がウクライナに近いブリャンスクで逮捕され、テロの準備や逃走をサポートしたグループが逮捕されている。モスクワの支援網関係で11名、トルコで戦闘員を募集、訓練し、兵站を準備するなどしていた40名も逮捕されたという。

 西側ではダーイッシュ-ホラサン(IS-KP、ISIS-K)の犯行だと宣伝されているが、逮捕された実行犯4名が敬虔なイスラム教徒だということはない。ダーイッシュやアル・カイダ系の戦闘集団はアメリカやその同盟国が編成した傭兵である。

 ウクライナでネオ・ナチを率いているひとりのドミトロ・ヤロシュは2007年からOUN-B(ステパン・バンデラ派)系のKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)のリーダーになり、NATOの秘密部隊ネットワークに参加した人物だが、チェチェンやシリアで戦ったサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)などイスラム系の武装集団と関係があり、2007年5月にはウクライナのテルノポリで開かれた欧州のネオ・ナチや中東の反ロシア・ジハード主義者を統合するための会議で議長を務めている。

 ロシア当局によると、SBU(ウクライナ安全保障庁)のバシーリー・マリューク長官に関しても逮捕令状を発行できるだけの証拠があるともいうが、このSBUは2014年にクーデターでネオ・ナチ体制が成立して以降、CIAの下部機関と化している。3月22日に実行されたテロの黒幕はアメリカやイギリスの情報機関、つまりCIAやMI6だと推測する人が少なくない。

 アメリカをはじめ西側では1970年代からメディアやアカデミーの支配を進め、言論統制を強化、洗脳を進めてきた。並行して新自由主義が導入され、そのひとつの結果として庶民が学ぶ公教育のシステムが崩壊して知的レベルが低下している。

 その実態をアップルのスティーブ・ジョブスは2010年の秋にバラク・オバマ大統領に語ったという。その時、オバマはジョブスに工場をアメリカで建設してほしいと頼んだのだが、拒否されている。

 ジョブスによると、アップルは中国の工場で70万人の労働者を雇っているが、その工場を機能させるためには3万人のエンジニア必要。アメリカでそれだけのエンジニアを集めることはできないというのだ。アメリカで工場を作って欲しいなら、それだけのエンジニアを育てる教育システムが必要だというのだ。生産力が貧弱なら戦争にも勝てない。




 その無惨なアメリカの実態が ロシアや中国でも知られるようになり、親欧米派の影響力を低下させている。ロシアではウクライナ戦争の帰還兵を中心とする新たなエリート形成が始まったという。これは欧米からの離脱とアジアへの接近を意味し、中国とロシアの関係を強化することになる。中国でも政策の転換が図られているようだ。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404040000/
96:777 :

2024/04/04 (Thu) 16:03:36

戦争を引き起こし、報道を操る米組織の正体とは?
調査報道 河添恵子TV / 公式チャンネル
※本動画は2024年3月14日に配信したライブ映像の切り出し動画です
https://www.youtube.com/watch?v=2TS3Z_6wVzA
97:777 :

2024/04/05 (Fri) 09:01:18

2024.04.05XML
日本を米国の戦争マシーンに組み込んだキャンベルが来日、東アジアは戦争モード
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404050000/

 アメリカの​カート・キャンベル国務副長官が3月19日から23日にかけて日本とモンゴルを訪問した​。日本では政府高官らと会談、4月10日に予定されている岸田文雄首相のワシントン公式訪問について話し合ったと伝えられている。ロシアや中国を敵と考えているアメリカ支配層にとって日本とモンゴルは戦略的に重要な国であり、戦争を想定しているだろう。

 キャンベルが国務副長官に就任したのは今年2月12日。それまでビクトリア・ヌランドが副長官代理を務めていたのだが、彼女が主導して始められたウクライナでの戦闘は失敗、アメリカの敗北は決定的になっている。戦闘を継続するため、資金と兵器を投入し続けようとしているものの、限界が見えている。

