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ルキノ・ヴィスコンティ『異邦人 Lo Straniero』1967年

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2022/05/26 (Thu) 15:12:44

ルキノ・ヴィスコンティ『異邦人 Lo Straniero』1967年

監督 ルキノ・ヴィスコンティ
原作 アルベール・カミュ
脚本 スーゾ・チェッキ・ダミーコ エマニュエル・ロプレー ジョルジュ・コンション
音楽 ピエロ・ピッチオーニ
撮影 ジュゼッペ・ロトゥンノ
配給 パラマウント映画
公開 1967年10月14日

動画
https://www.youtube.com/watch?v=95zD-2xbdZw&t=4662s

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キャスト

マルチェロ・マストロヤンニ:アーサー・ムルソー
アンナ・カリーナ:マリー
ベルナール・ブリエ:弁護人
ジョルジュ・ウィルソン:予審判事
ブリュノ・クレメール


第二次大戦前のアルジェ。平凡な一市民であり、サラリーマンであるムルソーの母が養老院で死んだ。

養老院は、アルジェから六十キロほど離れたマレンゴという町にある。暑い夜だった。ムルソーは母の遺骸のかたわらで通夜をしたが、時間をもてあまし、タバコを喫ったり、コーヒーを飲んだりした。養老院の老人たちが、悔みの言葉を述べにきたが、ムルソーには、わずらわしかった。養老院の主事が最後の対面のために棺を開けようといったがムルソーは断った。

その日葬式をすませ、彼はアルジェに帰って来た。翌日はかつて同じ会社にいたタイピストのマリーと会いフェルナンデルの喜劇映画をみて一緒に帰宅した。毎日、単調な生活をくり返しているムルソーにとって、唯一の変っていることといえば、レイモン・サンテとのつきあいだ。彼はバイシュンの仲介をやっているという噂もある評判のよくない男だが、だからといってムルソーには、この男とのつきあいをやめる理由はない。

ある日、レイモンが自室でアラビア娘をなぐる、という事件が起きた。警官が来て、ムルソーはレイモンに言われた通り質問に答えた。一方、マリーはムルソーと逢びきを続けていたがある日、結婚してほしいと言った。ムルソーは、どちらでもいい、と答えるのだった。

ある日曜日、ムルソーとマリーは、レイモンと一緒に彼の友人が別荘を持っている海岸に出かけた。三人が海岸を散歩している時、三人のアラビア人に会った。そのうちの一人は、かつてレイモンに殴られた娘の兄だ。けんかが始まりレイモンは刺された。ムルソーは、彼を病院に運び再び海岸にもどった。暑さが激しく、太陽がまぶしかった。

そこへ再び、さっきのアラビア人がきた。ムルソーは、あずかり持っていたピストルに手をかけ、二発、三発…。太陽が、ことさらに強い、夏の日のことだった。

ムルソーは捕えられた。予審判事の尋問に、ムルソーは母の死んだ日のことからすべてを正直に話した。法廷でも、葬式の翌日、喜劇映画を見たことや、マリーと遊んだことを話した。検事も陪審員も、母親の死直後の彼の行動を不謹慎と感じたのだろう。絞首刑の宣告をした。

獄舎にもどったムルソーは神父の話を聞くことを拒んだ。神の言葉が一体なんなのだろう。母の死が、アラビア人の死が一体なんなのだろう。誰れもがいつかは死ぬ--彼はそう叫んだ。ムルソーは、こうして死を受け入れることによって、自由な存在の人間になったのである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E9%82%A6%E4%BA%BA_(%E6%98%A0%E7%94%BB)


『異邦人』(いほうじん、仏: L'Étranger)は、アルベール・カミュの小説。1942年刊。人間社会に存在する不条理について書かれている。カミュの代表作の一つとして数えられる。1957年、カミュが43歳でノーベル文学賞を受賞したのは、この作品によるところが大きいと言われる。

日本語訳としては、新潮文庫版の窪田啓作訳が広く知られ、冒頭1行目の「きょう、ママンが死んだ。」という訳も有名である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%B0%E9%82%A6%E4%BA%BA_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)  
2:777 :

2022/05/26 (Thu) 15:14:23

アルベール・カミュ (窪田啓作:訳) 『異邦人』 (1954/09 新潮文庫)
ルキノ・ヴィスコンティ 「異邦人」 (67年/伊・仏・アルジェリア) (1968/09 パラマウント)
http://hurec.bz/mt/archives/2009/01/1071_195409_196.html


従来の文学作品の類型の何れにも属さず、かつ小説的濃密さを持つムルソーの人物造型。

1942年6月に刊行されたアルベール・カミュ(Albert Camus、1913‐1960/享年46)の人間社会の不条理を描いたとされる作品で、「きょう、ママンが死んだ」で始まる窪田啓作訳(新潮文庫版)は読み易く、経年疲労しない名訳と言えるかも(新潮社が仏・ガリマール社の版権を独占しているため、他社から新訳が出ないという状況はあるが)。

Albert Camus『異邦人 (新潮文庫)』['54年]
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4102114017?ie=UTF8&tag=hurecbz-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4102114017