 正規軍の戦いで負けた勢力がテロに切り替えることはある。3月22日にはモスクワ近くのクラスノゴルスクにあるクロッカス・シティ・ホールが襲撃され、銃撃と火災で140名以上が死亡しているが、これもそうした例だろう。このテロの黒幕はアメリカやイギリスの情報機関だと見られ、ヌランドにも疑惑の目が向けられている。このテロ事件とヌランドの辞任は関係があると見る人もいる。そうした背景はあるが、キャンベルの副長官就任はアメリカが東アジアに軸足を移動させようとしているとも言えるだろう。

 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、日本は1990年代半ばにアメリカの戦争マシーンへ組み込まれた。「戦争できる国」ではなく、「戦争する国」になったのだ。そのベースはソ連消滅直後の1992年2月にアメリカ国防総省で作成されたDPG(国防計画指針)草案、いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンである。その中でドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、新たなライバルの出現を防ぐことが謳われている。

 そうしたアメリカの戦略に日本側は抵抗する。細川護煕政権の諮問機関、防衛問題懇談会は1994年8月に「日本の安全保障と防衛力のあり方(樋口レポート)」というタイトルの報告書発表、国連中心主義を前面に出した。

 樋口レポートには「今後の日本の安全保障政策の重要な柱の一つが,平和維持活動の一層の充実をはじめとする国際平和のための国連の機能強化への積極的寄与にある」と書かれていて、「世界の諸国民が協力の精神に基づいて、持続的な「平和の構造」を創りあげるために能動的・建設的に行動するならば、今までよりも安全な世界を作り出す好機も、また、生じているのである」とされている。

 ネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはこうした日本側の動きを知って怒る。ふたりは日本が自立の道を歩き出そうとしていると主張、友人のカート・キャンベル国防次官補(当時)を説得してジョセフ・ナイ国防次官補(同)らに自分たちの考えを売り込んだのである。そして1994年4月に細川政権は崩壊。そして1995年2月にナイ次官補は「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が謳われている。

 日本側は1994年6月に自民党、社会党、さきがけの連立政権を成立させるが、そこから衝撃的な出来事が相次ぐ。例えば1994年6月の松本サリン事件、95年3月の地下鉄サリン事件、その直後には警察庁長官だった國松孝次が狙撃された。8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われるスターズ・アンド・ストライプ紙が日本航空123便に関する記事を掲載、その中で自衛隊の責任を示唆している。

 1995年には日本の金融界に激震が走っている。大和銀行ニューヨーク支店で巨額損失が発覚、98年には長銀事件と続き、証券界のスキャンダルも表面化した。証券界は日本経済の資金を回すモーター的な役割を果たしていた。つまり証券界のスキャンダルの背後には大蔵省(現在の財務省)が存在していた。大蔵省を中心とする日本の経済が揺さぶられたとも言えるだろう。

 この騒動の中、日本はアメリカの軍門に降り、1997年には「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」が作成され、「日本周辺地域における事態」で補給、輸送、警備、あるいは民間空港や港湾の米軍使用などを日本は担うことになった。「周辺事態法」が成立した1999年にはNATOがユーゴスラビアを先制攻撃する。

 2000年にはナイとリチャード・アーミテージのグループによって「米国と日本-成熟したパートナーシップに向けて(通称、アーミテージ報告)」も作成された。この報告では武力行使を伴った軍事的支援が求められ、「日本が集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」と主張、「この禁止を解除すれば、より緊密かつ効果的な安保協力が見込まれる」としている。

 この年にはネオコン系シンクタンクのPNACがDPGの草案をベースにして「米国防の再構築」という報告書を発表、その中で劇的な変化を迅速に実現するためには「新パール・ハーバー」が必要だと主張している。その翌年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、これを利用してアメリカの好戦派は国内で憲法の機能を停止させ、国外では軍事侵略を本格化させた。

 2010年6月に発足した菅直人内閣はそうしたアメリカの政策に合わせる。解決すべき領有権の問題は存在しない」と閣議決定、1972年9月に日中共同声明の調印を実現するために田中角栄と周恩来が合意した「棚上げ」を壊したのである。

 この合意で日中両国は日本の実効支配を認め、中国は実力で実効支配の変更を求めないことを決めていたわけで、日本にとって有利な内容。それを壊した理由は日本と中国との関係を悪化させることにあったとしか考えられない。