 養老院に預けていた母の葬式に参加した主人公の「私」は、涙を流すことも特に感情を露わにすることもしなかった―そのことが、彼が後に起こす、殆ど出会い頭の事故のような殺人事件の裁判での彼の立場を悪くし、加えて、葬式の次の日の休みに、遊びに出た先で出会った旧知の女性と情事にふけるなどしたことが判事の心証を悪くして、彼は断頭台による死刑を宣告される―。

仏・ガリマール社からの刊行時カミュは29歳でしたが、この小説が実際に執筆されたのは26歳から27歳にかけてであり(若い!)、アルジェリアで育ちパリ中央文壇から遠い所にいたために認知されるまでに若干タイムラグがあったということでしょうか。但し、この作品がフランスで刊行されるや大きな反響を呼び、確かに、自分の生死が懸かった裁判を他人事のように感じ、最後には、「私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけ」を望むようになるムルソーという人物の造型は、それまでの文学作品の登場人物の類型の何れにも属さないものだと言えるのでは。1957年、カミュが43歳の若さでノーベル文学賞を受賞したのは、この作品によるところが大きいと言われています。

 カフカ的不条理とも異なり、第一ムルソーは自らの欲望に逆らわず行動する男であり(ムルソーにはモデルがいるそうだが、この小説の執筆期間中、カミュ自身が2人の女性と共同生活を送っていたというのは小説とやや似たシチュエーションか)、また、公判中に自分がインテリであると思われていることに彼自身は違和感を覚えており(カミュ自身、自らが実存主義者と見られることを拒んだ)、最後の自らの死に向けての"積極"姿勢などは、むしろカフカの"不安感"などとは真逆とも言えます。


サルトルは「不条理の光に照らしてみても、その光の及ばない固有の曖昧さをムルソーは保っている」とし、これがムルソーの人物造型において小説的濃密さを高めているとしていますが、このことは、『嘔吐』でマロニエの樹を見て気分が悪くなるロカンタンという主人公の"小説的濃密さ"の欠如を認めているようにも思えなくもないものの、『嘔吐』と比較をしないまでも、第1部の殺人事件が起きるまでと第2部の裁判場面の呼応関係など、小説としてよく出来ているように思いました。
 

異邦人QP.jpg ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti、1906‐1976/享年69)

監督がマルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924‐1996/享年72)を主演としてこの『異邦人』を映画にしていますが('67年)、テーマがテーマである上に、小説の殆どはムルソーの内的独白(それも、だらだらしたものでなく、ハードボイルドチックな)とでも言うべきもので占められていて、情景描写などはかなり削ぎ落とされており(アルジェリアの養老院ってどんなのだTHE STRANGER (LO STRANIERO)s.jpgろうか、殆ど情景描写がない)、映画にするのは難しい作品であるという気がしなくもありませんでした。

それでもルキノ・ヴィスコンティ監督は果敢に映像化を試みており、当初映画化を拒み続けていたカミュ夫人が原作に忠実に作ることを条件として要求したこともありますが、文庫本に置き換えるとほぼ1ページも飛ばすことなく映像化していると言えます。

第2部の裁判描写はともかく、第1部での主人公とさまざまな登場人物とのやりとりが第2部の裁判場面の伏線となっている面もあり、その第1部のさまざまな場面状況が具体的に掴めるのが有難いです


松岡正剛氏はこの映画を観て、ヴィスコンティはムルソーを「ゲームに参加しない男」として描ききったなという感想を持ったそうで、これは言い得ているのではないかという気がします。原作にも、「被告席の腰掛の上でさえも、自分についての話を聞くのは、やっぱり興味深いものだ」という、主人公の冷めた心理描写があります。一方で、ラストのムルソーの司祭とのやりとりを通して感じられる彼の「抵抗」とその根拠みたいなものは映画ではやや伝わってきにくかったように思われ、映像化することで抜け落ちてしまう部分はどうしてもあるような気がしました。だだ、そのことを考慮しても、ルキノ・ヴィスコンティ監督の挑戦は一定の評価を得てもいいのではないかとも思いました。


この世の全てのものを虚しく感じるムルソーは、自らが処刑されることにそうした虚しさからの自己の解放を見出したともとれますが、ああ、やっぱり死刑はイヤだなあとか単純に思ったりして...(小説は獄中での主人公の決意にも似た思いで終わっている)。ムルソーが母親の葬儀の翌日に女友達と海へ水遊びに行ったのは、彼が養老院の遺体安置所の「死」の雰囲気から抜け出し、自らの心身に「生」の息吹を獲り込もうとした所為であるという見方があるようです。映画を観ると、その見方がすんなり受け入れられるように思いました。
http://hurec.bz/mt/archives/2009/01/1071_195409_196.html
3:777 :

2022/05/26 (Thu) 15:15:22

509夜『異邦人』アルベール・カミュ松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0509.html

新潮文庫 1954
Albert Camus L'Etranger 1942 [訳]窪田啓作


 早稲田ではカミュはちょっとした英雄だった。

 そのころ早稲田のキャンパスには学生劇団があふれていて、早稲田祭のときで100をこえ、ふだんでも15をこえる劇団があったとおもうのだが、そのため1年中キャンパスのどこかでカミュの『正義の人びと』や『カリギュラ』の立て看が見えていたものだった。どんなふうにだかは知らないが、ときには『異邦人』を翻案して舞台にのせているところもあった。ついでにいえば、当時の早稲田にはチェホフ、ブレヒト、サルトル、ベケット、福田善之、イヨネスコが多かった。