 そして同年9月、海上保安庁は尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を取り締まり、漁船の船長を逮捕した。棚上げ合意を尊重すればできない行為だ。その時に国土交通大臣だった前原誠司はその月のうちに外務大臣になり、10月には衆議院安全保障委員会で「棚上げ論について中国と合意したという事実はございません」と答えているが、これは事実に反している。

 こうした状況について総理大臣だった​安倍晋三は2015年6月、赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている​。安倍政権下、着々と対中国戦争の準備が進められていることを明らかにしたのだ。日本は戦争への道を進んできたのだが、進む方法はアメリカの支配層から指示されている。日本は「頭のない鶏」状態だと言えるだろう。

 そこからアメリカの支配層はさらに前へ進む。国防総省系のシンクタンク​「RANDコーポレーション」が発表した報告書​には、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画が記載されているのだ。

 そうしたミサイルを配備できそうな国は日本だけだと分析しているのだが、その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるためにASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされている。2016年には与那国島でミサイル発射施設が建設された。

 2017年4月には韓国でTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器が運び込まれ始めた。2013年2月から韓国の大統領を務めた朴槿恵は中国との関係を重要視、THAADの配備に難色を示していたのだが、朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなっていたことからミサイル・システムを搬入できたのである。結局、朴槿恵は失脚した。

 THAADが韓国へ搬入された後、2019年に奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも自衛隊の軍事施設が完成した。ミサイルが配備されることになる。

 アメリカはオーストラリア、インド、そして日本と「クワド」を編成、NATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長は2020年6月、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言した。

 2021年9月にはオーストラリア、イギリス、アメリカがAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があり、アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられた。そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。

 山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明、岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。

 2022年10月には、​「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道​があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。自力開発が難しいのか、事態の進展が予想外に早いのだろう。

 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルという。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。

 そして2023年2月、浜田靖一防衛大臣は亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。

 この過程でアメリカは日本と韓国の軍事同盟を推進し、台湾では「独立派」を利用して中国を挑発、さらにフィリピンのフェルディナンド・マルコス・ジュニア(ボンボン・マルコス)も取り込み、日本はフィリピンとの軍事的なつながりを強めている。JAPHUS(日本、フィリピン、アメリカ)だが、日本とフィリピンをAUKUSへ加盟させるという動きもある。日本がAUKUSに参加することで、ロボット工学とサイバー技術の分野で成果を上げることが期待されているのだという。

 またジョー・バイデン政権が中国敵視を明確にした2022年の12月、アメリカでは​NDAA 2023(2023年度国防権限法)が成立​、アメリカの軍事顧問団が金門諸島と澎湖諸島に駐留し、台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404050000/
98:777 :

2024/04/11 (Thu) 18:55:17

特番「山中泉さん登場!急展開するイスラエル・ハマス戦争、米民主党ネタニヤフ非難の背景にトランプの支持率、どうなる露ウク戦争」
2024/04/09
https://www.youtube.com/watch?v=mlLl_6bc_2c

<出 演>
 松田政策研究所代表 松田学
 一般社団法人 IFA代表理事  ファウンテン倶楽部創業者 山中泉氏

<目次>
<前半:無料パート>
〇イスラエル・ハマス戦争の急展開
〇民主党上院最上位チャック・シューマー院内総務がネタニヤフを厳しく非難、退陣要求。
〇シューマーやバイデンさえネタニヤフ非難に動いた真の理由は大統領選での
 スィングステーツでのトランプとの支持率が拡大している背景があること
〇イスラエル軍ガザから一時撤収開始
〇米保守派、元軍人などのイスラエル、露ウク戦争の直近の見方
〇米下院でのウクライナ支援予算の通過状況とジョンソン下院議長の豹変

<後半:有料パート>
〇過去のユダヤ・ロビーの 強大な議員への圧力で絶対の自信を持っていたネタニヤフも
 米国内事情で一気に守勢に追い込まれている背後の事情など
〇モスクワ劇場テロの保守派の分析
〇その他

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