 そのカミュをぼくは敬遠していた。

 食わず嫌いになっていた。だいたい「きょう、ママンが死んだ」で始まって、太陽のせいで殺人を犯した青年の話など、読めたものじゃないと思っていた。

 カミュは読まなかったが、サルトルは無理やり読んでいた。けれども、カミュ嫌いはサルトルのせいではない。サルトルがカミュを批判したことそのことにすら、興味をもてなかったからだ。

 ところが、何かのきっかけでカミュがジャン・グルニエの影響をうけていたことを知った。

 グルニエは『孤島』を読んで、こんなふうに思索のつれづれを言葉にできたらいいなとぼくが思っていた哲人で、当時の気分でいえば、ジョン・クーパー・ポウイスとともに気にしていた哲学仙人にあたっていた(その後、グルニエの『地中界の瞑想』『人間的なものについて』『存在の不幸』も翻訳され、人知れずというふうに言うのがふさわしいとおもうのだが、含読した)。そのグルニエがカミュの高等中学校上級時代の哲学教授だった。

 ふーん、そうかと思った。

 急にカミュに対する見方が変わり、機会があればいよいよ読もうと決めた。最初は『反抗的人間』だったろうか。まさにグルニエに捧げられていた。『ペスト』はダニエル・デフォーが好きだったので読んだ。たいそう緻密なものを感じた。それでも『異邦人』だけは放ってあった。やっぱり「きょう、ママンが死んだ」が嫌だったのだ。

 そのうち『裏と表』を読んだ。カミュの少年時代のことが三人称で綴られていた。父親のいない5人暮らし。「息子は唖に近く、娘は病身で何も考えることができない」とある。家族を仕切っていたのは70歳になる祖母で、家族は地中界の太陽だけがおいしかったと書いてあった。

 カミュはアルジェリアのモンドヴィで、葡萄酒輸出業者に勤める父のもとに生まれている。

 すぐ戦争で父を亡くし、アルジェ市の場末で暮らした。三つの部屋に5人がひしめく日々。母親はほとんど耳が聞こえなかったという。サルトルも幼年時代に父を亡くしているが、サルトルは祖父の庇護をうけて、どちらかといえば書斎に育った。カミュはそうではなく、アルジェの道端や海岸を走りまわり、サッカーのゴールキーパーでならした。

 そのカミュの『異邦人』なのか。ぼくは今度はやけに謙虚な気持ちでこの作品を読むことにした。読む前にこんなに気持ちを整えた青春文学なんて珍しい。

 読んでみて、なぜこの作品が爆発的に話題になったのかが、やっと了解できた。いま思い出しても、ムルソーこそはやがて世界の消費都市を覆うことになる青年の名状しがたい「きしみ」の感覚を象徴していたからだ。

 その予告が描かれていた。『異邦人』は1942年の作品だから、まだアルジェリアも戦火の中にある。そのなかで、ムルソーは養老院で死んだ母の通知をうけ、何にも刺激を感じられないままに、仕事の事務所に通い、日曜日はバルコニーから通行人か「空」を眺めるだけである。

 もっともここまでならアントワーヌ・ロカンタンだ。2階から眺めていたマロニエの根っこを見て吐き気を催す『嘔吐』の青年である。ところがムルソーにはそういう感情もない。外のどんな出来事もリアルには映らない。そこには社会に反応する実存主義的な心というものもない。

 そのムルソーが酷暑のなかでアラブ人たちの喧嘩に巻きこまれ、殺人を犯す。ナイフをふりかざして襲ってきたアラブ人にピストルの弾を四たび撃ちこんだ。

 太陽がギラギラ照りつける海岸である。ムルソーは仲間と遊んでいただけだった。しかも直前までは、「笛を吹いているやつの足のゆびが、えらくひらいている」のを見ていたりした。友人のレエモンが「やるか」とけしかけたときも、ムルソーは「よせ」と言っていた。レエモンがピストルを渡したときも、まるで時間が停止しているかのようなだけだったのだ。

 けれども殺人がおこる。そして、「すべてが始まったのは、このときだった。私は汗と太陽とをふり払った。昼間の均衡と、私がそこに幸福を感じていた、その浜辺の異常な沈黙とを、うちこわしたことを悟った」。

 ここから『異邦人』は第2部に入り、ムルソーの監獄生活と裁判が描かれる。検事の言葉や証人の態度が淡々と綴られ、何度も御用司祭の訪問を断るムルソーの「やる気のなさ」が、申し訳なさそうに挿入される。ムルソーにとって、自分の味方のはずの弁護士をふくめ、裁判のすべては自分抜きですすんでいる。存在抜きなのだ。こうして検事の次の言葉が、ムルソー的なるもののすべてが今後の社会で誤解されつづけるだろうことを告知する。「陪審員の方々、その母の死の翌日、この男は、海水浴にゆき、女と情事をはじめ、喜劇映画を見に行って笑いころげたのです。もうこれ以上あなたがたに申すことはありません」。

 カミュは第2部でのちに批評家に絶賛される「社会の不条理」を抑制をきかして書いたのだ。が、不条理というより「きしみ」なのである。その「きしみ」のためにカミュは用意周到に文体を練っている。

 ところでムルソーは、裁判のなかで自分がインテリだと思われていることを知って、釈然としなくなっていく。その平凡な町の強靭な「知」は、ムルソーの僅かに悟りきったような言葉の端々に見える「知」を見抜いて、その虚妄を暴こうとしたのである。

 これはカミュが共産党に入りながら、その僅かな言葉の使い方によって、その"真意"を問われ、やがて除名されていったことをおもうと、まさにカミュが知っていた社会のおかしさというものだったろう。社会や集団というものは、いったんその個人が異質な言動をとったとたん、その個人の言葉づかいのどんな細部にも異質なものを発見しようとするものなのだ。ムルソーはそのことによって異邦人にさせられたのだった。

 なるほど、早稲田でカミュがちょっとした英雄だった理由はよくわかった。
 そのころ早稲田も、日本も、すでにアルベール・カミュのように不条理を語る能力が失われていたということなのだ。「きしみ」はあったのに、「きしみ」を昇華できなかったのだ。そこでせめてカミュを借りて世の中に文句をつけたくなっていた。しょせんは、そういうことだったのだろう。

 その後、『異邦人』をめぐって三つばかりの感想をもった。

 ひとつは日本の文壇では、昭和26年に広津和郎と中村光夫のあいだで『異邦人』論争が交わされていたということで、少し覗いてみてギョッとしたのは、日本ではムルソーの犯罪と裁判を借りてしか日本の社会の議論をできなかったのかということである。

 二つ目はルキノ・ヴィスコンティがマルチェロ・マストロヤンニをつかって『異邦人』を映画にした。それを新宿で見ながら、そうか、ヴィスコンティはムルソーを「ゲームに参加しない男」として描ききったなという感想をもった。

 三つ目の感想は、カミュが46歳で死ぬ前に、グルニエゆかりの南仏ルールマランに家を購入し、最後の手紙をグルニエに出していたということを知ったとき、なんだか胸がつまったという、それだけのことである。

 ぼくはカミュの良い読者ではなかったようにおもうにもかかわらず、このように、しだいにカミュについて付け加えたいことがふえていったのだった。

 とくに『カミュの手帖』を読んでから、ぼくの中のカミュはしだいに膨らんでいった。1935年から1960年に死ぬまで、カミュは大学ノートに日記(カイエ)をつけていたのだが、なんともせつない日記であった。そして、なんとも告発的な日記であった。『異邦人』についても、発表直後にこんなことを綴っている。

 『異邦人』で問題になるのは芸術的な手法であって結末ではないことを述べたあと、こうつぶやくのである。「この本の意味はまさに第1部と第2部の並行関係のなかにある。結論はこうだ、社会は母親の埋葬に際して涙を流す人たちを必要としている。人は自分に罪があると思うことによっては決して罰せられない。他にも、私にはさらに十くらいの結論が可能である」(大久保敏彦訳)。

 ところで話は変わるが、二年前のこと、ぼくが主宰している未詳倶楽部ではいちばんフランスに近い高野純子に俳号を贈るとき、彼女がオトグラフのコレクターでもあって、ぼくの知らないフランスをぼくにもたらそうとしてくれているのを感じて、カミュの音をひそめた「紙由」(しゆう)という号を思いついたことがあった。そのとき、ぼくの感覚には、実は次のような文字と音とが交差していたものだった。

 Mersault(ムルソー)は、ひょっとしてmer(海)とsol(太陽)なのではなくて、"meurt"(死ぬ)と"seul"(ひとり)だったのかもしれない、というふうに。

https://1000ya.isis.ne.jp/0509.html
4:777 :

2022/08/22 (Mon) 10:49:56


文芸作品に描かれたダメダメ家庭
配信日 09年7月11日 (11年1月14日 記述を追加)
取り上げた作品 異邦人(1942年作品)
作者 アルベール・カミュ(1913―60)
http://kinoufuzenkazoku.hariko.com/09-07/09-07-11.html

このメールマガジンでは、「うつろな人」「反応の不在」「他者を認識する能力」に関する文章を現在集中的に配信しております。

何回も書きますが、他者という存在は、自分とはやり取りが可能であって、かつ、自分とは違う存在と言えます。しかし、反応を消失した養育者の場合は、子供からのアクセスに対して、ノー・リアクションだったり、あるいは、ランダムと言うか「て・き・と・う」のリアクションだったりで、一貫性のある反応にならない。

だから、そんな無反応な養育者によって養育された子供は、もっとも身近な人間である養育者そのものを、人間の形をしていても、精神なり人格を持ったものとは認識できなくなってしまう。養育者は、まさにマネキンと同じで無反応だったわけですからね。あるいは、行き当たりばったりで、その場その場のランダムな反応をされ続けた場合においては、発せられた視覚的、聴覚的な情報を認識することができても、それを統合する実体としての人格を持つ存在として、他者という存在を認識することにはならない。

感覚情報が断片化されたままで、それが一つの実体に統合されない。
新生児の頃からの、一貫した反応を得られなかった場合には、長じた後も、どうしてもそんな面を持つようになってしまう。何回も書きますが、マネキンと同じような無反応な養育者によって養育された場合には、他者なり他者の気持ちというものを分からないようになる。そんな環境で育つと、人間とマネキンの違いを認識する心理的メカニズムを持ちえないわけです。

何回も書きますが、日本に育った日本人がフランス語の微妙な発音の違いがわからないようなもの。微妙な発音の違いがわからない人間によって育てられたので、発音の違いによる反応の違いが発生せず、子供にしても微妙な発音の違いがもたらす効果が判らない。
日本人がフランス語の微妙な発音の違いが判らなくても、日本に住んでいる限りは問題ない。しかし、他者というものを心理的に認識できない状態だったら、世界のどんな場所でも、問題になりますよ。

そんな人は、トラブルになっても、状況を認識することそれ自体が難しい。他者を心理的に認識する以前に、自分自身と言うものを心理的に認識できていない状態となっている。まさに以前に書いた「うつろな状態」。
別の言い方をすると、認識も断片化され、思考も断片化され、行動も断片化されている状態となる。こうなると、その人自身の存在感も断片化されてしまう。さらに別の言い方をすると、まるで白昼夢の中にいるようなもの。

他者というものを心理的に認識できないとは言え、感覚情報は、断片的な形ながら受け取ることができる。何回も書きますが、様々な感覚情報が、ひとつの人格という形に心理的に統合されていないわけです。
統合された人格というものを認識することができない抑圧的な人間も、たとえ断片化された形であっても、感覚情報はとりあえず認識できるので、それに「合わせる」形で、日々生きている・・・それがこの手の「うつろな人」。

さて、今回のシリーズにおいては、このような「うつろな人」の問題を集中的に文章にしているわけですが、そんな感じで文章にしていると、「あれっ?!あの作品も同じことを言っているじゃないの?」と思ったわけです。
その作品とは、アルベール・カミュ(1913―60)の42年の「異邦人」という作品です。
カミュは57年のノーベル文学賞受賞者で、その親戚さんが、現在日本の芸能界で活動していたのでは?

ちなみに、新潮文庫の裏表紙における作品紹介の文章は下記のようなものです。
『母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画を見て笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、不条理の認識を極度に追及したカミュの代表作。』・・・とのこと。

作品紹介の文章の分かったような分からない文章については、ともかく、この「異邦人」という作品で描かれているムルソー(Meursault)という人物を考えるに当たっては、今回のシリーズで書いてきた、「反応のない養育環境」「感覚情報の断片化」「思考や行動の断片化」という視点がアタマに入っていると、意外なほどにすんなり理解できることになります。

この「異邦人」という作品においては、明瞭な感覚情報が飛び交っている。視覚情報なり、聴覚情報なり、触覚情報なりが、執拗に描かれています。
この点については、作品の舞台となった地中海の風景の反映と捉える人もいるかもしれませんが、統合された人格が不在であるがゆえに、感覚情報が断片化された状態のまま、認識していく・・・そんな状態を理解していると、カミュの意図も見えてくるでしょ?実際に作品における感覚情報の記述は執拗であっても、感情表現など人格を表現する記述はほとんどない。つまり、主人公のムルソーは他者の気持ちなり人格を心理的に認識できないわけです。

主人公ムルソーは、偶然とは言え、確かに人を殺したわけですが、だからと言って、凶悪なキャラクターというわけではない。むしろ、仕事をマジメにこなす人と言えます。作品中の記述だと、「律儀な男であり、使われていた会社に忠実で、規則正しく、勤勉な勤め人であり・・・」と、まさに「ふ・つ・う」で「悪くはない」人そのもの。
型がきっちり決まっているものは、対処できますが、マニュアルがないような分野では対処できない。そもそも彼自身に特に希望がない。発想が基本的に減点法であり、「発生した減点面をどうとらえ、対処するのか?」彼の視点はそんなパターンだけ。

だから彼の発想なり行動は、二重否定的になってしまう。
実際に、この「異邦人」という作品の中には、二重否定のスタイルを持った文が実に多い。
代表的な文だと、下記のような文があります。
『私だって、好んで主人を不機嫌にしたいわけではないが、しかし、生活を変えるべき理由が私には見つからなかった。よく考えてみると、私は不幸ではなかった。・・・』上記の文は、勤めている会社の社長とのやり取りの後で、ムルソーが思った心情を記述した文です。

こんなちょっとした文にも二重否定がテンコ盛。
「不機嫌にしたいわけではない」かもしれませんが、じゃあ、「喜ばしたい」の?
「変えるべき理由が私には見つからなかった」のはいいとして、じゃあ、「どうしたいの?」
「不幸ではなかった」のはいいとして、じゃあ、「幸福なの?」

作者のカミュは、このように肯定形表現と二重否定表現の間にある意味的な乖離を使って、主人公ムルソーの人格・・・と言うよりも、人格の不在を表現しているわけです。二重否定表現がもたらす効果を意図して使っているわけです。

二重否定となると、その他にも、この作品には、山ほど出てきます。
「いやではない」
「悔やんではいない」
「ちっとも変ではない」
「逃れられない」
「死なない」
「悪いことはしていない」・・・
などと、二重否定表現のオンパレード。
そんな二重否定表現ばかりだから、事件後の担当弁護士もイライラしてしまって、
「そんなことだと、困った結果にならないとも限らない。」とムルソーに対して皮肉を言う始末。

まさにお約束の「で、アンタは、結局は、どうしたいの?」と言いたくなる人。自分では何も考えなくて、ただ流れに乗っているだけ。
実際にムルソーは、結婚することについても、そんな感じ。マリイという女性から、結婚について聞かれたら、
「マリイの方でそう思うのなら、結婚してもいい。」
「何の重要性もないのだが、君のほうが望むのなら、一緒になっても構わない。」
そんな感じで回答する。
まさに「人に合わせる」スタイルとなっている。

主人公ムルソー自身が、人格というものを持っていない。
認識も、感情も、思考も、すべてが断片化され、人格という形に統合されていないわけです。
ムルソー自身が、人格というものを持っていないので、当然のこととして他者というものを、心理的に認識できないし、他人の人格も、心理的に認識できない。
だから当然のこととして、人の気持ちも分からないし、人の人格に対して配慮することはない。それぞれの状況において、一時的に対処したり整理することはできても、状況の当事者である人物そのものにまで、視点が行かない。

人の気持ちが分からないから、雰囲気から外れた行動をしてしまう。
母親の葬儀の後に、タバコを吸ってノンビリしていたり、スグに海水浴に出かけたり、女性と情事をしたりする。
そのようなことは、法律的には「悪くはない」行動でしょ?
『本当に、それが不適切だったら、「親の死後、10日間は、タバコをすったり、歌舞音曲にうつつを抜かしてはいけない。性行為も禁止。」とちゃんと法律に規定しておいてよ!』
ムルソーとしてはそんな気持ちなんですね。「空気を読めよ!」と要求されても困ってしまう。

ムルソーの感情は抑圧されている。
母親が死んで悲しいという感情もないし、逆のパターンと言える「厄介なヤツが、やっと死んで嬉しい!さっぱりとハレバレな気分だ!」という感情もない。葬儀においても、ただ、マニュアルに従って処理しているだけ。そして、その場の状況に合わせているだけ。ムルソーとしては母親の死の後の行動は、「壊れたマネキンを法律に従って処分した。」というだけ。廃棄物処理をテクニカルに行っただけ。そう見ると、「論理的な一貫性が失われている」どころではなく、むしろ一貫した行動でしょ?ただ、一般人は、母親の死と、マネキンが壊れたこととが心理的に一致しないというだけ。

ムルソーは、その場その場の状況に合わせているだけなので、行動も断片化されている。
断片化された行動なんて、そもそも「どうしてそんなことをしたの?」と聞かれても答えられるわけがない。自分で認識し、判断しての行動ではないんだから、理由も何もありませんよ。ちょっとしたきっかけがあるだけ。だから殺人でさえ「太陽がまぶしかったから。」でも十分な理由になってしまう。確たる理由があって、行動しているわけではなく、その場の流れに乗って行動しているだけ。

裁判の場においては、まさにそんな彼の人格について、色々と指摘があるわけですが、ムルソーはその人格そのものがないわけです。認識も、思考も、行動も断片化されたままで、統合されていないわけです。
人格がないんだから、つまり彼が判断したわけではないんだから、まさに「悪くはない」となってしまう。だから、この作品中には「ワタシのせいではないんです。」という言葉が頻発しています。裁判において、検事は「あの男の魂を覗き込んでみたが、・・・何も見つからなかった。実際、あの男には魂というものが一かけらもない。人間らしいものは何一つない、人間の心を守る道徳原理は一つとしてあの男には受け入れられなかった・・・」と指弾しています。検事の指摘はまさにそのとおりで、逆に言うと、ムルソーにしてみれば「だから、ワタシが悪いわけではない・・・」とも言えてしまう。

ちなみに、作品中で検事が指摘する「悔恨の情だけでも示したでしょうか?諸君、影もないのだ。予審の最中にも、一度といえども、この男は自らの憎むべき大罪に、感じ入った様子はなかったのです。」という言葉ですが、この言葉は、何もこの作品だけでなく、最近の新聞でも読めばスグに出てくる言葉でしょ?

良心を侵犯したから罰せられるのか?良心がないから罰せられるのか?
ことは単純ではない。
そして、良心というものは、当人の努力で得られるものではない。
まさに養育者・・・往々にして両親とのやり取りの積み重ねによって、形成されるもの。
逆に言うと、このムルソーのような、人格が欠如した人間は、その気になれば、人工的に「作る」ことができるわけです。無反応の養育を行えば、子供は多かれ少なかれ、こんな面を持つわけです。実際に、21世紀の日本でも、そうなっているでしょ?

さて、私はこの「異邦人」をまさに今回のシリーズのために読みました。
それまでは読んでいなかったんですよ。
このシリーズの「うつろな人」なり「他者を認識する能力」なり「人格」の文章を書いて、「そういえば、あの作品が、きっと参考になるぞ!」と思ったわけです。
読んでみると、まったく、「ドンピシャ!」と言えるような作品でした。

文庫本で読んだのですが、巻末には解説が載っていました。その手の解説は、参考になる記述なんてないのが通常です。
しかし、今回は、ちょっと参考になった記述があったんですよ。
なんでも作者のカミュの父親は、アルベールが一歳になる前に戦争で死亡。そして母親は、耳が不自由な人だったとか。

このメールマガジンで、「反応」という観点から記述した文章を現在集中的に配信しておりますが、耳が不自由だったら、養育においても、通常の反応はできませんし、会話も不可能でしょ?
私が例として提示しております、マネキンによって養育された環境に、実質的に近いといえる。
これでは、ムルソーのような人間になってしまうのも、しょうがない。
だからこそ、作者のカミュは、作者の分身といえるムルソーのような人間を描くことで、自分自身と対話したわけです。

ちなみに、作品中の最後のセンテンス「世界のやさしい無関心に心を開いた。これほど世界を自分に近いものと感じ、自分の兄弟のように感じると、私は、自分が幸福だったし、今なお幸福だったことを悟った。・・・・私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだった。」なる文章ですが・・・

たぶん、その記述の意味は・・・一般人には・・・と言うか、プロの文学研究者の方々にも分からないのでは?
このムルソーの処刑に当たっては、キリストの処刑のイメージが関係付けられています。
チェコスロヴァキアでの事件を提示することで、キリストとユダのイメージが反映するように記述しています。
だからと言って、「この主人公ムルソーがキリストのように受難の死となったのか?」「そのように、作者のカミュは言いたいのか?」と言うと違うでしょう。
そもそも受難は、パッションであって、情熱でもある。
つまり統合された人格があるから、受難もあるのであって、流れに身をゆだねるだけのムルソーにしてみれば、受難でも何でもない。

ムルソーは、いわば社会の異物・・・まさに異邦人であって、処刑においては、その異物が社会から排除されただけ。いわばメカニックでシステマティックに処理されただけなんですね。
鬱陶しいし、見たくないから、規則に従って、排除する・・・ただ、それだけ。そんな心理すら、見たくないがゆえに、劇場的な大掛かりな処理方法を取ることになる。
排除する側としては「異物を排除したわけではないんだ!正義のためなんだ!」と思いたいわけです。
しかし、所詮は自分たちを騙しているだけですよ。認識し思考することから逃避しているだけ。まさに「やさしい無関心」状態。

そんな、やさしい無関心は、まさにムルソーも同じ。
そもそも、母親の死体をシステマティックに処理し、あるいは、裁判となった事件において、アラビア人が死んだ後に、4発の銃弾を撃つという、必要以上の、いわば劇場的な行為も同じ。
そういう意味で、社会とムルソーは、兄弟であるといえる。
思考停止で異物排除という行為の、そして必要以上の儀式的排除行為という共通性。
ムルソーは、この世界から異物として排除されるという儀式によって、この世界と同化したわけです。

その面では外面的にはキリストの処刑と同じといえます。ただキリストとムルソーではその内面が対極になっている。キリストは信念に従って処刑されたわけですし、ムルソーは流れに従っただけ。ただ、処刑した社会の側のメンタル構造については、共通しているわけです。

そんな発想は、一般人や文学研究者は理解できないでしょう。『通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、不条理の認識を極度に追及した。』なんて分かったような、意味不明の紹介文になってしまっているのもしょうがない。

努力しても、理解はできないでしょうが、せめて「関心を持って」考えてみれば、少しくらいは理解できるのでは?それすらしないから、ある意味において、このムルソーのような事件が、起こってしまうことになる。
そして、毎度毎度「悔恨の情だけでも示したでしょうか?諸君、影もないのだ。予審の最中にも、一度といえども、この男は自らの憎むべき大罪に、感じ入った様子はなかったのです。」との正義感にあふれ、劇場的なコメントを連呼して満足してしまう。
それは一見、正義の念にあふれ、外見的には劇場的であるがゆえに、内面的には無関心。
結局は、このムルソーと兄弟のようなものなんですね。

この作品の中では、ムルソーはチンピラのアラブ人を殺害したことよりも、自分の母親の死の後で悲しまなかったことを、裁判などで非難されます。
しかし、じゃあ、どうすればいいの?
母親が死んで悲しくないのなら、どうすればいいの?

前にも書きましたが、ムルソーとしては、壊れたマネキンに対して法律的に要求される処理をしただけ。だって、反応のない人間は、法律的な面は別として、心理的にはマネキンと同じでしょ?ムルソーとしては、母親とマネキンの違いが心理的に判らない状態となっている。
違いが心理的に判らないということは、別の例だと、日本人がフランス語の微妙な発音の違いが判らないとの同じですよ。判らないんだから、どうしようもないでしょ?
フランス語の微妙な発音の違いがわからなくても、笑って済む話。
しかし、母親とマネキンの違いがわからないと、死刑になってしまう。
結果は大きく違っていますが、その根本の理由としてある、「反応の欠如」は同じなんですね。

別の例で考えてみますと、交通事故における、信号無視の行為において、赤色と青色を区別できる人が、分かっていて信号を無視したケースと、赤色と青色の区別がつかないからそのまま進んでしまったケースでは、心理的な意味合いが違うでしょ?
赤色と青色の区別をつけられないだから、しょうがないじゃないの?
ただ、この手の器質的な問題は、周囲にも理解しやすい。
しかし、フランス語の母音の違いが日本人には聞き分けられないという問題は、聴覚の器質的な問題ではなく、養育者の反応の違いの積み重ねという情報処理系の問題になってしまい、周囲の人間も認識しにくい。
同じように、人格というものを認識するための情報処理系が不全であったら、マネキンと人間の違いは認識できなくなってしまうんですね。そして、それゆえに発生するトラブルは、多くの人には理解もそして認識もできない。
だからこそ、裁判において、検事が行ったような弾劾の言葉となってしまう。

そして、そんな状況は、21世紀の日本のダメダメ家庭出身者にも、現実に起こっていることでしょ?
親が死んでも、現実として悲しくないのならどうすればいいの?
まあ、よくやるのが、まさに「人に合わせる」方法です。
従来から「人に合わせてきた」わけだから、「悲しんだ振り」をするくらいは、お手の物。
周囲からの期待に合わせて、泣いた真似をして対処する。
それを自覚してやっているくらいなら、まだいいわけですが、もっと手が込んでしまうと、周囲の人を騙すのではなく、自分自身を騙すようになってしまう。

本当は親が死んで悲しくないのに、自分を騙して、「自分は悲しいんだ!」と自分に言い聞かせ、泣いたりする。
別の言い方をすると、「親が死んでしまったので、悲しむべきなんだ!」と義務感で泣くわけです。「ああ!ワタシの大切な家族がいなくなってしまったわ!」そうやって自分を騙す。

義務感から泣き、自分を騙すような人なんだから、まさに「形にこだわってしまう。」
マニュアルなり規範となる形を求め、それこそ、ほしくもないのに家族という形を作ってしまい、子供を作ってしまう。絵に描いたような典型的な「ふ・つ・う」の家庭を作ろうとする。
マネキンが集団化して、ショーウィンド化されて、自分自身がその一部になる。自分を騙すような人間が、また、自分を騙して子供を作ってしまう。あるいは、義務感から泣く人間は、義務感から子供を作る。そんな親によって育てられた子供はどうなるの?養育者とどんなやり取りをするの?
だって、自分を騙しているような人間とのやり取りなんて、成立するわけがない。
子供からのアクションに対して、反応が無かったり、トンチンカンなものになってしまう。

その結果がどうなるの?
ムルソーは、そういう意味では、実に、筋が通っている。
周囲を騙したりはしていないし、自分自身を騙したりもしていない。

その結果として、自分の処刑となるわけですが、それは感覚次元では不快であっても、精神的な意味では、決して悲劇的でもない。
だって、悲しむ実体としての人格がないから。

ムルソー個人としては、うそもつかず、周囲も、自分も騙さす、処刑されわけですが、彼を処刑した世界というか社会は、ムルソーのような人間について何も考えないまま。
「どうして、こんな人間ができてしまったのか?」「こんな人間とはどのように接すればいいのか?」そんな思考には至らない。
人を殺してはいけないという規則はともかく、じゃあ、「どうやって、人とマネキンの違いを教えるのか?」そんな点に目を向けた社会としてのシステムを持っていない。
ノーリアクションの存在ばかりの環境だったら、その違いを習得しようがないでしょ?

ムルソーのような「母親とマネキンの違いが認識できない」人間を感情的に非難するだけで、だからこそ、そんな人に対して「偽りの姿」を要求する。まさに「やさしい無関心」に徹している状態。
だから、同じような事件が、21世紀の日本でも起こってしまうわけです。

(終了)
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発信後記

思考が断片化され、行動が断片化されている人の行動の理由について、その人に質問しても、マトモな回答なんて出て来るわけがありませんよ。

それこそ、以前にあった中央大学の教授の殺害事件で、コンパで無視されたから・・・とか犯人の供述があったとか・・・報道されていましたが・・・
それは、まさに「太陽がまぶしかったから。」と同じ。
理由であって、理由ではないわけ。
だって、その手の人は、すべての行動が断片化されているわけですからね。

中央大学にも、質はともかく、文学部くらいはあるのでは?そこの研究者は何をやっているのかな?同僚が殺されたことについて、もうちょっと考えてもいいのでは?
その程度の研究者たちが、考えたとしても、たいした結論にはならないでしょうが、せめて考える姿勢くらいはみせないとね。それこそが教育機関の仕事でしょ?
http://kinoufuzenkazoku.hariko.com/09-07/09-07-11.html
5:777 :

2022/08/22 (Mon) 10:52:13

「映画とクラシック音楽の周囲集」_ 映画・音楽に関する最も優れた評論集

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「引用元の使い方で分類」・・・引用した作品のどの面を使ったのかによって分類したものです。
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追加の文章・・・特定の映画作品などについての、ちょっとした雑感です。
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オペラの台本について・・・興味深いオペラの台本についての文章のリスト
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最新追加文章 10年8月7日追加 ゲーテの「ファウスト」について
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へ転載したものです。

したがって、山崎奨は著作者ではありません。
記事は全てミラーサイトから、誤字脱字等も修正することなく、MediumのPublicationに転載しています。

「ダメダメ家庭の目次録」 の記事の著者は、ハンドルネーム「ノルマンノルマン」氏とのことですが、連絡が取れない状態です。
レスポンシブ化および広告の非表示化によって、記事の参照を容易にすることを目的として、MediumのPublicationに転載することとしました。

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